「ほれ、ちゃんと挨拶せんか」
「う、うん……」
ぽんと背中を押されて、魔人ワーグはおずおずと前に歩み出る。
「……え、えっと」
「はい」
「……は、初めまして。私は……ワーグ」
「はい。私の名前はシィルです。よろしくお願いしますね、ワーグさん」
コミュニケーションの基本、挨拶と自己紹介。
「……っ」
「あっ」
それだけで限界が来たのか、途端にワーグはペットの陰にぴゅっと隠れてしまった。
「おいワーグ、これぐらいで恥ずかしがるなよ」
「し、仕方ないでしょ!? これまでの人生で挨拶なんか経験してこなかったんだから……!」
これまでの人生。誰かと仲良くなりたいと思っても体質のせいで困難だった人生。
しかしそんな人生に転換期が訪れて、今日。ワーグはこの魔王城に足を運んでいた。
「シィルよ、前にも軽く説明したと思うがこいつはワーグ。顔を合わせるのは初めてだよな?」
「はい。以前からランス様がよくお出かけになられていたのがこのワーグさんの所ですよね?」
「そうだ。こいつは周囲の生物を無差別に眠らせちまうからってんで森の奥に住んでいたんだが……つい昨日その問題が解決したんで、今日からはココに住ませる事になった」
昨日。魔王ランスの力によって、フェロモンの放出により無差別に眠気を撒き散らす魔人ワーグの凶悪な特殊能力『夢匂』は制御可能となった。
となればワーグがこれ以上一人ぼっちで居続ける理由は無くなった。何かと不便な森の奥で生活をし続ける必要は無くなった。
その真っ白お肌の美味しそうな身体を食べたくなった時に無用な手間を掛けない為にも、魔王の命によりワーグは森の奥から魔王城へとお引越しする事になったのだった。
「しかしなぁ、これ程までに人見知りするってのはちょっと問題だな」
「……うぅ」
「ワーグ、この城にはシィルだけじゃなくてかなみやウルザちゃんも居るし、他にもホーネットとか魔人連中だってわんさか居るんだ。シィル一人にこんなに照れていたらこの先やっていけないぞ」
「わ、分かってるわよぉ……でも……」
これからこの魔王城内で共同生活を送る以上、ある程度の社会性は必要不可欠。
しかし長年の孤独のせいでワーグは対人コミュニケーション能力が未発達。相手と目と目を合わせて会話をするのはまだ高いハードルのようで。
「……ラッシー」
こんな時、主人を助けるのがペットの役目。
ワーグはいつものように夢イルカのふわふわボディにぽんと手を乗せた。
「へへーん! シィル、俺の名前はラッシーって言うんだぜー!」
「わぁ! ラッシーちゃんは人間の言葉を喋れるんですね、ちょっとビックリしました」
「ワーグは見ての通り照れ屋な魔人だけどさ、でも悪いヤツじゃないから仲良くしてくれよなー」
「こちらこそ仲良くしてくださいね。ワーグさん、ラッシーちゃん」
突然喋り出したイルカに驚きながらも、すぐさま柔らかく笑い掛けるシィル。
人当たりの良さは随一なシィルの笑顔を見て警戒心が解けてきたのか、
「……うん」
ペットの身体に隠れるワーグも小さく頷いた。
「……うーむ」
「……な、なに?」
とそんな中、ランスはなんとも胡乱げな視線をワーグに向けていて。
「……いや、タネが割れてから見ると……お前とイルカがやってる事ってなんだか……」
「う、うるさいわねっ!」
そして、その後。
ワーグが初対面となる者達と挨拶を交わす間にも引っ越しの作業が進められていく。
「おらおらー! 働け働けーー!!」
魔王の檄が飛ぶ中、魔物兵達の手によってワーグの家にあった荷物が客室へと運ばれていく。
「……にしても、まさかワーグの睡眠能力が制御可能になるなんて……」
「そうですね……驚きました」
そんな光景を横目に見ながら魔人サテラと魔人ホーネットが呟いた。
無差別が故に凶悪な睡眠能力、この魔物界で最も恐れられているとまで言われた魔人ワーグ。
その能力の凶悪さは据え置きながら、実害面においては大きなテコ入れがなされた。テコ入れを行ったのは勿論この男、魔の頂点に立つ当代の魔王。
