ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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予兆

 

 

 

 

 

 

 

 それは一昨日の事。

 

「……ぬぅ?」

 

 立ち止まり、首を傾げる。

 

「……うーむ」

 

 ランスは唸っていた。

 その違和感に。あるいはそれを違和感と呼ぶべきかどうかすら定かで無いまま。

 

 

 

 

 それは昨日の事。

 

「……む」

 

 その視界に映る光景が、そこにあるものの輪郭が朧げに揺らいだような。

 

「……うーむ」

 

 ランスは唸っていた。

 単なる体調の変化かと思いきや、どうやらそういう話でも無いようで。

 

 

 

 

 そして今日。

 

「……うーむ」

 

 魔王の部屋。聞こえる唸り声。

 

「……ううーむ」

 

 やっぱりランスは唸っていた。

 一昨日ぐらいからずっと、謎の違和感が──消えない。

 

「ぬぅ……」

「どうしました? なにか考え事ですか? ランス様」

 

 うんうんと低く唸り続ける主人の様子にシィルが声を掛ける。

 

「……ぬ」

 

 するとランスは。

 その違和感を払うかのように首を振って。

 

「うむ、まぁ考え事っつうか……ちぃっとばかし問題がだな……」

「問題?」

 

 あえてそう返した──最近のランスは考えていた。悩んでいた。

 その眉間に深い皺を刻んだまま、先日あったホーネットとウルザとの会話を思い出す。

 

「実はな、俺様はハーレムを作りたいのだ」

「はぁ、ハーレムですか」

「けどな、これがいざ作ろうってなるとこれが中々難しい。魔王パワーを使っちまえば作る事自体は楽チンなのだが、理想のハーレムを作るとなると問題が山積みでなぁ」

 

 ハーレム。それは男の夢。勿論ランスの夢でもあるし野望でもある。

 だがそんな夢や野望だって、世を統べる魔王となった今では実現するのも容易い事。

 だからと掲げた夢のハーレム計画……なのだが。しかし今まで夢想していただけだったそれを真剣に考えてみると、そこには幾つもの困難な要素が浮かび上がってきた。

 

「ザッと計算してこの世界にいる美女は約27万人らしくてな。その全員を俺様のハーレムに入れる……ここまでは簡単だ」

「はぁ」

「だがその全員とセックスする方法が思い付かん。一日10人抱くとなると70年掛かるし、一日100人抱こうとしたら一人につき七分半しか楽しめない。さすがの俺様でも時間だけはどうにもならねぇからなぁ」

「……はぁ」

 

 ネックとなるのは時間の問題。

 光る宝石は山のようにあれど、その全部に手を出すには莫大な時間が掛かってしまう。

 

「ええっと……ランス様、それならハーレムの規模を小さくすれば良いだけでは? さすがに27万人全員を抱こうとする必要はないような……」

「それだと一部の美女をむざむざ捨てるって事になるじゃねーか。その中に顔も身体も100点満点のちょー美人がいたらどうする。それを逃さないようにする為に全ての美女をハーレムに入れようっつー話をしとるんだ、バカ者」

 

 あまりにも欲深いと言うべきか、はたまた現実が見えていないと言うべきか。

 望めば全てが手に入る。となれば全てを独占したくなってしまうのがランスという男。

 とはいえ何事にも限度はある。魔王の両腕の広さにも限界はある。たとえ全ての美女を囲おうとも、実際に手を付けないのであれば夢のハーレムなど作る意味は無いに等しい。

 

「……けどそっか。それなら全ての美女達を事前に採点しちまって、100点に近い子から順に食べていくってのはアリかもしれんな。それならもし抱きそびれたとしてもそれは点数の低い女だって事になるし」

「それはそうかもですけど……でもランス様、その採点って誰がするんですか?」

「そりゃ俺様が」

「それはそれで時間が掛かりませんか? 27万人なんて全員と顔を合わせるのも一苦労ですよ?」

「ならシィル、お前がやれ」

「えぇ!? でもそんな、採点なんて……どういう女性がランス様好みの女性なのか、私にはよく分からないですし……」

「んな事も分からねーとは……お前は何の為に長年俺様の奴隷をやっとるんだ……」

 

 困り顔になって首を振るシィル。それを見て呆れ顔になるランス。

 女性をパッと見で採点するのはランスの癖のようなものだが、しかし外見という個性に当て嵌められる絶対的な物差しは存在しない。

 となれば当然ながら他人の採点基準がランスの好みに合致するとは限らない。どこまでいっても人の好みは人それぞれなのである。

 

