ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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復活のK②

 

 

 

 

 ──伝説の媚薬。

 それは一滴含んだだけで、どんな女もあへあへエロエロになってしまう最強の媚薬である。

 

 ……という、設定。

 それは空想上の産物、つまりはデマ。

 そんなもんあるわきゃねーだろと、ランスが適当に吐いた真っ赤な嘘だったのだが──

 

「……マジであったのか、これ」

 

 目の前にあるそれ、ガラス製の小さな小瓶が。

 その中に封じられたピンク色の液体こそ、まさか現実に実在していた伝説の媚薬。

 

「わんわんっ! どうだわん! 魔王様っ!」

「にゃあ達はやったんだにゃ!! ミッションコンプリートだにゃん!! にゃんにゃん!!」

 

 それはこの二匹が、わんわんにゃあにゃあと吠え猛る犬猫達による功績。

 ケイブワンとケイブニャン、最弱の使徒二人が苦難と苦心の果てに入手したお宝だった。

 

「あぁ、思い出すわん……これを手に入れるのにわん達がどれだけ苦労した事か……」

「ほんとだにゃあ……。それはもう手に汗握る大冒険の連続だったにゃん……」

 

 早二ヶ月前からの日々を思い出して、しみじみと語るケイブワンとケイブニャン。

 伝説の媚薬を持ってくれば魔人ケイブリスを復活させてやろう。そう魔王様から言われて、しかしその名前以外には手掛かり無しでのスタート。

 そこら中の魔物に聞いてみたり、人間世界に出向いては人間達から聞いてみたりと、二人は世界各地をわんわんにゃんにゃんと駆け回って。

 

「誰に聞いてみても、返ってくる言葉は『そんな媚薬は知らない』の一点張り。何処を探せばいいのかサッパリ分からない、闇雲に迷宮を彷徨うような日々だったわん」

「何度も諦めそうになったけど……それでもにゃあ達は挫けなかったにゃ!」 

「で、結局どうやって見つけたのだ?」

「にゃ。伝説の媚薬がどこにあるのか、占いで探してもらったんだにゃ」

 

 そこは長く生きている者の特権、この二人には古馴染みの占い師がいた。

 おかしを差し出す事で占って貰った結果、示されたのは川中島にあるAL教の本拠地、カイズ。

 

「そしたらAL教の本拠地の奥にある倉庫の中に封印されている事が分かったので、にゃあ達はスパイになって忍び込んだのにゃ」

「へー……」

「なんかわん達の他にも侵入者がいたようで、AL教の警備は全員そっちに集中してたから意外とすんなり盗み出してこれたわん」

 

 AL教本拠地、そこには世の理を乱すバランスブレイカーを封印する禁断保管庫がある。

 この媚薬はどうやらその倉庫内から盗み出してきた代物。二人の弁によると、その日AL教本部は何者かに襲撃を受けており、二人はその騒動に便乗させて貰った形のようだ。

 

「とにかく! こうしてわん達は約束通り伝説の媚薬を持ってきたわん!!」

 

 運も味方したとはいえ、二人はAL教の禁断保管庫から伝説の媚薬を盗み出してきた。

 という事は。あの約束を、待ち望んでいた報酬を受け取る権利がある。

 

「さぁ魔王様! 魔王様も約束通りリス様を復活させるにゃん!」

「わんわん! そういう約束だったわん!!」

「あー、うむ。……まぁ、確かにそんな約束をしてたっちゃしてたな……」

 

 二匹の犬猫に詰め寄られて、ランスは少々困ったように頬を掻く。

 伝説の媚薬と引き換えに魔人ケイブリスを復活させる。そんな約束をしたのは事実。がしかしそれはこの二匹を追っ払う為に吐いた嘘の約束だった。

 

「……ぬぅ」

 

 どんな女もあへあへエロエロにする媚薬。

 そんなエロ漫画のようなアイテムが現実に存在する訳が無いと、ランスは高を括っていた。

 故にこの状況は想定外。嘘から出た真と言うべきか、口は災いの元と言うべきか。

 

