ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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侵食

 

 

 

 

 時はRA0年──3月上旬。

 

 リンゴーン、と鐘がなる。

 幸せを齎す、福音の音が。

 

「────健やかなる時も、病める時も、愛する事を誓いますか?」

「はい、誓います」

 

 神の前で誓う愛。

 その証人となる牧師の言葉に、新郎新婦は誓いの宣誓を行う。

 

「みち子ちゃん……」

「茂雄さん……」

 

 愛で結ばれた一組の男女。

 その身には純白のタキシードと純白のウエディングドレス。

 

「それでは……誓いの口付けを」

 

 そうして式の山場に差し掛かった時。

 

「──あー、すいませーん!」

 

 式場のドアがバターンと開かれて、招かれざる客が入ってきた。

 

「この結婚式は即刻中止にして下さーい!」

「な、なんですか貴方は! こんな大事な時に勝手に入ってきて……!!」

「それは申し訳ありません、でもとにかくこの式は中止でお願いします」

「何を言ってるんですか! 中止なんで出来るわけないでしょう!!」

 

 神聖な式を中断された新郎と新婦と牧師が目を剥く。

 そして参列者達も騒然とし始める中。

 

「そう言われましても……こっちもお上からの命令ですし……」

 

 しかし役所仕事感満載の乱入客は言われた事を言われた通りにするのみで。

 

「なんかよく分かんないんですけど、結婚する事が禁止になったみたいで」

「け、結婚が禁止!? どうして!?」

「さぁ……それは私にもサッパリで……」

 

 突然に下された命令、結婚禁止。

 なんでそんな事を、お偉いさん方の酔狂か。現場の者にはそれぐらいしか分からない。

 それが国の首脳部よりも上、国家を超越した存在から下された命だとは知る由も無く。

 

「ていうか、私達……結婚式よりも前に婚姻届は提出しちゃってますけど……」

「じゃあ……申し訳ありませんが、離婚で」

「えっーーー!?」

 

 その日。人間世界の各所で新郎新婦達の悲鳴が上がったとか、上がらなかったとか。

 

 

 

 時はRA0年──3月上旬。

 冬の寒さが次第に薄れてきて、もうそろそろ春の息吹が顔を覗かせ始める頃。

 

 世界を二分する境界線。番裏の砦を、あるいは魔法要塞マジノラインを飛び越えて。

 それは魔物界から、人間世界のありとあらゆる国々に対し、その書状は届けられた。

 

 名義人の欄に刻まれるは魔人筆頭の名。

 それは魔王の代理として。人間世界の国々に、そこに暮らす人々に、魔王の意思を伝えた。

 

 1. 男女が誓いを交わして夫婦となる事、いわゆる婚姻制度を即刻廃止とする事。

 2. またそれに伴い、今現在結婚状態にある夫婦は強制的に離婚扱いとする事。

 3. 上記2つが守られない場合、その国は魔王率いる魔王軍に反抗したものとみなす。

 

 書状に書かれていたのは主にそんな内容。

 それはあの時、結婚という名の凶弾に脳天をブチ抜かれて死にかけた魔王の怒りが──否。

 その怒りごと全てを忘れて、それでもただでは転ばない魔王が宣言した内容が記されていた。

 

 

 ……という出来事が起こった。

 

 

 

 

 

「魔王様」

「おう」

「つい先程メガラスが帰還しました。無事全ての国々に書状が届けられたようです」

「ほう、そうかそうか」

 

 魔王城にある王座の間、その王座の上。

 配下たる魔人筆頭からの報告を受けて、世を支配する魔王は満足げに首を揺らす。

 

「これでめでたくこの世界から結婚が無くなったって訳だ。手紙一つで済むとは楽なもんだ」

「えぇ。それがこの世界の頂点に立つ支配者、魔王様の御言葉というものでしょう」

 

 魔王の言葉、それは決定と同義。

 この世界の支配者である魔王が下した判断は全てにおいて優先される。

 となれば。人間世界に古くから根付く風習を変える事だって簡単に出来てしまうのである。

 

