ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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新たなる魔王様の新たなる日々

 

 

 

 

 そして、明くる日。

 

「ふー。ようやく面倒事が一つ片付いたぜ」

「面倒事?」

「あの在庫処分魔人共の事だ。全く、何故この俺様があんな残りクズみたいなヤツらの事後処理に手間取らせられなければならんのじゃ」

「え、えーと……でも個人面談をしようって言い出したのはランス様だったような……」

 

 八つ当たりのような主人の言葉に、シィルは困ったように眉を下げる。

 昨日までランスの手を煩わせていた仕事、戦後処理の一つでもあったケイブリス派魔人達(その他含む)の個人面談も恙無く終了して。

 そして今日、朝飯を食べ終えたランスは自分の部屋で一休みしていた。

 

「まぁでも個人面談をした甲斐はあった。今後の良きセックスに繋がりそうな要素は色々と発見出来たし、なによりもケッセルリンクがあれ程イイ女に化けたのは一番の衝撃だった」

「あぁ、あれには私もビックリしました。ランス様の部屋に案内した時は男の姿だったのに、その後部屋から出てきた時はすっごく綺麗な女性の姿になってて……」

「うむ。処分するつもりだったオッサンがおっぱいボインの美女に変わるなんて、これ以上に素晴らしい出来事はそう無いだろう。これも俺様の日頃の行いが良かったおかげだな」

 

 棚からぼた餅だった美女カラー魔人四天王ケッセルリンクや、その他の魔人達も諸々。

 ランスは全員と顔を合わせて面談をして、現状は一応全員処分保留という結論を下した。

 だったら別に放っておいても良かったのでは。個人面談なんて時間の無駄だったのでは。という考えもチラつくが、それでもランスなりに得るものはあったのでオッケーのようだ。

 

「……で、だ。シィルよ」

「はい」

「個人面談は終わった。面談対象だった元ケイブリス派魔人共の処理も片付いた」

「ですねぇ。ガルティアさんとメガラスさんはケイブリス派魔人じゃないですけど」

「と、なるとだ」

「はい」

「ここからだ。ここからようやく俺様の素晴らしき魔王様ライフが始まるって事だ」

 

 そう言ってむふんと得意げな顔になるランス。

 魔王として目覚めてすぐ、ホーネットの頼みを聞くような形で王座の間に直行し、大勢の魔物や魔人達の前で新魔王のお披露目式を行った。

 

 そしてその後、不要だなぁと感じた在庫処分魔人達の個人面談を行って、今日、ここから。

 ランスとしてはようやくと言った感じの自由行動タイムの始まりである。

 

「俺様は魔王になった。そうだな?」

「はい、そうですね」

「ではシィルよ。魔王になるっつーのはどういう事だと思う?」

「ど、どういう事か……ですか?」

「うむ」

「そうですねぇ……う~ん、魔王なんてスケールが大きすぎて、私にはちょっと……」

 

 ランスは来水美樹から魔王の血の継承を受けて、この世界における第八代目の魔王となった。

 しかして魔王になるとはどういう事か。それが如何なる意味を持つのか。話の規模が大きすぎて想像が付かないシィルをよそに、ランスはご満悦の表情で先々の展望を語り始める。

 

「俺様が魔王になった以上、今後はもう家賃を払う必要はない。いいやそれどころか住民税などあらゆる税金の支払いを無視出来るだろう」

「えっ、あ、一番最初がそこですか?」

「そうだとも。それにN○Kの集金だって今後はビタ一文支払う必要はないぞ。ガス代も水道代の支払いもぜーんぶ無視したって許される、なんせ俺様は魔王様なのだからな」

「はぁ……、けれどN○Kはともかくガス代や水道代はちゃんと支払わないと、お役所の方からガスとお水の供給を止められてしまうのでは……」

 

 感覚が人間だからか随分と所帯染みた事を言うランスだが、それだって事実には違いない。

 魔王とは魔族の王であって世界を統べる者。であれば人間世界においての取り決めである税金関係などは一切合切無視したって構わない。

 たとえケチくさいと言われようが何のその、魔王が身銭を切る必要など無し。つまりはそういうやりたい放題な存在になったという事である。

 