「けどな、これが本物かどうかはまだ分からん。もしかしたらパチもんかもしれんぞ」

「そんな事は無いわん! これは本物だわん!」

「そうだにゃそうだにゃ! だってこれはAL教の本拠地から盗んできた媚薬にゃ。これが偽物だったらあんな厳重な倉庫の中に保管したりはしないはずだにゃ!」

「んな事は証明にはならん。これがマジもんの伝説の媚薬なのかどうか、ハッキリさせる為には一度使ってみて効果を実証しないとな」

「なら使ってみると良いにゃ。はいどーぞ」

 

 ケイブニャンが差し出してきた真偽不明な伝説の媚薬。

 ガラス製の小さな小瓶の中身をランスはしげしげと眺める。

 

「これが伝説の媚薬、ねぇ……」

 

 どろどろとしたピンク色の液体、見た目はあやしい薬品のようにしか見えない。

 これが一滴舐めただけで、どんな女でもあへあへエロエロにする効力を秘めているのか。

 

「ふーん……」

 

 嘘か真か。ハッキリさせる為には使用してみるのが一番手っ取り早い。

 ちょうどここにはホーネットと、ケイブニャンとケイブワンを連行してきた四人の魔人、シルキィ、ハウゼル、サイゼル、サテラというお馴染みのメンバーが揃っている。

 

「……さーてと、そうだな……」

 

 ランスは自然とそちらに視線を向ける。

 

「………………」

 

 すると壁際に並んでいた面々は。

 

「……(スッ)」

 

 ホーネットが、シルキィが、ハウゼルが、サイゼルが、サテラが。

 全員がさり気なくその顔を横に背けた。まるで魔王と視線を合わせないように。

 

「……ふむ」

 

 ──そして。

 

 

「──よし。サイゼル、ちょっとこっち来い」

「なんで私!?」

 

 選ばれたのは魔人サイゼル。

 瞬間王座の間に悲鳴が響き渡った。

 

「ちょっとなんで!? なんで私なの!?」

「いや別になんとなくだけど」

「なんとなくなら誰だっていいじゃない!! それなら他のヤツにしなさいよ!! もっとあんたとエロい事するのが好きなヤツを……ほら、ホーネットとか!!」

「……サイゼル、魔王様直々のご指名を受けたというのにとやかく言うものではありませんよ」

 

 選ばれなかった事に内心ホッとしつつ、取り澄ました表情で呟く魔人ホーネット。

 ランスとエロい事をするのが好きかどうか。その解答は保留しておくとして、あやしい薬の実験台になりたいとは思わなかった。

 

「なら……シルキィ! お願いだから代わって!」

「そう言われてもねぇ……これは私が決める事じゃなくて魔王様が決める事だから……」

「そうだぞサイゼル、とっととこっちに来い。来ないなら絶対命令権使うぞ」

「ぐぅぅ~~……!!」

 

 悔しげに唸るサイゼル。しかし絶対命令権を持ち出されてはどうしようもない。

 嫌そうな顔のまま、魔王のそばまで足取り重くとぼとぼ近付いていく。

 

「……ドーゾヨロシクオネガイシマス」

「よっしゃ。んじゃあサイゼル、少し上を向いて口を開けろ」

「んあ……」

 

 伝説の媚薬の効果と真偽は如何に。

 その実験台Aとなった魔人サイゼルはとても嫌そうな顔のまま大きく口を開く。

 

「そーっと……」

「んっ」

 

 キャップを開けたガラス瓶を傾けて、ピンク色の液体をぽとりと一滴。

 謳い文句の通りであれば、これでサイゼルはあへあへエロエロになるはずだが──

 

「……んん?」

「どうだ?」

「んー……?」

「エロエロになったか?」

「ううん、別に──」

 

 ──なんともないけどー。

 とか言おうとした瞬間だった。

 

「……──んっ!?」

「おっ?」

「んんんんん────!?!?!!?」

 

 きた。なにかが来た。

 落雷に撃ち抜かれたが如く、なにか途轍もない衝撃が一瞬で身体中を駆け巡った。

 眼がチカチカして、頭が、身体が、胸が、そして下腹部が──灼けるように熱いっ!! 

