ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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閑話 とある少年と従者の話

 

 

 

 

 

「ふぅ……っと」

 

 ようやく到着した宿の部屋。少年は一息吐いてからベッドに腰を下ろした。

 無造作に流した短めの髪が揺れる、まだあどけなさの残る顔付きには少々の疲れが見える。

 

「狭い部屋ですね」

 

 続いて部屋に入ってきたのは、その少年に付き従う忠実なる従者。

 

「それ、当て付けかい?」

「いえ、ただの感想です」

「悪かったとは思っているよ。本当はちゃんと二つ部屋を取るつもりだったんだ」

「ですから気にしていませんよ。私は疲れていませんしどこでも休めますから」

 

 その言葉通り、従者の顔にはまるで疲労の様子などない、いつも通りの表情。

 その頭に被ったフードを外す事も無く、背にあった背嚢を下ろすと化粧台の椅子を引いて、部屋に備え付けられてあった新聞を読み始める。

 

「まさか財布を落としているとはなぁ。宿に着くまで全然気付かなかったよ」

「それは貴方の運が悪いからですよ。次から財布は私が管理しましょうか」

「そうだね、それが良さそうだ」

 

 自身の運の無さを自覚していたのか、少年は拘泥する事もなくすぐに頷いて。

 

「にしても最近は良いところが無いなぁ。財布は落とすし、この前やったAL教本部でのミッションでは思っていたよりも苦労したし」

「それは貴方のレベルが低いからですよ。もっと強くなれば人間相手に苦戦はしないはずです」

 

 この少年には才能があった。この従者に選ばれる位には秘めたる潜在能力を有していた。

 がしかし、才能はあくまで才能。持ち得たそれが活かされるかは本人次第であり、戦闘能力を決めるには才能の他にもう一つ大事な要素がある。

 それが従者の言うレベル。未だ成長途中にある少年のレベルはまだ低く、その並外れた才能を十全に活かしきれてはいなかった。 

 

「レベルは仕方ない、一つ一つ地道に上げていくしかないんだから。それでも一応目的は達成出来たんだから良しとしよう」

「まぁ、そうですね。設置されたトラップの数々に引っ掛かっていく様は圧巻でしたが」

「だから運が悪いのは分かってるって。そういうものなんだから仕方無いだろう」

 

 なので本人も言うように苦労こそしたものの……それでも先日挑んだ作戦は八割方成功した。

 この少年は戦闘能力こそ未だ成長段階だが、顔立ちが良く異性にモテた。とてもモテた。それ故どんな状況にあっても女性の協力者を作り出すのが容易という特色がある。

 それを利用すれば先日の作戦のように……AL教の禁断保管庫の中に忍び込んで、バランスブレイカーと呼ばれる特殊なアイテムを多数持ち出してくる事も可能であった。

 

「天下のAL教の本部まで行ったんだ、どれか当たりがあるといいけどね」

「どうですかね。もっとじっくり見て回る時間があれば良かったのですが……テンプルナイツが出てきて以降は手当り次第持ってきただけですから」

「ま、そうだね。……それに、単純に戦闘能力を向上させるアイテムだけを封印しているって訳じゃないんだね、AL教の禁断保管庫ってのは」

「えぇ。あそこが回収しているのはバランスブレイカー、世界のバランスを崩しかねない代物という名目ですから」

 

 AL教の禁断保管庫。その中には世に出せない危険なアイテムが封印されているとの噂だが、その実体はバランスブレイカーの保管庫であり、バランスブレイカーの危険性には様々な見方がある。

 中には世界一のブスとかも封印されていた。ブスが苦手な男にとっては何よりも危険な代物かもしれないが、生憎と少年の目的には使えそうにない。

 

「そう考えると……ここ最近で一番の収穫はやっぱりあれなのかな」

 

 言いながら、少年はそれが入っている背嚢に目を向ける。

 

「あれとは?」

 

 一方、従者は新聞を読む手も止めずに聞き返す。

 

「mボム。人間を殺すのにはあれが一番分かりやすい効果をしてるだろ?」

「あぁ。確かにそれはそうですね」

 

 mボム。今回のAL教本部と似たような手口で侵入したゼス王立博物館から盗んできた代物。

 その効果は──周囲2キロ範囲にいる人間全てを瞬時に破壊する、というもので。

 