「つーわけでシィル、今後は税金の支払いの催促が来ても全部シカトしろよ」

「でもランス様、そもそもここは魔王城ですから催促のお手紙は届かないと思いますよ?」

「む、それもそうか。ではビスケッタさんに支払いは無視しろと連絡して……お?」

 

 二人がそんな話をしていたその時、部屋のドアがコンコンとノックされる。

 すぐにシィルが「あ、はーい」と立ち上がって、ドアを開いて来客を招き入れた。

 

「ランスさん。おはようごさいます」

「おはよう、ランス」

「おお、ウルザちゃんか。それにかなみも」

 

 やって来たのはウルザとかなみ。

 部屋に入った二人はソファに掛けるランスを見て、その顔色を伺うように口を開く。

 

「ランスさん。魔王となってからまだ数日ですが……体調などはどうですか?」

「見ての通り、なーんも問題ないぞ」

「どうやらそのようね。何はともあれ元気になったみたいで良かった」

「なんだ、そんな事を気にしてたのか」

「そりゃあね。だってランスってば一週間以上も眠りっぱなしだったし……」

 

 血の継承を受けて、その後深い眠りに就いたランスの事は多くの者達が心配していた。

 それはウルザやかなみも例外ではなく、この数日は不安な気持ちが晴れなかったようで、ランスが目覚めたと聞いて以降ずっとその様子が気になっていたようだ。

 

「でもそっか。それならもう問題無く……」

「……問題無く、なんだ?」

「いや、その……問題なく、魔王……なのよね?」

 

 元より体調は万全、何も問題の無い魔王。

 かなみはその顔を、第八代目の魔王となった男の御尊顔をしげしげと眺める。

 

「でもこうして見ると……パッと見なにも変わってないように見えるんだけどね」

「しかし外見に変化は無くとも、ランスさんは間違いなく魔王になった……のですよね?」

「うむ、多分な。ぶっちゃけ俺様もあんまし魔王になった実感とかはねーのだが」

 

 外見的特徴に変化は無し。しかしその中身は激変している……のか、どうなのか。

 本当に実感が湧いていないらしいランスはぽりぽりと頭を掻きながら答える。

 

「だが魔人共が俺様の言いなりになる姿を見ると、まぁそういう事なのだろう」

「そっかぁ……。けれどもまさかランスが魔王になっちゃうなんてねぇ……」

「ふふん、羨ましいか? かなみよ」

「そういう事じゃなくて。なんか……うーん、私もなんて言ったら良いのか分かんないけど……」

 

 そう言って複雑そうな表情になるかなみ。

 ランスが魔王になった。人間の身を捨てて、魔物達を統べる世界の支配者となった。

 それは驚きとか、魔王に対する恐怖とか、人間では無くなった事への寂しさとか、その他色々。

 いずれにせよその感情は一言ではとても片付けられない、それ程に重大な出来事で。

 

「ねぇランス。今更だけどさ……魔王になんてなっちゃって良かったの?」

「さーな、良い機会だからなってみただけだ。良いとか悪いとかは知らん」

「そんな適当な……それに魔王になるならなるで、相談ぐらいしてくれたって良かったのに」

「んな相談なんつー悠長な事を言っとる状況じゃ無かったんだっての」

「けど……」

 

 もはや覆水盆に返らず。とはいえそれですんなりと受け入れる事も難しく。

 そんなかなみの気持ちに同調するかのように、その時別の方向からも声が聞こえた。

 

「そーじゃそーじゃ。なーぜこんな大事な事を相談も無しに決めちまったんじゃ」

「あん?」

 

 それは魔剣カオスの声。

 魔王になってしまった持ち主に対し、荷物袋の中から抗議の声が上げる。

 

「せめて事前に相談してくれれば……そしたら儂が全力で止めてやったというのに……」

「カオス、お前が止めたところで俺はお前の言葉など聞かん。よって相談など無駄だ」

「そりゃそーかもしれんが……うぬぬ、よりにもよって心の友が魔王になっちまうとはのう……」

 

 魔剣とは魔を斬り裂く剣。魔物を、魔人を、魔王を殺す事こそがその使命。

 そんなカオスにとっては自分を扱える希少な存在であった心の友、ランスが魔王になってしまった事は途轍もないショック。

 言っても無駄だとは知りつつも文句を言わずにはいられない、そんな心境で。

 