 

「──◎△$♪×¥●&%#!?」

「おぉ、なに言ってんだか全然分からんけどなんか凄そうだな。んじゃやっぱ本物かこれ……」

 

 身体をくの字に曲げて悶絶するサイゼル。

 魔人の身体は他の生物よりも強く、呪いや薬物などへの耐性も強化されているはずなのだが、そんな魔人サイゼルでも数秒で即オチ待ったなし。

 その姿を見たランスが伝説の媚薬の効力に驚いていると、追加でさらなる副次効果が。

 

「────んぅっっ!?」

「おや?」

 

 それが聞こえたのは眼前のサイゼルではなく、少し離れたすぐそば。

 心配そうな顔で成り行きを見守っていた魔人ハウゼルの上げた奇声のようで。

 

「あ、なにこれ……!! 姉さん、まさかこれ、こんな、こんなに──っっ!」

 

 自らの身体を抱いて姉と同じように身悶える妹。

 どうやらこの姉妹の特性、共感覚が発動してお互いの感覚がリンクしてしまったらしい。

 

「おぉ、こりゃラッキー! まさに一粒で二度美味しいってヤツだな。よっこいせっと」

「ひゃっ、ちょっとなに……!」

「さぁハウゼルちゃんも。二人まとめて楽しいところに連れてってやるからなー」

「あぁ、魔王様ぁ……っ!」

 

 ひょいひょいと姉妹二人を抱え上げて、ランスはすたこらさっさと寝室へ移動。

 

「あ、ま、魔王様!! ちょっと、そんな事よりケイブリス様の復活を──!!」

「……魔王様の情事を遮る事は許されません。こうなっては暫く待つしかないでしょう」

 

 

 ──そして。

 暫く待つ事小一時間後。

 

 

 

 

「ふいー、楽しんだ楽しんだーっと」

 

 魔人サイゼルとハウゼルを食べ終わった魔王が再び王座の間に戻ってきた。

 

「魔王様、薬の効果はどうでしたかわん?」

「うむ、あの媚薬は本物だな。二人共あへあへのエロエロだったぜ」

「そうでしょうとも! あれは正真正銘伝説の媚薬なんだにゃ!」

 

 行為を終えて満足げな魔王ランス。ケイブワンとケイブニャンも誇らしげに答える。

 伝説の媚薬は確かに本物だった。一滴で魔人を腰砕けにして戦闘不能に等しい状態に陥れる、AL教がバランスブレイカーとして封印するのも頷ける程の劇薬だった。

 

「わん達だってお使いぐらいなら出来るのよ! わんわん!!」

「ということで魔王様!! ケイブリス様を復活させてにゃん!! にゃんにゃん!!」

 

 最弱の使徒達は使命をやり遂げた。魔王様のご要望に応える事が出来たのだ。

 となれば当然、二人は魔王に対してそれを要求する権利がある。

 

「ふむ……」

 

 さて、どうしたものかとランスは顎を擦る。

 たかが口約束一つ、忘れたフリをして無かったことにしたって何ら問題はない。

 なんせ自分は魔王だ。魔王に奉仕するのはあらゆる魔族にとっての義務、であれば使徒達の働きに対して報酬を与える必要などはない。

 いいや魔王でなくとも。人間だった頃から、自分にとって都合の悪い約束などは軽くシカトしてきたのがランスという男なのだが──

 

 

「──よし、分かった」

 

 数秒の沈黙の後、魔王は頷いた。

 

 

「ほんとにゃ!?」

「あぁ。約束通りケイブリスを復活させてやろう」

「やったぁー!! リス様に会えるわんーー!!」

「やったにゃー! やったにゃやったにゃー!!」

 

 遂に、遂に叶えた、主ケイブリスの復活。

 主に会える。これ以上の歓喜は無い。喜色満面の笑みで喜び合うケイブワンとケイブニャン。

 

「ホーネット、ケイブリスの魔血魂を持ってこい」

「……宜しいのですか?」

「うむ。なんだ、不満か?」

「……いえ。魔王様の決定には従います」

 

