ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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VS 魔王ガイ

 

 

 

 ──GI歴。

 それは今より数えて二つ前の暦。今より数十年前の世界。

 その時、時代において、この世界の支配者として頂点に君臨していた男。

 魔物界の北部、魔王城にある王座の間。その王の座に腰を下ろす事を許された唯一の存在。

 

「……けっ、なるほどな。こいつが……!」

 

 半分が人間、半分が角の生えた魔物の異形。

 一際目に付く特徴的な顔、それは当時において何にも勝る絶対的な恐怖の象徴。

 

「……お、お父様」

 

 それが第六代魔王、ガイ。

 今の時代まで連綿と続くこの世界の礎を築いたと言える男がそこにいた。

 

「もう一度聞く。ホーネット、そこで何をしている」

「っ……!」

 

 そしてそれは……ここにいる魔人ホーネットにとって、肉親たる父の名前。

 そこにあるのは父の姿、父の声。約九年程前に別離を済ませて、今はもうないはずの幻影。

 

「……どうして、お父様が……」

「どうしても何も、あいつがこのステージのボスだって事だろ」

「け、けれどお父様は……私の父は数年前に亡くなっています、それなのに……!」

 

 魔王ガイはその力を次代の魔王に継承してすぐ、GI歴が終わると共に死亡している。

 その事を知っているホーネットは大いに動揺していたが、一方でその事を知らない、あるいはここの特殊仕様を理解しているランスは平然とした顔で。

 

「これは挑戦モードだからな、そういうもんだ」

「そういうものって、それでは説明に──」

「ホーネット、あの胡散臭い白ハニワの顔を思い出せ。あいつの妙ちきりんパワーで作られたもんを深く考えたって無駄だ」

 

 ランスが言った通り、今は超・挑戦モードにチャレンジ中。

 なんでこの敵が対戦相手として出てくるの? とかは気にしてはいけないのである。

 

「この魔王城と同じで、あいつだってきっと本物じゃない偽物かなんかだ。大体あいつは美樹ちゃんに魔王の力を継承したんだろ?」

「え、えぇ、そうです。その後すぐに父は亡くなったはずで……」

「だったら仮に生きていたとしても魔王の力は失っていなきゃおかしい。でもあいつは……」

「……確かに、そうですね」

 

 二人の視線の先──禍々しいオーラが溢れる姿。

 ランスも、ホーネットも、こうして対峙するだけでその力を十分以上に感じていた。

 あらゆる感覚をすり潰すような息詰まる重圧、それはこの世で魔王だけが持つ唯一無二の証明。

 そこにいるのは第六代魔王、この世界を二分して支配していたGI期当時の魔王ガイそのもの。

 

「……ホーネットよ、聞こえないのか?」

 

 そのガイが、重々しい声で語り掛ける。

 

「隣に居るその男は誰だ。我が城に立ち入る事を許可した覚えは無いぞ」

「そ、れは……」

「けっ、お前の許可なんぞ得る必要など無いわ。何故ならこの城は俺様の城でもあるのだからな」

「なに?」

「ガイとか言ったな……いいか、よく聞け!」

 

 その圧を真っ向から受けながら。

 怯まず睨み返して、一歩前に出て。

 

「俺様の名前はランス!! 魔王ランス様だ!!」

 

 第六代魔王ガイを前にして堂々たる様──魔王ランスは声高に名乗りを上げた。

 

「……魔王だと?」

「あぁそうだ。俺様はお前なんぞよりも遥かに強くてカッチョいい本物の魔王様なのだ」

「………………」

 

 そこにいる男も……魔王。

 その宣言にこの時代の支配者、当代の魔王であるガイの瞳の奥が訝しげに揺らめく。

 

「……何者かは知らぬが、まさかこの私の前で魔王を騙るとはな」

「がははは! どうだ参ったか!」

「無知か、あるいは酔狂を通り越して不遜にも程がある。……と言いたい所だが……ふむ」

 

