ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

178 / 197
VS 魔王ガイ③

 

 

 

 

 

 

「よう。久しぶりだな、ホーネット」

 

 そう言って愉快そうに笑う、男。

 

「お、お父様……」

「おぉ、お父様か……なんか懐かしいなぁ」

 

 顎の下を擦りながら、嬉しそうに口元を緩める魔王ガイ。

 その表情はこれまでに無い程に感情豊か、喜怒哀楽が顔にしっかりと表れていた。

 

「ここだけの話な。俺は『魔王様』よりも『お父様』って呼ばれる方が好きだったんだ」

「え、あ、そうだったのですか……いえ、ではなく、お父様、あの……」

「分かってる分かってる。お前の言いたい事はよく分かってるぜ、ホーネット」

 

 皆まで言うなとばかりにこくこく頷く仕草、など。

 そういった姿、立ち振舞いの所作全てが先程までのガイとは大きく変わっていて。

 

「なんか、こいつ……いきなり雰囲気が変わりやがったな」

 

 今日初対面のランスも思わず眉を顰める──魔王ガイの様子が変化した。

 その表情や口調が、その性格が変化していた。先程の厳かな印象のガイとは違う、もっと奔放な性格をしている別人のよう。

 

「もしかしてさっき俺様の必殺技で頭をぶつけたせいか? さてはバカになっちまったか」

「いえ、そうではありません。元々お父様は時折このような性格に変わる事があって……」

「……あー、そういやぁなんかシルキィちゃんから聞いた事があったな」

 

 ランスは以前にシルキィの想い人を追求した際、ガイという魔王の特徴を耳にしていた。

 曰く──魔王ガイは普段は真面目だが、時々別人のように奔放な性格に変わる事がある、と。

 

「これってあれか、二重人格ってヤツか?」

「そうだな、そんなところだ。俺は表のガイの中にいるガイ、言わば裏のガイだ」

 

 二重人格──その言葉にガイ本人が頷く。

 先程までのガイとは異なる、先程までのガイを表と呼ぶ裏人格の魔王ガイ。

 

「なるほど、二重人格ねぇ……通りで顔面が真っ二つに分かれているわけだ」

「そりゃ関係ねぇ。……と言いたい所だが、全くの関係無しとも言えねぇんだよな」

「そうなのですか? お父様」

「あぁ。全部を話すと長くなるんだが……元々ガイってのは表のアイツが、さっきまでお前らと話していたアイツがガイだった」

 

 魔王ガイ。元々は人間、その生まれは今より千年以上前となるGL期末期頃。

 当時の魔王が行っていた人間管理施策、人間牧場の中で奴隷とし生を受けた。

 

「だったんだが……まぁ色々あって、何時からかガイの中に俺が生まれた」

「色々って?」

「そりゃ色々だ。当時は人間一人の命なんざめちゃくちゃ軽い時代だったからな、精神に不調を来たせばそういう事だって起きるだろうよ」

「ほーん……」

「でもまぁ結果オーライっつーか、今となってはむしろ必然だったかもな。表の俺が無茶なズル技を使いまくる分のツケみたいなもんだし」

「ズル技?」

「あぁ。表のアイツはな、見た目によらず結構せこい手を使う男なんだ」

 

 そう言って裏のガイはからからと笑う。さも表の自分を小馬鹿にするように。

 魔王ガイの二重人格。その大元は幼少の頃に遭遇した事件による精神的外傷が原因。

 加えて精神に過度な負荷を掛ける禁呪の使用、他にも魔人化や魔王化なども重なってガイの精神分裂は治癒が不可能なものとなり、今に至る。

 

「そりゃ自業自得だな」

「ランス、そのような言い方は……」

「いいやホーネット、実際その通りで全ては表のアイツが弱かったから、つまり自業自得だ。つってもそれで挫ける程には弱い男じゃない、そこが本当に鬱陶しい所なんだが……」

