ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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魔人筆頭の部屋(初対談)

 

 

 

 ある日の魔王城。

 

 

「私、これで上がり」

「げ。一位はシルキィか」

「うーん……これだ。あ、サテラも上がり!」

「わ、ランス様。残るは私達だけですよ」

 

 先日宣言した通りに、ランスはしばらく魔王城でまったりとした日々を過ごしていた。

 本日はシィル、サテラと共にシルキィの部屋を訪れて、4人でトランプをして遊んでいた。

 

「ぬぅ……シィル、これはお前にやる。替わりにこっちを寄越せ」

「えー、ランス様、それはルール違反では……」

「やかましい。奴隷が主人に文句を言うな。……よし、あーがりーっと! やーい、シィルがびりっけつー!」

「うぅ……」

 

 手渡されたジョーカーを握ったまま俯くシィルの一方、ランスは子供のようにはしゃぐ。

 とても卑怯な手を使ってまで最下位を免れようとする、その男の姿になんとも言えない呆れを感じながら、シルキィが口を開いた。

 

「……なんか、戦争中なのにこんなのんびりしてていいのかしら」

「君は真面目な奴だな。だが戦争中とは言えずっとピリピリしてちゃ、肩凝るだろうに」

「そうだぞシルキィ。シルキィはもう少しゆとりを持った方が良い」

 

 前線ではおそらく今もガルティアを筆頭にして、派閥の仲間達が敵と戦っている。

 そう考えるとどうにも落ち着いてられないシルキィなのだが、ランスはそんな事知ったこっちゃ無いとばかりに、連日遊びに付き合わさせていた。

 

「大体ムシ野郎が戦ってんだろ? あいつはシルキィちゃんの為に引っこ抜いたようなもんなのだから、存分に働かせりゃいいんだ」

「私の為?」

 

 ガルティアを仲間にしたのはホーネット派の為では無いのか。そうシルキィは思わず小首を傾げたのだが、続くランスの言葉を聞くと、それは呆れてしまうような理由だった。

 

「前、戦いに参加したらどれ位掛かるか分からんと言ってただろ? 何日も君とセックス出来なくなったら困るからな」

「……あぁ、そういう事。それ、あんまり嬉しくない理由ね。ていうかそれじゃ私の為じゃなくて貴方の為じゃないの」

「何を言うか、君の為だとも。戦いなんぞに行くより、俺様に抱かれている方が楽しくて嬉しいに決まってるからな」

 

 そう決めつけて、ランスはがはははーっといつもの大笑い。

 するとその話を聞いていたサテラが、珍しく神妙な面持ちで言葉を零した。

 

「……なぁ、ランス。その事なんだけど……」

「あん?」

「どうしたの?」

「あ、いや……何でも、無い」

 

 自然とその場の皆の視線がサテラに集まる。すると二の句を継げなくなってしまった。

 彼女は前々からランスとシルキィの関係について、どうにも気になる事があったのだが、しかし皆に見つめられながらその話を切り出す勇気は持てず。

 

 サテラは気分を変えようと、テーブルの上にある皿に並ぶ、シィルが焼いたクッキーを一つ摘もうとしたその時。

 

「……あ」

 

 ノックと共に部屋のドアが開かれて、室内に魔人が入ってきた。

 ホーネット派に属しているホルスの魔人、メガラスであった。

 

 サテラは軽く手を上げて挨拶を交わす。するとその正面に座っていたランスも背後の気配に気づき、後ろを振り向いた。

 

「ん? て、うおっ! なんじゃあこいつ!!」

「………………」

 

 自分の背後に立っていた、そこらの魔物を遥かに上回るその者の威圧感に、ランスはとっさに剣を構えそうになってしまった。だが魔剣カオスは部屋に置いて来ていた為、腰に当てようとした手は虚しく空を切る。

 

「あ、メガラスさん、こんにちは。どうしたんですか?」

 

 慌てふためくランスとは対象的に、シィルは平然と挨拶をする。

 その姿にランスは思わず奴隷の方を向き、聞き覚えの無いその名前を聞き返した。

 

「……メガラス?」

「はい。魔人メガラスさんです。ホーネット派に所属している魔人さんですよ」

「魔人だぁ?」

 

(……こんな奴、居たっけ?)

