ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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運命の戦い②

 

 

 

 

「……運命」

 

 運命とは。

 それは人智を越えた意思、遥か天の意思によって定められた巡り合わせ。

 

「運命……」

 

 そんな運命が欲しくて、思い悩んで足掻き続ける魔人達がいた。

 

 

「運命が……欲しいっ!」

 

 その名は魔人サテラ。

 

 

「運命が……欲しいのに……っ!」

 

 その名は魔人ワーグ。

 

 

「ぐぬぬ……!」

「くぅ~……!」

 

 大好きなあの人──魔王ランスとの繋がりを。運命という名の結び付きを。

 自らの手でそれを掴み取ろうと、二人の魔人は当てもない戦いを繰り広げる日々。

 

 

 そして──更にもう一人。

 

「……運命、か」

 

 自らのものでは無いにせよ、人知れず『運命』に翻弄される魔人がここにもいた。

 彼女の名前は魔人ラ・ハウゼル。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 最近、胸の辺りが……重い。

 

「……はぁ」

 

 ドクドクと、鼓動がやけに聞こえる。

 普段通りのリズムとは異なる、いたずらに気を逸らせるような嫌な心地の鼓動が。

 

「………………はぁ」 

 

 最近、胸の奥が苦しい。……ような、気がする。

 ヂリヂリと、ザワザワと。言い表しようの無い何かが胸の奥で蠢いている、そんな感じが。

 ドクドクと聞こえるこの鼓動が、結論から言うと運命の悪戯と呼ぶべきものが、未だ運命とは無関係な魔人ハウゼルの頭を悩ませていた。

 

「これは……何なのでしょうか」

 

 正体の分からない謎の違和感。

 それは例えば焦燥感のような。あるいは不安感のような。

 

「まるで……派閥戦争の時みたい」

 

 これが派閥戦争という争いの最中だったら。それならばあの激戦と苦境の中、こうした焦燥感や不安感を抱いた経験は何度だってあった。

 しかし平穏を取り戻した今の世界でそうした心境になるような理由は無いはず。実際ハウゼルはランスが第八代魔王となって以後、そうした心境になるような事などまず無かった。

 

「これは……やっぱり……」

 

 となれば。この違和感の原因は別にある。

 そしてついでに言えば、この胸の奥の不快感が生まれたのは数日前からのもので。

 

 その原因は……すぐそこに。

 

 

「おーい、サイゼルー」

 

 声が聞こえた。

 少し離れた場所、その名前を呼んだのはこの世界を支配する王、魔王ランス。

 

「げっ!」

 

 その名を呼ばれた姉、サイゼルは実に嫌そうな顔で嫌そうな声で応えた。

 

「ちょうど良かった。今日もこれから行くぞ」

「えぇ~~!? 今日も行くのぉ!?」

 

 魔王ランスからのお誘いにあからさまな反応を示す姉の姿。

 ここ最近、今のようにあの二人が一緒にいる姿を目にする機会が増えていた。

 

「………………」

 

 ──魔王様がお声を掛けているのにそんな態度をしていては駄目よサイゼル。

 そう言うべき場面。だが遠巻きにその光景を見つめるハウゼルの口から言葉は出てこない。

 

「これでもう四回目よ? 昨日も一昨日も再々挑戦したけど結果は同じだったじゃない!」

「だから今日も再々々挑戦だ。クリア出来るまで何度だって挑むぞ」

 

(……今日も、行くのね)

 

 二人の会話の中にあった『挑戦』とは。

 それは世にも不思議な電卓キューブ迷宮、その中で出される試練の事……らしい。

 誰かとの運命が未だ繋がっていないハウゼルには知り得ない話ではあったが、初日の挑戦を終えて戻ってきた姉サイゼルから愚痴混じりにそんな話を聞いていた。

 

 先日、まさかまさかの魔人サイゼルがランスの運命の女だと判明した。

 そしてその後、二人は運命武器を手に入れる為すぐに電卓キューブ迷宮へ向かった──のだが。

 

 しかし、問題が起きたのはそこから。

 迷宮から戻ってきたランスとサイゼルは運命武器を持ち帰って来なかった。つまり、迷宮が出す試練をクリア出来ずにダンジョン攻略に失敗していたのである。

 幸いにも電卓キューブ迷宮は一日に一回という制限ながらも何度だって再挑戦は可能。なのでランスとサイゼルは初日に失敗して以降毎日のように再挑戦を繰り返している……が。