「心の友よ、分かっとるのか? 魔王になるっつー事は魔族の長になるって事なんだぞ? 人類の敵になるって事なんだぞ?」

「だからどうしたってんだ。魔族の長だろうが人類の敵だろうが俺様は俺様、俺様がするべき事はこれまでと何一つ変わらん」

「するべき事って?」

 

 新たなる魔王がするべき事。

 カオスが尋ねると、魔王ランスは人間だった頃と同じように笑う。

 

「んなもん決まってるだろ。世界中のあらゆる美女を俺様のものとするのだ。がはははっ!」

「あぁ、それね。……けどもなぁ、魔王になったって事はそれがマジで可能になっちまったっつう事だからなぁ……ううーん……」

 

 世界中の美女を我が物に。

 壮大過ぎて少々現実味に欠ける野望だったその目標も……魔王となった今となっては。

 

「……それに」

 

 それに──と、カオスが懸念する事。

 たとえランスが世界中の美女を我が物にしたとしても……魔王となった今では。

 

「……なぁ、心の友よ」

「なんじゃ」

「お前さん、今こうして嬢ちゃん達を目にしてなにか感じる事はないかの?」

「は?」

「いや、感じる事っつうか……こう、湧き上がってくるものっつうか……そんなの無い?」

「無い」

「そ、そうか。ならええんじゃが……」

 

 今、こうして、シィル達を目にして。

 ──魔王が人間を目にして、殺したい気分にはならないのか。

 そうとは聞けないカオスは曖昧に言葉を濁す。一方ランスは意味不明な質問に眉を顰める。

 

 魔王には使命がある。血の衝動によってその身に刻まれる命令と言うべきものがある。

 その内容とは人間を虐げる事。そこら辺の詳しい詳細については知らないカオスでも、経験則としてある程度の事は知っている。

 

 魔王というのは人間を虐殺する存在。

 ただ唯一先々代魔王ガイという例外があるにはあるものの……果たしてランスは。

 

(魔王になったばっかしだからか、心の友も今のところは落ち着いておるようだが……それでもこの先どうなるものやら……)

 

 もしランスが人間性を失って、世に言う魔王らしい魔王に変貌してしまったとしたら。

 その時は魔王ジルの時みたく、その心臓を貫くのが自らの役目になるかもしれない。そんな事を考えるとカオスは今からもう憂鬱である。

 

「……はぁ、なんてこったい」

「さっきから何をぶつぶつと訳分からん事を言うとるんだ、お前は」

「要は大変な事になっちゃったねーって事! 心の友も少しは深刻になった方がいいぞ!」

「んな大げさな……」

「決して大げさではなく、大変な事だというのは事実だと思いますよ。魔物界もそうですが、人間世界でも新たな魔王の誕生というのは極めて重大な出来事に当たりますからね」

 

 ウルザがそう言うと、そっちを想定していなかったランスは「……ふむ」と顎を擦る。

 人間世界。最近はそっちに関わる機会が減っていた為すっかり忘れていたが、考えてみれば自分の出身は魔物界ではなくてそちら側。

 自分がこれまでの冒険で名を売ってきたのも主に人間世界という範囲の中。となればそんな自分が魔王となった今、人間世界にとっては確かに一大事件となるに違いない。

 

「てか今思ったのだが、俺様が魔王になった事を人間世界のヤツらは知ってんのか?」

「そういえばどうなんでしょうね? ランス様が血の継承を行ってからまだ日も浅いですし……」

「新たな魔王が誕生した事は年号の変更にも関わる事ですから、AL教を通じて一般の人々にも知らされるはずですが……多くの者は『RA』という年号がランスさんを指しているとは気付かないでしょうね」

 

 魔王の変更を知る方法としては、アコンカの花のお告げを聞くのが一般的な方法となる。

 だがそのお告げも魔王の変更と新たな年号を知らせるだけで、直接に魔王の名を告げはしない為、『RA』という年号を知ってもそれをランスと結び付けられるかは難しい話。

 

「……ただ、それでも中には気付く者も居るかもしれません。それこそゼスの首脳部については私がすでに連絡を入れていますし」

「私も……リア様に事情をお伝えするお手紙だけは送っておいた」

「んじゃガンジー達とリアは俺様が魔王になった事を知ってるってわけか」

「えぇ。ですがゼスやリーザスに限らず、遠くない内に人間世界全体に広まると思いますよ。人の口に戸は立てられないと言いますからね」

「ふむ、そうか。まぁ別に広まったところで問題はねーけどな」

「そりゃランスは問題ないかもしれないけど、他の人達にとってはそうもいかないんじゃない?」

 

