王座の間。
それは王たる者の姿と力を誇示する場所。
特にこの魔王城にあっては、世界の支配者たる者が坐す唯一の王座がある場所となる。
「………………」
──沈黙。
そこは今、寒々しい程の静寂に包まれていた。
大勢の魔物達が入れるよう、一つの階の半分以上を丸々使用して拵えられた王座の間。
広大な魔王城の中でも一番広大となるその部屋には今、多くの者達が揃っていた。
「………………」
それは魔人筆頭から呼び出しを受けた者達。今回の式事に参加する事を認められた者達。
魔物の群れの中で重鎮的役割を果たす者や、各魔界都市における有力者達など、その全員が通常の魔物とは一線を画す力を有している。
そんな多種多様の魔物達が所狭しと整列して、その全員が王座に向かって傅いていた。
「………………」
そしてその一列前には──彼等が。
多くの魔物達を従えるかのような形で、その前列には魔人達が一列に並んでいた。
魔物達と同様に一言も発する事も無く、勢揃いした魔人達全員が王座に向かって傅いていた。
今、王座の間にあるのはそんな光景だ。
魔物達が、魔人達が。全ての者達が跪き頭を垂れて、王たる者への忠誠を表明していた。
そして──
「……ふむ」
王の座には……その男が。
これまで座る者の無かった椅子には、新たに魔王となった男が腰を下ろしていた。
──第八代魔王ランス。
その姿を見る為、その声を聞く為、魔物界の各所から多くの者達が集まったのだ。
「……な、なんだかこれだけ大人数の魔物や魔人が居ると……すごく異様な感じ……ですね」
そして王座の右脇には、おっかなびっくりといった表情のシィルが立っていて。
その反対側、つまり王座の左脇にはホーネットが立っていたのだが。
「……魔王様。始めても構わないでしょうか?」
「ん? おう、別にいーけど」
「……では」
そう呟くと、彼女はそこから離れて広間の方へと歩いていく。
そして最前列で整列する魔人達の更に前、一同を代表する位置で片膝を地面に付いて跪いた。
「改めまして……新たな我らが王……その誕生を、皆を代表して心よりお祝い申し上げます」
「うむ」
「本日を以て……我ら魔に属する全ての生き物は、貴方に忠誠を誓う、貴方の下僕となりました」
魔人筆頭が、宣言する。
その名を、呼ぶ。
「魔王ランスよ」
魔に属する全ての者は魔王に忠誠を捧げる。魔王となったランスの下僕となる。
厳かな雰囲気の中、臣下一同を代表して魔人筆頭であるホーネットがそう宣言した。
「……うむ」
一方、王座に座るランスはとりあえず偉そうな顔を作って頷いておいた。
そもそもの性格的に態度がデカかったりと、また過去には世界総統の経験もあったりと、こういう場で偉そうに振る舞うのは大得意である。
「………………」
そして、そのまま沈黙。王座の間には暫し無音の空白が生まれる。
その静寂は魔王の言葉を待っているから。魔物達も魔人達も、そしてホーネットも、新たに魔王となった男の言葉を待っている。
それを肌で感じる空気から察したのか、ランスは王座の上で軽く顎を撫でた。
(……さーてと、どうすっかな)
果たして自分はここで何をするべきか。
ホーネットからは何を語ってもいいし、あるいは何を語らなくてもいいと言われている。
なのでランスは何も考えてきていない。完全なるノープランで今も王座に座っている。
この式事の目的は魔物達を集めて、新魔王ランスの存在を多くの者に知らしめる事にある。
つまりは顔見せであり、その意味ではもう目的は達成されている。なのでここからはフリータイムというか、何をどうしようが全ては魔王の自由となる。
(何もしないってのもつまんねぇよな。せっかくだしなんか遊んでみるか?)
例えば、魔王として下僕達に適当な命令を下したっていい。
あるいは、世界を統治する際のルールなどを適当に宣言してみたっていい。
それとも、もう飽きたからとこのまま自室に戻ったって勿論構わない。
魔王というのはそういう存在だ。
何を省みる必要も無い存在、常に傍若無人なランスにとっては天職と言えるような存在である。
(しっかしあれだな。こうして見ると……なかなか壮観ではないか)
そしてそんな魔王の前には。
王座に座るランスの視界一杯には、こちらに頭を垂れる魔人達や魔物達がズラリと並んでいる。
(これが魔王の力か……。ぐふふ、悪くないな)
その光景をランスは気分良く眺める。
やはり自分には偉い立場がよく似合う。忠誠を捧げる臣下達の視線が心地よい。
感覚的にはあれだ。前回の時の世界総統だった頃の立場に戻ったかのようだ。
(……いや、これは前回以上か)
立場というなら、前回の世界総統という立場よりも今回の方が遥かに上。
勿論ながら世界総統だって世界一の権力者、とても融通の効く便利な立場ではあった。
あったのだが、しかしそれはあくまで人間世界の社会という範囲に限っての話で。
(なんせ俺様は魔王だからな。今はもうなにをしたって許されるのだ、がははは!)