 

 ランスは腕を組んでうんうんと唸りながら記憶を辿ってみるが、前回も含め何一つ魔人メガラスの存在について覚えがなかった。

 すでに魔王城に来て一月近く経過している上に、ガルティアの襲撃の際などでその姿を視界の端に捉えてはいたのだが、しかし全く興味が無いので記憶には何も残らなかったらしい。

 

「……シィルは知ってたのか、こいつの事」

「はい。ここに来たばっかりの時、城内で迷っていた時に部屋を教えてくれて……。無口だけれど、親切な魔人さんですよ」

「ふーん……。なぁサテラ、一応聞けどこいつ、女じゃないよな?」

「ああ。メガラスは男だ」

 

 メガラスは全身を薄紫色の金属で覆ったような、知らぬ者が見ると性別はおろか生物かどうかさえ分かりづらい外見をしているが、れっきとした男の魔人である。

 

 そして、それを知ったランスは衝撃を受けた。

 

「……ホーネット派って、可愛い女の子魔人だけの集団じゃ無かったのか。ちょっとショックだぞ俺様」

 

 ランスはずっと、ホーネット派魔人全員をハーレムにするつもりだった。

 後から加えたガルティアは除くとしても、こんなのが居るとは聞いてなかった。当然、ランスが思い描くハーレムにこんな魔人は必要無い。

 

「そんなランスさん、貴方に合わせた訳じゃ無いんだから……。彼はホルスの魔人よ……って、ホルスって知ってるかしら?」

「ホルスぅ?」

 

 シルキィの言葉に眉を顰めたランスは、その魔人の姿を遠慮も無くじろじろと眺める。

 ホルスとはランス達が住む世界の外から来た異星人であるが、魔人メガラスの外見はランスが知るホルス達とは大きく異なっていた。

 

「……なんかムシっぽくないぞ。ホルスのパチモンじゃ無いのか、こいつ」

「………………」

「……私はメガラス以外のホルスを見た事が無いから分からないけど……ランスさんは他のホルスを見た事があるの?」

「あぁ、テラとかはもっとこう……」

 

 ──全体的にもっとムシっぽかった。

 そのようにランスが言おうとした時、今まで一言も発しようとしなかったその魔人が反応した。

 

「……テラ?」

 

 その言葉に興味を惹かれたのか、メガラスが表情の分からない顔をランスに向ける。

 

「うお、喋ったぞ」

「そりゃ喋るわよ。でも、確かに珍しい。どうしたの、メガラス」

 

 自分を気に掛けるシルキィの言葉を無視して、その魔人はランスに一歩詰め寄った。

 

「……テラを知っているのか」

「あ、あぁ。前に会った事があるが……それがどうした」

「………………」

 

 メガラスは視線を少し上げる。何処を見て、何を思っているのかランスには全く分からなかったが、しばらくじっとしていた後。

 

「……テラ様」

 

 それだけ呟き、そのまま部屋を出ていった。

 

 

「……行っちゃいましたね」

「なんだあいつ。わけ分からんぞ」

「……メガラスの考えは、サテラにもよく分からない。謎の多い奴だから」

 

 シィルとランスがその顔にはてなを浮かべると、サテラもその思いに肯定する。

 メガラスは遙か昔から存在している魔人だが、めったに口を開かず自分の事情などは決して話そうとしない為、派閥の仲間となるサテラやシルキィにも知らない事が多い魔人だった。

 

「つーか、何しに来たんだあいつは」

「前線の指揮を交代した事をホーネット様に伝えに戻ったんだって。それと、またその内に出発するから、何か自分に用があるなら今のうちに言うようにだって」

「……え? んな事いつ言ってた?」

「言っては無いけど、慣れれば彼の言いたい事はなんとなく分かるようになるのよ」

 

 シルキィにも最初は分からなかったが、同じ派閥同士で協力し合っている内に、自分と同じ様にメガラスも自らの種族の平穏を望み、だからこそホーネット派に属していると理解する事が出来た。

 それに共感を覚えた彼女は、それから徐々にだがメガラスの言いたい事が察せるようになった。

 

「ん? ちょっと待て。つー事は、今はホーネットが帰ってきてるのか?」

「えぇ、ガルティアに会いに少し前に戻られたのよ。多分、すぐまた前線に出られるでしょうけど」

 

 その言葉を耳にした結果、一瞬でランスの頭からメガラスへの興味が消えた。

 男の魔人なんかよりも遥かに重要である。あの派閥の主が今魔王城に居る。

 ランスは直ぐに立ち上がった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……そこで思った訳だ。最強の俺様にとって、このままムシ野郎を殺す事など簡単だ。しかしもっとホーネット派の為になる方法は無いだろうか、とな」