「魔王様。ワーグの能力を操作可能にしたのは魔王様の御力だと聞きましたが」
「その通りだ。これがやってみたら意外と簡単になんとかなってな」
「魔人を形作るのは魔血魂の力ですからね。その魔血魂が魔王様の身体の一部である以上、魔人本人には制御出来ない体質の問題に手を加える事も可能かもしれませんが……」
魔王の力に関してはホーネットも全てを知っている訳では無い。しかしそれが言う程に簡単な事では無いだろうと理解していた。
特にそれが魔人ワーグを作成した張本人、先々代魔王ガイにも不可能だった事だと考えると、それは新魔王が秘める才覚によるものと言える。
「やはり魔王様は魔王の力に対しての適正が高いのでしょうね。だからこそワーグの体質を改善する事が出来たのだと思います」
「だろうな。世界一の大天才であるこの俺様に不可能は無いのだ」
「魔人の体質を改善…………はっ!」
とその時、何事かを閃いたサテラが弾かれたように顔を上げた。
「ならランス……じゃなくて魔王様っ! さ、サテラのも治せませんか?」
「治すってなにを?」
「ですからサテラの体質をですっ! サテラの体質も治すことが出来るのではと思うのですが!」
「お前の体質? ……って、もしかしてそのエロエロ敏感肌の事を言ってんのか?」
「そうです! それです!!」
魔人サテラの抱える厄介な体質。普通の人よりも遥かに刺激に弱い敏感なお肌。
ちょっと触られるだけで気持ちよくなってしまうその肌はさながら全身が性感帯のようなもので、過去にはそこを突かれて人間だった頃のランスに苦渋を飲まされた事だってある。
言わば魔人サテラにとっての弱点であり、叶う事ならば改善して貰いたい体質なのである。
「なーるほど、お前の敏感体質をねぇ……これはどうなんだろうなぁ」
「そうですね……サテラのそれは魔人化の影響とかそういう話ではありませんが……しかし似たようなワーグの問題が解決出来たとなると、魔王様の御力であれば可能性はあるかと」
「ですよね!」
「えぇ。少なくとも試してみるだけの価値はあると思います」
「ですよね! ですよね!?」
ワーグの睡眠体質問題と同じように、自分の敏感体質問題にも終止符が打たれるのでは。
「では魔王様!!」
「ふむ……」
そう思って期待に目を輝かせたサテラだったが。
「けど駄目」
「えっ」
「たとえ治せたとしてもお前の体質は治さん」
「な、なんで!?」
返答は拒否。
無情なる宣告にサテラは悲鳴のような声を上げた。
「だってワーグの体質と違ってお前の体質はエロいからな。治しちまうなんて勿体ないだろ」
「そ、そんなっ……!」
「サテラよ。お前は超が付く程の敏感エロエロ魔人だからこそ抱きがいがあるんだ。それを治しちまったら魅力が減ってしまうではないか」
「な、ななな……っ!」
魔人サテラは何故エロいのか。それは身体中の何処を触っても敏感だからである。
肌を撫でるだけで頰を赤らめて、ちょっとおっぱいを弄るだけでも達してしまう。それは魔人サテラにしかない特別な魅力、特別なエロさ。
「魅力が……減る……」
「うむ。魅力半減だな」
「は、はんげん……」
敏感じゃないサテラなんてアイデンティティの欠如もいいところ。
ランスからしたら「それを捨てるなんてとんでもない!」といった話である。
「サテラの魅力……半減……」
「うむ、敏感じゃないサテラなんてサテラじゃないだろう。俺様は何度も何度もイキまくるちょー敏感なサテラとセックスがしたいのだ。だから駄目」
「……う、うぐぐぅ……」
悔しげに呻くサテラ。
ここで前までなら「ランスっ! お前はサテラを何だと思ってるんだー!」とか言えたのだが、しかし今や魔王となったランス相手に文句を言うわけにもいかない。
「……う、うぅ……ほ、ホーネットさまぁ……」
「……サテラ、受け入れなさい。魔王様にそう望まれているのですから、それに応えるのが魔人の本懐というものですよ」
