「今、ヘルマンとリーザスは戦争中なんだ」
「ほう」
「せ、戦争!?」
ヘルマン共和国とリーザス王国との間で勃発した戦争。
それは今の人間世界を賑わせている最大のニュース・トピックス。
「パットンさん、それって本当なんですか?」
「残念ながら本当だ。当時は俺もヘルマンを離れていてさ、新聞を読んで腰を抜かしたぜ。その後すぐラング・バウに戻って事情を聞いたんだが──」
パットンの話によると、事が起こったのは3週間程前の事。
と言っても契機のようなものは無く、ある日突然にリーザス側からの一方的な宣戦布告。
それと同時にリーザス軍が進軍開始、黒の軍を先頭にしてバラオ山脈の踏破に乗り出した。
「知っているとは思うけど……昔からヘルマンとリーザスは犬猿の仲でな。これまでにも小競り合いなんかは結構あったんだが、それでも大きな戦争までにはならなかった」
「でも今回は違うってか?」
「あぁ、そういう事だ。バラオ山を越える為に動員したリーザス軍の規模からして、どうも今回のリア女王は本気らしくてよ……」
ヘルマン側にとっては青天の霹靂となった此度のリーザス軍侵攻。
ただ幸いにも諜報活動を生業とする闇の翼の働きによってその動向は掴めていたようで、革命時に壊滅してまだ再建途中であるヘルマン第一軍に代わり対リーザス戦線の要としてバラオ山脈方面に常駐していたヘルマン第五軍が中心となって、先んじて防衛線を構築する事には成功した。
「今もロレックス将軍達が頑張ってくれているだろうけど……一昨年の革命の影響でヘルマン軍の人員や戦力が低下しているのは事実、今のリーザスを相手にどれだけ持つかって所でな……」
「……ほーん」
LP2年に起きた第七次HL戦争に続いて、第八次HL戦争と銘打たれるであろう此度の戦い。
お互いにとって難攻不落となるバラオ山に陣を敷くヘルマン側に地形的優位性はあれど、それでも現状は戦力差が響いてリーザス側の優勢のようだ。
「人間世界でそんな事が起きているなんて……全然知りませんでしたね……」
「うむ。なんか前にもこんな事あったような気がするが……にしてもなーにやってんだか、リアのやつは……」
「つっても大将、他人事じゃないんだぜ。多分これは大将にも原因があるんだからさ」
「は? 俺様が?」
自分に原因がある。
と言われてもサッパリ身に覚えが無いランスの顔にはてなマークが浮かぶ。
「さっき言っただろ? 今の大将に会いたいと思っているヤツは大勢居て、でも現状は会うのが困難だって。リア女王もその一人だって事さ」
「そりゃそうかもしれんが……それがなんだってんだ」
「ここは魔物界だ。魔物の世界に人間が真正面から乗り込もうとしたら最低でも一国の軍隊規模が絶対に必要だ。だもんで一般人には到底無理な話だが、リーザスを治めるリア女王にだったら可能かもしれないだろ?」
「まぁそうかもな。んで?」
「じゃあリーザス全軍を挙げて魔物界に乗り込もうっつー話になったとする。だがその場合、リーザスから魔物界までの進行ルート上には邪魔な国が一つあるだろ? 要はそういう事さ」
「……あー」
パットンが指摘したそれはこの大陸上における地理的格差の問題と言える。
人間世界にある3つの大国、リーザス王国とゼス王国とヘルマン共和国。その内リーザスだけは大陸の東側に位置しており西側全体を占める魔物界と隣接していないという特徴がある。
それはリーザスにとって多くの場合はメリットとなる。前回の第二次魔人戦争時など顕著だが、魔物界と距離的に離れている為魔軍の侵攻を受けにくいという立地的利点がある……が。
しかしその逆にこちらから魔物界に乗り込もうと考えた場合、その立地的利点がそのままデメリットになってしまう。そしてその際に最大の障害となるのがヘルマン共和国なのである。
「……つまりなにか? リーザスから魔物界に進むにはその進行ルート上にヘルマンがある。だから魔物界に乗り込む前に邪魔くせーヘルマンを潰しちまおうっつー事か?」