「魔王様が代替わりしたという事は人間世界でも知られているようですからね。今回こうして書状が届いた事で、新しい魔王様の気質はこれまでとは違うのだという事は理解すると思います。ただ……何分急な話ではありますからね、いずれ人間世界側から返書が届くかもしれませんが……」

「向こうからのあれこれは全部無視していいぞ。説明はあれだけで十分なはずだからな」

 

 説明責任など無し、人間世界側からの苦情や質問は一切受け付けない。

 たとえ納得出来なくても不満であろうとも、人間世界で暮らす全ての人間達は、魔王に歯向かう力の無い者達はそれを粛々と受け入れる他無い。

 それがこの世界の正しい有り様。古より続く魔王を頂点としたヒエラルキーこそ、この世界において決定付けられた支配体制というものである。

 

「一週間後にもう一度メガラスを働かせてどうなったか確認させろ。全ての国が命令通りに結婚制度を廃止していれば良し、もし廃止していなければその国は反逆国家決定だ」

 

 そうなったら魔王軍の出番だぜぐふふ、と魔王は弓形に口元を歪める。

 しかしあまりに急ピッチ過ぎるその施策にすかさずウルザが進言を挟んだ。

 

「ランスさん、さすがに一週間は短いですよ。魔王からの命令となれば従わざるを得ないというのはその通りでしょうが、国家の制度をそう簡単に変更する事は出来ません。様々な手続きや事務処理、それに結婚制度を廃止した事を国民全員に周知する時間なども必要ですから……」

「む。なら一ヶ月ぐらい?」

「そうですね。最低でもそれぐらいは準備期間が必要になると思います」

「んじゃまぁそれでいいや。細かい事はウルザちゃんに任せる」

 

 もし今のやりとりが無ければ本当に一週間程度の猶予期間しか与えられず、結果多くの国が反逆国家認定を受けてしまいかねない。

 特にランスは直感で物事を判断しがちな分、ウルザのような補佐役の存在はとても重要である。

 

 ……だが。そんなウルザが付いていても今回の決定そのものを取り消す事は出来なかった。

 ランスはやると言ったらやる男。それを覆すには相当な抵抗力と反発力が無ければ難しい。

 特に今回はランスの生きる意味そのものでもある『女性』に関わる話。となればランスがそのアイディアを閃いた時点でジエンド、現状を回避する方法は実質的に無かったと言える。

 

 

 ──結婚廃止令。

 それは魔王の失われた記憶から。それでも怨念のように湧き出てきた恐るべき意思。

 大事な女を取られて悔しい!! という気持ちが逆恨みに発展した。その怨念が結婚制度そのものを敵視した事で、結果この世界で暮らす全ての人々が結婚出来なくなってしまった。

 

 

『……すまねぇ、まさかこんな事になるとは……』

 

 その元凶となったのはこの男、パットン。

 うっかり口を滑らせてしまった失言一つ。たったその一つだけでこの世界から結婚という大切なものを奪ってしまう羽目になるとは。まさに後悔は先に立たず、覆水は盆に返らずというもの。

 

『パットンさん、顔を上げて下さい。あれは事故みたいなものですから……』

『その通りです。今ここで知らずともどの道いずれはクリームさんと再会したでしょうし、その時には知ってしまうでしょうからね。やむを得ない事だと思いますよ』

『すまねぇ……本当にすまねぇな……二人共、後は頼むぜ……』

 

 そんなパットンはひたすら謝り倒して、シィルとウルザから慰めの言葉を貰った後。

 来た時と同じように、キャンテルに乗ってハンティと共に人間世界へと戻っていった。

 

 

 ウルザが言っていた通り、これはクリームが結婚してしまった以上やむを得ない事。

 特にランスは世界各地に顔見知りの女性が沢山居る。となるといずれはこういうケースも増えてくるかもしれない。それだってやむを得ない事で。

 であればそれに先んじて結婚程度を廃止してしまう、それもやむを得ない事だと言えた。

 

