──『どきどき☆メモリアル』
それはかの次元3E2における大人気恋愛シミュレーションゲーム。
それが今、希代の天才科学者兼プログラマーの手によって完璧に再現された。
そして、魔王ランスはハマった。
格闘系風紀委員キャラのシルキィ先輩を見事攻略して、次に狙いを定めたのは──
「ぐふふ……落としてやるぜ、ホーネット!!」
攻略キャラの中で最難関ヒロインと謳われる幼馴染キャラ、その名はホーネット。
頭脳明晰で成績優秀、かつ運動も出来て容姿端麗と非の打ち所がない完璧ヒロイン。
そんな彼女一人に狙いを定めて、ランスは再びオープニングからゲームスタート。
『俺の名前はランス。これと言って取り柄のない、何処にでもいるような一般的な15歳だ』
「しっかしこいつ、自分でこんなセリフを言ってて虚しくならねぇのかな」
「このゲームはプレイヤーが主人公の選択肢を選んで進めていくゲームだからね。プレイヤーが自己投影しやすいように当たり障りの無い主人公キャラを設定してるんでしょ」
「ふーん、そんなもんか」
「そんなもんだよ。例えば一般的な順法精神とか良心とかが全然なくて、女を見ればすぐに欲情して襲い掛かるような鬼畜な性格のキャラが主人公だったらプレイヤーが感情移入しにくいでしょ」
「なるほど、そりゃ駄目だな」
そんな主人公は嫌だなぁと、ランスは適当に考えながらもAボタンを連打。
主人公ランスくんの登場場面、三度目となるオープニングをササっと読み飛ばしていく。
「くっくっく。ホーネットは強敵だったが俺様には実績があるからな。二度目も楽勝だぜ」
現実のホーネットは攻略した。そして先程のプレイでこのゲームの進め方も理解した。
故にもはや敵は無し。誰が相手だろうと余裕だぜとランスは高を括っていた。
……だが。
『──1年目 10月──』
『──スケジュールを選択して下さい──』
「………………」
プレイが進んで、暫く。モニターを見つめるランスの目がぐっと厳しくなる。
「……なぁ」
「どうしました?」
「肝心のホーネットが出ないぞ。いつになったら出てくるのだ?」
ゲーム開始時から半年程経過して、未だ主人公ランスくんの電話帳の中にその名前は無し。
このゲームでは出会いイベントが発生しない限り女の子と知り合いになる事は出来ない。こちらから行動を起こして出会う方法が無く、全ては出会いイベント発生にのみ委ねられている。
「とっととホーネットが出てこねーと攻略もクソもないじゃねーか」
「きっと出会いイベントが発生するのにも条件があるんだろうね。さっきシルキィを攻略した時のデータでもホーネットと出会えたのは二年目以降だったから……」
単純に一年目には登場しないのか、それとも必要パラメータが足りていないのか。
パイアールはそんな可能性を考えたが、真相は小川健太郎の脳内というマスクデータの中。攻略本も無いので地道にプレイしていくしかない。
「けどよ、こいつらってそもそも幼馴染だろ? なんで今更出会いのイベントが必要なんだ」
「それは……なんででしょうね……?」
「幼馴染なのに出会いイベントをこなさない限り相手の家の電話番号も知らねーなんておかしくねーか? それって幼馴染と言えるか? 一体こいつらは今までどういう幼馴染付き合いをしてきたんだよ」
「魔王様、異世界のゲームにツッコミを入れたってしょうがないよ。小川健太郎がいた世界ではこれが幼馴染関係の普通なんじゃない?」
「ぐぬぬ……なんか納得いかんぞ……」
さすがは『どきどき☆メモリアル』における攻略最難関ヒロイン、ホーネット。デートや恋愛を楽しむどころか出会う事すらも困難な存在。
取説にあるキャラ紹介では主人公の家の近所に住んでいる幼馴染という設定らしいのだが、それでもこちらから会いに行く事は出来ないし、イベント発生フラグを満たさない限りは絶対に出会う事はない。そんな不思議な幼馴染関係のようである。
