超・挑戦モード、第三ステージにて。
VS──魔王ククルククル。
「しっかし、どうしたもんかな……あれは」
魔王ランスは眉間に皺を寄せていた。
こうして対戦相手の倒し方に悩んだりするのは本当に久々である。
「……デカい」
とにかくデカい。デカい、デカすぎる。
山と見紛う程の巨体。その巨体の分攻撃力も高すぎるし、そしてタフすぎる。
「それに、あんな空高くをぷかぷか浮かんでいられたら手の出しようがねーぞ」
加えて、魔王ククルククルには元々の種族である『丸いもの』特有の浮遊能力がある。
それ故ククルククルは基本的に陸上に降りてくる事が無く、常に上空を漂っている。同じく魔王とはいえ翼持たぬ二足歩行生物であるランスにはとても手の出しにくい領域にいる相手。
「あんな山みたいな図体してるくせに空中に浮かんでるなんて……あんなのインチキだ」
さすがのランスも困惑というか、ちょっと想像だにしなかったような相手。
それがククルククル。歴代最強と呼ばれる初代魔王。あれを倒すのがステージクリアの条件。
「ぷるぷる、ぷるぷる……ぼく、悪いリスじゃないよう……」
「こいつはこいつでクソの役にも立たねーし……」
一方でその足元には変な生き物がぷるぷる震えていた。
約6000年前、自身が生まれ育った因縁の世界に呼び出されて、見る度に恐怖だった大量のドラゴンが飛び交う光景を目の当たりにして。更にはパクリと食べられて。
当時のトラウマが再発したのか、最弱メンタルだった頃に先祖返り中の魔人ケイブリス。お助けキャラがこれというのも先行きを大いに不安にさせる一因である。
「ぬ、そういやぁあんだけうるさかったドラゴン共の鳴き声がいつの間にか止んでるな」
「あ、あぁ……きっと戦いが終わったんだ。ククルククルが飽きたんだろうな」
「ふむ……」
先程までの咆哮と喧騒が止んで。同時に周囲からドラゴンの気配も消え去って。
空の彼方には。戦いを終えてゆったりと遠ざかっていく巨大浮遊物体の影。
「あいつ、どこに行くつもりなんだ?」
「さぁ……ククルククルは特定の住処とかを持たずにあっちこっち空をぷかぷか泳いでいたから……なんとなくの気分で移動してんだろ」
「随分と気ままなヤツだな」
「まぁな。ククルククルにとっては何もかもが、それこそこのドラゴン達との殺し合いだって遊びみたいなもんなんだよ。数が多いだけあって最終的にはやられちまうんだけど、それでも一体一体はククルククルから見れば雑魚同然だからな」
たとえドラゴンであろうとも、最強の魔王にとっては本気を出して戦うような相手ではない。
だから結局のところ、この戦いが2000年以上に及ぶ程に長引いたのはククルククル側がまるで本気を出していなかったからという理由が大きい。
ドラゴン種は雌個体が生まれるのが稀であり、最終的にはプラチナドラゴンのカミーラ一体のみとなる程。いくら数が多かろうともその頭数が増えるという事が滅多に無いので、魔王ククルククルが遊び気分ではなく本気でドラゴン達を根絶やしにしようとしたなら2000年も掛からないのだ。
「しかし……うむ、それでも最強は俺様だ。だからあのククルククルの絶対にぶっ倒す」
「無理無理。絶対むり」
「無理じゃない。俺様がやると言ったらやるのだ」
要するにククルククルとは。それぐらいに規格外で強い魔王だということ。
歴代最強と呼ばれるのには理由がある。特にケイブリスはそれを一番よく知っている。
「無理だ! 絶対にそんなの無理!! そりゃお前は魔王だからいいけど俺は無理!! お前はこの俺をなんだと思ってんだーー!!」
「そりゃリスだろ」
そんな相手と戦って勝利する。
それ以外に元の世界に戻る方法は無い。リスが泣けど騒げども現実は変わらないのである。
そんなこんなで──夜。
魔王ククルククルとの遭遇、そしてドラゴン達との開戦など。色々あった初日を終えて。
