ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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新たなる魔王様の新たなる日々⑧

 

 

 

 

 

 

 

 ──魔人カミーラ。

 プラチナドラゴンの魔人四天王。彼女は美しいものを好んでいる。

 特に美少年、あるいは美青年と呼ばれる者。それらを集めて自らの使徒とし従える、そして可愛がり耽ることを無聊の慰めとしていた。

 

 一方で、カミーラは美しい女性を嫌っている。

 それは単純な好悪として。プライドが高く自己中心的な性格をしている彼女にとって、自分と同等に、あるいはそれ以上に美しい同性の存在などは許容対象外なのである。

 だから自分より上の立場の存在も大嫌いだし、それが美しい女性となれば猶更なわけで。

 

 つまり、カミーラは魔人ホーネットの事を嫌っていた。

 なんせ美しい外見の魔人筆頭、カミーラからしたら好感を抱く理由が何一つ存在しない。

 ホーネットの方も傲慢なくせに怠惰なカミーラの事を好意的には捉えていなかった事もあって、この二人は元々とても折り合いが悪かった。

 

 そんな事情があって、今回の一件。

 魔王ランスから「なにかして欲しい事あるか」と言われて、カミーラは戯れ程度に思い付いた。

 

 というのも、それはここ最近の関心事の一つだったから。

 元々住んでいた城が廃墟になった事もあってこのアメージング城に引っ越してきてからすぐ、一番に目に付いたのがそれだった。

 いけ好かない相手、ホーネットの様子の変化。同じ城で生活するようになって、少し注視してみれば分かる。それぐらいに顕著だった。

 

 要するに、ホーネットには思慕の情がある。その想いの先に誰がいるのかもすぐに分かった。

 その様が実におかしく滑稽であり、しかし腹立たしくもあり、無性に癇に障ることこの上ない。

 とはいえあの戦いではそんなホーネットとランスに自分が助けられたのも事実であり、色々あって気力が激減している今のカミーラにとってはわりとどうでもいい事でもあったのだが……。

 

 しかし、好感度を稼ぎたいらしい魔王ランスがあまりにもうるさいので乗ってやる事にした。

 魔人ホーネットの変化、そこを引っ搔き回して気晴らし程度に遊んでみる事にしたのである。

 

 最初考えたのは、ホーネットの自尊心や恋心を軽く逆撫でする程度の簡単な話。

 惚れている男がホーネットではない別の誰かを褒めたり、優先したり、贔屓したり。以前までのホーネットであれば効果があるかも分からないような些細な悪戯。

 

 それでもまぁ、効果があればカミーラはほんの少しだけ溜飲が下がる、気がする。

 その程度の戯れと提案してみれば、そういう遊びが嫌いじゃないランスから提案があった。

 

「それならいっその事、魔人筆頭をあいつからカミーラに変更してみるってのはどうだ」

 

 ホーネットの一番の拠り所であろう魔人筆頭を取り上げて、カミーラにそれを与える。

 そんな提案を平然とした顔でしてくるこいつの方がどう考えても性格が悪いのでは。

 カミーラはそう思ったものの、それが魔王様の御言葉となれば是非もなし。

 

 ──という事で。

 

 

 

 

「ホーネット」

「はい」

「魔人筆頭、交代する」

「────え?」

 

 瞬間、ホーネットは思考が停止した。

 

「……え?」

「ん?」

「……あ、えっと、申し訳ありません。よく聞こえなかったみたいで……」

 

 彼女の脳機能が聞こえてきた音声情報の解析処理を拒否した、とも言う。

 

「魔王様、もう一度仰って頂いても宜しいでしょうか」

「うむ。魔人筆頭な、交代する」

「………………」

 

 どうやら先程のあれは聞き間違いとかではなかったらしい。

 

「………………」

「ホーネット?」

「……魔人、筆頭を、交代する?」

「おう」

 

 こくりと頷くランス。

 魔人筆頭を、交代する、とのこと。

 

 ──何故?

