ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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完成 アメージング城!

 

 

 

 

 

 

「……はぁっ」

 

 荒い呼吸一つ、額に滲んだ汗を拭う。

 

「はぁ、ふぅ……」

 

 すでに高度2500m、周囲に木々は少なく、時折吹き抜ける風は乾燥していて。

 麓から変わらないペースでの急勾配が続くこの道は標高12000mを誇る翔竜山の登山道。

 

「はふぅ……さ、さすがに険しい道程ですね……」

 

 翔竜山。それは険しい嶮山、それでも世界一の頂きを目指す登山客などが多い名所である。

 下層には登山休憩所が設けられているものの、その先の中層に到達した登山者は数える程度。それを越えて更に道程が険しくなる上層、そして最上層ともなれば推して知るべしというもので。

 

「シィル。ちんたらしてないでちゃっちゃと歩け」

「は、はいぃ……」

 

 そんな翔竜山の高度約2500m、そろそろ下層を越えて中層に差し掛かろうという頃合い、先頭を進むランスにへろへろ顔で返事をするシィル。

 麓からここまでろくな休憩無し。シィルが過去の冒険の日々で鍛えられていなかったら、その見かけによらない高レベルが無かったらとうに音を上げているだろう強行軍である。

 

「……で、まだか?」

「えぇ、もう少しだと思います」

 

 とはいえそれは人間に限った話。

 いかに険しい登山道であろうとも、天下の魔王や魔人筆頭は汗も流さない涼しげな表情。

 

「………………まだか?」 

 

 がしかし、魔王の表情には疲労とは違う不満げな色が乗っていた。

 すでに登山開始から早数時間、未だ目的地には到達せず。

 

「なんか……思っていたよりも入り口が遠いぞ」

「で、ですね……わたしも、もっと麓の方にあるのかと思ってました……」

「ちなみに言っておくけど、入り口が下層を越えた先にあるのは設計図通りの仕様だよ、魔王様」

「ぬぅ……そうだったっけか?」

 

 設計図通りの仕様。つまり設計図の原案を書き上げた魔王ランスの指示通りの仕様である。

 そう答えたのは実働部隊の長、現場監督の任を受けていた魔人パイアール。

 

「にしても毎度毎度山を登るのはメンドい、麓から入り口までワープがしたいぞ。たしか魔物兵を移動させるワープ装置かなんかがあったよな?」

「転移陣ですね。分かりました、早急に設置するよう手配致します」

「転移陣ねぇ……あんな一度の使用で魔力を莫大に消費するから魔法魔物兵を何体も常駐させなきゃいけないような代物より、高速エレベーターみたいなのを設置した方が効率的だと思うけど」

「……と、パイアールは言っていますが」

「どっちでも構わん。とにかく楽に移動出来るようにしておけ」

 

 そんな雑談を交わしながら。

 一同えっさえっさと翔竜山を登り続ける事、しばらくして──

 

 

「……お」

 

 標高3000mの先に見えてきたもの。

 これまでのような自然の山影とは異なる、直線と流線が交じる人工的なシルエット。

 

「……おぉ!」

 

 翔竜山中層の一部を侵食するかのようにその建造物は建てられていた。

 一目見ただけで悪しき者の根城だと分かるような禍々しき外観が特徴的なそれはまさしく──

 

「おぉ! これが俺様の新しい城か!!」

 

 魔王ランスの新たなる居城、アメージング城。

 この世界の支配者が住まう城。新たなる世界の中心。新たなる魔の総本山。

 建設計画開始から二ヶ月と半月程、翔竜山の中層部にそれが出現していた。

 

「わぁ……なんだか、いかにも魔王様って感じのお城ですね……」

「元の魔王城より断然イカすデザインだろ。……ふーむふむ、中々悪くないじゃねーか」

 

 顎の下の撫でながら満足げに頷くランス。

 この城の外観を設計したのはランス本人。……なのだが当初描き上げた落書きのようなデザイン画はあくまで原案として、そこからホーネットやウルザら多くの者達によって修正がなされ、結果今の形に至る。

