ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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この世界のルール

 

 

 

 

 魔王ランスの部屋を訪ねてきた魔人ホーネットと魔人シルキィ。

 二人の話に耳を傾けてみると、どうやら用事というのは──

 

 

「ふむ。健太郎の魔人化を元に戻したいと」

「はい。それで貴方になら可能なのではないかと思いまして。なにせ貴方は魔王ですから」

 

 それは前魔王、来水美樹から相談を受けた話。

 自らの手で魔人に変えてしまった恋人、小川健太郎を元の人間に戻したいという願い。

 

「魔王の力を継承されて以降、少し体調を崩されていた美樹様もようやく復調されまして。今では普通に生活出来るまで体力が回復したそうです」

「おぉ、そりゃ何よりだな」

「それで……貴方も知っての通り、美樹様は元々異世界から来た人間です。魔王の力を捨てた今、元の世界に帰る方法を探す為に旅に出られるおつもりのようなのですが……」

「けれど人間に戻った美樹様と違って健太郎さんは魔人。このままじゃ元の世界に戻っても健太郎さんだけ魔人のままになっちゃうじゃない?」

「確かに……それは可哀想ですよね。魔王になった美樹ちゃんもですけど、健太郎さんだってなりたくて魔人になった訳では無いですし……」

「うん。だからどうしようかなって思って」

 

 あの二人と仲の良いシィルが呟くと、シルキィもその心情を察して頷く。

 第七代魔王リトルプリンセス。そしてリトルプリンセスが作成した唯一の魔人、小川健太郎。

 先代魔王の後処理とも言えるこの問題、解決出来るとしたら新魔王であるランス唯一人だけ。

 

「なるほど、健太郎か。しっかしあいつはどこまでも面倒くさいヤツだなぁ」

「まぁまぁ、そう言わないで……」

「とにかく話は分かった。俺様としても健太郎なんつー魔人はいらんから人間に戻すのは別に構わんのだが……そもそも魔人になったヤツを元に戻すなんて可能なのか?」

 

 率直に気になった疑問、果たして魔人化の解除は可能なのか。

 新米魔王ランスからの質問に、新米ではない二人の魔人がその見解を示す。

 

「魔王化の解除と同様、魔人化の解除の事例も過去に聞いた事はありませんが……それでも魔王である貴方になら可能ではないかと思います」

「うん、私も同感。魔人の身体を形作る魔血魂は魔王様の身体の一部なわけだし、魔王であるランスさんの意思によってならその解除だって不可能な話ではないと思う」

「ふーん……」

 

 事例が無いので憶測にはなるが、魔王にだったら魔人化の解除だって可能。

 それが二人の考えのようで。

 

「よし。ならホーネット、ちょっとこっち来い」

「はい、何でしょうか」

 

 試しにランスはホーネットを呼び寄せてその背中に触れてみた。

 そして魔血魂を取り出すかのように背中の中心辺りを軽く引っ掻いてみる。すると──

 

「あ、取れた」

「え?」

 

 背中からスポッと抜き取るような感じで、魔血魂の摘出に成功した。

 

「えっ?」

 

 こうして魔人ホーネットはただのホーネットに戻った。

 

「なんだ、意外と簡単に取れるもんだな」

「……え、あの……」

 

 ランスの手にある小さな魔血魂。それは魔人ホーネットに強大なる力を与えていた根源。

 それを取られた今……ただのホーネットは。

 

「あの、ランス、なぜ、私から、魔血魂を……」

「いや別になんとなくだけど」

「なんとなく……え、あの、でも、それは、あの、えっと……少々……困る、ような……」

 

 つっかえつっかえになった言葉には力が無く、その瞳も弱々しく揺れていて。

 まさかこんな軽いノリで自分が魔人ではなくなるとは想像だにしていなかったのか、魔人というアイデンティティを失ったホーネットは面白いぐらいに動揺していた。

 

「なんだ、魔血魂を返して欲しいのか?」

「あ、はい……出来れば……返して貰えると……」

「ほうほう、そうかそうか」

 

 どうやらホーネットは魔血魂を返して欲しい、人間ではなく魔人のままでいたいらしい。

 しかし「返して」とお願いされると返したくなくなるのがランスという意地悪な男で。

 