そして、その後。
現実の時間と共に、学園生活を送るランスくんの時間もあっと言う間に経過して──
『──3年目 3月──』
『遂に卒業式の日を迎えた。この三年間、本当にあっという間だったなぁ』
『ふと下駄箱を見てみる』
『……けれど、そこに何があるわけでも無くて』
『──卒業式が終わった』
『こうして、俺の高校生活は終わった──』
『──END──』
「………………」
「攻略失敗、だね」
「がーー!!」
モニターの前で吠えるランス。その叫びは完全に負け犬のそれである。
攻略は失敗。主人公ランスくんは幼馴染ホーネットとの恋を実らせる事が出来なかった。
「くっそー! 一体何が駄目だったんだ!?」
「やっぱりホーネットさんとの出会いが遅すぎたのが駄目だったんですかね……。結局ランスくんが二年生になるまで出会えませんでしたし……」
「出会うのが遅くなった事で好感度を上げられなかったのが原因だろうね。エンディング直前でホーネットの好感度は35しか上がってない、さっき攻略したシルキィの例から考えても80とか90には上げないと無理なんじゃないかな」
敗因は出会いイベント進行の遅れ。それに伴う好感度不足が響いたか。
「つってもこいつ、出会ったら出会ったらでこっちがデートに誘っても断ってきやがるし……」
「中々デートの約束をするのも難しいですし、デート中にある会話選択肢で正解を選ぶのも難しいですよね……。ホーネットさんの場合、一見すると女の子に好感触そうな選択肢を選んでもいまいちな反応が多いですし……」
デートに誘う段階にもハードルがあって、更にはデート中でも気が抜けない。
それが攻略最難関ヒロイン、先程攻略したシルキィ先輩とは一味も二味も違う相手なのである。
「ちくしょう、もう一度やるぞ」
ランスの指がリセットボタンへと伸びる。
『俺の名前はランス。これと言って取り柄のない、何処にでもいるような一般的な15歳だ』
「今度こそは……落とす!」
再びオープニング画面からゲームスタート。
そして──
特に語るような事は起きず、プレイは進んで、あっという間に時間が経過して。
『──3年目 3月──』
『遂に卒業式の日を迎えた。この三年間、本当にあっという間だったなぁ』
『ふと下駄箱を見てみる』
『……けれど、そこに何があるわけでも無くて』
『──卒業式が終わった』
『こうして、俺の高校生活は終わった──』
『──END──』
結果は撃沈。
「…………リセットしたら?」
「……くそぉ、ホーネットめぇ……!」
先程よりは善戦したものの、今回も卒業式の日にホーネットからの手紙が届く事は無かった。
屈辱とイライラを貯め込みながら、再度ランスの指がリセットボタンへと伸びる。
『俺の名前はランス。これと言って取り柄のない、何処にでもいるような一般的な15歳だ』
「三度目の正直だ、絶対に落とす!!」
三度、最初からゲームスタート。
そして──
残念ながら語るような事は無く、パパっと時間が経過して。
『──3年目 3月──』
『遂に卒業式の日を迎えた。この三年間、本当にあっという間だったなぁ』
『ふと下駄箱を見てみる』
『……けれど、そこに何があるわけでも無くて』
『──卒業式が終わった』
『こうして、俺の高校生活は終わった──』
『──END──』
結果は撃沈。
「………………」
「…………魔王様」
「………………」
「魔王様。どうする? 今日はもう止めとく?」
パイアールは恐る恐る声を掛ける。
「………………」
ランスは唇を噛んだ表情で悔しげに俯いたまま。
女を落とす事を目的としているこのゲームで、同じ相手の攻略を三度も失敗するなんて。
世界一のプレイボーイであるこの自分が。こんな事が許されていいのか。
「………………」
──しかし。
ここで止めることはない。諦めるなんてのはもっとあり得ない。
