「──ふっ!!」
瞬間、空気が弾ける。
「はッ!! でりゃ!!」
風よりも疾く、音よりも疾く。まるで光の瞬きのような一閃。
それは一度目より二度目、三度目と繰り返す毎により鋭さが増していく。
「とうっ!!」
「わぁ……」
振るわれた力に一切の乱れが無い、美しささえ感じる程の太刀筋。
それはまさしく剣術の極み。ある種の到達点とも言える剣の冴えは見る者を魅了する。
「──うむ!! どうだシィル!! なんかすげーだろ!!」
「はい! 凄いですランス様!」
「がははは、そーだろそーだろ!!」
華麗な剣捌きを披露して、聞こえたシィルの歓声にえっへんと胸を張るランス。
その手に持つのは細身の刀、その刀身は闇を斬り裂くような純白の刃。
そして……その刀から聞こえる女性の声。
「……確かに。見事なものですね」
「だろ? こりゃあ俺様めちゃめちゃ強くなっちまったな。魔王的なパワーだけじゃなくて、なんかこう……センス的なもんまで上がった気がする」
「それも魔王化による影響でしょう。当人の才能に依る剣の技量だけでもこのレベルとは……本当に魔王とは恐ろしい存在ですね」
その声の主は魔を断つ刀、聖刀日光。
こうして日光を振るってみた事で、ランスは魔王になった事による自身の変化に気付いた。
それが剣LV3という極み。ランスの剣術は歴史上でも数人足らずの伝説級の域に達していた。
「おかげでこの通り、日光さんの事だって問題無く使えそうだ。前はせっかくの日光さんだってのにどうにもしっくりこなかったからなぁ」
「前?」
「うむ。日光さんの知らない前があるのだよ」
今はもう懐かしきあの頃。前回の時を思い出して感傷に浸った顔になるランス。
前回の第二次魔人戦争の最中、ランスは美樹と健太郎に同行していた日光と出会い、色々あった挙げ句に日光と契約を交わして聖刀のオーナーとなった経験がある。
しかしその時は独特の反りがある刀という武器の扱いに慣れず、結局は日光を使うのを断念してこれまで通りの使い慣れた魔剣カオスを使わざるを得なかった、といった出来事があった。
けれども今は違う。あの時とは違って今のランスの剣LVは3の高み。
伝説級の剣才を持つ者となればもはや武器を選んだりはしない。それが剣である限り、魔剣だろうと聖刀だろうと何であろうとも持ち前の才能で自在に扱えてしまうのだ。
「こうして日光さんも自発的に俺様の女になってくれた訳だし、まぁ結果オーライだな」
「……自発的に、ですか」
「イエース。自発的にだ。それとも違うのか?」
「……いえ、そうですね。確かに私は自発的に貴方の女となりました。それについては今更文句を言うつもりはありません」
文句を言うつもりはないと言いつつも、納得のいっていなさそうな声で答える日光。
聖刀日光とは特殊な武器であり、装備者が刀として振るう為には契約を交わす必要がある。そして聖刀の契約とは人間状態の日光と身体を重ねる事、つまりはセックス。
となると今こうしてランスが聖刀日光を振るっているという事は、二人はすでにセックスを行って契約を交わしたという事になる。それも先程二人が言っていた通り日光からの自発的に。
それは……あの事件終わりの事。
鬼畜っぽさが全開になった魔王ランスが来水美樹と日光を脅して手篭めにしようとして、しかしホーネットとシルキィによる身体を張った妨害工作を受けて有耶無耶になったあの一件の後。
ぐっすり眠って、目覚めて暫くはその事をすっかり忘れていたランスだったが、あくる日ふと「あれ? そういや俺様って美樹ちゃんを抱こうとしてたんじゃなかったっけか?」と思い出した。
だが時既に遅し。その頃にはもう美樹と健太郎は魔王城から逃げ出していた。
その事に気付いたランスは怒った。そりゃもう怒った。魔王の怒りは天を衝いた。