 殊勝に頷きつつも、完全に納得してはいないような表情をしているホーネット。

 それはホーネットに限らず、サテラやシルキィも似たような表情でランスを見ていた。

 

「ま、お前達の言いたい事も分かる。あれだけ俺様の邪魔してくれやがったケイブリスをわざわざ復活させるなんて、ちぃっとばかし腹が立つってのは事実だけど……けどな、俺様は考え方を変えたのだ」

「というと?」

「ケイブリスだろうが所詮は魔人に過ぎないっつー話だ。それならむしろ復活させてやって、あのバカリスに絶対命令権を使いまくってオモチャにして遊ぶってのも面白そうだなと思ってよ」

「あぁ……成る程」

 

 にやりと悪どく笑う魔王の魂胆。それは何もケイブリスに再びのチャンスを与える訳ではない。

 与えるのは苦痛と恐怖。魔人にとっては絶対に逆らえない魔王様からの無茶な命令の数々。

 つまりランスの狙いは権力を笠に着たいじめ、あるいはパワハラの類である。

 

「くくくく……魔人と魔王の上下関係ってのを徹底的に教えてやろうじゃねぇか。このランス様のかわいがりを食らってあいつがどれだけ耐えられるか、見ものだぜ」

「わぉん……魔王様、あんまりケイブリス様にヒドい事はしないであげてほしいわん……」

「そいつは約束出来んな。復活させたケイブリスをどう扱うかは魔王である俺様の自由だ」

「そ、それは……そうですが……」

 

 先程の歓喜から一転、ケイブワンとケイブニャンは不安げな表情に変わる。

 

「そうだな……俺様に逆らった罰として、城門の前で磔の刑に処すってのはどうだ」

「は、磔の刑……」

「あるいは……最近身体が鈍ってるし、サンドバッグにして遊ぶってのもいいかもな。無駄に図体のデカいあいつにピッタリな仕事だと思わんか?」

「さ、サンドバッグ……」

 

 復活した主ケイブリスに待ち受ける運命。

 それは磔の刑、あるいは魔王のサンドバッグか。

 

「そういう扱いが嫌だってんなら、ケイブリスの復活はナシにしてもいいが……どうする?」

「……わぅん。……で、でもぉ……」

「……それでも、それでも復活はしてほしいのにゃん……、にゃあ達はそれでもリス様に会いたいんだにゃあ……」

 

 ここで復活する事がイコール幸せとは限らない。

 そうと分かっていて尚、それでも復活を望む気持ちは使徒達のエゴに他ならない。

 沈痛な表情で弱々しく答えるケイブワンとケイブニャンの一方、魔王ランスは相変わらず底意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「ほんとに復活させていいのかぁ? 死んでた方がマシだって思うぐらいの生き地獄を味わう事になるかもしれねーぞ?」

「う、うぅう……」

「にゃ、にゃおん……」

「……まぁいい、分かった。んじゃホーネットよ、あいつの魔血魂を持ってこい」

「はい」

 

 魔王の命を受けた魔人筆頭はすぐさま王座の間を一時退出。

 そして数分後、その手に小さな紅い珠を持って戻ってきた。

 

「お待たせしました、魔王様。これがケイブリスの魔血魂です」

「おう」

 

 受け取ったそれをランスは手のひらの上で軽く転がす。

 自らの血の一部、魔血魂。禍々しく濁るそれにはケイブリスの魂が宿っている。

 

「ここからケイブリスを復活させるには……これを誰かに食わせる必要があるんだよな?」

「はい。ですが誰でも良い訳ではなく、ケイブリスに適合する素体に摂取させる必要があります。ですのでそれを探す必要が……」

「あ、それなら大丈夫にゃ。リス様に適合する魔物はすでに見つけてあるにゃ」

 

 そういってケイブニャンがどこからともなく取り出した大きな袋。

 その袋の中に入っていた魔物は──

 

「……リス?」

「そうだにゃ、リスだにゃ! リス様に適合する魔物といえばリスしかいないにゃ!」

「リス様はリス種の魔物なら大体なんでも適合するわん。そこら辺ガバガバなんだわん」

「へー……」

 