 しかし、どうやら未だに電卓キューブ迷宮の試練がクリア出来ずにいるらしい。

 

「ふっしぎなんだよなぁ。あの迷宮で出される試練ってそんな難しいもんじゃねーはずなのに、なんでか分かんねーけどサイゼルとの試練だけはいっつも失敗するんだよなぁ」

 

 過去の例とは異なる失敗の多さに首を傾げる魔王ランス。

 電卓キューブ迷宮で出される試練、それは特定の順番で道を進んだり、特定の敵だけを倒す事を要求されたりなど、言わばその程度の簡単な仕掛け。

 冒険慣れしているランスにとっては手こずるまでもない試練であり、実際過去に何度も挑戦して何度もクリアしているのだが、しかしどうしてかサイゼルとだけは上手くいかない。

 

「やっぱり私とあんたじゃ無理なんだって! 私とあんたって相性最悪だし……ていうか、そもそも運命の繋がりなんてものは無いのよ!!」

「何を言うか、運命はちゃんとある。だってお前の小指には赤い糸が結ばれてるんだろ? んで俺様に繋がってるんだろ?」

「それは……これはきっと何かの間違いよっ! この糸は私が見ている幻覚に違いないわ!!」

「現実を直視しろサイゼルよ。実際に俺とお前で電卓キューブ迷宮には行けとるだろう。それが運命で繋がっている何よりの証拠だ」

「くぅ……なっとくいかない……」

 

(姉さん……)

 

 今の会話を聞いて分かる通り、姉サイゼルはランスとの運命の結び付きを大層嫌がっている。

 聞けばサイゼルはケイブリス派に属していた時にランスと出会い、その時に色々と酷い目に合わされた事が原因でそれ以降ランスの事を敵視している、毛嫌いしているようで。

 ホーネット派に属していたからランスと懇意になった自分とはまさに真逆の関係性。であるならば、確かにサイゼルにとっては運命の結び付きなどありがた迷惑なのかもしれない。

 

「よーし、しゅっぱーつ!」

「いーーやーーー……」

 

 とはいえ相手は天下の魔王。魔人であるサイゼルが逆らえるはずもなく。

 その瞬間二人の姿がこつ然と消えた。どうやら電卓キューブ迷宮にワープしたようだ。

 

 

「………………」

 

 そして……残されたハウゼルは。

 

「…………はぁ」

 

 今のような二人の姿を見ると。心音がドクドクと嫌な音を立てる。

 どうしてか分からないが、無性に胸の奥がざわざわしてしまう。

 

「本当に……これはなんなのかしら」

 

 その理由が……ハウゼルには分からない。

 この焦燥感にも似た胸騒ぎが。この全身を包んで覆うような違和感が、その正体が。

   

「……はぁ」

 

 それは彼女にとって一心同体とも言える最愛の姉にも言えないような悩み。

 まさにその姉が手に入れてしまった運命により、ハウゼルは人知れず翻弄されていた──

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、あくる日。

 

 

「……あ」

 

 何気なく廊下を歩いていたハウゼルは大階段の前に辿り着いた。すると、

 

「……はっ!」

 

 ちょうど階段を降りてきたサテラと、もう一人。

 

「……はっ!」

 

 ちょうど階段を登ってきたワーグと出会った。

 つまりサテラ。ワーグ。そしてハウゼル。運命に翻弄される三者がバッタリ遭遇した。

 

「二人共、おはよう──」

「………………」

「………………」

「……あれ? え、あの……」

 

 すると一名を除いて、二人は挨拶も無しに突如睨み合う。

 

「………………」

「………………」

「さ、サテラ? ワーグ? どうしたの?」 

 

 妙な空気に困惑するハウゼルをよそに。

 サテラは。ワーグは。お互いの事を刺すような眼差しでじっと見つめ合って。

 

「………………」

「………………」

 

 ──そして。

 

 

「……そうだな」

「……えぇ、そうね」

 

 やがてその目を緩めて、サテラとワーグはお互いを認めるようにゆっくり頷き合った。

 二人は互いに悟った。相手は自分と全く同じものを探し求めている、そして自分と同じようにその方法が見つけられなくて悩んでいる。

 つまり目の前にいる相手は自分と全く同じ状況にある。その事を二人共に察したのだ。

 