 魔王を騙る正体不明の男。しかしてその偉そうな態度の裏にある真価は。

 こちらも同様に相対するだけで感じるものがあったのか、ガイはその口髭を軽く撫でた。

 

「確かに。確かに貴様からは血の衝動と同質であろう強い力の波動を感じるな。その圧からして魔人程度のものとは到底思えぬ以上、魔王である以外に答えが無いのも事実。……ホーネットよ、その男は何者だ」

「はい。その……ち、父上。全ては先程ランスが宣言していた通りです」

 

 もう会えないはずの父親がそこにいる。あの頃のように自分の名を呼んでいる。

 そしてそれに応える──本来ならあり得ない出来事に動揺してばかりの心をひた隠しながら。

 

「……正直に申しますと、あまりに突拍子もない話なのですが……」

 

 ホーネットはそう前置きして。

 自分とランスがこうして魔王ガイと相対している現状、その理由を語ってみせた。

 

 

 

 

「……成る程。八代目の魔王……か」

 

 魔人筆頭たる娘からの説明を聞き終えて、ガイはまた口髭を軽く撫でる。

 目の前にいる男。それは第六代目である自分から数えて二世代先の世を支配する魔王。

 

「確かに、あまりに突拍子もない話だ」

「……はい」

「されど決してあり得ぬ話とは言わぬ。事象としては時間跳躍か」

「はい。ただ私達が元居た世界を基準にするとこの場所は異空間に該当するようなので、単純に時を遡ったのかは不明なのですが……」

「ならば次元跳躍か、いずれにせよ似たようなものだ。とにかく私の前に立つその男は二代先の魔王であり、隣に立つホーネットも私の知るそれではなく二代先を生きる存在だという事、それは理解した」

 

 小さく顎を引くガイ。彼から見るとランスとホーネットは未来から来た存在に当たる。

 それは確かに突拍子もない話……なのだが、とはいえそれでもこの世界には不可思議な現象を引き起こす超常の力といったものが多々ある。

 例えば時を司る聖女の子モンスターや、この世界とは異なる次元3E2の存在など。常識外れと呼ぶべきものの存在を知っているガイにとっては容認不可能という程のものではない。

 

「……道理でな。ホーネットよ」

「え?」

 

 そしてそれ以上に。あのホーネットが自分に対して嘘偽りを言うはずが無い。

 たとえ時間軸や次元が異なろうとも、そこは揺るぎないという事はガイも重々承知していた。

 

「その男もそうだが、それ以上に先程からお前の様子が気になっていた」

「私が……?」

「やけに感極まっている。それが表情に出るというのもお前にしては珍しい」

「っ、……」

「何よりこの私の事を『魔王様』と呼ばなかったからな。お父様や父上はもう卒業したはずだと思っていたが……魔王様と呼ぶべき新たな存在がいるのであればそれにも得心が行く」

「……はい」

 

 ホーネットは顔色を見られぬよう視線を俯けた。

 ガイの言う通り、ランスが隣にいる状況で目の前にいる父親を『魔王様』と呼ぶ事に躊躇した。

 そして感極まっているのだと見透かされていた心境も。恐らくこの頃の自分は今程に表情に出る自分では無かったのだろう、その変化がホーネットには無性に恥ずかしかった。

 

「さて、状況は理解したが……次の疑問、お前達がこの場に現れた理由とは如何に。まさか過去を懐かしみに来た訳ではあるまい」

「それは──」

「待てホーネット、それは俺様が説明する」

 

 するとランスは。

 腰から長剣をスッと引き抜いて。

 

「む?」

 

 その切っ先を突き付ける。

 魔王が、魔王に対して、刃を向けた。

 

「覚悟しろ、魔王ガイ!! 俺達はお前をやっつけに来たのだ!!」

「ほう? それは何故だ?」

「へ?」

「だから何故、何故八代目の魔王である貴様が二世代前の魔王たる私を倒す必要がある。我々は今初めて顔を合わせた者同士、何の因縁も無かろう」

「…………ええっと」

 