そろそろ日も落ちてきた為、これ以上の行動は止めて今日はキャンプをする運びとなった。
「おい、とっとと準備しやがれ」
「わーってるよ!」
とはいえ、この挑戦ステージ攻略に当たってキャンプ道具が支給されている訳ではない。
なので食事や寝床など一切合切を自らの手で賄う必要がある。勿論その準備をするのは配下たるリス、魔王はゆったりと腰を下ろして胡坐をかくのみである。
「またドラゴンの肉を食う事になるとは……当時は傷んだ死肉でもご馳走だったっけなぁ……」
「ドラゴンの肉って美味いのか?」
「そうだな、まぁ……リスの肉よりかは美味いんじゃねぇか」
焚き火を起こして、先の戦いで犠牲となったらしいドラゴンの肉で腹を満たしながら。
そこで話題に挙がるのは、当然ながらと言うべきか昼間に遭遇した圧倒的な存在感放つボス。
「なぁ、ケイブリス」
「ん?」
「お前はあのククルククルに作られた魔人だよな。だったらあいつの弱点とか知らねーのか」
「ねぇよ。ククルククルに弱点なんか……」
「なんかあるだろ。辛い物に弱いとか、実は泳げないから水に弱い、とか」
「ないない」
即座に首を横に振るケイブリス。
長年仕えてきたからこそ分かる。あのククルククルは最強の魔王、最強に弱点などない。
「実は高所恐怖症で高いところに弱いとか、触手の先をくすぐられるのが弱い、とか」
「ないって」
「寝起きが悪くて朝が弱いとか、女に弱いとか……」
「ないない」
ケイブリスは考えるまでも無いとばかりに首を振る。
「そういえばあれってオスなのか? つーか元の種族はなんなんだ? タコ? イカ?」
「ククルククルは『丸いもの』で、多分オスだろ……いや、メスの可能性もある……か?」
「どっちだよ」
「……ど、どっちであろうともだ、ククルククルに色仕掛けなんか効かねぇよ。大体女に弱いだとかそんな馬鹿なこと、お前じゃねぇんだから……」
「なんだとぉ?」
魔人の分際で生意気な、と魔王が睨む。
「つーかお前、いつの間にか俺様に対して偉そうな口叩くようになったじゃねーか」
ランスとケイブリス。この二人は過去宿敵の関係であり、今では魔王と魔人という主従関係にある。そしてその事を海よりも深く理解していたのは元々ケイブリス側だった。
魔人にとって魔王は絶対の存在。なので実際に復活したばっかりの時は平身低頭ぺこぺこしていたものだが、しかし今では標準的な態度に戻っているように見える。魔王様相手にこれはどうなのだろうか。
「けっ、知るかってんだ。俺はもうお前相手に媚びを売るのは止めたんだ」
「なに?」
「だってお前! 普段から俺の事をすっげー軽いノリで殺してくるじゃん! こっちがどれだけ低姿勢になって従順な姿を見せたって意味ねーじゃん!」
ケイブリスはなにも卑屈な性格だからぺこぺこしている訳ではない。それは臆病な性格だからこその身を守る術であり、相手に服従を示す事で自分の安全を確保する弱者の処世術である。
故に二度目の復活を受けた当初こそ、宿敵たるランス相手にも徹底的に頭を垂れた。歴代の魔王相手にしていたように畏れ敬い、魔王様を尊重してみせた……が、意味は無かった。
媚びを売っても、なにをやっても。ランスの気分次第であっさり殺されるような日々が続いた為、これまで磨き続けた弱者の処世術がまるで通じない相手なのだと思い知ったらしい。
「別に殺そうと思っている訳ではないぞ。ただ気付いたら死んでいるだけで」
「ふざけんな! そんな理由で殺される俺の身にもなってみろってんだ!!」
「それこそ知るか。たかだかキック一発やデコピン一発ぐらいであっけなく死ぬお前が悪い」
「ぐっ……!」
魔王のキックやデコピンはそれだけで小さなリスにとっては致命的な一撃となる。
ランスとしては軽いノリで繰り出しているのであろうが、その度に死んでは使徒の手を借りてなんとか復活して命を繋いでいるケイブリスとしては堪ったものではない。
