遥か六千年もの遠い昔。
あるところに一匹のリスが居た。
小さな小さなそのリスは、あるとき大きな大きな魔王と出会った。
(俺様が……負ける?)
その時に感じたはずの思いを。
自らの原型を取り戻せないまま、ここまで戦い続けたケイブリスは──
(……俺様が、死ぬ!?)
──死。
それこそはケイブリスが最も恐れるもの。
(……い、いやいや。そんなまさか)
死ぬだなんて。
そんなのはあり得ない。
(だ、だって……俺様は最強の魔人なんだぞ?)
そうだ。自分は最強だ。
ここに居る誰よりも強い存在なんだ。
──しかし。
最強であるはずの自分の前には、最強を怖れずに立ち向かってくる敵がいるではないか。
まずメガラスが突撃してきた。
こちらも合わせて大剣ウスパーを振るう、が……速い、当たらない。
当たりさえすればとは思うが、しかし空中を高速で飛ぶメガラスに攻撃を当てるのは難しい。二撃三撃と繰り返すが……やっぱり駄目だ、速すぎて当たってくれない。
その隙を突いてランスが向かってきた。
こいつはムカつくから殺したい。放ってきた鋭い衝撃波の刃を左の大剣で打ち払う。
が、その瞬間後頭部を撃ち抜かれた。メガラスの必殺技だ。速すぎてとても反応出来ない。
ああくそ、小賢しい。四方八方から攻撃してくるメガラスは本当に厄介だ。力押しなら俺様の圧勝なのに、こいつの速さには俺様の力が通用しない。
ってまてよ? この二人だけって事はホーネットは……ってヤバい、呪文を詠唱してやがる。
よく見ればあの女の周囲に浮かぶ魔法球の全てが発光している。あれは必殺魔法の合図だ。
あれはマズい。あれの威力は洒落にならない。なら呪文の完成を妨害すべきだ……出来ない。攻撃はランスとメガラスに防がれるし、そもそもホーネットは剣で戦いながらも呪文詠唱を行えるヤツだ。その集中力を崩すのは簡単な事じゃない。
だったら……逃げる。一旦退避して避けるか。
そうして下がったら……奴らの後衛からの魔法攻撃が雨のように飛んできやがった。
氷の矢が、エンジェルカッターが、雷撃が。人間共の放つ白色破壊光線が、それをも超える分厚いレーザー光が身体中に突き刺さる。
一発一発は大した事ないけど……これだけの数を浴びたら流石に痛い。止むこと無く続く魔法攻撃のダメージに身動きが取れなくなる。
苦痛に呻いている内に……ほらきた。
本命の一撃だ。ホーネットの放った六色破壊光線が身体を一気に撃ち抜いた。
なんつー威力だ。痛い、痛すぎる。こんなの耐えられる訳がない。
このままじゃ、このままじゃ──
「あ、がッ……!」
この決戦は──負ける。
そして死ぬ。
六千年を生きた最強最古の魔人ケイブリスは、派閥戦争の最終決戦に敗北して死ぬ。
「が、……がが、……が……!」
その事実を直視した。
というべきか、直視せざるを得なくなったケイブリスは……唐突に吠えた。
「……が、ぐぁあぁ゛あ゛あぁ゛ぁあああ!」
「っ! なんだぁ!?」
思わずランスも身を竦ませる程の大絶叫。
ただそれは肉食動物の咆哮というより、もっとか弱い存在の悲鳴のようにも聞こえて。
「うわぁあぁあああぁぁああ!」
「な、急に動きが……!」
「ホーネット、油断すんな!」
大声で喚き立てながら、ケイブリスは双剣をぶんぶんと出鱈目に振るう。
速く、荒っぽさはあるがしかし鋭さが無い。それは敵を殺す為の斬撃というよりも、まるで怖い相手を近寄らせない為の防御のような攻撃で。
(いいいい、いやだ! 嫌だ嫌だ!!)
まるで小さな子供が……癇癪を起こして暴れているかのような攻撃で。
(いやだ、死にたくない! 死ぬなんて嫌だ!! そんなの絶対に嫌だ!!!)