「……シィル」
「は、はい! なんでしょう!」
この状況を打開する為の一手として、ランスは重々しい声で呟いた。
「本物を呼んでこい」
そして。
「おい」
「な、なんでしょうか」
「お前が落ちない」
「……は?」
「何度やってもお前が落ちないのだ。もう次で四回目だぞ、一体どうしてくれる」
「……えっと」
こめかみにくっきり怒りマークを作る魔王ランスの眼前。
呼ばれてやってきた魔人ホーネットは訳も分からず困惑顔である。
「……シィルさん。これは一体どういう事でしょうか」
「実はですね……ごにょごにょ、ごにょごにょ……という事でして」
「…………な、成る程」
そしてシィルから事情を聞き終えると、一転して頭の痛そうな表情になった。
「つまり、その……『どきどき☆メモリアル』でしたか? パイアールが作り出した異世界のゲーム、それに登場するホーネットという名前のキャラが……原因という事ですね?」
落ちない。ホーネットが落ちない。何度挑戦してみても攻略出来ない。
「これ程までに魔王様の手を煩わせるなんて由々しき事態だぞ、ホーネット」
「ですが……その文句を私に言われても……これは私とは一切関係がない話なのでは……」
主人公ランスくんの学園生活を無味乾燥なものに変える最凶の幼馴染キャラ、ホーネット。
しかしそれはあくまでここにいる魔人ホーネットの外見データを流用しただけの別人なので、魔王の怒りはホーネットからしたら冤罪もいいところである。
「いーや、お前が悪い。きっと現実のホーネットが頑なで全然落ちない女だったから、その影響を受けてゲーム内のホーネットもこうなっちまったのだ。何度も何度もお前にアプローチを掛けて、何度も何度もデートの誘いを断られ続けた俺様の気持ちが分かるか? あぁん?」
「し、しかし……」
「やっとの思いでお前を初デートに誘ってな。嬉し恥ずかしドキドキな映画館デートで映画を見終わった後、開口一番お前から『見る価値の無い映画でしたね』と言われちまったランスくんの気持ちがお前に分かるか!!」
「そ、れは……確かに、なんと言いますか……少々思いやりが欠けていますね……」
「そう! そうなのだ! このゲームのお前は全体的に思いやりとか優しさが無い!! こいつら本当に幼馴染なのか? って思っちまうぐらいにお前からは親しさが伝わってこないのだ!」
「ですが、魔王様……先程から言っていますがその苦情を私に言われても……」
どちらかというなら自分よりも、このゲームを作ったパイアールに責があるのでは。
そんな意味も込めて視線をそちらに送れば、パイアールは我関せずとばかりに首を振った。
「言っとくけどこのゲームの難易度を設定したのは僕じゃないよ。僕は小川健太郎の脳内データにあったゲームのイメージをそのまま再現してみただけだからね」
「……そこに私の外見を使用したのは貴方なのでは?」
「いやそれは……だって他に使えそうな相手がいなかったんだもん。とにかくさ、これはあくまで異世界のゲームクリエイター達が作り出した異世界の恋愛シミュレーションゲームなんだよ」
ただ……、とパイアールは顎の下に手を当てる。
「どうやら全てがクリエイターの想定通りだった訳ではないみたいだね。特にこのキャラは」
「あん? パイアール、そりゃどういう意味だ」
「さっきから小川健太郎の脳内データを調べていたんだけどさ。どうやらこの『どきどき☆メモリアル』においてホーネットの元になったキャラは攻略の難易度でちょっとした話題になる程だったみたいで」
「話題?」
「なんでも制作の際にデバックミスかなんかがあったらしくて、攻略に必要なパラメータの数値が当初の想定よりも高く設定されちゃっていたんだってさ。その後数値を修正したベスト版も発売されたらしいけど……どうやら小川健太郎がプレイしたのは修正前の初期版だったようだね」