 至極冷静なガイからの切り返しに思わず口籠るランス。

 魔王と魔王。本来ならあり得ぬ出会いとはいえ、特段戦う必要のある出会いでは無いのは事実。

 

「そ、それは……」

「それは?」

「それは……知らん!! 強いて言うならそれがステージクリアの条件だからだ!!」

 

 ランスとしてはそう返すしかない。

 全てはハニーキングが仕掛けた事、挑戦モードとは挑戦する事そのものが目的なのである。

 

「それに何の因縁も無い訳じゃないぞ。前々からお前には文句を言ってやりたいと思ってたんだ」

「ほう、どのような文句を?」

「色々だ色々!! どう考えても俺様の方が強くてイケメンな男だと言うのに、なんでか知らんがお前とは色々比較される事が多くてな……色々ムカついていたのだ」

 

 比較するのは似ている所があるから……らしい。今回こうして魔王ガイに初めて会って、それでもランスは全然そう思わないのだが、周囲の者の目から見るとそうなるらしい。

 そうでなくともランスは新任の魔王であり、魔王の座に付かなかった来水美樹を除けば魔王ガイが実質的な前任者。周囲の者が新任と前任を比較するのは当然と言えば当然の事。

 

「特にホーネットとかシルキィちゃんとかな。この二人と話している時なんかに何度お前の影がチラついたか、鬱陶しい事この上無かったぞ……あぁなんか思い出したらまたムカついてきた」

「……それが貴様の言う因縁か?」

「そうだ!! もしお前に会ったら一発ぶっとばしてやろうってずっと思ってたのだ」

「……事情はよく分からぬが、私が先の存在であり貴様が後の存在である以上、私の行いは貴様の存在を前提にしたものではない。察するにそれは因縁などではなくただ貴様の逆恨みではないのか?」

「やっかましい!! とにかく迷惑だったっつってんだ!!」

 

 因縁ではなく逆恨み。100%正論である指摘をランスは怒声で吹き飛ばして。

 

「俺様の女に粉を掛けた罪は重いぞ。つー訳で退治しちゃる、覚悟しろ半顔野郎」

 

 突き付けた剣先のように鋭い目付き、そこには戦意の火がメラメラと。

 たとえ逆恨みが理由であっても戦う気満々の第八代魔王ランス。

 

「……ふむ」

 

 一方、魔王ガイは。

 

「………………」

 

 浅く目を閉じて、考える。

 

「……そういう事もある、か」

「あん?」

 

 ──俺様の女。

 その言葉が脳裏に引っ掛かっていた。

 話の流れから察するに、それは──

 

「………………」

「……え?」

 

 ゆっくりと開いたガイの目が……じっと。

 その魔王の隣に立つ、良く知った顔に向けられて。

 

「……そうか。ならばまぁよい。私とて魔王、なにも戦いを疎んじている訳では無いのでな」

 

 そして、応じるように王座から腰を上げた。

 

「やるというならば相手になってやろう。但し結果には責任を持つ事だ」

「けっ、結果など目に見えている。貴様の敗北以外にあり得んわ!!」

「ほう、大した自信だ」

 

 高座から下りて魔王ガイも剣を抜く。

 旧魔王城の王座の間、本来は一人の魔王だけが君臨する場で魔王と魔王が対峙する。

 

「ランス……父上と戦うのですか……?」

「そりゃそうだろ。だってそうしないとステージクリア出来ねーし」

「それは……」

 

 そんな中、ホーネットの表情には大きな躊躇いがあった。

 魔人筆頭として魔王ランスの意思に背くつもりはない。ただそれでも相手が相手。

 というかお助けキャラとして訳も分からず呼び出されて、戦えと言われた相手がこの相手。ハッキリ言って何らかの思惑を感じずにはいられない。

 