「くそぉ……それもこれもどれも全て、俺が最弱に戻っちまったから……最強の魔人だったあの時のままならデコピン一発ぐれーじゃ死にはしないのに……」
「あのデカリスのままだったら臭いし目障りだから復活などさせんがな。そういやお前はリスなんだし、今この時代のリス仲間とか知り合いとかっていねーのか?」
「仲間なんていねぇし、いたとしても生きているとは思えねーよ。リスなんて魔人になるでもなきゃすぐに死ぬようなか弱い生き物なんだからよ」
「ふむ……ま、それもそうか」
「この時代はとにかくドラゴンの時代だからな。ドラゴン以外の生物はあっけなく死ぬもんだ」
最強の魔王ククルククルがいて、生物として最強格のドラゴン族と殺し合いをしている時代。
その中で丸いものやリスや貝など、その他の生物達の生命など吹けば飛ぶようなものである。
「だったらドラゴンに知り合いは?」
「あのなぁ、俺みたいなリスがドラゴンに近付けるわけねーだろ。まして知り合いなんざ……」
ドラゴンに知り合いは、などと聞かれて。
今も昔も、ケイブリスに思い当たるのはただ一人だけ。
「……あ、でも、そうだ。この時代ってもしかしたらカミーラさんがいるかもしれない」
「カミーラ? カミーラがこの時代にいるのか?」
「あぁ。まぁカミーラさんがいつ生まれたのか詳しくは知らねーし、今が具体的にKuku歴何年なのかも分からねーからハッキリとは言えねーけど……」
歴史の生き字引たるケイブリスが知る限り、魔王ククルククルが死んで魔王アベルの代になってすぐ、カミーラの誘拐を発端とした魔王アベルとドラゴン達の戦争ラストウォーが勃発した。
その流れから考えれば、ここがKuku歴の末期頃であればカミーラがいる可能性は十分にある。
「あぁいやでも駄目だ、この時代でカミーラさんにちょっかい出すのは止めておいた方がいい。んなことしたら絶対にドラゴン達がブチ切れる」
「別にドラゴン共なんざブチ切れたって怖くねーけど」
「それにこの時代のカミーラさんはまだ魔人になってはいないはずだ。だから魔王の強制命令権だって効かねーし、そもそもドラゴンの姿をしているはずだから探そうにも……」
「あぁ、まだドラゴンなのか。ドラゴンの姿じゃ会ったところでなぁ……」
それではセックスが出来ないじゃねーか、とランスはつまらなそうに息を吐く。
ランスは元よりケイブリスも、カミーラについて知っているのは魔人化した後の姿である為、魔人化前の純粋なプラチナドラゴンだったカミーラがどんな姿をしているかは分からない。
何処で暮らしていたかも知らないし、当時のカミーラに接触するのはリスクが大きすぎる。ドラゴンの生ける冠に手を出してただで済むはずが無いとケイブリスは深く理解していた。
「そういやケイブリス」
「あん?」
「お前、カミーラに惚れているんだったよな」
「え? そ、そうだけど……なんだよ急に」
唐突な話題。最初ケイブリスは面食らったものの、
「お前、どうしてカミーラが好きなんだ?」
「どうしてって、そんなんお前……分かるだろ、だってあの美貌! あの気高さ! あの尊さ!」
すぐに得意げな顔になって熱弁を振るう。
美しきプラチナドラゴンの魔人カミーラ。その高貴な輝きに小さなリスはずっとご執心。その恋心が時折空回りして大惨事を引き起こした事もあれど、それだけ長年思い続けている証でもある。
「あの美しさを一目見てみろ! あんなん惚れない方がおかしいってもんだろ!」
「ほーん……」
魔人カミーラの美貌については同意するところ、ランスだってその気持ちはよく分かる。
「……でもなぁ」
それはよーく分かるのだが……。
しかしそれでも、どうしても気になる事が一つ。
「でもお前……リスじゃん」
「え?」
ケイブリスは全く予想外の角度から突かれたような顔になった。
