ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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この世界のルール②

 

 

 

 

 

 そこは王座の間。

 魔王の眼前、凛と立つ和服姿の美しい女性。

 

「おぉ、日光さん! そういえば日光さんが居たんだったか!」

「……えぇ。お久しぶりですね。JAPANで会って以来でしょうか」

 

 彼女の名前は日光。魔剣カオスと同様に魔を斬り裂く武器、聖刀日光の本来の姿。

 カオスと違って日光は刀の姿と人間の姿を自由に切り替える事が出来る。よって時に刀として、時に人間の姿で保護者のような立場として、美樹と健太郎の旅路を手助けしてきた人物である。

 

「それにしても……少し意外でした」

「意外って?」

「こうして人間の姿に戻った私を見て、もう少し驚くかと思っていたので」

「む? あぁそうだな、いや驚いたぞ。うむ、驚いた驚いた」

 

 普段は聖刀の姿をしている日光にとって、ランスの前で人の姿に戻るのは初めての事。

 とはいえランスにとっては前回の第二次魔人戦争時に日光と顔合わせをしており、その時に十分ビックリしたので今更驚きは無かった。

 

「……そうですか。まぁそれはともかく、まずは魔王の血の継承を受けて美樹ちゃんを助けてくれた事について、貴方にお礼を言いたいと思います。本当に有難うございました」

「おう」

 

 日光は感謝の念を込めて深々と腰を折る。

 

「ですが……その上で、ここで行われようとしている事に関しては許せません」

 

 そして顔を上げると、日光の表情には冷たい鋭さが増していた。

 日光は厳しさの内に慈悲深さを秘める女性。魔を殺す使命を与えられながらも、美樹と健太郎を憐れんで救いの道を探してしまう程の人物。

 そんな彼女がこの現状を、美樹と健太郎を襲う魔王の魔の手を見過ごせるはずも無い。

 

「へぇ。許せない、ねぇ」

「えぇ。あの二人はようやく苦難の道を終えて幸せになれる間近だと言うのに、それなのに……このような所業、あまりに残酷ではありませんか」

「残酷か。確かにそーかもな」

「だったら……」

「けどんなこた俺様の知ったことではない」

「っ……」

 

 当事者のたる男の勝手な言い草を受けて、日光の眉間に小さな皺が寄る。

 その鋭い表情に睨まれたランスは背筋を凍らせた経験がある……がしかし今ではその程度の凄み、世を統べる魔王となったランス相手にはまるで通用しないもので。

 

「んで日光さんよ。見過ごせないのは構わねぇが、だったらどうする? 俺様と戦ってみるか?」

「……いいえ。魔王である貴方と戦っても勝てない事などは百も承知です」

「ならどうする? まさか説得するとかって言うつもりじゃあねーだろうな」

「まさかも何も、ここで私に出来る事などそれぐらいしかありませんよ」

 

 魔王を相手に戦うなど無謀もいいところ。となれば残る方法は説得のみ。

 以前の出会いでランスの人柄もある程度知っている為、交渉の余地がある事も分かっている。

 

「……しかし、何の対価も無く貴方が考えを翻しはしないだろう事も分かっています」

 

 すでに覚悟は決めていたのか、その言葉はすらすらと澱みなく。

 魔王を説得する為の対価として用意していた言葉を日光は口にした。

 

「ですから……美樹ちゃんの代わりにこの私が貴方に抱かれましょう」

「ほう、日光さんが?」

「はい。私の身体であれば貴方の好きにしてくれて構いません。ですのでその代わりに美樹ちゃんからは手を引いて下さい。お願いします」

 

 そう言って再び日光は頭を下げた。

 古くは人類の希望、エターナルヒーローの一員として戦っていた日光が。

 頭を垂れ、自らの身体を差し出して乞い願う。そこまでしなければ圧倒的強者である魔王から譲歩を引き出す事など出来るはずもない。

 

「だ、駄目だよ日光さんっ!」

「そうだよ日光さん! 私の為にそんな……!」

「健太郎君、美樹ちゃん。私なら構いませんからどうか気にしないで下さい」

 

 純真無垢なこの二人とは違って、所詮自分は聖刀の契約の為に多くの男と交わってきた身。

 であれば今更渋る事も無い。ここまで散々苦労してきた二人が幸せになる為だったら、自分の身体など安いものだと日光は思っていた。

 