 たとえ魔王の名であっても、ランスは自らに付いた悪名など気にはしない……が。

 しかしランス以外の者達にはどうか。かなみは複雑そうな顔になって息を吐く。

 

「特に問題はリア様よ。ランスが魔王になったと知ったあの方が何をするか……」

「リアが何か言ってきてんのか?」

「ううん、返信はまだ無いけど、でもじっとはしていないんじゃないかなーって思って」

「ふーん……ウルザちゃん、ゼスの方は?」

「こちらも現状特には。事情を知ってガンジー王やマジック様は深く動揺しておられましたから、今は皆で対応を協議している段階だと思われます」

 

 リーザスやゼスなど、ランスが魔王になった事を知る者達が何を考えてどう動くか。

 それらはここから先、この世界の動向にも関わってくる重要な話。特にかなみやウルザにとっては他人事ではいられない話なのだが。

 

「ほーん、そんなもんか」

「うわ、どうでもよさそうな返事」

「そりゃ実際どうでもいいからな。リアやガンジー共が何を考えようが知った事か。俺様はいつでも俺様の好きなようにやるのだ」

 

 一方でランスにとっては。世界を統べる魔王にとっては人間世界の国々など些事の一つ。

 そう考えるのは魔王になった影響……ではなく、そもそもランスはそういう性格をしている。

 人間だった頃から世界一の唯我独尊人間であるランスにとって、周囲の者達の思惑がどうだろうが知ったこっちゃないのである。

 

「ま、気が向いたら人間世界にも行く事はあるだろうから、そっちの事はその時でいいだろ」

 

 そう言いながらランスはソファから立ち上がる。

 

「ランス、何処行くの?」

「ちょっくら散歩。魔王になった俺様にはやる事が山積みなのだ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 そうしてランスは一人部屋を出て、ちょっくら魔王城内を散歩中。

 

「ふんふ~ん、っと……」

 

 鼻歌交じりに歩を進めて、目に入るのは埃一つ無い程綺麗に掃除された城の廊下の景色。

 魔王として目覚めてから今日まで、お披露目式や個人面談など色々と立て込んでいた。故にこうしてまったりと散歩をしながら周囲の景色に目を向けるのも久しぶりである。

 

「さーてさて、あいつは何処に……」

 

 とはいえ、ランスが寝ている間にこの魔王城には君臨するべき新たな主が誕生した。

 となるとその景色はやっぱり以前までとは大きく変わっていて。

 

「あっ」

「……む?」

 

 ふとランスの視界に入ったのは一匹の魔物。

 これまでこの城の中で普通に生活をしていたホーネット派の魔物──だったが。

 

「……おぉ」

 

 その魔物はランスの姿を目にするや否や、スッと廊下の端に寄った。

 そして片膝を付いて頭を垂れて、平伏した格好のまま微動だにしない。

 

「なるほど、魔王になるとこうなるのか。がははは、これは気分イイな」

 

 跪いた魔物の姿。それは魔王に対して忠誠を誓う意思の表れ。

 こうした様子はこの一体だけではなく、散歩中に出会った魔物達全てが同じ様子で。

 

「お、またか」

 

 次も。

 

「おぉ、女の子モンスターもか」

 

 その次も。

 

「まさかハニーまで……」

 

 どの魔物も。

 全てが魔王の歩く道を開けて平伏していく。

 

「うーむ、徹底されてる。魔物共にこういう事をしろって指示しそうなヤツと言えば……」

 

 その時ランスの頭の中に浮かんだのは……緑色の長髪を靡かせるあの魔人の顔。

 その読みは大当たりで、これは魔人筆頭であるホーネットが城内の魔物達に下した命令。

 新たなる魔王様に最大限の忠誠を誓うべしと、魔人筆頭指導の下、その形振りや立ち振る舞いを徹底させた成果がこれである。

 

「こりゃ敬われ度で言ったら総統だった時よりも遥かに上だな。ぐふふ、悪くない」

 