「結婚なんざこの世には必要無いのだ。俺様だって結婚なんかする気はねーしな」

「……確かに、魔王様が誰かと結婚するというのは過去に例がありませんね」

「ほう、てことはお前の親父もそうなのか」

「えぇ、ガイ様も独身でした」

 

 先々代魔王ガイ。ホーネットという子供を持つ彼でも結婚相手が居たという記録は無い。

 勿論その他の魔王も同様。絶対の支配者である魔王が世俗の風習に縛られるのもおかしな話なので、当然と言えば当然と言える。

 

「元々魔物界において結婚とは形式的な意味合いが強いものですからね。無くなったとしても大きな問題は生じないでしょうが……」

「ですが、人間世界ではそうもいかないでしょう。文化的な意味合いもそうですが、それ以上に結婚、つまり婚姻とは各国の法律によって定められている法的制度ですから」

 

 一方で人間にとって結婚とは。誰しもが将来そうなろうと一度は憧れるようなものであり、社会の中に当たり前に存在しているもの。

 そして国によって決められた制度の一つ。それを魔王からの命令で強制的に廃止してしまうなれば必然大きな混乱は避けられない……が。

 

「結婚が禁止される市民、強制的に離婚させられる夫婦達からは不満の声が上がるでしょうし、実体面においても強制離婚による共有財産の分割の問題や戸籍の管理など、様々な混乱が生じると思います」

「つってもその程度だろ?」

「……まぁ、そうですね」

 

 ランスの言葉に一瞬躊躇したものの、それでもウルザは頷いた。

 結婚制度が廃止されたば大きな混乱は避けられない……が、言ってみればその程度。

 これが魔王の意思によって齎されたものだと考えれば、魔王が行使可能な力の規模、それによって人間世界に降り掛かる厄災の桁を考えれば、結婚禁止などその程度と言える範疇のものでしかない。

 

 特に今回の結婚禁止令では制度としての婚姻が禁止されただけであって、その根本にある事実関係までもが禁止されている訳ではない。

 本来的な意味で言えば結婚とは愛する男女が行うもの。婚姻制度がなくなろうともそこにある愛情までもが消える訳ではなく、たとえ上からの命令で強制的に離婚させられようとも、それまで通りの事実婚状態を継続する事は出来る。

 今回の大元の原因となったクリームとボドゥの二人とて、新婚早々に離婚する羽目にはなったもののこの先一緒に暮らす分には問題無く、そういう意味で言えばこの結婚禁止令は然程大きな影響を及ぼすものではない。

 

「ただ……これは魔王からの命令ですからね。その内容云々より、魔王からの言葉が届いたという事実の方が人間世界にとっては重大かもしれません」

「成る程、それはそうかもしれませんね」

 

 むしろ問題となるのは、この書状が魔王から届けられたものであるというその事実。

 文面には魔軍の侵攻を匂わせる記載もあり、実行力を有する実質的な強制命令。

 それは代替わりをした魔王が動き出した証。この千年近く、基本的に不干渉だった魔王の手が遂に人間世界まで伸びてきた証に他ならない。

 

「ま、なんだっていいだろ。なんせ俺様は世の中にとって良い事をしてやったんだからな」

「これが良い事、ですか?」

「あぁそうだ。これでもう結婚出来ない独身ブ男がバカにされる事は無くなった。なんせブ男どころか誰も結婚出来ないんだからな。いやぁ、良い事をした後は気分が良いなぁ!! がはははは!!」

 

 がしかしそんな事情も含めて一切合切、がははーと笑う魔王ランスの知った事では無い。

 どれ程人間世界が混乱しようとも、伸びゆく魔王の影が恐怖を落とそうとも関係無し。

 自分という魔王こそがこの世界の絶対であり、それ以外の全ては有象無象なのであった。

 

 

「さてと。話は終わりだな?」

「えぇ、まぁ……」

「うし。んじゃ俺様は飯でも食いに行くかな」

 

 こうして本日の議題は終了して、時刻はそろそろお昼ごはんの時間。

 軽く伸びをした魔王は王座から立ち上がると。

 