 ──しかし。

 

「日光さん。それ、対価になってないよな?」

「え?」

 

 しかし…その男は魔王。

 説得とは、譲歩とは、ある程度対等な関係性があってこその話で。

 

「日光さんの事は抱くぞ、それは当然だ。けどその上で美樹ちゃんも抱く。それだって当然だ。なんせ俺は魔王様なんだからよ」

 

 今日のランスはとことん魔王だった。

 片方の為にもう片方を手放す。魔王である自分がそんなまどろっこしい事をするはずが無い。

 この世界のイイ女は全て自分のもの。それこそがランスの根本的な思考である。

 

「……私の事は抱く。けれども美樹ちゃんの事を諦めてはくれないと?」

「あったりめーだ。なんで魔王である俺様が女を抱く事を諦めなくてはならんのだ」

「……そうですか」

 

 交渉は決裂、譲歩の余地など無いと知った日光は静かに息を吐く。

 ここで例えば使徒達を守ろうとしたケッセルリンクのように、条件付き許可を求めたならランスが応じる可能性はあった。ランスは女を抱く条件があるとむしろ燃える性格をしているからだ。

 しかし日光が求めているのは不許可。それではランスは応じない。大の女好きであるランスが女を抱くなと言われて頷くはずが無い。日光の要求はあまりにも無理筋だった。

 

「でしたら……私にも考えがあります」

 

 ただそれでも日光は退かない。魔王相手にも毅然として立ち向かう。

 たとえ愚かしく思えようとも、自らの信念を違える事は不器用な彼女には出来ないのだ。

 

「考えって? この状況で日光さん一人に一体何が出来るってんだ」

「それは……こうするのです」

「ぬぉっ! なんだ!?」

 

 すると日光の身体が眩い光に包まれる。

 程無くして光と共に日光の姿は忽然と消え去り、その場には一振りの刀が残されていた。

 

「あん? これが日光さんの考えか?」

「えぇそうです。聖刀の姿に戻ってしまえば私を抱く事は出来ないでしょう?」

「……あー、そういう事か」

 

 相手は刀形態の姿と人間の姿を自由に切り替えられる存在。

 そんな日光の狙いを理解したのか、ランスは納得顔になって頷く。

 

「いくら魔王といえども、刀になった私を元の姿に戻す事は出来ないはずです」

「なるほど、確かにそうかもな。それは力づくでどうこう出来るような話じゃないっぽいし」

「その通りです。ですので私を抱きたいのあれば美樹ちゃんには手を出さないと誓って下さい」

 

 日光の形態変化。それは超常的な存在から与えられた神秘的な能力であり、如何な魔王であっても手が出せる領域ではない。

 つまり聖なる刀のままでは。このままでは日光とセックスする事は不可能。

 

「もし貴方が美樹ちゃんに手を出すなら、私はもう二度と人間の姿には戻りません」

「二度と人間には戻らない、か。なんか日光さんにそう言われると冗談には聞こえんな」

「それは当然でしょう。冗談のつもりでは言っていませんから」

「そっかそっか。さーてどうしようかねーっと」

 

 だがそうと知っても尚、魔王は余裕綽々の態度を崩さなかった。

 何故ならこの魔王は悪知恵が働く。力づくだけではなく搦め手も得意なランスは軽い調子で呟きながら、床に落ちた聖刀をひょいと拾い上げて。

 

「よっしゃ、日光さんゲーット」

「ゲットして、どうしますか? この状態の私を人間に戻せるか試してみますか?」

「ノンノン、んな面倒な事はせんとも。……おーいサテラ、ちょっとこれ持ってろ」

「えっ? あ、はい!」

 

 そして、壁際に控えていた魔人サテラにぽーいと聖刀を投げ渡した。

 

「どうだ日光さん、そこからちゃんとこっちが見えるか?」

「えぇ。見えますが」

「そうか。ならよーく見ているがいい」

 

 そして魔王はふっと笑って。

 その視線の先を、その狙いを日光から別の獲物へと切り替える。

 

「刀の状態ではさすがの俺様でも手が出せん。……けどな、だったら話を戻すだけだ」

「っ、まさか……」

「そう、そのまさか。とりあえず日光さんは後回しにして美樹ちゃんとセックスする」

 

