そこは異空間。
今より数十年前の旧魔王城、その当時の姿をそのまま写し取った世界。
「ふッ!」
その王座の間。
先々代となる第六代魔王ガイの剣が唸りを上げる。
「ぐぬっ……!」
それを受けるは第八代魔王ランス。
しかしその顔にもう余裕はない。優勢だった先程までと一変して焦りの色が滲んでいた。
「くそッ! 身体が……!」
何故ならその腕が、その足が、その身体中の全てが──重い。
圧倒的な力強さが無い。あらゆる攻撃を受け止める強靭さが無い。当然ながら俊敏さも無い。
この世界で最強の存在、魔王の肉体から魔王たらしめる強さの全てが失われてしまった。
「形勢逆転だな」
「なにを、この程度で……!」
それは最強の禁術使いである魔王ガイが唱えた恐るべき禁呪。
全ステータスを激減する禁呪、極限とも言うべき弱体魔法がランスの身体を蝕んでいた。
「はッ!」
「ぐっ! うぬぬぬ……!」
ガイの剣が迸る。先手は取れない、やむなくガードする度に身体が悲鳴を上げる。
重い。身体が重い。全ステータスが十分の一以下まで低下した身体は尋常じゃない程に重い。
「どうした、随分と動きが鈍くなっているぞ」
「くそっ、ふざけた真似しやが──ぐわっ!」
ステータスだけを見れば中級魔人程度──それが今のランスの状態、その結果が今の劣勢。
ガイの横一閃をどうにか防いだものの、その衝撃を受け止められず地を転がった。
「こ、こんな髭オヤジに……! 俺様の方が剣の腕前は圧倒的に上なんだぞ……!」
剣を杖替わりにして立ち上がり、両腕に残る痺れを実感しながらランスは悔しげに唸る。
確かにその剣才はガイよりも上であり、才能の部分に関しては禁呪の低下効果も働かない。
だがその圧倒的な剣才もそれを扱う十分な肉体あってこそ。一対一の戦闘にあってステータスの差が、レベルの差が問題にならないなんて事はなく。
「ステータスが低下したその身体ではな。せっかくの才能も宝の持ち腐れだろう」
「なめるなよ雑魚が!! 今の俺様でも貴様如きを倒すぐらい楽勝だ!!」
「ほう、そうか。ならばその身体でどこまで抗えるのか、見ものだな」
「くっ……くそー!」
今のランスはその手に握る剣すらも十全に扱う事が出来ない。その重みすら感じる始末。
この超・挑戦モードに挑むに当たって、ハニーキングが用意していた代用の長剣は魔王の力でも破損しない程の硬度に見合った重量がある。
それでも魔王の力があれば小枝のように軽々振り回せたものだが、今となっては。あるいはそれでも応戦出来ているのが剣LV3の才能と言うべきか。
「貴様! セコい! セコいぞ!!」
「ぬ?」
「ステータス低下の禁呪なんて!! 魔王のくせしてなんつーセコい手を使うヤローだ!! もっと正々堂々戦え! 恥ずかしくねーのか!! くそぼけかすー!!」
「……ふっ、この禁呪はお気に召さぬか」
セコいセコいと喚き立てる、第八代魔王の挑発めいた悪口攻撃。
「ならば悪い事をした。なにせ私は貴様の言うように軟弱な魔王なのでな」
しかし第六代魔王は涼しい顔で受け流して。
「更に言えば私は貴様と違って純粋な剣士ではない。故にこういう手も使う……そらっ!!」
「げっ! それちょっと待……ぐはっ!」
返しの一発が──密かに詠唱を完成させていた雷撃の嵐が炸裂。
雷属性の上位魔法、ランスを中心にして避けようも無い広範囲に雷の嵐が迸り、その身を撃つ。
「げほっ、ごほ……こ、こんな軟弱魔法が俺様に効くか! ……げほっ」
「さて、効いているようにも見えるが。まぁ効かぬというのならば効くまで試してやろう」
「ぐっ、それは……!」
卑怯だぞ、と言う間も無く再びガイの右手に魔力が宿り始めて。
それは瞬く間に炎に姿を変える、そして極細状のレーザー光となって解き放たれる。
「──ファイヤーレーザー!」
「チィ! 俺様をなめるな!!」
「よく耐える……だがッ!」
「い゛ッ……!!」
鈍い身体を動かして、高速で迫り来るファイヤーレーザーを神業の如き剣術で切り払う。
そこまでが精一杯の抵抗。追撃の剣までは防げず、ランスの二の腕をガイの剣閃が斬り裂いた。
「ふむ、剣の方が手っ取り早いか」
「く、くそが……! ステータスさえ元に戻れば貴様なんぞ……!」
「そう簡単には戻らぬ。あれは魔王が有する高い魔法耐性も込みで作り上げた禁呪だからな」
有史始まって以来の最強の禁呪使い。第六代魔王の真価はそこにある。
その恐ろしさを十分以上に見せつけるガイは「あるいは……」と口元を愉快そうに曲げて。
