→挑戦する
「そう!! それでいいんだよ!!」
その瞬間、ハニーキングはにっこり笑顔に。
「よくぞ挑戦するを選んでくれたね! 君たちが変な悪ノリをしない性格で助かったよ!」
「けどまぁ、ぶっちゃけると挑戦しないを選んだところで話の流れは変わらないんだけどねー!」
「だってもう先々までプロット自体は決まってるもんねー! ここの選択次第でこの先のプロット全ボツだなんてあり得ないもんねー!!」
「てな訳で挑戦だね」
「おう」
「良かった良かった。もし挑戦しないが選ばれていたら私の必殺パワーを使って強制メガネの刑にしちゃうところだったよ」
「なんだそりゃ……」
強制メガネの刑。それはあらゆる立ち絵にメガネを装着させる原画泣かせの刑。
そんな恐ろしい刑に処されるとあっては最初から挑戦しないという選択肢は無かったようだ。
「さぁ! それでは超・挑戦モードに挑戦してもらうよ!!」
という事で。
紆余曲折あったが超・挑戦モードへのチャレンジスタートである。
「言うまでも無い事だけど、この超・挑戦モードに挑むのはランス、君だよ」
「いいだろう。どんな敵が出てこようがこの俺様に掛かれば楽勝だ」
チャレンジャーは勿論この男、ランス。
「さっきも軽く説明したけど、この超・挑戦モードは挑戦者の君が私の用意した強敵に挑んでいく挑戦モードだ。そのステージは全部で6つ!」
「6つか。結構多いな」
「まぁね。でも困難に見合う分のご褒美は用意してるからって事で納得して欲しいな」
待ち受ける難関ステージは計6つ。
ハニーキングが用意した6つの試練を乗り越えればゲームクリアとなる。
「これは挑戦モードだから戦う敵は一体のみ、面倒な雑魚戦なんかは基本的には無いからね」
「要するにボスを倒せってことだろ?」
「そうだね。各ステージ毎に待ち受けるボスが一体いるから、そいつを倒せばステージクリアだ」
ステージクリアの条件はボスを倒す事。
「そして挑戦者は君オンリー、つまり他の仲間やお友達の参加は一切NGだからね」
「魔王様お一人で、ですか……」
「別に構わん。仲間など居なくても俺様一人いりゃ十分だ」
チャレンジャーはただ一人のみ。仲間の参加は認められない。
「あ、ちなみにこれは君の腰に下がってる魔剣や聖刀も一人にカウントするからね。つまりそれらも超・挑戦モードでは使用禁止だ」
「なに? カオスと日光さんもか」
「そりゃ勿論、魔剣はまだしも聖刀なんか人間の姿にもなれちゃう訳だしね。ただその代わりと言ってはなんだけど代用の武器は用意してあげるからその辺は心配しないでいいよ」
聖刀と魔剣の使用も不可。
チャレンジャーはあくまでランスただ一人のみ。
「これは君自身の強さと、知恵と、勇気。それら総合力が試される挑戦モードってわけさ」
「ふーむ……」
「……って、思ってたんだけどー」
「あん?」
「よくよく考えたら君一人だとそれはそれでこっちも色々と大変っていうかー。一人だと絵的に寂しい事になりそうだしー、ずっと同じ絵面が続く事になりそうだしー、行動の幅も減って話に起伏も生まれなさそうだしっていうかー」
「さっきから一体なにを気にしとるんだお前は」
「という事で。各ステージ毎にお助けキャラとして仲間を一人だけ参加OKにするよ!」
がしかし。ランス単独での6ステージ攻略ともなれば、絵面がずっと変わらず次第にマンネリ化してしまうというとても深刻な問題が発生する。
そこで救済措置として各ステージに一人だけ仲間の同行を許可する、との事らしい。
「ただし! そのお助けキャラは私の権限で私が勝手に決めちゃうからね! 君が自由に選べるって訳じゃないからそこは注意してねー!」
「む。だったら女にしろよな女に。もしお助けキャラに男を選びやがったらはっ倒すぞ」
「さぁ~てどうかな~? それはその時のお楽しみってやつだねぇ~、はーはははははー!」
思わせぶりに笑うハニーキング。
お助けキャラは運営側による自動選出。ランスが任意に選ぶ事は出来ない。
