ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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閑話 華麗なる─────の忠誠②

 

 

 

 

 

「みぃ~つけたぁ」

「……ッ!」

 

 華麗なる使徒ケイコに迫る魔の手が。

 

「ぐ~ふふふ~~!」

「……ま、おう、様」

 

 それは魔族の王──魔王ランス。

 

「やっぱりなぁ。俺様の可愛い子ちゃんセンサーが間違えるはずはねぇと思ったんだよなぁ」

「………………」

「ぜーったいこの近くに食べ頃の女の子がいると踏んだんだが……案の定だったぜ」

 

 極度の女好き魔王ランス天性の感覚。可愛くて美人な女の子を嗅ぎ分ける特別な嗅覚。

 それが使徒ケイコの策と逃げ足に勝った。左目の千里眼による予測を上回ってきた。

 

「で、きみがケイコちゃんだな?」

「……はい。私こそが魔人ホーネット様に仕える筆頭使徒ケイコでございます、魔王様」

 

 見つかってしまった以上は仕方がない。

 パッと姿勢を正して、自己紹介を済ませたケイコは慇懃に頭を下げて礼をする。

 

「そうかそうか。いやぁ、ウワサなんてのは当てにならねぇもんだなぁ。ブサイクだって聞いていたけど真相はその真逆もいいとこ、ばっちりキュートな可愛い子ちゃんじゃねぇか」

 

 この魔王城にて長らく生活してきて、今日までろくに顔を合わせた事の無かった相手。

 その理由と言えば相手の方から接触を避けられていたからなのだが……とにかくランスはこうして初めて遭遇した使徒ケイコを、その顔を値踏みするようにじろじろと眺めて、

 

「……うむ、いいぞ。いいじゃないか」

「お褒めに預かり光栄です。そう、私ってば本当はキュートな可愛い子ちゃんなのです」

「おぉ、自分で認めるとは中々だな。……でだ、そんな可愛いケイコちゃんや」

 

 そしてその眼がギロリ、と妖しく光った。

 それは獲物を狙う狩人の眼光か。あるいは腹を空かせた肉食獣の眼光か。

 

「君は使徒だよな?」

「はい。そうですね」

「んで俺様は魔王だ」

「はい。そうですね」

「そうだなそうだな。君は可愛い女の子使徒で、俺様はイケメン魔王様だ」

 

 使徒と魔王。

 あるいは可愛い女の子とイケメンな男。

 

「こうして君と俺様が出会った以上、これから行かなきゃならない所があるよな?」

 

 そんな二人が顔を合わせたとなれば……待ち受ける次の展開とは。

 

「行かなきゃならない所?」

「そう、男と女が行くところだ」

「男と女が行くところ……あぁ、成る程」

 

 するとケイコはぽんと手を叩いて、

 

「それなら動物園でしょうか。私は動物の中ではこかとりすの丸焼きが好きですが」

「いやそんな事は聞いとらん。つーか動物だっつってんのに好きな食べ物を答えるんじゃない。じゃなくて俺と君が行くのはベッドのある寝室だ」

「なるほど、寝室ですか」

「そうだ。男と女が寝室で二人、何をするかはもう言わなくても分かるよな?」

「そうですねぇ、男と女が寝室でするとなると……あぁ、成る程」

 

 再びケイコはほんと手を叩いて。

 

「賭け麻雀でしょうか。だったら得意ですよ、私にぶっこ抜きをさせたら右に出る者はいません」

「だから違うっての。それにイカサマが得意だなんて堂々と宣言するんじゃない。じゃなくてセックスだ! 俺と君がするのはセーックス!」

「あぁ、せっかくのらりくらりととぼけていたのに言われてしまいましたね。……やれやれ」

 

 ふぅ、と息を吐くケイコの右手。それは今も魔王の手によってガッシリと掴まれている。

 この拘束がある限りここからの逃亡は不可能。もはや魔王と相対する以外に道は無い。

 

「さて……セックス、ですか」

「そうだ。俺は君とセックスがしたい。そりゃもうしたいぞ」

「そうですか、セックスがしたいのですか。……ちなみに、私ケイコと魔王様はこれが殆ど初対面のようなものなのですが、それでもセックスがしたいのですか?」

「イエース。初対面だろうが関係無し、可愛い子が居たらセックスしたくなるのが俺様なのだ」

「なるほど、聞きしに勝る性豪ですねぇ。……そうですか、セックスを……」

 

 どうやら魔王ランスは自分とセックスがしたいらしい。

 

「セックス、ねぇ……」

 

 ほぼほぼ分かりきっていた事とはいえ……こうして改めて宣言されてしまうと。

 

「……はぁぁ~~~~」

「うわ、でっけーため息」

 

 肩を落として、ケイコはそりゃもう大きな溜息を吐いてしまった。

 

