前夜
「──ぐっ、があああ゛あ゛あ゛ああ!!」
絶叫が響く。
「あ゛あ゛あぁあぁあ゛ぁああ゛あああ!!!!」
濁った悲鳴が魔王城内に轟く。
血の継承を受けてから数時間、その男はずっと自室で心臓を押さえてもがき苦しんでいた。
その悲鳴はいつまでも続いて、永遠に終わりなど来ないかのようだった。
──だが。
「…………あ」
ふと気付いて、誰かが呟く。
絶え間なく続いていた絶叫が途切れていた。
先程までが嘘のように静かになっていた。
「ホーネット様、これは……」
「……えぇ。恐らくは……」
その男は──適合した。
素質無き者には飲み込めない凶悪な力の源、魔王の血を飲み込む事に成功した。
「……ランス、入りますよ」
「……あ、ランス様、眠っちゃってますね……」
「ホーネットさん、これは魔王の力の継承に成功したと考えて宜しいのでしょうか?」
「えぇ、そうだと思います。適合出来なければ魔王の血を吐き出しているはずですから。とはいえあれだけ長い時間苦しんでいましたからね、身体の方が限界になって眠りに就いたのでしょう」
「……血の継承に成功した。という事は、ランスが目覚めたら……」
その男が目覚めた時、この世界に第八代目の魔王が誕生する。
今は穏やかな顔で眠っているその男が、じきにこの世界を統べる新たな王となる。
次の日。その男はまだ目覚めない。
「……でもまさか、ランスが魔王になっちゃうなんてね」
「……そうですね。あの状況では他に手段も無かったですし仕方無い事とも言えるのですが……」
「ねぇシィルちゃん……その、大丈夫?」
「あ、はい。私は大丈夫なんですけど、でも……」
「でも?」
「……でも、やっぱり色々と大きな問題になっちゃうんだろうなー、って思って……」
「あぁ、それは……そうね」
「間違いないと思います。新たな魔王が誕生するというだけでも一大事なのに、それがランスさんですからね。あの人の影響力を考えると、特に人間世界がどうなるか……」
新たなる魔王は人間出身の魔王となった。
その事実は、その影響は、事によっては国家間の情勢を揺るがす大事件に発展しかねない。
先行き不安な状況を憂い、人間である者達はその表情を曇らせる。
「……とはいえ、ここで私達が悩んでいてもどうにもならないんだけどね」
「そうですね。すでに賽は投げられてしまった事ですし、私達は私達に出来る事をしましょう」
次の日。その男はまだ目覚めない。
「……成る程。ヒラミレモンをですか」
「えぇ。ランスが目覚めた後、場合によっては必要になるかもしれません。魔物界にある分はこちらで集められるのですが、私には人間世界の伝手がありませんので……」
「そこを私に、という事ですね。分かりました、すぐに手配しておきます」
「えぇ、お願いします」
「……ただ、もしヒラミレモンがランスさんの役に立った場合、それはそれで喜ぶべき事なのかどうか判断が難しいですね」
「……確かに。その時はランス自身にも魔王の力を抑えられなくなっているという事。あるいは美樹様のように、そもそも魔王には至らず不完全な状態となる可能性もありますが……」
「ホーネットさん、魔王の力を受け継いだ場合、美樹さんのように未覚醒の状態を保つというのは良くあるケースなのでしょうか?」
「……いえ、美樹様に関しては相当稀なケースだと私は考えています。あの方は私の父によって半ば強制的に魔王にされた身、そもそも本人が魔王になる事を拒んでいたからこそあのような不安定な状態になったのだと思います」
「だとすると、ランスさんは曲がりなりにも自らの意志で血の継承を受けた。となると……」
「えぇ……。とはいえ、確かな事は当のランスが目覚めてみないと私にも分かりません」
自然と考える。否が応でも考えさせられる。
その男が目を覚ました時、その男はどのような魔王となっているのか。
残虐で冷酷な魔王になっているのか。
それとも魔王にすらなっていないのか。
それはまだ誰にも分からない。……が、その時は刻一刻と迫っている。
次の日。その男はまだ目覚めない。
「ホーネット様、手紙の代筆終わりました」
「ありがとうございます、シルキィ。……悪かったですね、こんな雑用を貴女に頼んで」
「これ位構いませんよ。ホーネット様の使徒達はヒラミレモン集めに忙しいようですし、送る相手が多いだけに必要な数もかなりのものですからね。……これで全員分ですか?」
「えぇ。ひとまずはこれで十分でしょう。私の分も書き終わりました」
「魔人達は当然として、魔物界において重鎮と呼ばれる魔物達、それに各魔界都市の代表や各種族の有力者達など、全員を呼び寄せるとなると結構な人数が魔王城に集まる事になりますね。……時期が時期だけに少し不安ですが」