「そういう事。勿論リア女王から直接そんな話を聞いた訳じゃねーけど、恐らくはそういう理由だろうってヘルマン首脳部は考えている。なんせ大将が魔王になったって噂が聞こえてきたすぐのタイミングでこれだからな」
リーザス王国突然の宣戦布告。その背景にあるのは新たな魔王の就任か。
だからこそこの戦争はランスにも原因がある、という話に繋がるのである。
「つってもまぁ大昔からヘルマンとリーザスの間には深い因縁がある。だから単純にそれだけが理由って訳でもねーんだろうけど」
「そういやそうだな。確か数年前にも魔人に利用されたヘルマンのバカ共がリーザス王宮を攻め落としたっつー事件があったはずだし」
「ぐっ! ……まぁ確かに、そういう意味じゃ俺にも一因はあるんだろうな……」
知ってか知らずか、ランスによって掘り起こされた過去の罪業にパットンは表情を歪める。
魔人の力を借りたパットン皇子がリーザスに攻め込んだその事件こそが第七次HL戦争。それでもまだ『七次』であり、それより過去に六つ程リーザスとヘルマンの間では戦乱が起こっている。
つまりはそれだけ因縁深い両国だという事。仮にランスの魔王化の一件がなくとも、リーザスから見たらヘルマンは攻め滅ぼすに何ら呵責のいらない憎き相手なのである。
「とにかくそんな訳で……今ヘルマンはリーザスからの侵攻を受けていて困った状況にある」
悪しき帝政が滅びて、新たに誕生してまだ間もないヘルマン共和国に降り掛かる災禍。
この両国間の問題を解決出来るのは。強権を振るうリーザス女王の暴走を止められるのは。
それは恐らくこの世界においてただ一人。リア女王の愛を一身に受けるその男のみ。
「だからヘルマンを救う為、もう一度大将の手を貸してくんねぇかなって──」
「やだ。めんどい」
しかし返答は拒否。
魔王ランスはついっとそっぽを向いた。
「ぐ……駄目か?」
「うむ。駄目だな」
「そんなぁ、協力してあげましょうよランス様。パットンさんも困っているみたいですし……」
「やだ。かったるい」
援護にシィルも口を挟むが、魔王の返事はなんら変わらず。
「パットンがいくら困ろうとも俺様はちっとも困らんからな。よって手を貸す理由など無し」
「でもでも……戦争ですよ? 大事になる前になんとかしてあげた方がいいんじゃ……」
「知るか。戦争でもなんでも勝手にやってろ。なーんでこの俺様がわざわざヘルマンなんぞを救う為に動いてやらなくちゃならねーんだ」
人間世界でのいざこざなんて知ったこっちゃないとばかりに一蹴する魔王。
人間だった頃は英雄、しかし正義のヒーローではないランスはただでは動かない。損得抜きでの奉仕行為など以ての外であり、自らに利も無く誰かの頼みを聞いてあげるなどあり得ない。
こういう時、そんなランスを釣る方法と言ったら基本的には一つしかないのだが──
「そこを何とか頼めねぇかなぁ。ヘルマンには大将が大切にしている女だっているだろ? それこそほら、シーラとかさ」
その点はちゃんと理解していたのか、美女という釣り餌を垂らすパットン。
「……シーラ?」
すると釣り針に引っ掛かったかのように、魔王の片眉がピクンと跳ねた。
「……シーラ、か」
「あぁ。リーザスへの対応が原因であいつも今すげー困っててさ……」
「……そうだな、シーラ……か」
パットン・ヘルマンの腹違いの妹であるシーラ・ヘルマン。
現ヘルマン共和国大統領である彼女もこの状況には頭を痛めているらしい。
「……チッ」
……とか、どうとか。
そんなバカ兄貴の言葉を聞いていると、ランスの身にはふつふつと怒りが湧いてくる。
「おいパットン。お前、ケンカ売ってんのか?」
「え?」
「このバカモノめが。…………いいかっ!!」
ダンッッ!! と衝撃音。
一足で床に亀裂を走らせながら魔王は王座から立ち上がった。
「シーラが困ってるからー、じゃないわ! だったらそのシーラをここに連れてこいっての!!」
「あ……やっぱり?」
「あったり前だろーが!! やいパットン!! お前でいけると思うか!? この俺様が!! ここでお前が頭を下げた程度でお願いを聞いてやるような男に見えるか!? あぁん!?」
余程イラついていたのか、大炎の如くがーっと吠え立てる魔王ランス。