「困りましたねぇ。ほんっとーに困りましたねぇ」

「む、ハッキリ言うのだな」

「えぇ。にしても薄々気付いてはいましたがやはり私の優れた容姿が仇となりましたか。これは私がキュートで可愛く育ってしまったが故の悲劇と言えるでしょう」

「……ま、まぁ、否定はせんが……」

 

 自分は可愛く育ってしまった。そしてセックス大好き男ランスが魔王になってしまった。

 となればこれは遠からず必然の展開だったのかもしれない。いくら広大な敷地面積を誇る魔王城といえども同じ屋根の下で暮らす者同士、接触を避け続けるのにも限界があったという事か。

 

「しかしケイコちゃん、君ってさてはちょっと変わった使徒だな?」

「そうでしょうか? 私などユキに比べたらまだまだ全然だと思っているのですが」

「いや、あれは変ってかキチガイだから……つーかあそこまでいくと抱けなくなるから駄目」

「あぁ、なるほど……ではキチガイの振りをするというのもアリでしたか。……しかし栄えあるホーネット様の筆頭使徒であるこの私がキチガイの真似をするというのも……ううむ、ままならないものですねぇ」

 

 切なげに目を伏せて首を振るケイコ。

 筆頭使徒として主の沽券を下げるような行いも出来ない以上、もはや八方塞がりである。

 

「……仕方ありません。使徒として魔王様の御言葉に逆らうつもりなどありませんとも」

「うむ、よろしい。では──」

「……ですがっ!」

 

 がしかし、そんな八方塞がりな状況でもケイコはまだ諦めてはいなかった。

 この程度の苦境で諦めるような性格ならケイコはここには居ない。それなら人間だったあの時、道に迷って魔物界に足を踏み入れてしまったあの時にケイコは死んでいただろう。

 

「ですが……条件があります」

「条件だぁ?」

「はい。実は私、自らの初体験となるお相手に関してこれだけは守るようにと、幼少の頃より今は亡き父母から厳命を受けているのです。ですのでその条件の飲んで頂かない事には、たとえ魔王様であってもこの身を捧げるつもりにはなれません」

 

 だからこそケイコはそこに勝機を見出した。

 特にケイコは賢者。人間だった頃よりその図抜けた賢さを武器に名望を集めてきた女性。

 

「……あ~ん?」

 

 一方でヤンキーがメンチを切るかのように顔を歪めたこの男、ランスは。

 魔王化によりその肉体が極限まで強化されたものの、しかしその知性だけは据え置きである。

 

「この身を捧げるつもりにはなれません、だと?」

「はい」

「つったってなぁケイコちゃんや、分かってるとは思うが俺様は魔王様なんだぞ? なんなら強制的に従わせる事だって出来ちゃうんだぞ?」

「えぇそうですね、魔王である貴方様には使徒の私に対する絶対命令権があります。なので私が提示する条件などは無視して私の事を好き勝手お抱きになっても一向に構いません…………が」

「が?」

 

 絶対命令権の存在をチラつかせる魔王の一方、ケイコはその頭脳をフル回転させる。

 もしもその条件を無視して、魔王がいたいけな使徒を無理矢理に抱こうというのなら──

 

「その場合、ケイコはアサシンとなります」

「は?」

「アサシンですよアサシン。アサシンケイコです」

 

 アサシン。──つまり、暗殺者。

 なんとしても魔王に条件を飲ませる為、賢者ケイコは非情なるアサシンと化すのである。

 

「……アサシン?」

 

 なーに言ってんだこの子は、と言わんばかりの顔になるランス。

 

「はい。アサシンです、かっこいいでしょう?」

 

 一方、魔王の御前にてビシッとファイティングポーズを決めるケイコ。

 

「……で、君がアサシンになるとどうなるんだ?」

「はい。アサシンケイコは優れた暗殺者です。なのでアサシンと化した私をそれでも魔王様が抱きたいと言うのなら、その場合……」

「その場合?」

「えぇ。その場合、魔王様が私を押し倒して、その男根を私の膣内にぐぐっと挿入してですね」

「んで?」

「えぇ。そのまま私を犯し尽くして……そして」

 

 そこで勿体ぶるように一呼吸置いて。

 ケイコは主ホーネットと似た真っ直ぐな目付きで魔王を見つめながら、言った。

 

「貴方様が一番油断した瞬間……つまり射精をした瞬間、首を刎ねます」

「……ほう?」

 

 油断した瞬間に首を刎ねる。──その狙いは。

 聞いたランスは不敵な笑みになった。

 

「なーるほど? 面白ぇじゃねぇか。そういやぁ命を狙われながらのセックスってのも久々──」

「いえ、刎ねるのは私の首です」

「は?」

 

 そして直後ぽかんとした顔になった。

 

「見たいですか? 魔王様」

「……えっと」

「どぴゅーっと射精して気持ちよくなった瞬間、目の前にいる女の首がズバーッと飛びます。切断面から血がブシャーブシャーと飛び散りますよ。……そんな光景を見たいですか?」

「……やだ、見たくない。ちんちん萎える……」

 