「剣も魔法も嫌だと言うなら、追加で更なる禁呪をくれてやろうか? こんな事は言うまでも無いが、私が使える禁呪のレパートリーはなにもステータス低下の禁呪だけには留まらぬぞ」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
思わず圧倒されて、一歩下がる──ランスのように近接戦闘だけではなく。
その手で剣を振るい、逆の手では魔法を扱い、更には圧倒的な禁呪の数々を行使する。
それがガイ。GL期という人類にとって史上最も過酷だった地獄の世界を生き抜いてきた猛者。
「ぐぬぬぬぬ……!」
「どうした、威勢の良さが消えたぞ」
「………………」
──これはちょっとマズい。ピンチだとランスは率直に感じてしまっていた。
相手は剣と魔法を絡めてくる魔法剣士。まずこの時点でもう面倒くさい。
そしてステータス低下の禁呪、これがヤバい。今の自分はビックリするぐらい弱体化している。
攻撃力も然りだが、防御力と魔法抵抗力も激減してしまっている為、先程実践したような魔王の耐久力にものを言わせてゴリ押す戦法など今では自殺行為でしかない。
かといって下がるのは相手の思う壺、魔法で蜂の巣にされるだけ……がしかし前に出た所で、先のように接近戦で競り勝つ事が出来ない。
「…………チッ」
そもそもがこれは魔王同士のタイマン勝負。相手は自分と同格の存在。
となればステータスが激減している今、どちらが勝利するかなど火を見るよりも明らかで。
「……しゃあない、こうなったら……」
このままでは負ける。
となれば何か状況を変える一手を打つしかない。
「……髭オヤジが、後悔しろよな」
幸いそういった機転を利かせるのは得意。作戦はすでにランスの頭の中にあった。
なぜならこれは魔王同士のタイマン勝負──というのは、あくまで形式上の話であって。
「この俺様に本気を出させたのだ、もうどうなっても知らんぞ。……てな訳で、とうっ!」
「む……?」
この場にはもう一人、強制的に傍観者にさせられてしまったあの魔人がいる。
元々これは二体一での戦い。であればそれを利用しない手は無い。
「ホーネットっ!」
「え……、あっ」
特に──相手がこの魔王ガイであれば。
ランスはホーネットのそばに駆け寄って。
「やい髭オヤジ! これを見ろ!!」
そして。その手に持つ剣の先を。
その細い喉元に、ピタリと。
「っ、……!」
「………………」
冷たい刃の感覚に息を飲むホーネット。そして眉を顰める魔王ガイ。
ランスはホーネットの背後からその身を抱えて、首元に長剣の刃を押し当てていた。
その姿が意味する所は明らか。勝手な真似をしたらこいつの命は無いぞというメッセージ。
「どうだ! これで手が出せまい!!」
「ら、ランス……」
「……貴様」
要するに人質を取る事、それがランスの思い付いた作戦。
仕える魔王に人質とされたホーネット──娘の姿に、ガイの眦が不快げに歪んだ。
「何をするかと思えば……余りにも愚劣な手だ。貴様、プライドは無いのか」
「うるせーい!! 戦いなんつーのはどんな手を使っても勝ちゃあいいんだ!!」
親を相手取って娘を人質に取る。鬼畜戦士の名に恥じない途轍もなく卑怯な作戦。
そういう手を考える時ランスの頭は冴える。実際のところ戦闘相手が魔王ガイだと判明した時からすでにこの作戦を思い付いていて、そこから先はガイが言ったようにプライドの問題だけである。
「ほーらほぉ~ら、いいのかぁ~!? お前の可愛い娘が死んでしまうぞ~!!」
「んっ……」
そして今、ランスはプライドを捨てて勝利を掴む事を選んだ。
純度100%の悪役顔となった男は切っ先をホーネットの首にツンツンと押し当てる。
「………………」
人質の身を案じているのか、あるいはランスという男を測りかねているのか。
ともあれガイの動きが止まった。それはランスの狙い通りだった。
「がははは、形勢逆転だな。ホーネットの命が惜しかったら武器を捨てて降参しろ」
「……そもそも今のホーネットは私の側ではなく貴様の側に立つ者、貴様の配下だろう」
「そのとーり!! ホーネットはお前のものじゃない、すでにこの俺様のものなのだ!」
わが意を得たりとばかりにランスは頷いて。
「だからこうして人質に取ったって問題ないし、それにこーんな事だって……」
するとランスは武器握る手とは逆、空いている右手をホーネットの胸元に移動させて。
「あっ……!」
「ぐ~ふふふふ~~!!」
「ら、ランスっ、なにを……!」
柔らかなそれをぐいぐーいっと。