 この場で優位に立つのはあくまで自分。魔王である以上こちらには絶対の優位性がある。

 だからこそ、畳み掛けるようにこんなセリフも。

 

「日光さんがケチな分、美樹ちゃんは頑張ってもらわないと。なぁ美樹ちゃん?」

「ぅ……わ、私、は……」

「これから24時間ぶっ続けのセックスフルコースといこうではないか。人間に戻ったばっかしの君には相当ハードなセックスになるだろうが……まぁ何事も経験だ、精々頑張ってくれたまえ」

 

 今日のランスは果てしなく魔王だった。

 二度と人間には戻らないと宣言する程に守りたいものがあるのであれば、当然そこを突く。

 頑固なくせして情に絆されやすい女性、日光の弱点ぐらいランスには簡単に思い付くのだ。

 

「……いいのですか? 美樹ちゃんに指一本触れた時点で私には手出し出来なくなりますよ」

「日光さんこそいいのか? 魔王である俺様が本気のセックスをしたら、人間の美樹ちゃんなんて簡単にぶっ壊れちまうかもしれねーぞ?」

「っ、それは……!」

 

 事によっては美樹の純潔だけではなく、その生命にまで危害が及ぶかもしれない。

 そして……更には。

 

「あーそうだ。そういやぁここには健太郎とかいう魔人もいたっけな」

「え……」

「こいつはさっき魔人のくせして俺様に逆らおうとした不届き者だし……よーし決めたぞ、健太郎は今すぐぶっ殺そう」

「なッ!」

 

 今日のランスはえげつない程に魔王だった。

 目的の為には一つの命さえ奪う。しかしそれを悪行と呼ぶ事は出来ない。

 何故ならランスは魔王、配下たる魔人を処分する権限を有しているのだから。

 

「そうだそうだそうしよう! なにも逆立ちなんぞさせておく必要は無い、健太郎の事はとっととぶっ殺して、そんで復活も出来ないよう魔血魂を初期化しちまおう!」

「待って下さい! それだけは──!」

「ま、待ってっ!! お願いランスさん、それだけは止めてっ!! わ、分かったよ、わたし、あなたの恋人になるから!! だから……!!」

「おぉそうか、美樹ちゃんはいい子だなぁ」

 

 健太郎の死と魔血魂の初期化。それには日光以上に美樹の方が強く反応するのも当然か。

 その返事を王座の間に呼ばれて早々にしていたらまた違ったのだが……しかし今となっては。

 もはや美樹だけでは満足出来そうにない、それがランスという男で。

 

「でも美樹ちゃん、とても残念だが健太郎の事は諦めてくれ。日光さんがセックスさせてくれないなら俺は健太郎を殺すしかないのだ」

「そ、そんなぁ……!」

「さぁどうする日光さん? そこで聖刀になってストライキしてるのは勝手だがな、その分のツケは美樹ちゃんと健太郎に支払って貰う事になるぞ?」

「……っ! 魔王、ランス……!」

 

 冷酷に笑うその姿を見て、日光はようやく認識を改めた。

 そこにいるのは以前に出会った相手、織田家を率いて魔軍と戦っていた人間の男ではない。

 そこにいるのは凶悪な魔王の血を飲み干した男、第八代魔王ランスだという事を。

 

 ……と、そう思えてしまう程に。

 それ程に、それ程までに今日のランスはダークな方向にノリノリであった。

 

「どうした? 何も言えないか? くっくっく……がははは! がははははーー!!」

 

 つまりこれが……これがランス。

 まさに鬼畜の名に相応しい所業。ランスは時折こんな感じになったりする。

 だからこれは別に魔王化の影響とかではなくて、ただ単純にランスという男の地だった。

 

「まぁいい。何にせよとりあえず美樹ちゃんとのお楽しみといくか」

「ね、ねぇ、ランスさん……お願いだよぉ、健太郎くんを殺さないで……!」

「だからそっちは日光さん次第だって」

「お願いします、ランスさん……! わたし、なんでもするから……っ!」

「分かった分かった。君の頑張り次第では考えてやるから。ほれ、とっとと服を脱げ」

「う、うん……分かった……」

 

 小さく頷き、美樹は自分の服に手を掛ける。

 