 

「……それは、何故、でしょうか」

 

 平然を装いながらも、恐る恐る問い掛けるホーネットの顔は強張っていた。

 魔人筆頭。それは全魔人を代表する一番の位置。とかく彼女にとって魔人筆頭とは、父親の代より自分に与えられた最たる役目。

 魔王の素質が無く魔王になれなかったホーネットにとって、魔王を補佐する事は自らに刻んだ使命と言えるもの。それを交代するなど。とても受け入れられるものではない。

 

「何故、か」

「はい」

「……何故かって言われると、それは……」

「……それは?」

「それは~……」

 

 特に理由は、無い。

 なのだが、とにかく交代はする。するのである。

 

「まぁ、あれだ。色々込み入った事情があるっつーかなんつーか」

「込み入った事情だけでは理解出来ません。もっと具体的に──」

「見苦しいぞ、ホーネット」

 

 とそこへ、本日の主役登場とばかりにやってきたのは。

 

「っ、カミーラ……」

「何故、などと。魔王様に対して下らない質問をするな、ホーネット」

 

 見下した視線を隠しもせず。一方で殊更に魔王様と呼ぶのを強調しながら。

 誰よりも尊大に振舞う古き尊きドラゴン、魔人カミーラの登場である。

 

「魔王様が魔人筆頭の交代を命じる理由など一つしかないだろう。一つ一つ説明されなければ分からないとでも言うつもりか?」

「……カミーラ、私は貴女ではなく魔王様に──」

「全てはお前に不足があったからだ。だから交代させられる。それだけの簡単な話だろう」

「っ、……!」

 

 突き付けられた冷たい現実に唇を噛む。

 ランスは交代と表現してはいるものの、される側からしたら解任に他ならない。であれば前任者が信を失って解任される理由など、そこに不足があったから以外にない。

 カミーラの言っている事は正しく、ホーネットには抗う言葉が出てこない。

 

「まぁほれなんだ、お前も何十年間ずっと魔人筆頭やりっぱなしってのも大変だろうから」

「……そんな──」

 

 ──そんな気遣いはいりません。私にとって貴方に仕える事ことが幸せなのです。

 彼女の瞳はそう訴えていたが、その想いが届くことはなく。

 

「で、新しい魔人筆頭なのだが」

「まさか……」

「そういう事だ、ホーネット。今日からこの私が魔人筆頭となり魔王様の補佐を行う」

 

 代わってその栄誉を受ける事になったのは彼女、魔人カミーラ。

 元よりカミーラは古参の魔人であり長く魔人四天王の座に君臨してきた重鎮と呼べる存在。魔人を代表する魔人筆頭の役目を任されるのに適任と言えば適任ではある。

 

「異論はないな?」

「……わ、たしは……魔王様、が、決められた事であれば……」

 

 ──従います。と声にならない声で呟く、元・魔人筆頭ホーネット。

 まさかの展開に脳内が混乱しっぱなし、目の前の現実が受け入れられない。

 

「お前の役目はここまでだ、ホーネット。これからは普通の魔人として振舞えよ」

 

 ふっと笑うカミーラ。

 

「…………はい」

 

 一方ホーネットは役目を終えて、というか奪われて。

 悲壮感を漂わせながら、とぼとぼと去っていく姿はなんとも物悲しい。

 

 という事で。

 本日付けでホーネットは魔人筆頭じゃなくって。

 

「滑稽だ。ああも意気消沈した表情を晒すとは……中々に見ものだと思わないか?」

「カミーラ……お前ってやっぱ性格悪いぞ」

「何を言う、これはお前が提案してきた事だろう」

 

 一方でここに魔人四天王、改め。魔人筆頭カミーラ、爆誕である。

 

 

 

 

 

 

「──えー、つーわけで。今日から魔人筆頭が交代することになった」

 

 集められた配下達、ざわざわと騒めく王座の間。

 そして、そこに響く魔王様のお言葉。

 

「新しい魔人筆頭はカミーラだ」

「そういう事だ。今日からホーネットではなく私が魔人筆頭となる」

 

 魔王と共に高座に立つのは。役職が変われば立ち位置も変わるわけで。

 魔王の横に立つ魔人カミーラ。魔王を除けば一番偉い筆頭だからこそ許される立ち位置。

 

「カミーラが……魔人筆頭に……」

「……ホーネット様、これは……」

「……魔王様の……決定ですから」

 

 一方、元々そこにいたはずのホーネットは。

 今では他の魔人達と同じように並んでいる。権勢が入れ替わった事が一目で分かる構図である。

 

「……フッ」

「くっ……」

 

 高座から見下ろす目付き、そして嘲笑。

 それも享受しなくてはならない。立場が逆転した今となっては。

 

 

 

 

 

 

「カミーラー」

 

 魔王が呼ぶ。魔人筆頭を呼ぶ。

 

