ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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ガルティアの話

 

 

 

「ぐがー、ぐがー」

「……ランスさん」

 

 朝の寝室に聞こえる、男のいびきと女性の声。

 

「ぐがー、ぐがー」

「ちょっと、ねぇランスさん」

「ぐがー、ぐがー」

「ねぇってば。もう朝よ、そろそろ起きて」

「……んあ?」

 

 自分の部屋ののベッドの上。優しい声と共に身体を揺すられ、ランスの意識が覚醒する。

 大あくびをしながら右を向くと、そこには裸の女性が身体を起こしていた。

 

「……うむ、シルキィちゃん? あれ、どうしてそんな格好で俺様のベッドに?」

「んな、あ、貴方ねぇ! 昨日、あれだけ私を抱いておいて……!」

「……おぁ、そーだったそーだった。そういや昨日は遂に君とセックスしたんだったな」

 

 相槌を打ちながら身体をぐっと上に伸ばすと、寝起きの頭がようやく冴えてきた。

 

(昨日、シルキィちゃんの処女を頂いたんだったな。初めてという事あって最初はガチガチだったが、途中からは自分で動いていた。前回の時も思ったが、シルキィちゃんはやはりエロの素質がある)

 

 ランスは右手でシルキィの背中に触れてみる。ぴくっと動いたが避けはしなかった。だが、代わりにじとっとした非難がましい目線を向けられる。

 そんな彼女の無言の抗議を無視して、ランスはその背中を撫でつつ下世話な質問をしてみた。

 

「どうだシルキィちゃん。晴れて大人の女になった感想は」

「……身体がだるいし、腰も痛いわね。ついでに、喉も痛い」

「まぁ、あれだけすればなぁ」

 

 他人事のように言う張本人の言葉に、大きな溜息を吐いたシルキィはがっくりと頭を落とす。

 

「……経験無くても任せろって言ったのに。貴方の言葉を信じた私が馬鹿だったわ」

 

 彼女の身体中に今も残る赤い痣の数々が、昨晩の一戦の激しさを物語っていた。

 

 シルキィとしてはなにせ初体験だったので、どうにか穏便に済ませてほしかった。

 ランスも最初はそのつもりだったのだが、途中からエンジンが掛かってしまい、気付けばフルスロットルで何戦も繰り返していた。

 彼女にとっての不幸は、そんな男の性欲に最後まで付き合うだけの体力があった事。そして秘めたる素質を有していた事か。

 

「まぁそう言うなって。それに、途中から君も楽しんでたではないか」

「っ……! もう! 最低よ、貴方!!」

 

 シルキィは朝、目が覚めてからずっと昨晩の事を後悔していた。ランスに抱かれた事は構わない。それは自分が約束した事だからだ。

 だが、その交わりの途中で、彼女自身も知らなかった本性と言うべきものが内から顔を出し、初めてとは思えぬ程の痴態を演じてしまった。

 端的に言えば、ノリノリになってしまった。あの時の自分はおかしかった。あれは断じて本当の自分では無い。シルキィはそう思いたかった。

 

「……昨日の事は、もう忘れて。お願いだから」

「つってもなぁ。君とはこれから何度もする予定だし、あんなエロいシルキィちゃんの姿を忘れる事なんて……」

「……次からはあんな事にはならないから。そう、強い気持ちを持てば、きっと大丈夫な筈……」

「……うーむ。あの乱れっぷりは、そんな事で抑えられるようなもんじゃ無いと思うが……」

 

 二人して昨晩の激闘に思いを巡らせていたその時、部屋のドアがコンコンとノックされた。

 

「ランス様、おはようございます。もう起きていますか?」

「おう、シィルか。入れ」

 

 普段通りに主人の事を起こしに来た、シィルが寝室に入ってくる。

 ランスの部屋に女性が同衾するのはいつもの事、シィルはもはや気にしないし、シルキィも然程気にするタイプでは無いのか、身体にブランケットを掛けただけだった。

 

「おはようございます、シルキィさん」

「……おはよう、シィルさん」

「あ。シルキィさん、その、お声が……」

 

 一言会話しただけで簡単に気付ける程、シルキィの声は掠れていた。

 彼女は昨夜休む間もなく声を上げすぎた為、喉がガラガラだった。

 

「……うん。その、シィルさん。貴女にこんな事頼むのはあれなんだけど、お水を汲んできてくれない? もう喉が痛くて……」

「分かりました。あ、そうだランス様、ウルザさんが話があるって言ってましたよ」

 

 それだけ伝えると、シィルは水を汲みにぱたぱたと部屋を出ていく。

 