それはこのゲームが次元3E2にて発売後、スタッフインタビューによって明らかとなった裏話。
その話が載っていたゲーム雑誌を読んだ記憶まで小川健太郎の脳には残っていたようで。
「パイアールさん、それならホーネットさんの攻略は不可能だという事ですか?」
「いや、それが修正前のパラメータ設定でもクリアした人が少数ながらいるらしいよ。スタッフインタビューでも攻略不可能ではないから初期版の回収はしないって言ったらしいし……まぁ生憎と小川健太郎はクリア出来なかったみたいだけどね」
ゲーム制作スタッフのミスにより生まれた攻略超難度ヒロイン、ホーネット。
次元3E2における恋愛シミュレーションゲームガチ勢にしか攻略を許していない鉄壁の幼馴染キャラ。それは一般的な高校生ゲーマーでありエンジョイ勢だった小川健太郎がコントローラーを投げ出す程の難度らしい。
「どんだけ難易度が高かろうが、不可能じゃねぇんだったら俺様にだって出来るはずだ。つーわけでもう一度最初からゲームスタートだ。お前らも協力しやがれ」
「はい、ランス様」
「分かりました、魔王様。私も及ばずながら協力させて貰います」
「魔王様の命令じゃ断れないよね。……はぁ、へんなもん作るんじゃなかったな……」
という訳で、ここからは魔人ホーネットも参戦。
ランス達は四人一岩となって『どきどき☆メモリアル』最難関キャラ攻略に挑む事となった。
『俺の名前はランス。これと言って取り柄のない、何処にでもいるような一般的な15歳だ』
『そんな俺は今日からここ、私立ルドラサウム学園に通うことになった。俺には結構ハードルの高い学校だったけど無事に合格出来て良かった』
『今日から三年間の高校生活、一体どんな出来事が待ち受けているだろうか。勉強、部活、友達、そして恋人……あぁ、楽しみだなぁ!!』
「……あの、この少年は一体誰に向かって話し掛けているのでしょうか」
「あのさぁホーネット、魔王様と同じような反応しないでくれるかな」
「この辺はもう何度も見たから飛ばすぞ。うりゃーAボタン連打連打ー」
リセットから再ゲームスタート。
そしてもう見慣れたオープニング画面を颯爽とスキップしていって。
そんなこんなで──ゲームは進む。
それから数時間、熱中プレイの中であっという間に時が過ぎていって。
『──3年目 3月──』
『遂に卒業式の日を迎えた。この三年間、本当にあっという間だったなぁ』
『ふと下駄箱を見てみる』
『……けれど、そこに何があるわけでも無くて』
『──卒業式が終わった』
『こうして、俺の高校生活は終わった──』
『──END──』
画面には。見慣れてしまったENDの文字。
伝説の桜の木の下に行く用事なんてない、虚しき灰色の高校生活の終わりの光景。
「……マジで落ちねぇな、こいつ」
「……えぇ。どれ程のものかと思ってはいましたが……まさかこんなにも……」
「これで六敗目か。分かってはいたけど中々難しいもんだね……」
あれから三度ゲームオーバーとリトライを繰り返して、全敗。
すでに時刻は深夜を回っているが、画面の中にいる幼馴染が靡く気配は微塵も無い。
「……ですが、ようやく分かってきました」
がしかし……全く進歩が無い訳でもなかった。
画面の中の幼馴染ではなく、画面の前にいる魔人筆頭は静かに口を開く。
「このホーネットは主人公のパラメータの内『文系』と『理系』が合計150以上、芸術と運動がそれぞれ100に到達した時点で出会いイベントが発生するようですね」
「だね。となると序盤はそのパラメータを稼ぐのが最優先かな。このゲームは季節毎にある行事イベントを成功させる事でもヒロインの好感度が稼げる、一年目にホーネットと出会えれば文化際やクリスマスイベントでも好感度を稼げるはずだから、その分攻略が有利になるはずだよ」