 つまり。それこそがこの少年の目的だった。

 多くの人間に手っ取り早く死んで欲しい。最終的な目標は全世界総人口が50%を下回るまで。

  

「あれを使うなら人口の多い場所で使うべきですよね。あるいは何処かに人を集めてから──」

「いいや。所詮は範囲2キロ、人口密集地で使ったとしても死ぬ数なんてたかが知れているさ。何処かに人を集めてからってのはアイディアとしては悪くないかもしれないけど……mボムを使う場所の候補はもう決まってるんだ」

「おや、そうですか」

「あぁ。リーザスの首都、ゼスの首都、ヘルマンの首都。この3つの内のどれかだ」

 

 少年の言葉に「あぁ、成る程」と、従者はほんの少しだけ口の端を歪めた。

 

「狙いは三大国のトップですか」

「そういう事。この爆弾一つで直接殺せる人数を増やそうとするよりも、そっちの方がのちのちに響いてくるだろうからね」

 

 人間世界にある三大国。リーザスかゼスかヘルマンの政治的指導者を狙う。

 それにより国家を未曾有の混乱に陥れる。この爆弾を──2キロ圏内の人間を瞬時に皆殺しにするmボムを最も効率的に使うならこの方法だろうと、少年はすでに確信を得ているようだ。

 

「リア女王か、マジック王女か、シーラ皇帝のどれかに消えて貰おう。ついでに彼女達の側近や軍部を担う将軍達なんかもまとめて消し飛んで貰って、国の中枢機能をまるごと崩壊させられればベストだね」

「ふむ。Mボムは建物などの遮蔽物をも貫通して効果を発揮しますからね、式事など国の要人が集まるタイミングを狙えばそうなる可能性は十分あると思います。……あと、最後のシーラ皇帝ですが、今は皇帝ではなく大統領ですよ」

「あぁ、そうだったね。まぁヘルマンにとって重要な存在である事に変わりはないさ。とにかくこの三人の内の誰かが候補なんだけど……ただ、現状ゼスはちょっと難しいかな」

「そうですね。川中島との国境線の検問を抜けるのにも手こずったぐらいですから」

 

 少年と従者の反応は自然な事。当事者であるゼス国は王立博物館からmボムが盗まれた事を当然ながら把握しており、その為ゼス国内は今厳戒態勢が敷かれている。

 王都ラグナロックアークには有事の際に使用される守護結界が展開されており、超強力な魔法バリアであるそれはmボムの破壊効果をも防いでしまう可能性がある。

 

「となるとリーザスかヘルマンですか」

「そうだね。そのつもりなんだけど……でも、そっちはそっちで今戦争中だからなぁ」

 

 警戒態勢が厳しいゼス国を除いて、残る候補地の二つ。

 リーザスとヘルマンは今、古くから続く因縁である第七次HL戦争の佳境真っ只中。

 

「戦争中だと不都合でも? 見方によってはより混乱が生み出せる状況だと思いますが」

「それはそうだけど。仮にここでリーザスかヘルマンのトップをまとめて消したとしたらさ、その後に成立する臨時政府は停戦か、もしくは白旗を上げちゃいそうじゃない?」

「あぁ成る程。なるべくなら今の第七次HL戦争は長引いて欲しい、と」

「そりゃそうでしょ。多くの兵士達が死んでくれればその分俺が楽になるんだしさ」

 

 戦争。それは飢饉や疫病などと並んで大勢の人間が亡くなる国家的危機。

 現在のリーザスとヘルマンは少年が手を下さずとも勝手に殺し合ってくれている為、一方で余計な介入がし辛い状態にあるのも事実だった。

 

「ま、mボムについてはもうちょっと考えるよ。なんせ一回限りしか使えない貴重なアイテムだ、一番効率的なタイミングで使用したいからね」

「そうですね。まぁ賢い貴方であればタイミングを見誤りはしないでしょう」

「……はぁ。これが千個ぐらい量産出来たらパッパと終わらせられるんだけどね」

「それは難しいと思いますよ。mボムは本来魔物だけを殺す『Mボム』の制作過程において、たまたま生み出されただけの偶然の産物だそうですから」

 