その怒りは今目の前に居る男に向けたもの。そもそもどうしてここに男が居るのか、そこからもう魔王の怒りは始まっている。
「なんでこの俺様が野郎のお願いを聞いてやらなきゃならねーんだ!! こういう時には女!! 女を用意して来んのが基本だろーが!! んな事も分かんねーとは言わせねーぞ!!」
「い、いやぁ…それは俺も分かってたんだけどよ……それこそシーラだって会いたがってたし、一緒に行くかって誘ってはみたんだけどさ……でも大統領のあいつは俺と違って暇じゃなくて……特に今は戦争中でごたついてたし……」
「それならだれでもいいから女を連れてこい!! それがこのランス様に頼み事をする時の最低限の礼儀ってもんだろーが!!」
「ぐ……す、すまねぇ……」
パットンとて、ランスが男にはとことん優しくない性格をしている事は分かっていた。
頼み事をするなら女の言葉でするべきという事も分かっていたのだが、しかしどんな危険があるかも分からない魔物界への突入であり、下手に誰かを巻き込むのは良くない。
キャンテルに乗れる人数にも限りがある事だしと、少人数での移動がベストだろうと自分とハンティだけで来た訳だが……それが裏目に出たのか。想像を遥かに超えていた魔王の激怒にパットンもただ頭を垂れる。
「大体そこにいるハンティはなんだ!?」
「え、私?」
「これ見よがしに自分の女だけは堂々と連れてきやがって!! 見せつけてんのか!?」
「い、いや別にそういうつもりじゃ──」
「魔王様に会うってのにデート気分か!? フザケてんのか!? そんなナメた態度でこの俺様に頼みを聞いて貰おうだなんて100万年早いわボケナスがー!!」
「わ、悪かったって……分かったからそんなに怒らないでくれよ……」
火を吹かんばかりの魔王の怒気。その迫力にパットンはおろか周囲の者達まで表情を顰める。
ランスにとってハンティ・カラーとはすでに割り切っている相手。女にモテない悲しきブ男パットンに仕方なく譲ってやろうと決めた為、もはや手を出そうとは思わない……が。
しかし譲ってやると決めたとはいえ、仲睦まじい姿を見せられるのはそれはそれでムカつく。ランスにはそういうみみっちい一面があった。
「つーわけで答えはNOだ。俺様はボケナスの頼み事を聞いてやるつもりなどない」
「ランス様、パットンさんだって悪気があった訳じゃないでしょうし、そこをどうにか……」
「うるさい。それに原因がどうだろうが今リーザスに喧嘩を売られてんのはヘルマンだろ? んなもんはヘルマンの人間で解決しろっての」
「けど……」
「けどじゃない。ヘルマン人でもない俺様に頼む事自体が間違っている」
先程の通り、基本的にランスという男は魅力的なエサが無いと動く事はない。
そして今やランスは魔王。実質的にこの世界の全てを掌握したと言える存在。その為この世界に存在する全ての美女は自分のもの、ランスの主観ではすでにそういう事になっている。
まだ知らぬヘルマン美人が居たとしてもそれだってすでに自分の女。それが魔王ランスの認識であり、すでに自分が所有している女である以上、ヘルマンの大地で暮らしている全ての女性を束にしてもエサにはなり得ないのである。
「ランス様……」
「まぁいいさ嬢ちゃん。立場上頼んではみたけどさ、正直言うとリーザスの件は期待薄だろうなって最初から分かっていたからな」
そんなランスの認識を知ってか知らずか、パットンは気落ちする様子も無く平然と答えた。
「それに大将が言ってた通り、あくまでこれはヘルマンとリーザスの問題だ。だったらヘルマンの人間の手で解決しろってのは尤もな話だしな」
「その通りだ。大体戦争がどうのこうの言うとる暇があるならな、こんなところに来てねーでお前も前線に出て戦えばいいだろーが。そして死んでこい」
「ははは、確かに。人にお願いする前に自分の身体を動かせってのも至極尤もな話だよな」
誰かの力を頼りにするのではなく、自分の力で切り開いてこそ。