「だ、駄目だ、美樹ちゃん……!!」

「……ごめんね、健太郎くん……」

 

 絞り出すような健太郎の言葉に、美樹は悲しそうな表情と声で答える。

 魔王によって引き裂かれた哀れな恋人。もはや救いの手が差し出される事はない──

 

 ──ようにも思えたが。

 

「………………」

 

 ──しかし、これは。

 前述の通りこれはランスの地の性格。そもそもの鬼畜な性格が故の行い。

 これは魔王化とは一切関係無い事であって……だからこそ手の施しようがなくもない。

 

「………………」

「ん?」

 

 そのように考えた訳では無いだろうが、とにかく彼女は動いた。

 先程の健太郎のように……今、美樹を庇って魔王の前に立ち塞がったのは。

 

 

「……なんだ、ホーネット」

「………………」

 

 それは魔人ホーネットだった。

 忠実なる魔王の下僕、魔人筆頭である彼女が魔王の道を塞いでいた。

 

「おい、邪魔だ」

「………………」

「……おい。なんだその目は」

 

 その視線は普段と変わらず真っ直ぐで。

 まるでこちらの悪行を咎めるかのような瞳に、少々不機嫌な顔になったランスが言う。

 

「ホーネット。まさかお前……魔王様に逆らおうってんじゃねーだろうな?」

「いいえ。私は魔人筆頭です。魔王である貴方様に逆らう事など有り得ません」

 

 するとホーネットは一切の躊躇も無く、当たり前のようにそう答える。

 

「だよな。だったらそこをどけ」

「……ただ」

「あん?」

 

 ただ、魔人筆頭として逆らうつもりは無くとも。

 彼女には彼女なりの意思があって、それは必ずしも魔王に恭順するという訳ではない。

 

「ただ……」

 

 その気持ちを。何から何まで畏まらんでいいぞと言ってくれたのが当のランスで。

 だからこそそこにはホーネットなりの勝算と……そして贖罪の気持ちがあった。

 

「ただ……悔しい、です」

「……は?」

 

 悔しい。……一体何が?

 言われたランスはぽかんとした顔になる。

 

「だ、だってっ」

「だって?」

「だって、ですねっ?」

「おう。……おう?」

 

 何故かホーネットの顔がちょっと赤い。

 そして不思議と声も上擦っている。一体どうしたのだコイツは……とか思っていたら。

 

「だってっ、だって……あ、貴方にはっ! 貴方には、わ、私がいるではありませんかっ!」

「は?」

「む、無論、私がそういった事に関して秀でているとは言いませんっ! えぇ! そりゃあ貴方の情事の際には至らぬ点も多々あるかと思います! 思いますが、ですが!!」

「へ?」

「ただそれでも、献身的な姿勢を評価して欲しいと言いますか、あの……こ、心ではっ! 貴方を想う心では負けていないと思っています!」

「ほへ?」

「そ、それなのにっ! 貴方がそうやって……私ではなく、その、美樹様と、そちらの刀の女性に執着している姿を見ると、わ、私はとても悔しくて、とても胸が痛んで……だから、あれです、あの、お、女としてっ、嫉妬を感じてしまいますっ!」

「……え? マジで?」

 

 女として嫉妬を感じる。まさかあのホーネットが、そんなセリフを?

 耳を疑うかのような発言にランスはビックリなのだが、相手の方はそりゃもう本気で。

 

「そ、そうですっ! マジです!!」

 

 ホーネットの顔はもう真っ赤になっていた。

 恥ずかしい。言葉遣いがおかしくなる程に滅茶苦茶恥ずかしい。

 顔を覆って逃げ出したくなるぐらいに恥ずかしい言葉を口にしている、その自覚はある。

 けれどもここまで来たらもう引き下がれないし……更に言うならまだ足りない。

 

「私は……私はっ! いつでも、今すぐにでも貴方に抱かれたいと思っていますっ!」

「おほっ!」

「そして、これは……」

 

 そこまで言い切ったホーネットは、

 

「これは……」

 

 そこですすーっと、その視線を壁際へと移行させて。

 

「……これは、シルキィも同じ気持ちでいます」

 

「えっ!?」

 

 と声を上げたのは勿論そのシルキィである。

 そんな気持ちでいた訳ではない魔人四天王は驚きに目を見張った。

 

「そーなのか? シルキィちゃん」

「え、いや、あの……」

 

 ──あれ!? わたし巻き込まれた!?