 

 精神的外傷によりガイの精神は分裂し、いつしかガイの中にはもう一人のガイが誕生した。

 しかし表のガイもただでは転ばなかった。精神が二つに分裂したのをいい事に、それ以降精神に過度な負荷が掛かる禁呪の副作用を全て別人格の方に担わせる事にした。

 更には魔王になって以降は定期的に沸き起こる血の衝動なども都合良く押し付けている為、表人格のガイは血の衝動に捕らわれる事がない。

 

「なんかせこいな、それ」

「だろ? せこいだろ? アイツはさも真面目で厳格な魔王ですってな顔してるがな、その裏では面倒な事を全部この俺に押し付けてやがんだよ」

「うむ、そりゃせこい」

「………………」

 

 そんな事は無いです、と尊敬する父親を庇いたい気持ちはあれども。

 しかし他ならぬ父親本人の言葉を前にしては、娘たるホーネットも沈黙しか出ない。

 

「表のアイツなんざ所詮は禁呪が使えるだけのせこい男、全てはこの俺があってこそなんだよ」

 

 第六代魔王ガイ。二つの人格を持つ魔王。

 人類が魔物の支配から開放されたGI期。魔王が人間と魔物の境界線を作り上げたり、積極的に人類への攻撃を行わなかったのは表のガイが人間の心を保っていたからこそ。

 そして、魔王の残虐性を湧き起こす血の衝動を受け止めてきた裏のガイがいたからこそ。

 

「これが魔王ガイに隠された秘密ってわけだ。どうだ、驚いたか」

「いや別に。そもそも興味ねーし」

「私もなんとなくは察していたのですが……やはり私のお父様は二人いたのですね」

 

 魔王ガイの二重人格。それは誰にも打ち明けた事のない秘密の事項となっている……が。

 とはいえ直接本人から聞かずとも、実際に裏の人格が表出している時、表との差異やその違和感に周囲の者が気付かない訳もない。

 なのでホーネットを始めとする魔王ガイに近しい者達の中では公然の秘密扱いだったようだ。

 

「表のアイツは俺の事を上手く抑え込んでいるつもりらしいが……それでもたまに緩む。今回みたいに消耗した時なんかは特にな。そこを突いて人格の支配権を奪い取っちまうって訳だ」

「へー……なんか聞いている限りだと、表のお前と裏のお前はまるで仲良くねーっつか、むしろ対立している感じなんだな」

「そりゃそーだろ。あんな陰険で狡っ辛い堅物男と仲良しこよしが出来るかっての」

「うむ、それは大いに同感だ」

「元々アイツとは考え方が絶望的に合わないっつーか……とにかく反りが合わねぇんだ」

 

 表のガイは真面目で厳格な性格。一方で裏のガイは奔放で自由な性格。

 秩序を重んじる性格と混沌を好む性格、両者の思考は真逆とも言えるもの。

 

「こちらのお父様に人格が変わったと見受けられる度、それまでとは全く違う事や真逆とも言える命令を出されたりしましたからね。仕える者としてよく混乱していた覚えがあります」

「なんかイヤな上司だな、それ」

「うるせぇ。完全に別人格なんだからしょうがねぇだろ。……そう、俺とアイツは外見こそ一緒だけど思考回路が全く違うもんでな、だからアイツなら気にしないでスルーしちまう事も、俺には気になっちまって見過ごせねーって事がある」

 

 表のガイとは違う性格だからこそ。

 裏のガイには、この状況において大いに気になっている事が一つあった。

 

「で、だ」

 

 するとガイはその双眸を、半人半魔の顔からなる二つの瞳を娘に向ける。

 

「ホーネット」

「はい」

「さっき表の俺と話している事を聞いていたが……お前は俺が知っているホーネットよりもいくらか成長したホーネットなんだよな?」

「え、えぇ。お父様が知る私というのがいつの私なのか存じ上げないのですが、私はお父様から次代の魔王様に血の継承がなされて、その数年後にすぐまた血の継承がなされて、その結果今ここにいるランスが魔王様となった、そんな時代から来ていますので……」