 こういった偉い立場の扱いは大好物なランスは口元を綻ばせる。

 これはランスが魔王になった事に対する影響、その変化の一つだと言える。

 先程かなみ達と話したように、人間世界でも色々な影響が起きているのだろうが、ランスにとってはこういう身近な変化の方が興味を引くようで。

 

 

 そして城内を歩いて数分、ランスは目当ての部屋の前に辿り着いた。

 

「ホーネットー、入るぞー」

「っ、魔王様!?」

 

 そこは魔人筆頭の部屋。

 声を掛けた直後に慌てた返事が聞こえたが、気にせずランスはドアを開けた。

 

「よう、ホーネット」

「魔王様……私に用事ですか?」

「そりゃそうだ。じゃなきゃ来ないだろう」

「でしたら次からは誰でも良いので近くにいる魔物に命じて下さい。そうしたら魔王様自らが足を運ばずとも私がそちらに参りますので」

 

 魔人筆頭として、主たる魔王にご足労を掛けさせてしまったのが心苦しいのか。

 ホーネットはすぐに執務机から立ち上がって、ランスのそばに寄ると一礼した。

 

「魔王様、おはよう御座います」

「……む」

 

 その姿を。

 自分に対して恭しく頭を下げるホーネットの姿を見ていると。

 

「………………」

 

 ──気になる。

 実のところ、これは自分が目覚めてすぐこの魔人と顔を合わせた時から気になっていた事。

 

「……ぬぅ」

「それで……魔王様、どうしましたか?」

 

 ホーネットが顔を上げる。

 その表情は何ら失点の無い礼儀正しい魔人筆頭の表情……なのだが。

 

「いやな、実はちょっとお前に聞きたい事があったのだが……」

「はい。何でしょう」

「……ただ、その前にだ」

 

 ランスは神妙な顔で呟く。

 自分が魔王になった事に対する影響と変化。それはきっと色々あるのだろう。

 けれどもランスが一番気になる変化といえば、誰あろうこの魔人の変化について。

 

「なぁ、ホーネットや」

「はい。何でしょうか、魔王様」

「なんだかお前……随分と俺様に対する態度が変わったじゃないか」

 

 自分が魔王として目覚めて以降、ホーネットが自分に対して見せる態度は変わった。

 簡単に言えば真面目さと慇懃さが増した。これまで以上に品行方正度が極まった。

 ランスはそこが気になる。しかしホーネットは表情一つ変えずに答える。

 

「それは当然でしょう。貴方様は魔王様になられたのですから」

「んでもシィルやかなみやウルザちゃんの態度は変わってなかったぞ」

「それは彼女達が人間だからでしょう。しかし私は魔人、それも筆頭の立場ですから、魔王様に対する態度を改めない訳にはいきません」

「……ま、そりゃそうかもしれんが……」

 

 その意味とはつまり、敬われている。

 魔人ホーネットから、あのホーネットから、大いに敬畏の念を向けられている。

 

「……ううむ」

 

 自分が魔王である以上、それは確かに当然の事なのかもしれない。

 だが明確な上下関係が生じた分、彼我の距離感に隔たりが生じたようにも感じられて。

 

「……ううーむ」

 

 その距離感は……なんていうか。

 立場こそ逆転しているが、自分とこの魔人が初対面だった時の余所余所しさと似ていて。

 

「……なんか、納得いかん」

「え?」

 

 魔王として崇められて……この気分は。

 なにやら納得いかないらしいランスは不満げに眉を顰めた。

 

「……魔王様。何が納得いかないのでしょうか」

「そりゃお前のその態度がだ」

「態度……申し訳ありません。私が至らぬ所為で魔王様に不快な思いを──」

「いやそうじゃない。ホーネット、俺様はそういう事を言っとるのではない」

 

 ホーネットは魔人筆頭として、魔王に対して忠節を尽くす態度を取るようになった。

 それは自分が魔王になったから。先程からの通り当然の話。

 

「では魔王様、一体何がご不満なのでしょうか?」

「不満っつーか……なんか、損した感じがする」

「……損、ですか?」

 

 立場が変わったら関係性が変わるのは当然の話。

 なのだが、しかしそれは言い方を変えると、これまでの関係性のリセットとも言える訳で。

 