「確かにこいつはデートで好感度を稼ぐのが難しいからな。イベントで稼げればその分楽にはなる。けれどもイベントで稼ぐとなるとそれにもパラメータが必要になるぞ。体育祭で上位入賞するには『運動』の数値が必要だし、クリスマスイベントでは『容姿』が必要になったりするし」
「そうですね。ですから季節毎のイベントをクリアする事も視野に入れたスケジュールを組む必要があるという事です」
彼等にとっては異世界である次元3E2で生まれた未知なるゲーム『どきどき☆メモリアル』
その攻略の取っ掛かりをランス達は確実に掴み始めていた。
「それともう一つ。あくまでホーネット一人に狙いを絞ってプレイする場合、他のヒロイン達と出会ってしまう事すらもデメリットになり得ます」
「あぁ、それは俺も思った。他のヒロインの好感度が下がりすぎると悪い噂が広まって、結果的にホーネットの好感度まで下がっちまうからな。それならいっそ他のヒロインとは知り合いにならない方が楽なのだが……」
「だけど一切会わないってのもそれはそれで難しいよね。知り合いになるかどうかの選択肢があるハウゼルなんかはいいんだけど、サテラやシルキィなんかは出会いイベントが発生した時点で強制的に知り合いになっちゃうから……」
「となるとそもそも出会いイベントを発生させては駄目ってことか。確かサテラとの出会いイベントは『理系』コマンドで発生して、シルキィちゃんは『運動』だったよな。ゲーム序盤はこの二つは回避しとくか」
「そうですね。ではそれも込みでスケジュールを組んでみましょう。具体的にはまず──」
「な、なんか……まだまだ時間は掛かりそうですし……私、お夜食作ってきますね……」
そろそろ話に付いていけなくなりそうなシィルが夜食を作りにキッチンへと向かう中。
ランス達の目はゲーム画面だけに向いていた。その後も彼等はひたすらに、ただひたすらにゲームプレイを繰り返した。
『──下校途中──』
『あ、ホーネット』
『ランス。奇遇ですね』
→『一緒に帰ろうと誘う』
『そのまま帰宅する』
『ホーネット。良かったら一緒に帰らないかな?』
『貴方と一緒に?』
『……断ります。貴方と一緒に下校などをして噂をされたら恥ずかしいではありませんか』
「……この女」
「ホーネットさん、目付きが怖いです……」
「ちなみにホーネットよ。これはお前がランスくんに言ったセリフなんだからな」
「私はこのような事は言いませんっ!」
攻略失敗。
そして再プレイ。
『……ランス』
『……ホーネット』
『──ホーネットは俺の事を鋭い目付きで睨みながら、この期に及んでも強い口調で言う』
『貴方は、このような事をして……許されると思っているのですか!?』
『……へへへ。ホーネット……強がっていられるのも今の内だぜ……!』
『──にやりと笑った俺の周囲には、今。金で雇った不良達がずらりと並んでいて』
『俺の目の前には。両手を手錠で拘束されたホーネットが身動きを取れずにいた』
『犯してやる。犯してやるぞ、ホーネット……!』
『……ランス。どうして──』
『幼馴染だった女の子の切なる声は、下卑た男達の笑い声に飲まれて』
『そして……陵辱の宴が始まった──』
「……あの、魔王様。どうしてここで『犯す』コマンドを押したのですか?」
「いや……なんかあんまりにもデートのお誘いを断りやがるから、ムカついて……」
「気持ちは分かりますが抑えて下さい。あぁほら、またゲームオーバーではないですか……」
攻略失敗。
そして再プレイ。
『──っ、マズい!』
『死ねやオラーー!!』
『うわぁぁぁーー!!』
『町のゴロツキの一撃が炸裂した!!』
『俺はケンカに負けてしまった。そしてその後すぐに病院に緊急搬送された──』
「しまったー!! ここまで来て町のゴロツキとのタイマンに負けちったーー!!」
「あぁもう、だから体力は一定量をキープしとかなきゃ駄目だって言ったじゃんか……。特に9月から11月に掛けては町のゴロツキやヤンキー達とのランダムエンカウント確率が増えるんだから……」