そして当然怒るだけでは済まず、絶対に逃してなるものかとランスは魔王軍全軍に号令を発し、地の果てまで美樹の捜索を、ついでに健太郎の抹殺を命じようとした……が。
しかしそれをされたら困るのが日光だ。
美樹はもうなんの力もない人間だし、健太郎は魔人と言えど強さ的には下級魔人の域に留まる。
魔人四天王や魔人筆頭を含む魔王軍全軍に襲われたら一溜まりもないのは明白であり、そのような事態が容易に考えられたからこそ日光は二人の旅には同行せず、そのまま魔王城に留まっていた。
そして魔王の癇癪を収める為に仕方なく……自らの身体を捧げるという選択を選んだ。
ホーネットとシルキィがやったように、魔王の目を自分に向けさせようと日光は身体を重ねた。
そして慣れないながらも自ら積極的になって色々と頑張った。沢山頑張った。数日掛かりでそりゃもう精力的に頑張った。
基本的にランスは一度抱いて気に入った女性に対しては態度が優しくなるという特性がある。
その特性は純和風美人である日光相手にも遺憾なく発揮された。閨の中で日光が献身的に身体を捧げて誠心誠意言葉を尽くした甲斐あって、最終的に魔王は機嫌を直して矛を収めるに至ったのだった。
「…………ぬぅ」
「どうしました?」
「……なんか、やっぱり勿体無かったような気が……美樹ちゃん……うぬぬぬ……」
「未練を引き摺るのはよくありませんよ。次の出会いに期待すれば良いではないですか」
「ぬぬぬぅ……」
どうやらランスは未だ完全に矛を収めきった訳ではないようだが……ともあれ。
「……まぁいい。その代わりに日光さんが手に入った訳だしな」
そんな流れで、日光は女としてランスの腕の中に収まる事を受け入れた。
そして日光を手に入れた以上、自ずとこちらの方も手に入れたという事になる。
「ついでに聖刀日光もだ。これを超える武器ってのはそう無いだろうからな」
「まぁ、そうですね。自分で言うのもなんですが唯一無二の武器である自信はあります」
「だろ?」
「えぇ。しかし……魔王となった今、貴方がこれ以上強さを追求する意味は無いと思いますが」
「ちっちっち。日光さん、こういうのは強さよりも格や見栄えが重要なのだよ。世を支配する魔王様が店売りのロングソードなんかを使ってたら格好つかねぇだろ?」
「……かもしれませんね。なんにせよ気に入ってくれたのならば何よりです」
「うむ、大層気に入ったぞ。魔王となった俺様に相応しい武器ではないか。がはははは!」
この世に二振りと無い魔を断つ刀、聖刀日光。
人間姿でも和服美人、刀の姿になっても一層美しい日本刀の煌きに魔王ランスはご満悦。
「……ぐにに」
だが一方で……こちらの機嫌は。
「……ぐにににぃ~~!!」
それは部屋の隅っこにあった。
無造作に置かれた荷物袋の中、その光景を憎々しげに見つめる視線が一つ。
「やいやい! 刀なんぞ振り回してなにやっとんじゃい! 儂に見せ付けてんのか!」
「なんだ、うるさいぞカオス」
その視線の主は聖刀日光に対を成す武器、魔剣カオス。
彼は怒っていた。本来ランスの手の中に収まるべき魔剣は先程からずっとお冠だった。
「やい日光! やいやい!!」
「なんですか?」
「なんですかーじゃないわ!! なーんでお前がランスのもんになってんだよっ!!」
「カオス、仕方無いではありませんか。こうする以外にどうせよと言うのです」
「んなこた知らん! けどお前まで魔王のもんになったらいざって時に人類が困るだろーが!!」
「私とてそのような事は承知しています。……が、その上で言わせて貰いますが、現状の貴方にだけはそれを言われたくありません」
聖刀とは。魔剣とは。魔を滅ぼす為に存在しているただ二つの特別な武器。
それを二つとも魔王が所有してしまうとはどういう事か。人類が無敵結界を破壊する術を失う、魔に対抗する術を失うという事である。