「ここまでがざっと超・挑戦モードのルールだ。何か質問とかはあるかい?」
「別にない」
「そうか分かった! それじゃあ早速チャレンジ開始と行こうか! よーし、いでよー!!」
いでよー! とハニーキングはその片手を高々と天に掲げた。
するとその手の中にぽんっ! と、『運試し』と書かれた正方形の箱が出現して。
「じゃじゃーん! くじ引きー! これを使って挑戦するステージを決めて貰いまーす!」
「ほう、クジか」
「ではこのクジを~……私が引きまーす!」
「お前が引くんかい」
「さぁドキドキターイム! 君が最初に挑むステージは…………こーれだーっ!」
箱の中に手を突っ込んでかき混ぜて、やがて一枚のクジを掴んだ。
「……む、むむむっ!」
クジに書かれていたのは──『6』
「うん、まぁ悪くないね。最初のステージとしては手頃な相手が選ばれたんじゃないかな」
「一体どんなボスなんだ?」
「それは戦ってみてのお楽しみって事で。というわけで……よっこいしょー!」
ハニーキングは左手を頭上に掲げて大きく下に振り下ろした。
するとぐにゅーんと空間が歪んで、人一人通れる大きさのワープゲートが出現。
「これぞ私の超パワー! このワープゲートの先は現世とは隔離された異空間、私のスーパー超パワーで作り出した特殊空間に繋がっているよ」
「そこにボスが居るって訳か」
「そういう事。このワープゲートに入った時点で超・挑戦モード開始だ。以後はステージクリアするかリタイアしない限りはこっちの世界に戻って来られないけど……覚悟はいいかい?」
「おう」
ランスは力強く頷いて。
「こんなお遊び程度、俺様に掛かればちょちょいのパーでクリアしてやるわ」
「ふふふ、言葉通りの活躍を楽しみにしているよ。それじゃーいってらっしゃーいっ!」
そして、ワープゲートに足を踏み入れる。
──こうして超・挑戦モードがスタートした。
◇ ◇ ◇
明滅、暗転を繰り返す視界。
ぐにゃぐにゃぐるぐると歪むワープゲート内を通過して。
「……ぬぅ?」
やがてランスは降り立った。
そこは超・挑戦モード第一ステージ。強敵たるボスが待ち受けるらしい戦いの場。
「ここは……」
息を吸って、喉の奥に纏わりつく気配。肌に感じるは淀んだ空気。
空は赤黒く、分厚い雲に覆われて光が差さない暗黒の世界。
「ここは……魔物界だな」
そこは人類未踏の地、ランスも今となっては懐かしさを感じる程に馴染んだ魔物界。
ふと見てみればすぐ目の前、そこには分厚い城門を構える壮厳な巨城のシルエットが。
「でもってここは……前の魔王城じゃねーか」
これまた懐かしき場所──前の魔王城。
つまりそこは魔物界の北部、魔界都市ブルトンツリーのそばに居を構える旧魔王城。
翔竜山にある現魔王城アメージング城に引っ越してくる以前、ランスも一年以上の長きに渡ってお世話になった馴染みの城である。
「こうして目の前に飛ばされたって事は、この城の中にボスがいるって事だろうな」
「………………」
「……誰もいない。独り言言ってても空しいだけだしとっとと片付けるか。そういや代わりに用意してある武器ってのは……お、これか」
普段は魔剣カオスがあるべき腰元、そこには代用品の長剣が下がっていた。
ランスは早速引き抜いて軽く振るってみる。特になんの特徴も無いシンプルな剣ではあったがそこはハニーキングの超パワーによって用意された武器、魔王の力で握ったり振るったりしても欠けたり歪んだりはしない程度には逸品のようである。
「うむ、武器は大丈夫そうだな。……で、肝心のお助けキャラっつーのはどこに……」
ランスがきょろきょろ辺りを見渡した、その時。
「お」
すぐ隣にもう一つ、新たなワープゲートが出現。
その中から出てきたのは──
「っ、これは一体……」
「おぉ、ホーネット。お前がお助けキャラか」
「あ、ランス……」
ワープゲートから出てきたのは見慣れたドレス姿と緑の長髪、魔人ホーネット。