ゼスの戦乱やヘルマンの革命戦争を共に戦い抜いた時と全く変わらない、実にランスらしい意見にパットンはどこか嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
そして、その後。
せっかく魔物界に来た事だし、ヘルマンに戻るのは明日にして色々と見て回りたい……とそんな事をパットンとハンティが言い出して。
「それなら私が案内しますね」とシィルが手を挙げたので、三人は魔王城内を見学する事に。
「……ふむ」
その一方、一人王座の間を出たランスはその足でウルザの部屋を訪ねていた。
「ウルザちゃん、ちょっといいか」
「どうしました?」
「ちょいと小耳に挟んだのだが……今ヘルマンとリーザスが戦争中らしいな」
「あぁ、その件ですか。……そうですね、3週間程前からリーザスが動き出したそうで……」
開口一番尋ねたのはさっき知ったばかりのタイムリーな話題。
パットン達の前ではああ言ったものの、こうしてウルザに話を聞きに来る辺り、なんのかんの言ってランスも気になってはいるらしい。
「両国間の対立は根深いですからね。去年のヘルマン革命終結時には和睦条約を結んでいたようですが、まぁ……過去の例を見ても、一時の平穏を約束するものにしかなりませんでしたね」
「ぬぅ……そんでどうもな、今回の戦争には俺様が魔王になった事も絡んでいるとか」
「その可能性は十分にあり得ますね。どちらにせよ侵略戦争に変わりはありませんが、ヘルマンを奪い取るのなら革命時やその直後すぐに動いた方が効率は良かったはずですから。一旦は結んだ和睦をこの局面で破棄したのはそれがきっかけだと考えるのが自然だと思います」
「ふーむ……」
近年、先代の王からリア女王の代に変わって急速に力を付けてきたリーザス王国。
その矛がいずれ振るわれるのは時間の問題だったとはいえ、何事にもきっかけはある。
先程パットンが言った通りの解答にランスも唇を尖らせる……が、この話には続きがあって。
「昔とは国力の差が違いますから、ヘルマンも苦労すると思います。そんな事もあって今、ゼスの方でもリーザスに対する警戒を強めている状態です」
「ゼスも?」
「えぇ、ゼスもです」
「つってもゼスは関係無いだろ。リーザスからゼスを通って魔物界に行くのはどう考えても遠回りじゃねーか。この魔王城は魔物界の北にあるんだし」
「いいえ、これはその事だけではなく……すでに去年の段階でゼスとリーザスの関係は悪化の一途を辿っていまして」
「ぬ。そうなのか?」
「はい」
はっきりと頷くウルザ。
どうやらリーザスは今、ヘルマンだけではなくゼスとも揉めているらしい。
それも去年の段階で。血の継承を受けたランスが魔王になった数ヶ月も前から。
「実のところ、ランスさんの魔王化の一件が無ければヘルマンよりも先にゼスとリーザスが一戦交える事になっていたかもしれません」
「へー……なんだか物騒な話だなぁ。もしかしてリアのやつ、血の気に飢えてんのか?」
「そういう話ではなく、こちらはもっと実利的な話です。だからこそ解決が難しいのですが」
「実利的?」
「えぇ。発端となったのはシャングリラの件です」
去年の段階からゼスとリーザスの間で揉めている原因──それはシャングリラ。
大陸の中央にあるキナニ砂漠、その奥地に隠されたオアシス都市の名前。
「以前、魔人メディウサを討伐する為にランスさんはシャングリラに向かいましたよね? その後シャングリラがどうなったかご存知ですか?」
「いいや知らんけど。そういやどうなったんだ? 唯一シャングリラに住んでいたシャリエラは俺様が連れてきちまったから──」
「えぇ、まさにその事で揉めているんです。早い話が領土問題ですね」
シャングリラとは。ある男が悪魔の力によって手に入れた幻の都市であり、悪魔の力によって生み出された金銀財宝の眠る宝の山。
そして今現在は誰も住んでいない無人の都市。となればそれを手に入れたい、シャングリラを自国の領土にしようと考えるのは自明の理で。
「シャングリラの扱いをどうするのか。これは去年シャングリラを発見した時から問題になっていたんです。単純な資源価値以外にも、大陸の中央にあるあの都市の存在はあらゆる面から見て利点が有りすぎますからね」