「へぇー……」

 

 異世界から呼んだ来水美樹に血の継承を行い、魔王ガイはその時にこの世を去って。

 そこから更に先、今ここにいるのはガイが知らない先の未来から来たホーネット。

 

「で、こいつの魔人筆頭をやってると」

「はい」

「……ほほーん、なーるほどねぇ……」

 

 そんな先の未来では。ホーネットは相変わらず魔人筆頭で。

 仕える魔王はランス。自分より二世代進んだ第八代魔王。

 

「……ふーん、こいつがねぇ……」

「なんだ、文句あんのか」

「……いや」

 

 ランスという男が魔王。──そこに関しては別に文句はない。

 表の自分は魔王の後継について考えがあったらしいが、しかし裏のガイからしたら後継として何処の誰が魔王になろうとも興味はない。

 無いのだが……しかし。ガイはその男の顔を見ながら一度大きく頭を振って。

 

「んでよ、ホーネット」

「は、はい」

「この際直球で聞いちまうが……お前、この男に惚れてんのか」

「つっ!」

 

 瞬間、ホーネットは喉を詰まらせた。

 

「なっ、お父様、なにを急に……!」

「娘の成長を知っておくのは親の役目だからな。これは聞いておく必要があるだろ」

 

 表のガイはあえてスルーした、しかし裏のガイにはスルー出来なかった事。

 それは隣にいる男との関係性。要するにホーネットのプライベートについて。

 

「さっきから思っていたんだが、魔王と魔人筆頭にしてはやけに親しげだよな。お前の性格からして有り得ねーと思うんだが……そういう理由だってんなら分からんでもない」

「いえ、別に、私はそんな……」

「この男に惚れてんのか。どうなんだ?」

「ど、どうと聞かましても……!」

 

 まるで悪事を隠すかのように、目線を他所に逃がして言葉を濁すホーネット。

 ならばとガイはその隣に視線を向ける。

 

「……ランスとか言ったか」

「おう」

「お前はどうなんだ。ホーネットと付き合ってんのか」

「……ふっ」

 

 するとランスは。

 隠す気も無かったのか、その大きい口でにんまりと笑って。 

 

「答えはイエースだ。俺様とホーネットは付き合っているぞ」

「……そうか」

「あぁそうだとも。そりゃもう存分に、数え切れない程に突き合ってるな! がはははは!!」

「………………」

 

 憎々しい程の堂々たる大笑い。

 それを見れば『付き合っている』のニュアンスが異なる事まで察せられるというもので。

 そしてホーネットに視線を戻して見れば。

 

「………………」

「……顔が赤い」

「う、っ……」

 

 ホーネットはしっかり照れていた。

 二人の関係性はどんなものなのか、その表情を見れば明らかである。

 

「……そうか」

「……はい」

「……そっかぁ……はぁ、あのホーネットに男が出来るとはなぁ……」

 

 遠くに視線を彷徨わせて、魔王ガイは感慨深げに、そしてどこか切なげに呟く。

 まだまだ子供だと思っていたホーネットはいつの間にか成長していた。大人になっていた。

 

「……まぁな。そりゃいずれはそういう事もあるんだろうなってのは覚悟してたけどよ」

「……はい」

「にしてもだ。ホーネットが初めて俺の前に連れてきた男がこいつってのは……」

 

 年頃の娘が家に男を連れてくる。そして親に会って挨拶を交わす。

 子育てにおいて必須とも言えるイベントである。だがホーネットが連れてきた男は──

 

「なんだ、なにか文句でもあんのか」

「ねぇ訳あるか、アホ」

 

 吐き捨てた言葉には苛立ちが隠さず乗っていた。

 結局のところ、裏人格のガイが一番引っ掛かっていたのはそこである。

 