仕方なくホーネットに泣き付いてみても結果は変わらず。
こうして魔人ワーグとは違い、魔人サテラは今後も敏感体質のままとなった。
◇ ◇ ◇
そして──それからというもの。
「がははははーー!!」
魔人ワーグというハーレム要員が一名追加された魔王城にて、その後ランスは日々を謳歌した。
「今日はお前だー!!」
「うぅっ、ランス……!」
「ワーグっ! 早速魔王様がお呼びじゃー! 観念せいー!!」
今日のお相手は魔人ワーグ。
この魔王城に、いいやこの世界で自分に逆らえる相手など存在しない。
それが魔王の醍醐味。魔の頂点に立った者の栄華というもの。
「今日はお前だー!!」
「魔王様……あっ……!」
「ホーネット、魔王様に逆らうとは何事だー!! お仕置きしてやるぞーー!!」
「逆らってません、逆らってませんから……!」
今日のお相手は魔人ホーネット。
どの女の部屋を訪れようともアポイントは一切必要無し。
気分の赴くまま性欲の赴くまま、食べたいお相手を食べたいタイミングで食べる日々。
「今日はお前だー!!」
「ぎゃー!! 助けてハウゼルー!!」
「思えばサイゼル単品で食べるってのは初めてだ。てな訳で今日はハウゼルちゃん抜きでお前だけとセックスする。覚悟しろー!!」
「いーやー!!」
「イヤとはなんだー!! 俺様は魔王様だぞー!」
今日のお相手は魔人サイゼル。
自分に対して反抗的な相手だってお構いなしで。
「がははははー!!」
そんなハーレムな日々を過ごして……早数日。
ランスが魔王として目覚めてから、およそ一ヶ月以上が過ぎた頃──
「ふんふーん……っと」
ある日の昼下がり。
今日も魔王は気ままに日々を過ごしていた。
「なーんか腹減ったなー。そろそろおやつでも食うかなー」
「あ、ランスさん」
「おぉ、ウルザちゃん」
すると廊下でばったりウルザと遭遇して。
「そうだ、ちょっと宜しいですか?」
「ん?」
そして彼女はランスが思っても見なかった事を言い出した。
「実はですね……私は一度ゼスの方に戻ろうかと思いまして」
「な、なにィ!?」
驚愕に眼を剥くランス。
「ぜ、ゼスに、戻るだと!?」
「はい」
一方事も無げに頷くウルザ。
ゼスに戻る──この魔王城から去る。ランスにとっては青天の霹靂というものである。
「どうしてゼスに戻る!? まさかこれは三行半か? 三行半というヤツなのか!?」
「いえ、そういう訳では無くて……」
「では何故だ!? 一体なぜ!?」
「それは……元々私がここに呼ばれたのは派閥戦争への協力の為でしたからね。その派閥戦争がとうに終結した以上、私がここに居てもするべき仕事は無さそうですし」
軍師ウルザ。彼女がこの魔王城にやって来たのはもう一年以上も前の事。
当時はランスも魔物界に乗り込んだばっかりで右も左も分からない状況、身動きを取ろうにも色々と融通が効かず、細かい所に手が回る頭の良い人材が欲しくて呼び出した相手、それがウルザだった。
そして今、派閥戦争は勝利にて幕を閉じた。ウルザにとっては目標を達成した訳で、現状ではこれ以上魔王城に留まるべき理由は特に無い。
「何を言うかウルザちゃん! 君には俺様とセックスをするという大事な仕事があるだろう!!」
「それは仕事とは言いません。……そして何よりですね、そろそろ本来の業務を休んでいるのに気が引けてきたというのが一番の理由でして」
「本来の業務って……ゼス四天王?」
「に加えて警察長官ですね」
ゼス四天王兼警察長官。ウルザはゼス国内でも要職に就いている重要な存在。
自由人のランス達とは違って彼女にはちゃんとした公務がある。となるとこの魔王城で暮らしている期間延べ一年以上、本来の業務を部下達に任せっきりになっている訳で。
「実は……警察長官の仕事が問題でして」
「問題?」
「はい。どうもこの一年の間でゼス国内の治安が悪化してきているという報告があるのです」
言ってウルザは僅かに視線を伏せる。