 実の所ランスが描いたデザイン画とはかなりの部分で違ってきているのだが、当の本人にそれを気にした様子は無い……というか、最初に自分が描いたデザインなどすでに頭から抜け落ちていた。

 

「どれどれ、そんじゃ早速中を見てみるか」

 

 完成したばかりのおニューな城。最初に足を踏み入れるのは勿論城主である魔王ランス。

 開放されていた大門をくぐり、まずはと右手側に見えていた道を進む──

 

「あ、魔王様。そちらの区画はまだ完成しておりませんので……」

「ぬ、そうなのか」

 

 どうやらこっちはまだ未完成らしい。

 ランスはくるりと方向転換して、正面方向に見えるエントランスの方へと歩き出す。

 

「ここが玄関口だな。どれ、中は……おぉ、城内も綺麗じゃないか」

「えぇ、内装も可能な限り拘りました。とはいえまだ少々殺風景ですからね、旧魔王城に飾られていた調度品類を持ってきて飾ればより見栄えが良くなるでしょう」

「あ、それならランス城にあった飾りとかも持って来たりするといいかもしれませんね」

「確かにそうだな。もうあっちの城だって殆ど使わないだろーし……つーかビスケッタさんとかもこっちに来て貰った方がいいかもしれん」

 

 旧魔王城も勿論だが、ランスが元々所有していたランス城にも多くの財産が残っている。

 特に選りすぐりを揃えたメイド達の価値は旧魔王城のそれを上回る程。中には白パンを盗む手癖の悪いメイドなどもいるが、それでも女の子モンスターのメイドさんよりはバリエーション豊かで食べごたえがあるメイド達が揃っている。

 

「向こうに見える別棟が一般用の居住区画となっております。こちらの建物にはシィルさん達や私達魔人が使用する部屋、客人用の貴賓室などがあり、魔王様のお部屋もここの上階となっております」

「ふむふむ、ここら辺は設計図通りだな」

「はい。そして……この奥が魔王様のおわす場所、新たなる王座の間です」

「ほほう、どれどれ……」

 

 この世界の支配者だけが腰掛ける事を許された王座の置かれた場所、王座の間。

 一際目立つ重厚な造りの扉をランスは開こうとして──

 

「あ、魔王様。内部はまだ塗装などの仕上げが済んでおりませんので……今暫くお待ちを」

「ぬ、そうなのか」

 

 どうやら内部はまだ未完成らしい。

 

「ならこっちの方は……」

 

 ランスはくるりと方向転換して、別の区画へと通じる道を──

 

「あ、魔王様、そちら側一帯の区画はまだ何も手を付けてはおりませんので……」

「ぬ、そうなのか」

 

 どうやらこちら側一帯はまだ何も手を付けていないらしい。

 

「……なぁホーネット」

「はい」

「なんか……未完成な場所が多くないか?」

「それは……はい」

 

 控えめに頷く魔人筆頭。

 よくよく見てみれば城内の至る所には『この先工事中!』だとか『足元危険!』『頭上注意!』などと書かれた看板が設置されている。

 その光景は完成した城のそれではなく、どう見ても工事現場のそれである。

 

「これ、具体的にはどれ位完成してるんだ?」

「えー……最低限の居住区画、そして最低限の食堂や御手洗いや洗面所や風呂場などの必要施設、そして王座の間。……今現在仕上がっていると言えるのは以上ですね」

「……ほとんどなんも出来てねーじゃねーか」

 

 外観こそ取り繕っていたものの、アメージングの中身はまるで出来上がってはいなかった。

 いずれも「最低限」と付けられている事からして完成度具合が推し量れるというものである。

 

「おい現場監督、これはどういう事だ。真面目に作業しとんのかいな」

「あのねぇ魔王様。魔王様がこのアメージング城の建設計画を始動させてからまだ三ヶ月も経ってないんだよ? それでここまで仕上がっただけでも驚異的なスピードだと思って欲しいんだけどね」