「ホーネット、六色破壊光線の準備だ。あの生意気な髭面を丸焼きにしてやれ」

「そ、そんなっ、父上にそんな失礼な真似……!」

「失礼もクソもあるか! ホーネット、お前はどっちの味方じゃ!!」

「わ、わたしは……!」

「……ふっ」

 

 過去の存在とはいえ、唯一の肉親であって尊敬する父親に刃を向ける気になれない。

 そんなホーネットとランスの言い争いを見て、魔王ガイはあざ笑うように鼻を鳴らした。

 

「なんだ、あれ程大口を叩いていた第八代魔王は魔人筆頭のお守りがないと戦えんのか」

「……あんだと?」

「これは魔王同士の戦い、そもそもが一魔人に入り込む余地などあるまい」

 

 そしてその口が、唱える。

 

「『……ホーネットよ、お前はそこで大人しくしていろ』」

「っ……!」

 

 その瞬間、電撃に打たれたかのようにホーネットの身体が硬直した。

 その言葉にある力が、強制力が、魔人であるホーネットの口を強制力に動かした。

 

「……分かりました、魔王様」

 

 頷いて、言い付け通りにホーネットはそこで大人しくしている事しか出来なくなった。

 それが絶対命令権。魔人を問答無用で絶対服従させる魔王の力。過去の魔王、時間軸の違う魔人相手とはいえその力は問題無く行使可能なようだ。

 

「あ、テメー!! 俺様のホーネットに絶対命令権なんか勝手に使ってんじゃねー!!」

「貴様のものである以前に私の娘だ。それ以前に戦闘相手を前にして勝手も何も無かろう」

 

 不動の絶対命令権を受けたホーネットは実質的に戦闘からリタイア、傍観者扱いが決定。

 という事で超・挑戦モード第一戦目。魔王ランスと魔王ガイによる一騎打ちが始まった。

 

 

「ぶっ殺す!」

「来い」

 

 第八代魔王は、第六代魔王は。

 その身体から湧く魔王の証たる赤い粒子を滾らせながら、共に一瞬で距離を詰める。

 

「死ねー!!」

「ふっ!!」

 

 二人は両者共に剣才に恵まれた剣士。魔王が振るう強烈な刃と刃が交錯する。

 

「っ……!」

 

 弾ける圧に、王座の間を駆け抜ける衝撃に、傍観者となったホーネットが顔を顰める中。

 共に渾身の力を込めた袈裟斬りが正面衝突して──打ち勝ったのは。

 

「──ぬぅ!?」

「がははは!!  ぬるいぬるーい!!」

 

 打ち勝ったのはランス。剣撃を弾かれたガイの体勢が大きく崩れる。

 単純な剣圧、腕力という部分ではガイの方が上だったのだが、そこをランスの技量が制した。

 

「ふッ! でりゃッ!!」

「ぬ、くっ……!」

 

 追撃となる続けざまの斬合い、果敢に攻めるのはやはりランス。

 剣と剣が弾ける最中、寸前に力を抜いて衝突のエネルギーを吸収して一気に押し返す。

 あるいは相手の刃に剣先に擦らせて、その軌道を僅かな力でずらす事によって優勢に立つ。

 一瞬の交錯の中、刹那のタイミングでそれらを行う技量──それが剣LV3の高み。

 

「どうだ! これが魔王になって生まれ変わったランス様の最強超パワー!!」

「ぐぅ……ッ!」

「貴様のような髭面オヤジとは格が違うのだ! 格が!!」

 

 一つ一つ切り結ぶ度、才能で勝るランスの剣が魔王ガイを押し込んでいく。

 その根底にあるのは神業の如き技量の数々。ランスは100%感覚派なのでそれらのテクニックを理詰めで行っている訳ではないが、なんせ剣LV3。

 とにかく才能に溢れすぎているので、それらのテクニック全てが感覚で出来てしまうのである。

 

「なんだなんだぁ、偉そうにしていた割には大したこたぁねーじゃねーか!!」

「ぬっ、……ぐっ!」

 