「ぬぅ……でもまぁぶっちゃけた話、27万人は多すぎるっちゃ多すぎるんだよな……」

「そうですよ。それに時間もですけどハーレムを置く場所にも困りますよね。27万人なんて一つの町以上の人口ですよ、この魔王城の中にだって到底収まりきらないでしょうし」

「……確かにその問題もあるな。ぐぬぬ……時間、場所……ハーレム……ハーレムかぁ、夢のハーレムってのは難しいもんだなぁ……」

 

 夢のハーレム。その理想的で究極的な形を追い求めんが余りランスは天を仰ぐ。

 そもそもランスは一度抱いて気に入った女性は一度と言わずに何度も抱くタイプなので、ハーレムの規模としてはせいぜい100人か、多くても200人もいれば満足に日々を楽しめるルーティンを組む事が出来る。

 27万人規模のハーレムなどどう考えても無用の長物なのだが、しかし身の丈以上の規模を欲しくなってしまうのがランスという男。

 なんせ魔王になったのだし、世界最大規模のハーレムを追い求めたくなってしまうのである。

 

「……むぅ、ハーレム、むむむ……」

 

 ハーレムは作りたい。その意思は消えていない。

 だからこれも一応ランスの頭を悩ませる問題と言えば問題ではある。

 

「ランス様。そう無理してまでハーレムを作る必要は無いんじゃないですか?」

「でもな。せっかく魔王になったのに何もしないなんてつまらんではないか。なんかしたいぞ」

「うーん……あ、じゃあサテラさん達を集めてトランプでもしましょうか? ……あいたっ!」

 

 ポコリ。

 とランスのグーがシィルの頭に炸裂。

 

「どうだ、この絶妙な力加減。人間だった頃のゲンコツと変わらない威力だろ?」

「ですね……うぅ、痛いです……」

「全く、言うに事欠いてトランプとはなんだ。お前は魔王様をナメとんのかいな」

「だって、なんかしたいって言うから……」

 

 トランプはお気に召さず。叱られたシィルはさすさすと頭頂部を擦る。

 

「そういう子供の遊びじゃなくてだな、俺様はもっと派手な事がしたいのだ」

「派手な事……それでハーレムを?」

「うむ、魔王は好きな事を好きにやっていいっつー話だからな。せっかく魔王になったんだし魔王っぽい事をしないと勿体無いではないか」

「はぁ……」

 

 思考が庶民派のシィルとは違う、庶民を遥かに逸脱する存在になったからこそ。

 前回の時の世界総統をも超えた存在、第八代魔王ランスになったからこそ。

 

「うーむ……」

 

 魔王っぽく、魔王らしい事をしたい。

 魔王で有るが故に。

 

「ううーむ……」

 

 ──と、そんな事を考えていた時だった。

 

 

「──ん?」

 

 一瞬、視界が赤く染まった。

 思わず目を擦る。目の前に見える光景がどろりと濁った、そんな気がした。

 

「……っ」

 

 自然と額に手を当てる。

 そこに妙な違和感が、脳の奥がチリチリと疼く、そんな感覚がある。

 

「………………」

 

 声が聞こえる。

 自分の内から、脈打つ鼓動と共に。

 自分ではないものが、自分になにかを求める声。

 

 それは例えば……真っ赤な血を。

 あるいはこの手で命を奪う感触を、そんなものを欲するような。

 

「………………」

 

 それこそが、いわゆる殺戮衝動。

 その声に身を委ねる事こそ、この世界における尤も魔王らしい魔王の行い。

 

「………………」

「ランス様、どうしました?」

 

 呆然としたまま、じっと虚空を凝視するランス。

 その様子が気になったシィルが声を掛ける。

 

「……ぬ」

「ランス様?」

「……いや、なんでもない」

 

 突発的に湧き上がった自分のものではない思考。

 それを掻き消すようにランスは頭を振った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 些細な予兆こそあれど、その後は普通に過ごして。

 そして。それからちょっとした出来事があったのはその二日後の事だった。

 

 

「……あれ?」

 

 それは食堂で昼食を食べ終えて、自分の部屋に戻ろうとしていた時。

 

「あん?」

「ランス様、あれはなんでしょうか。なにやら集まっているみたいですけど……」

 

 廊下を歩いていた途中、シィルが立ち止まって窓の外を覗き込む。

 言われてランスもそちらに目を向けると……。

 