「ふむ、ウルザちゃんの話とはなんだろう。うし、そろそろ起きるか。シルキィちゃんは身体がキツいなら寝ててもいいぞ」

「私も起きるわ、気楽に眠ってられる状況でも無いしね。……あと、私、大人の女性になったから、いい加減『ちゃん』は止めて貰える? 結構恥ずかしいのよ、それ」

 

 

 

 

 

 

 身支度を整え部屋を出たランスは、シィルとシルキィを連れてウルザの部屋へと向かう。

 そして話を聞いた所、先日味方に引き込んだ魔人から情報収集を行うらしく、その時に同席しないかとの事だった。

 

 ちょうど腹が減っていたランスは、その申出を了承した。どうせあの魔人も食事中だろうと言う事で、三人を連れて食堂へと向かう。

 その途中の廊下でサテラとも遭遇した。彼女も朝食を食べに食堂に向かっていたらしく、そのままの流れで一緒に行く事となった。

 サテラは普段より少し大人しく、道すがらシルキィに向けてちらちらと視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に入るとやっぱりその魔人は居た。大食漢の魔人は、相変わらずの勢いで食事中だった。

 

「おう、ムシ野郎」

「おぉ!! ランス!!」

 

 ランスが軽く挨拶をすると、ガルティアは食事より気が惹かれるものが現れたとばかりに、食事の手を止めて身体ごと向きを変える。

 その魔人にとって朝飯よりも興味を惹くものといったら、勿論一つだけ。

 

「なぁランス、団子、もう無いのか?」

「団子は取り寄せ中だと言っただろ。届いたら教えるから一々急かすな」

「本当か? 絶対だからな?」

 

 香姫の団子は今後もガルティアを動かす為必要になると思われるので、あの後に追加注文をしておいた。ちなみに、今度は超特急で急かしてはいない。

 

「お前に用があるのはウルザちゃんだ。俺様は飯を喰うのだ。シィル、へんでろぱ」

「シィル、サテラも」

「はい、ランス様、サテラさん。シルキィさんも食べますか?」

「ありがとう。じゃあ頼んでも良いかしら」

 

 ランス達が食堂の席に着き、シィルは三人分の食事の用意の為に厨房へと向かう。

 当初ここに来た時は魔物界の見知らぬ食材しか無く、シィルは料理をする事が出来なかった。

 だがそれを嫌がったランスが必要な食材をヘルマンから送らせた。ウルザの用意したうし車によりそんな事も可能になり、今では好みの食事が食べられるようになっていた。 

 

「魔人ガルティアさん、少しよろしいですか?」

「おう、何の用だい人間の嬢ちゃん」

「ケイブリス派の情報を貴方から聞きたいと思いまして。話してくれますか?」

 

 ウルザがここに来たのは情報収集の為。ガルティアはつい昨日まで敵の派閥に属していた魔人であり、敵方の情報を得るにはこれ以上無い相手。

 

「俺はもうこっち側の魔人だからな。なんでも聞いてくれ」

「では、他の魔人達について、現在の居場所など知っている事を教えて下さい」

「……居場所かぁ。つってもなぁ、魔人ってのは俺も含めて自分勝手な奴ばっかだからなぁ」

 

 ウルザに尋ねられたガルティアは、少し困惑した様子で天井を見上げる。

 ケイブリス派は一応ケイブリスが総大将として命令権を持つのだが、所属する魔人の結束は固いとは言えず、好き勝手する者も多い。それは団子一つで派閥を離脱したその魔人が何より証明していた。

 

「……そーだな、居場所は……ケッセルリンクなら、大体城にいる、はず」

「はい。それはその、知っています」

「そっか。じゃあ後は……うーん」

「……居場所が分からなければ、相手の特筆すべき点などはどうですか? この際、こちらにとって有益な情報ならなんでも構いません」

 

 現在地以外でも何でもかんでも。それならばと考えてみたガルティアだったが、そもそも彼は自分以外の魔人を気に掛けた経験が殆ど無かった。

 

「そーだな。バボラはあれだ。デカい」

「……そのようですね。その、知っています」

「……だよなぁ」

 

 ウルザの肯定に、そりゃそうだよなと言いたげな様子でガルティアは腕を組む。

 その後一体一体魔人の名前を挙げ、知っている情報を話すよう促したウルザだったが、しかしホーネット派がすでに知り得ている以上の情報は出る事は無かった。

 

 

「役に立たなくてすまねぇな、嬢ちゃん」

「……いえ。敵方の魔人達はお互いに無関心、それが分かっただけでも参考になりました」

 

 とは言ってみたものの、若干、というか結構期待外れだった。しかしウルザはその気持ちを表に出さないよう、どうにか取り繕った。

 

「……ガルティア。貴方、もしかして向こうを庇ってない?」

「違うって! 本当に知らないんだって!!」

 