「お前らも行くだろ?」

「はい」

「そうですね、ではご一緒します」

 

 そのままホーネットとウルザを連れて王座の間を後にして。

 

「にしても結婚禁止は簡単に出来た。これならもっと色々やってみてもいいかもな」

「……魔王様、それは……」

「ランスさん。簡単なのはこちら側だけで、各国の首脳部は今頃目が回る忙しさだと思いますよ」

 

 階段を下って、食堂に向かって城の廊下を歩いている途中。

 

「ゼスでも今頃は千鶴子様を筆頭に多くの方が関係各所を飛び回っているでしょうね」

「あぁ、千鶴子……ケバ子……そういやぁこっちではまだ食べてなかったような……」

「それにゼスや他の国々もですが、戦時中のリーザスとヘルマンは更に大変でしょうね。特にヘルマンは近年の腐敗政治の影響で優秀な内政要員が減っていたと聞きますし」

「……ふむ」

 

 ふと聞こえて思い出した話題、現在進行中の第七次HL戦争。

 気になるような気にならないような、頭の隅っこでちょっとだけチラつくような話題。

 

「ヘルマンなぁ……」

 

 何故か急に結婚制度を廃止したくなったのでつい先程までそちらに注力していたが、元々ランスが考えていたのはこちらの方。

 シーラが困っているとか、リアが好き放題やってるとか、とかとか。

 

「……お」

 

 そんな事を考えながら、その視線を何気無く窓の外に目を向けた時。

 その景色が、遠くからでもよく見えるそれが自然と目に入った。

 

「……おぉ」

 

 それは──天を貫く頂。

 とても目立つ。多少手を加える必要があるものの条件的にはピッタリである。 

 

「あ、そうだ」

「魔王様?」

「良いこと思い付いたぞ」

 

 魔王はピーンと来た。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして、昼食後。

 王座の間に招集命令が掛けられた。

 

「つーわけで、全員集合ー」

「はい。言付け通りに集めましたが……」

 

 魔王が腰掛ける王座の前には、ホーネットを筆頭にして魔人達がずらりと勢揃い。

 それに加えてシィルら人間達の姿もある。文字通りの全員集合である。

 

「それで魔王様、一体何事でしょうか」

「うむ。今回はちょっと重要な話をするぞ」

「重要な話、ですか」

「そうだ。ついさっきとってもグッドなナイスアイディアが思い付いたのだ」

 

 やっぱ俺様のような天才は一味違うぜ、と得意げに鼻を鳴らすランス。

 

「………………」

 

 一方でその場に集った面々は。

 先の結婚禁止令同様、ランスの「思い付き」という言葉に嫌な響きを感じて眉を顰めた。

 

「実は今、人間世界ではリーザスとヘルマンが戦争をしておるらしい」

「えぇ。先日お会いしたパットンさん達がそう言っていましたね」

「んでその戦争の原因がだ。まぁ本当かどうかは知らんのだが……どうやらリアが俺様に会いたくて、そんでリーザスからここまで辿り着くのにヘルマンが邪魔だからっつー理由らしくてな」

「どうやらそうみたいね。なんか、すごい……リア様って感じ」

 

 愛しき人と会う為ならば。ヘルマン共和国一つ滅ぼしたとしても是非も無し。

 そんな元主君の横暴ぶりにかなみも額を痛める。リア女王とは暴君であり、やるかやらないかで言えば間違いなくやるタイプ、それをかなみは深く理解していた。

 

「リーザスの勢いに押されて現状はヘルマン側の劣勢らしい。そんなんでパットンはこのランス様に戦争を止めて欲しいんだと」

「けれど……魔王様は動かれないのですよね?」

「あぁそうだ。なんでこの俺様がそんな面倒な事をせにゃならん。たとえヘルマンが滅びようがリーザスに吸収されようが知った事ではないわ」

 

 我は魔王。たかが人間世界の国々の小競り合いなど興味は無し。

 たとえパットンに懇願されようとも、ヘルマン共和国を救う為に動くつもりなど更々無い。

 あくまでそう前置きした上で、

 