「………………」

「んで、ただ殺すのでは無くこっちに引き込んだという訳だ。おかげで向こうの戦力は減って、こっちの戦力は増強。良い事ずくめだな、がははははっ!」

「………………」

「しかし、協力する事になって早々に魔人を一体を処理してしまうとは、さっすが俺様。まさしくホーネット派の救世主……て、おい。聞いてんのか、ホーネット」

 

 魔人ホーネットの部屋。

 ランスはその魔人が城に帰還している事を知り、早速口説く為に彼女の部屋を訪れた。

 

 その相手は今休憩をしていたようで、ソファに座って優雅に紅茶を楽しんでいた。

 そこでランスは彼女の座るソファの対面に座り、先程から恩に着せようと思い自分の功績を自慢していたのだが、どうにも反応が薄かった。

 

「えぇ、聞いています」

「……なら、俺様の方を向け」

 

 ホーネットの視線はランスでは無く紅茶の方に向いている。その男の言葉はとりあえず耳には入れていると言いたげな態度だった。

 

(……うーむ)

 

 ホーネットの使徒に入れされた自分用の紅茶を飲みながら、ランスはその魔人の様子を横目で観察する。彼女は今お馴染みの私服を着ていた。

 

(しっかし、相変わらず凄い格好してやがるなこいつは。シルキィちゃんもそうだが、ホーネット派って実は痴女が多いのか?)

 

 両魔人に聞かれたら恐ろしい目に合わされそうな事を考えながら、ランスはホーネットの豊かな胸の辺りをじっと見つめる。

 

 シルキィは装甲を着用していない時はほぼ全裸で、大事な所だけ隠れていれば問題無いだろうと言わんばかりの格好をしている。だがホーネットはそのシルキィの主だからという訳では無いだろうが、シルキィよりもさらに攻撃的な格好をしていた。

 彼女の私服は一見高貴な存在に相応しい気品ある拵えであるが、服の生地が極めて薄くて殆ど透けて見えてしまう。その魔人は大事な所すら隠していなかった。

 

(うむ。間違いなくエロい。エロい、のだが……)

 

 とても興奮を掻き立てるその魔人の姿を前に、しかしランスは不満げに腕を組む。

 

 シルキィの場合、女性としての魅力に欠けた自分を性的対象に見る者など居ないだろう。という自己評価に基づき、魔人としての長い生の中で羞恥心が薄れていった結果、機能性を重視してそんな格好をするようになった。

 しかしホーネットはそもそも周囲の相手を同格と見ておらず、羞恥心を抱く対象では無いからどんな格好でも問題無い、という考えから成り立つ服装をしている。

 

 つまり、現状ランスは男として見られていない。

 その事を理解している彼は、ホーネットの際どい私服姿を前にしても素直に喜べなかった。

 

「……何ですか?」

 

 ホーネットがランスの無遠慮な視線に気付き、ふと顔を上げる。

 

「いや、何でもない。つーかお前、さっきの話は聞いてたんだよな? なら俺様は大活躍をした訳だし、なんか褒美をくれ、褒美」

 

 貢献にはそれに応じる報酬が必要となる。魔人を寝返らせた事の褒美をホーネットから貰い、あわよくばそのままベッドへ。

 ランスはそんな事をしめしめと考えていたのだが、相手にその気は無いようで、ほんの少し首を傾げただけだった。

 

「何故? 貴方が私達に協力する事を決めたのなら、その為に努力するのは当たり前の事。それに、貴方はサテラの使徒なのですから、褒美は主たるサテラに要求すべきでは?」

「……ぬ、それはそうかも知れんが…」

 

 しかしそれでは意味が無い。ランスの認識ではすでにサテラは自分の女で、口説き落とさなくてはならないのは前回味わえなかった、今目の前に居るホーネットなのである。

 

「……けれど、そうですね。貴方の働きで戦局がこちらの優位に傾いたのは事実。シルキィの見立ては正しかったようです」

「おい、シルキィじゃなくて俺様に感謝しないか。それはもう大いに感謝して、一晩俺様に抱かれる位したって良いはずだ。違うか?」

「………………」

 

 ランスの身の程を弁えない言動に、ホーネットの金色の瞳が徐々に鋭くなる。

 筆頭魔人たる彼女の視線にはえも言われぬ圧力があり、どうにも怯んでしまいがちだが、その男にも野望があってここで引く訳にはいかない。

 しばらく二人は視線を交わした後、ホーネットが口を開いた。

 