そうと分かっていて尚、お互いはお互いに言ってやりたい事が沢山あるようで。
「人類の事を思うのであれば、貴方こそが人類に味方すれば良いではありませんか」
「持ち主をぶっ壊す儂よりお前の方が使いやすいだろーが! 儂は使い手を選ぶんだよ!」
「使い手を選ぶのは私だって似たようなものです。たとえ契約を交わそうとも波長が合わない者には扱えないのですから」
「おいコラ、なにをケンカしとるか」
二人の言い争いに堪らずランスが口を挟む。
するとカオスの怒りはそちらに向いた。日光共々こっちにも大いに文句を言いたい気分だった。
「大体心の友も心の友だ!! なーにを似合わん刀なんぞ振るって楽しそうにしとるんじゃ!!」
カオスが気に食わないのはその点。どちらかと言えば不満度はこっちの方が上。
持ち主に扱われる事こそが武器の本願なのか、意思あるインテリジェンスソードである魔剣カオスにとって、持ち主から新たな武器に乗り換えられる事以上に寂しくて腹の立つ事は無いようで。
「心の友愛用の武器と言ったらこの儂、魔剣カオスしか無いだろうに!!」
「知るか! 貴様を愛用した覚えなど無いわ!!」
「そんなぁ! どうしてそんな事言うの! ここまで長い間仲良くやってきたじゃんか!!」
「ええいうるさい! こっちはここまでずっと我慢してきたんだよ!! 俺様はもう爺声で喋るスケベな魔剣なんぞ使いたくないのだ!!」
爺声で喋るスケベな魔剣カオスをランスがここまで愛用していた理由。
それは剣そのものの切れ味、つまり攻撃力を重視してという意味合いもあるが、最たる理由としてはやはり魔人と戦う際に無敵結界を破壊する必要があったからこそ。
となれば魔王になったランスにとって、もはやカオスを振るう理由は特に無い。新たな武器に乗り換えるのも已む無しといったところである。
「考え直してよぉ! 儂に悪いとこがあるなら直すからさぁ!!」
「やかましい! お前の悪いとこは全部だ!! 性別も込みで全部直してこい!!」
「そんなのヒドいっ! そんなに女か!! そんなに女がええのかーー!!」
「当たり前だバーカ!!」
「カオス、貴方は……そのような態度でよくも私に難癖を付けられましたね」
「全くだ。魔人と戦う必要がねーならこんな駄剣を誰が使うってんだ……」
次の粗大ゴミの日に出すか。
それともいっそモロッコの秘境に連れていってやろうか。
そんな事を真剣に考え始めたランスだったが……その時ふと閃いた。
「いや待てよ? そうだ、なんなら二刀流ってのもいいかもしれん」
「二刀流?」
「うむ。聖刀と魔剣の二刀流、こりゃあカッチョいいだろう! どれどれっと……」
ランスは右手で聖刀日光の柄を握ったまま、左手で魔剣カオスの柄を握る。
そしてなんか格好良さげなポーズで構えて──
「とうっ! ていっ! どりゃっ! ……おぉ、イケるな!!」
それはLV3の剣才故か。
思い付きでやってみた二刀流でも問題無し、ランスの双剣捌きは堂に入っていた。
「よし。これで俺様がオリジナルだ」
「オリジナル?」
「うむ。なんかこの戦闘スタイルはのちのち誰かに真似されるような気がしてならんのだ」
「真似するって、誰がよ?」
「分からん。……が、なんかそんな気がする。俺様の直感がビビビっと来てるのだ」
それは男か、女か。黒髪か、あるいは茶髪か。
すっとぼけた性格をしている規格外の何者かがこの戦闘スタイルを真似るのでは。
この時のランスにはどうしてか分からないが猛烈にそんな予感があった。
「だけどもう俺様が先にやっちまった以上、俺様こそがオリジナルなのだ。いいな?」
「まぁそりゃいいけどさ……」
「これで次にやったやつはただのパクリ野郎だからな。やーいやーい、ざまーみろ!!」