「……が、リアの気持ちは分からんでもない」

 

 ランスは目を向けたのはそっち。

 今回の戦争の首謀者、どうやら自分に会いたがっているらしいリーザス王国のリア女王。

 今回のように面倒事を起こしたりと少々手間が掛かる点が無きにしもあらずだが、それでもランスにとっては大事な女の一人である。

 

「確かにここからリーザスは遠い。ハッキリ言ってむっちゃ遠い」

「それはそうですね。番裏の砦を越えて、さらにバラオ山脈まで越えなければいけませんから」

「うむ。だもんで俺様もリーザス城まで会いに行ってやる気にはならねーんだが、向こうからこっちに来たいっていうなら止める理由も無い」

「でもその場合はヘルマン共和国が障害になって……っていう事ですね」

 

 リーザス王国設立当初から目の上のたんこぶ、目の前にある障害は排除するしかない。

 そんな理由で勃発したこの第七次HL戦争だが……しかしこれは問題の抜本的解決ではない。

 たとえヘルマン共和国という国家を滅ぼしたところで、それは元ヘルマン共和国の大地を自由に移動可能になるというだけの話。リーザスから魔物界までの物理的距離が縮まる訳ではない。

 

「大体この魔物界っつー場所はおかしい」

 

 つまり、問題はここにあるという事。

 

「サテラよ、お前もそう思うだろ?」

「えっ、サテラですか? えと、その、な、なにがおかしいのでしょうか?」

「おかしいのはこの魔物界の大きさだ、大きさ」

「はぁ……」

 

 こてりと首を傾げるサテラ。

 長らくこの魔物界で生活している彼女はあまり気になっていないようだが、外からやってきたランスには気になる点があるようで。

 

「なぁホーネット。たしか今の世界はお前の親父が作り出したんだったよな」

「えぇそうです。今の世界の形は先々代魔王ガイ様がお決めになりました。私はその頃にはまだ生まれていないので……これに関してはシルキィが一番事情に詳しいかと」

「はい。当時人間だった私が魔王ガイ様と交渉……というか、お願いをしまして。それにより元々魔物が支配していたこの世界が魔物の世界と人間の世界とに二分されて、今の世界の形となりました」

 

 今の世界の形。魔物界と人間世界の2つに分かれているこの世界。

 人間シルキィを魔人化する際の対価として、元は魔族の天下だったこの世界は二分された。

 

「うむ、それは知っとる。それは知っとるが……やっぱりおかしい」

「魔王様。なにがおかしいのでしょうか?」

「その『二分』ってやつだ」

 

 二分とは。一つのものを2つに分ける事。

 

「人間世界と魔物界を比べると人間世界の方が明らかにデカい。これって半分じゃないよな?」

「それは……」

 

 が。この世界を2つに分けた『二分』というのは文字通りの二分割ではない。

 世界地図を見れば明らかな事だが、魔物界よりも人間世界の方が遥かに面積が広くなっている。

 実情を鑑みれば魔王ガイがこの世界を二分したというのは正しい記載ではなく、おおよそ三分の一を魔物界、三分の二を人間世界にした、というのが正しい記載となる。

 

「どう考えても半分こではない。これは絶対におかしい。おいホーネット、お前の親父は面積一つろくに測れなかったのか」

「い、いえ、そのような事は……無いはずだと思うのですが……」

「あっ、魔王様、それはですね、あのー、人間世界の方が広い事については、恐らくですけど、当時の魔物と人間の総数の差などを考慮して、人間の方に広い領土を渡したのかなー、とか……」

 

 まさか半分を測り間違えた訳では無いだろうが、当時の魔王ガイの思惑はなんだったのか。

 今はもう答えは分からないそれを想像してシルキィは必死のフォローを入れる。

 

「ふむ……ま、この際理由はなんだっていい。とにかく魔物界は狭い」

 

 三分の二の占める広い人間世界に比べて、三分の一しかない魔物の世界は狭い。

 