「……ここでサテラ達が敵対し合ってもしょうがないよな」

「同感だわ。ランスの運命の女は複数人がなれるって話だし、それなら競ったりしないで一緒に運命を掴む方法を探した方が建設的よね」

「いや、その事なんだが……いやでもそうだな、その通りだ。ワーグ、ここは協力といこう」

「えぇ。情報共有しましょう、サテラ」

 

 そして、二人は手を組む事にした。

 同じ立場に身を置く者同士、なりふり構ってなどいられなかったようだ。

 

 ……という事で。

 

 

 

 

 

「よし。では作戦会議といくか」

「そうね」

 

 一同場所を移動して野外テラス席。

 円形のテーブルに掛けて真剣な表情で額を寄せるサテラとワーグ。

 

「あの、どうして私まで……」

 

 そして、巻き込まれるようにして連行されてきたハウゼルの姿も。

 

「せっかくだしハウゼルも協力してくれ」

「協力?」

「あぁそうだ。第三者が参加してくれた方が良い意見が出るかもしれないからな」

「そうね。ハウゼルは私達の仲間よ。あの裏切り者共とは違って」

「う、裏切り者って……」

 

 裏切り者──それは魔人ホーネット、魔人シルキィ、魔人ラ・サイゼル三名の事を指す。

 要するに一足先に運命を手に入れた者達、抜け駆けをしていた裏切り者共である。

 

「それとも」

「えっ?」

 

 とそこでワーグはギロリと疑いの視線を向ける。

 

「まさかとは思うけど……ハウゼル、サイゼルと同じようにあなたもランスとの運命を掴み取った、なんて事は……」

「なに、ハウゼルまで!? いやでも確かにその可能性はあり得る! どうなんだハウゼル!?」

「どうって……どうもないけど。私は二人が言うような運命なんて手に入れてはいないわ」

「……本当か?」

「えぇ、本当よ。私は……私は、どうやら姉さんとは違うみたいだから」

「そうか……ならいいんだ」

 

 どうやらハウゼルは白。潔白である。

 ここに裏切り者はいない。その事実にホッと一安心のサテラとワーグ。

 

「けど……私は……」

「ハウゼル?」

「どうしたの?」

 

 しかし、サテラやワーグと同じようにハウゼルもまた悩みの中にいるのは事実で。

 種類は違えども運命に翻弄される者同士、成り行きとはいえこうして作戦会議に参加する運びになった訳だし、運命を手に入れていない自分は裏切り者ではなく仲間扱いしてくれている。

 

「実は……──」

 

 故にハウゼルはその悩みを、内に抱えるモヤモヤを二人に相談してみる事にした。

 

 

 

 

「──……ってことなの」

「ほうほう……」

「ふーん……」

 

 姉サイゼルがランスとの運命を手に入れて以降、胸の奥に妙な違和感が疼いている。

 全身を覆う膜のような不安感、その正体がよく分からなくて悩んでいる。

 

「これ……なんだと思う?」

 

 そんな話を打ち明けてみた。

 ──すると。

 

「ハウゼル。それは嫉妬よ」

「うん。サテラもそう思う」

「し、嫉妬?」

 

 告げられた病名は──嫉妬。

 

「そうよ。嫉妬」

「け、けど、嫉妬って……」

「気持ちはよく分かるわ、ハウゼル。私だってここ最近は嫉妬してばっかだから」

「サテラもだ。ホーネット様やシルキィはまだしもサイゼルに嫉妬する日がくるなんてな……」

 

 ホーネット様とシルキィ、ずるい。というかなんでサイゼルまでもが。ぐぬぬ。

 そんな気持ちが嫉妬という病。その症状に覚えがあるサテラとワーグはうんうんと頷く。

 

「嫉妬……」

 

 一方で自らの病名を告げられたハウゼルは。

 

(嫉妬? ……私は、嫉妬しているの?)