 と思った時にはすでに遅し、魔王の目はしっかりと彼女を捉えていて。

 

「そうですよね? シルキィ」

「……あ、えっ、と……」

 

 そして巻き込んだ当事者も。魔王と魔人筆頭、共に逆らえない二つの瞳が彼女を貫く。

 まさか自分が。ここに来て何も関係ないはずの自分が追い詰められるだなんて。

 シルキィにとっては全く予想外の展開──だが。

 

「……ふぅ」

 

 聡い魔人四天王は即座に理由を察した。

 突然ホーネットがとんでもない事を言い出した理由も、自分を巻き込んだ理由も理解した。

 それはとても簡単な話。平和を愛し、人間を愛するシルキィにとって、仲睦まじき恋人が引き裂かれる光景など見ていたいものじゃないのだから。

 

「っ、そーよランスさんっ!」

 

 故にシルキィは覚悟を決めて乗っかった。

 恥ずかしさを押し殺して前に出た。

 

「わ、私だって、さ、寂しいんだからぁ! ランスさんが魔王になったら、もっと、もっといっぱい私の事を可愛がってくれると思ってたのにぃ!!」

「おっと」

 

 ててててーっと突っ込んでいって、勢いそのままランスの身体にぎゅーっと抱き付いた。

 

「わ、私だってランスさんが欲しいっ! ねぇ、私じゃダメなの? こんな身体も貧相で、可愛げもない私じゃやっぱりダメかな? ランスさんはもう……わたしに飽きちゃった?」

 

 そして顔を見上げて上目遣いになる。

 魔人シルキィ渾身のおねだりの体勢である。

 

「な……シルキィちゃん」

 

 その言葉にランスが揺らいだ。

 さすがはシルキィ、急なアドリブとは思えない程のもの凄い攻勢だ。

 負けていられないと感じたホーネットも撓垂れ掛かるかのようにランスの首に手を回した、

 

「ランス……私は今すぐ貴方に……貴方の愛を感じたいのです……」

「お、お前ら……」

 

 あの魔人ホーネットと魔人シルキィが。

 こんなにも自分を欲しがっている。こんなにも自分に抱かれたがっている。

 

「……なんだなんだ、お前ら、そうだったのか」

 

 ランスの顔が嬉しそうににやけていく。

 これ程に明け透けな愛情を向けられて、見て見ぬ振りなど出来ようも無い。

 これ程に自分を求められているのなら、応えてやるのがイイ男の甲斐性というもの。

 

「がははは! そうかそうかそうだったのか!! そんなに俺様が欲しいってか!!」

「……はい、そうです」

「……うん、欲しいの……」

「よーし分かった! 安心しろよな二人共!! 俺様は釣った魚にエサをやらんようなケチな男じゃないからな!! 俺の事が欲しいってんならいつでもどこでも、何発だってくれてやるわーー!!」

 

 より美味しそうなご馳走を差し出す事。それこそが現状一の解決策。

 現にこうして熱烈な愛を受けて、上機嫌になったランスは先程までの話をすっかり忘れた。

 両肩にホーネットとシルキィを抱え上げて、ばひゅーんと自分の部屋へ直行していった。

 

 

 

「……ええっと、ど、どうなった……のかな?」

「……一先ずは助かったという事でしょう」

 

 そして王座の間には。

 状況が飲み込めない美樹と、日光と。

 

「……び、ビックリ……でしたね」

「ま、まさか、ホーネット様があんな事を言うなんて……それに、シルキィまで……」

「あれはもう……マジでヤバいわね。あの二人、ランスに頭をやられちゃったのかしら」

 

 ホーネットとシルキィの変わりように驚愕するハウゼルと、サテラと、サイゼルと。

 

「……あぁ、ぼくもう腕が疲れてきた……」

 

 一向に逆立ちを続ける健太郎と。

 魔王という名の暴虐が去った後の王座の間には、なんとも言えない微妙な空気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして一方。

 それから数時間後、ランスの部屋の寝室では。

 

「ぐがー、ぐがー……」

 