「なぁホーネット。今の俺様の苛立ちの理由がお前に分かるか?」

「……申し訳ありません。分かりません」

「だろうな。ならこの際ビシッと言ってやる」

 

 そこでランスは一度言葉を区切ると、軽く息を吸って、

 

「……いいかッ!」

「っ!」

 

 ビシッと人差し指を突き付けて。

 この苛立ちが理解出来ないらしい魔人筆頭に向けて真正面からそれをぶつけた。

 

「ホーネットッ! お前はオチていたはずだ!!」

「お、……落ちてた?」

「そうだっ! お前は絶対にオチてた!! お前は俺様に惚れていたはずなのだ!!」

「ッ!?」

 

 息を呑むホーネット。

 そんな彼女を落とした。魔物界のプリンセスを惚れさせたという事実。

 その確信があるからこそ、ランスはこんなにも苛立っていた。ムカついていた。

 

「お前はオチてた!! 俺様に対してメロメロになってた!!」

「な……なっ……!」

「ただ単にセックスをしただけじゃない。お前は俺様に惚れてた! 絶対そうだった!!」

 

 女性を抱く事と、女性を落とす事は似ているようで大きく違う。

 ことランスにとって一番好きな事は言わずもがな女性とのセックスなのだが、一方で女性を落とす事だって軽視している訳ではない。

 単にセックスするだけではなく、その心までも奪うのはより難度の高い事だと言える。だからこそ挑み甲斐があるし、だからこそ多くの女性を落とす男は色男などと呼ばれる。

 

 そして当然ランスもそちら側だ。それもただの色男ではなく世界一の色男を自称している。

 それは口先だけではない。世界一の色男、モテ男だという自負があるからこそ、ランスは世界一の難敵であろう魔人ホーネットにも挑んだ。

 そして長きに渡る攻防の末に見事ホーネットをオトした。惚れされた……はずなのに。

 

「それが今ではどうだ!? 今のお前には全然そんな素振りが無い!!」

「な……い、いえ魔王様、そんな──」

「これじゃあせっかく俺様があんなに頑張って、あんなに長い時間を掛けてお前をオトした事がパーになっちまったみてぇじゃねぇか!!」

 

 それなのに。自分が魔王になった事で、関係性がリセットされてしまった。

 せっかくの偉業がおじゃんになってしまった。その事にランスはイラついているのだった。

 

「お前は間違いなくオチてた。そうだな!?」

「……いえ、そ、れは……」

「あの時の自分を思い出せホーネット。そんで俺様にメロメロだったあの頃に、目が合ったらすぐキスをねだってきたあの頃に戻りなさい」

「そんな事はしていませんっ!」

 

 頬を赤くして反論するホーネット。

 その顔からは心機一転した魔人筆頭という仮面が早くも外れ掛けていて。

 

「そ、それに、私は別に──」

 

 そして、顔を横に背けて。

 囁くような声で、ぽそりと一言。

 

「──オチて、など」

「……あんだと?」

 

 その瞬間、ランスの眉がピクンと動いた。

 

「まさかお前、否定するつもりか?」

「……いえ、その……」

「やいホーネット! お前はあくまでオチてなかったって言い張るつもりか!?」

「言い張ると言いますか……私は単に客観的な事実を申し上げているだけで……」

「やかましい! 言い逃れは許さんぞ、お前は絶対にオチてたはずだ!! 」

「な、何故そんな、何を根拠に……!」

「根拠なら一杯あるぞ! 城に帰ってきてからのお前はずっとそんな感じだったからな!」

 

 それは魔人ケイブリスとの決戦を終えて、全員が魔王城に帰還して、それ以降の事。

 派閥戦争を勝利して、それから来水美樹を魔王城に招いたあの日までの間、ランスはこの魔王城にて一ヶ月程まったりとした日々を過ごしていた。

 

 となればその一ヶ月の間、ランスとホーネットの間には男女の触れ合いがあった訳で。

 そしてその期間の逢瀬とは。決戦前夜に想いを吐露した事や、派閥戦争最後の決戦で生死の境を共にした事や、ランスが運命の相手だと知った事など。

 そうした出来事を踏まえての逢瀬、つまりはこれまで以上に親密度の上がった逢瀬だった訳で。

 

「例えばこの前だって──!」

 

 ランスはその時の話を語り始めた。

 

 

 

 

 

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