ゼス国内の大都市における治安の悪化。そんな報告が上がってきたのはもう随分前の事。
「治安が悪化って……以前みたいにテロリスト集団でも現れたってか?」
「どうでしょう、そこまでの事はまだ判明していないので何とも言えませんが……」
ランスが指摘したテロリスト集団。それはLP4年に起きた大騒動の契機となったもので、最終的に魔軍の侵攻にまで発展した一大事件の解決はランスを飾る武勇伝の一つでもある。
そしてその大騒動以降、ゼス国内の犯罪率は一定水準を保っていた……が、ここ一年でそれがまた上昇傾向にある。特に多くの民間人が巻き込まれる事故や事件が増加傾向にあるらしい。
単なる偶然といえば偶然なのかもしれないが、警察長官である自分がゼスを離れている間にそんな事態が起こったとなると、ウルザとしては気が気でない話である。
「つってもなぁ、その程度ならわざわざウルザちゃんが戻るまでも無いだろう。なにも君自身が全国の町をパトロールするわけじゃねーんだし、部下に指示を出したいなら魔法電話で十分だろ?」
「魔法電話でも指示が出せるというのは確かにその通りなのですが……しかしこの治安悪化の傾向はどうやらゼスだけに限らないらしく、妙な胸騒ぎを感じてしまうのです」
それに、とウルザは呟いて、
「どうやらゼス四天王の方も……色々と各国の情勢が変わり始めているようでして」
「あん?」
「当然と言えば当然の事なのですが……それだけの時間は経過していますからね」
それは──新たな魔王が誕生して、約一ヶ月。
いいや振り返ればそれは──去年の二月一日。その日から今日までの間中ずっと。
ランスは長らく魔物界で暮らしている。だからそっちの事は全く気に掛けてこなかった。
故に知らぬ事なのだが、当然その間も人間世界の方では幾つもの事件が起こっている。
それは例えばJAPANにて、何者かによって禁妖怪の封印が解かれた事とか。
ゼス王立博物館が襲撃を受けて、展示物であったmボムが持ち去られた事とか。
AL教総本部のカイズが襲撃を受けて、禁断保管庫の中身が一部流出した事とか。
そのカイズでの襲撃事件以降、世界各地で汚染人間の数が増加してきている事とか。
そして国際情勢も。昨年からゼス国とリーザス王国の関係が悪化してきている事とか。
直近の話題では、リーザス王国がヘルマン共和国に対し宣戦布告と共に侵攻を開始した事とか。
他にも挙げればきりが無い。ここ一年の間にもそれだけの事件が発生している。
当然その中にはゼス国が絡んでいる事件もあり、警察長官として、ゼス四天王として、本来ならウルザが対応するべき事案も多くあった。
「そんな訳で、私は一度ゼスの方に戻ろうかと」
「………………」
魔物界の騒動が落ち着いて、今度は人間世界がキナ臭くなってきた。
なので一旦ここを離れてゼス国へ戻ろうかと考えていたウルザだったのだが。
「正直なところを言えばこちらの状況から目を離すのも悩ましい部分はあるのですが──」
「……う、うぐ」
「……ランスさん?」
すると……不意にランスの様子が変わった。
「うぅ、うぐぅ……!」
「ど、どうしました?」
「ぐ、ぐぅぅ……!! あ、ああぁぁあ!!」
喉の奥から漏れ出したような呻き声。
見るからに苦悶の表情になって、自らの胸を掻き毟るように苦しみ始めた。
「ランスさん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁあ……! ま、マズい……これは、マズいぞ……!」
世の支配者である魔王がここまで苦悶する、マズいという程の危機的状況。
それはつまり──
「……ヤバい、俺様の中の、魔王の力がぁ……!」
「え!?」
「魔王の力が、今にも溢れそうだ……ぐぅ、抑えられない……!!」
「魔王の力って……そんな、まさか……!」
魔王の力が溢れる。その言葉の意味を理解してウルザはハッと息を飲んだ。
これは先代魔王・来水美樹を悩ませていたもの、魔王化の発作に近いものか。