「どうしよっかなぁ~、だってこの魔血魂は魔王である俺様のものだしなぁ~」

「それは……そうなのですが……でも……」

「ならそうだなぁ、お前が俺様の言うことをなんでも聞くってんなら返してやってもいいが」

 

 そんな要求にも、ホーネットは「は、はい、勿論です」と素直に頷く始末。

 

「私は魔人として、貴方の命にはどのようなものでも従う所存でいます。ですから……」

「ていうかランスさん、言うことを聞かせたいなら尚更魔人に戻した方がいいと思うけど」

「……それもそうか。ほれ」

 

 よくよく考えると魔血魂を没収する意味も無かったので、ランスは素直に返してあげた。

 

「んっ……」

 

 ホーネットはすぐに魔血魂を飲み込む。

 すると人間に戻っていたその身体には再び魔王の力の一部が注がれて。

 

「……ふぅ」

「おぉ、一気に強そうな感じになった」

「ですね。さっきまでのホーネット様とは伝わってくるエネルギーが桁違いです」

 

 あっという間に再び、魔人ホーネット誕生。

 無事元通りの姿に戻れた魔人筆頭は密かにホッと胸を撫で下ろした。

 

「実験は成功だな。魔人になったヤツを元に戻せるってことは分かった」

「……実験台にする前に一言声を掛けて欲しかったのですが……でもそうですね、これなら健太郎さんを人間に戻す事も出来ますね」

「にしても魔血魂って随分と簡単に魔人から取り出せるんですね。ちょっとびっくりしました」

「……ですね」

 

 いとも容易く解決した魔血魂摘出問題。

 シィルの言葉に頷きながらも、ホーネットは少し異なる見方をしていた。

 

「けれどもこれは……魔血魂の摘出が簡単というよりも……どちらかと言えば……」

 

 ランスが魔王として目覚めてからずっと思っていた事だが、ランスという魔王はあまりにも人間だった頃のままというか、妙に魔王らしくない。

 最初は来水美樹のようにまだ未覚醒状態なのかとも考えたが、しかし絶対命令権などを行使可能である以上魔王になっていないという訳ではない。

 その違和感や、先程自分の身体から魔血魂を実にあっさり抜き取った事などを考えると、これはきっとランス自体が──

 

「もしかしたらですが……貴方は魔王そのものに対する適正が高いのかもしれませんね」

「適正?」

「えぇ。思えば貴方は魔王の力を継承する事が可能な素質を有していた稀有な存在ですからね。その分魔王の力の扱いに長けているのかもしれません」

 

 前魔王から正式な継承を受けて魔王になったランスは魔王としての適正が高い。

 恐らくは魔王の返り血を浴びて魔王になった先々代魔王、自分の父親であるガイよりも。

 

「一般的に言えば魔王というのは残虐非道な性格になるものです。けれどもランスがそうなっていない理由もそこにあるのかもしれません」

「成る程、確かにそれは有り得ますね。思えばガイ様や美樹様以上に、ランスさんの身体から感じる魔王の力はより洗練されている感じがしますし」

 

 適正が高い分、魔王の身体に沸き起こる殺戮衝動を上手くやり過ごす術に長けている。

 だからこそランスはランスのままなのでは……というホーネットの読みは当たっていた。

 

 これはランス自身もまだ知らぬ事だが、ランスは魔王化に伴い複数の才能を開花させていた。

 元々有していた剣の才能は2から3に上昇して、伝説級の剣の冴えを得るまでに至った。

 それに加えて魔法の才能も発現させた。こちらのレベルは2、白色破壊光線など高度な魔法も使用可能となる高いレベルである。

 

 だが。ランスは更にもう一つ、途轍もなく稀な才能をもう一つ発現させていた。

 それが『魔王』の才能。魔王になる事でしか効果を発揮しない特別な才、そのレベルは2.