──死にたくない。
それは最強の魔人であるケイブリスが長年抱き続けている唯一の思い。
ただ死にたくない。
なによりも安全が欲しい。
安心出来る状態であり続けたい。
それこそがケイブリスの願い。だってケイブリスは弱かったから。
元々はとても弱い存在だったから。だから身近にある『死』がとにかく恐ろしかった。
それは最も恐ろしい存在だった魔王ジルとか。
大昔には数多く存在していたドラゴン達とか。
他にも自分より強かった魔人達とか。色々。
身の回りにある全ての脅威にずっと怯えていた。
そのせいで夜も眠れなくなった。ケイブリスはもう何千年間も不眠症のままだ。
(夜も眠らねぇでずっと耐え忍んできたのに、それなのに……ここで死ぬなんて嫌だ!!)
とにかく安全に暮らしたかった。
外敵のいない巣穴に引き篭もって、安全にぐっすりと眠る生活だけが目標だった。
けれどもそんな場所は無いから。外敵の居ない世界なんて何処にも存在しないから。
だから強くなった。全ての脅威よりも自分が強くなるしか身を守る方法が無かったから。
だから六千年間も耐え忍んで、最強最古の魔人と呼ばれる程に強くなったんだ。
──本当にそうだったか?
「そうだっ! 俺様が我慢したのは六千年間なんだぞ!? 分かってんのかテメェらぁ!!」
「貴様が何年我慢しようが知った事か! いいからとっととくたばりやがれッ!!」
ケイブリスが振るった巨剣と、ランスが振るった必殺の魔剣が激突する。
互いの信念と言うべきものを込めた刃が真っ向から衝突して……打ち勝ったのは。
「……ぬッ、おぉらぁぁぁ!!!」
「ぐ、ぐぅぅ……!」
そのまま押される。押し込まれる。
最強なはずのケイブリスが握る巨剣が、人間のランスが振るう魔剣に力負けする。
(ぐっ! なんでだ!? なんで、俺様の方が強いはずなのに、そのはずなのに──!!)
ケイブリスには分からない……が、けれどもそれは当たり前の事。
臆した心のままに振るった剣が、決して臆さない英雄の一撃に敵うはずがないのだから。
「──はぁ!」
「……ケイブリスッッ!!」
そして同時にホーネットの強力無比な魔法が、メガラスの高速の拳が迫る。
「がはッ! ぐ、ググッ、ホーネット、メガラスぅ……!!!」
勿論この二人だって臆さない。その胸の内により強い決意を秘めているから。
ホーネットは自らの使命を果たす為。メガラスは同族の平和を守る為。
二人は臆さずに戦い続ける。どこまでも。
「はぁ、はぁ……くっそがぁ……!」
一方でケイブリスはどうか。
さも荒々しく吠えて、激しい戦いを繰り広げているように見せていても。
(おおおお、おいおいおい! ヤバいぞヤバいぞ、これはマジでヤバいんじゃねぇか!?)
その心の中には強い決意が見つからない。
臆病なままのリスが考える事といったら、この期に及んでもそんな事で。
(あれ? こんなに傷付けられるのって……一体いつ以来だったっけ……)
(まさか……もしかして……やっぱり……本当にコイツらは俺様を殺すつもりなのか!?)
(だ、だだ駄目だ駄目だ! 死ぬなんて! 俺様が死ぬなんてのは絶対に駄目だ!!)
(えーとえーと、考えろ、どうしたらいい?)
(そ、そうだな……俺様はいずれ魔王になる。……だったらここは一旦退いて、魔王になってから奴らを倒した方が安全だな、うん)
(だから、えーと……よーし!)