「どうかしたか、魔王様」

「俺様ぼたん鍋が食いたくなった。だからシィルに作らせようと思ったのだ」

「それで?」

「けれどこの城にはぼたん肉の備蓄が無いらしい。てなわけでぼたん肉を用意しろ」

 

 魔人筆頭とは。全魔人を代表して魔王を補佐する存在である。

 その扱いは時の魔王によって様々となるのだが、専ら魔王ランスの代の魔人筆頭に求められるのは雑用となる。故にこんな無茶ぶりも日常茶飯事である。

 

「ぼたんか……確かJAPANに生息しているのだったか?」

「あぁそうだ。あの肉は中々美味でな、尾張にいたときにはよく食ったのだ」

「分かった。ならばメガラスを働かせる」

 

 カミーラはケイブリスを除けば最古参の魔人、年功序列基準で格上である。なので他の魔人達とは一線を引きがちなメガラス相手でもわりと容赦が無い。

 このように、自分が動かなくても周囲の者達をパシらせれば魔人筆頭の役目はこなせるのである。

 

「今日の夕食に間に合わせなければ罰すると言っておいた。これでぼたん肉は用意出来るだろう」

「おぉ、さすがだなぁカミーラ」

 

 で、褒める。魔人筆頭の仕事ぶりを魔王が褒める、賞賛する。

 この褒めるという行為も計画の一つ。その狙いは無論、元・魔人筆頭の矜持を逆撫でする為。

 

「すごいなぁ。すごいなぁ」

「そう褒めるな、魔王様」

「カミーラはさすがだなぁ。優秀だなぁ」

「………………」

 

 あえて前任者が見ている前で。現任者の方が優れていると示さんばかりに。

 

「………魔王様」

 

 魔王からの賞賛の言葉は魔人にとって栄誉たるもの。それを一身に受けるカミーラと、そんな光景をただ見つめるホーネット。

 というかランスはこれまでホーネットについてその美貌や容姿を褒める事こそあったものの、魔人筆頭としての働きぶりをこのように評価したことはない。当のランス自身がそこを重視していない為に評価するという発想が出てこないのである。

 そんな中でのこの光景。寂しげに瞼を落とす元・魔人筆頭の心中は如何ばかりか。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 魔人筆頭とは。そんじょそこらの魔人よりも一段上に立つ存在である。

 それはカミーラの前職である魔人四天王も同様ではあるのだが、やはり筆頭は違う。

 筆頭とは並び立つ存在がいない事の証明。とってもエラいのである。

 

「おい、パイアール」

「うわ、カミーラ……なに?」

 

 とってもエラい。だから本来的には同等の立場である魔人相手にも尊大に振舞う事が許される。

 とかくカミーラは元からそうだったと言えばそうなのだが、それでも権力が強化された分その傾向は更に強まる。

 

「パイアール。お前はこのアメージング城建設計画の現場責任者に任命されているらしいな」

「まぁ、そうだけど」

「ならば現在の進捗はどうなっているか報告しろ」

「報告って言われても……工事は順調に進んでいるけど。魔王様の生活環境一帯を整える事を最優先に、以前にバスワルドとかいうのが暴れたせいで崩壊した箇所の修復工事と並行して──」

「遅い」

「えっ」

 

 故にこのような強権、あるいは無茶ぶりだって許される。

 

「魔王様の描いた設計図の100分の一も進んでいない。遅いぞ、遅すぎる」

「あのさぁカミーラ、あの設計図をちゃんと見た? あんなデタラメな設計図をそのまま再現しようと思ったら軽く数百年は──」

「言い訳に興味は無い。もっと工期を短縮して、とっとと翔竜山の最上層開発に乗り出せ。そしてあの目障りなドラゴン共を一匹残らず駆逐しろ。パイアール」

「えぇ……ちょっと待ってよ、僕には保存してある小川健太郎の脳内データを解析して『どき☆メモ2』を完成させるっていう崇高な使命が……」

 

 比較的穏健派だった前任者と違って、新任者は強硬派なのである。

 そして、更には。

 

 

 

 

 

 

「は、はわわわ……か、かか、カミーラさんが、魔人筆頭に……」

「……ん?」

「ひッ!?」

 

 目が合った。合ってしまった。

 物陰からこっそりと様子を伺っていた魔人ケイブリスと、魔人筆頭カミーラの視線が。

 

「………………」

「……こ、こんにちは……」

「………………」

「……え、えへへ……」

 

