ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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シルキィとの約束②

 

 

 

 

 

 

 魔王城に一人の魔人が帰還した。ホーネット派の主、魔人ホーネットである。

 

 彼女は自派閥の前線拠点、魔界都市サイサイツリーで休憩していた所、緊急の用事で文字通りすっ飛んできた魔人メガラスからその話を聞いた。

 これまでケイブリス派に属していた魔人ガルティア、それが派閥を離脱してホーネットに参加を希望している。メガラスからそんな話を聞いたホーネットは、ガルティアから事情を聞く為に本拠地たる魔王城に一旦戻る事にした。

 

(前線をメガラスだけに任せるのは不安が無い事もないのですが……しかし今のケイブリス派の様子を見る限り、散発的な戦闘はあっても大規模な作戦行動は取れないはず)

 

 ガルティアの事はホーネットも驚いたが、ケイブリス派の者達にとっても寝耳に水な話。

 前線指揮官としてビューティーツリーにいたガルティア、彼はホーネット派から届いた献上品を食べるや否や、突然に用事が出来たと言って拠点を飛び出していってしまった。

 急な指揮官の離脱を受けて、現在ビューティツリーにいるケイブリス派魔物兵達の足並みは乱れてしまっている。

 

(ガルティアから事情を聞く位の時間的余裕はあるでしょう。……さて)

 

 廊下を歩いていたホーネットの足が一旦止まり、そして目的の場所のドアを開く。

 彼女がやって来たのは城の食堂。そこは城内で暮らす魔物達が使用する大食堂であり、その一角のテーブルの上にとても一人分とは思えない大量の皿が並んでいた。

 その席で今まさに食事を取っている相手、それが渦中の魔人たるガルティアである。

 

「もぐもぐ……悪くはないけど、料理の味は向こうの拠点で出てくるのとそう変わらねぇな」

「ガルティア、お前はそんなに沢山食べておいて、味に文句をつける気か」

「いいや、文句があるわけじゃねぇさ。……まぐまぐ」

「まったく……。あ、ホーネット様っ!」

 

 我が物顔で飯を食らう、まだ立場の定まりきらない大食い魔人。

 その見張りをしていたサテラが、城に戻ってきた派閥の主の存在に気付いた。

 

「サテラ、変わりないようですね。……そして、ガルティア」

「よう、ホーネット。事情あってこっちに付く事になった。よろしく頼むな」

「………………」

 

 気さくに挨拶をするガルティアの一方、ホーネットは警戒心を宿した目を向ける。

 こっちに付く事になったとは言うが、しかしガルティアの真意が分からぬ現状、そう簡単に信じられる話ではない。

 本当はケイブリス派を離脱するつもりなど無く、こちらの内部に入り込んで寝首を掻く間諜を命じられている。そんな可能性だって無いとは言えない。

「……そんな睨むなよ。まぁ信用出来ないのは分かるけど、これでも本気だからさ」

「……そうですか。ではガルティア、少し聞きたい事があります」

「おう、なんでも聞いてくれ」

 

 ホーネットが同じテーブルの席に付くと、ガルティアも食事の手をストップする。

 魔性の味覚の虜になってしまった彼としては、今後もあれを食べる為に何が何でもホーネット派に入らなければならない。その為には当然派閥の主たるホーネットに認めてもらう必要があった。

 

「貴方が先程言っていた事情とはなんですか? ケイブリスを裏切ってまで、こちらに味方する理由はどのようなものなのですか?」

「あぁ、その理由は団子だ」

「……団子?」

「そう! あの団子はスゴいんだ、あの天にも昇りそうな衝撃的な味がもう本当にさ……!」

 

 未知なる言葉を耳にした気分で、眉根を寄せるホーネットに対し、ガルティアはあの団子がいかに素晴らしい団子なのか、それはもうあらん限りの言葉を尽くして語った。

 しかし残念ながら理解はされなかったのか、それを無視してホーネットは自分より事情を知るはずの配下の魔人に目を向ける。

 