 ベッドの上にはその男が居た。

 魔人二名相手に連戦に次ぐ連戦。出しに出してとってもスッキリ。

 ツヤツヤ顔になってぐっすり、大いびきを奏でて鼻提灯を膨らませる魔王ランスの姿が。

 

「ぐがー、ぐがー……ぐへへぇ」

「……ぜぇ、ぜぇ……」

「……はふぅ」

 

 そしてその両隣には。

 息も尽き掛けて、身体を起こす事も出来ずにぐったりと横たわる二人の魔人の姿が。

 

「……はぁ、つかれたぁ……」

「……申し訳、ありません……」

「え?」

「申し訳ありません、シルキィ……」

 

 そんな中、呼吸を整えながらもホーネットはうわ言のように謝罪の言葉を繰り返す。

 

「本当に申し訳ありません……私の勝手な判断で、貴女をこんな事に巻き込んでしまって……」

「……あぁ、いえ。いいですよ、ホーネット様」

「私一人では……自信が無かったのです。魔王であるランスが眠りに就くまで、私一人だけで満足させられる自信が……」

「いいですって、ホーネット様。そういう事だろうなってのは分かっていましたから」

 

 たとえ巻き込まれても、どんな時でも優しい魔人四天王は苦笑するように呟く。

 あの場での話を有耶無耶にする為、ランスには眠って貰う必要があると判断した。

 けれどもホーネットだけでは不安だった。となれば選ばれるのは……やはり自分しかいない。 

 

「それに……私だって。あのまま我慢しているのは辛かったですから」

「シルキィ……そう言ってくれると助かります」

 

 美樹を襲おうとするランスを止めたかった事。

 しかし魔人では。魔王に逆らえない魔人ではこの方法しか思い付かなかった事。

 だから一番正義感の強いシルキィを巻き込んだ。それはシルキィの方も納得済みで。

 

「無事……と言えるかは難しい所ですが、とにかく狙い通り事が進んで良かったです」

「そうですね。ただ……ホーネット様」

「なんですか?」

 

 自分を巻き込んだ理由も、そうせざるを得なかった理由も。

 全てを納得していて、それでもシルキィが唯一引っ掛かっていた点。

 

「その……本当に宜しかったのですか?」

「……えぇ。貴女の言いたい事は分かっています」

 

 本当にこれで良かったのか。

 こういう性格の自分はまだしも……そんな自分よりも真っ先に、あのホーネットが。

 

「ランスは美樹様の事を抱こうとしていた、それを阻むのは魔王様の意に反する行いです」

「……ですね」

「それが分かっていて、魔人筆頭たる私がこのような事をするなんて……おかしいですよね」

 

 ホーネットは自嘲気味に呟きながら視線を移す。

 隣ですやすやと眠るその寝顔を眺めていると、過ちを犯したような気分になってくる。

 

 この世界の全ては魔王の所有物。

 魔王の意思こそが絶対であり、逆らう事など許されない。特に魔人であれば尚更。

 それがこの世界のルール。それはホーネットだって当然分かっている。

 

「けれど……美樹様には……いえ」

 

 だが、それがこの世界のルールと言えども。

 

「……美樹さんには、これまで多くの苦労を掛けてしまいましたからね」

 

 来水美樹と小川健太郎。二人はこの世界とは異なる異世界から呼ばれて来た人間。

 魔王には逆らえない。それがこの世界のルールであろうと、そもそも異世界人である二人はこの世界のルールに縛られる必要のある立場では無い。

 

「父上から血の継承を行う為、異世界から魔王の素質ある者を呼び寄せた事で……そちらの世界で普通に暮らしていたであろう美樹さんと健太郎さんの人生は大きく狂ってしまいましたからね」

 

 そして、美樹と健太郎がこの世界にやってきたのは魔王ガイが呼び寄せたから。

 二人は異世界のいざこざに巻き込まれただけの被害者であって、となれば加害者は──

 

「ですから私は……父上の分も含めて、あの二人に償いがしたかったのだと思います」

「……ホーネット様」

 

 ホーネットは罪滅ぼしのつもりで美樹と健太郎を助けた。

 そんな贖罪の気持ちを同じように理解出来たシルキィはそれ以上何も言わなかった。

 