 平身低頭、卑屈な笑み。ぺこぺこと遜るリス。

 

「………………」

「あ……う……」

 

 しかし、対するカミーラの目は氷点下のように冷たい。

 恐ろしいドラゴンに睨まれたリスは恐怖のあまり動くことが出来ない。

 

「ケイブリス。そう言えば……貴様には色々と借りがあったな」

「え」

「いつからか、次第に増長し始めた貴様は私にとって長年ずっと頭痛の種だった」

「あ、あぅ……」

 

 カミーラにとって、最初は歯牙にも掛けない矮小なリスでしかなかった。

 長い年月が過ぎゆく中、その力関係が逆転したのはいつ頃だったか。

 

「そしてつい先日も……忘れたとは言わせない」

「……あ……あ……!」

 

 思い返せばあの派閥戦争の決戦時、ケイブリスとカミーラの間では衝突があった。

 当時は魔人四天王同士、しかしその時には最強最古たる強さを有していたケイブリス側の力が遥かに上回り、抵抗空しくカミーラは敗れ、圧倒的暴力による暴行を受けた。

 その後すぐランス達が現れて、最終決戦にてケイブリスは討伐された。なのでそこで一度死んだケイブリス的にはあの一件はなんかもう終わった事みたいな感じになっていたのだが── 

 

「……ところで、魔王様。そこに目障りなリスがいるが、あれを生かしておく意味はあるのか?」

「ひぃ!?」

「生かしておく意味は特にないけど。気に障るのなら煮るなり焼くなり好きにしていいぞ」

「ほぉ……」

「ひぃーーーー!?」

 

 小さなリスは星になった。

 

 

 

 

 とこんな感じで、新任魔人筆頭による強権にものを言わせた圧政はしばし続いて。

 カミーラが魔人筆頭職に就いてから、およそ一週間が経過した頃。

 

 

 

 

「ふんふんふふーん、っと……」

 

 今日も魔王ランスが気ままに城内を散歩していると。

 

「おぉ、ケイコちゃん」

「……おやおや」

 

 そこでばったり出くわしたのは使徒ケイコ。

 何の気なしに挨拶を交わして、そこで気付く。

 

「……じー」

「ん?」

「じとー……」

「……どした?」 

 

 見るからにしかめっつら、突き刺さるぶすーっとした目付きにランスは首を傾げる。

 

「じっとー……」

 

 どうした事だろうか。使徒ケイコの視線が随分と剣呑なものになっているではないか。

 

「……あぁそうだ。魔王様、最近ホーネット様にお会いしましたか?」

「む? そういえば……最近ホーネットの姿を見てない気がするな」

「でしょうね」

 

 今のホーネットは魔人筆頭ではない。魔人筆頭として接する事が無くなった分、自然とランスと顔を合わせる頻度は減る。

 するとどうなるか。一例としてこういう事も起きるのである。

 

「……あぁ! なんということでしょう! 魔王様の背後にそれはもう美しい裸の美女が!?」

「なにぃ!?」

 

 反射的にランスは背後を向いた。

 

「いてっ」

 

 しかしどこにも裸の美女の姿は無く。

 その代わりは言ってはなんだが、何故か分からないがふくらはぎ付近に鈍い衝撃が。

 

「あれ?」

「どうしました?」

「ケイコちゃん、きみ今俺様の足を蹴らなかったか?」

「まさかまさか。この私めが魔王様にケリを入れるだなんてそんな、とてもとても」

「……そうか?」

 

 どうも位置的にケイコの立ち位置からローキックを食らったようにしか思えないのだが。

 

「ところで魔王様、あのお戯れは一体いつまで続けるおつもりなのでしょうか」

「お戯れ?」

「魔人筆頭交代の件です。まさかこの先ずっと続けるなどと仰いませんよね?」

「あぁ、それか」

 

 今更ながらにランスは気付く。どうやら先程からの険しい目付きはその事を訴えていたらしい。

 とっとと魔人筆頭をホーネットに戻せ、という副音声まで聞こえるようである。

 

「御身が大事にすべきものを間違えてはならないと申し上げたではありませんか。それなのにあんなにも真摯にお仕えしていたホーネット様を魔人筆頭から解任するなど……全く。まったくもうですよ」

「けどな、カミーラだってあれで一応魔人筆頭として頑張ってるっちゃ頑張ってるし……」

「ホーネット様だって頑張ってますー! というかですね、魔人筆頭を取り上げられてしょんぼりしちゃってるホーネット様のお世話をするこっちの身にもなってくださいな」

 