 例えば剣や魔法のレベルが2であればそれは達人級と言われる。となるとランスは魔王の血の衝動や魔王の能力などその全般に関して、達人級に扱いが長けている稀有な存在だと言えた。

 

「よく分からんが……まぁとにかく俺様は天才って事でいいんだよな?」

「そうですね。魔王の力に関して、貴方には高い素質があるのだと思います」

「ふふん、そうだろうそうだろう。なーんかそんな気はしてたのだ、がはははは!」

 

 世界一の大天才である自分は魔王になってもやっぱり天才だった。

 その事実に喜ぶランスだったが──

 

 

 ──が、しかし。

 

 

「ではランス様。美樹ちゃんと健太郎さんに会いに行きましょうか」

「これで無事お二人共人間に戻れますね。本当に良かったです」

「そうだな。…………────む?」

 

 ──しかし、それでもランスは魔王。

 高い才能で制御していたとしても、その身体の内には残虐非道な因子が確実に存在している。

 

「………………」

「……ランス様?」

「………………」

「あの、どうかされましたか、ランス様?」

「…………あぁ、そうか」

 

 だからこそ、時としてその魔王らしい一面が顔を覗かせる事だってある。

 それは魔王である以上逃れられない宿命であり、更に言えば……それは。

 それは実のところ人間だった頃から同じ。ランスという男の変わらない本性。

 

「……そうかそうか。今更だけど……もうあの子は魔王じゃないんだよな」

 

 あの子──来水美樹。

 それはそれは見目麗しい美少女で……まだ食べたことのない女。

 元魔王リトルプリンセスで……今はもう、ただの人間に戻っている少女。

 

「……ニィ」

 

 そしてランスは笑った。

 その笑みは、残虐非道な魔王の笑み。

 

「ならそうだな……おいシィル」

「なんですか?」

「今日の晩飯にはじっくりコトコト煮込んだへんでろぱが食べたい。今から作ってこい」

「あ、はい。へんでろぱですね」

「いいかシィル、じっくり煮込むんだぞ。今から晩ごはんの時間まで片時も厨房を離れるなよ」

「はーい。分かりました、ランス様」

 

 オーダーを受けた今日の晩ごはん、美味しいへんでろぱは自分の得意料理。

 主人からの言い付け通りにシィルは厨房へと向かっていく。

 

「よし。邪魔者の排除は完了っと」

「邪魔者って……ランスさん、まさか……」

「うむ、そのまさかだ」

 

 これから行う事を目撃された場合、邪魔をしそうなヤツはこうして事前に遠ざけた。

 となればもはや障害は無し。この先何をしようとも邪魔をされる事など無い。

 

 何故なら自分は……自分こそが魔王なのだから。

 

「思えば美樹ちゃんには色々と苦労させられたし、そろそろお返しを貰わねぇとな」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そして、王座の間が開かれる。

 その名の由来たる王の座の上に君臨するは魔族を統べる王となった男──魔王ランス。

 

「ランスさんっ! こんにちは!」

「おう美樹ちゃん、久しぶりだな。元気になったみたいで何よりだ」

 

 その王に拝謁するは先代魔王、今は晴れて人間の身となった来水美樹。

 その隣には付き人のように連れ添う魔人、小川健太郎の姿も見える。

 

「ランスさん、遅くなっちゃったけど改めてお礼を言わせて下さい。美樹ちゃんを元の人間に戻す事が出来たのは魔王の力を継承してくれたランスさんのおかげです」

「本当にありがとうございました、ランスさん。ぺこり」

 

 先日の一件、覚醒間近だった美樹が今こうして笑顔でいられるのは紛れもなくランスのおかげ。

 来水美樹の魔王化。それは二人にとってずっと頭を悩まされてきた問題、世界中を旅して解決策を探せども一向に見つからなかった難題。

 それを完璧に解決したとは言えずとも、代わりに引き受けてくれた事。それは二人にとってどれだけ感謝してもし足りないと感じる程の事で。

 

「がははは、気にするな。俺様はどんな時も可愛い女の子の味方なのだ」

 

 一方、王座に悠然と腰掛けるランスは二人からの謝意を受けて朗らかに笑う。

 その程度は些事に過ぎない、英雄たる自分が女を助けるのは当然だと言わんばかりの表情で。

 