するとケイブリスは構えていた双剣を下ろす。
そして、大声で叫んだ。
「ちょっと待ったーーーーッ!」
「っ、なにを……」
その言葉に、ホーネットは警戒心を顕にして。
「ホーネット……話し合いしましょ?」
「……は?」
続く言葉を受けて、ポカンとした表情になった。
「……は、話し合い?」
「そうだ! 話し合いだ!! 戦いなんて野蛮な事はもう止めて話し合いで解決しよう!」
戦いを止める。その言葉を、この魔人が言う。
暴力と残虐の象徴のような魔人ケイブリスが、戦いを止めて話し合いで解決しようと提案した。
「ホーネット、お前達の強さは分かった! 俺様もうビックリした! 感動しました!」
「………………」
「だから、な? 後はもう話し合いでいいじゃねぇかよ! もう戦いは終わりだ! な!?」
「……ケイブリス、下手な真似は止めなさい。ここまできて刃を下ろす事など──」
あり得ない。
と言い掛けるホーネットに先んじて、
「話し合いか。よし、いいぞ」
ランスはあっさりと頷いた。
「っ、ランス!? 一体何を……」
「別にいいじゃねーか、話し合いで解決したって。俺様だってもう戦うのは疲れたしな」
「だからって、そんな──」
「おーおー! さっすがカオスマスター!! 話が分かるじゃねーか!!」
するとケイブリスは乗った。ホーネットに有無を言わせないよう即座に乗っかった。
今はとにかくこの場を凌ぐ事が先決。生きてさえいればどうとでもなるのだから。
「んで話し合いで解決するっつー事だけど……具体的にはどうするつもりだ?」
「え、えっと、そうだな……そうだ! そもそも俺達が戦ってたのは派閥戦争が原因だろ?」
「そうだな」
「んじゃあもう派閥戦争は止めだ! お互いこれ以上争うのは禁止にして、そんで魔物界を半分こする事にしよう! そして北側をお前らホーネット派、南側のケイブリス派が支配する。どうだ、いい案だろう!?」
魔物界の南北分割。そして相互不干渉。
そんな提案をするケイブリスだが、その腹積もりは派閥戦争の終了ではなく当然別の所にある。
(そうだ。要は危険な事さえしなけりゃいい。やっぱり最初からこれで良かったんだ)
狙いは時間を稼ぐ事。つまりは以前やっていたように待ち戦法。
結局のところホーネット派を撃破する事が出来なくたって、人間世界にいる魔王を見つけてしまえば全てが自分のものになるのだから。
「なるほど、半分こか」
「あぁそうだ! それに勿論人間世界だってこれまで通りだ。今後は絶対にこっちから戦争を仕掛けたりなんてしない! 約束する!」
「ほう、悪くないな」
「そうだろ!? そうだろ!!」
その提案は中々に好感触だったらしく、興味を持ったランスがすたすたと近付いてくる。
すたすたと……ケイブリスの足元まで近付いて。
「ところでケイブリスよ。ちょっと上にいるメガラスの事を見てみろ」
「あん? メガラスがどうしたって?」
言われるがまま、ケイブリスは斜め上を見上げて空を飛ぶメガラスの姿を視界に捉える。
「………………」
「……なんだよメガラス、そう睨むなよ。これまでのいざこざは忘れて仲良くやろうぜ?」
ケイブリスの巨体は全長6mにもなる。
するとそのまま上を見上げた場合、足元付近に居る小さな相手は視界から外れる事になる。
「よっしゃ」
言うまでもなくそれが狙いだったランスは、待ってましたとばかりに魔剣を振り上げて。
「鬼畜……」
「え?」
全ての力を両腕に込めて。
そして、叩き付けた。
「──ッ、アタアアアァァァクッッッ!!」
ズガンッ! と爆ぜるような破砕音。
直後魔剣の刃から衝撃波が──ランスアタックを優に超える莫大な規模の衝撃波が発生する。
それこそが本物の英雄の一撃。
ランス最強の必殺技、鬼畜アタック。
「グギャアアァァァアアアッ!!!!!」
そのエネルギーたるや、ケイブリスの巨体が浮き上がって20m以上も弾き飛ばされる程。
そして破壊力も申し分無し。先程ケイブリスの左腕を破壊したのだってこの必殺技だ。
英雄が放った最強の一撃、その斬撃の波がケイブリスの全身を抉り、刻む。
「ガハッ、ぐ……ガハァッ! くそ……い、痛ぇ、痛ぇぞちくしょう……!」
衝撃波が通り過ぎた後、その巨体からは夥しい程の血が流れていた。
最強の肉体を持つ最強の魔人であっても、もはや重傷と言える程のダメージを負っていた。
「ふいー、っと」
「ランス。まさかとは思いましたが、やはり油断を誘っていただけだったのですね」
「まーな。つーかあんな話に乗るわきゃねーだろ」
そして鬼畜アタックを撃ち終えたランスはそのまま魔剣を肩に軽く担いで。
即座に回復していく気力を感じながら、再びケイブリスの下に近付いていく。
「このバカが。前回と全く同じ手で来るとは……本当に芸のねぇ野郎だなお前は」
「て、テメェ……! 話し合いで解決しようって言ったじゃねぇか!! 卑怯だぞ!!」
「知るかバカ。おまえにその気がねー事なんざこっちは最初から分かってんだよ」
「っ、そんな事はねぇ! 俺様は本当にこの戦いを止めるつもりで──」
「あっそ」
「ッッ、グゥ……!!!」
この舐め腐った態度は。
この卑怯なやり方は。
このランスとかいう男は……どこまで。
どこまで自分を虚仮にすれば……!