「まずお前、敬語はどうした」

「は? 敬語?」

「そうだ、敬語だ。俺はホーネットの父親だぞ。付き合っている相手の父親に挨拶するってなったら敬語で話すのが当然だろうが」

 

 例えば『お父さん』などと呼んで「君にお父さんなどと呼ばれる筋合いは無い!」という定番の返しも、『お父さん』と呼ばれない事には始まらない。つまりは敬語。

 そうでなくとも年配者。だったら敬い敬語を使うのが常識というもの。

 

「んなこた知るか。なんで俺様がお前に敬語なんぞを使わねばならんのじゃ」

 

 しかしてこの男は。

 相手を敬うなどという発想は欠片も無い。何故なら自分こそが最も偉い存在だから。

 そんな思考の男が挨拶にきた場合、相手の親から下される評価とは如何に。 

 

「……論外だな」

 

 ──それが答え。

 

「おいホーネット」

「は、はい。何でしょう」

「親として言うぞ。こいつは止めとけ」

「え。え、えっと──」

「いいか、こいつだけは止めとけ。この数分間で確信した、こいつは絶対にロクな男じゃない」

「な、なんだとー!!」

 

 ホーネットに忠告するガイの表情は大真面目、至って真剣だった。

 どうやらランスの本質を見抜いた、早々に見切りを付けたようである。

 

「相手の親を前にしてな、礼儀正しく挨拶しない奴なんぞ絶対にロクな男じゃない。大体父親と挨拶するってのに手土産の一つも持参して来ねーとはどういう了見だ」

「おい貴様! さっきから聞いてりゃ敬語とか礼儀正しくとか手土産とか、バケモンみたいなツラして常識的な事を言うんじゃない!!」

「見ろこの生意気な態度を。こんな男と付き合うなんて俺は絶対に認めねーからな」

「けっ! 勝手に言ってろ! そもそも貴様に認められようだなんて思ってないわ、過去の存在でしかない貴様なんぞ眼中にねーんだボケ」

「あんだとテメェ……それが人の親を前にして言う言葉か」

「ふ、二人共、どうか冷静に……!」

 

 ホーネットが制止するものの、反発し合う二人の言い合いはヒートアップしていく。

 共に傍若無人、性格が似ているが故の同族嫌悪というものか。裏人格のガイとランスはあまり相性が良くないようで。

 

「俺は親だぞ!! ホーネットの父親だ!!」

 

 ガイは吠える。

 

「親を前にしてその態度はなんだ!! 俺が手塩にかけて育てたホーネットと付き合うってんだ、だったらその頭を地面に擦り付けて『お父さん! 娘さんを僕に下さい!』ぐらい言えねーのかテメェは!!」

「うるせーバーカ!! 貴様のような顔面モンスターに下げる頭などないわ!!」

 

 負けじとランスも吠える。

 相手の親御さんを前にしてもこの態度。下げる頭など持っていないのがランスという男。

 だがその傍若無人さは、こういう状況のこういう場においては不適格もいいところ。

 

「テメェ……いい度胸してるじゃねーか」

 

 当然というべきか、魔王ガイの声のトーンが下がった。

 そして溢れ出る魔王オーラが増した。殺気がより一層強まった。

 

「どうやらテメェみたいなバカは一度痛い目見ないと分からねーみたいだな」

「お、お父様……」

「お? なんだ、やるか?」

「あぁ。ホーネットの父親として、テメェの腐った性根を叩き直してやる」

 

 その声には怒気が宿る。

 表人格よりも短気なのか、その目はすでにやる気満々である。

 

「がははは! さっき俺様に敗北したばっかの負け犬が何を偉そうに」

 

 とはいえすでに決着の付いた相手、何を今更とランスが笑う。だが、

 