 大元のMボムですら量産出来ない以上、その偶発的副産物であるmボムの量産はより不可能。

 従者からのそんな返答に「言ってみただけだよ」と少年は軽く答えて。

 

「……それ」

「え?」

「新聞。なんか面白そうな話あった?」

 

 あぁ、と従者は相槌を返す。

 

「そうですね。生憎と貴方の目的に役立ちそうなものは見当たりませんが……ただ」

「ただ?」

「一つだけ面白い記事が。魔王に関する事が書いてありましたよ」

「……魔王?」

 

 少年の片眉が跳ねた。

 魔王。今年が始まってすぐに代替わりが行われ、RA歴の魔王として君臨している存在。

 未だ少年にとって手を出せる領域には無いが、いつかは絶対に倒すべき相手。

 

「見ますか? ──ゲイマルク」

 

 ほら、と言って差し出された新聞を受け取って。

 少年──ゲイマルクが新聞記事に目を通す。

 

「どの記事?」

「一面。つい先日から話題になっている結婚禁止令についての記事です」

「あぁ、なんかあったね。あれってこの自由都市近辺だけの話じゃないんだって?」

「えぇ。どうやら全世界的な話だそうで……その原因が魔王にあるようです」

 

 結婚禁止令。

 それは今最も世間を騒がせている施策、あまりに馬鹿らしくて愚かだとしか思えない国の決定。

 その実体は魔王からの命令。より正確に言うなら魔軍侵攻を匂わせた脅迫に該当する。

 

「さすがに不自然でしたからね。何か裏があるとは感じていましたが……」

 

 内容も然ることながら、より問題だったのはそれが即断即決で施行され始めたという事。

 ただ政治において即断即決とは。それがリーザスやゼスのような王政であれば可能だが、しかしここ自由都市群ではそうもいかない。

 自由都市は都市によって統治形態が異なるが、多くの都市は市長が都市の代表であり、市長の多くは選挙によって選任される。

 しかし選挙によって選任された市長には国王程の強い権限は与えられない。市長が魔王からの書状を受けて結婚制度を廃止させようと思っても、立法に関しては都市議会が置かれていて議会の承認を得なければ不可能だという都市も多い。

 

 そして、今回ゲイマルク達が宿を取ったこの都市もそういう都市だった。 

 結婚制度の廃止など市政を混乱させるだけでなんの利も無く、議会で承認されるはずがない。

 それでも通さなければ都市の存続が危うい。最初は悪質ないたずらかとも考えたが、しかし大国リーザスやゼスが、そしてヘルマンが大統領緊急令を行使してまで即座に結婚制度を廃止させた事を鑑みると、これは本物の魔王からの命令だと考えるべきだろう。

 

 となれば大国の方針には追随するのが利口だ。けれども先の通り市長にはその権限が無く……なんとしても議会を頷かせる必要がある。

 そこでこの都市の代表はネタバレをした。「これは魔王からの命令だ。結婚制度を廃止しなければこの都市が魔軍の侵攻を受ける事になる」と全てを打ち明ける事で議会を無理やり頷かせた。

 その事が今回記事になっていた。新聞の一面には『結婚禁止令、可決及び即時施行へ。背後に迫る魔王の魔の手』と大きな見出しで書かれていた。

 

「………………」

 

 そんな記事を呼んだゲイマルクは。

 

「……くっだらない」

 

 吐き捨てるように呟いて、読み途中の新聞をぽいっと放り捨てた。

 

「遂に動き出したかと思えば、やる事がただの結婚禁止って……こんなのが魔王だっての?」

「まぁ、魔王にも色々いますから」

「魔王なら魔王らしく、もっと人間の数が減るような事を派手にやってくれないもんかな……」

 

 ──現状は俺よりも遥かに強いんだから、俺の代わりに人間を沢山殺してくれよ。

 そうしたら……いずれ、俺があんたを殺してあげるから。

 

「……はぁ」

 

 そんな事を考えながら、呆れ顔のゲイマルクは身体を倒してベッドに大の字になった。

 

 

 

 

 

 

 

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