「……良い機会だから聞いておきます。貴方は私達に協力する意味を理解していますか?」

「意味だと?」

「ええ。私達が何の為にケイブリス派と戦っているのか、貴方は知っているのですか?」

 

 ホーネット派が戦う理由は、前魔王ガイの遺言が発端となって魔人達が割れた事から発している。

 その辺の事情を前回サテラから聞いているランスだが、すでに詳しい事は頭から抜けており、覚えているのは一つだけだった。

 

「そりゃ確か……美樹ちゃんだ。美樹ちゃんに魔王になって欲しいから、美樹ちゃんを殺そうとしてるケイブリスと戦ってるんだろう?」

「貴方は美樹様を知っているのですね。その通り、私達は美樹様に魔王として覚醒してもらう為に戦っています。では、貴方もそうなのですか?」

「いんや、俺様にはそんなつもりは無いが」

「しかし、私達に協力するというのはそういう事です」

 

 ホーネット派に協力するという事は、ホーネット派の目的に協力すると言う事と同義である。

 そう言われるとその通りだとランスも思ったが、彼はその魔王である来水美樹とは以前JAPANで出会った経験がある。

 その時に彼女が魔王への覚醒を恐怖し、拒んでいるという事を知ったので、美樹の覚醒の為に協力するつもりは無かった。

 

「俺様は美樹ちゃんを魔王にしたい訳じゃない。それにお前達がそう望んでも、あの子は魔王になろうとはしないだろう。なんせ良い子だからな、あの子は」

「確かに、美樹様は魔王に覚醒しようとはしません。……しかし、今後もそうだとは限りません」

「……ぬ」

「もし美樹様が魔王として覚醒したら、この世界がどうなるかは全て美樹様が決める事。場合によっては貴方達人間にとって、ケイブリスが支配する世界より酷いものとなる可能性だってあります。貴方はその事を理解しているのですか?」

 

 ホーネットは美樹に魔王になってほしいが、それは勿論人間の為などでは無い。魔王だった父親が指名した相手だからである。

 秩序ある世界の統治をした父親が選んだ相手だから、美樹にもそのように統治して欲しい。そう思う気持ちは彼女の中にもあるにはある。

 

 しかし、それも全ては美樹次第。魔人は魔王に逆らえない以上、美樹がどのように世界の支配をしようと全てを受け入れなければならない。

 ホーネットには当然その覚悟が出来ているが、自分達に協力すると言った人間がそれを理解して協力しているのか、その事が気になっていた。

 

 ホーネットの問うような視線を向けられたランスは、彼女の言う、美樹が魔王として覚醒した後の世界の事を考えようとして、止めた。

 

「……んな事は知らん。美樹ちゃんが魔王になるか、ならんかも知らんし、なった所でどうなるかも知らん。何か問題が起きたらそん時にどうにかすりゃいい」

 

 ランスにとって大事なのは今だった。先の事は先の自分がなんとかする筈なので、今は自分がしたい事をしたいようにするのである。

 

「……想像以上に何も考えて無いのですね、貴方は。では、何故私達に協力を?」

「それは初めて会った時に言った筈だぞ。お前を抱く為に協力しているのだ、がはははは!!」

 

 前回抱けなかったホーネットを抱いて、ホーネット派の魔人達を自分のハーレムにする。ランスの今の目標はそれだけである。

 先の事を考えようとせず、ただ自分の欲求の為に行動するその男の姿に、ホーネットは表情には出さないが内心で呆れてしまった。

 

「……ならば、貴方は無益な事をしています。私は貴方に抱かれるつもりはありません」

「いーや、抱く。お前は俺様にメロメロになって、いずれ自分から抱いてくれと言うようになる筈だ。というか、そうする」

「………………」

 

 今のホーネットには、そのような自分は欠片も想像出来なかった。

 

「……まぁ、貴方が何を考えようが、それは貴方の自由。身の程を超えた願いを捨てろとまでは言いません」

 

 紅茶も飲み終わり、休憩を終えたその魔人は立ち上がる。

 

「私はそろそろ前線に行かなければならないので、これで」

「なんだ、もう戦いに行くのか」

「ええ、私はこの派閥の主。先頭に立つ義務がありますから。……それでは」

 

 そう言って、ホーネットは部屋を出ていってしまい、ランスは一人残される。

 

「……ぬぅ。中々ホーネットを口説くのは難しい。だが俺様は諦めんぞ。絶対にいつか抱いてやる」

 

 ランスは決意を新たにした。

 

 

 

 

 




魔人メガラスの外見は鬼畜王遵守です。

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