「ははは、負け犬か」

「あぁそうだ。なにが違う」

「いいや間違っちゃいねーよ。けどそれを俺に言っても意味がねーだろ」

「あん?」

「負け犬は表の俺。表の俺に勝ったからっていい気になってんじゃねぇよっつう話だ」

 

 対するガイも不敵に笑う。

 その笑みは。表とは違う裏の本性を、裏の恐ろしさを如実に物語っていた。

 

「表の俺は甘い。あいつは人間だった頃の人格を未だに保ち続けているような奴だからな。魔人になろうが魔王になろうが所詮は人間だ」

「で?」

「つまり表の俺は言わば善人格。対してこの俺は精神障害やら禁呪の副作用やら魔人化やら魔王化やらなんやらで歪みに歪みまくった悪人格だ。善と悪、戦いの場においてどっちが強いかなんて言うまでもねぇだろ?」

 

 魔王ガイ。その二重人格性の特色は戦いの場においても発揮される。

 確かに表のガイは先の対決時、ランスの力量を推し量る為か積極的な攻勢に出なかった。

 一方で裏のガイは。本人曰く表人格とは強さの比が全く異なるらしい。

 

「がははは! 下らん下らん! 表だろうが裏だろうが雑魚に違いはないっつーの!!」

「お前……俺にそんな大口叩いていいのか? 間違いなく後悔する羽目になるぞ」

「がははは! 言ってろ言ってろ!!」

 

 射抜くような殺気を浴びても尚知らん顔、呑気に大笑いする魔王ランス。

 この魔王ガイにはすでに勝った。もはや何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 

 ──だが。

 

 

「お前は何も分かっちゃいねぇ。表の俺はあれで手加減してくれていたんだぜ?」

「手加減だと?」

「あぁそうだ。魔王ガイの本気は……つうか、禁呪使いの本気はあんなもんじゃねぇぞ」

 

 魔王ガイの真価は禁呪にある。

 先の戦闘ではステータス低下の禁呪一つしか使用しなかったが──

 

「禁呪の闇は深いぜ? 中には相手を強制的にインポにしちまう術だってあるんだからな」 

「なッッ……!?」

 

 瞬間、ランスの顔が驚愕に凍り付いた。

 

「まっ、まさか、も、モルルンか!?」

「ほう、モルルンなんてよく知ってるじゃねーか。あっちは呪いで俺が使うのは禁呪だが、まぁ似たようなもんだな。だったらこの術を受けたが最後、テメェのチンポが使いもんにならなくなるって事も知ってるって訳だ」

 

 言いながらガイの右手に毒々しい色の魔力が収束していく。

 

「ちなみにモルルンはカラーが使う呪いで、俺のは魔王が使う禁呪だ。どっちがより強ぇかなんてのは言うまでもねぇ事だよな?」

「も、モルルン以上だと……ッッ!!」

「おいおいどうした、顔が引き攣ってるぜ?」

「ぐ、ぐぐぐ……!」

 

 迫るインポの呪い。

 すぐ目の前にある恐怖が、絶望という概念が形となってランスを追い詰めていく。

 

「俺の前でナメきった態度を取った罰だ、インポの禁呪をありがたーく受け取りな。ろくにチンポも立たねぇ男になりゃあホーネットの恋心だって諦めが付くだろうしな」

「ま、ままま待て! 分かった分かった!! 分かったからっ!!」

「ほう? 何が分かったってんだ?」

「と、とりあえず落ち着け! 落ち着いて、一旦その手を下ろせ!!」

 

 禁呪使いの深淵の前には為す術無し。

 強気な態度を放り投げて、あっという間に逃げ腰となった魔王ランス。

 

「ひぃ、ひぃぃ……! モルルンはいやだぁ……モルルンはもう嫌なんだぁ……!」

 

 カラーが使用する呪い、モルルン。 

 その中でも一定レベルの相手としかセックス出来なくなってしまう呪い、禁欲モルルン。

 常時インポを強制されてしまい、一度は自ら命を断つ事すらも考えたあの呪いはランスにとって余程のトラウマとなっているようだ。

 