「カミーラは元々ドラゴンで、今は美人の女だろ? だからお前が元ドラゴンだってんなら、あるいは人間ってんならカミーラに惚れる理由も分かるっちゃ分かる」
「……えっと」
「けどお前はリスじゃん。なんでリスがドラゴンや人間に惚れるんだよ。お前は雄のリスなんだから雌のリスを好きになるのが普通だろ? それがなんでカミーラに惚れるんだ、おかしいだろ」
「……いや、そんな……」
ケイブリスは、カミーラに惚れている。
リスであるケイブリスが、ドラゴンのカミーラに。
言われて気付く。それは果たして自然な形と言えるのか。生物として正しい姿なのだろうか。
「………………」
ふと考えると自分は以前、魔物界を支配した次には人間世界の侵攻を目標にしていた。
そして人間世界を支配した暁には各国の高貴な女共を捕らえて従えさせて、全員俺様の性欲処理に使ってやるぎゃはははー! なんて妄想を膨らませてもいた。
しかしそれもよくよく考えたらどうなのか。元人間であるランスからしたら、リスである己が人間の女に興奮しているのがおかしな事であり間違いなのだと言う。
「おもいっきり異種姦だろ。長年ずっと異種姦を夢見る自分がおかしいと思わなかったのか?」
「………………」
「そりゃカミーラだって困るだろ。リスから求愛されたってどうしようもないぞ」
「………………」
今思えば確かに、自分は当のカミーラ本人から長い年月ずっと歯牙にも掛けられていなかった。
あれは自分の魅力云々の前に、そもそも種族として交わる事などあり得ないからではないか。
「つーかお前、雌のリスを抱いた事あんのか?」
「………………」
無い。
リスとの性交など経験どころか、生まれてこの方雌のリスに手を出したいと思った事が無い。
「……で、でもよぉ! それならお前だって女の子モンスターを抱く事あるじゃねーか!」
「そりゃあるけど、別に俺様はモンスターを抱きたい訳じゃない、あくまで人間の女に似た姿をしているから抱いているだけだ。だから人間の姿をしていないメスのハニワなんかに欲情する事は絶対に無いし、たとえすげーイイ女だなぁと思ってもホルスの女王を抱きたいとは思わん」
ランスはハニ子を抱かないし、テラ・ホルスを抱こうともしない。
一方でたとえ元が男でも、たとえ体の半分がムシっぽくても人間の女の姿をしていたら抱く。
基準は女性の価値を顔と身体に限定して評価した時に抱けると感じるか否か、要するに可愛くておっぱいとまんこがあるかどうか。その点についてランスは一貫している。
しかしケイブリスは。
惚れたカミーラはドラゴン。それがリスの外見をしているから惚れた訳ではない。
むしろドラゴンだから、あるいは人間の美女だから惚れた。そこに惹かれたとも言える。
「リスのお前が、自分とは全然違う姿のドラゴンや人間の女に欲情するなんておかしいだろ」
「……そう、なの、か?」
「そうだろ。異種姦でしかチンポ勃たないなんてイカレてる。ハッキリ言って変態だぞ、変態」
「………………」
突き付けられてしまった己が性癖。愕然とした表情のケイブリス。
今まで「雌のリスを犯したい!」という気分になった事が無い。それはおかしい事なのである。
「いや……でも……だって……だって、カミーラさん、めっちゃ美人じゃんか。あらゆるドラゴン達全員がカミーラさんを欲しがって奪い合いをする程の存在なんだぜ? そんなん……惚れちゃうだろ」
「そもそもリスのお前がカミーラを見て美人だと思うのがおかしい。俺様はドラゴンやリスの違いなんて分からんから超モテモテな雌ドラゴンや雌リスがいたとしてもそいつを美人だなんて思わん。それが普通だろ」
生物ごとにその美しさの評価や基準、あるいは感性というものはまるで異なる。
たとえ美しい雌ドラゴンがいたとして、それをドラゴンとして美しく思うこと、あるいは芸術的な美として評価する人間はいれども、美しい雌として欲情する男はまずいない。