 

 誰かを羨み妬む気持ち──嫉妬。

 言われて気付く。この胸の奥にある嫌な心地は嫉妬心というものなのか。

 

(……でも、それなら……私は……)

 

 果たして自分は誰に対して嫉妬しているのか。

 サテラやワーグと同じように、ランスとの運命を掴んだ姉サイゼルに対してなのか。 

 それとも……そんな姉との運命の繋がりを手に入れた、ランスに対して嫉妬しているのか。

 

「そりゃランスだろう」

「うん。私もそう思う」

「え、……そう、なの?」

 

 そんな相談を再度してみた所、二人からは即座に答えが返ってきた。

 

「だってハウゼルはサイゼルの事が好きなんだろ?」

「えっ」

「そうよね。ハウゼルって普段からサイゼルの事ばっか考えてますーって感じだし」

「え、ええと……」

 

 二人は当たり前のように言ってくる。ハウゼルは思わず口籠ってしまう。

 

「好きなんでしょ? サイゼルの事」

「そ、れは…………まぁ」

 

 けれども身に覚え無しとは言えず。ハウゼルは控えめながらもコクリと頷いた。

 確かに自分は姉サイゼルの事を愛している。その愛は一般的な姉妹愛を超えて──少々ながら道徳を逸脱するレベルにまで到達してしまっている。

 一般的な愛を逸脱した姉妹愛、つまりは性的接触を伴うもの。姉妹一緒にランスの寝室に呼び出された時などは「君たち……近親相姦レズセックスは……よくないぞ……」と呆れられた事だって何度もある。

 

「だから私は……嫉妬を?」

「うん。あの二人が一緒にいる所を見るとモヤモヤするんでしょ? 用はそれってサイゼルの事を奪われたように感じてランスに嫉妬しているって事でしょ」

「でもそんな……相手は魔王様なのに……」

「そういう事は魔王とか関係ないでしょ。そうでなくともあのランスなんだし」

「………………」

 

 魔王に対しての嫉妬。──あまりに畏れ多い話ではあるがそれが真相なのだろうか。

 確かに話の筋は通っているような気もする……けれど、それなら自分は──

 

「……でもそっか。それなら安心だな」

 

 とそこで口を開いたのはサテラ。

 

「安心?」

「うん。だってハウゼルはサイゼルを奪ったランスに嫉妬してるんだろう? てことは……ハウゼルはランスとの運命なんて必要無いよな?」

「あぁ、それはそうね。ハウゼルにはランスとの運命なんて必要無いわね。……そうよね?」

「えっと……」

 

 そうよね? と強めに告げたワーグの視線が、そしてサテラの視線がハウゼルに刺さる。

 これ以上裏切り者も出さない為か、そこには有無を言わせないような圧があった。

 

「そ、そうね……私は、ランスさんとの運命は……その、頂けるのなら光栄だけど……どうしても欲しいかって言われると……まぁ……」

「そうだよなそうだよな。ハウゼルはランスよりもサイゼルが一番だもんな」

「そうよねそうよね。ハウゼルは抜け駆けなんかしないわよね」

「え、えぇ……」

 

 抜け駆けなんて絶対ダメだから。と言外に伝えるその空気にぎこちなく頷くハウゼル。

 正直言わされた感は大いにあるものの、とはいえそれはハウゼルの本心。彼女はサテラやワーグとは違ってランスとの運命の繋がりを積極的に欲しているという訳では無い。

 だからたとえ自分の下にそれが訪れなくとも、それが理由で嘆くような事などない──だが、

 

(でも……あるいは私もそうなれれば……その時は姉さんと一緒に……)

 

「ところで……なぁワーグ、至急相談しておきたい事がある」

「えぇ、それが本題よね。聞かせて」

「うん。実は……ここ数日、サテラは運命の女というものについて調べてみたんだ」

 

 そう言って心境な顔付きで語り始めるサテラ。

 どうしても欲しいランスとの運命、その仕組みとなる運命の女システム。

 未だ謎が多いそれについて少しでもヒントを得ようとサテラは独自に調査していたようで。

 

「……それで、重大な事実が判明した」

 

 そして──彼女は気付いてしまった。

 

「まず前提として……現在、ランスの運命のお相手はなんと14人もいるらしい」

「じゅ、14人!?」

「あぁ、14人だ」

「14人……そんなにいるのね……ていうかサテラ、そんな事をどうやって調べたの?」

「ランスから普通に聞いた」

「あぁ、そう……」

 

 それは各国の姫達とか。昔から一緒にいる馴染みとか。はたまた最近知り合った者達なども。

 ランス本人から聞く所によると……ランスと運命で結び付いている女性の数は14人。

 

 ──がしかし、実際にはそれは間違い。

 14という数字はあくまでランスが誰かと一緒に電卓キューブ迷宮を訪れた回数であって、実際にはランス当人もまだ把握していない運命のお相手が存在している。

 その数は3人。よって現状は17人。計17本もの赤い糸がランスの指に結び付いている。

 