 そこにいたのはロープで簀巻きにされたリス。なんの特徴もないただのリス。

 どうやら魔人ケイブリスは魔血魂の適合性がガバガバらしく、リスであれば何でもOKらしい。

 

「さぁ魔王様! このリスの口にその魔血魂を食わせるわん!」

「にゃんにゃん! それでケイブリス様が復活するにゃん!」

「うむ」

 

 そして……魔王の指が、魔血魂を摘む。

 それがリスの口元へと近付いていって。

 

 

 しかし、その刹那──

 

 

(……けどなぁ。あのでっけー図体のリスが復活するってのはどうも気に食わねぇんだよなぁ。邪魔だし、上から見下ろす目付きがムカつくし、とにかくあの体臭がくせーし……)

 

 とか。

 

(復活するにしても元の図体とは別の姿にならねーもんかなぁ。もっと俺様の方が見下ろせるぐらいにちっこいサイズで、身体から出るくっせー瘴気も消えちまう程度には弱っちい感じで……)

 

 とか、そんなことを。

 魔王が考えてしまったのが原因か。

 

「……(パクッ)」

「食べたにゃ!!」

「食べたわん!!」

 

 そして、そのリスは魔血魂を飲み込んだ。

 するとその身体の内から聞こえてくる声。湧き上がってくる強烈な意思をもつなにか。

 

「……(ぷるぷるっ)」

「……おぉ、なんかリスの様子が……」

「魔人化の予兆だわん! ケイブリス様が復活するんだわん!!

 

 ただのリスだったその身体から突如、紅色の粒子が煙のように湧き上がる。

 適合する素体が魔血魂を摂取した場合、元の魔人の魂と宿主の魂の間で主権の奪い合いが生じ、上回った魂が魔人の身体を手に入れる事となる。

 

「……(ぷるぷるぷるぷるっ!!)」

 

 そしてそれは一瞬で終わった。

 ただのリスでしかない魂が、6千年以上も生きた最強最古のリスの屈強な魂に敵うはずもなく。

 

「うおっ! なんだ──!?」

 

 弱き魂が消えて、強き魂による上書きが完了。

 そして魔人の肉体を再構成。するとその全身がピカーッ!! と眩く輝いて。

 

 

 そして──

 

 

「……ん」

 

 ちょこん、と。

 

 

「あん?」

「……あれ? 俺様は……」

 

 丸い毛玉に、手足と角を生やしただけのような。

 なんだか珍妙な生物がそこに立っていた。

 

「……これ、復活……したんだよな、俺様──」

「リス様ーーーー!!」

「リス様だにゃーー!!」

「うおっ! なんだ、って、お、お前ら……」

 

 感極まって、涙を滲ませながらその小さな身体に飛び付くケイブワンとケイブニャン。

 

「……あぁ、そっか」

 

 自らが作り出した懐かしき使徒達。

 その温もりに、ケイブリスは自分がここにいる意味を理解した。 

 

「……はは、マジか。まさかお前らが俺様の魔血魂を回収して復活させてくれたのか」

「そうだわん!! わん達が使徒としての役目を果たしたんだわん!!」

「にゃあ達頑張ったにゃ! リス様に褒めて貰いたくていーっぱい頑張ったんだんだにゃ!」

「お、おう……そうか」

 

 そもそもの原因、あの決戦に敗れて自分が死んでしまった事。

 そんな自分をこの二人が復活させてくれた事。それを嬉しいと思ってしまった事も。

 

「まぁ……そうだな。……よし、お前ら、よくやったじゃねぇか」

 

 その全てが照れくさいのか、ぶっきらぼうな態度で二人を称賛するケイブリス。

 

「わふん……!」

「ふにゃにゃあ……!」

 

 けれども。そんなぶっきらぼうで愛しい主の褒め言葉こそが一番欲しかったもの。

 ケイブワンとケイブニャンは泣いていた。そして満天の笑顔だった。 

 