「サテラ、貴女は本当の理由を知っていますか?」

「……ホーネット様。どうやらさっきの理由が本当に本当みたいなんです、こいつ」

 

 問われたサテラも、困惑した顔でそう返す事しか出来なかった。

 彼女は事の仕掛け人に詳しく説明しろと迫ったのだが、その男は「団子がある限りあいつは裏切らんから心配するな」としか教えてくれなかった。

 

「……ではガルティア。貴方は本当にそのような理由で寝返る事を決めたのですか?」

「まぁな。そのような理由つっても、俺にとっては何より大事な事なんだよ」

「………………」

 

 曇りの無いガルティアの表情を見て、沈黙したホーネットは少し視線を下げる。

 

 この魔人は特に食に偏重を置いている、その事は勿論知っている。

 先程語っていた団子の魅力についてはともかく、それ程までに盲愛する食べ物を見つけたのだとしたら、この魔人であればもしやと思わないでも無い。

 しかし食べ物一つで派閥を変えてしまえる、それがホーネットにはどうしても受け入れられない。そしてそれがケイブリス派離脱の理由だとすると、気になる事がもう一つある。

 

「……では貴方は、ガイ様の遺命に従う気になった訳では無いと?」

「まぁ、そうだな」

「……ガルティア」

 

 その名を呼ぶ声には刺すような冷たさと共に、静かな怒気が宿っていた。

 ホーネット派とは、前魔王ガイの遺命に従う事を目的とする派閥。その派閥に入りたいと言うのに、前魔王に従うつもりは無いという態度。

 それは斟酌出来るものでは無いのか、ホーネットの視線が鋭さを強める。

 

「貴方は魔王の命令に逆らうというのですか?」

「俺は魔人だぜ? 魔王に逆らうつもりなんてないさ。……ただな、今の魔王はリトルプリンセスであって、ガイはもう魔王じゃないだろ」

「……それは」

 

 それは当然、ホーネットも理解している事。

 今の魔王はリトルプリンセスであって、父親である前魔王ガイの治世はとうに終わっている。

 特にホーネットはホーネット派の主であると共に魔人筆頭という立場でもある。故にリトルプリンセスを魔王として軽んじた事など一度も無い。

 それどころか、未だ魔王として覚醒していない美樹のどんな命令にだって従うつもりでいる。

 

(……だって、それが父上の命令。だから……)

 

「………………」

「リトルプリンセスの命令なら従うが、ガイの遺言に従う気分にはならねぇな。あんただってジルやナイチサが過去に何を言っていようが、今更従う気分になんてならないだろう? それと同じさ」

 

 ホーネットやガルティアに限らず、魔人にとって魔王とは絶対の存在。

 だが絶対の存在である魔王にも1000年という任期が定められている。一方で魔人には任期が無く、特にガルティアは3000年近くに及ぶ長い時を生きてきた為、魔王が代替わりする意味を理解していた。

 

 今代の魔王こそが今の世界の在り方を決めるのであり、代替わりしてしまえば過去の魔王の言葉など何ら意味を持たなくなる。

 人間を家畜のように支配した魔王ジル。しかしその次代の魔王ガイにより、人間と魔物の住む世界が分けられた事からもそれは明らかな事で。

 

「ガイの遺言とはいえ、リトルプリンセスは結局魔王になる事を拒んで逃げただろ? なら、それが今の魔王様が選んだ事だろう」

 

 魔王として覚醒する事を拒み、リトルプリンセスは逃げ出した。

 そんな魔王にはとても従えないとする集団、それがケイブリス派と言われているが、つい先日まで属していたガルティアにはそのつもりは無い。

 ただ従わせるつもりが無い魔王に従っていても仕方が無いので、魔王が魔王として覚醒するまでは好きにしようと決めていただけ。

 