親の目の前で娘の胸を揉みしだく。第八代魔王ランスにしか出来ない芸当である。
「貴様……それで脅しているつもりか」
「まーだまだ、こんなのは序の口だぞ。だからこうして、こことか……」
「あっ、ちょ、ちょっと……!」
「なんなら今ここでホーネットの恥ずかしい姿を全部──」
「まっ、待って下さい!! ランス……!!」
これには堪らずホーネットも声を荒げた。
眼前には尊敬する父、魔王ガイ。ここであられもない姿を見せるなど出来ようはずかない。
「俺様の勝利の為だ。ホーネット、我慢しろ」
「嫌です! 大体私を人質にするなど、そのような手が父に効くとは思えません!」
「いいや効く、現に効いている」
「だからって、こんな……!」
百歩譲って人質作戦が効いていたとしても、胸を揉みしだく必要はないはず。
そう言いたいホーネットだが、言ったところでランスの手が止まる訳がない。
「それともまさかお前……俺じゃなくて父親の肩を持つつもりじゃねーだろうな」
「そうではありません! そうではなくて……」
そして──ここであられもない姿を見せるのは絶対に嫌だが、それでも彼女は魔人筆頭。
幼い頃より完璧な魔人筆頭になるようにと、今まさに目の前にいる父親魔王ガイから厳しい教育を受けて育ってきた。
そんなホーネットが、今ここで自分が仕えるべき魔王を、自分の役目を見誤るなんて事は無く。
「それより、耳を貸して下さい」
「耳?」
「はい。実は……」
だからこそ魔人筆頭として。
その口をランスの耳元に寄せて、ホーネットはごにょごにょと小声で耳打ち。
「……ほう?」
するとランスの眉がピクンと跳ねた。
どうやらホーネットは、この状況を打開する作戦をすでに思い付いていたらしく。
「……そうすれば、父は……」
「……おぉ、それは確かに……」
「えぇ、ですからそこで……」
「ふむふむ……なーるほど……ホーネット、お前って結構頭良いな……」
思わずランスも感心する程。
それは人質作戦よりも遥かに有効そうで、かつ見栄えも良さそうなので。
「……よし。んじゃそれでいくぞ」
「はい」
「うむ……よっこいせ」
即座に作戦変更を決断。
ランスは一歩下がって、ホーネットの首元に押し付けていた長剣を下ろした。
「なんだ、人質を取るのは止めたのか?」
「がはははは! 人質だと? 馬鹿を言うな。貴様如きを倒すのに人質なんざ必要無いわ!」
「……都合の良い事を言う」
先程のド外道な振る舞いから一転、実に堂々とした態度のランス。
その変わり身の早さに呆れながらも、魔王ガイは再び剣を構え直して。
「だがどうする。状況は変わっていないぞ」
「だからどうした、こんなもん劣勢の内にも入らんわ。このまま普通に戦っても勝つのは俺様だが……もっと楽チンで勝つ方法が一つあってな」
「ほう?」
「必殺技だ。俺様には最強無敵の必殺技があるのだ」
同様に剣を構え直す──ランスが活路を見出したのはそこ。
剣術の才能の昇華、必殺技。これまで数多の強敵をなぎ倒してきた珠玉の一撃。
「必殺技だろうと同じ事だ。先の禁呪によって攻撃力が激減している以上、どんな技を放ったとしても貴様の想定通りの威力にはならぬ」
「ところがどっこい、俺様の必殺技にはステータス低下を無効化する特殊効果があるのだ」
「虚言だな。それが本当であれば貴様は真っ先にその必殺技を使用しているはずだ」
「そりゃお前の考え方だろう。俺様は切り札を最後まで取っておくタイプなのだ」
言いながらもランスはその両腕に気力を充填させていく。
剣LV3の絶技、魔王アタック。本来であればそれは文字通り必殺の威力となるが──
「無駄だ。今の貴様では私には届かぬ」
「ははーん、さてはお前、俺様のちょースペシャルな必殺技にビビってんだろ」
「……口だけは達者だな」
一方でガイも。迎え撃つつもりかその手の中に魔力が収束していく。
対峙するその視線はランスだけに向いていて。
「……くくくっ」
先の作戦においてランスが受けた役割──それは必殺技を溜めて、放つ事。
そしてその間、相手の注意を引いておく事。
「いくぞ……ひっさーっつ!!」
溜めが完了したランスは駆け出した。
真っ向からの衝突になるが恐れはない。すでに勝利を確信しているからこそ。
「悪足掻きを……!」
迎え撃つガイも魔法詠唱を完成させて。
圧倒的なステータス差からなる当然の勝利。それを掴み取らんとした、
その時──
「──ぐッ!?」
驚愕に目を見開き、苦しげに喉を鳴らした。
何故ならその腕が。足が。その身体が──重い。
(これは──ッ!)