「ホントだ。なーにやってんだあいつら」

 

 そこは窓から見下ろせる城の中庭の一画、見れば多くの魔物達が集まっていた。

 皆一様に空を見上げて遠くの方を見つめて、中には睨むような目付きを向ける者もいて……そして、その中には魔人ホーネットの姿もあって、

 まるで何かを警戒するような様子、気になったランスは中庭に下りて声を掛けてみた。

 

「お前ら、そこで何やってんだ?」

「あ、魔王様……」

 

 一度振り向いたホーネットは、すぐにその視線を上空へと戻す。

 

「それが……空を見て下さい」

「空?」

「空がどうした……って、あ、なんかいるな」

 

 ランスとシィルも空を見上げる。

 一面に広がる魔物界の空。血を流したような赤色にドス黒い雲の掛かった不気味な空。

 そこに一際目立つ輝きが、銀色の何かが円を描くように動き回っていた。

 

 その眩い姿は──

 

「あれは……ドラゴンか?」

「ど、ドラゴンですか?」

「あぁ。どう見ても鳥には見えねーし、ありゃ絶対にドラゴンだ」

 

 魔王の眼が見抜いたそれは──ドラゴン。大きな翼を広げて空を飛翔する竜種。

 魔王城の遥か上空を一頭のドラゴンが飛んでいた。まるでこちらの様子を伺うかのようにぐるぐると旋回を繰り返していた。

 

「でも、どうしてドラゴンが……」

「どうやらあのドラゴンは先程からずっとあの様子らしく、最初に発見した魔物達が不審に感じて私に報告してくれたのですが、私もどうしたものかと悩んでいまして……」

「ほーん……」

 

 聞けばあのドラゴンはもう30分近く前から魔王城の空を飛び回っているらしい。

 ドラゴンとはその多くが翔竜山を根城にしており、この魔物界でもその姿を見る事は稀。そんな珍しい生物がやって来た事でホーネットも対応を測りかねているらしい。

 

「あのドラゴン、一体何が目的だ?」

「お腹が空いた、とかですかね?」

「どうでしょう、それならわざわざ魔王城までやって来たりはしないと思いますが……」

「ぬぅ、理由は知らねーがちょこまかと飛び回りやがって……さてはあのドラゴン、この俺様に喧嘩を売っとるな?」

 

 世界で一番エラい魔王が住む城の上空を、自分の頭上を、我が物顔で旋回する謎のドラゴン。

 一体何が目的なのかは知らないが、ランスとしてはあまり気分が良いものでは無い。

 

「よし。ホーネット、お前の最強魔法であいつを撃ち落とせ」

「……宜しいのですか?」

「あぁいいぞ。俺様が許可する」

「分かりました。では……」

 

 不審なドラゴンの様子は気になるものの、しかし魔王の命が下された以上その沙汰は決まった。

 精神を集中させたホーネットの周囲に6つの魔法球が出現、魔力の高まりと共に発光していく。

 そして魔王様からの命令通りに最強の魔法『六色破壊光線』を放とうとした……その時。

 

「……あ」

「あん?」

「ランス様、あのドラゴン……どうやら下りてきたみたいですよ?」

 

 遥か上空にいても感知出来る程に莫大かつ強烈な魔力の高まり。

 それが地上からの威嚇のような形になったのか、魔人筆頭の魔法攻撃を恐れたそのドラゴンは慌てた様子で高度を下げ始めた。

 

「のこのこと下りてきやがったか。だったら俺様の魔王パンチをお見舞いしてやろうじゃねーか」

「でも……あのドラゴンって……なんだか見覚えがあるような、無いような……」

「見覚えだぁ?」

 

 バッサバッサと大げさな風音を立てて、ゆっくりと降下してきたそのドラゴンは。

 輝く銀色の体躯、光を反射する大きな翼──巨大なホワイトドラゴン。

 

「あれは、まさか……キャンテルさん!?」

「やぁ……久しい顔だね」

 

 その名はキャンテル。

 遥か数百年も昔、人間の世を支配していた聖魔教団と契約を交わして、空に浮かぶ闘神都市の一つであるイプシロンを守護していた存在。

 イプシロン内では人間と共存していた事もあって他のドラゴン達よりも人間贔屓、それが理由で前回の第二次魔人戦争時には人類側の味方として戦った心優しきドラゴンである。

 

「キャンテルだと? ってことは、まさか──」

「よぉ大将!! やっぱりここに居たか!!」

 