魔王とは絶対の支配者。その力は人間世界などという狭い範囲には限定されないもの。
そもそもが人間世界の成り立ちからして、魔王ガイが世界を二分した事で成立したもの。魔王となったランスが本気を出せば、元通りの一つの世界に戻してしまう事だって可能となる。
(あそうだ。今度は人間と魔物じゃなくて男と女で世界を分けるってのも良いかもな。そうすりゃ全ての女を俺様が独占出来るって訳だ。おぉ、中々のナイスアイディアじゃないか)
そんな冗談じみた話でさえも、今のランスなら現実にしてしまう事だってそう難しくは無い。
それが魔王。それこそが魔王。
あらゆる法律やルールに縛られず、全てを思いのままにする事が許される存在。
それは例えば──
すぐ目の前に居る相手、魔人ホーネットとか。
(ぐふぐふぐふふ、魔王になった以上はホーネットだってもう完全に俺様の女だ。なんたってこいつは魔人筆頭なのだからな)
魔に属する者は全員が魔王の下僕。先程ホーネット自らがそう言っていた。
だったら当然ホーネット自身もそうだろう。魔人筆頭なのだから当然そうなる。
この絶世の美女の全てを思いのままに出来る、今日からはもうやりたい放題という事だ。
(勿論ホーネットだけじゃないぞ。他にも……)
ランスはホーネットの一列後ろに目を向ける。
そこは魔人達の列。見覚えのある魔人達が微動だにする事無く傅いている。
それぞれに目を向けると右から順に……サテラ、シルキィ、ハウゼルの姿が。
(こいつらだって俺様のものだぞ、うむうむ。まぁこの三人は魔王になる前から何度もセックスしてたし今更っちゃ今更なのだが、改めて俺様の女になったってわけだな)
すでに自分の女だった相手も、こうして魔王という立場になればまた変わってくるものがある。
例えば先日の一件、魔人ケイブリス討伐のご褒美として頂いたハーレムセックスだって、これからはご褒美などとは言わずに毎日楽しむ事だって可能となった。
そして更に魔人達に目を向ければ……ハウゼルのすぐ隣にはその姉の姿も。
(おぉ! そういやぁこれでサイゼルともセックスし放題になるのか。こいつとはバラオ山で姉妹丼を楽しんだっきりご無沙汰だったからな。ぐへへ、楽しみだぜ……!)
ハウゼルと違ってサイゼルとは折り合いが悪く、中々セックスするタイミングが無かった。
しかし魔王となった今ではサイゼルだって自分のもの。ハウゼルと一緒に生意気な姉の方も好き勝手楽しんでオッケーなのである。
それはサイゼルはおろか……その隣すらも。
そこに居たのはケイブリス派に所属していた魔人四天王、カミーラの姿。
(そうかそうか! これからはカミーラともセックスし放題か! おお、素晴らしい……!)
その事実にランスは目を輝かせる。
魔人カミーラ。ホーネットに負けず劣らず美しいこの魔人だってもう自分のもの。
先日のケイブリスとの決戦の最中で負った怪我はまだ回復しきっていないようだが、その怪我を押してまでこの城に来て自分の前に傅いている姿が何よりの証明。
封印を解いて以降手を出しようが無かったカミーラも、これからオールオーケーなのである。
……と、ここまでは良かったのだが。
しかし、そこから先に目を向けると……。
「む」
魔人カミーラの隣。
そこに傅くのは……魔人ケッセルリンクで。
「あん?」
その次は魔人パイアール。
「……ぬぅ」
そして次、魔人レイ。
「………………」
そして次。魔人ガルティア。
更には魔人メガラスと続いて。
「………………」
ザッと一同を見晴らした後、ランスの眉間にはそりゃもう深い皺が刻まれていた。
途中までは良かった。最高だった。
ホーネットから来て、サテラ、シルキィ、ハウゼル、サイゼル、カミーラまでは素晴らしい流れだったのだが……しかしそこから先はどうか。
後の方になるにつれ尻すぼみというか……段々テンションが下がってくるというか。
「……ホーネットよ」
「何でしょう」
「俺様は魔王だよな?」
「はい。貴方様こそが我らの王です」
魔人筆頭は答える。
ランスは魔王。魔を統べる魔族の長。
「てことはだ。お前達は俺様のものだよな?」
「その通りです。魔に属する全ての生き物は魔王様の所有物です」
「所有物なら……どう扱っても構わねーよな?」
「勿論です。貴方様は魔王なのですから」
魔人筆頭は答える。
魔に属する全ては魔王の所有物。魔物や使徒や魔人でさえも全て同じ。
所有物をどう扱おうが、誰をどれだけ寵愛しようがそれは魔王が決めること。
そして所有物である以上は。
何を捨てる事だって、全ては魔王の御心次第。
「……だよな」
何を捨てるかって?