「……つまりガルティア。貴方はガイ様の遺命に従うつもりは無いけれど、美樹様を尊重する気持ちはあると言いたいのですね」

「あぁ、簡単に言やぁそういう事だな」

「しかし、ならば何故貴方はケイブリス派に? ケイブリスの目的は知っているでしょう」

 

 魔人ケイブリスの目的。それは美樹を殺して自分が魔王になる事。

 その為の派閥に与するという事は、先程言っていた台詞と乖離しているのでは。とそのように感じていたホーネットの一方で。

 

「ん~~……正直な所、ケイブリスから声を掛けられたってのが大きな理由なんだけど」

 

 特に間違った事をしているつもりが無いガルティアは困惑した表情を浮かべる。

 

「けど仮にケイブリスがリトルプリンセスを殺せたとしたら、リトルプリンセスは魔王には覚醒しなかったって事だろ? なんせ魔王になりゃ魔人なんて相手になる訳が無いんだし」

「……まぁ、それはそうですね」

「だろ? ならそうなった時にはそれも含めて魔王様の選んだ事だと思わないか? 魔人の俺達がとやかく言う事じゃないさ」

 

 自分を殺そうとする魔人がいるこの現状で、魔王に覚醒しないのならばそれこそが魔王の選択。ならばその選択を尊重する。ガルティアはガルティアなりに美樹を魔王として敬っているつもりだった。

 

「……貴方の考えは分かりました。とはいえこの派閥に属する以上、美樹様の身の安全は何より大事な事です。魔王様の選んだ事だからでは済まさず、美樹様を守る事には命を掛けて貰います」

「そりゃ分かってるって。……けど今はあの子、魔王城には居ないって話じゃなかったか?」

「……今はこの城より、人間の世界の方が美樹様にとっては安全ですから。……それとガルティア。派閥への参加は許しますが、私はまだ貴方を信用した訳ではありません。宜しいですね」

「ああ。協力させてくれるならそれでいいさ」

 

 ガルティアはしっかりと頷き、それにホーネットも小さく頷きを返す。こうしてホーネット派の主は、魔人ガルティアの派閥入りを認めた。

 前魔王ガイへの畏敬の念の無さについては内心思う所があったが、美樹を魔王として認める気持ちがあると分かったので、そこには目を瞑る事にした。

 何より現在劣勢となるこの状況下において、魔人ガルティアという重要な戦力は到底無視出来るようなものでは無かった。

 

「……こうなると今後について、少々話し会う必要がありそうですね。サテラ、シルキィは何処にいますか?」

「……え、シルキィですか?」

「えぇ。魔王城に居る筈ですが。それとももう前線に出発してしまいましたか?」

「あ、いえその、居るには居るのですが……」

 

 ここまで話の成り行きをひっそりと見守っていたサテラは、とても複雑そうな表情で口を開く。

 

「シルキィはその、ランスが持っていったというか、何と言うか……」

「…………?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「がーっはっはっは! 魔人を倒す所か、こっちの味方にしてしまうとは。さっすが俺様!!」

「……う」

 

 魔王城にあるランスの部屋。そこにランスとシルキィは居た。

 

「いやー、にしても華麗な活躍だった。俺様はまさしくホーネット派の救世主だな、うむうむ」

「……うぅ」

 

 先程突然にその男は彼女の身柄を押さえ、瞬く間に自分の部屋へと攫ってきた。

 そして寝室に、より正確に言えば寝室にあるベッドの上に二人がいる理由。

 

「おーっと、そういやシルキィちゃんとは何か約束してた気がするなー? 何だっけかなー!?」

「……あーもう! 分かってる、分かってるわよ! 貴方に抱かれればいいんでしょう!?」

「そのとーりっ! 抱かれればいいのだー!!」

 