 そして聞こえてきた声、溌剌豪快な男の声。

 それは前回の時と似たような展開、ランスにとっては予想通りの声だった。

 

「ぱっ、パットンさん!?」

「やっぱりお前かぁパットン!! んでついでにハンティも!!」

「ついでとは言ってくれるじゃないか。まぁ実際私はパットンの付き添いなんだけどさ」

 

 キャンテルの背中に乗っていたのはパットン・ヘルマン──現ヘルマン共和国大統領の兄。

 更にはその恋人、ハンティ・カラー──伝説の黒髪のカラーと呼ばれる女性。

 

「魔王様、お知り合いの方ですか?」

「いいやサッパリ知らんヤツらだ。きっとこいつらは俺様の命を狙いに来た刺客だろう。てなわけでホーネット、蹴散らしていいぞ」

「お、おいおい! そりゃあねぇだろ!! 刺客じゃなくて客人ってことにしてくれよ!」

 

 ランスの言葉を慌てて否定しながらキャンテルの背中から飛び降りて。

 そして、パットンとハンティが魔王城の中庭に下り立った。

 

「……ふぅ、着いた着いたっと。んじゃあ改めて……よう! 久しぶりだなぁ大将!」

「おう」

「それに嬢ちゃんも、こうして元気な顔が見られて嬉しいぜ!」

「はい! パットンさんもお変わりないですね!」

 

 一名無愛想な表情、他二名朗らかな笑顔で挨拶を交わすランスとシィルとパットン。

 こうして三人が顔を合わせるのは約4年ぶり。LP4年にゼス国で勃発した騒動の折に出会い、当初はレジスタンス活動から、最終的には魔軍を相手取って戦い共に死線をくぐった間柄である。

 

「にしてもお前ら、俺様の城に空から乗り込んでくるとは中々いい度胸してるじゃねーか」

「あぁ、さすがに俺とハンティだけで正面切っての魔物界突入は無謀過ぎるからな。キャンテルに乗って空から行く以外にここに辿り着く方法が無かったんだ。ちぃとばかし騒々しい登場になっちまったけど勘弁してくれや」

「突然ドラゴンが現れたからビックリしました。パットンさんはキャンテルさんとお知り合いだったんですね」

「俺っつーかハンティが、だな。ヘルマン革命が終了して以後、キャンテルには色々と手を貸して貰っていてさ……」

 

 ここ一年近くの間、パットンはハンティと共にあれこれ精力的に活動していた。

 人類と魔物の衝突。いずれ起こるであろうその戦争を視野に入れて、その為の準備として世界各地に眠る聖魔教団の遺跡を巡って情報集めをしていた。

 そしてハンティ・カラーは聖魔教団の大幹部であったフリーク・パラフィンの盟友であり、イプシロンを守護していたキャンテルとも旧知の関係。その縁でキャンテルはパットンとハンティの旅路に協力しており、今回こうして魔物界への移動手段としても働いてくれたようだ。

 

「俺達もあれこれ準備していたんだけど……この分だと無駄になっちまったかな」

「あん?」

「いいやこっちの話だ。気にしないでくれ」

 

 そう言ってやれやれと首を振るパットン。

 来たる魔軍との大決戦に備えて、闘神Ζを人類側の味方として活用する為の方法を探ったり。

 果ては人類側の最重要拠点となるはずのランス城を空中に浮かべる準備まで進めていたのだが、その裏でランスが魔物界に乗り込み魔軍の親玉であるケイブリスを倒してしまった為、全ては空振りに終わったのだった。

 

「で?」

「え?」

「え? じゃないわ。一体お前らは何が目的でここに来たんだ」

「あぁ、そういう事か。いやまぁ何が目的かって言うと~……」

 

 ランスから訪問目的を尋ねられると、パットンはその視線を横に移して。

 

「ところで……そっちに居る緑の長髪の人は見た所魔人さん、だよな?」

「えぇ。私はホーネットと申します」

「んで……魔王様と来たもんだ」

「あん?」

「さっきホーネットさんからそう呼ばれてたろ? それで普通に返事するって事は……やっぱり大将が魔王になったのか」

 

 まず最優先で知っておくべき事。半ば答えを予想しつつもパットンはそれを尋ねた。

 ここが魔王城で。魔人が居て。その魔人から普通に魔王様と呼ばれるランスはつまり……。

 

「あぁそうだ、俺様が魔王様だ」

 

 当然のようにそんな答えが返ってきた。

 そこに居るのは人間ではなく、魔王ランス。この世界を支配する絶対の存在。

 