「だってスケジュールを切り詰めるには休息を減らすのが一番だろう!? だからギリギリを……って、お、輸血イベントが発生した。ホーネットから輸血してもらうのは始めてだな」
「輸血イベントは相当好感度が高くないと発生しませんからね。新規イベントCGは回収出来ましたが……しかしここで入院してスケジュール管理が大幅に崩れるとなると、またリセットですかね……」
攻略失敗。
何度も何度も再プレイ。
決して諦める事なく、ランス達は『どきどき☆メモリアル』の周回プレイを繰り返した。
──そして。
『──3年目 3月──』
『遂に卒業式の日を迎えた。この三年間、本当にあっという間だったなぁ』
『ふと下駄箱を見てみる』
『……けれど、そこに何があるわけでも無くて』
『──卒業式が終わった』
『こうして、俺の高校生活は終わった──』
『──END──』
画面には……無情にもその表示が。
「……マジか。これでも駄目なのか……」
愕然たる表情の魔王。そして魔人二人。
「……好感度はほぼMAX。各パラメータも600を越えているというのに……」
「生徒会長選挙のイベントもクリアしたし、ホーネットの両親の離婚危機イベントもクリアした。これだけ攻略を繰り返してまだ発生していないクリア必須イベントがあるとは考えにくいし、今回も駄目だったのは単純にパラメータ不足なのかな……」
「けど600だぞ? これ以上稼げるか? 今回だってかなりスケジュールを切り詰めてようやくこれだってのに……」
「……はふぅ」
時刻は朝を過ぎて、昼を過ぎて、そんな事を繰り返して今は夜。
ゲーム開始はすでに一昨日の事。二日徹夜となってシィルはもうくったりしている。
「……いや、でも、まだいけるか」
がしかし、人間の身を捨てた彼等達は。
「えぇ、まだ改善の余地はあるはずです」
「そうだね。これが攻略可能なゲームである以上、必ず何処かに攻略の糸口があるはずだよ」
魔王であるランス、そして魔人であるホーネット、パイアールの三人はまだまだ元気。
いやそれどころか、ここまで敗北を繰り返した三人の闘志には火が付いてしまったようで。
「魔王様。提案なのですが……序盤のスケジュールを見直してみませんか?」
「なに? 序盤は文系知識を鍛えまくって『学力テスト』で一位を取るんじゃないのか? そうすりゃ『学年一位』の称号が取れて『学問』系のコマンド成功率補正が40%掛かるだろう」
「えぇ、それはそうなのですが……しかしその場合は他のパラメータの上昇が絶望的になるので、その2ヶ月後に行われる「体育祭」で良い成績を残す事が出来なくなります。ですので一年目の学力テストはあえて学年一位を狙わず、一段下の『学年上位』を狙うのも手だと思いまして」
「確かに『学年上位』なら『文系』と『理系』パラの合計が50でいいはずだからね。コマンド成功率補正は『学年一位』程ではないものの『学年上位』でも20%は上がるから、それと同時に体育祭も上位の成績を狙って運動系のコマンド成功率補正の獲得を視野に入れるってわけだ」
「なるほどな。んじゃ序盤のスケジュールを組み直すか。……そういえば、アルバイトの連発も考え直した方がいいかもしれんな」
「アルバイトは学校の授業よりも体力消費が多いですからね……その分余計に休息を取る必要が生じてしまうのは確かですが……」
「けどアルバイトなら学内にいるヒロインとの出会いイベントを回避出来るっていう利点があるからね。特に序盤はアルバイトじゃないと『理系』パラとかが上げにくいし……うーん、難しいな……」
「……なんか、どんどん会話が専門的になってきている……、私、なんか簡単に食べられるものを作ってきますね……」
のそのそと起き上がってキッチンへ向かっていくシィル。