「聖刀と魔剣で二刀流をするような者など貴方以外に居ないと思いますが……にしても、誰とも知れぬ相手に対してなんとまぁ……」
まだ知らぬ何者かよりも優位に立って、ランスは勝ち誇ったように笑うのだった。
そして、その後。
ランスがシィルを連れて「散歩に行ってくる」と部屋を退出した後。
「……でよ、日光」
「なんですか?」
「冗談は抜きにして、この先どうするんだ?」
先程までとは一転して真面目な口調になったカオスが問い掛ける。
「どうする、とは?」
「お前だったらいつでもここから出て行けるだろって話だよ。なんせ人間に戻れるんだから」
「だから人間世界に戻れ、と? 無理ですよ。実質的に私の扱いは人質なのですから。私がここを逃げ出したとして、それであの人の怒りが美樹ちゃん達の方に向いてしまったらどうするのです」
一方で日光も淀みなく答える。
優先すべきはあの二人の身の安全。一緒に旅をしていた時からその考えに変わりは無く、故に自分がここを動く訳にはいかない。
だがそれは先程も述べた通り、聖刀と魔剣が共に魔王の支配下に置かれるという事で。
「お前な……んなこと言ってる場合か。実際問題儂ら二人共がこっちにいるのはマズいだろう」
「先程も言いましたがね、それならば貴方がここを離れればいいではありませんか」
「だから儂は自分じゃ動けないんだっつの。人間に戻れるお前とはちげーんだよ」
「なら私が手伝ってあげますよ。この城からは食料などの物資運搬の為に定期的に人間世界行きのうし車が出ているようですから、荷台の中に貴方を忍ばせる事など然程難しくはありません」
「ぬ……ああ言えばこういう奴め……」
「それは貴方とて同じでしょう、カオス」
歯に衣着せぬ会話を交わすカオスと日光。
二人は共に魔を断つ武器であって元仲間同士。その心に同じ信念を持っており、古くエターナルヒーローとして戦っていた頃から共に魔を憎んでいた。
とある遺跡の深部にて世の理の超えた超常的存在との謁見を果たした際も、少々毛色の違う願いを望んだエターナルヒーローの他2名とは異なり、カオスと日光は共に魔を倒す為の力を望んだ。
「それに、私は……私は貴方とは違います。知っての通り、私は貴方程に非情には徹し切れません」
「………………」
そんな共通した思考を持つ魔剣と聖刀だが、しかし元々の人間性は大きく異なる。
その上1500年にも及ぶ年月の経過、そして魔王だった少女との出会いもあって、現在では魔に対するスタンスというものが少々変化してきている。
カオスの方は相変わらずと言えたが、特に心根が優しい日光にはそうした一面が強くあった。
「私は……今暫く、新たに魔王となったあの人の事を見守りたいのです」
「……見守って、そんでどうする」
「さぁ。というよりもその判断を含めて、今暫く時間が必要ではないかと思うのです」
魔王とは魔を統べる頂点。カオスや日光にとっては討ち果たすべき宿敵そのもの。
とはいえそれは前魔王である来水美樹だって同様の存在。そんな美樹を殺すではなく救う道を模索していた日光にとって、美樹を助けるような形で新たな魔王となったランスの事もすぐさま敵視は出来ないようで。
「ランスさんに関しては……率直に言って奇妙な魔王だなと思いました。美樹ちゃんのように魔王になる事を拒んでいる訳では無いのでしょうが、それでもまだ完全なる魔王にはなっていないというか……人間らしい善性を多く残しているように見受けられます」
「善性ねぇ。つってもお前、元魔王の嬢ちゃんとまとめて一緒に食われそうになったんだろ?」
「えぇ、まぁそうなのですが……しかしそれは元からでしょう。私の記憶が確かならば、二年前にJAPANで出会った時から彼は女性に関しては目がない様子でしたから」
「……ま、そりゃそうだが」
それに関してはカオスも頷く他無い。
ランスが女性を襲うのはもう性分だからしょうがないとして、それ以外の点はどうか。