 魔王を支える魔人筆頭のように、筆頭使徒にもその役目がある。

 ここ数日、気落ちしたホーネットの姿を一番間近で見てきたのは使徒ケイコである。

 

「いいですか、魔王様。ホーネット様という御方はですね、自らのお気持ちだけを理由に行動を起こせるような御方ではないのです」

 

 好きだから、一緒にいたい。そばにいたい。そう思えども。

 それを理由にして自ら行動する事は出来ない。これまでの人生でホーネットは自らの使命や役目というものを行動理由にする生き方が身に沁みついている、生き方はそう簡単に変えられないのである。

 

「ですから、特別な理由もなく魔王様のお側にいてもいい魔人筆頭という役目は今のホーネット様にとって天職そのものなのです。お分かりですか? お分かりですね?」

「お、おう」

「そんな素晴らしき天職をです、当の魔王様から取り上げられた日には……」

「日には?」

「しょんぼりです。そうなったらもうしょんぼりするしかありません」

 

 魔人筆頭解任を含めてここ数日、ホーネットにとっては気落ちするような出来事が重なった。

 それが狙いだったのだから当然と言えば当然なのだが、狙い通りに効果はあった。その結果こうしてケイコも文句を言いに来たのである。

 

「天職を奪われて、日々やる事も無く、日がなバルコニーで遠くを見ながらぼーっとしたり、そうかと思えばベッドの上で丸まっちゃったりしているホーネット様のしょんぼりさ加減がお分かりですか?」

「あいつ……今そんなことになってるのか……」

「そうですよ。あぁ……おいたわしや、しょんぼりホーネット様……」

 

 思い出す事さえ辛いのか、涙を流さんばかりにさめざめと語るケイコ。

 どうやら魔人筆頭を解任されたホーネットは本気でしょんぼりしているらしい。

 

 

 

 

 

「……と、いう事らしくて」

「ほう、そうか」

 

 そんな話をケイコから聞いたランスは、魔人筆頭カミーラを呼び出した。

 

「どうする? お前がもうちょっと続けたいってんなら継続しても──」

「いや、もういい」

 

 するとカミーラからは即決で答えが返ってきた。

 

「なんだ、もういいのか?」

「あぁ。最初に言っただろう、ほんの戯れの退屈しのぎだと」

「そりゃ言ってたけど……」

「魔人筆頭の立場というものは十分に堪能した。だからもういい」

 

 ここ数日、ホーネットの途方に暮れた顔を何度も拝めたカミーラはおおよそ満足した。

 そもそもの話、最初からカミーラは本気で魔人筆頭になるつもりなど欠片もない。

 理由は言うまでもなく、そんな馬鹿らしい事は絶対にお断りだからである。

 

「魔人筆頭としてお前に仕えることにも飽きた。正直言って私の想像以上に面倒だった」

 

 魔人筆頭とは。全魔人の一番に立つ栄誉な地位ではあるものの、その職務内容は時の魔王の動向如何に左右される事が多く、一般魔人のように魔王の目を離れて好き勝手出来るような立場ではない。

 特に現魔王たるランスはこちらの都合の一切気にせずに自分の都合だけで行動し、あれこれどうでもいい事まで命令してくる事が多く、主君として仰ぐ対象としてはかなりめんどくさい部類に入る。

 これに仕えるホーネットは根気があるのだなとカミーラは感心してしまった程である。

 

「魔人筆頭とは名ばかりの雑用役のようなものだ。これに拘るホーネットの気がしれん」

「ふーむ……」

 

 ──魔人筆頭とは。

 実力だけではなく、魔王に対する忠誠心が高い者でないと到底務まらない役目なのである。

 

 

 

 

 

 

 そして──その後。

 

「という事で」

「……はい」

「ホーネットよ。色々あったけどやっぱり魔人筆頭はお前に戻す事にした」

 

 元・人筆頭の部屋を訪れて、早々。

 魔王による職務復帰命令が下された。

 

「……戻す、ですか」

「そうだ。戻す」

「……そうですか」

 

 という事で。

 魔人筆頭ホーネット、めでたくここに現職復帰である。

 

「………………」

 

 ──が、その視線はちょっと冷めているような。

 あるいは投げやりになっているような。彼女らしからぬ目をしている。

 