「それは確かにそうかもですね……特にこんな険しい山の中では作業も大変でしょうし……」

「そうそう、そういう事。ただでさえ設計図があれなんだから……設計図通りのアメージング城を完成させようと思ったらこの先何十年掛かるか……」

 

 この翔竜山全体を城に改造するのが最終的な構想として、現在の進捗はおよそ1%程度。

 パイアールとしてはどう考えても設計図の方が間違っていると言いたいのだが、それを書いた当の魔王の隣で言えるようなセリフではなく。

 

「僕だってこんな中途半端な状態で引っ越すのは勧めないけど、魔王様が早期の引っ越しを希望したから最低限度の環境を整える事を優先したんだ。一応住める状態にはなっているでしょ?」

「ぬぅ……」

 

 早期の引っ越しを実現するにはこれが限界。そう言われてはランスも唸るしかない。

 ひとまず最低限度の設備は整っており、朝起きて、セックスして、寝る。日々をぐーたら過ごす分には現状の出来でも問題は無いと言える。

 

「けどさすがに面白みがないぞ。もっと色々楽しめそうな施設を早く作れ」

「そりゃ勿論。魔王様の生活環境周りの拡充工事は最優先で行う事になってるよ」

「うむ、よろしい。この城のすぐ隣にはあらゆるエロ設備を備えた『SM塔』なんかも建設する予定だからな。そっちも早急にやれよな」

 

 男の夢と欲望をたっぷり詰め込んだ建造物──通称『SM塔』など。

 アメージング城の設計にはランス自身も携わっており、「俺様の城にはこんなのが欲しい」と要望を出したものが数多くある。

 

「けど、ここに住むとなると……食料品や雑貨の買い出しに少々苦労しそうですね」

「んなの麓の町で買えばいいじゃねーか」

「それが麓にあるのは小さな村だけでしたから、買う事は出来るんですけど品揃えが悪くて……」

「そうなのか。んじゃパイアール、この近くにスーパーでも作れ」

「えっ、スーパーなんて設計図に無かったけど」

「なら設計図を変更して作れ」

「………………」

 

 いやそんな待ってよ、設計図を変更するなら設計図の意味が無くなっちゃうじゃん。

 そんな文句がパイアールの喉の奥に引っ掛かり、言葉にならず消えていく間にも。

 

「それに……ここら辺は緑が少ないですよね」

「確かに。ちょいと殺風景だよな」

「向こうの魔王城にあった中庭やランス城にあった屋上庭園みたいに、自然豊かな広場なんかがあるといいですよね」

「いいなそれ。パイアール、それも作れ」

「……標高3000mで? 草木には一定の高度を越えると育たなくなる森林限界ってのが──」

「いいからやれ」

「……了解」

 

 感情の乗らない声で返事をするパイアール。

 

「あとプールも欲しいぞ」

「……遊泳施設だね、了解」

「あと映画館も」

「……室内シアターだね、了解」

「あとコンビニも」

「……城内売店ね、了解」

 

 というか魔王なんだし、コンビニなど利用せず誰かに買い出しをさせればいいだけなのでは。

 そう思えども、魔王がそうしろと言うならそうするのが魔人の役目で。

 

「あと本屋と、オモチャ屋と、ゲーセンと、ボーリング場と……あとラブホ」

「……ラブホテルはいらなくない? だってSM塔を作るんですよね? それに魔王様自身のお部屋だってある訳だし……」

「いる。雰囲気を変えたい時に使う」

「………………」

 

 日々の暮らしを豊かにするアイディアが魔王の口から次々と出てきた。

 こうして──アメージング城完成までの工期は延々と伸びていく事になる。

 

「まぁいいや。とにかく住むのには問題無い程度には出来上がっているって訳だな」

「はい。ですので魔王様さえ宜しければこれより本格的に引っ越し作業を始めたいと思います」

「いいだろう、パッパとやれな」

「分かりました。早急に取り掛かります」

 