そりゃあ勿論──
「──よし、決めた」
──要らないもの。
捨てるとしたらソレしかないだろう。
「えー……」
そして、ランスは王座から立ち上がった。
その場に平伏する全ての者の注視を集めながら……ゆっくりとその口を開いた。
「俺様が新魔王ランス様だ」
その言葉は、全ての臣下達に届く。
「俺様が魔王になった以上、全ては俺様のものだ」
王たる者の声が。
臣下達全員に魔王の存在を感じさせる。絶対なる支配関係を突き付ける。
「だから当然、この世界をどうするかってのも全部俺様が決める事なのだが……」
そしてその話題こそ、この場に集った多くの者達にとって一番の関心事。
これまでとは違うこの世界の新たなる姿、新たな魔王による新たな世界統治。
特に多くの魔物達にとっては、この世界が魔を頂点とする絶対的な世界になる事を期待して、魔王らしい世界統治がなされる事を期待していたのだが。
「……ま、その辺の事はおいおい語るとしてだ。まず最初にお前ら全員に言っておく事がある」
世界統治云々は一旦置いておいて、それよりもまず先にする事。それはこれまでの後始末。
そこでランスは一歩前に進むと、一番先頭で跪くホーネットに目を向けた。
「なぁホーネット」
「はい」
「この魔物界ではちょっと前まで大きな戦争が起こっていたのだが……それを覚えてるか?」
「勿論です。派閥戦争の事ですね」
派閥戦争。LP歴の始まりを契機として、魔に属する者達が派閥に分かれて争った戦争。
その結末も何もかも、覚えていない者など今この場には誰一人として居ないだろう。
「その派閥戦争だが……二つの派閥があったはずだよな」
「はい。私が率いたホーネット派と、今は亡き魔人ケイブリスが率いたケイブリス派ですね」
「あぁそうだ。そんでな、これは知っとるヤツも居るかもしれねぇが……」
そこでランスは一同を軽く見渡すと、やや語気を強めながら言う。
「俺様は魔王になる前、ホーネット派に協力して戦っていたのだ。そうだな? ホーネット」
「はい。そうです」
「そうだ、俺様はホーネット派に協力していた」
語気を強めて……その言葉を。
「……つまり、だ。俺様にとってケイブリス派は敵だったのだ」
──ケイブリス派は敵だった。
魔王がそう宣言すると、王座の間の各所から息を飲み込む音が聞こえた。
「となると今この王座の間には……俺様に歯向かっていた愚か者共が居るって事になるよなぁ?」
そして直後、大広間全体が一気に寒々しい緊張感に包まれる。
今の言葉には強烈な圧迫感と……そして、明確な敵意が含まれていたから。
「……っ」
その圧を強烈に感じて、一番近くに居たホーネットは思わず喉を鳴らした。
魔人として感じられるものが、ランスから伝わってくる魔王の気配が増していた。
ランスの身体から溢れる魔王の力が、紅いオーラのような粒子の量が増加していた。
その姿を見れば今のランスを人間だなんて思う者は一人も居ないだろう。それは紛れもなく魔族の頂点に立つ魔王の姿をしていた。
「魔王である俺様がホーネット派に協力してるってのに、他の魔物や魔人共がケイブリス派に属しているなんておかしな話だよなぁ。これじゃあ魔王様に歯向かってますよーって宣言しているのと同じだよなぁ?」
ランスはそう言うものの、しかしそれは少々筋が通らない話。
多くの者にとって、後の魔王となるランスがホーネット派に居たなどとはつゆとも知らぬ話。
そもそもが当時は魔王になどなってはいなかった訳で、それで魔王に歯向かっていたとするのはあまりに酷な話だと言えた。
……が、しかしそのような理屈は通らない。
何故なら全ては魔王が決める事だから。話に筋が通っていようがいまいが、魔王が語る理屈以上に優先されるものなどありはしない。
魔王がシロと言ったらそれはシロ、クロと言ったらそれはクロなのである。
「なぁホーネット。魔王に歯向かうヤツらを許してもいいのか?」
「いいえ。あってはならない事です」
そしてホーネットも魔王の……というか、ランスの意を汲んでそう答える。
ここまでの話の流れを読んで、何を言いたいのかはもう察していた。
「だよなぁ。許しちゃいけねぇよなぁ、そんなヤツらは……」
すると案の定、ランスはニヤリと笑って。
「つー訳で──そこからっ!」
──ビシィィッ!