 受け身に回って数度打ち合い、命中。

 力と才能が備わった斬撃を捌ききれず、ランスの剣がガイの脇腹を斬り裂いた。

 

「っ、成る程、言うだけの事はある……!」

 

 鎧に生じた亀裂を指先で撫でながら、実感する。

 さすがの魔王ガイとて、歴史上数人足らずしかいない剣LV3の絶技と打ち合った経験は無い。

 ガイ自身も剣LV2の才能を有しているが、いや才能を有しているからこそ分かる──第八代魔王の剣は自分よりも高い領域にあるのだと。

 

 特にLV3は。この世界において才能の上限であるLV3というのは極限を意味する。

 LV2と比較すると数字上では1だけの差だが、しかしそこには大きな隔絶が存在している。

 例えば同じ格闘技という土俵で戦った場合、LV3の人間がLV2の魔人に勝利した例だってある。

 

 つまり剣で勝負する限り、LV2はLV3には絶対に勝てない。

 それが才能というもの、特にLV3の才能とはそういうものなのである。

 

「ならば……!」

 

 剣での打ち合いは不利。であれば当然の選択。

 剣を握る右手とは逆、ガイの左手に高濃度の魔力が集っていく。

 

「っ、魔法か!」

 

 その予兆はランスにもすぐ分かった。

 ガイは剣才の他に魔法の才も有する。つまりその本領は娘のホーネットと同じく魔法剣士。

 

「させるかっ!」

「………────」

「この、ちょこざいな……!」

 

 その練度は熟練の域、詠唱は止まらない。

 ランスの剣を片方の手で受け止めながらもあっという間に魔法を完成させて。

 

「──業火炎波ッ!」

 

 右の剣で攻撃を防いだ瞬間、空いた左から魔法が炸裂。

 王座の間に響く爆音、魔王の魔力によって練り上げられた爆炎の嵐がランスを襲う──が。

 

「効かーん!!」

「ぬっ!」

 

 至近距離で放たれた業火炎波ものともせず。

 そのまま突っ込んで、お返しとばかりに追撃のランスキックが炸裂。

 

「っ、随分と強引な戦い方をする。この距離での魔法が効かぬわけはあるまいに」

「うるせー! 効かんもんは効かんのだ!!」

「ならば……──」

 

 蹴飛ばされた勢いで距離を取ったガイは再度、高速での呪文詠唱を行って。

 

「これはどうだ、ファイヤーレーザー!!」

「ぐぬっ! ぐぐっ……き、効かんといったら効かーん!!」

 

 先の業火炎破よりも高火力、高出力のレーザーがランスの身体を貫く……が。

 それでもランスは引かず。その剣の圧力が衰えるような気配は無い。

 

 とはいえガイの魔法攻撃が効かない道理はなく、実際問題痛いものは痛いのが実情。

 しかし魔法使いを相手に下がった所で狙い撃ちにされるのが目に見えている以上は距離を詰めるしかない。要するに気合のゴリ押しである。

 人間だった頃ならまだしも今は魔王。その耐久力は桁違いであり、一発二発魔法が直撃した程度で死ぬような事はない、故にこそ可能な戦法。

 

「……っ、こうして実感するのも癪だが、魔王というのは厄介な相手だ……!」

「これで分かったか! 貴様の魔法など痛くも痒くも無いのだ!」

 

 どの道ガイと違って魔法が使えないランスにとっては接近戦しか勝機は無い。

 しかしその接近戦であれば。お互いに剣士である以上剣の技量で勝るランスが優位に立つ。

 

「──でりゃ!!」

「ぐぅっ!」

 

 引かなかった事が功を奏して更に一撃、ランスの刃が命中した。

 鎧の肩当て部を砕いて、出血。その奥にあるガイの肉体に確かなダメージを刻んでいた。

 

「……すごい。お父様を……あのお父様が、押されている……」

 

 その光景にホーネットも息を呑む。

 傍観者の目からして、ここまでの形勢を判断するとそのような感想で。

 