「ははぁ、分かったぞ。それでゼスとリーザスのどっちもがシャングリラを欲しがっていると」
「そういう事です。ゼスとしてはリーザスにシャングリラを取られるのは国防の面などからして捨て置けませんし、その逆にリーザスとしてもゼスにシャングリラを取られるのは困るでしょうからね」
砂漠を移動出来る事を前提として、大陸の中央にあるキナニ砂漠を拠点とした場合、リーザス、ゼス、ヘルマン、自由都市の何処へでも容易に進出が可能となる。
その立地的利点を手に入れたい。それ以上に相手に渡したくない。どちらの国もそう考えたが故にゼスとリーザスは対立していた。
「最初にシャングリラの調査を行ったのはゼスですから、こちらとしては早い物勝ちの占有権を主張したい所なのですが……それで折れてくれるリーザスではありませんからね、向こうからは武力行使も辞さないとの答えが返ってきたそうです」
「ほー……そういやぁヘルマンは? ヘルマンだってシャングリラは欲しいんじゃねーのか?」
「それはそうだと思いますが、現状ヘルマンがシャングリラに進出するのは難しいと思います。というのもキナニ砂漠を移動するのには砂漠案内人の協力が不可欠です。シャングリラの存在を一番に知ったゼスは先んじてその確保に成功していましたが、残る全員をリーザスが押さえてしまったそうなので……」
「あぁなるほど。リアがやりそうな事だ」
砂漠案内人の確保に出遅れたヘルマンはシャングリラ争奪戦に参加する事が出来なかった。
たとえ確保出来ていたとしても共和制に移行して間もない今のヘルマンが領土拡大に乗り出すかと言うと微妙な所ではあったが、とにかくそういう事情でシャングリラにはヘルマンの手は伸びず。
つまり。魔物界への侵入ルートを手に入れる為にリーザス─ヘルマン間で戦争が生じていて。
オアシス都市シャングリラ。その所有権を巡ってリーザス─ゼス間に火種が生じている。
それが今現在の人間世界の状況らしい。
「ヘルマンとリーザスの戦争に、シャングリラか……なーんか色々起きとるんだなぁ」
「えぇ……魔物界もそうでしたが、同様に人間世界にだって揉め事はありますからね」
「なんつーかあれだな。どれもこれもリアが原因になっているような気がするな」
「ま、まぁ……そうですね。それだけリーザスが強国になったという証かもしれません」
その暴君っぷりこそが国を強くするが、一方で他国との間に争いの芽を生じさせる。
さすがに言及こそしなかったものの、ウルザの表情はそれを如実に語っていた。
「そういえばランスさん、もしかしてヘルマンとリーザスの戦争に介入するつもりですか?」
「いや、それはしない。だってめんどくさいし」
「そうですか。でも……そうですね、ランスさんは下手に動かない方がいいかもしれません。色々な意味でもう以前までとは違いますし」
以前。ウルザの言葉の中にあったそれはLP4年に起きたゼスでの騒乱の一幕。
ゼスが魔軍の侵攻を受ける中、火事場泥棒の如くリーザスが侵攻してきた際、ランスがリア女王を諌める事によって争いを回避した事があった。
「ヘルマンとリーザス、か。まぁ俺様にとっちゃどっちがどうなろうとどうでもいいのだが……」
しかし今は。今のランスは魔王。
あの頃のような人間の英雄ではなくて。
「むむむ……リアなぁ……」
魔王になって何が変わったか。
その外見は何ら変わっていない。
その性格や思考だって何一つ変わっていない。
(……うーむ)
──だが。
(シャングリラはともかくとして、戦争となるとなぁ……むむむむ……)
ランスは考える──戦争。戦争が起きれば大勢の人が死ぬ。
兵士だけが死ぬのであれば良いが、現実には民間人が巻き込まれる事も少なくない。というか兵士の中にだって美女が居る可能性は十分にある。
男が死ぬ分にはどうでもいいのだが、戦いに巻き込まれて美女が死んでしまうのは宜しくない。
(ヘルマンで暮らす全ての美女は俺様のもの。いやヘルマンどころかこの世界に存在する全ての美女は俺様のものだ)
思い出すのはこの前考えた夢のハーレム計画。