「そして……更に重大な問題がある」

「……っ」

 

 真剣味を増すサテラの表情、その深刻さにワーグはごくりと喉を鳴らす。

 

「ホーネット様とシルキィに確認を取ってみたんだけど……二人の小指から伸びる赤い糸の先はランスの指に繋がっているらしくてな」

「指から指へ、他人には見えない赤い糸が二人の間を繋いでいるって事よね」

「あぁ。けどホーネット様とシルキィの糸はそれぞれ別々の指に繋がっているみたいなんだ」

「それって……例えばホーネットの赤い糸はランスの親指に繋がっていて、シルキィの赤い糸はランスの人差し指に繋がってる……みたいな事?」

「あぁ、そういう事だ」

 

 女性側は小指から赤い糸が一本伸びる。それが基本的な仕組み。

 しかしそのお相手側、運命の結び付きが沢山あるランス側は小指だけでは足りない為、その他の指にも多くの糸が繋がっているようで。

                                            

「って事は……もう14人だから……まさか両手両足の指の数、つまり20が上限ってこと?」

「……その可能性はある、と思う」

「それじゃあ……残りは6人!?」

「……あぁ」

 

 もし仮に上限があるのだとすると……残る運命の枠数は──6人。

 もとい、ランスが把握していない分を含めれば……残された運命の枠は、あと3つ。

 

「そ、そんな……!」

 

 驚愕の事実に愕然となるワーグ。

 運命の女が複数人選ばれるのであれば、それなら自分にもチャンスがあると思っていた。

 しかしそこに上限があるのだとすると話は大きく違ってくる。残り僅かしかない運命の星、その争奪戦に負けたら……全てが終わってしまう。

 

「……でも、それなら……私達だって……!」

「……あぁ」

 

 残り僅かしかないのなら。

 ここにいるサテラとワーグは。二人もまさしく競争相手と呼ぶべき立場。

 

「──ハウゼルっ!」

「な、なに?」

「さっきの繰り返しになるけど、ハウゼルはいらないよな!?」

「そうよね! ハウゼルは残る6つの枠を取ろうだなんて思っていないわよね!?」

「え、えぇ……私は……別に……」

「駄目だからな。ハウゼルまでサテラ達の先を行くなんて絶対に駄目なんだからな」

「わ、分かったってば……」

 

 ハウゼルに反論の隙も与えないようなサテラとワーグの剣幕。

 二人にとってはそれだけ切実だった。恋する乙女はいつだって本気なのである。

 ……そしてついでに言うなら、その本気がいき過ぎると危険な事態を招く事もあって。

 

「あそうだ。良いこと思い付いたわ」

「良いこと?」

「えぇ。ねぇハウゼル、あなたはランスとサイゼルが運命で繋がってるのがムカつくのよね?」

「ムカつくっていうか……えっと……」

「で、当のサイゼルだってランスとの運命の繋がりなんて必要としてはいないじゃない?」

「そうだな。サイゼルはランスを嫌ってるし」

「そうよねそうよね。嫌っている相手との運命の繋がりなんて必要無い。それは当然よね」

 

 自分の発言を肯定してこくこく頷くワーグ。

 当の本人にも、そして妹にも歓迎されていない運命の結び付き。

 一方でサイゼルには必要ないそれを強く切望している自分達がいる。……となれば。

 

「だったらいっその事……サイゼルの運命を奪うってのはどうかしら?」

「奪う! それはナイスアイディアだ!!」

 

 手に入らないのなら、奪う。

 それが不要な者から奪い取る。乱暴だが確かに合理的な発想ではある。

 

「でも……姉さんから運命を奪うなんて、そんなの一体どうやって……」

「そこが問題だな。どうすれば運命の赤い糸が奪えるのか……」

「じゃあ……サイゼルの小指を切り落とす、とか」

「それだっ!」

「ちょ、ちょっと……二人とも……!」

 

 その小指を落とす事も已む無し。恋する乙女はいつだって本気なのである。

 運命に翻弄されるがあまり、サテラとワーグの思考はどんどん危険な領域に突入し始めて。

 

「あるいは……残りの運命を奪いそうな奴らをあらかじめ消してしまう、というのはどうだ?」

「あぁ、なるほど……それもアリね……!」

「サテラ、ワーグ……二人共、お願いだから冷静になって、正気に戻って……!」

 