「グ、ギ、ギ、ギ……!!」
怒りと屈辱のあまり、犬歯に罅が入る程に歯を噛み締める。
その形相は言うまでもない、激怒の顔だ。ケイブリスがブチ切れた時の表情。
「グギギ、ガアアアァアアァァアアアアア!!!」
そしてまた、ケイブリスは吠えた。
その咆哮はこれまで以上に大きく、その怒りは天を衝く程に激していて。
「……覚悟しろよなぁ、ランス……!! 俺様はもう完全にブチ切れちまったぜ……!!」
「そーかよ」
「ああそうだッ!! テメェだけは許さねぇ!! 俺様を虚仮にしやがったテメェだけは……!」
傷だらけの両手が双剣を握り直す。
この世で最も憎き男をブチ殺さんと、魔人ケイブリスが前に出る。
「殺す……ブチ殺す……ッッ!!!」
だってこれ程の屈辱を。
これ程の怒りを。
過去六千年間の中でも一番にブチ切れたと言えるようなこの怒りを──
「………………」
……怒りを。
「………………」
「……なんだ、かかってこねーのか」
「………………」
怒って……どうなる?
だってブチ切れたなんて話をするなら、それはもうとっくのとうの話であって。
「……は」
どれだけ吠えたところで、どれだけブチ切れたところで状況は何も変わらない。
自分は勝てない。
ランスとホーネットとメガラス三人相手では、自分一人じゃどう頑張っても切り崩せない。
となれば相手には多くの後衛が居る分、どちらが優位かなんてのは言うまでも無い。
それはもう分かっているのに。
吠えたところで、叫んだところで、この状況が変わってくれる訳では無いのに。
「……はは」
誰かが助けてくれる訳でも無い。
派閥の主であるはずなのに、奴らのように何度も援軍が駆け付けてきてくれる訳でも無い。
これじゃあ戦ったところで。
一人きりでどれだけ吠え上がったところで、その叫びは……まるで──
「……やめた」
そして──ガラン、と音が鳴った。
ケイブリスの左腕がだらりと下がって、握っていたはずの武器がこぼれ落ちた。
「あん?」
「もうやめた。……くっだらねぇ」
焼け爛れて、へし折られて、一度は完全に破壊された左腕。
その時でも決して手放さなかった武器を……大剣サスパーを自ら手放した。
「もういい。後はテメェらの勝手にしろ」
「……ケイブリス。それは……もう降参するという事ですか?」
「ホーネット……ハッ、降参もクソもあるかよ。こっちは一人きりなのに、テメェらはぞろぞろ大勢を引き連れてきやがって……こんなもん俺様に勝ち目なんてあるはずねぇじゃねぇか」
それは最強の魔人には相応しくない声だった。
まるで拗ねるような、あるいは僻むような……そんな寂しい声色で。
「……こんなもん、こんなもん……ッ!」
そこで怒りの火種を見つけたのか、ケイブリスは右手をぎゅっと握り締める。
……が、すぐに力を抜いてしまう。
「……こんなもんか。……もういい」
激怒して激怒して。ブチ切れて。
怒りの沸点を大幅に超えて、それでも怒って……最終的にケイブリスの心は冷めてしまった。
「……はぁ、くだらねぇ」
腹が煮えたぎるような屈辱を呑んだ。
強くなる為に血反吐を吐くような努力をして、永遠にも思える六千年を過ごしてきた。
それなのに……負ける。
たかが百年足らずしか生きていないようなホーネットが率いる派閥に負ける。
世界を支配する魔王になるどころか、魔物界を制覇する事すらも出来ずに負ける。
そんな理不尽極まる現実を前にして、遂には抗う気持ちまでもが失せてしまった。
「そうか、諦めたか。……よろしい」
すると鷹揚に頷いたランスが近付いてくる。
「ならトドメを刺してやる。最後は本気の鬼畜アタックでビシッと決めてやろう」
「……好きにしろ」
「……とかなんとか言って、心の中じゃあ反撃するタイミングを伺ってんだろ?」
「んなつもりはねぇよ。……ほら」
今度は右の大剣ウスパーを手放した。
愛用の双剣を投げ捨てて、ケイブリスはそのままどしりと地面に腰を下ろす。
「……本当に諦めたのか」
「だからそう言ってんだろが」
「ほーん……」
そんな姿を見て、ランスは何を思ったのか。
こちらはしっかりと魔剣を握ったまま、一瞬たりとも戦意を切らさずまま、言った。
「お前、弱くなったな」
「あんだと?」
「なんつーかマジで拍子抜けだ。これなら前回の方が遥かに手強かったぜ」
「はぁ? なんの話をしてんだテメーは」
こいつは今日初めて出会った相手、ここで初めて刃を交えた相手だ。
だから自分の強さを知っているはずがないし、拍子抜けなどと言われる筋合いは無い。
「なに言ってんだか分かんねーけど、やるんならとっとと──」
そしてケイブリスの耳に……その言葉は届いた。
「ケイブリス。てめーはククルククルすら超える男になるんじゃなかったのか」
「……あ?」
──ククルククルを、超える?