魔王に忠誠を誓う魔人筆頭、どうやら第一ステージのお助けキャラは彼女のようだ。
「よしよし、とりあえず女だからOKだ。お前もあの白ハニワにワープさせられたのか?」
「えぇ。貴方がワープゲートに入ったすぐ後、突然に有無を言わさずと言った感じで……」
「なるほど、相変わらずナメた真似をする……が、安心しろホーネットよ。あの白ハニワはこの挑戦モードを全クリして報酬を手に入れた後、徹底的にしばき倒す予定だからな」
「……確かに、私はともかく魔王である貴方の前であれほど身勝手に振る舞われては……何らかの対処は必要でしょうね」
ホーネットは頭の痛そうに、というか面倒くさそうに息を吐く。
ワープゲートを自在に作り出す超パワーといい、魔王や魔人筆頭を相手取った上で好き勝手始めたこの挑戦モードといい、ハニーキングの力は常識を遥かに凌駕している。
今のハニーキングはただのキングではなく全てを超越する究極的な存在なのだからそれも当然の事なのだが、巻き込まれる方は堪まったものではないというのが二人の率直な感想だった。
「まぁいい、とにかくサクッとステージクリアするぞ。なんせ魔王と魔人筆頭が揃ったんだ、どんな相手だろうと敵にすらならんわ」
「そうですね、早く終わらせましょう。……そういえばここは旧魔王城ですよね、ボスはこの城内で待ち構えているのでしょうか」
「多分な。という訳で……でりゃ!」
眼前には固く閉ざされた城門。ランスは長剣を引き抜いてすぐさま魔王アタック一撃。
桁違いの破壊力で門扉どころか城門そのものを粉砕し、辺り一面は瓦礫の山となった。
「では行くぞ」
「ら、ランス……そんな乱暴な……」
「ここは旧とはいえ魔王城、つまり俺様の私物なのだから何をぶっ壊したって無問題だ。それにさっきの白ハニワの話じゃ、ここは現実世界じゃなくてアイツが作った特殊空間らしいぞ?」
「あぁ、そういえばそのような事を言っていましたね。なんでも超パワーで作り出した異空間のような場所だとか……」
ハニー種の王にそんな力があるとは正直眉唾なのですが……とホーネットは眉間を歪める。
がしかしキングは何でも出来る。どんなルールでも自分の好きに弄る事が出来るし、超・挑戦モードというイベントの為に現実とは異なる特殊空間を作り出す事だって出来る。
つまりたった今城門を破壊されたこの旧魔王城は言わばレプリカのようなもの、現実世界にて存在している旧魔王城とはあくまで別物。それが証拠に城内に足を踏み入れると、
「けれど……確かに……」
「あん?」
「いえ、なんだか……城内の雰囲気が以前までとは少し違うような気がしまして」
生まれた当時から百年近く、ずっとこの城で暮らしてきたホーネットはすぐ違和感に気付いた。
「これは……」
その空気が、懐かしさを覚える郷愁が。
自分がよく知るはずのそれと何かが異なると感じていた。
「それに物音が全然聞こえんぞ」
「……えぇ、そうですね。アメージング城への転居後、こちらの魔王城も魔物界の一拠点として管理の人員を置きましたから全くのもぬけの殻という事はないはずです。それなのにこうも人気を感じないという事は……やはりここは現実ではない特殊空間なのでしょう」
「そういやあの白ハニワは雑魚戦抜きだっつってたから、誰もいないのはそれが理由かもな」
基本的に雑魚戦は無し。──という事で、無駄なエンカウントは無し。
なので本来ならここに常駐しているはずの元ホーネット派魔物兵達の姿は無かった。
今この城に居るのはランス達を除いて一人、待ち受ける第一ステージのボスのみである。
「何にせよ好都合だ、とっととボスを倒すぞ」
「問題はボスが何処に居るのか、ですね。この城内で戦闘を行うのだとすると……十分な広さがあるのは中庭か、あるいは王座の間でしょうか」
「んじゃきっと王座の間だな。そっちの方がボスの居場所っぽい気がする」
という事で、二人は王座の間に向かう事に。
入り口を入った先にある階段を登って、勝手知ったる城の中を迷う事なく進んでいく。