「派閥戦争が終わって間もないですからね。私もそこは悩みましたが、しかし魔王様が代替わりしてしまった以上これは避けては通れぬ道。であれば早い方が良いでしょう、考えようによっては今なら叛意を持つ者も少ないでしょうし」
「あぁ、それは確かに。ケイブリス派が壊滅した今すぐに再び魔王様に反旗を翻そうと考える者はそう居ないでしょうね。……ではホーネット様、メガラスに渡してきますね」
「えぇ、お願いします。……考えてみると、一番大変なのはメガラスかもしれませんね。北のアワッサツリーから南のタンザモンザツリーまで、魔物界の各地を飛び回わらねばならないのですから」
新たな魔王が誕生した時、魔に属する者達にはするべき事がある。
新たなる魔王の誕生を祝し、我らが王に絶対の忠誠を誓う事。
更にはこの世界に生息する全ての魔物達、末端の魔物達にまで魔王の存在を周知させる事。
その為に魔物界の各地から、魔王の手足となるべき者達が着々と集められていく。
次の日。その男はまだ目覚めない。
「……はぁ、どうしよう……」
「かなみさん、悩み事ですか?」
「うん……ランスの事をね、リア様に報告するべきかどうかずっと悩んでて……」
「あれ? かなみさん、まだリア王女に報告されていなかったのですか?」
「……その言い方だと、ウルザさんは……」
「えぇ、すでにゼスの方には報告を入れました」
「ですよねぇ~……やっぱし私もリーザスに報告した方がいいのかなぁ……。あぁでも、ランスが魔王になったなんてリア様に知られたらすっごく大変な事になるような気が……」
「……正直言ってそれは私も同感ですが、しかしこのような世界の一大事を隠し通す事なんて不可能ですから、かなみさんが報告しなくても遅いか早いかの違いでしかないと思いますよ」
「……それもそうですね。ならやっぱり報告しようかな……って、考えてみたら私は今リーザス所属じゃなくてランスお付きの忍者なんだから、報告するとしたら先にランス城の方ですかね」
「あ、かなみさん、ランス城の方にだったら私がお手紙を出しておきましたよ」
「あ、そうなんだ……。なんか……シィルちゃんもウルザさんも仕事早いね……」
そして人間達も。
この先どうなるか分からないからこそ、今の段階で打てるべき手は打っておく。
それは人間も、魔人達も変わらない。魔王によって翻弄される全ての生物に共通する思考。
次の日。その男はまだ目覚めない。
「……中々起きないな、ランスのやつ」
「そうね。これでもう5日目ですか」
「ちょっと寝すぎじゃない? 魔王になる時ってこんなにぐっすり眠るもんだっけ?」
「……聞いた事はないな。といっても魔王の血を継承した時の事なんて、ガイ様から美樹様に継承された時の事しかサテラは知らないけど」
「私と姉さんはその一代前、ジル様からガイ様に継承された時の事も知ってはいるけど……」
「でもあれはちょっと別モノっていうか、正式な継承では無かったって話だからね。……ねぇハウゼル、他の魔王の例は知らないの?」
「私達が生まれる前の魔王様の事はさすがに分からないわ。こういう事は私達よりも後に生まれたシルキィやホーネット様も詳しくは無いでしょうから、知っているとしたら……」
「古株の魔人だと……ガルティアとかか。あ、メガラスが一番詳しいじゃないか?」
「んじゃあサテラ、ちょっとメガラスに過去の魔王の事を聞いてきてよ」
「どうしてサテラが。サイゼルが聞いてくればいいじゃないか」
「え~、いやよ。メガラスに話しかけたって沈黙で返されるのが目に見えてるし」
次の日。その男はまだ目覚めない。
「ホーネット様、ビューティツリーの代表が城に到着したようです」
「分かりました。では他と同じように客室に通しておいて下さい」
「今のケイコの報告は……メガラスが届けた手紙の返事が早速やって来たという事ですか」
「えぇ、そういう事です。ブルトンツリーやキトゥイツリーなど、魔王城に近い都市に棲む者達は続々と集まってきています。やはり新たな魔王様が誕生したとあっては魔物達の動きも迅速になりますね」
「ですね。まだ手紙を出して数日だと言うのに……この分だとランスさんが目を覚ますよりも先に全員が到着してしまうかもしれませんね」
「全員……そうですね。空き部屋は多く有りますし待たせる分には問題ありませんが……ただ、こちらが呼び出した全員が招集に応じるかと言うと……どうでしょうかね」
「……元ケイブリス派の魔人達の事ですか?」
「えぇ。来ると思いますか? シルキィ」
「さすがに来ると思いますけどね。魔王という存在を無視出来る魔人はそう居ないでしょうし、特に今回の戦いで生き残ったのはそれなりに理知的な魔人達だし……って、あ、ケイコ?」
「ホーネット様、シルキィ様。魔人レイ様が城に到着されたようです」
「……話をしたら、ですね」