 旧魔王城内で荷造りされた大量の荷物。それを運び込めば引っ越し作業は完了。

 この先もアメージング城建築計画自体は進行していく事になるのだが、当面の目標であった引っ越し計画に関しては一応の完遂となる。

 

「んじゃ一旦あっちの城に戻るんだな」

「はい。ただ荷移動は私達が行いますので、魔王様はこちらで待たれていても構いませんが」

「いやいい、俺様も戻るぞ。ちょっくら向こうで用事があるからな」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「そんな訳で、引っ越しをしたのだ」

 

 そんな訳で、一旦魔物界に戻ってきたランス。

 

「そのようですね。新しい魔王城の建設計画については以前より耳にしておりました」

「うむ。古い方の城はもう築千年のカビ臭い城、この俺様には相応しくないからな」

「それはそうかもしれませんね。元より新しい魔王様に代替わりが行われた際、新しい魔王城を建てるのは通例のようなものです。今は旧魔王城となったあの城も、元々は人間世界のリーザス国方面に建てられていた古き魔王城を放棄して魔王ガイ様が新しく建てられた城でしたから」

 

 そんなランスの前には。優雅な所作でソファに掛ける絶世の美女。

 

「アメージング城は翔竜山の中腹にあってな。とっても眺めがグッドなのだ」

「それも噂には聞いておりました。翔竜山をまるごと魔王城に改造してしまうそうですね」

「その通り。最終的には高度12000mの世界一大きくて偉大な城になる予定だ」

「成る程、偉大さを誇る為に昇竜山を……なんとも魔王様らしい判断だ」

 

 そこは大荒野カスケード・バウから南東に進んだ森の奥、魔人四天王ケッセルリンクの城。

 という事で今魔王の応対をしているのはこの城の城主、魔人四天王ケッセルリンク。魔王の手によって女性の身体に戻ったカラーの魔人である。

 

「これからはアメージング城が世界の中心だ。んでその近くに俺様専用のハーレムを置く」

「ほう」

「でだ。俺には前々から気になっていた事があるんだが……」

「なにかね?」

 

 男性だった頃の上品な佇まいはそのままに。

 今や絶世の美女となったその魔人は、言わずもがな魔王の食欲が大いに唆られる相手で。

 

「ケッセルリンク。どうしてお前はこっちにいるのだ」

「こっち、とは?」

「ここだここ、この城。俺様が魔王になって以後お前はずっとこっちにいるだろう。それでは俺様が食べたくなった時にお前を食べられないではないか」

 

 せっかく美女の姿に戻したのに、ケッセルリンクは魔王城で暮らしていない。

 これでは好きなタイミングでその身体を味わう事が出来ない。それが魔王には不満のようだ。

 

「さて、どうしてかと聞かれても……ここが私の城だからね。私が魔人四天王で、この城を与えられているから、としか言いようがない」

 

 平然と答えて、ケッセルリンクは紅茶のカップに口を付ける。

 

「いーや。きっとお前は俺様を避けているのだ」

「そんな事は無い。古くから魔人四天王の私は魔王城を住処とする習慣が無いだけだ」

 

 魔王城とは魔王の居所。城主たる魔王の他、魔王に仕える魔人筆頭などが多くの場合常駐する。

 そして魔人四天王は魔王の膝下を離れた各地に自らの城を構える。それが慣習のようなもの。

 

「ただ……」

「あん?」

「昔は今の世界のように、人間世界と魔物界という境目が無かったからね。この世界全てを支配するのが魔王という存在であり、広大なこの世界の全てを魔王が支配するからこそ、魔王城から離れた各地に城を置く魔人四天王という役割にも意味があった」

「へぇ」

「しかし今では魔物の世界は魔物界として区切られてしまった。この狭い魔物界の中に魔人四天王の城を4つも並べる必要性は薄い。そう考えると先々代魔王ガイの治世以後、魔人四天王という役割も形骸化してしまったのかもしれないね」