 その役立たなさ加減故に、シルキィから疑いの目を向けられたガルティアは慌てて否定する。

 当然彼にそんなつもりは無い。もはやあの団子が無いケイブリス派などどうでもいい事、こうしてホーネット派に加わった以上、敵であって庇う必要のある相手などでは無かった。

 

「基本俺達なんてバラバラに動くもんだろ? 他の奴らの事なんて知らないんだよ。……って、あぁ、そういやぁ……」

「どうしたの?」

「いやな、結構前の話なんだけど、メディウサに会った。その時、自分は特別な任務があるから戦争から少し抜けるとか言ってた気がする」

「……特別な任務だと?」

 

 へんでろぱを食べ終わり、サテラをからかって遊んでいたランスの耳が、魔人メディウサの話題が出た途端とても過敏に反応した。

 

「おいムシ野郎。特別な任務ってのはなんだ」

 

 思わずガルティアを睨み、強い口調で詰問する。

 

「さぁな。そこまでは知らねぇよ」

「……本当だろうな。隠すと団子が遠ざかる羽目になるぞ」

「本当だって!!」

 

 自分にとっての死活問題に狼狽するガルティアの一方、同じくランスも自らにとっての死活問題がその脳裏に浮かんでいた。 

 

(まさかあの蛇女……また俺様の女を襲ってるんじゃねーだろうな)

 

 彼の懸念はそれだった。その魔人の残虐性は、前回で嫌という程味わったのである。

 

「ランスさん。メディウサの事が気になるの?」

「……シルキィ、ランスが気にしてるのはあれだ。メディウサはほら、外見が……」

「あぁ……そういう事。あのねランスさん、確かにあれは見た目は良いかも知れないけど、とても危険な魔人で……」

「分かっとるっての。ぶっ殺す為に少し居場所が気になっただけだ」

 

 当たり前の事を言って話を終わらせようとしたランスだったが、その時それを聞いたウルザが、とても不思議そうな目を向けた。

 

「え……ぶっ殺すのですか?」

「おう。なにか問題あるかウルザちゃん、敵の魔人なのだから当然だろう」

「あ、いえ。外見の良い、敵の女魔人なのですよね? ランスさんの事であれば『やっつけてお仕置きセックスだーがはは』とでも言いそうなものだったので……」

 

(……おぉ。ウルザちゃんの口からお仕置きセックスという言葉が出るとは……)

 

 自分の口真似とはいえ、普段の彼女であればまず言わないその台詞に、思わず面食らってしまったランスだったが、それはともかく。

 

(お仕置きセックスだと……あの蛇女に?)

 

 その可能性を考え、頭に浮かぶのは何度か目にしたその魔人の姿。

 サテラやシルキィの言う通り、確かに外見は良かった。ついでにスタイルも良かった。それはもう顔を埋めたくなるような豊かな胸があった。

 

 しかしその魔人の事を思い出すと、どうしても犠牲となった者の凄惨な姿が一緒に浮かぶ。

 するとそんな気分にはとてもならない、率直に言って勃つ気がしなかった。

 

「……いや、それはない。あの蛇女は殺す。これは決定事項だ」

「……そうですか。了解です」

「あぁ、その通りだランス。あいつは危険な魔人だからな」

 

 以前、そのメディウサに狙われた経験があるサテラが、他人事で無いとばかりに同意した。

 

 

 

 

 

 やがて、食堂のテーブルに並んでいた料理は、魔人ガルティアにとって全て平らげられた。

 全部食べて満腹になったその魔人は、食後のデザートとして是非あれが食べたくなった。しかしそれは今はもう無く、彼がそれを手に入れるには働くしかなかった。

 

「ふぅ、食った食った。んじゃまぁ、飯も食った事だし俺は行くかな」

「ガルティア、何処に行く気だ?」

「何処って、そりゃ勿論戦いにだよ」

 

 そう宣言したガルティアは、すぐに席から立ち上がる。

 

「もう行くの?」

「あぁ。ホーネットから信用されるには、前線で戦ってやるのが一番手っ取り早そうだしな。それに何より、働き次第で団子をくれるって話だったしな。だよなランス」

 

 言われてランスはふと考える。ガルティアが戦ってくれればその分楽が出来るし、なにより他の魔人の手が空く。

 シルキィもそうだが、全てのホーネット派魔人をハーレムにする事が目的のランスにとって、彼女等が戦いに駆り出されるのは好ましくない。ガルティアが戦いに積極的なのは実に好都合だった。

 

「そうだな、男の魔人はここには要らん。団子は気が向いたらそっちに送ってやるからムシ野郎は戦ってこい。なんなら死んでも構わんぞ」

「はっはは。ランス、あんたは正直な奴だな」

 

 

 そしてガルティアは団子の為、ホーネット派最前線の魔界都市、サイサイツリーへと向かった。

  

 

 

 

 

 

 


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