ガイは即座に理解した。
全身を襲う重さと不自由さ、これはつい先程自らが使用した禁呪の効果そのもの。
各種弱体魔法の複合禁呪、対象の全ステータスを激減させる秘術。
(だとしたら……!)
若かりし頃のガイ自らが作り出した禁呪。
元々の種族が人間である魔王を対象に取る禁呪。
それはつまり、元々が人間である魔王ガイにだって有効であるという事。
「だとしたら、まさか……先程の一度のみで呪文を暗唱したというのか」
その禁呪が自分にも掛けられた。
ならばそれを唱えたのは──
「これは想定外だ。……見事だ、ホーネット」
ガイは横目にそれを見る──その表情には罪悪感も負い目もなくて。
魔王を補佐する魔人筆頭として、曇りなき眼で戦うべき相手と向き合っていた。
「そこだーーッ!!」
「っ……!」
ランスが迫る。
十分の一以下まで引きずり落とされたステータスでは何もかもが後手。
反応が遅れる。ガードは間に合わない。
「魔王アターーック!!」
「ぐはッッ──!!」
そこにランスの必殺技が炸裂した。
◇ ◇ ◇
「……ふぅ、やったぜ」
必殺技を打ち終えた虚脱感の中、ランスは大きく息を吐く。
「完璧に上手くいったな、ホーネット」
「えぇ。あの禁呪が私に使用出来るのかどうか、賭けの要素はありましたけどね」
傍らに立つホーネットと頷き合う──作戦が見事にハマったのだ。
ランスが受けたステータス低下の禁呪、それを密かにホーネットが唱え返す。
ガイにとっては予期せぬステータス低下、その隙を突いてランスが必殺技を叩き込む。
「自分が使った禁呪を逆に利用されるとは。ざまぁねぇなぁ! がははは!!」
元人間の魔王を対象にする。当時の魔王ジルを討伐する為にガイが作り上げた禁呪の特徴が上手く噛み合って。
加えてその禁呪をガイが使用したあの時、その姿を注視していたホーネットが詠唱文を一度で暗記出来たからこそ実現した作戦。
ちなみにホーネットを縛っていた枷、ガイより下された『そこで大人しくしていろ』との強制命令の効果はすでに消えている。先程の耳打ち作戦会議の最中、ランスが『自由に行動しろ』との強制命令権でこっそり上書きしていた。
「これでヤツも…………む?」
とその時。
魔王アタックをブチ込んだ方向、王座ごと粉砕して瓦礫の山となった一角に蠢く気配。
「……良い一撃だ」
魔王ガイがゆっくりと身体を起こした。
「チッ、髭オヤジめ、生きてやがったか」
「魔王とはこういうものだ。必殺技一つで倒せる程にやわな存在であれば、私とてあのような禁呪を作りはせんとも」
魔王アタックは直撃したものの、肝心のランスの攻撃力は禁呪によって激減していた。
しかし一方でガイの防御力も禁呪によって激減していた為、魔王アタックの威力は実質的には通常通り、つまりは大ダメージである。
ただそれでも相手は時の魔王、一発の魔王アタックだけで絶命する程に弱くはない。その身に手痛い傷を増やしたものの威圧感は変わらぬまま。
「けれども勝機アリだ。このまま押し切ってやる」
ランスは漲る闘志と共に剣を構える。が、
「いや……もういい」
一方でガイは。
戦意を鎮ませ、剣を鞘に収めた。
「結果は見えた。これ以上戦う意味はあるまい」
「てことはギブか? ギブアップすんのか?」
「あぁ。同じステータス帯での戦いとなれば剣術で勝る貴様に分があるのは明白。ならばと禁呪を使おうにも、その都度ホーネットに真似されては敵わんからな。……この戦いは私の負けだ」
「お父様……」