「ぬ?」

「……なにか」

「いや、なんか……思ってた反応と違うっつーか……」

「そうですか」

 

 もっと喜んだり、歓喜の涙を流したりするかと思っていたランスだったが。

 実際のホーネットはこの反応。想像よりも遥かにテンションが低めである。

 

「魔人筆頭に戻れたんだぞ、もっと喜べ」

「はい。嬉しいです」

「……あんま嬉しそうじゃないな」

「いえ、嬉しいのは本当です。身に余る光栄だと感じています」

「………………」

「私などが魔人筆頭になるだなんて、恐れ多く感じてしまいます」

 

 言葉とは裏腹にその表情に変化が無い。

 あまりにも淡泊なこの反応。ランスでなくとも察せられるというものである。

 

「しょんぼりしていると聞いていたが……さてはお前、拗ねているな?」

「……べつに」

「うわ、すげー低い声」

 

 それはとても低い声だった。

 

「べつに……拗ねてなどいません」

 

 明らかに棒読みだった。

 

「誰を魔人筆頭に任命するのか、それは魔王様の御心次第ですから」

「うむ」

「その選任に一魔人たる私如きが口を挟む事などあり得ません。えぇ、あり得ませんとも」

「うむ……」

「私なんて所詮はただの魔人に過ぎないのですから。この数日でそれを重々思い知りました」

「…………うむ」

 

 一見すると身の程の弁えた台詞、しかし随分と棘のある口調だった。

 どうやらホーネットは解任中に気落ちしてしょんぼりして、ずっとしょんぼりしていた結果しょんぼりさ加減が底を割って、今では不貞腐れ思考にまでシフトしていたらしい。

 

「私のようなただの魔人に魔人筆頭が務まるのか些か不安です。カミーラのように古くから魔人四天王として君臨してきた者の方が適任なのではないですか?」

「い、いや、そんな事は無いぞ。カミーラはやる気が全然無いから長続きしなかった」

「そうですか」

「うむ。今回の一件で分かったがお前の忠誠心は本物だ。ホーネット、お前は凄い!」

「そうですか。もっと早く知って欲しかったですね」

 

 ホーネットとしては、魔人筆頭という役目はとても重いものだと捉えている。故にポンと軽く変更させられた事がとてもショックだった。

 しかしランスは人間世界出身の為魔物界のルールに疎く、魔人筆頭も肩書の一つのようにしか捉えていない。そこに温度差があるのは仕方無い事かもしれない。

 

「……ところで、ランス」

「ん?」

「結局……今回の魔人筆頭の変更についてはどのような意図があったのですか?」

「特に深い意図なんてないけど。ただカミーラとつるんでお前をからかってみただけだ」

「………………」

「な、なんだその顔は」

 

 ホーネットの好感度が10下がった。

 ……と、そんなシステムメッセージが表示された。ような気がした。

 

「一応言っておくけどな、先に言い出したのは俺様じゃないぞ」

「………………」

「真っ先に言い出したのはカミーラだ。この事件の犯人はカミーラなんだ」

「………………」

 

 魔人カミーラとは前々から折り合いが悪かった。それはホーネットも分かっていた。

 しかし派閥戦争が終了して派閥間の対立が消滅したことで敵対関係では無くなっていたし、その前後においてカミーラの性格も大きく変化した。要するに大人しくなっていた。

 故に問題無いだろうと、この期に及んでなにか問題を起こす事も無いだろうと楽観視していたのだが……どうやら向こうは自分に一泡吹かせる機会を伺っていたらしい。

 

「……まぁ、いいです。どうやら本当にからかい程度の意図しかなかったようですし」

「そうそう。遊びだ遊び」

「ですが、短期間にこう何度も魔人筆頭を交代すれば城内の魔物達も混乱するでしょう。貴方は魔王なのですから周囲への影響力も考慮した上で──」

「分かった分かった。次から考える」

 

 苦言を呈するのも忠誠心故。魔人筆頭は魔王に対して忠実なのである。

 ともあれこうして、女の戦いのような魔人筆頭交代騒動は一件落着となった。

 

 

「……あれ?」

「なんですか?」

「いや……思い返してみると、そもそも俺様って何がしたかったんだっけ?」

「知りませんっ」

 

 ホーネットをからかって遊ぶ事に意識を割くあまり。

 カミーラを口説き落とそうとしていた事をすっかり忘れていたランスであった。

 

 

 

 

 

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