性欲に直結する事以外であれば、現状のランスには普遍的な魔王のような悪性は感じられない。未だランスは心が悪に染まっていないように見える、それが日光の見解らしく。
「ここ数日ランスさんの普段の姿を観察していたのですが、人間だった頃と同じ様子で──」
「なぁ日光」
「なんですか?」
そんな日光の見解を聞いていたカオスはふと思い付いて口を挟む。
「観察云々は置いといて、ここ数日は抱かれっぱなしのヤリっぱなしだったんだよな、お前」
「……それが、なにか?」
「さてはお前……情が移っただろ?」
「っ、それは……だとしたら、何ですか?」
「否定しねーのかいな。全く、相手は魔王だってのに何をしとるんだか……」
どうやら日光はここ数日間にランスと身体を重ね過ぎた結果、少々気持ちを入れ込みすぎて魔王相手に情を移してしまったらしい。
情が深くて非情にはなり切れない。それが日光の良さでもあって駄目な点でもあると熟知しているカオスは呆れたように息を吐いた。
「……私の事などどうでもいいでしょう。今大事なのはランスさんの現状の事です」
「へーへー、んで?」
「つまりですね……私は魔王として覚醒しかけた美樹ちゃんを見た事があるのですが、美樹ちゃんの場合はリトルプリンセスになった時点でその精神性までもが魔王の如く変化していました」
「あぁ、JAPANの時に儂も見たな。シィル嬢ちゃんが氷漬けにされちまった時だ」
「えぇ。あの姿こそが魔王リトルプリンセスで……そこから考えると、魔王となって尚人間だった頃の精神性を保っていられるランスさんは稀な存在のように感じるのです」
美樹とは違って魔王として覚醒はしている。
だがその一方でリトルプリンセスとは違って心が悪に染まっていない。
それが現在の魔王ランスの状態。その点に日光は何らかの価値を見出していた。
「……んなもん今だけの話だ。直に魔王っぽく変わってくるだろーよ」
「そうかもしれませんね。しかし、そうではないかもしれません」
「だからそこに賭けてみるってか?」
「賭けるとまでは言いません。ただ先程も言ったように見守るだけの意義はあるように思います」
殺すではなく見守る。
それが日光の考えで、さらに言えば──
「カオス、貴方だってそう感じているのでは?」
「あん?」
「だから先程のように彼と一緒になって和気藹々としていられるのではありませんか?」
「……けっ」
するとカオスは苛立ちを隠さない声になって。
「知ったような事を言うな。お前よりも儂の方が心の友との付き合いは長げーんだよ」
「……えぇ、勿論分かっています。だからこそ……私はそれを信用したいのです」
情に絆され易い自分とは違って、魔を滅ぼす事に躊躇の無いこの魔剣が未だ動かないのなら。
自分よりも彼と親しいカオスが、魔王になった彼の事をまだ心の友と呼ぶのなら。
それならまだ、可能性があるのではないか。
「……ふん」
そんな日光の考えを察したのか、カオスは不満そうに鼻を鳴らした。
◇ ◇ ◇
「……うーむ」
さて、その一方。
部屋を出て、気晴らしに城内を散歩していたランスとシィルの二人は。
「……ううーむ」
「どうしました、ランス様?」
不意にランスは廊下の途中で立ち止まって、唐突にこんな事を言い始めた。
「なんか……魔王っぽい事がしたい」
「えっ」
「うむ。せっかく魔王になった事だし、なんか魔王っぽい事がしたい気分だ」
ランスは魔王っぽい事がしたくなったらしい。
魔剣と聖刀の思いなどつゆ知らず。魔王である以上は魔王っぽい事がしたいのである。
「はぁ……魔王っぽい事、ですか」
「おう」
「でも……ランス様、一体どういう事をするのが魔王っぽい事なんですか?」
「ぬぅ、そうだな……」
果たして魔王っぽさとはなんだろう。