ここまでランスが人知れず抑え込んできていた魔王の力、それがもう臨界寸前なのか。
「と、とにかくヒラミレモンを持ってきますから、それまで──」
「う、ウルザちゃんが……いなくなると……!」
「え?」
「ウルザちゃんがゼスに帰ってしまうと……魔王の力が爆発してしまうかもしれん……!」
「──あ、まさかそういう事ですか!?」
とそこでウルザは気付いた。
これは魔王化の発作でも何でもなくて、それを匂わせる事での駆け引きだという事を。
「あぁ、あぁぁあ……駄目だぁ、もしウルザちゃんがゼスに帰っちまったら……俺は世界を滅ぼす魔王になってしまうかもしれん……ぐぐぐ……っ!」
「……ランスさん。これ、演技ですよね?」
「演技ではなぁい……! マジで魔王の力が抑えられんのだ……! このままでは本当にホントの魔王になってしまうかも……それを阻止できるのはウルザちゃんしかいない……ぐわぁ……!」
「その言い分は卑怯ですよ、もう……」
血の衝動。それは当の魔王本人にしか知り得ぬものでウルザには分からないもの。
どう考えても演技だとは思うのだが、しかし実際にランスの身体から放出される魔王オーラは溢れんばかりに増加しているから困りものである。
「にしても世界を滅ぼす魔王になるなんて、冗談でも言っていい事ではありませんよ?」
「冗談とかではなぁい……! ぐあぁぁ……!! もう駄目だぁ、魔王の力がぁ……!!」
「……分かりました。ゼスに帰るのは止めます。これで宜しいですか?」
「うむ、よろしい」
その言葉を聞いた途端、魔王ランスは呆気なく元の様子に戻った。
「やっぱり演技じゃないですか」
「いーや演技ではない。ついさっきまで俺の中で暴れていた魔王の力が不思議と収まったのだ」
「……なら、やっぱり私はゼスに戻ります」
「ぐわぁぁ……! また魔王の力がぁぁ……!」
「……はぁ。もうそれはいいですから……そんな子供みたいな真似は止めて下さい」
再び苦しみ始めたランスを尻目に頭の痛そうな表情で呟くウルザ。
あまりにしょうもない真似ではあるものの、しかし魔王の発作というのは人間世界における最大の危機であるのは紛れもない事実。
そんなものを軽々しく駆け引きに使ってくる魔王ランスを置いてゼスに戻るのは怖い。そう思わされた時点でウルザの負けだった。
「……まぁ、魔王になったランスさんと魔物界の状況を把握しておく事にも意義はあるので、ゼスに戻るのも痛し痒しだったんですけどね」
「そうだそうだ。大体ゼスの治安がどうのこうの言うとったがな、魔王である俺様が本気を出したらゼスなんてデコピン一発で木っ端微塵だぞ。だから君が注意しておくべきなのは魔王である俺様、君がいるべきなのはここなのだ」
「それは全く以てその通りでしょうが、しかしそれを当のランスさんが言わないで下さい」
人間世界の治安を脅かす最たる理由、それが魔物である事は言うまでもない。
となれば治安維持の観点からして、魔族の頂点たる魔王の動向を監視する為に魔王城に留まるのは理に適っているとも言える。
それが警察長官の仕事なのかと言われると疑問符は付くものの、しかし自分の他に適任がいるとも思えない。とはいえ国内にも目を向けたいウルザにとっては本当に痛し痒しな状況だった。
「こうなると出向はもう暫く継続ですね。ゼスの方に連絡を入れないと……」
「うむ。……しかしこれはちょうど良かったかもしれんな」
「え?」
「さっき言ってたろ? これ以上ここに居てもするべき仕事が無いって。だったらヒマを持て余しているウルザちゃんに仕事をあげようではないか」
派閥戦争が終了して約三ヶ月。新たな魔王が誕生して約一ヶ月。
となればそろそろ暇を持て余す頃合いである。それは勿論魔王にとっても。
「いい頃合いだ。そろそろ俺様も魔王として動こうかなぁと思っていたのだ」
「……ランスさん」
──むしろ大人しくしてくれていた方が私としては有り難いのですが。
口から出掛かったそんな言葉をウルザはぐっと飲み込んだ。