という効果音が鳴りそうな勢いで、ランスは人差し指を突き指した。
魔王の指が『そこから』と指定した場所、それは……カミーラとケッセルリンクの間。
「──こっちまで!」
そして、その指を一気に左端まで持ってくる。
今指定した範囲に含まれる魔人達。それは……先程大いにテンションを下げてくれた者達。
「この中に居る奴らは全員必要無しっ! ケイブリス派魔人共は一斉在庫処分の刑じゃー!!」
言葉が衝撃となって王座の間を駆け抜ける。
こうしてランスは──新たな魔王は最初の命令を臣下達に下した。
第して『ケイブリス派魔人一斉在庫処分の刑』
魔王から無慈悲なる死刑宣告を告げられてしまった哀れな魔人達は以下の五名。
「………………」
魔人ケッセルリンク。
「くぅ……!」
魔人パイアール。
「チッ……」
魔人レイ。
「……ってあれ? 俺も?」
そんな中、ちゃっかり在庫処分のシールが貼られていた元ホーネット派魔人のガルティア。
「………………」
そして、魔人メガラスも。
「がはははーっ! 俺様の配下に男はいらーん!」
ランスは相変わらずのがはは笑い。死刑宣告をした直後とは思えない明るい笑顔。
ケイブリス派魔人とは言いつつも魔人カミーラが省かれている所からも明らかなように、実のところ派閥云々は関係無く、単に不要な男の魔人を処分したかっただけの事。
「………………」
しかしそんな贔屓だって魔王には許される。
その命令に異を唱えられる者などありはしない。
ホーネット派魔人達は勿論の事、死刑宣告を受けた当人達も押し黙ったまま。
「……ら、ランス様……」
「あん?」
けれどもそんな中、王座の隣に立つシィルが恐る恐るといった感じに口を開いた。
「さすがにそれは……ちょっと可哀想では……」
「可哀想だぁ? あのなシィル、こいつらは敵だったじゃねーか」
「それはそうですけど……でも、ガルティアさんとメガラスさんは仲間だったじゃないですか」
「俺は男を仲間だと思った事はない」
「そ、そんなぁ……」
取り付く島もないようなランスの言葉にシィルはくすんと眉を下げる。
対立していたケイブリス派魔人はともかく、ここまで一緒に戦ってきたガルティアやメガラスまで在庫処分送りにしてしまうのは可哀想では。シィルの気持ちとしてはそんな所で。
「……けど、そうだな……」
そこでランスも少し考えてみる。
自分にとって必要なのは女だけ、男は要らないという考え方は変わらない。その点に関しては奴隷に何を言われようとも絆されるつもりは無い。
けれどもその考え方を変えないが故に、在庫処分の中にもちょっと気になる相手が居て。
(……ふむ)
例えば──魔人ガルティア。
こいつは男だけど……しかしこいつの使徒に女は居なかっただろうか?
例えば──魔人パイアール。
こいつも男だけど……しかしこいつの親族に女は居なかっただろうか?
例えば──魔人ケッセルリンク。
こいつだって男だけど……しかしこいつの周囲に女は居なかっただろうか?
そのように考えてみるとどうだろう。
男の魔人なんて不要な存在、即座に切り捨てて構わないのだが……しかし。
「……お前はどう思う? ホーネット」
「……魔人とは魔王様の手足の一部。手足の扱いをどうするかは魔王様が判断される事かと」
魔人筆頭として、魔王の考えには逆らえない。
ただそれでも一緒に戦ってくれたガルティア、メガラスまで死なせるのは心苦しい。
シィルと同様の気持ちを心に秘めていたホーネットは「ただ……」と呟いて。
「その判断をするのは……彼等から話を聞いてからでも遅くはないと思います」
「話か。……そうだな」
ランスは頷くと、在庫処分シールを貼られた五名達に視線を向ける。
「よし。ならホーネットに免じて……お前達に一度だけチャンスをやろうではないか」
そして、魔王は告げる。
新たな命令を。最後のチャンスを。
「一人につき一回だけ話を聞いてやる。自分の価値を示して俺様を納得させてみろ」
条件は魔王を納得させる事。
こうして処分対象となった五名の魔人による、生き残りを賭けた魔王との個人面談が始まった。