「これが魔王ガイの真の実力だ。理解したか」

「した! 理解した! お前の強さはよーく分かった!! マジで!!」

「そうか。んじゃまずは俺の前でナメ腐った態度を取っていた事を謝罪してもらおうか」

「ぐっ……!」

 

 その要求にランスは喉を鳴らす。

 がしかし、目の前にはインポの呪いが今か今かと準備万端で待ち構えている。

 

「おら、どうした」

「ぐ、ぐぐ……!」

「あぁん?」

「ぐ……ご、ごめんちゃい……」

 

 渋々ながらもランスは謝った。

 自らの非を認めるプライドよりも、ハイパー兵器が役立たずになる恐怖の方が勝ったようだ。

 

「なんだか誠意が感じられねぇが」

「そんな事はない! ちゃんと心を込めた!」

「まぁいい、んじゃ次だ。今お前の前にいるのはな、お前の隣にいるホーネットの父親なんだよ」

「お……おう」

「ホーネットはお前の女なんだよな?」

「おう……おう」

 

 苦い顔でこくこく頷くランス。

 するとガイも同様に苦い顔で「それも認めたくねぇのが本音なんだが……」と呟いて。

 

「肝心のホーネットが惚れちまってる以上、そこはもうしょうがねぇと割り切った」

「お父様……」

「けどな。それならそれで、父親の俺に対して言うべき言葉っつーのがあるよな?」

 

 それは一人の男として、相手の父親に対して言うべき言葉。

 それは娘を貰う事への願いの言葉、あるいは父親の代わりに娘を守る事への誓いの言葉。

 仮にその誓いが破られる事があるとしても、一度は宣言して誓わない事には始まらない。それこそどんなロクでもない男であろうとも。

 

「貴様に認められる必要なんざ無いわーとかほざいてやがったがな。俺が認めないっつーのはイコール即インポだって事を分かってるよな?」

「ぐ、ぐぐぐ……わ、分かった。その、ホーネットの事は大事にするぞ……うむ」

「それだけじゃ足りん」

「ぐっ……!」

「ほれ、頭を深く下げて『お父さんー、娘さんをぼくに下さいー』って言ってみろや」

 

 ──娘さんをぼくに下さい。

 それを言うのは男としての大舞台、結婚の挨拶として定番のフレーズ。

 

「ぐ、ぐぐ……」

「ほれ、早く言え」

「い……イヤだ! その言葉を言うのだけはなんかイヤだ!!」

 

 されど絶対に家庭になんか入りたくない。

 結婚の挨拶なんて死んでも御免、ランスは何処までもハーレム思考なのである。

 

「イヤだじゃねぇ、言え」

「イヤだ! 絶対イヤだ!!」

「よーし分かった。どうやらチンポとのお別れは決意したみたいでなりよりだ」

「そっちもイヤだーーー!!!」

「あ、おいテメェ!!」

 

 だだだだだーっと駆けていく音──魔王ランスは逃げ出した。

 第八代魔王が尻尾を巻いて逃げ出す、これが第六代魔王の……というより、父親の貫禄というものか。

 

「に、逃げやがった……!」

「……逃げましたね」

 

 そして。

 王座の間に残されたのは、父親と娘。

 

「……なぁ、ホーネット」

「……はい」

「お前さ、本当にアレでいいのか? 考え直すなら今の内だと思うぞ。結構本気で」

「………………」

 

 あのランスとかいう男は大いに問題アリ。あまりにもロクでもない男。

 なのだが……そうと分かった以上、さりとてそんな男を選ぶ方もそれはそれでどうなのか。

 ランスに対する悪感情抜きにしても、なんだかガイは娘の事が本当に心配になってしまった。

 