「……おぉ、やっぱそうだよな」

「どうだ、ビックリしただろ?」

「……そうだな、ビックリした」

 

 一見すると何も変わっていないように見えるが、それでもそこにいるのは魔王。

 となると今自分は魔王と対峙している訳だが、それにしては緊張感が無い。そのチグハグさも相まってパットンは頭を掻く。

 

「つってもまぁ去年の時点で大将が魔物界に乗り込んだってのは風のうわさで聞いていたんだ。聞けばヘルマンにも立ち寄ったみたいだしさ」

「それでついこの前新しく知らされた年号が『RA』だったからね。まさかこれはってパットンと話していたんだけど……」

「考えていても始まらねーし、だったら実際に会いに行った方が早いんじゃねーかって、そんな理由で俺達はここに来たって訳だ」

 

 新たなる魔王ランス。リーザスやゼスの要職に就く者達やそれに通じる情報通の者達など、極一部にはすでに知られつつある元人間の男の名前。 

 そんな噂や憶測は知りつつも、とはいえ百聞は一見に如かず。実際にこの目で見た方が早いし何よりも真相がハッキリする、そんな思いでパットン達は魔物界に乗り込んできたようだ。

 

「そう、俺様は魔王になった、世界最強になったのだ、まぁ人間の頃からそうだったがな」

 

 あえて隠すような事でもないし、何一つ気兼ねするような事でもない。

 どんな時でも自信満々のランスはいばるように腕を組む。

 

「だからパットンよ。お前なんてもうランスキック一発で城の外まで蹴飛ばせちまうんだからな」

「マジか、スゲェなそりゃあ……ていうか、そんな事やらないでくれよ?」

「そしてハンティもだ。今やお前の雷撃だって俺様には通用しない、ここでお前を襲う事だって簡単に出来ちまうのだぞ? ぐふふふ……!」

「私の魔法なんて魔王はおろか魔人にだって効きやしないさ。ただ襲われそうになっても瞬間移動で逃げる事は出来るけどね」

「ぬ。そういやそれがあったか……」

「……つーか大将、そういう話を俺がいる前でしないでくれや……」

 

 魔王になっても相変わらずな様子にパットンはげんなりと眉を落とした。

 

 

 

 

 

 そして。

 

「おぉ……こりゃすげぇ」

 

 見渡せる程に広々とした一室。その壮観な眺めに客人は眼を見張る。

 コツコツと音を反響させて進んだ先にあるのは豪華な装飾が施された支配者の座。

 

「ラング・バウの宮殿にも皇帝の間はあったけど、あれより遥かにデカくてすげぇな」

「そりゃ当然だ。なんせここは魔王様の城なんだからな。……よっこいせーっと」

 

 久々の再会。色々と積もる話を中庭で交わすのもあれなのでと、一同場所を移動して王座の間。

 せっかく魔王なのだし魔王らしくと、魔王ランスは王座にどしっと腰を下ろしてから口を開く。

 

「では改めて……パットンよ。この魔王ランス様の城によくぞやって来たではないか」

「お、おぉ。なんだ、歓迎してくれんのかい?」

「そうだな、考えてみりゃお前らは俺様が魔王になってから初めての客人だ。本来なら人間の男なんざ問答無用で叩き帰すのだが……まぁ初回限定特別サービスで歓迎してやろうじゃないか」

 

 悠然と構えて、人間相手にもおおらかな対応を見せる魔王ランス。

 ランスが魔王に就任して以後、人間世界からの客人はこれが初めて。それどころか派閥戦争を戦っていた頃も客人などは皆無だったので、ランスの感覚としては随分ぶりである。

 

「そっか、ここに来んのは俺達が一番なのか。多分だけど今の大将に会いたいって思っているヤツは人間世界に沢山いると思うぜ。ただそれで実際に会えるかっつーと別の話なんだろうが……」

「なんせ場所が場所だしね。魔物界の奥地に聳え立つ魔王城なんて人間にはまず辿り着けない。私達だってキャンテルの力を借りてやっとな訳だし」

「ふむ……」

「言われてみるとそうかもしれませんね。最近はもうすっかり慣れちゃってましたけど、それでもやっぱりここは魔物界なんですよね」

 

