ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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ガルティアの話②

 

 

「シィル、お茶」

「はい、ランス様」

 

 ガルティアが食堂から立ち去った後、ランスはまったりと食後の休憩中。

 奴隷が入れたお茶を飲んでふぅと一息ついていると、そばに居た軍師が冴えない表情をしている事に気付いた。

 

「おう、どーしたウルザちゃん」

「……いえ、もう少し有益な情報が欲しかったなと思いまして」

「あぁ、その事か」

 

 あまり実りの無かった先程の会話を思い出し、ランスもつまらなそうに眉を寄せる。

 ついさっき食堂を出ていった魔人ガルティア、元ケイブリス派のその魔人から情報を得る為ウルザは色々聞き出そうとしたのだが、残念な事に大した話は出てこなかった。

 

「まぁ、食べる事しか頭に無い奴だからな、あれは。……ふむ、どれどれ」

 

 そしてランスは何の気なしに、ウルザがテーブルに置いている資料の束に手を伸ばす。

 ペラペラと捲って中を覗いてみると、そこにはケイブリス派の属している魔人についての情報が事細かに纏めてあった。

 

(さすがウルザちゃん、マメだなぁ。……あん?)

 

 知られている敵魔人の数は8体。全員の魔人の情報がそこには載っていた。

 前回ヘルマン地方を襲った魔人バボラ。魔人ケッセルリンク。

 前回自由都市地方を襲った魔人レイ。魔人パイアール。

 前回ゼス地方を襲った魔人ガルティア。魔人メディウサ。

 前回ランス城に進軍してきた魔人レッドアイ。

 そして、魔軍の総大将たる魔人ケイブリス。

 

 しかし、ランスはその資料の情報にふと違和感を覚えた。

 

(あれ? なんか足りないような気がするぞ? あ、そうか。リーザスを襲ったのは確か……)

 

 ウルザの纏めた資料の中には、前回リーザス地方を襲った魔人の情報が抜けていた。

 その内の二人はホーネット派に所属している為、そこに記載されていない事に不思議は無いのだが、残る一人の存在がランスの脳裏を掠めた。

 

「あ、そうだ思い出した。ニミッツだ。なぁウルザちゃん、ここにはニミッツの情報が無いぞ」

「……誰ですか? そのニミッツというのは」

「……あー、そっかそっか。えーと、なんつったかなぁあれは……」

 

 ニミッツの名では通じないと気付いたランスは、記憶を巡るかのように額をコツコツと叩く。

 

「……こう、ほら、筋肉で、んでおっぱいがデカくて……そう、レキシントン!」

 

 魔人レキシントン。ランスが前回の戦争で魔人ハウゼルに会う為、リーザス王国に出撃した際に戦う事になった魔人である。

 頭から絞り出せたその名にスッキリした表情で頷くランスの一方、その名を聞いたホーネット派魔人二人は不可解な表情になった。

 

「レキシントン……て、何だっけ?」

「レキシントンって……あの鬼の魔人の事? ランスさん、あれはもう随分前に死んだ筈よ。……確か、聖魔教団の時だっけ?」

「そりゃまぁそうなのだろうが、その後に復活してケイブリス派に居るのだろう?」

 

 前回の戦争でリーザスへ侵攻してきた事もあり、ランスは当然に魔人レキシントンがケイブリス派に属していると思っていた。

 しかしその魔人の事を知るシルキィに詳しく聞いてみると、この派閥戦争の戦局の中でレキシントンとは対峙した事など無く、そもそも復活したという話を聞いた事すら無いとの事だった。

 

「んな馬鹿な。確かにケイブリス派に居た筈……」

「あれは戦う事が何より好きな魔人だったから、復活して向こうに居るなら戦場に出てこない筈が無いわ。何かの勘違いじゃない?」

 

 シルキィの説明に、ランスは納得のいかない表情で首を傾げる。

 レキシントンとは確かに戦った記憶があるし。何よりその魔人の容れ物となった少女を抱いた記憶がある。彼は倒した相手の事ならともかくとして、一度抱いた女の事は滅多に忘れる事は無い。

 

(……て事はまだケイブリス派には属してないって事か? それともまだ復活してないって事か? ……うーむ、よく分からんな)

 

「ランスさん。魔人レキシントンについて、何か心当たりが?」

「……いんや、居ないならいい。ちょっと気になっただけだ」

「……そうですか。ところでランスさん。今後の作戦はどうしますか?」

「……今後なぁ」

 

 レキシントンについては多少気になったが、しかし分からない事を考えていても仕方が無い。

 ランスは頭を切り替えて、ウルザに言われた今後の活動について考えてみる。

 