いたとしたらそれは異常性癖の類、専ら変態と呼ばれる人種である。
「……いや、違う」
「何が違う」
「その……俺とお前は……ちげーから。俺ぐらいに長生きをしてな、6000年ぐらいのふかーい人生経験を重ねたら分かる。好きになるのに種族なんつー些細なもんは関係なくなるんだよ……きっと」
「どーだか」
果たして長い年月を経た存在にとって、性対象となるのは同種族に限らないものなのか。
それは実際に長い年月を生きた者にしか分からない事だろうが、もしここに元ホルスである魔人メガラスがいたなら「……そんな事はない」と否定したかもしれない。
「つーか! 俺の性癖とかそんなんはどうだっていいんだよ!!」
「話を逸らしたな」
「違う! 今大事なのはこの世界からどうやって抜け出すかってことだろーが!!」
「ま、そりゃそうだが」
リスとドラゴンの異種姦事情など興味本位で覗くようなものではない。
それはランスも同意するところ。とはいえこの世界を抜け出す方法と言っても一つしかない。
「とにかく明日だ。明日こそはククルククルを倒す」
「そうだと良いけどな。んな言う程簡単に済む訳が……」
「あんなもんちょっとデカいだけ、最強の魔王は俺様なのだ。次に会ったら必ず倒してやる」
「倒すったって何年掛かるんだよって話で……」
「倒すと言ったら倒すのだ。んじゃ俺様もう寝る。ちゃんと火の番しろよ」
ごろんと身体を横に倒して、あっという間にランスは就寝モード。
「くそ……言いたい放題言いやがって……」
己が性癖をボロクソに否定された夜。
ケイブリスは時折悪態を付きながらも、言い付け通りに焚き火を見守りながら夜を越した。
極度に不眠症のリスは眠る必要が無い。夜の番にはとても便利であった。
──しかし、この時のランスは。
そしてケイブリスすらも。この時はまだ気付いてはいなかった。
この世界には、魔王ククルククルよりももっと恐ろしい敵がいるのだという事に。
そして、次の日。
「よーし、行動開始だ。とにかくククルククルを見つけるぞ」
身支度を済ませて早々に出発。
目標は大空を気ままに遊弋する魔王ククルククルの捜索、そして討伐である。
「確か昨日はあっちの方に移動していったはずだったよな」
「あぁ。まぁなんせあれだけの巨体だからな、ちょっと高い所に登って見渡せばククルククルを見つけんのにそう苦労はしない。んだけど……」
「けど?」
「昨日から言ってるけどな、見つけたとしてどうすんだってことだよ。まともにやりやったって到底勝ち目なんざアリはしねぇだろ」
「愚か者め、やる前から諦めているからお前は雑魚のリスなのだ。俺様は魔王だぞ、同じ魔王に勝てないわけがない」
「そりゃ理屈上はそうかもしれないけどよ……」
とりあえず、ランス達は付近に見えていたちょっと小高い丘に上がってみる。
「あ、いた」
見晴らしの良い所から探してみれば簡単に見つかった。
空にふわふわ浮かぶ不可思議な物体。今日もククルククルは元気そうである。
「あの大きさからして……結構遠くにいるか」
「そうだな。こっちも空を飛べないと近付くのだって一苦労だからなぁ」
「んじゃ当時のお前はどうやってククルククルに会ったりしていたんだ?」
「んなもん向こうから来るのを待つだけだ。当時の俺は生きる事だけに精一杯だったし、そもそも一魔人にとって魔王に会う用事なんて早々ねぇし」
全てがククルククルの気分次第で、数年に一度会う機会があるかどうか。との事らしい。
そうして会ったとしても特に命令などを受けるような事は無かった。何となくの思い付きで魔人にしてみたリスがまだ生きているか、その経過観察程度の用事だったのではないかと今のケイブリスは考えている。
「なーんかこうもデカいと近付いてんのかどうかもよく分かんねぇな……」
「こっちから近付くよりも向こうから来るのを待ってた方が楽じゃねぇか?」
「んなことしてたら何時になるか分からんだろ。それにヒマだ」