「……とはいえ、まだ問題が片付いたという訳では無いのですが」

「そうですね……この後はどうしましょうか。ひとまずランスさんは私達を抱いた事で満足して眠ってくれましたけど……でも、起きたらまた騒ぎ出しそうですよね」

「……えぇ」

 

 魔人筆頭と魔人四天王が体を張って頑張っても、出来た事といえば時間稼ぎ程度。

 当然ながら魔王はその内に目覚めてしまう。さてどうするか。

 

「とりあえずあの二人には……今の内に魔王城を出るよう言っておきましょうか」

「そうですね。後はもうあの二人がこの先ランスと出会わない事を祈るしかありません」

「でもホーネット様、健太郎さんの魔人化の解除はどうしましょうか?」

「それは……思い付きません。魔王様に頼らない方法を探して下さい、としか言えませんね」

「……ですね」

 

 今も隣で眠る巨大な爆弾、魔王ランスの爆発を止める方法は……無い。

 だからこの先二度と魔王に出会わない事。あの二人が身を守る術はもうそれしかない。

 魔人化の解除は難題だろうが、しかしこうなった以上こちらが手を貸す事は難しい。

 あくまで魔人化の解除、魔王化の解除方法を探すよりは簡単だと思って頑張って貰うしかない。

 

「……ぐがー、ぐがー……」

「はぁ……のんきに寝ちゃって。寝ている分には穏やかなんですけどね、ランスさんも」

「女性が絡まなければある程度は分別のある行動をしてくれるんですけどね。しかし女性が絡む事に関しては……なんとも……」

 

 今日一日、魔王に翻弄されたホーネットとシルキィは共に疲労感のある声で話す。

 

「まぁ……ランスさんがそういう人だからこそ、私達も今こうなっちゃってる訳ですしね」

「そ、そうですね……。そう考えるとマイナス面だけという訳でもないのですが……」

 

 極度の女好きという性格。それはランス自身が英雄の素質を有している事もあって、単純な善悪で計れるようなものではない。

 女を抱く為に一国を救うのがランスであり、女を抱く為に鬼畜になるのもランスなのである。

 

「それにしても……シルキィ」

「はい」

「貴女は本当に……本当に凄いですね」

「凄い? え、っと……何がですか?」

「……その、性行為の事です」

 

 ホーネットはためらいがちに言った。

 

「んくっ」

 

 シルキィはしゃっくりのような声で鳴いた。

 

「……あの。凄いって、そこですか」

「申し訳ありません。でも本当に……こうしてランスを満足させられたのは貴女のおかげです」

「……それは、えっと……光栄です」

 

 ですがそこを褒められてもあまり嬉しくないです……とは言わないシルキィ。

 

「えぇ、もう本当に……魔人シルキィの凄みというものを思い知りました」

 

 どうやらホーネットにとっては衝撃を受ける程、シルキィは本当に凄かったらしい。

 忘れられた英雄。それは魔王化に伴い体力精力が激増したランスとも戦える程の女傑なのか。

 

「私なんて……私は途中からランスの無尽蔵の体力に付いていくのがやっとで……貴女のように行為を楽しむ余裕など欠片もありませんでした」

「いえあのホーネット様、私だって別に行為を楽しんでいた訳では……」

「それに最中での貴女の乱れようが……こう、なんと言えばいいのでしょうか、ものすごく情熱的というか、情感的というか……官能的というか……」

「……ホーネット様、私の乱れようを無理に言葉で表現しようとする必要はありません」

 

 努めて冷静に答えながらも、恥ずかしくなってきたシルキィははぁ、と熱い吐息を吐き出して。

 今回の騒動で最終的に一番損をしたのは自分なのでは……と、そんな益体もない事を考えた。

 

 

 

 

 

 そして──その後。

 

 ホーネットの忠告を受けた美樹と健太郎は早々に魔王城を出発して、二人旅を再開した。

 そしてある時、宛てもなくぶらぶらと旅をしていた二人は魔人パイアールの研究所を訪問した。

 

 そこには目当てのものがあった。それはパイアールが作り出した魔血魂摘出装置。

 二人はパイアールと交渉をして、異世界の知識と引き換えにその装置を使用してもらった。

 

 こうして健太郎の魔人化は解除された。

 その後更に旅を続けて、やがて二人は元居た異世界、次元3E2への帰還を果たす事となった。

 

 

 

 

 

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