「……いえ、ですが……お父様」

「なんだ」

「その……ですね、ランスにも……い、良いところはあるのです……」

「それは全体的に駄目なヤツに使う評価だろ」

「………………」

 

 反論、出来ず。

 ホーネットはただ目を伏せるのみ。

 

「……けど、それでもアイツが好きなのか」

「………………」

「……そうか。ならまぁ……うーむ、それならまぁしょうがねーんだろうが……」

 

 頬を朱に染めながら俯き、恥じらう事をまた恥じらっているような愛らしい表情。

 あのホーネットがこんな表情を。尊敬する父親相手にはしない表情、家族愛や敬愛とは異なる情愛があるからこその表情を見せられては、これ以上その想いを逆撫でするような事は出来ない。

 

「……チッ、これは表のアイツのせいだな」

 

 そんなもやもやした気持ちのせいか、魔王ガイは大きく舌打ちを鳴らした。

 

「表の、お父様ですか?」

「あぁ。もうずーっと思っていた事なんだがな、表のアイツは価値観が古すぎる。アイツの頭ん中は人間が魔物に支配されていたあの頃から変化がない、言ってみりゃもう化石だなあれは」

「か、化石……」

「だからアイツは古臭い考え方しか出来ない。そのせいでホーネットの教育方針がやたら厳しいものになっちまったんだ。子供の頃から勉強やら鍛錬やらばっかで遊ぶ時間なんかサッパリ無い! あの辛かった日々を覚えてるだろ?」

「……えぇ。懐かしいです」

 

 答えるホーネットの顔には小さな微笑みが。

 幼き頃、表人格のガイから完璧な魔人になるよう徹底的に鍛えられた日々。

 

「私は……あの修行の日々があったからこそ、今の私があるのだと感謝していますが」

 

 日常的な修業の日々、それがホーネットという魔人のアイデンティティを築いた。

 そうした日々を乗り越えたからこそ、彼女は若くして魔人筆頭の座に就いたのだ……が。

 しかし裏人格のガイに言わせれば、そこに大きな問題があったようで。

 

「いいや、あれがよくなかった。そりゃホーネットを強くする為には必要だったんだろうが……そんなんよりももっとホーネットを遊ばせてあげた方が良かったんだ」

「そういえば……時折こちらのお父様が鍛錬中の私を遊びに誘ってくれましたね。当時の私はあれが密かな楽しみで、次はいつお父様の性格が奔放になるかと待ち望んでいた覚えがあります」

「だろ? 楽しかっただろ? とにかく修行なんかいいからもっとホーネットを遊ばせて、もっと外に出した方が良かったんだ。そんでちょっとは火遊びなんかもさせて、イイ男の見極め方っつーもんを若い内にちゃんと学ばせておくべきだった。そうすりゃあんな男に引っ掛かりはしなかったはずなのに……」

「そ、そういう話ですか……」

 

 イイ男の見極め方。表のガイの教育内容には大事なそれが欠けていた。

 深窓の令嬢となった箱入り娘は悪い虫を追っ払う方法を知らなかったのだ。

 裏人格のガイに言わせれば、娘がランスに惚れてしまったのはそういう理由なのである。

 

「全部、ぜーんぶ表の俺が悪い。なぁホーネット、お前もそう思うだろ?」

「……そうですね」

 

 そんなガイの表情には。

 特に裏人格の今は──こうして接すると深く感じるぐらい、何処かにその面影があって。

 

「……でも、どうでしょうか。あちらのお父様のせいというよりも……私は、むしろ……」

「あん?」

「……いえ」

 

 ──今の貴方に似ているから、きっと私はランスに惹かれてしまったのです。

 そんな言葉を、ホーネットは微笑の奥に隠した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そして、その後。

 

「ぐ、ぐぐ……」

「お前、いつまでビビってんだ」

「うぐぐ……禁呪怖い禁呪怖い……!」

 