 前回の第二次魔人戦争、その時は開戦してすぐに人類は滅亡の危機に晒された。

 ランスが巨大戦艦内のコールドスリープ装置から目覚めた時には、すでに絶体絶命の状況にまで追い込まれており、その結果ランスはランスらしからぬ勤勉さでもって戦い続けなくては到底生き残れなかった。

 

 しかしこの派閥戦争でのホーネット派の現状は、当時の人類の状況に比べるとまだまだ余裕があると感じていた。それに加えて先日ガルティアを引き抜いた事で、さらに両派閥の戦力格差は縮まった。

 そう急いで次の作戦に移らなくてはならない状態だとは、今のランスは到底思えなかった。

 

(すでに一つ活躍したしな、あんまり働きっぱってのも体に良くない。何より俺様の真の目的は、ケイブリス派よりもむしろホーネット派にあるからな)

 

 ランスはお茶をぐいっと一口で飲み干して、今後の活動について発表した。

 

「決めたぞ。しばらくゆっくりする」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして数日後。

 ホーネット派の最前線の魔界都市サイサイツリーに、魔人ガルティアが到着した。

 

 到着早々彼は、この都市にいる兵達の指揮を執っている魔人の下に挨拶に向かった。

 あちこちに張られているテントの内、指揮官用に誂えられた他より豪華なテントの入り口をくぐる。

 

「よう、ハウゼル」

 

 中にいたのはホーネット派魔人の一人、火炎を操る魔人ハウゼルだった。

 ホーネットはこの場を離れる際、魔人メガラスに魔物兵の指揮を頼んだ。だがその魔人は口下手であってそのような事は不慣れな為、サイサイツリーと魔王城の中間にある都市を拠点としていたハウゼルと役目を交代していた。

 

「こんにちは、ガルティア。すでに各所で噂にはなっていましたが、貴方がホーネット派に入ったというのは本当だったのですね」

「あぁ、これからこっちで戦う事になった。ま、今までの事は水に流して仲良くやろーぜ」

「えぇ、そうですね。貴方がこちらに味方してくれてとても助かります」

 

 元敵となるその魔人の気さくな態度に、しかしハウゼルは気にした様子も無くにこりと笑う。

 彼女はガルティアの離反について、驚きはしたが特に警戒はしていない。生真面目で優しい性格のハウゼルは、相手を疑う事に慣れていなかった。

 

「んじゃあ挨拶も済ませたし、ちょっくら行ってくるな」

「行くって、まさか戦いにですか?」

「あぁ。俺は一刻も早くあの団子を味わいたいんだ」

「団子?」

 

 不思議そうなハウゼルをそのままテントに残し、ガルティアはすぐさま都市を出発する。

 

 ホーネット派、ひいては特製団子の為。その魔人は早速ケイブリス派と戦うつもりであり、敵派閥の最前線であり彼自身が数日前まで拠点としていたビューティツリーの方へ向かう。

 大軍が移動出来るよう大きく切り開かれた道を進む事二時間弱、ビューティーツリーへと続く道の半分辺りにまで来た所で、彼はケイブリス派の偵察部隊に見つかった。

 

「お、敵発見」

「が、ガルティア様ッ!? まさか、ホーネット派へ寝返ったというのは本当に……!?」

 

 偵察部隊を率いていた魔物隊長が、自分達に対して戦意を見せるガルティアの姿に驚愕する。

 今彼等が拠点としているビューティツリー内では、ガルティアがケイブリス派を裏切ってホーネット派に参加したという噂でもちきりである。

 その魔物隊長は浮足立つ自らの部隊を、噂を否定することでなんとか統制していた。

 

「ああ、そういう事だ。んじゃ、戦うか」

 

 軽く肩を回した後、ガルティアがその腰から引き抜いた蛮刀が鈍く光を反射する。

 

 それを目にした魔物隊長は瞬時に退却を決断した。無敵結界を有する魔人と戦う術など無い為、極めて妥当な判断ではあったのだが、しかし戦意を向けたその魔人の前に立つと、逃げる事はおろかそのように指示を出そうと口を開く事すら困難だった。

 

「まぁ、昨日の友は今日の敵ってね。恨みっこなしでいこうぜ」

 

 

 

 そしてガルティアはひと暴れして、ケイブリス派の偵察部隊の一つを片付けた。

 その最中に彼はふと考える。

 

(……つっても、勿論恨んでるんだろうなぁ。ケイブリスの奴は)

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 それは見事にガルティアの想像通りだった。

 

 魔物界南西部に存在しているとある城。それがその魔人の居城であり、その城にある玉座の間。

 部屋内はその魔人の躰から流れ出る恐瘴気が充満しており、胆力の弱い生物は立っている事も許されない、とても重苦しい異様な空間。

 

 ケイブリス派の主、最古にして最強、異形の躰を持つリスの魔人ケイブリスはそこに居た。

 玉座の上に堂々と君臨して、配下からの報告を受けている途中だった。

 