「美樹様、お元気になられて良かったですね」

「そうですね。……ところで、どうしてわざわざ王座の間が開けられたのでしょう?」

「私は知らないわよ。ホーネットなら知ってるんじゃない?」

「そうなのですか? ホーネット様?」

「………………」

「ホーネット様?」

「あ、いえ……そうですね……魔王様がどうせならここでと仰ったので……」

 

 しかし、そんな光景を横から眺める魔人達は。

 何事かと気になって集まってきた面々、サテラやハウゼルやサイゼル達とは異なり、シルキィとホーネットの顔に笑みは無くて。

 険しく眉を顰めたその重い表情はまるで……これから起こる事態を暗示しているかのようで。

 

「それでね、ランスさん。健太郎くんの魔人化をどうにかして欲しくって……」

「あぁ、その件な。さっきちょっくら実験してみたのだが、魔人化の解除は可能だったぞ」

「本当ですか! ランスさん!」

「本当だ。魔王である俺様の手に掛かれば魔人化の解除なんざお茶の子さいさいなのだ」

「やったぁ! 良かったね! 健太郎くん!」

「うん! そうだね美樹ちゃん!」

 

 魔人化の解除は可能。その事実に美樹と健太郎は手を取って喜び合う。

 元々は死の淵に瀕した健太郎を助ける為の魔人化だったとはいえ、美樹が人間に戻った今となっては元の世界に帰るのを阻む足かせでしかない。

 

 故にこの問題さえ解決出来れば。そうすれば二人にとってゴールはもう間近。

 後は元々暮らしていた異世界である次元3E2に帰る方法を探すだけ……なのだが。

 

「……けれど、な」

「え?」

 

 しかし、ランスの思惑は違う。

 これはあくまで可能だという事実を教えてあげただけ。ただそれだけで。

 

「何を勘違いしとるのかは知らんが、俺様はまだお前の魔人化を解除してやるとは言ってないぞ」

「え~。ランスさん、そんな意地悪言わないで下さいよー」

「やかましい。元はといえばお前が勝手に魔人になったのが悪いんだろうが。それをなぜ俺様が後始末をつけてやらねばならんのだ」

「あ、違うんだよーランスさん、健太郎くんの魔人化は私が勝手にしちゃった事なの。健太郎くんがピンチになっちゃって、それで助ける為に……」

 

 来水美樹と小川健太郎。二人はまだ魔王の思惑を知らない。

 いいやそれどころか……王座に座る相手の事を正しく認識しているか、それすらも曖昧で。

 

「助ける為ねぇ。そりゃ結局ピンチになった健太郎が悪いんじゃねーか、とは思うが……」

「うぅ、ランスさん、それを言わないで……」

「でもそうだな、君が勝手にした事だと言うなら……美樹ちゃん。健太郎の魔人化を元に戻す代償は君に支払って貰うとするかな」

「代償? 私が?」

 

 代償を支払え。そう言われた美樹はきょとんした顔になる。

 それは目の前にいる男の本性を、魔王の残虐性を知らないが故の無垢なる表情。

 

「そうだ。健太郎の魔人化を元に戻す代わりに……君には俺様の女になってもらう」

 

 ──俺様の女になれ。

 その文句は、その代償は、ランスという男を少しでも知る者なら簡単に予測出来たもの。

 

「え、ええっと……それってその……恋人さんになれって事だよね?」

「そういう事だな」

「それは、ええと、その……ご、ごめんなさい!」

 

 返答は拒否。

 美樹は申し訳無さそうにぺこりと頭を下げた。

 

「ほう、ごめんなさいか」

「う、うん……さすがに恋人はちょっと……」

「そうか、そりゃ残念だな。……でもいいのか? それだと健太郎の魔人化は戻せないぞ?」

「うっ、そ、そうだよね……どうしよう……」

 

 恋人の魔人化を戻してあげたい。だがその為には別の相手と恋人になる必要がある。

 健太郎に好意を寄せている美樹にとって、どちらの選択肢も選びようがないような状況。

 それでも彼女は相手の善性や優しさを信じているのか、ランス相手に縋るような目を向ける。

 