 そして最終的に引き気味の表情になった。

 楽しい楽しいセックスの最後、気持ちよく抱いていた女が突然に首ちょんぱ。

 もはやスプラッタホラーの一種、想像するだけでトラウマになりそうな光景である。

 

「つーか自分の首を刎ねるんだったらアサシン関係ねーじゃねーか」

「そうですね、よくよく考えたら関係ありませんでした。ケイコのうっかりミスです」

「……てか、きみ、そこまでして俺様とセックスしたくないの?」

「そうですねぇ。したくないと言うよりもする訳にはいかないというのが適切でしょうか」

 

 セックスが大好物であるが故、ランスは女性の生命を尊重している。だったらそこを突く。

 そんな自殺まがいの特攻精神を持ち出してまで魔王に反抗する理由。それはケイコがケイコであるからこそ、筆頭使徒だからこその鋼の忠誠心故。

 

「そんな訳で魔王様、どうか私の出す条件をお飲み下さいますようお願いします」

「ぬぅ……」

「お願いします魔王様、どうか平にご容赦を。私はまだ死にたくないのです。魔王様のカスケード・バウよりも広き御心による御慈悲を、何卒」

「ぬぬぅ、なーんか釈然とせんが……まぁいい。君はホーネットの使徒だから特別だぞ?」

 

 このままケイコを無理矢理に抱いて、もし本当に自殺されでもしたら目覚めが悪いし、そんな事になったらホーネットに怒られそうである。

 なのでランスはケイコの提案を飲む事にした。元より女を抱く際に条件を付けられる事自体は嫌いではない。それを達成してこそ男の格が上がるってなもんだぜーと考えるタイプである。

 

「んで? その条件ってのはどんなだ」

「えぇ、その条件というのはですね」

「おう」

「今から考えます」

「は?」

 

 再びぽかんとするランスの一方、ケイコも再びその知性をフル回転させていく。

 何故ならこの遭遇はとても急なもの。いかな賢者といえどもビックリな展開。なのでケイコは何も考えていなかったのである。

 

「つーかさっき幼少の頃より今は亡き父母から厳命を受けているとかなんとか言うとったやんけ」

「はい。ですから先程のあれは口から出任せです。ただ単に魔王様から何かしらの条件を飲むという口約束さえ得られればそれで良かったのです」

「……ケイコちゃん。君ってあれだな、結構イイ性格しとるな」

「不快な思いをさせたなら申し訳ありません。ですが私も使徒として譲れないものがあるのです」

 

 ケイコにとって譲れないもの。それは主たるホーネットの幸せ。

 

「だから、そうですね……よし」

 

 故にケイコは思考する。

 その賢い頭脳を巡らせて導き出した解は──

 

「ところで魔王様、少々話は変わるのですが」

「あん?」

「魔王様は魔族の王、この世界の支配者ですよね?」

「そりゃそうだが……なんだいきなり」

「そんな魔王様に忠誠を誓う魔の軍勢、これは大きく分類すると三つに分ける事が出来ますね」

「三つ?」

「はい。魔人、使徒、魔物の三つです」

「あぁなるほど、その三つか」

 

 魔王が直接作り出した魔人。その魔人が作り出した使徒。更にはその下に大勢の魔物達。

 それが魔に属する者達の階層構造。魔王の軍勢とはケイコの言うように三つに分類される。

 

「この三つの分類においてですね、使徒だけは魔人や魔物とは本質的に異なる部分があるのですが……魔王様はそれをご存知ですか?」

「使徒だけが違う部分? んなもんあるのか?」

「はい。答えは簡単、使徒は魔人が作り出すという事です。故に使徒は魔人に忠誠を捧げます」

 

 使徒の忠誠の先は魔人にある。

 それが使徒の特性。魔王に作られた魔人や一般的な魔物とは本質的に異なる部分。

 

「多くの使徒達にとって一番に忠誠を誓うのは主たる魔人であり、決して魔王様ではありません。そこが魔人や魔物とは決定的に違うのです」

「……ふむ。まぁそりゃそーかもしれんが……しかしケイコちゃん、きみって結構キワドい事をハッキリと言うな」

「重ね重ね申し訳ありません。ですがこれは厳然たる事実なのです」

 

 たとえ絶対の上位者が君臨しようとも、使徒であるが故の忠誠心を変える事だけは出来ない。

 今もケイコがその頭の中で考えているのはホーネットの事だけであって……だからこそ。

 

「ですので魔王様。私を抱きたいというのならホーネット様の許可を取って下さい」

「ホーネットの許可って……それが条件か?」

「はい。そうです」

 

 筆頭使徒ケイコが提示した条件。

 それは主ホーネットから性交の許可を得る事。

 

「使徒とは魔人が作り出したモノ。であれば私の所有権は我が主ホーネット様が有しています。そんな私を抱くのであれば所有者から許可を得るのが筋というものでしょう」

「なんだ、もっと面倒くさい条件を言われるかと思っていたがそんなんでいいのか」

 