 暫くして、何処かに逃げ出していたランスはおっかなびっくり戻ってきた。

 大事な下半身を守るべく、魔王ガイの恐怖をその身にしっかりと刻んだようである。

 

「ホーネット、この先コイツから酷い目に合わされたらすぐに俺の所に来いよ。そしたら俺が責任もってコイツのチンポを不能にしてやるから」

「はい、分かりました」

「おい! おっそろしい事を言うな! そんでホーネットも頷くな!!」

「ははははっ! これが父親の強さってもんだ。お前もちょっとは──ぐっ!」

 

 すると。

 途端にガイが額を押さえだして。

 

「くそ、もう出て来やがったか……!」

「お父様、まさか……」

「あぁ、あいつが……ぐぁっ!」

 

 身体の内から発せられる強烈な意思。

 その強さに思わず顔を顰めた、次の瞬間。

 

「…………ふぅ」

 

 大きく息を吐いて──変わった。

 ガイの表情が、その雰囲気が再び変化していた。

 

「お父様……元に戻られたのですか」

「あぁ、迷惑を掛けたな」

「やっとあっちのアイツが消えたか、助かった……」

 

 裏人格を心の奥に抑え込んで──戻ってきた表人格の魔王ガイ。

 先の奔放さはすっかり鳴りを潜めて、その表情に漂うは厳格な空気。

 

「しっかし……うむ、あっちと比べりゃこっちの方がまだマシだな」

「ほう、何を理由にそう思った」

「あっちのお前は性格が悪いし口うるさい。それにこっちのお前は俺様とホーネットの関係にとやかく言ったりしねーようだしな」

「成る程、そこか。貴様然り、あ奴も……通りで荒れている訳だ」

 

 封じ込めた胸の奥、未だガーガーとうるさい別人格の叫びにガイは顔を顰める。

 娘ホーネットとランスの関係性。裏人格のガイと違って、早々にその関係性を察していた表のガイはそこをスルーしている。ついでに言えば目の前で胸を揉まれてもスルーした。

 

「……下らぬ話だ」

「あん?」

「ホーネットが何歳だと思っている。すでに100年近く生きているのだ、己が相手を選ぶのに親の許可を得ねばならぬ歳ではあるまい」

 

 ホーネットは立派に育っている、すでに一個人として自立している。

 故に自分が口出しする事は何もない、というのが表のガイの考え方。だからランスとの関係性を察しながらも何も言わなかったようだ。

 

「ま、そりゃそうだな。つってもさっきのお前は子離れが出来ない父親そのものだったが」

「あれは私ではない」

「そういやな、さっき裏のお前が表のお前の事を陰険で狡くてせこい男だっつってたぞ」

「あれの言うことを真に受けるな」

「な、なんかお前……エロの時のシルキィちゃんみたいな事を言うな……」

 

 頭がおかしくなっている時の自分は頭がおかしいが故に何を言ってもノーカンである。

 そんな何処ぞの魔人四天王共通の考え方。主従は似るという事なのだろうか。

 

『──パンパカパーンッ!!』

「あん?」

『やぁやぁ! どうやら見事第一ステージをクリアしたみたいだね!』

「おぉ、白ハニワか。つーか出てくるのが遅いぞ」

 

 すると、どこからともなく聞こえた声。ステージクリアを知らせるハニーキングの声。

 それが終了の合図。この不思議な異世界から戻る時間になったのだ。

 

『という事で……カムバーック!』

「おぉ……」

 

 ハニーキングの超パワー炸裂、ランスとホーネットの身体が光に包まれていく。

 

「あ、お父様──」

 

 これで会えなくなる父に最後の挨拶を。

 ──する間もなく、二人の姿はその場からパッと消え去った。

 

 

「ホーネット……息災でな」

 

 一人になった王座の間、この世を統べる魔王ガイは静かに呟く。

 

 

 ──こうして、超・挑戦モード第一ステージが終了した。

 

 

 

 

 

 

 

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