「なんかちっちゃくなっちゃってるけどそんなのどうでもいいわん。気にしないわん」

「むしろこっちの方が可愛くなったにゃ。かわいいリス様にゃ」

「あぁ……まいったぜ。なんでか分かんねーけど元の姿に戻っちまったみてーだな」

 

 一度死んで復活した影響からか、最強最古と讃えられた強さは消え去っていた。

 しかし最弱のリスに戻っても尚、今のケイブリスの目に絶望や後悔の色は無い。

 

「おい」

「……けど、俺様は諦めねーぞ。なんたってまだ死んじゃいねーんだからな」

「「リス様……!」」

「それにもう思い出したからな。あの時の気持ちを俺様は思い出したんだ。だから……またここから最強目指して、誰よりも強くなってやる!!」

 

 それは生き延びたいが為──ではなくて、ただ単純に最強になりたいが為に。

 あの決戦にて、自らの原型を思い出せた今のケイブリスは以前までとまるで別人。再びの生によってまさしく生まれ変わったかのようだった。

 

「おい」

「勿論お前らもだ!! お前らも俺様と一緒に最強になるんだからな!!」

「わんわん! 勿論だわん!! わん達だって最強になりたいわん!!」

「にゃあにゃあ! にゃあ達はどこまでもリス様についていくにゃん!!」

「おい」

「へへっ、お前ら……」

「おい。俺様を無視すんな」

「あん?」

 

 と、そんな感動シーンに割り込む無粋な声が。

 

「なんだ──って、んんっ!?」

 

 振り返って……ケイブリスは見た。

 王座に腰掛ける男の姿を。訝しげな目付きでこちらを眺めるその顔は紛うことなき──

 

 

「なっ! なな!! て、テメェはランス!?」

 

 そこにいたのは因縁の相手。憎き怨敵。

 あの決戦で最後に自分を斬り裂いた人間の男、ランスがいるではないか。

 

「なんで、どうしてテメェがここにいやがる!!」

「そりゃ俺様がお前を復活させてやったからだ」

「あんだと!? 何をわけ分かんねーこと言ってやが…………あれ?」

 

 とそこで気付いた。

 ケイブリスが魔人であるが故、それに気付いてしまった。

 そこにいる男から伝わってくるオーラが。あるいは力の波動とも言うべきものが。

 

「……あれ?」

「なんだ」

「…………え、うっそ」

 

 これは……アレだ。

 信じたくはないけど、アレだとしか思えない。

 こうして目の前にいるだけで、本能的に膝を折って頭を垂れたくなってしまう。

 その恐ろしき力の波動。それはケイブリスが過去に幾度と味わい、幾度と畏怖してきたもの。

 

「……ら、ランス」

「だからなんだっての」

「……ま、まさか……」

 

 つまり、それが──

 

「…………ま、ま……まおう?」

「おう」

 

 それが──魔王の証明。

 ランスは魔王になっていた。そこにいたのは第八代魔王ランスだった。

 

「…………がっ」

「が?」

「……が、がびぃぃーーーん……」

 

 と顎を落とすケイブリス。

 ショックだ。とてもショックだった。だって魔王になりたかったのは自分なのに。

 その為に六千年も頑張った自分じゃなくて……ランスが。よりにもよってこいつが。

 自分を倒した因縁の男が。自分の絶対的上位者となって魔王の椅子に座っていた。

 

「……そ、そんなぁ……!! こんな、こんな事があっていいのかよぉ……!!」

「あぁん?」

「だって、なんでランスなんだっ!! リトルプリンセスならまだしもこいつが──ハッ!?」

 

 とそこで、大きな過ちに気付いたケイブリスは目を大きく見開いた。

 

「は、は、はわわ……!」

 

 ランス? こいつ? 