あれの実行は色々考えた挙げ句に現在休止中ではあるものの、しかしあくまで休止中。やろうと思えば実行出来てしまう計画でもある。
(そう、魔王である俺様のものなんだから……)
それはどういう事か。比喩抜きにこの世界に存在する美女は全員が自分の所有物だという事。
それを奪う事など、魔王の財産に手を出すなど許されるはずが無い。それはリーザスだろうと、リア女王だろうと変わらない。
(まぁリアの事だし、俺様が一言ガツンと言えば戦争なんてすぐに止めるだろうが……)
第八次HL戦争。すでに起きているその衝突を止めさせる事自体は出来る。
自分が動けば一旦は収まるだろうが、しかしそれは問題の解決にはなっていない。
依然としてリーザスと魔物界の距離は遠く隔たれたままであって、一旦収めようともいつまたリアの癇癪が爆発するか分からない。
(………………)
その都度繰り返し自分が動いて、リアのご機嫌取りをしなければならないのか。
それは嫌だ。はっきり言って面倒臭い。そんな面倒臭い事はしたくない。
というか、どうしてこの世界を統べる魔王が人間如きのご機嫌取りをしなければならないのか。
(だったら……)
そんな手間を掛けるぐらいだったら。
そんな面倒事に悩むぐらいだったら。
(だったら…いっそ──)
いっそ、リアを殺してしまうか。
悩みの種は消す。それが一番手っ取り早くてスマートな解決策のように思える。
(……うむ、ありっちゃありだな)
そうだ、そうすればいい。
国のトップであるリアさえ死ねばリーザスだって戦争を続行する事なんて出来ないはず。
我儘な性格の女王が死ねばこの先の面倒事だって綺麗さっぱり無くなる。多くのメリットがある素晴らしい解決策ではないか。
(……って、待て待て。何考えてんだ俺は)
ふと気付いて、ランスはぶんぶんと首を振った。
今、明らかにおかしな事を考えていた。この自分が女を殺す事を考えるなんて、おかしい。
(こんな、おかしな事を……)
特にリアを殺すなんて。多少手の掛かる所はあれどリアだって自分を慕う美女の一人。
そりゃあ偶に周囲の迷惑を顧みず暴走する事はあるものの、しかしそれだけで殺すなんて──
(……けど、まぁ……)
ただ……それだけとはいえ、魔王が人間を殺すのに理由なんて必要ない。
そもそもリアには前科がある。その嗜虐心を満たす為に女性を攫って陵辱していた過去がある。
であるならば。そんな危険な女、殺した方が良い存在だと言えないだろうか。
(………………)
邪魔なリーザス女王を、殺す。
それに異を唱えるであろう女官も、将軍達も軍師達も、リーザス国民も、全員まとめて。
そして、メインプレイヤーを皆殺しに──
「……ランスさん?」
違和感に気付いてウルザは声を掛けた。
ランスの様子がおかしい。先程までとは一転してその表情が固く強張っていて、その瞳は呆然と何処かを見つめたまま微動だにしない。
「……あの、ランスさん、大丈夫ですか?」
「………………」
そしてその身体から溢れる力が。血のように真っ赤な粒子が今や大量に湧き上がっていた。
これまでのランスがやっていたように感情の揺れ動きに呼応しているのではなく、ただありのままの自然の姿としてその量が増加している。
それはまるで、未だ中途半端な魔王を真の姿へと押し上げるかのように。
「……ランスさん?」
「………………」
ランスは答えない。
今や自らのものとは違う意思が、残虐な思考がその脳内を占拠していた。
人間を殺す事を、メインプレイヤーを虐殺する事を望む魔王の血の意思が。
今日この時、魔王ランスの体内では血の衝動による発作の波が一時的にピークに達していた。
それが魔王のルール。魔王に課せられた唯一の使命であり、その殺戮衝動に身を委ねた時、この世界における魔王らしい魔王となる。
「…………くッ」
一瞬、目の前にウルザという人間が居る事を認識して……ランスは固く拳を握りしめた。
湧き上がる殺戮衝動。そんなものを認められる訳が無い。そんなものに屈する訳にはいかない。
ランスは英雄であり、英雄と呼ばれるに相応しい強靭な精神力がある。