 勿論それは番裏の砦で交わしたあの約束通り、魔人シルキィとセックスする為。

 待ちに待ったご馳走を前にして、ランスはとても上機嫌。一方のシルキィはやはり恥ずかしいのか、顔を朱に染めて深く俯く。その表情がまた唆るのか、ランスのテンションは留まる事なく高まっていた。

 

「くっくっく。君は俺様の女になると約束した訳だからな。この一回きりとかじゃないぞ、俺様の気が向いた時には何度でも相手してもらうからな、ぐ~ふふふふ~~……!!」

「……だから、分かってるってば……うぅ……」

 

 蚊の鳴くような声で呻くシルキィとて、何も軽い気持ちでその約束をした訳では無い。

 なにせ魔人を倒すというのは大変に困難な事。人間の身でそれが達成しようとするなら生死を賭ける必要がある。つまりそれほどの約束、自分の貞操はその見返りのはずだった。

 

 そのはずだったのだが。

 

(……まさか、あんな方法で……こんなにあっさりと……)

 

 シルキィの想像を越えて実にあっさりと、とてもお手軽な方法で約束は達成された。

 彼女はてっきり、ランスが戦士として魔人と激闘を繰り広げるような想像をしていた為、現在の状況には多少の煩悶もあったのだが。

 

「……約束は『魔人を倒す』じゃ無かった?」

「別にあそこでムシ野郎をぶっ殺しても構わなかったのだがな。俺様はホーネット派にとってより良い選択をしてやったのだ。違うか?」

「……それは……うん。そうね、ありがとう……って、言って良いのかよく分からないけど」

 

 そう言われてしまうと、ホーネット派の重鎮たる魔人四天王にはもう返す言葉が無かった。

 

(……でもこれで、前より大分形勢が良くなるのは事実、か。……うん。約束した事だもんね)

 

 敵方の魔人を引き抜き、こちら派閥に迎え入れる事に成功した。その価値は極めて大きい。

 そして根が真面目な彼女にとって、自分がした約束を破るという選択肢は最初から無い。

 ふぅ、と息を吐いて、魔人四天王シルキィ・リトルレーズンは覚悟を決めた。

 

「ぐふふふふ、もう我慢出来ん! とー!!」

 

 着ていた服を一瞬で脱ぐと、ランスは勢いを付けて飛び掛かる。

 

「ちょ、と、待って……ッ!」

 

 先程覚悟を決めたはずのシルキィ。

 しかしこらちに飛んでくるランスの圧に怯み、思わずその両腕をガシっと取り押さえる。

 

「ぐ、ぬぬぬ……シルキィちゃん、ここまで来て抵抗しようと言うのか……!!」

「そ、そうじゃない、そうじゃないけどっ!」

 

 もはや抵抗するつもりなどあろうはずも無い。

 それは無いのだが、しかし彼女には一つだけ懸念材料があった。

 

「……抱かれるのは、いいんだけど。その、なんというか、あの……」

「なんだ、何かあるのか」

「何かっていうか、その。私……こういう事の、経験がね? その、無いっていうか……」

 

 シルキィは自然と顔を背ける。それは照れと恥じ入る気持ちがごちゃ混ぜになった、ランスの興奮を掻き立てるようなとても悩ましい表情。

 彼女には性交の経験が無かった。人間だった頃はのんきに恋人を作って愛を育むような情勢では無かったし、魔人となってからはもはや自分の性別について気に掛ける機会すら殆ど無かった。

 

「あれ、そうなのか? 確か前は……」

「前?」

「ん、まぁいいか。……なーに、大丈夫だシルキィちゃん。俺様は処女の扱いも慣れてるからな、安心して身を任せたまえ。がはははははっ!!」

「お、お手柔らかに……ね?」

 

 もう我慢出来ないとばかりに、ランスはシルキィの小柄な身体を押し倒す。

 

 やがてシルキィの声が枯れ、その喉から掠れた嬌声が上がるまで、ランスは思う存分楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 


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