 想像よりも遥かに簡単だったその内容にランスは肩透かしを食らったような気分になる。

 

「ただし許可を得る際は平穏に、脅したりはNGでお願いします。そして絶対命令権を行使して無理矢理頷かせるのもNOです。それではホーネットが許可を出したとは言えませんからね」

「分かった。けどそんな手は使わんでもすぐだと思うぞ? あいつって基本的に俺様の言葉には逆らわねーからな」

「それはそうでしょうね。なんせ貴方様は魔王でホーネット様は魔人筆頭ですから」

「けどそれだけで良いんだよな? あいつがオッケーしたならセックスオッケーだな? 後からやっぱ無しーとか追加の条件とかは無しだからな」

「えぇ勿論。そんな事は言いません」

 

 そこでケイコはにこやかに笑って。

 

「私ケイコはホーネット様に篤い忠誠を誓う筆頭使徒ですからね。ですので私との性交に関してホーネット様が許可を出されたなら、その時はいくらだって貴方様に抱かれましょうとも」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……つーわけで、お前を呼んだのだ」

「はぁ……」

 

 場所は変わってランスの部屋。

 ソファにでんと腰を下ろす魔王の前、呼び出しを受けてやって来た魔人筆頭の姿が。

 

「俺様はケイコちゃんとセックスがしたい。したいのだ、ホーネットよ」

「えぇ、まぁ、話は理解しましたが……」

 

 自分がこの部屋に呼ばれた理由を。今そこにケイコが居る理由も。

 事の次第を聞いたホーネットは、ケイコとランスそれぞれに一度視線を送ってから口を開く。

 

「しかし……そもそもですね、これは私の許可を得るような事では無いと思うのですが」

「俺様もそうは思うのだが、ケイコちゃんがそうしないと駄目だと言うんでな。使徒の所有権は魔人にあるからセックスしたいなら所有者の許可を得るのが筋なんだと」

「使徒の所有権、ですか。それも最終的には魔王様に帰属するものだと思いますが……まぁでも、そうですね。魔王様自らが筋を通してくれるというのは素直に有り難い事だと感じます」

 

 そんな会話を魔王と魔人筆頭が交わす中、 

 

「……(ホーネット様っ!)」

「?」

 

 一人魔王の背後に立つケイコはといえば。

 ランスに気付かれないよう、密かにホーネットに対してアイコンタクトを送っていた。

 そりゃもう必死な顔で。マジな顔で。

 

「(ホーネット様ー! 助けてー!)」

「っ、……」

 

 その必死な形相から読み取れるものが、そのアイコンタクトの持つ意味が。

 筆頭使徒ケイコが自分に伝えたい意図、それを察したホーネットは思わず喉を鳴らした。

 

(……そういえば、ケイコは先程……)

 

 先程ケイコは言っていた。自分には愛する御方がいるのだと。

 その人への愛を貫きたいが為、自分は魔王ランスに抱かれる訳にはいかないのだと。

 

「(ホーネット様ー! へるぷみー!)」

 

(け、ケイコ……!)

 

 だからこそケイコはここに自分を呼んだ。主たる魔人筆頭に救いを求めんが為に。

 性交の許可を出さないで欲しいと、魔王からの要求を撥ね付けて欲しいと望んでいるのだろう。

 

(し、しかし、ケイコ……そのように痛切な眼を向けられても、ここで私に出来る事など……!)

 

 とはいえ相手は魔王。使徒が逆らえないのと同様に魔人であっても逆らえないような相手。

 特に魔人筆頭たるホーネットにとってはその忠誠を捧げる唯一無二の存在な訳で。

 

「(ホーネット様ー! このままじゃケイコ食べられちゃいますー! 助けてー!!)」

 

(わ、私は……!)

 

 救いを求める使徒を優先するのか。それとも自らの忠誠心を優先するのか。

 ホーネットにとってはどちらを選ぶのも心苦しい板挟みな状況である。

 

 ……だが、その一方で。

 

(ホーネット様ー! へるーぷ!! ……と、これで狙い通りの展開になるでしょうかね)

 

 使徒ケイコはその内心ケロリとしていた。

 あたかもホーネットに救いを求めるかのような痛切な眼差しも全ては演技、ブラフである。

 

(いやはや、いざと言う時に使えるかもと思い布石を打っておいたのですが、それがまさか今日の今日でさっそく活きてくるとは。さすがは私、先見の明がありますねぇ。えっへん)

 

 つい先程「自分には愛する御方がいる」と宣言しておいた。それが見事に功を奏した。

 それが自分自身の事だとは気付いていないホーネットはケイコの事を庇おうとしている。

 他者に向ける恋心を、その気持ちを理解しているが故に性交を許可するのを躊躇っている。ホーネットの苦悩する表情がその事を如実に伝えている。

 

(あぁ、なんて心優しきホーネット様。ケイコの事など気にする必要は無いでしょうに)

 