「どうしようどうしよう……どうにかならない……かなぁ?」

「そうだなぁ。どうにもならねぇなぁ」

「ランスさん。僕からもお願いします。そこをどうにか……」

「……ふむ。お願いします……ね」

 

 だが……今やその男は魔王。

 魔王とは。残念ながら善性や優しさなどといった言葉とは無縁の存在。

 そしてそれ以前に、そもそも人間だった頃から『鬼畜戦士』などと呼ばれていた程で。

 

「生憎だがなぁ二人共。俺はなにも『お願い』をしているわけじゃねぇんだ」

「え?」

「俺様の女になれ、って……『命令』してるんだ」

 

 そして、王座から魔王が立ち上がる。

 それと同時に魔王の力が、魔王の全身から血のように紅い粒子がぶわっと湧き上がった。

 

「分かるか美樹ちゃん? そもそも君に選択肢なんかねぇんだ」

「……あ、ぅ…………わっ」

 

 急激に増加した魔王のオーラ。それはただの人間には到底耐えられるものでは無い。

 美樹は圧力に屈したように一歩下がって、そのまま足元を崩して床にへたり込む。

 

「……え、あ、う……うそ、だよね? ランスさん……」

「嘘じゃあないとも。君は知らなかったのか? 俺は最初からこういう男だ」

 

 一歩一歩、魔王が近付いてくる。

 その口元に微笑を携えたまま、悠然と。

 

「イイ女を口説いて落とすのも好きだけどな。力づくで手に入れるってのも大好物でな」

「あ……く、ぅ……」

 

 寒くもないのに身体がガタガタ震える。喉が詰まって息が出来なくなる。

 そんな美樹の瞳に映る相手はもう、美樹にとっては知らない相手に変貌していた。

 直視しただけで本能的な恐怖を引き起こす、その姿こそが魔王としてのランスの姿。

 

「思えば君には本当に苦労させられたなぁ。手を出したいと思った事は何度もあったが、魔王の力を持つ君にはさすがの俺様も手が出せなかった」

「……い、いや……こないで……」

「けれど……もう君は魔王じゃない。君はただの人間に戻って、代わりに俺様が魔王になった。となればもうなーんも怖くはねぇってわけだ」

 

 一歩一歩、魔王が近付いてくる。

 ゆっくりと、獲物をいたぶるかのように。

 

「手間暇掛けさせてくれた分、たっぷりサービスして貰わんとな。さぁ美樹ちゃん──」

「……あ、あっ……!」

 

 その手を伸ばして、魔王が迫り来る──だが。

 

「…………ランスさん」

「あん?」

 

 その歩みの前に立ち塞がる者が一人。

 美樹を背後に庇うような形で、その隣に立っていた健太郎が前に進み出た。

 

「なんだ健太郎? 俺様と美樹ちゃんはこれから二人でとっても楽しい事をする予定なのだが」

 

 その行動を予期していたかのように、魔王はそこで一度歩みを止めた。

 その表情には笑みがある。圧倒的優位に立つが故の魔王の冷笑は変わらぬまま。

 

「ランスさん。それは……駄目です」

「駄目だと? お前、この俺に対してそんな事を言える立場か?」

「……確かにランスさんは僕たちの恩人です。美樹ちゃんを狙う悪い魔人を退治してくれた事も、魔王の血を継承してくれた事も本当に感謝しています。けど……それでも、ランスさんが美樹ちゃんの事を傷付けるっていうなら、恩人であっても許す事は出来ません」

 

 常の変人ぶりは何処へやら。健太郎はとても真剣な表情で魔王と対峙していた。

 恋人である美樹を守る事に関しては健太郎だって本気を出す。その意志の強さは魔王を前にしても怯む事の無い程に強烈なものだったのだが。

 

「アホ、そうじゃない」

「え?」

「健太郎。お前は自分が魔人で俺様が魔王だってことを忘れてんじゃねーか?」

 

 それでも小川健太郎は魔人。対してランスはその絶対的上位者である魔王。

 魔人は魔王には逆らえない。それは単なる口上では無く強制力を持つ絶対のルール。

 

「そうだな……『なら健太郎、お前は明日までそこで逆立ちでもしていろ』」

「え? はい! って、わっ、うわーっ!?」

 