 ダークサイドに片足を突っ込み掛けている運命未所持な二人の魔人。

 そんな二人を現世に留めるのは唯一まともな思考を維持するハウゼルの役目であった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そうして。

 テラス席での作戦会議も終了して。

 

「……ふぅ」

 

 サテラとワーグの二人と別れて、ハウゼルはあてもなく城内を歩いていた。

 しかし、そんな彼女の胸の奥には今も不快げにドクドクと疼く鼓動があって。

 

「……嫉妬、か」

 

 これは……嫉妬、らしい。

 他者を妬む暗い気持ち。そう言われればそんなような気もしてくる。

 運命の繋がりが原因で、自分は最愛の姉サイゼルを取られたと感じているのだろうか。

 

「それなら私はサイゼルとの運命を……っていうのは、なんか違うような気がするわね……」

 

 ランスのように、最愛の姉サイゼルとの運命の繋がりが欲しい──とは思わない。

 何故なら運命などに肯定されずとも、自分とサイゼルが繋がっている事は分かっているから。

 この姉妹の特殊性故か、それはただ何をせずとも自然と理解出来るもので。

 

「だったら私は……私も……ランスさんとの運命があればいいのかしら」

 

 姉サイゼルのように。ランスとの運命の繋がりがあればあるいは……とは思えども。

 ハウゼルは手を伸ばす気にはならなかった。そんな理由で運命を望むなんて不純な動機のように感じるし、あれ程に運命を欲していたサテラとワーグに悪いとも思ってしまう。

 

「……ふぅ。しょうがないわよね」

 

 運命は望まない。自分が望むようなものだとは思えない。

 となればこの鼓動は、この嫉妬心はハウゼル自らが飲み込んで消化するしかない。

 

 

「でも……」

 

 でも一方で──ハウゼルは思う。

 

 

「本当に……そうなのかしら」

 

 この鼓動が。この不安感が。

 ただの嫉妬などという軽いものなのか。

 

 ──そんな思いが、先程からずっと気になっていたのもまた事実で。

 

 

 

 ──そして、その予感は当たっていた。

 つまり、彼女に下される運命とは。

 そんなものとは全く違っていて。

 

 

 

「────あ」

 

 ふいに、感じ取った。

 

 湧き上がる強烈な違和感は。

 この感覚は。この鼓動の高鳴りは。

 

「…………っ」

 

 思わず胸の中心をぎゅっと押さえる。

 今や痛いぐらいに叫びを上げる強烈な心音にハウゼルは気付いた。気付かされた。

 

「……違う」

 

 ランスに向ける嫉妬とか。

 

「……これは……そんなのじゃなくて……!」

 

 この胸騒ぎは。この違和感は。

 その正体はもっと別の──

 

 

「……これ、は」

 

 ──それは、終わりを知らせるシグナル。

 

 

(でも……どうして!? そんな、ここまでなにも無かったのに、どうして突然──!)

 

 それの発動には条件がある。

 そして、その条件は未だ満たされてはいない。

 

 ──しかし、これが運命。

 それこそが運命に翻弄されるという事。

 

 

「──ハウゼルっ!」

「あっ──!」

 

 とその時、呻き苦しむハウゼルの下に姉のサイゼルが駆け付けて来た。

 妹と同じ運命を悟ったのか、血相を変えた表情で。

 

「あぁ、サイゼル……!」

 

 涙で滲む視界、その目に映るは自分と瓜二つな姉の顔。

 

 それは本来、一つのものが二つに別れていた。

 だとしたらそれは……やがては元に戻る。それが避けられない運命。

 

「──あ」

 

 その声はどちらのものだったか。

 その声を最後に二人の姿は消失した。

 

 そして。

 

 

「………………」

 

 サイゼルはいない。

 ハウゼルはいない。

 

 サイゼルはいる。

 ハウゼルはいる。

 

 二人は、一人に。

 無の存在に。

 

 そして、破壊の象徴に──

 

 

「………………」

 

 もう言葉は無い。

 

「………………」

 

 それはただ己の権能を行使するだけ。

 言葉を喋るという行為すらも必要としない存在。

 

「………………」

 

 それが──破壊神ラ・バスワルド。

 第二級神がここに顕現した。

 

 

 

 

 

 


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