 欲深き魔王の手から。魔人筆頭には絶対に逆らえないような相手から。

 それでも大事な使徒を守ろうとしている、守りたいと思ってくれている。

 

 ……となれば。

 

(ここまでくれば私のする事はありませんね。後は成り行きを見守りましょうか)

 

 

「でだ、ホーネットよ」

「……はい」

「ケイコちゃん、抱いてもいいよな?」

 

 それが当然であるかのように。

 ランスはなんの疑いもなく、なんの躊躇もなく、使徒との性交の許可を求めてくる。

 

「それは……」

 

 もしケイコの気持ちを知らないままだったら。

 あるいはホーネット自身がその感情を知らないままだったら。

 それならすぐにでも頷いていただろうが……しかし今のホーネットには。

 

「それは……どうでしょうか」

「なに?」

「ケイコは……いえ、本当に、ケイコを抱く必要があるのですか?」

 

 まずはそんな言葉で相手の出方を伺った。

 真っ向から拒否するのが難しい以上、これでもホーネットにとっては必死の抵抗である。

 

「そりゃあるぞ。だって抱きたいし」

「ですが……性欲を解消したいなら他に選択肢がいくらだってあるではないですか」

「そりゃそうだけど、でも今はケイコちゃんが抱きたいのだ。まだ抱いた事のない子だしな」

 

 性別が女で顔が可愛い。そしてまだ抱いた事の無い処女。

 となればセックスがしたくなる。ランスにとってはその程度の理由があれば十分。

 

「……ひとまず、今日のところは他の女性で我慢しておく訳にはいきませんか?」

「いかん」

 

 魔王は固い表情で首を横に振る。

 

「……どうしても?」

「うむ」

「……そこをなんとか」

「むり」

「……無理を承知で」

「だめ」

 

 ホーネットが食い下がってもランスの返事は一向にNOばかり。

 だって抱きたいから。抱きたいと決めたら抱く。性の衝動はとてもシンプルなのである。

 

「つーかなんだホーネット。お前ならもっと簡単にOKくれると思ってたのに」

「……それは」

「やっぱし筆頭使徒だからか? そんなにケイコちゃんが大事だってのか?」

「大事……えぇ、それは勿論。昔から私に仕えてくれている大切な使徒ですからね。無碍に扱われるような真似を見過ごす訳にはいきません」

 

(優しい……)

 

 その言葉に思わずじーんとなるケイコ。

 主からの愛情を感じる。使徒冥利に尽きるとはこの事である。

 

(優しい……のですが。とはいえ私は別にこういう絵を見たかった訳では無くて……)

 

 だがケイコは。何もホーネットが使徒に愛情を向ける姿を見たかった訳ではなくて。

 

(仕込みは万全なはず。読み通りならそろそろだと思うのですが……)

 

 ケイコが見たかったのはその先。

 ケイコが願うのはいつでもどこでも主の幸せのみである。

 

「んな心配すんなって。お前の使徒だってのは分かってるし、無碍になんか扱わねーって」

「……そうですか?」

「おう。聞く所によると処女みたいだしな、丁寧にやさしーくセックスしてやっから」

 

 するとケイコの読みが当たったか、あるいは今の言葉が切っ掛けとなったのか。

 

「……そうですか」

 

 そこで一度ホーネットの眉がぴくんと動いた。

 

「……丁寧に?」

「おう。そりゃもう丁寧に」

「……優しく?」

「おう。ケイコちゃんがアヘアヘとろとろになっちゃうまで、やさしーく抱いてやるとも」

「…………そう、ですか」

 

 丁寧に、優しく。ランスはケイコの事を大事に大事に抱いてくれると言う。

 それを聞いて……昔とは違う、今のホーネットはどう感じただろうか。

 

「………………」

「ホーネット?」

「……あ、いえ……」

 

 沈黙の中、今のホーネットは何を想像して。

 そして、何を思ったのか。

 

「……どうしても、ケイコを抱きたいと?」

「抱きたい」

「……代わりは誰だって良いのですよ? それこそ例えば、その、わ──」

「いや、今日はケイコちゃんが抱きたい」

「……そんなに、ですか」

「おう、そんなにだ」

「………………」

 

 ランスの意思の固さを思い知る度、ホーネットの声色は重くなっていって。

 

「………………」

「ホーネット?」

 

 むすっと沈黙するその顔は、心なしか不貞腐れているように見えて。

 そんな主の姿を見ていたケイコは思った。

 

(……ふむ。この様子だとそろそろですかね)

(そろそろ……ホーネット様の乙女心が悲鳴を上げる頃合いなはず!!)

 

 果たしてその読みは、古くは賢者と呼ばれた筆頭使徒の読みは見事なもので。

 

「……そんなに」

「あん?」

 

 ホーネットは気持ち不機嫌になったように見えるその顔をついっと横に背けて、言った。

 

「……そんなに、ケイコがいいのですか」

 

 ──これだッ! 