起きているのがやっとな人間にはもう理解出来ない領域まで攻略の手は進んでいて。
そうして。ランス達はその後もゲームプレイを繰り返した。
失敗してはリセットして。もう一度失敗してはリセットを繰り返して。
主人公が行うスケジュールコマンドと獲得するパラメータ量を限界までシビアに調整した。
負けたままでは終われない。
そんな魔王達の意地が。画面の向こうにいる幼馴染ホーネットを落としたいという思いが。
ようやく一つの形となって結実したのは、それから更に二日が経過した後──
『──3年目 3月──』
『遂に卒業式の日を迎えた。この三年間、本当にあっという間だったなぁ』
『──ふと下駄箱を見ると、手紙が入っていた』
『手紙には「放課後、校庭にある伝説の桜の木の下で待っています」と書かれていた』
「あっ!?」
「手紙!!」
「まさか!?」
「マジでか!?」
徹夜四日目にして初の展開。
深い隈が刻まれた目でモニターを見ていた全員の身体が反射的に跳ね上がった。
『──卒業式を終えて放課後、俺は手紙の差出人に会う為校庭へと向かった』
『すると……一番大きな桜の木の下で待っていたのは──』
『……ランス。来てくれましたか』
『……ホーネット』
『──待っていたのはホーネットだった。これはもしかして……』
『……ランス。私は……』
『あなたの事が……ずっと好きでした』
『──ホーネットが、そう言った』
『昔からの幼馴染で、けれども高校に入学する頃まで疎遠になっていた女の子』
『──俺の返事はとっくに決まっていた』
『俺も……君が好きだ、ホーネット』
『あぁ……嬉しいです、ランス……!』
『ホーネット……』
『ここで告白をすると永遠の愛が約束される、そんな伝説がある桜の木の下で』
『俺とホーネットは思いを伝えあい、永遠の愛を誓いあった──』
『──HAPPY END──』
「いやっっったぁぁああああーー!!!」
天高く両拳を突き上げガッツポーズ。
72時間以上の死闘を制したランスの目にはうっすらとした光が。
「遂にッッ!! 遂にホーネットを落としたぞーーー!! やったぁぁあああ!!!」
「夢じゃないんですねランス様!! ようやくランスくんの思いが伝わりましたね!!」
「あのホーネットがこんなに笑顔になって……あぁもう駄目です私感無量です……!!」
「うわあああぁぁーー!!! やった! やったよぉーー!! 姉さぁぁーーん!!」
ランス、シィル、ホーネット、パイアール。四人みんなで抱き合って喜び合う。
ランスとシィルはともかくホーネットとパイアールは絶対そんな事をするキャラじゃないのに、全てお構いなしでわーいわーいと喜び合う。
それ程の難敵で、だからこその歓喜。つまりは全員が完全なる徹夜テンションだった。
「にしてもまさか……ホーネットの冷たい態度が全てランスくんを思っての事だったとは……」
「本当はとても優しい子ですし、幼い頃からずっとランスくんの事が好きだったんですね……」
「……いい、いいよ。素晴らしいよ。これぞ幼馴染キャラの真骨頂だよね……」
ただ冷たいだけではなかった。あのそっけなさの裏には深い愛情があった。
だからこそ次元3E2において行われた『どきどき☆メモリアル』ヒロイン人気投票でも一位を獲得した実績のある幼馴染キャラ、ホーネット。その牙城をランス達は遂に崩したのだ。
そして、ランスくんとホーネットが抱き合う姿を背景にスタッフロールが流れる中。
「……あぁ、これは……」
ランスは一人、自分の胸の奥で熱く脈打つなにかがあるのを実感していた。
それは、達成感。
女を落として惚れさせる。そんな困難を乗り越えた先にある充実感というもの。
「……これだ。最近の俺様にはこれが足りなかったんだ」
魔王になって、どんな女でも抱けるようになった。だからこそ薄れていた感情。
それをランスは久しぶりに思い出していた。
(続く)