「えぇ。……しかし、これはまた意外なところが一番に来ましたね……」
次の日。その男はまだ目覚めない。
「……起きないわね、ランス」
「あの日からもう一週間、さすがにちょっと心配になってきましたね……」
「そうですね……ただこれが異常な事なのかというとなんとも言えないですね。血の継承による魔王化については事例が少なすぎて確かな事は言えないとホーネットさん達も言っていましたから、今のところは見守るしかないでしょう」
「うん。それに起きないとは言ってもぐがーぐがーと心地よさそうにいびきはかいてる事だし、問題とかは無いと思うけどね」
「……それもそうですね。今から心配し過ぎてちゃ駄目ですよね。色々と大変な事になるのはランス様が起きてからが本番でしょうし」
「そうそう。大変なのはランスが起きてから……」
「……かなみさん?」
「……ランスが起きたら……本当に、どうなるんだろうなって思って」
「そうですね。……魔王、ですからね」
「……大丈夫ですよ、きっと」
その男が目覚めた時、果たしてその男はどのような魔王になっているのか。
魔王が目覚めた時、果たしてこの世界はどうなっていくのか。
彼が目覚めた時、果たして自分はどうなるのか。
「先程カミーラも来城して、元ケイブリス派魔人達も全員が到着しましたね」
「そうですね。……これで後はランスが目覚めるだけ……なのですが」
「さすがに城内も騒々しくなってきましたし、早く目覚めて欲しいものですね」
「えぇ。……にしても不思議なものですね。元々私達ホーネット派は父上の遺命に従い美樹様に忠誠を誓っていた身です。その為に派閥戦争を戦い、戦いの中で人間であるランスの協力を受けました。そのおかげで派閥戦争に勝利したと思えば、美樹様からランスへと血の継承が行われて……」
「……確かに。不思議な巡り合わせですね。私達ホーネット派の使命は叶いませんでしたが、それでも魔王になる事を拒んでいた美樹様にとっては喜ばしい結果なのでしょうね」
「そうですね。……ただ、一方でランスは……どうなのでしょうか」
「というと?」
「ランスは……ランスも美樹様とはそう変わらない立場ではありませんか。あの時、もしかしたら望まぬ選択を強いてしまったのではないかと、その事が頭の片隅で気になって離れないのです」
「それは……考えすぎだと思いますよ。ランスさんは自分がやりたくない事を仕方なく背負うような性格はしてないですって」
「……だと良いのですが。いずれにせよすでに血の継承が行われてしまった以上、ランスが新たな魔王となるのは変えようのない事なのですがね」
「……なんか今更ですけど、あのランスさんが私達魔人の新たな王になるなんて……ほんと、本当にビックリですよね」
「えぇ……。ランスが魔王になったら、私は……」
彼が目覚めた時、果たして自分はどうなるのか。
人間達は。
魔人達も。
「私は……魔人筆頭です。こんな事を魔人筆頭が考えるなど不躾かつ不謹慎な話なのですが、私は……こうなった事について少々期待してしまっている面もあるのです」
「……それ、私も同じです。この世界の全ては魔王様の思うがまま。それは当然の事ですけど……ケイブリスは論外として、美樹様よりもランスさんの方がもしかしたら……って気分になっちゃうんですよね。不思議な事に」
「えぇ、そうですね。期待し過ぎるのも良くない事かもしれませんが、それでも私は……魔王になる事を拒んでいた美樹様より、ランスが魔王になってくれた事を好ましく思います」
「………………」
「……シルキィ?」
「あ、いえ。ホーネット様、随分と……あれですね、あの……もはや隠す気もありませんね」
「隠す?」
「いえ、なんでもありません。でもそうですね、この先どうなるかは分からないけど、それでもあのランスさんが魔王になってくれたんだから……私達もその意思に応えなければなりませんよね」
「えぇ。その通りです。魔人筆頭として、私は……ランスに全てを捧げるつもりで尽くします」
「………………」
「……シルキィ?」
「……いえ。もう本当に隠す気ないですね。なんと言うか……さすがです、ホーネット様」
「?」
誰も彼も、そんな気持ちを胸に抱いたまま。
時間は刻一刻と過ぎていって。
──そして。その数日後。
「…………んが?」
男は、目覚めた。
(2020/11/25)祝! 超昂大戦エスカレーションヒロインズ サービス開始!
という事であんまり関連性はありませんがランス(9.5 IF)もアフター編、開始です。
前話「エピローグ」の後書きにて少々紛らわしい書き方になっていたので補足。
ここからの話はアフター、つまり本編ストーリーの完結を受けての「その後の話」となります。
ランス10ゲーム内のアフターと同じ立ち位置に当たるものであり、第二部ではありませんのでそこはご了承下さい。