 絶対命令権を行使しての命令。それは魔人である健太郎にとっては逆らう術の無いもの。

 その言葉を聞いた瞬間に身体が勝手に動き出す。床に両手を付いて足を蹴り上げて、健太郎は逆立ちの体勢になったまま身動きが取れなくなった。

 

「がはははは!! どうだ? 俺様の命令には絶対に逆らえねぇだろ?」

「ぐっ……ランスさんっ! 美樹ちゃんに手出ししたら絶対に許さないぞー!!」

「ほーう、絶対に許さないか。マジかーそりゃあ困ったなー、健太郎が怒ると後が怖いからなー、さーてどうしよっかなー」

 

 健太郎の怒りを浴びてもどこ吹く風。

 言葉とは裏腹にランスはまるで動じる事もなく、からかうように次の命令を。

 

「でも健太郎よ。そうは言っても本当は許してくれるんだろ? 『なぁ、許すと言え』」

「う、……くぅ……! ゆ、許しま、す……!」

 

 言うまいと必死の形相になりながらも、その言葉を拒む事は出来なかった。

 健太郎にとって一番大切な女の子、美樹を傷付ける相手を許す事すらも強制されてしまう。

 それが絶対命令権の恐ろしさ。残酷なまでの支配関係が魔人と魔王の間には存在していた。

 

「良かった良かった。健太郎の許しも出た事だし安心して美樹ちゃんとセックス出来るな。さぁ美樹ちゃん、お楽しみの時間だ」

「あ……け、健太郎くん、助けて……!」

「健太郎くんは君を助けるよりもそこで逆立ちしている事の方が大事なんだってよ。全くヒドい男だなぁ健太郎くんは、がはははは!」

 

 今日のランスはとにかく魔王だった。

 自ら悲劇の舞台を作り出しておいて、良心の呵責を感じるどころか実にイイ顔で大笑い。

 まさしく鬼畜の名を冠するに相応しい所業に、それを見ていた外野の方からもアクションが。

 

「うーわ、相変わらずやる事がエッグい……」

「あぁん? なんか言ったかぁサイゼル?」

「イイエ、ナニモイッテマセンデス」

 

 ぼそりと呟いた直後、サイゼルはすぐに棒読みになって魔王に恭順する。

 

「……ホーネット様、宜しいのですか?」

「……宜しいも何も、この場の全ては魔王様がお決めになる事ですよ、サテラ」

「……はい。そうですよね」

 

 そして他の魔人達も口を挟む事は無い。

 サテラもハウゼルもシルキィもホーネットも、固唾を呑んで成り行きを見守っている。

 

 あのランスが。魔王の力を盾にして今にも美樹を襲おうとしている。

 正直見ていて気分が良いものでは無い。だがそれでも救いの手を差し伸べる事は出来ない。

 何故なら全てにおいて魔王の意思が優先される、それがこの世界のルールだから。そんなのは魔人である彼女達にとっては今更言うまでもない事。

 魔王様がそう望んでいる以上、可哀想だけど来水美樹は魔王のものになるべき。それが魔人達にとって当たり前の思考なのである。

 

「さぁ美樹ちゃん、俺達のセックスを健太郎に見せ付けてやろうじゃないか」

「や……いや……!」

「ぐふふふ……!! 以前までならこの辺で君の魔王の力が爆発したりしたものだが、もはやそんな心配をする必要も無し。さぁ~て美樹ちゃん、そろそろ年貢の納め時だぞぉ~!!」

 

 にやにやと笑いながら迫る魔王。美樹は泣きそうな顔になって首を振る。

 健太郎や魔人達からは救いの手は見込めない中、他に彼女を救う存在といえば──

 

 

「待ちなさい」

「お?」

 

 聞こえた声は健太郎の腰に下がった刀から。

 その細身のシルエットの鞘が突然ピカーっと光り出して、そして……。

 

「おぉ、日光さん! そういえば日光さんが居たんだったか!」

「……えぇ。お久しぶりですね。JAPANで会って以来でしょうか」

 

 いつの間にか、そこには和服姿の美しい女性が立っていた。

 

 

 

 

 

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