「……へー」

 

 今の魔物界の形と魔人四天王の役割。古くより魔人四天王であったケッセルリンクには色々思う所があるようだが、一方で第八代目の魔王様にはいまいちピンとこないようで。

 ランスが気のないリアクションで返したその時、メイド服を来た給仕の一人がティーポッドの置かれたトレーを運んできた。

 

「魔王様。ケッセルリンク様。紅茶のおかわりをどうぞ」

「おぉ。出たなケッセルメイド。君はたしか……ええと、なに子ちゃんだったっけ?」

「私の名前はシャロンと申します、魔王様。以後お見知りおきを」

「そうそう、シャロンちゃんだ」

 

 彼女の名はシャロン。

 8名に及ぶケッセルメイドの中で最古参。常に柔らかな微笑みを浮かべた女性。

 

「なぁケッセルリンク、ここのメイドちゃん達を口説くのはオッケーだったよな?」

「えぇ。以前の約束を覚えていてくれたのですね」

「もちろん。俺様は美女とした約束は忘れんのだ」

 

 それは以前、個人面談の際に約束した事。ここにいるケッセルメイド達を無理やり手篭めにするのはNGだが、正面から口説いて合意を得た上でならセックスしてもOK.

 ケッセルメイド達の中には処女を失うと命を失う呪いを掛けられている者などもいる為、ケッセルリンクが使徒を守らんとする為にはこの約束がどうしても必要だった。

 

「そんじゃあシャロンちゃん、今晩俺様の部屋に来ないか? とってもムフフでグッドな一夜にしてやるぞ?」

「まぁ。もしかして魔王様はこの私を口説いて下さるのですか?」

「イエス。君みたいな可愛い子がいたら口説かない方が失礼だというものだ」

「まぁ、嬉しいお言葉」

 

 早速とばかりに口説かれたシャロンは。

 緩やかな弓形を描くその口元をピクリともさせずに「けれど」と呟いて。

 

「せっかくですが、今晩は遠慮させて貰います」

「む、何故だ」

「だって、勿体無いではありませんか」

「勿体無い? 何が?」

「今この瞬間が、です。魔王様」

 

 相変わらずの笑顔のまま、シャロンはふふっと思わせぶりに笑う。

 

「魔王様のようなお方から口説いて頂けるなんて、これ以上に幸福な事はありません。それなら今暫くはこの身を勿体付けて、次に会った時もまた口説いて欲しいなと思ってしまうのです。私のような計算高い女は特に」

「ほう? 俺様に口説かれるのがそんなに嬉しいのか?」

「それは勿論、一介の使徒風情にはこの上無い幸せでございます」

「ほうほう、そうかそうか……ぐふふふ、中々可愛いことを言ってくれるじゃないか」

 

 口説いて貰えるのが嬉しい。だからもっと口説いて欲しい。

 そう言われるとランスも満更ではない。自分がプレイボーイである事を肯定してくれる言葉はその耳に心地良く入ってくるのである。

 

(さすがはシャロン……上手いな)

 

 セックスのお誘いをひらりと避けつつ、ランスを男性として立てておく事も忘れない。

 自らを計算高い女だとハッキリ宣言している上でこれなのだから、ケッセルリンクをして唸らせるシャロンの見事な処世術である。

 

「まぁいい、今後はシャロンちゃん達を口説く時間だってたっぷりとあるからな」

「あら、そうなのですか?」

「そうなのだ。その為にここまで来たようなもんだからな」

 

 ランスは改めて視線を正面、美女となったケッセルリンクの瞳を真っ直ぐ見つめて。

 

「とにかくそんな訳で、俺様はアメージング城に引っ越しをした」

「はい」

「だからお前もこっちに来い。今後はここじゃなくてアメージング城に住むように」

「ふむ……それは命令ですか?」

「あぁそうだ。これは魔王様命令だ」

 