「……?」
その途中。
ふと気付いて、ホーネットの片眉が上がる。
「これは……」
ここは旧魔王城の城内。
特殊空間に作られたらしい、現実とは異なる世界の光景。
「………………」
「どした?」
「……いえ。なにか……変な感じが……」
「変な感じ?」
「えぇ。言葉にし難い感覚なのですが……何かが引っ掛かって……」
城内の構造は変わらない。しかし、例えば壁に掛けられた絵画やカーテンの柄などが。
城を飾る調度品として置かれた花瓶やランプなどが。普段なら特に気にならないような部分がやけに気になる。どうしてか目に付く。
「…………?」
何かが違うのに、何故か懐かしさがある。
それ自体おかしな事だと思いつつも、ホーネットは肌に触る奇妙な感覚を拭えずにいた。
「なんでしょう、これは……」
「ま、所詮はあの白ハニワが超パワーとやらで作った胡散臭い世界だからな。あんまし深く考えたって無駄だと思うぞ」
「そう言われると返す言葉がないのですが……」
深く考えたって無駄。その言葉には同意せざるを得ないとしても。
(……しかし、この感覚は──)
特にこうして階段を一段、一段と上がる度。
そこに近付いていくにつれて、さざ波のようだった気配は強さを増してきて。
「………………」
「……で、ここか」
到着してランスは足を止めた。
そこにはひときわ重厚な造りの扉。その先にあるのは魔族の王たる者が腰を下ろす王座。
「うむ、やっぱりここだ」
「……えぇ、間違いなさそうですね」
頷く二人。まだ立ち入る前の段階からすでに確信があった。
強者だけが放つ波動というべきもの、それが扉越しにでもひしひしと伝わってきていた。
「準備はいいか、ホーネット」
「問題ありません。……今回は以前のケイブリス戦などとは違って貴方の力が桁違いですから、私は前に出るよりも魔法主体でサポートに回った方がいいかもしれませんね」
「分かった。つってもそこまでせんでもどうせ楽勝だろうがな。なんたってお前は魔人筆頭で俺様は最強の魔王、どんな相手が出てこようが戦いにすらなる気がせんわ」
相も変わらず、戦う前から勝利を確信している魔王ランス。
(……しかし、この感覚は……)
一方でホーネットは、胸中のざわつきを悪しき予感として捉えていた。
(この先にいるのは、まさか──)
──何故ならこれはハニーキングの用意した超・挑戦モード。
チャレンジャーのランスは魔王。お助けキャラのホーネットは魔人筆頭。
であるならば、当然ながら対戦相手となるボス側にも相応の力量が要求される訳で。
「よーし……たのもー!」
そして。威勢よく扉を開いた。
すぐに一歩、王座の間に足を踏み入れて。
「……え」
「あん?」
「……ッッ!」
眉を顰めるランスの隣、鋭く息を呑む音。
遠目に一目見ただけで気付いた。当たり前のように気付けてしまった。
「あれは……」
「……そ、そんな」
何故ならその王座には。腰を下ろす者がいた。
魔王城に置かれる王座に腰を下ろす者。その資格を持つ者などこの世界で一人しかいない。
「……なんだ、貴様は?」
その声が、ランスの下まで届いた。
重く響く、厳しさの伝わる男の声。
「それに……ホーネット、そこで何をしている」
「っ、……!」
ホーネットは肩を震わせた。
それはもう、今では稀に見る夢の中でしか聞くことの出来なくなった声。
王座に座っていたのは重厚な鎧を纏う偉丈夫。
その全身から溢れ出る赤色のオーラ。それはランスの身体にある力と同質のもの。
そして、顔の半分が人間の男で半分が異形。その特徴は以前に一度シルキィから聞いていた。
「っ、まさか……!」
ランスもようやく気付いた。
単なる直感が働いただけだが、恐らく間違いないだろうという確信があった。
「……けっ、なるほどな。コイツが……!」
そこは約三十年前の魔王城。
その王座に腰掛けるは当代の支配者。
「……お、お父様」
すなわち第六代魔王──ガイ。