「それに西側に寄り過ぎていて交通も不便だ。なんか森ばっかで立地が良くないし、ハッキリ言って住みやすい場所じゃない。それに日当たりも悪いし」

 

 世界の西の果て。周囲は森ばっか、日当たりも悪いとなればランスが辟易するのも当然な話。

 そしてついでに言えば、それらが第七次HL戦争の実質的な原因とも言える訳で。

 

 

「つーわけで俺様は考えた」

 

 故に魔王は宣言した。

 

「それは──引っ越しだ!!」

「引っ越し、……ですか」

「そうだ、引っ越しだ!! この城は売っぱらって新しい魔王城に引っ越しをするっ!」

 

 それが引っ越し。

 なにかと不便な魔物界を出て、もっと住みやすくて条件の良い物件に転居しよう。という話。

 

   

「実はこれも前々から気になっていたんだがな……今住んでいるこの城は狭すぎる」

「そ、そうですか? とっても広いお城だと思いますけど……」

「いいや狭い。狭いのだシィルよ。この俺様にとってはあまりにも狭過ぎる。おいホーネット、これはお前の親父が作った城だよな?」

「はい。そうです」

「そうだな。だからホーネットの親父にとってはこの程度のサイズでピッタシなのだろう……がしかし俺様は違う。魔王ガイなんぞよりも遥かにスケールのデカい俺様にとってこの城は狭すぎるのだ」

 

 広々とした王座の間を見晴らしながら、それでも魔王ランスは不満そうに呟く。

 その器の大きさを反映している、だから魔王ガイの建てたこの城、現魔王城は狭い。

 なんとも当て付けのような理由ではあるが、ランスに言わせれば不満なものは不満なのだからしょうがないのである。

 

 つまり第一に立地。世界の中心から見て西側に寄り過ぎている。それが移動の面において不便。

 そして第二に建物の大きさ。当初こそ気にならなかったものの最近どうにも手狭に感じてきた。

 

 以上2つが主な引っ越し理由。

 それに加えて、魔王城の立地を改善する事により現在勃発中の第七次HL戦争にも間接的に影響を及ぼせるかもしれない……という狙いもあったりなかったりする。

 

「そもそもここは中古物件だからな。新しい魔王である俺様が住む城には相応しくないのだ」

「ではランス様、ランス城に戻るのですか?」

「アホ、あれだって中古だし、ついでに言えばこの城よりも更に小さいじゃねーか。……考えてみるとあの城もデッカく作ったつもりではあったが……所詮あの城は人間だった時の俺様に最適なサイズだったって事だな。魔王となった今、この世界で一番ビッグで一番ゴージャスな城が必要なのだ」

 

 過去の魔王達なんぞより、自分こそが一番偉大な魔王である。

 その偉大さを誇示する為にも一番大きな城が必要になる。そしてこの魔王城より巨大な城はこの世界に存在しないので必然的に新築という話になる。

 新たなる権力者が誕生した時、無駄な箱モノを作りたくなるのは世の常なようだ。

 

「つー訳で……俺様の新しい魔王城を翔竜山に建てる事にした」

「しょ、翔竜山にですか?」

「あぁそうだ。世界一高いあの山こそ世界一ビッグなランス様に相応しいだろう」

 

 翔竜山。それは大陸の中央から僅かに西側、人間世界に聳え立つ山。

 剣のように高く鋭く、この世界で最も高い標高を誇る世界一の山。

 

「あの山全体を改造して俺様の新居にする。さすがにこれを超える程にデッカい城を作ったヤツは過去にも例が無いだろうからな」

「それはそうだと思いますが……しかし魔王様、翔竜山とはドラゴンの巣、あそこには今多くのドラゴン達が棲んでいますが……」

「それがどうした。ドラゴンなんざ全員追い出ちまえばいい。人間だった頃ならまだしも今だったらあんなトカゲ共相手にはならんわ」

「それはまぁ、そうですね。ドラゴンといえども魔王様には敵わないでしょうが……」

 