 

「……どうも俺様とした事が、つい聞き逃しちまった。……もう一度言ってみろ、ストロガノフ」

 

 努めて平然を装いながら、眼下に居るその相手をぎろりを睨む。

 すると恐瘴気の量はさらに増し、その魔人の身の内から溢れ出そうな怒りを如実に表していた。

 

「は。……調べてみた所、やはりあの噂は全て真実でした。魔人ガルティア様は我々の派閥を離反し、ホーネット派についたようです」

「……ふざけやがって」

 

 獅子の顏を持つ大元帥、ストロガノフが一音一句同じ報告を繰り返す。

 自分の聞き間違いでは無い事が分かった途端、派閥の主は憤激した。

 

「ふっざけやがってぇあのクソ野郎ッ!! この俺様を裏切っていいと思ってんのかぁ!! おいストロガノフ、あいつを俺様の前に連れてこい!! ギッタギタのぐちゃぐちゃにしてやる!!!」

 

 まるで地を揺るがさんばかりの怒号が響く。そのあまりの衝撃に側に控えていたその魔人の使徒、ケイブニャンとケイブワンは部屋の隅っこに逃げて縮こまる。

 

 ケイブリスは味方の裏切りを極端に嫌う。それはストロガノフの直属の部下として派閥戦争でも活躍していた精鋭部隊マエリータ隊を、反乱の可能性があるからと解体してしまう程である。

 そんな猜疑心の強いその魔人にとって、今回のガルティア離反は到底許せるものでは無かった。

 

 

 そして数分後、喉が枯れんばかりに散々吠え、形状を保ったままの物が見当たらなくなる程に周囲に当たり散らし、なんとかその怒りを多少発散させたケイブリスは、乱暴に玉座に座り直した。

 

「ぜー、ぜー……ぶっ殺してやる、ガルティア…………けど、魔人が一体抜けたとなると……」

「はい。ホーネット派との戦力差が縮まった事は誰が見ても明らかです」

 

 主の怒りが収まるのをひたすら耐えていたストロガノフが、神妙な表情で頷く。

 

 ガルティアがケイブリス派から離反した影響、それは非常に大きいものだった。

 派閥戦争の開戦当初からケイブリス派はホーネット派より優勢だった。何故なら所属する魔人の数が多かったからである。

 しかしその後、お互いの派閥から魔人の離脱を繰り返して、そしてここに来てガルティアが寝返った事で、ケイブリス派の魔人の数的優位は一体だけになってしまった。

 

 その事実に加えて、開戦当初から積極的に前線で戦っているホーネット派の主とは違い、ケイブリスは今まで一度も戦場に出た事が無い。

 ケイブリスを戦力として計算しない場合、すでに魔人の数は互角と言える。ケイブリス派の魔物兵の間ではそんな話が不安材料として広がっていた。

 

「ちっ……、このままホーネットを調子付かせる訳にはいかねぇ。何かいい方法は……」

 

 魔人ケイブリス。彼の目的はホーネット派を倒す事では無く、魔王になる事である。

 本当なら派閥戦争などすぐに終わらせて、今も逃げ回る魔王の捜索に力を入れたい。彼にとってホーネットなど大いなる野望の前の障害の一つに過ぎず、ガルティアの離脱程度で躓いてはいられない。

 

 当然自分が戦場に出るなどという危険な真似はしないが、自分は決して危険を侵さず、今よりホーネット派の優位に立つ方法は無いか。

 

 しばらく考えていたケイブリスは、一つ良いアイディアを思い付いた。

 

 

「……そーだ。いーこと考えたぜ、ストロガノフ」

「ケイブリス様。良い事とは何でしょう」

「なに、簡単な事だ。魔人が減ったんなら増やせばいいじゃねーか」

 

 ケイブリスは邪悪な形相を嘲笑うかのように歪ませる。

 事によってはホーネット派に致命的な打撃を与えられるかも知れない、素晴らしくナイスなアイデアを閃いたと確信していた。

 

(増やすとは、ホーネット派から引き抜きを……?いや、そうではないな。まさか……)

 

 今の魔物界には一人だけ、どちらの派閥にも属していない魔人が居る。

 その者の事を言っているのだと、ストロガノフは派閥の主の言葉の意図を察した。

 

「では、ケイブリス様……」

「あぁ、俺様は動きたくねぇからあいつの勧誘はケイブワンとケイブニャンに任せておきたかったが、こうなった以上は仕方ねぇ。あいつの天敵である俺様が直々に派閥に引き込む。……従わなかったらぶっ殺してやる」

 

 

 

 その後、ケイブリスはある小さな家に赴き、そこに住んでいた魔人を強引に派閥に加えた。

 

 その魔人の名はワーグ。

 

 過去に戻ってきたランスの知らない魔人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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