「……成る程、確かに強いな。大口を叩くだけの事はある」

「がははは! 当然だ! このランス様は貴様のような軟弱魔王とは次元が違うのだ!!」

 

 第八代魔王ランス。剣LV3の才能を持つ魔王。

 その強さは言わずもがな、こと接近戦においては第六代魔王ガイを完全に凌駕していた。

 

「……ふぅ。ホーネットの実力の変化を見れば時間の経過というものもある程度は想像が付く」

「あん?」

「察するに然程の時は経っていまい。つまり貴様はまだ新米の魔王であり、故にステータスを比較すれば魔王としての歴が長い私の方が上だろう」

「いーや、それも俺様の方が上だ」

「しかし大幅な差があるものではなく、一方で貴様の剣の技量はステータスの差を補って余りある程のもの。正直に言って私の剣を超える剣才の持ち主と出会うのは初めてだ」

「がははは! そうだろうそうだろう! 俺様のような天才は才能に恵まれ過ぎちまって困るぜ」

「となれば魔法で攻めるのが定跡だが、それも有効打にならぬのが実情。このまま続けても良いが……その間に何発貴様の剣を食らうか分からんな」

 

 劣勢においても冷静沈着、ガイは構えながらも軽く顎を撫でる。

 ここまでの戦いを精査して弾き出したその戦況分析は概ね正しいと言えるもので。

 

「そうだ、つまり俺様の方が強いって事だ。理解したら観念して跪け!」

 

 一方でランスも。

 ここまで戦った感触として己が優勢を、いや勝利をすでに確信していた。

 

 

「……しかし、足りぬ」

 

 しかし──それでも、ガイは。

 

「貴様は十分強い。だが……運が無いな」

「あん?」

 

 この魔王ガイという男は。

 生まれはGL期──それはまだこの世界に人と魔物の境界線が存在しなかった時代。

 人間が支配されて当然だった時代。今よりも遥かに凄惨たる暗黒の時代を生き抜いてきた強者。

 

 すなわちその人生は。その戦歴は。

 今の時代の英雄たるランスと比較してもなんら引けを取るものではなく。

 

「……ふっ」

「なんだ、なにがおかしい」

「……いいや、ふと懐かしんでな」

「はぁ?」

 

 いや、それどころか……ガイは。

 今の時代における実質的な魔物の長、魔人ケイブリスを討伐したのがランスであるならば。

 当時のガイの相手では魔人どころか魔王。その身に秘めたる破格の力を振るって、当時の魔王をあと一歩の所まで追い詰めた最強の男。

 

「……貴様、ランスと言ったか。その容貌を見れば一目瞭然、魔王となる以前は人間だろう」

「そうだが、それがどうした」

「だから運が無い、と言った。仮に魔物出身などであればまた違った展開にもなっただろうに」

 

 ランスのような人間出身の魔王、あるいはそれ以外を出身とする魔王。

 そこに何の違いがあるのか、その言葉の意味がランスには分からない……が。

 しかしガイにとっては。そこには戦局を一変させる程の大きな違いが存在していた。

 

「魔王同士が争うなど本来有り得ぬ話、だがそのあり得ぬ話が起きているのが現状。であればせっかくの機会だ、後進への手ほどきとして貴様には私のとっておきをくれてやろう」

 

 そして、ガイの左手に魔力が収束していく。

 

「…………っ!」

 

 その色は──先程の魔法のような光彩とは異なる、それよりも黒く濃く淀んでいて。

 その残光を見たホーネットは思わず声を上げた。

 

「ランス! 気を付けて下さい!!」

「あん?」

「父の真価は剣術でも魔術でもありません! 父は魔術を超える禁呪の使い手なのです!!」

「禁呪だと!?」

 

 禁呪──それは魔術を超える禁断の魔法。

 

「そうか、そういやあれは……!」

 