まだ新米魔王のランスはふーむと顎を擦る。
「じゃあ……あれだ、魔王を倒す為に人間の強者共のパーティが攻めてきたりしないのか? んでそれを俺様がボコボコにしてやるとか」
「どうですかね……そういう道場破りみたいな人達はあんまり見ないような気がしますけど……」
世界に平和を取り戻す為に戦う人間達。それを返り討ちにするのは魔王の醍醐味の一つ。
……なのだが、しかし実際にそういう人間達が居るのかといえばそれは中々難しい話。
ここ何百年もの間、人類にとって魔物界というのは暗黒の地。魔物の支配圏に足を踏み入れる者などそう居らず、魔王城に乗り込んで魔王を倒してやろうと考える者など皆無に等しい。
「なら逆にこっちから人間世界に攻め込んでみるってのはどうだ」
「えぇ……でもでも、そんな事をしたら人間世界が大変な事になっちゃいますよ」
「でもなぁ。せっかく魔王になったんだから魔王軍をがーっと動かしてみたいではないか」
魔王軍をがーっと動かして人間世界に攻め込む。それも魔王の醍醐味の一つには違いない。
……とはいえ、それをされたら溜まったもんじゃないのが人間達。各国に沢山の知り合いが居るシィルにとっても気が気でない話である。
「そういうのは抜きにして、もっと平和的に魔王っぽい事をしましょうよ。ね? ランス様」
「平和的に魔王っぽい事ってなんじゃ一体。なら……新しい魔人を作ってみるとか?」
「そうですね。それなら……」
配下たる魔人を作成する事。それもまた魔王と醍醐味と言えるかもしれない。
「あ、そういえば……この前サテラさん達と話したんですけど、今は魔人四天王の席が一つ空いているので、新たな魔人四天王に誰が選ばれるのかが気になっているそうです」
「魔人四天王? それってシルキィちゃんとカミーラとケッセルリンクと……あぁそっか、ケイブリスをぶっ殺したから一つ空いたってわけか」
魔人四天王を任命する事。それだって一応魔王の醍醐味と言えなくもない。
ランスからすると正直言って誰が魔人四天王だろうがあまり興味の湧かない話なのだが、しかし選ばれる相手にとっては違う。
魔人四天王とは他の魔人達と一線を画する存在。その任命は魔王からの信頼の証であり、魔人にとってはとても名誉ある事なのである。
「そういやぁ魔人四天王ってのは一体何を基準に選んでるんだろうな」
「それはやっぱり……強さとか?」
「強さ……んじゃあ今いる魔人四天王とホーネットを除いて、次に一番強いのって誰だ? サテラだけは絶対違うってのは分かるが」
「あ、あはは……。この前の戦いで見た印象だとメガラスさんはとても強かったですけどね」
「え~……あんな無口を選ぶのはなんかやだ。おもろくない」
「じゃあ……ガルティアさんとか」
「それもやだ。てかシィル、お前はなぜ俺様が嫌いだと知っていて男魔人の名前を挙げるのだ」
たとえ強かろうとも、男の魔人なんぞを優遇する気など毛頭ない。
それが魔王ランスの信条。新たな魔王軍の構造はこの上無く女性優位なのである。
「でもそうだな……じゃあハウゼルちゃんか、サイゼルか、それともやっぱサテラか。それぐらいしか選択肢はねぇのか」
「そうですねぇ、女性の魔人さんっていったらそれぐらいしか……」
「うーむ、そうなると…………って、あ」
とそこでランスは大事な事を思い出した。
接点の無かったシィルも忘れているようだが、よくよく考えると女の魔人はもう一人居たはずで。
この世界に平和を取り戻す為に戦う人間達を返り討ちにする事よりも。
あるいは魔王軍をがーっと動かして人間世界に攻め込むよりも。
魔人を作成する事よりも。もしくは誰かを魔人四天王を任命するよりも。
魔王ランスにとって何よりも一番大事な事。
──それは女。女を大切にする事。
「いっけね、すっかり忘れてた。そういやあいつに会いに行ってやらねーと」