 とケイコは目を輝かせる。

 

(今のは嫉妬! 紛れもない嫉妬心でしょう!!)

 

 愛情が故に他人を羨む気持ち──嫉妬。

 ホーネットのような全てにおいて真面目で従順な女性が見せた、ほんの小さな嫉妬心。

 

(私を庇おうとしていたはずなのに、いつの間にやら私に対して嫉妬してしまう。御見事ですホーネット様っ! なんて見事な乙女心の発露!!)

 

 使徒を庇う気持ちも、魔人筆頭としての忠誠心も忘れた、ホーネットの乙女な姿。

 それこそケイコが見たかった、というよりも魔王に見せたかったホーネットの姿。

 

(特に魔王様の前では自らを律し、毅然とした姿であろうとする傾向がありますからね! こういう姿は中々見せられるものではありません! どうですか魔王様っ! こんなに乙女なホーネット様を見て愛おしく思わない訳が──!!)

 

 が。

 

「あぁ、今日はケイコちゃんを抱きたい気分だ」

 

 そんなホーネットを見ても、魔王ランスは実にあっさりと答えた。

 

(は?)

 

 なんだコイツはおい魔王テメーふざけてんのかよ今すぐぶん殴ってやろーかオオン?

 と思いはすれど勿論行動には移さない。何故ならケイコは賢者、ここで襲い掛かっても勝ち目は無いと理解しているのである。

 

「……チッ」

「あれ、今後ろから舌打ちが聞こえたような」

「恐らくは気のせいでしょう。今日の魔王様は耳はおろか目も腐っておられるようですから」

「え……それどういう意味だ?」

「さぁ?」

 

 白々しくすっとぼけるケイコ。

 

「……ふぅ。そうですか」

 

 そして一方、ホーネットは。

 

「……ケイコ」

「はい」

「残念ですが私にはこれが限界です。どうあっても魔王様の御心は変わらないようですので」

 

 もはや勝ち目は、無し。

 これ以上の徹底抗戦は無駄だと判断したホーネットはソファから立ち上がる。

 

「では魔王様、私は許可を出しますのでケイコの事はお好きになさって下さい」

「よっしゃ!」

「そしてケイコ。酷い事を言うようですが、貴女が魔の一員たる使徒である限りこれは受け入れねばならない事です。……貴女を庇い切れない事、申し訳なく思います」

 

 そう言い残してランスの部屋を出ていった。

 すぐに寝室で情事が行われる。その事を考えるとこれ以上ここにいたくなかったのだ。

 

 

「んじゃあケイコちゃん、ホーネットの許可も得た事だしいざ──」

 

 いざセックスといくかー! という言葉は、

 

「あーあー」

 

 ケイコの「あーあー」にかき消された。

 

「あーあー」

「な、なんだ」

「あーあー!」

「だからなんだってんだ!」

 

 呆れ顔であーあーと連呼するケイコ。

 せっかく自分が知恵を働かせて、滅多に見られない嫉妬心を露わにした乙女なホーネットの姿を見られるようセッティングしてあげたというのに。

 なのに肝心のランスがこの態度。ケイコとしては実にガッカリ残念な結末である。

 

「なんだ、じゃないですよ魔王様。ホーネット様がスネちゃったじゃないですか」

「えっ、あれって拗ねてたのか?」

「そうですよ。あんなに分かりやすくスネているのになに放っといてんですか」

 

 ケイコ曰く、どうやら先程のホーネットは分かりやすく拗ねていたらしい。

 ランスには普通に部屋を出ていっただけのようにしか見えなかったのだが、長らく仕えている筆頭使徒には見抜けるものがあるようで。

 

「ほらほら、こんなところで油を売っていないで早くホーネット様の後を追いかけて下さいな」

 

 ケイコはランスの腕を取って立ち上がらせると、その背中をドアの方にぐいぐい押していく。

 

「いや待て、俺様は君とセックスを──」

「魔王様、許可を得たのですから私とのセックスなどいつでも出来るではないですか。今はそんな事よりも優先するべき事があるでしょう?」

「優先するべき事ったってな、俺様にとってはセックス以上に優先する事など──」

「まーおーうーさーまっ! ……はぁ、全く。しょうがないですねぇ」

 

 すると溜息一つ。

 一旦足を止めて、有無を言わさぬ瞳でランスの顔をじっと見つめて。

 

「いいですか? 魔王様」

「な、なんだよ」

 

 出来の悪い生徒に教え諭す教師のように、筆頭使徒ケイコは滔々と語り始めた。

 

「ですから、仮に……そうですね、魔王様は小銭を所持していますか?」

「は? 小銭?」

「はい、人間世界の金銭です。お持ちですよね?」

「そりゃ持っとるが……ほれ」

 

 一体何の話かと、ランスは首を傾げながらもポケットから数枚の小銭を取り出す。

 