 これは命令。魔王ランスはキッパリと答えた。

 ケッセルリンクも心の準備は出来ていたのか、間を置かずに首肯した。

 

「分かりました。魔王様の御命令とあらば是非もありません。では私も居を移すとしましょう」

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

「そんな訳で、引っ越しをしたのだ」

 

 所変わって、魔物界南東部。

 魔界都市ミダラナツリー近辺にある壮麗な城。……だった場所。

 今ではその影も消え失せて、崩壊した光景が数ヶ月前にあった激戦を物語る場所。

 

「………………」

「古い魔王城はもう築千年のカビ臭い城、この俺様には相応しくないからな」

「………………」

「アメージング城は翔竜山の中腹にあってな。とっても眺めがグッドなのだ」

「………………」

 

 その中で壁と天井がどうにか無事だった一室。

 ランスの前には。優雅だが、何処か退廃的な雰囲気でソファに掛ける絶世の美女。

 正面にいる魔王の事を見ようともせず、気だるげな目を他所に向いたまま。

 

「最終的には高度12000mの世界一大きくて偉大な城になる予定だ。凄いだろう」

「………………」

「これからはアメージング城が世界の中心だ。その近くには俺様専用のハーレムを置いて……」

「………………」 

「……おいカミーラ、聞いとるか?」

「……聞いている」

 

 感情の乗らない声で答えたのは。この城の城主、魔人四天王カミーラ。

 

「今後、俺様の居所はあっちになる」

「……そうか」

「うむ。魔物界みたいな胡散臭くて陰気臭い場所とはオサラバなのだ」

「………………」

「そんな訳でだ。カミーラ、お前もアメージング城に来い」

 

 ランスは早々に訪問目的を切り出した。 

 

「……私が?」

 

 すると片眉が僅かに跳ねて。

 他所を向いていたカミーラの瞳がようやく目の前のランスの方を向いた。

 

「そう、お前が」

「……私に翔竜山で暮らせ、と?」

「あぁそうだ。お前とセックスしたくなった時にお前が近くにいなかったら面倒だからな」

「………………」

 

 カミーラにとっては因縁深い地、ドラゴン達の生き残りが棲まう翔竜山。

 そこに引っ越すだけでも業腹なのに、その理由が我が身を欲しがるこの魔王の命令で。

 

「………………」

 

 当然の如く、不機嫌そうに。

 途轍もなく不機嫌そうに、カミーラの氷のように冷たい瞳がすっと鋭く細まった。

 

 ──が。

 

「そんな目をしてもだーめ。その程度の睨み、俺様にとってはちっとも怖くないぞ」

 

 魔王相手には一切通じず。

 あくまでカミーラは魔人四天王。それ以上でもそれ以下でもない。

 絶対の頂点である魔王との上下関係はどう足掻いても覆せるようなものではない。

 

「なんなら絶対命令権を使うか? 俺様はそれでも構わねーぞ」

 

 何故なら魔王にはこれがある。

 絶対命令権。魔に属する者を必ず従わせる権利を有している。

 

「………………」

 

 どうあっても抗えない、自らの意思を強制的に捻じ曲げられるあの力を。

 遠い昔に味わったあの屈辱を今再び味わいたいとは思わない。

 

「大体こんなとこに住んでたって仕方ねーだろ。殆ど廃墟同然だぞここ」

「………………」

 

 そして、ランスが言った通りその問題もある。

 派閥戦争の最終決戦時に魔人ケイブリスが散々暴れ回ったせいで、この城はもはや廃墟。

 

「………………ふぅ」

 

 立て直すにしても新築するにしても、その間は仮の住居が必要なのは事実。

 八方塞がりな現状にカミーラは思わず小さな息を吐いた。

 

「……分かった。従おう」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 こうして。

 魔人四天王ケッセルリンク。そして魔人四天王カミーラの転居も決定して。

 

 

「よーしよし、これで魔人四天王達もオッケーだ。シルキィちゃんは元から俺のもんだし……」

 

 魔人シルキィ・リトルレーズン。魔人ケッセルリンク。魔人カミーラ。

 計三人の魔人四天王達がアメージング城に集う事となった。

 

 となると……魔人四天王最後の一人は?