 すでに感覚としてはかなり魔物側、そんなランスとシィルは納得顔になって頷く。

 人間のランスが新たなる魔王になったとはいえ、依然としてここは魔物界。人間界側から見れば魔物の犇めく暗黒の領域に変わりはなく、その脅威度が下がった訳ではない。

 たとえ人間世界の誰かが魔王ランスとの謁見を望もうとも、ドラゴンの伝手を頼りに空から移動するでもしない限りはそもそも魔王城に辿り着く事すら困難なのである。

 

「まぁそれはともかく……ここが魔王城で、ここが王座の間だ」

「あぁ」

「んで俺様が魔王ランス様だ」

「あぁ」

 

 魔物界に突入して、魔王城に辿り着いて。

 そして。目の前には全ての魔族を、そしてこの世界を支配する王……魔王ランス。

 

「どうだ、魔物界を堪能したか?」

「へ?」

「堪能したよな。ではとっとと帰れ」

 

 おおらかな対応から一転、ランスは虫でも払うようにしっしと手を振った。

 

「おいおい……せっかく来たんだしもうちょっと居させてくれよ」

 

 そのにべもない態度にパットンも困惑顔。

 

「つーか歓迎してくれるって話じゃ?」

「歓迎はしてるだろう、本来なら城に入れてなどやらん訳だからな。さっきだって城の空をうろちょろする迷惑なドラゴンを見つけたホーネットが殺る気満々でな、俺様が止めなかったら今頃お前らなんて消し炭になってたんだぞ。なぁホーネット?」

「……えぇ、まぁ」

 

 ──しかしあのドラゴンを撃ち落とせと私に命じたのは魔王様でしたが。

 とは言わないホーネット。場の空気を読むのも魔人筆頭の役割の一つである。

 

「俺様は魔王、お前らみたいな人間と違って魔王様は忙しいのだ。本来ならお前のようなパンピーが謁見出来るような相手ではないのだ」

「パ、パンピーって……」

「大体お前らはどうせ冷やかしに来たんだろ? 大した用事もねーんだろ?」

「冷やかしっつう訳じゃねーけど……用事があって来たのかって言うと……まぁ……」

 

 真っ向から言い返す言葉が無いのか、パットンは弱々しく言葉尻を濁らせる。

 二人がこの魔王城にやって来た主な理由は新たなる魔王ランスと会う事、その真相を確認して魔王の現状を直に確認する事。

 その意味ではすでに目的を達しており、となればもう用事はない。ここから先は冷やかし気分と言われても反論は出来ない状況にある。

 

「でもほら、せっかくこうして久々に会った事だし旧交を温めるか~、なんて──」

「ない」

「だよなぁ、このサッパリした感じこそが大将だよなぁ、やっぱ変わってねぇなぁ……」

 

 特に男相手には冷たい、人間だった頃と何も変わらない態度。

 用が済んだら即帰れとばかりのそっけなさにパットンは眉を顰めて、 

 

「あー、でもそうだ。それなら一つ、大将に話があるのを思い出した」

「話?」

「あぁ。そんで一つ頼み事があってな……」

 

 それは出発前、故国であるヘルマン共和国の首脳部の面々から頼まれていた切実な内容。

 あまり良い話じゃないのか、渋面のパットンは目を背けるように少し横を向いた。

 

「正直なところ、これを今の大将に頼むってのもどうなのかとは思うんだけどよ……」

「なんだ、なんの話だ」

「実はな……リーザスの女王さんをどうにかして欲しいんだ」

 

 言って、ほとほと困ったようにパットンは大きな息を吐く。

 

「リアを?」

「あぁ、ほら、大将はあの女王さんと懇意の仲だっただろ?」

 

 人間世界にある大国の一つ、リーザス王国。それを統治する女王リア・パラパラ・リーザス。

 彼女と出会ったのはまだランスが人間だった頃、更にはその名が世に広く知られる以前、まだ一端の冒険者だった頃に受けたとある誘拐事件の解決依頼を通じて知り合った。

 その後は色々あって今ではパットンが言うように懇意の仲と言える関係。そんなリア女王がなにやら悩みのタネになっているようで。

 

「パットンさん、リア女王との間に何かあったんですか?」

「あぁ。つっても俺がってわけじゃなくてヘルマン共和国が、にはなるんだが……」

 

 それは今の人間世界を賑わせている最大のニュース・トピックス。

 パットンは一呼吸置いて、言った。

 

「今、ヘルマンとリーザスは戦争中なんだ」

「ほう」

「せ、戦争!?」

 

 現在、ヘルマンとリーザスは戦争の真っ最中。

 その事実にランスの相槌とシィルの驚きの声が重なった。

 

 

 

 

 

 

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