 ……いいや違う。そんな呼び名で、この御方を呼んでいいはずが無いではないか。

 

「あ……えと、ええとですね、魔王様! ぼ、ぼくの名前はケイブリスって言いますっ!」

「そりゃ知っとるが」

「そ、そうですよね、えへへ……。え、えとえと、改めまして、こんにちは魔王様!! ぼくは魔王様の忠実なる下僕です、ぺこぺこ」

 

 リスの毛皮の上に猫を被って、途端に礼儀正しく低姿勢になった魔人ケイブリス。

 媚びる。とにかく媚びる。相手が何者であれ、魔王の前でケイブリスが取る態度はこれ一択。

 

「えー、本日はお日柄もよく、この良き出会いに是非とも魔王様との友好関係を築きたく……」

「お前……すげー変わりようだな。なぁホーネット、これがケイブリスなのか?」

「……えぇ。ケイブリスというのは魔王様の前ではとにかく低姿勢になる魔人ですから」

「ほ、ホーネット、さん、も……こんにちは! 過去のいざこざなんかは水に流して、これからは仲良くしましょうね! ぺこぺこ、ぺこぺこ」

「ケイブリス……今更私相手に媚びを売る必要などありません」

 

 ホーネットの呆れた視線を感じながらも、そんな事は無いとケイブリスは心中で首を振る。

 なんせ自分はこの姿だ、六千年前の最弱だった頃に戻ってしまった。もはや魔人筆頭であるホーネットになんか逆立ちしたって勝てっこない。

 となれば媚びを売る。恥も屈辱も、全てを投げ捨てて自らの命を守る事だけに全力を注ぐ。それが最弱の魔人ケイブリスなりの処世術なのである。

 

「しっかしこいつ……なーんでこんなに小さくなったんだろうな」

「そうですね……魔人が復活する際には多少なりともその力が低下するのは通例ですが、ここまで急激に弱くなった例は過去に聞いた事がありません」

「じゃあ運が悪かったってことか?」

「かもしれません。あるいは……ケイブリスというのはリス種に備わる自己強化の特性によって自らを強くしてきた魔人と聞いています。つまりその身体の大部分が後付けの肉体である事が影響して、一度魔血魂になった事で自己強化により変化させた部分が無くなってしまったのかもしれませんね」

「ほぉ、なるほど……」

 

 真相は当の魔王がそう望んだからなのだが、とにかくケイブリスは小さくなった。

 足元にちょうど収まるサイズといい、丸っこい身体といい、その姿はまるで……。

 

「なんかお前……あれだな。サッカーボールみたいだな」

「え?」

「よし」

 

 と魔王が王座から腰を上げた、ちょうどその時。

 開けっ放しになっていた扉の先、王座の間の正面通路を横切ろうとする影が一つ。

 

「あれ、やってんだ?」

「おぉ、レイじゃねーか」

「あぁ、魔王様。……って、そこにいる丸っこいのはもしかして……ケイブリスか?」

 

 こちらの様子に気付いたのは魔人レイ。

 少し前に魔王との個人面談を行い、俺様の配下に男はいらん罪とロリコン罪にて殺されそうになったものの、話の流れで処分は一旦保留。

 その後人間世界に出向いて、つい先日メアリーを連れてこの魔王城に帰還。そして魔王様の前で謝罪の土下座をかました事によって無事に不起訴処分を受けた魔人である。

 

「ちょうど良かった。サッカーやろうぜ」

「へ? サッカー?」

「って、魔王様、まさか……!」

 

 そしてついでに言えば、魔人レイとはサッカーが得意な魔人でもあって。

 

「いくぜー。へいパースっ!」

「──ぐっ」

 

 げしーっ! と魔王キックが炸裂。

 そのボールが何なのかは言うまでもない。

 

「おっと」

 

 するとレイはサッカーLV2の才能を発揮して、すっ飛んできたそれを華麗にトラップした。

 すっ飛んできた……小さな紅い珠を。

 

「あれ?」

「あぁーーーー!! リス様が魔血魂に戻っちゃってるわんーー!!」

「にゃにゃーーー!? リス様が死んじゃったにゃーーー!!!」

 

 蹴飛ばされたそれは魔血魂に変わっていた。

 まるで手品のような一瞬の出来事にケイブワンとケイブニャンの絶叫が響き渡った。

 

「え、え。まさか今ので死んだのか?」

「そりゃあ魔王様よぉ……あんたが本気でケリを入れたら魔人は死ぬだろ……」

「あれまぁ……」

 