 ランスは思い出す──以前にホーネットが教えてくれた彼女の父親、先々代魔王の話。

 ワーグの眠気に対抗する為、そして派閥戦争の最終決戦では魔人ケイブリスを討伐する最大の秘策ともなった状態異常の禁呪など。

 それらを含むあの部屋にあった禁呪の書の全てを書き上げたのが、この魔王ガイという男。

 

「…………────」

 

 ガイの口が、禁呪の呪文を唱える。

 

「ちぃ……ッ!」

「遅い」

 

 咄嗟にランスも斬り掛かったが……間に合わなかった。

 実戦の最中での禁呪行使。それこそが魔王ガイの真価。

 

「食らえ」

「くっ──!!」

 

 禁呪が完成。ガイの左手に集約していた魔力が開放された。

 

「くそっ──……ぬ?」

 

 その瞬間、視界が数度明滅した。

 その時ランスが認識出来たのはそれだけ。

 

「……なんだ? これが禁呪?」

「あぁ」

「がははは、何かと思えば──」

 

 ダメージは、無い。

 しかし──

 

「──!?」

「どうだ、これが禁呪だ」

「……な、に……!?」

 

 身体が、重い。

 手足が、全身が、神経の行き渡る身体中が尋常じゃない程に重い。

 全てを破壊出来そうな全能感がどこにも無い。これが魔王の肉体だとは到底思えない。

 先程まで軽く振るっていた長剣を構える事すらも億劫に感じる程、ランスの全身からは力というものが抜け落ちてしまっていた。

 

「……て、テメェ、なにをしやがった……!」

「ホーネットの話を聞いていなかったのか? 貴様に禁呪を掛けたのだ。今使用したのは各種弱体魔法の複合禁呪、対象の全ステータスを激減させるものだ」

 

 それは支援魔法と呼ばれるもの──ジャクタインなど、敵のステータスを低下させる魔法。

 それらを禁呪の領域に高めたもの、言わば究極のデバフがランスの身体を蝕んでいた。 

 

「効くだろう、これは。今や貴様のステータスは元々の十分の一以下まで落ち込んでいる」

「ぐぬっ……じゅ、十分の一以下だと……!」

「ステータスだけを見ればもはや魔王とは言えまい。せいぜいが中級魔人といったところか」

 

 体力、攻撃力、防御力、素早さ、回避力、魔法力、魔法抵抗力──等々。

 戦闘に必要となる全ステータスを十分の一以下にまで抑え込む、弱体魔法としては破格の禁呪。

 

「魔王様の力を低下させる……魔王様にも効果を及ぼす程の禁呪なんて……!」

「だからこそだ、ホーネット。この禁呪はその男のような魔王にのみ、元人間だった魔王にのみ効果を及ぼす特殊な作りの禁呪」

 

 術の対象は元人間の魔王のみ。そのステータスを激減させて魔王の域から引きずり落とす。

 

「術の対象を極限まで狭くする事で効力と強度を倍増させている。故にこれは魔王の抵抗力を以てしても防げぬ。……わざわざそのように作ったのだからな」

 

 今回はたまたまランスが該当したが、過去を振り返っても対象となる相手など僅か。

 そんな特殊すぎる禁呪の仕様を見れば明らか、それは人間出身の魔王を確実に葬る為のもの。

 

 つまりそれは──魔王になる以前、GL期に生まれて魔族と戦っていた当時のガイが。

 当時の魔族の王、元人間である魔王ジルを討伐せんと作り出したとっておきの禁呪。

 

「副作用として数年ほど経験値の取得が不可能になるが、今更この身に経験値など不要なのでな。ここで貴様を殺す一手としてはちょうどいい」

 

 禁呪行使による反動、副作用。

 今となっては懐かしい感覚をガイは涼しい顔で受け入れて。

 

「──さて、では続きだ」

「ちぃ……ッ!!」

 

 その剣が、唸る。

 第六代魔王ガイ。最強の禁呪使いの真価がその牙を剥き始めた。

 

 

 

 

 

 

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