 その名の由来ともなった翔竜山の先住民、種族としては最強格であろうドラゴン種。

 がしかしそれでも無敵結界の前には無力。公共ヤクザと化した魔王軍に立ち退きを迫られたら、如何なドラゴン達とて尻尾を巻いて逃げ出していくしか無いのである。

 

「最近身体がなまってるし、なんならトカゲ狩りと洒落込むのもいいかもな。がはははは!」

 

 絶滅危惧種のドラゴン相手だろうと容赦無し。

 無慈悲なる魔王ランスの標的となった地は翔竜山だけではなくて、もう一つ。

 

「……分かりました。では現在翔竜山に棲まうドラゴン達は退治するなり追い出すなりして、無人となった翔竜山に新たな魔王城を建築してそこに引っ越しを行う……という事ですね」

「あぁそうだ。んでそれだけじゃないぞ、ついでにシャングリラも俺様のものにする」

 

 それがシャングリラ。

 大陸中央、人間世界にあるキナニ砂漠の奥地に隠されたオアシス都市。

 

「なぁウルザちゃん、この前言ってたよな。シャングリラを先に見つけたゼスと後から来たリーザスの間で揉めてるとかなんとか」

「えぇ、まぁ……」

「けどな、そもそもシャングリラを真っ先に見つけたのはゼスじゃなくてこの俺様だ。それならシャングリラは俺様のものになるべきだよな?」

「……そうですね。ゼス側の主張を額面通りに受け取るならそうなりますね」

 

 早い者勝ちの理屈を通すなら、ゼスよりもランスの方が一足早いというのはその通り。

 がしかしそれを言うなら、ランスよりも早くにシャングリラを見つけていた砂漠案内人とか、あるいはそれよりも前からシャングリラで実際に暮らしていたシャリエラにこそ占有権があるのでは。

 

 ……と、そうは思ったもののウルザは言葉に出さなかった。

 その理屈がどのようなものであろうとも、魔王の言葉は絶対。というべきか、魔王の意思の前では理屈などどうだっていい。

 こうして計画を語るランスの表情を見る限りこれは確定事項、何を言っても考えは変えないだろうとウルザは早々に察していた。

 

「シャングリラには俺様のハーレムを置く。世界各地から集めた美女達をあそこに住ませる」

「まさか魔王様、以前のハーレム計画を……」

「いや、あれはまだ考え中で……とにかくシャングリラは十分に広いし、無人の建物も沢山あったからな。あそこに美女達を住まわせて、俺様が食べたくなった時に食べられるようにするのだ。……どうだ、この素晴らしい計画」

 

 シャングリラの敷地面積があれば夢のハーレム計画だって一歩前進する。色々あって今のところランスにその気は無いのだが、やろうと思えば27万人規模のハーレムだって可能である。

 それに加えて、シャングリラを手に入れる事でゼスとリーザスが揉めている火種を取り上げる……という目論見もあったりなかったりする。

 

「新魔王城を建てる予定の翔竜山からもシャングリラは近いし、ちょうど良いだろ」

「ですが……翔竜山からシャングリラまでは肝心のキナニ砂漠を通過する必要がありますが」

「そこは道路を作る」

「道路ですか……まぁ、そうなりますよね。しかし新魔王城の建設に加えて、砂しかないキナニ砂漠に道路を作るとなると……中々大掛かりな事業になりそうですね……」

「安心しろウルザちゃん、労働力ならいくらでもある。魔王である俺様の下には魔物兵っつータダで24時間働かせられる奴隷のような雑魚共が山のようにいるからな」

 

 翔竜山に建つ世界一雄大な城。それとシャングリラを結ぶ交通ルートの開拓。

 数年、あるいは数十年越しになるであろうこの計画の実働部隊となるのが魔物達。魔王であるランスにとっては無給でいくらでも働かせられるとても都合の良い駒。

 

「以上が計画の全貌だ。なにか質問はあるか、よし無いようだな。では早速決行だ」

 

 魔王はキッパリと宣言した。

 という訳で新魔王城建設計画スタートである。

 