 

「あり? 魔人四天王って残る一人は……」

「それはリス様にゃ!!」

「リス様だわん!!」

「うおっ! 何処から出て来やがった!」

 

 突然にょきっと頭が二つ。

 草むらから野生のケイブニャンとケイブワンが飛び出してきた。

 

「魔人四天王が三人揃ったにゃ!!」

「となれば!! 残る一人を無視するわけにはいかないわん!!」

「お、おぉ……」

「さぁさぁ魔王様!!」

「いざいざリス様の魔血魂を!!」

「ぬ……」

 

 囃し立てて、輝くような瞳を向けるケイブワンとケイブニャン。

 

「……ふむ」

 

 この度、計三人の魔人四天王達がアメージング城に集う事となった。

 となれば。残る一人も復活させて、全員集合させてみようかという気にならないでも──

 

「ま、あれはいいや」

「ひどいにゃー!!」「ひどいわーん!!」

 

 ならなかった。

 依然としてケイブリスの復活は魔王の気分次第といった所だが……ともあれ。

 

 

 ハーレム要員たる魔人四天王二人への転居通告。

 そんな用事を済ませて、ランスは再びアメージング城へと戻ってきた。

 

「これでもう魔物界に目ぼしい女はいないはず。今後は向こうに行く機会もぐっと減るだろう」

「あ、ランス様。おかえりなさい」

「おぉシィル。お前も戻ってたか」

「はい。引っ越し作業を手伝って……今は大型家具類を魔物兵の皆さんが運んでくれています」

 

 旧魔王城からアリの行列のように続く一本道、魔物兵達による引っ越し作業は未だ進行中。

 ただそれでもランスが戻ってきた時にはすでに翔竜山の麓に掘っ立て小屋が建っていて、その中にはアメージング城の入り口と繋がる転移陣が設置されていた。この辺の手際の良さはさすが魔人筆頭といった所である。

 

「そろそろ腹が減ったな……よし。シィル、引っ越し蕎麦を食うぞ」

「あ、そうですね。お引越しをしたらお蕎麦を食べないとですよね」

「うむ。早速食堂に行く……って……そういや食堂って何処にあるんだ?」

「え、ええと……あっち、かな?」

 

 まだ引っ越してきたばかりでろくに道も分からないアメージング城内。

 ランスとシィルが右へ左へと迷いながら廊下を歩いていた、その途中で。

 

「あそうだ。こうして新しい城が出来たんだし盛大にお祝いをしたいぞ」

「築城記念パーティですか、いいですね!」

「うむ。せっかくだし各地から俺様の女達を招いてパーッとやるか」

 

 引っ越し蕎麦を食べて、引っ越し祝いをする。それが引っ越しの通例。

 特にこのアメージング城は魔王の城であり、歴史上類を見ない程に雄々しく偉大な城。

 その完成(極々一部)を祝って祝宴を開くのは当然と言えば当然の事。

 

「おーい、ホーネットー」

「はい、なんでしょう」

 

 その名を呼ばれて、どこからともなく現れた魔人筆頭。

 

「築城記念パーティを開く。準備しろ」

「築城記念パーティですか、分かりました。では早急に準備を……あ──」

 

 魔王様から命を受けた彼女は即座に頷いて、ふいに表情を曇らせた。

 

「ただ……」

「なんだ?」

「その……まだ大人数でパーティを開けるような大広間が完成していませんので……」

「……パイアールを急かしてとっとと作らせろ」

「……了解しました」

 

 こうして──現場監督の仕事は更に増えて。

 

 

 そして──後日。

 人間世界の各地に、アメージング城築城記念パーティの招待状が届けられた。

 

 

 

 

 

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