そうこうしながら朝を過ぎて、昼に近付いて。
ククルククル目指してえっちらおっちら進んでいた、その途中で。
「にしても……」
ふとランスが周囲を見渡して、呟く。
「この時代ってなんか……殺風景だな」
出てきたのはそんな感想。
「それに、本当に人間の姿が見当たらねーな」
「人間?」
「うむ。町や村みたいな集落どころか、小さな民家の一軒すらも見当たらんぞ」
ここまで歩いてきて、未だ人間との遭遇は無し。
その痕跡さえもろくに見当たらない、ランスにとって感じたことの無い異質な空気。
「まぁ今と違ってあんだけドラゴンがうじゃうじゃいたらうかうか昼寝もしてられねーだろうし、どっか目立たない所でこっそりと暮らしているんだろうけど」
Kuku歴──この時代はドラゴンの時代。
人間が生きていくのには危険が多く、だから安全な場所に隠れ潜んで生活している。
この時までランスはそう思っていた。ケイブリスからこの時代の本当の姿を聞くまでは。
「あのなぁランス、この時代に人間なんかいるわけねーだろ」
「……え? 」
それは大きな思い違い──人間が見当たらないのではなくて、いない。
故に人工的な建造物の影一つすらも存在していない。それに早く気付くべきだった。
「いないって、どういう事だ?」
「どうもこうも、人間が生まれてくるのは次の魔王アベルの時代を過ぎてからだからな」
「……意味がよく分からん」
「だーから、ここは人間が生まれてくるよりもずっと前の世界なんだよ。Kukuの時代から今の時代まで、6000年以上全部を見てきたこの俺が言うんだから間違いない」
ここは──Kuku歴1050年。
この世界のメインプレイヤーは、ドラゴン。
「人間が……いない?」
まだメインプレイヤーが人間ではない。だから、この世界に人間はいない。
ようやく知ったその事実。その空恐ろしさに魔王ランスは呆然と呟く。
「……え。じゃあ、女は?」
「女って、メスのドラゴンか? ドラゴンってのはほぼオスだけの種族でメスは──」
「いやドラゴンじゃなくて。人間の女」
「あのなぁランス、さっきから言ってるだろ。この世界に人間なんかいねぇんだって。人間がいないのに人間の女がいるはずねーだろが」
「………………」
人間が誕生する前の世界。それが超・挑戦モード第三ステージ。
ステージボスである魔王ククルククルよりも。なによりも恐ろしいのは──
「…………はッ!」
残酷な世界の真実を知って、その顔色からは血の気が引いていく。
そして脳裏に響く「このステージはリタイヤ推奨かもねー」と笑っていたハニーキングの声。
その言葉の真の意味を。ランスはここにきてようやく理解した。
──この世界には人間の女が存在しない。
魔王ランスの猛る性欲を発散する方法が、この世界には何一つ存在しないのである。
「や、ヤバい」
「あん?」
「女がいない世界なんて……あ、あり得ない。こんな世界があってはいかん……」
ランスという男は性欲がとっても強く、通常一日でも女を抱けないと調子が悪くなる。
二日抱かないと体調が悪くなって、三日も続けば精神に異常を来たす。それがランス。
セックス無しでは絶対に生きてはいけない。そういう種類の業を背負っているのである。
「い、一刻も早く元の世界に戻らなければ……女がいない場所に長く留まるわけにはいかん」
「そりゃ俺だってそうしたいけど……」
ケイブリスは空に視線を向ける。
そこにはこの時代に君臨する歴代最強の巨影。
「あのククルククルをどーやって倒すんだ……って、この話、もう何度もしてるよな?」
「………………」
女を抱いて性欲を解消するには。元の世界に戻るには魔王ククルククルを倒す必要がある。
数多のドラゴン達が総出となって、それでも討伐するのに二千年を要した最強の魔王を。
「………………」
今度こそ。ランスの表情が絶望色に染まった。