「その小銭をですね。魔王様が廊下を歩いている途中でポケットから落としてしまったとします」

「んで?」

「小銭を落としたうっかり魔王様、その少し後ろをこの私ケイコがてくてく歩いていたとします」

「んで?」

「そしてその小銭を私が拾ったとしたら、私はそのまま自分のポケットに入れます」

「おい、ネコババすんなよ」

「イヤです。私が拾った以上は私の物です」

 

 ケイコはあっけらかんとした顔で言う。

 

「魔王様。先程も言いましたが使徒の忠誠は主たる魔人にあります。ですから私は魔王様の事などぶっちゃけ何とも思っておりません。故にネコババだってするのです」

「あのなケイコちゃん。いくら忠誠は無くとも落とし物はネコババしないで持ち主に返しなさい」

「イヤです。落とす方が悪いのです」

 

 ケイコはまるで悪びれもなく言う。

 

「いくら筆頭使徒だなんて呼ばれて持て囃されようとも、所詮私など隙あらばネコババしようと考えている浅ましい使徒だという事です。そしてこれはですね、実のところ私だけに限った話ではありません」

「いや……ここまで堂々とネコババ宣言をするのは君ぐらいなもんだと思うが……」

「いいえ。これは私以外にも殆どの使徒や魔物に共通する思考で……そして更に言えば、魔人でさえも例外ではありません」

 

 使徒の忠誠の先は主たる魔人にある。それは先程ケイコが言っていた通り。

 がしかし一方で魔物や魔人はどうか。その忠誠が使徒達とは明確に違うのかと言えば必ずしもそうでは無くて。

 

「魔王様もお気付きでしょうが……魔人とは魔王に絶対服従を誓う者。とはいえそれはあくまで表面上の話であって、全ての魔人が魔王様に忠誠を尽くす訳ではありません」

 

 絶対服従とは。ただ単に絶対的上位者を恐れて頭を垂れているだけの事。

 どんな魔人でも一皮剥けばそこにあるのが忠誠とは限らない。命令に従う事と忠誠を捧げる事はまるで異なる概念なのである。

 

「……ま、そりゃそうだろうな。大体魔人の中にはレッドアイみたいなヤツもいやがるし」

「えぇ、仰る通りそもそも忠誠心などという思考を持たないような者も存在しますね。魔王リトルプリンセス様の命を狙うケイブリス派に属した魔人が多かった事からも明らかなように、魔人というのはヤンチャな方が多いのです。だからこそ絶対命令権などがあるのかもしれません」

 

 魔物や魔人の忠誠の先は魔王にある。

 だがそれはあくまで建前であり、真に忠誠を捧げているとは限らない。

 

「ですが……ホーネット様は違います」

 

 そう前置きした上で、ケイコは語る。

 ずっと昔から見てきた終生の主、魔人ホーネットが捧げる忠誠を。

 

「知っていますか魔王様? ホーネット様は普段からスケスケの服を着ているでしょう?」

「あぁ、そうだな」

「あれには理由があるのです。あれはポケットの中まで透けている服を着る事で、自分は決してネコババなどしませんよと示す為、自分は魔王様に忠誠を尽くしますよと表明する為、ホーネット様はあえてあのようなスケスケな服を着ているのです」

「へぇ、あの服にそんな理由があったのか……」

 

 ふむふむとランスは感心しかけて、

 

「……いや待て、それ嘘っぱちだろ?」

「はい。今適当に考えました」

「……あのなぁ」

 

 直後呆れたように肩を落とした。

 魔人ホーネットが露出度の高すぎる服を着ている真相は未だ闇の中だが……それはともかく。

 

「ですがつまりはそういう事です。ホーネット様は魔王様に対して心から忠誠を捧げています。その事は魔王様だってなんとなくお分かりでしょう?」

「そりゃまぁ……」

 

 ホーネットは自分に心から忠誠を捧げている。

 ホーネットならまず間違いなくネコババなどしないだろう。それはランスも頷くところで。

 

「ではそれが何故なのか、その理由が魔王様にお分かりですか?」

「何故って……あいつが魔人筆頭だからだろ?」

「いいえ違います。確かにホーネット様は魔人筆頭であるが故、過去にはガイ様に対してもリトルプリンセス様に対しても忠誠を捧げていましたが……しかし、今のホーネット様の心にあるのは決してそれだけではありません」

 

 それを見ていないランスには分からないだろうが、それを見てきたケイコには分かる。

 魔王ガイに仕えていた長き間、あるいは魔王リトルプリンセスに仕えていたほんの一時、そのどちらとも違うのが今のホーネットで。

 

「今のホーネット様の忠誠の意味……そこにあるものを魔王様はお分かりですか?」

「……いや、知らんけど」

「そうですか。では教えて差し上げましょう」

 

 勿体ぶるように一呼吸置いたケイコは。

 その手を自らの胸にそっと重ねて、言った。

 

「それは……愛ですっ!」

「愛!?」

「そうです! 愛です!!!」

 

 答えは──愛。LOVE。

 それこそ今のホーネットの心にあるもの。

 