 ランスとしてはちょっとしたかわいがりのつもりだったのだが……結果はこの通り。

 

 ──魔人ケイブリス、ここに死す。

 享年ゼロ歳。二度目の生を受けてからおよそ五分後の出来事であった。

 

「うぅうう゛~……! ひどいわん……!」

「ひどいにゃあ……! 魔王さまぁ……!」

「…………うーむ」

 

 二匹の使徒達の恨みがましい視線を感じながら、ランスはてくてくと歩を進めて。

 

「ほらよ、魔王様」

「うむ」

 

 魔人レイから受け取ったそれを。

 ケイブリスの魔血魂をポケットにしまうと。

 

「……うし。そんじゃそろそろお開きとすっか」

 

 締めの挨拶とばかりにそう宣言した。

 

「ホーネット、サテラとシルキィちゃんも。晩飯食いにいくぞ」

「はい」

「ってちょっと待つわんーー!!」

「勝手に話を終わらせるにゃーー!!」

 

 王座の間からそそくさと退出しようとする魔王。

 すると当然のようにケイブワンとケイブニャンの待ったが掛かる。

 

「なんだ、約束通りケイブリスは復活させてやっただろ」

 

 がしかし魔王は素知らぬ顔で。

 

「でも死んじゃったわん!! 魔血魂に戻っちゃったわんーー!!!」

「そうだな。せっかくのチャンスだったのに何やってんだかなぁあのバカリスは」

「違うにゃーー!! ケイブリス様が悪いんじゃなくて魔王様が殺したんだにゃーー!!」

「いいや違う。今のはあいつが勝手に死んだだけで俺様は悪くない。だよなホーネット?」

「……ケイブリスが勝手に死んだかはともかく、魔王様は悪くないというのはその通りですね」

 

 そして魔人筆頭も同調するように呟く。

 復活したケイブリスをどう扱うかは魔王の自由。それは事前に宣言していた。

 魔人が魔王の所有物である以上、ここで魔王ランスが誹りを受ける筋合いは無いのである。

 

「リス様を二度も殺すなんてヒドいにゃーー!! ヒドいにゃヒドいにゃーー!!」

「ヒドくない。むしろお前らみたいな使徒との約束を守るだけ優しい魔王様ではないか」

「それならっ、それならせめて、わん達にケイブリス様の魔血魂を返してわん!!」

「返すも何も魔血魂は魔王である俺様のものだろ。なんでお前達に返さなきゃならんのだ」

「それじゃあケイブリス様を復活させられないわんーー!! 全然優しくないわんーー!!」

 

 魔人ケイブリスの復活──成らず。

 全ては振り出しに戻ったのであった。

 

「ヒドいにゃーー!!」

「ヒドいわんーーー!!」

「うるさい黙れ」

「ヒドいにゃヒドいにゃヒドいにゃーー!!」

「ヒドいわんヒドいわんヒドいわんーー!!」

 

 あまりに横暴な魔王の行いに、わんわんにゃんにゃんと吠えたくる使徒達。

 がしかし、得てして魔王とはそういうもので。

 

「あーもうやかましいわっ!! あんまりごちゃごちゃ言ってると鍋にして食っちまうぞ!!」

「ふにゃーーーーーー!?」

「ぎゃわーーーーーん!?」

 

 最終的には怒声一発。

 魔王が放った怒りのオーラを間近で浴びて、最弱の使徒達はこてーんと気絶してしまった。

 

 

 

 

 

 

 そして──その後。

 

 ある日、魔王ランスの気まぐれによってケイブリスはもう一度復活した。

 だがまたある日、魔王ランスがツッコミとして放ったチョップによって三度目の死を遂げた。

 

 そしてまたある日。魔王ランス再びの気まぐれによってケイブリスは三度復活した。

 しかしまたある日、虫の居所が悪かった魔王ランスから八つ当たりのデコピンを食らい、ケイブリスは四度目の死を遂げた。

 

 その後も小さなリスは魔王の気まぐれによって復活して。気まぐれに死んで。

 そんな日々を繰り返した結果、ケイブリスは死の恐怖をちょっとだけ克服したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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