数多ある禁呪の全てを行使すれば、ここから挽回する方法などいくらでもある──が。
それこそプライドの問題というもの。ランスとホーネットの策に嵌められて、見事に一本取られたガイは潔く敗北を認めた。
「それに……目的は十分に果たしたのでな」
「あん?」
「いや、こっちの話だ」
小さく首を振ってから視線をそちらに──唯一の肉親たるホーネットに向ける。
その成長度合いを確かめる事。それが招かれざる客であったランスと戦う事を決めた理由。
「お父様……申し訳ありません、私は……」
「なにを謝罪する必要がある。今のお前はあの男に仕える魔人筆頭なのだろう」
「……はい」
緊張した顔で頷くホーネット。
父親に対して攻撃する、その意味と重みは重々承知している。
それでもホーネットは第八代魔王ランスに仕える魔人筆頭としてあるべき行いをした。特にこの父親の前で、魔人筆頭らしからぬ姿をみせる訳にはいかなかったのだ。
「しかし……禁呪とは」
「え?」
「いやなに、強制命令権がお互いに使える以上、私の命令を破ってホーネットが動く事自体は予期していた。ただ何をした所で問題無し、十分に対処出来るだろうと思い放置していたのだが……」
あれは読めなかった。と、ガイは口振りとは裏腹にその口元を弓形に曲げて。
「思えば魔王になってから幾星霜、長らく戦闘自体がご無沙汰だったからな。いつの間にか勝負勘を無くしていたか、魔術の才があるホーネットにも禁呪が使える事を失念してしまった」
「がははは、それは言い訳のつもりか」
「そうは言わぬが、いい教訓にはなった。偶には戦いの中に身を置くことも必要だな、さもなければ自らが戦士だという事すらも忘れてしまうようだ」
王の座に腰を下ろして数百年。一個体として強すぎるがあまりこの世に戦う相手などいない。
それが魔王。今回ランスの対戦相手としてガイが選ばれたのも要するにそういう理由である。
「ま、なんにせよお前は負けた、俺様は勝った。そうだな?」
「……あぁ」
「よーし! てことで俺様の勝ち! 超・挑戦モード・ステージ1クリアー!!」
こうしてランスは魔王ガイに勝利した。
超・挑戦モード・ステージ1クリアである。
「がははは! 所詮は大昔の魔王、現役バリバリで最強無敵な俺様の敵ではなかったな!」
「……確かに。こと近接戦闘に関しては文句の付けようがない強さであった。だが一方で搦め手への対応策に欠けるな。己が不足を埋めてくれたホーネットに感謝するがいい」
「なにぃ? その口振りだとホーネットがいなけりゃ俺様が負けてたみたいじゃねーか」
「事実であろう。あの禁呪が無ければ──」
とその時。
「……、っ」
小さく呻いて。
ガイはその手で額を押さえた。
「っ、……くっ」
「お父様?」
「……しまった。久々にダメージなど負った影響か……油断したな」
それは常に冷静沈着なガイには珍しく。
顔を顰めた苦悶の表情、あるいは苦虫を噛んだような表情で。
「ぐっ、……ぬぅ」
「なんだ、頭痛か? さては俺様の一撃の当たりどころが悪かったか」
「……………………」
「おい。急に黙るなよ」
「……………………」
「おいって。……ぬ?」
額を押さえたまま、長い沈黙の後。
「……へっ」
そうして、聞こえた声は。
「ようやくあっちの俺が引っ込んだか。無様に負けやがって……ざまぁねぇな」
「……お父様?」
常に冷静沈着なガイには珍しく──
というか、あり得ないぐらいに感情豊かで。
「──よう。久しぶりだな、ホーネット」
先程までとは違う、そのガイは大層上機嫌そうに笑った。