「いいですか魔王様!! 愛です!! 愛こそが忠誠なのです!!」

「あ、愛こそが、忠誠!?」

「そうです!! 愛無き忠誠などやわなもの、真なる忠誠には真なる愛が必要なのですっ!!!」

「あ、あい……」

 

 その勢いに押されて魔王は一歩後ずさる。

 愛。愛情。LOVE。それはランスという男にはどうやっても理解出来ないもの。

 性欲とは異なる、誰かのことを純粋に想う気持ちこそが……愛。

 

「これはガチです。ホーネット様に忠誠を捧げて、ホーネット様を愛するがあまり、時にふざけた魔王様をぶん殴りたくなっちゃう事もあるこの私ケイコが保証します」

「お、おう……な、なんかそう言われると説得力があるな……」

「そうでしょうとも。魔王様の背後で舌打ちしちゃうようなお茶目な私ですが、そんな私でもホーネット様からは大事にされています。それは私がホーネット様に対して真なる忠誠を捧げているからこそ」

 

 そう言い切ったケイコは、そこで表情と語気をふっと柔らかく緩めて。

 

「……ですから魔王様。魔王様も御身が大事にすべきものを間違えてはなりません」

「ぬ……」

「魔王様の事をなんとも思っていないこの私などに愛を注ぐよりも、その分をホーネット様の忠誠と愛情に報いてあげてください。……ケイコが心よりお願い申し上げます」

 

 手足を揃え、ぴっちり45度腰を折って、魔人ホーネットの筆頭使徒ケイコは深々と礼をした。

 

「……お、おぉう……」

 

 さっきまであれ程へんてこりんだったケイコからこうも美しい所作で礼をされると。

 ギャップがあるせいか通常よりも効果的。それもまた賢い賢いケイコの演出の一種。

 

「ほらほら魔王様、拗ねちゃったホーネット様を放っておいても良いのですか?」

「ぬぬ……」

「ホーネット様ってあれで意外と根に持つタイプですからね。後回しにする方が面倒ですよ?」

「ぬぬぬ……」

「それともまさか……忠誠や愛は不変なものなどとお思いで? 覚める時なんて一瞬ですよ?」

「ぐぬぬぬ……」

 

 畳み掛けるようなケイコの攻撃が効いたのか。

 ぐぬぬと唸っていた魔王だったが、やがてケイコに向けてビシッと人差し指を突き付けた。

 

「──今度だっ!」

「はい」

「ケイコちゃんの事は今度抱くからな! 絶対だからな!!」

「はい、分かりました。ではケイコはその時を心待ちにしておりますね、魔王様」

「いいか、ちゃんと待ってろよ! それまでに処女を捨ててたりしたら怒るからな!!」

 

 しっかりと捨て台詞を残して、魔王は自らの部屋を出ていった。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 こうして魔王はケイコの前から立ち去って、

 

「……勝ったっ!」

 

 一人きりになった部屋の中。

 上手く魔王を言いくるめた使徒ケイコは何処ぞに向けてビシッとVサインを作った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして──その後。

 

「……ふぅー、すっきりスッキリー」

 

 所変わってホーネットの部屋。その寝室。

 ベッドの上にはやることやってスッキリとした魔王ランスの姿。

 

「………………♡」

 

 その隣にはぴたりと寄り添う姿。

 賢者ケイコの図らい通り、たっぷりと幸せにして貰った魔人ホーネットの姿も。

 

「……なぁ、ホーネット」

「……ん、なんですか?」

「さっきの……お前の使徒のケイコちゃんってよ」

「はい」

「あの子ってなんか、ちょっと……いや、かなーり変な子じゃないか?」

 

 今日一日、しっちゃかめっちゃかに翻弄されたランスが実感の籠もった表情で尋ねた。

 

「……そう、ですね」

 

 すると心地よい疲労感に包まれていたホーネットも一転して複雑な表情に変わる。

 

「ケイコは何をさせても人並み以上にこなす優秀な使徒なのですが……その、内心の面において少々奇妙な所があると言いますか、不思議な言動が目立つ時がありまして……」

「さっきあの子な、俺様が落とし物をした時はネコババするぞって堂々と宣言してやがったぞ」

「……それはいけませんね。ネコババは絶対に止めるよう私が言っておきます」

 

 遺失物横領は立派な犯罪、それを魔王相手に行うなど以ての外。

 使徒ケイコが堂々とそれを宣言するシーンを想像したホーネットは痛そうに眉間を歪ませる。

 

「ケイコはああいう一面さえ無ければ完璧と評しても良い程の素晴らしい使徒なのですが……どうにも一癖あるのが難点でして……」

「なぁホーネット。ぶっちゃけた話、あのケイコちゃんが筆頭使徒で良いのか?」

「……それは言わないで下さい。欠点に目を瞑りさえすれば優秀な子なのです、本当に……」

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「へくちっ!」

 

 と、使徒ケイコは盛大にくしゃみをした。

 

 

 

 

 

 

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