「あいかわらず性急ですね……けど、それなら新しく建築する魔王城の外観や内装の図面、つまり設計図はもう出来上がっているのですか?」

「いや、それはこれからだ。あ、でも名前だけはもう考えてあるぞ」

「名前?」

「あぁ。さっき考えたのだ。この魔王ランス様に相応しい新たなる魔王城の名前……」

 

 すーっと息を吸って、ランスは溜めに溜めて。

 

 

「その名も……超スーパースペシャルデリシャスグレートランス城!! どうだ!!」

 

 新たなる魔王城──超スーパースペシャルデリシャスグレートランス城。

 その名を披露してえっへん、と胸を張る魔王。

 

 

「………………」

「……なんだ。反応がないぞ」

 

 がしかし周囲の反応は。

 どうやらあまり受けが良くないのか、皆一様に眉根を寄せた表情をしていて。

 

「……ええっと……ランス様……どう、なのでしょうかね。その名前は……」

「なんだシィル、文句あんのか」

「いえ、文句っていうか……文句じゃないんですけど……ど、どうですかね?」

「そう……ですね。強いて言うなら……少々、長いかもしれないですね」

「そ、そうね。もう少し短くてもいいような気がするけど……」

「てか単純にダサい」

「形容詞が多すぎるかと。それに超とスーパーは意味合い的に被っていると思います」

「それにデリシャスというのは……お城の名前にするのはちょっとおかしいような……」

「な、なんだとお前ら……つーか今ダサいっつったのどいつだ!!」

 

 口々に上がる遠回しな反対意見。

 どうやらランスが考えた新魔王城ネームはシィルや魔人達には不評な様子。

 

「ぬぬぬ……」

 

 元よりランスという男はネーミングセンスが致命的に欠如しているという特徴がある。自分の息子におっぱい君などと名付けようとしてしまう尖りすぎたセンスの持ち主である。

 その事を自覚しているのかどうか、とにかく魔王は「ちっ」と軽く舌打ちすると、

 

 

「ならホーネット、お前が名付けろ」

「えっ、……私がですか?」

 

 その命名権を魔人筆頭に一任した。

 

 

「そうだ。このランス様が住む城として相応しい、史上最高にかっちょいい名前をお前が考えろ」

「わ、私が……魔王様の御城の名前を……」

「それはいいですね。ホーネット様のセンスなら安心です」

「ホーネット、さっきのみたいなダサいのは止めてよね」

「……私が……命名……」

 

 皆の視線を浴びてごくりと息を呑む魔人筆頭。

 名が体を表すとも言うように、名前というのは大切な意味を持つもの。

 相応しい名前を命名する事により、新たなる魔王城の価値をそのまま表す事になる。

 

「………………」

 

 万人に魔王様の威光を知らしめるべく。

 壮大さと威厳と迫力に満ちていて、それでいてセンス溢れるネーミング。

 

「…………っ」

 

 その名前が遥か千年後の後世にまで残る。

 そんなプレッシャーをひしひしと感じながら、ホーネットは必死に必死に考えて──

 

 

「……あ」

「あ?」

「あ、アメージング、城。……と、いうのは……」

 

 そして、絞り出すように答えた。

 

 

「……アメージング城?」

 

 命名──アメージング城。

 

 

「……ど、どうでしょうか。私なりに精一杯考えてみたのですが……」

「……ど、どうって…………どうだ?」

 

 さすがの魔王もなんと返せばいいのか分からず、堪らずシィル達にパス。

 

「……ええっと」

「ま、まぁ……なんだろ。でもまぁ、一応、短くはなったわね」

「そう、ですね。少なくとも長くはないですね。……そっか、アメージング城、かぁ……」

「……分かりやすさは増したと思いますよ」

「そうですね。子供でも簡単に覚えられそうな感じにはなりましたね」

「それにほら、実際に住んじゃえば名前なんて気にならなくなるような気がするし」

「……あの、宜しくないのであれば宜しくないとハッキリ言って欲しいのですが……」

 

 

 こうして──新魔王城建設計画、改め。

 魔王ランスが住む新たな居城、アメージング城建築計画がスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

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