「あれはウソか。ただの負け惜しみだったのか?」
「………………」
「おい」
「………………」
──それは。
「………………」
「おい。なんとか言ったらどうだ」
「…………ウソじゃあ、ねぇよ」
そうだ。それは。
あの気持ちは、嘘や負け惜しみなんかじゃない。
遥か六千年もの遠い昔。
あるところに一匹のリスが居て。
小さな小さなそのリスは、あるとき大きな大きな魔王と出会って。
その時に感じたはずの思いは──
「俺は……ククルククルになりたかったんだ」
最強になりたかった。
この地上で一番強い存在になりたかった。
それがケイブリスの原型。極度の臆病さはその後に身に付いた習性に過ぎない。
安全に生きたかったわけじゃない。
安心して眠りたかったわけでもない。
ただ強くなる事。それだけを目標としていた時がケイブリスの過去には確かにあった。
その事を……ようやく思い出せた。
「ランス。ククルククルというと……歴代最初の魔王と言われる、あの……?」
「さぁ? 俺様はククルククルなんてのは会った事もねーしサッパリ知らねーけど」
ホーネットの疑問に答えながらも、ランスは鋭い目付きを向けていて。
「……ただ、この俺様に向かってあれだけ偉そうに啖呵を切ったくせして、ここでは随分と情けねー姿を晒すもんだなと思ってよ」
「……さっきから、一体なんの話をしてんだよ、テメェは……」
この男の言葉はまるで意味が分からない。
自分がいつそんな啖呵を切ったと言うのか。そんなの言い掛かりにも程がある。
「本当に、まったくよぉ……訳が分からねぇっつうんだよ……」
どうしてこんなに大事な事を、自分は何千年間も忘れていたのか。
それをようやく思い出して……こんなにも頭と心がスッキリするなんて。
「なんで、テメェは……」
そして。
自分すらも忘れていた遠い昔の決意を、どうしてこのランスが知っているのか。
「はは、なんで、俺様、は……」
ランスが……知ってくれていた。
その事を──本当に全くどうしてなのか。
どうしてか分からないけれど……嬉しい、と、そう感じてしまった。
そんな自分の気持ちが、ケイブリスにはさっぱり分からなかった。
「……ククルククルすら超える男……か。我ながらデケェ夢じゃねーか」
そして、ケイブリスは立ち上がる。
「なぁ……ランス」
「なんだ」
「テメェよぉ……知ってるか? 大昔にいたククルククルっつー最強の魔王をよ」
「だから知らねぇっつってんだろ」
「あぁそうだな、なら教えてやるよ。……ククルククルってのはな、アホみてぇな数のドラゴン共に囲まれようとも最後まで戦い抜いたんだぜ」
その勇姿は今でも記憶の中に残っている。
負けてなるものかと、ケイブリスは地面に落ちていた大剣ウスパーとサスパーを拾い上げる。
「俺様はまだちょっとククルククルには追い付いちゃいねぇが……けどなぁ、諦めの悪さだったらククルククルよりも俺様の方が上だ」
「そーかよ」
「あぁそうだ。これだけは自信があるぜ。なんせ六千年間も諦めずにやってきたんだからな」
「言ってろ。勝つのは俺様だ」
「……へっ」
小さく笑って、ケイブリスは双剣を構える。
その目に映る相手は……ランスは今も魔剣を油断なく構えている。
その姿は紛れもない英雄の姿。
それがなんだか眩しく見えたのが、ケイブリスには無性に悔しかった。
「テメェじゃねぇよ、バカが。勝つのはこの俺だ。……魔人ケイブリス様だッ!!」
そして、双剣を振るった。
その一撃は強かった。
臆病な心はもう晴れていた。
こうして、派閥戦争最後の戦いは再開された。
初心に戻ったケイブリスとの決戦は、先程までを遥かに超える程に激しいものとなった。
そして──
やがて、その戦いにも決着が付いた。