そして魔王の力を自在に操る才、魔王LV2という才能がある。その2つを有するランスは殺戮衝動をある程度はやり過ごす事が可能となる。
精神状態にも左右されるが、魔王ランスは大体5年程度それを我慢する事が可能であり──言い換えれば、5年で限界が来てしまうという事。
「………………」
血の記憶が呼び起こす殺戮衝動。
過去、多くの魔王がその使命に従った。
「……おい」
しかしそこには例外もあって──だからこそ魔王ランスは口を開いた。
「シィルを呼んでこい」
「あ……はい、すぐに」
ただならぬ事態だと察したのか、頷いたウルザが廊下を駆けていく。
「…………ぬぅ」
人間を殺したくて堪らない。……が、この不快な心地は絶対に逃れ得ぬ縛りではない。
どんなものにも抜け道はあるはずだと、ランスの優れた直感はそれを見抜いていて。
「──ランス様?」
数分後、その声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは何も事情を知らない普段通りのシィル。
「どうしました? まだパットンさん達を案内していた途中だったんですけど……」
「……シィル」
「はい? て、わっ!」
その声を聞いた途端、その顔を見た途端、湧き上がる衝動のままに。
すぐさまランスはその両手をふわふわ頭の中にむんずと突っ込んだ。
「………………」
「……あの、ランス様?」
困惑するシィルをよそに、そのふわふわをもしゃもしゃと。
慣れた手触りのふわふわピンクをにぎにぎわしゃわしゃしていると──
「……シィル」
「は、はい」
「俺様そろそろ腹が減ったぞ。パットンとハンティはまだ帰っとらんのか」
「え? あ、はい。というかお二人もお腹が空いたそうで、それでどうせなら魔物界の食事を是非食べてみたいとの事で……」
「あんだとぉ? あいつら勝手にやって来たくせに飯までたかろうとは、いい度胸しとるな」
「まぁまぁ、食事ぐらい良いじゃないですか。せっかくだし今日はみんなで食べましょう。ね?」
ニコリと柔らかに笑う、その顔を見ていると。
すると──不思議な事に、さっきまであった不快な心地が綺麗サッパリ洗い流されていた。
魔王の胸の内で疼いていたドス黒い血の衝動が嘘のように消え去っていた。
「……あの、ランスさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ってなにがだ? 俺様はこの通りピンピンしてるぞ。がははは!」
「……そうですか」
一転して元の状態、元通りの様子に戻ったランスの姿にウルザも胸を撫で下ろす。
殺戮衝動に従うのが魔王の使命。しかしそこには例外も存在している。
自らの二重人格性を利用して、その衝動を都合良く逃れていた魔王ガイのように。
第八代魔王ランスもまた、都合良くそれを回避する術を身に付けていた。
それはあの時。過去に戻ると決めた時から。
自分が自分であり続ける方法はランスは自然と自覚していた。
──だが。
しかし。これで終わりでは無かった。
本当に重大な事件が起きたのは……その翌日の事だった。
翌日。
「………………」
しん、と静まり返った世界。
不気味な程の静けさと緊張の中。
「……た、大将?」
そう声を掛けたのはパットン。
「………………」
しかし。
魔王の反応は、無い。
「………………」
誰かがごくりと喉を鳴らす。
その場にいた者達が緊迫した表情で固まる中。
「………………」
魔王は何も答えない。
魔王は動かない。
魔王は──
「……ま、魔王様……?」
そして、魔人サテラが。
あまりに長い魔王の沈黙が気になったのか、恐る恐る魔王の下に近付いていく。
「……あの……」
そして……その耳を、そっと。
微動だにしない魔王ランスの胸元に当てた。
そして──
「……え」
「サテラさん?」
「……はっ!?」
跳ねるように顔を上げると。
魔人サテラは驚愕の表情で呟いた。
「……し、死んでる……!」
「えぇ!?」
魔王城にパットン達がやって来た、その翌日。
魔王は──
ランスは、死んだ。