ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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VS 魔王ククルククル③

 

 

 

 

 ──Kuku歴。

 それはメインプレイヤーとしての人間種が誕生するよりも遥か前の時代。

 

「……死ぬ」

 

 そんな時代に放り出されていた事を遅まきながら気付いたランス。

 今やその表情は。英雄や魔王としての名には相応しくない絶望の色に染まっていた。

 

「死ぬ!」

 

 ここは人間の女がいない世界。性欲を発散する方法が無い世界。

 つまりこの世界における真の敵とは。魔王ククルククルではなく己が性欲であって。

 それに勝つ術は──無い。これだけはどうにもならないのである。

 

 つまり──死。

 

「このままじゃ、死ぬ! セックスが出来ないなんて死んじまう!!」

「おいおい。何を言い出すかと思えば、んな大袈裟な……」

 

 一方で、そんなランスの下半身事情を知らないケイブリスは至極どうでもよさそうな顔。

 

「大体性欲なんて、いざとなったら自分の手で処理すりゃあいいじゃねーか」

「イヤだ!! だって俺様は世界を統べる魔王様なんだぞ!! 世界中どんな女だって年がら年中抱き放題なはずなのに、何が楽しくて自分の手を使わなきゃならねーんだ!! そんなん絶対嫌だーー!!!」

「嫌だっつってもなぁ、この世界のどこにも女がいねーんだからどうしようもねーだろ」

「くっそーー!! あのクソボケ白ハニワめーー!! この俺様をよりにもよって女がいない世界に送り込むなんて、ケンカ売ってるとしか思えねーー!!」

 

 性欲と怒りの絶叫に応える声は、無い。

 しかし耳を澄ませば「苦しめー、苦しめー」という憎きハニワの声が聞こえる。

 ……ような気がした。無論ランスの幻聴なのだが。

 

「つーか!! そもそもが!! お助けキャラが女だったらこんな事に悩む必要無いのに、よりにもよってこのリスを寄こしてくるあたり絶対にワザとだ! 俺様を苦しめる為にワザとやってる!!」

「お、おう……それは……なんかすまん」

「もー許せん! あのハニワは割る! 絶対に割ってやる! 覚悟しとけよーー!!」

 

 悪しきハニワは悉く割るべし。魔王ランスはここに決心した。

 

「とにかく、こうなった以上悠長にしているわけにはいかん。女どころか人間がいねーんじゃこの世界にはなんも期待は出来ん、だから一刻も早く元の世界に戻るぞ!」

「そうだな。ククルククルが倒せたらな」

「倒す! とっととたおーす!」

 

 その為にもなんにせよ、目標は打倒ククルククル。

 そうと決めて、かの魔王が浮かぶ空を睨み付けるランスだったが。

 

「……って、ありゃ?」

「あん?」

「なんかあいつ、どんどん遠ざかっていってねーか?」

「あぁ、確かにそう見えるな」

 

 見れば中空に浮かぶ巨大浮遊物体の影が遠ざかっている。

 魔王ククルククルは今日も気ままに大空を遊弋中。そして偶然ランス達とは逆方向に移動しているようだった。

 

「……おい、これ、このままちんたら追い掛けていても追い付ける気がしねーぞ」

「そうだな。ククルククルは機敏に動くようなタイプじゃなくてむしろゆったりとした感じなんだけど、それでもなんせあのデカさだからな」

 

 小人の一歩と人間の一歩が違うように、人間の一歩と巨人の一歩はまた違う。

 特にこの時代は人間がいないので人間用の道などが切り開かれてはいない一方、上空に浮かぶククルククルは地形の起伏などを無視して自由気ままに移動する事が出来る訳で。

 となればククルククルが逆方向に移動している場合、ランス達の足では早々追い付けるものではない。

 

「おいケイブリス、うし車だ、どこかにうし車はねーのか!」

「この時代にそんなもんねぇよ。人間がいないのに人間の乗り物なんてあるわけないだろ」

「くっそー! なんつー不便な時代なんだここは!!」

 

 ここは人間がいない世界。つまり人間が生きていくようには出来ていない場所。

 幸いランスは魔王なのでどんな世界だろうとも生きていく事は出来るのだが、それでも元が人間である以上不便さを感じずにはいられないし、性格的にもそういうのが大嫌いなタイプである。

 

「こうなったら仕方がねぇ、とにかく全力で追っ掛けるぞ!!」

「お、おい嘘だろ、絶対に追い付けやしねぇって!!」

「うるせー! それでもやるっきゃねーんだ!!」

 

 こうなれば頼れるのは自らの足のみ。魔王は彼方に向かって駆け出した。

 

「待てって、おい! くそ、こんなの走ったって追い付けるわけがねーのに……!」

 

 その後をヒーヒー言いながら付いていくケイブリス。

 そこからはずっと追いかけっこの時間、そしてククルククルの気まぐれに翻弄される時間となった。

 

 

 

「くっそー! おいこら! 待ちやがれー!」

「だから、こんな、向こうは空飛んでんだから、追い付くなんて無理だって……っ!」

 

 汗だくになりながら追いかけても。

 どれだけ追えども追えども、それでも空浮かぶククルククルはふよふよ遠ざかっていく。

 

「……あ、あれ、おいランス見ろ、ククルククルの進路が変わったぞ!」

「本当だ! よーし、これはチャンスだ!」

 

 とか思っていたら、くるっと反転。

 急に方向転換してこちら側に近付いてきたり。

 

「遂に追い付いたぞー! ここが年貢の納め時だ! ククルククルめ、覚悟しやがれー!!」

「………………(触手をべちーん)」

「ぐへーっ!」

「ランスーー!!」

 

 いざ戦いを、と意気込んで即撃沈。

 触手のビンタを食らって返り討ちにあったり。

 

「グガァァア! ゴガアア!!」

「ひ、ひぃぃぃ……! ど、ドラゴンの群れが……!」

「がー! うるせーうるせー!! 雑魚モンスター共め、死にたいなら相手になるぞ!!」

 

 ドラゴンの群れにバッタリ遭遇。

 売られた喧嘩は買っちゃるとなし崩し的に戦闘になったり。

 

「くそ……、ククルククルのやつは……」

「もうあんな遠くにいる。さすがにここからじゃどうしようもねぇ」

 

 そんなこんなをしている間に、時間を無駄に消費して。

 

「ぐ、ぐぬぬ……お、女、女は……!」

「女は居ねぇって。現実を見ろよ」

「ぐぐぐぐぐ……!」

 

 そうして二日、三日と経つ内に。

 世界一性欲の強い男の中で、それは徐々にだが確実に溜まっていくもので。

 

 ──そして。

 

 

 

 

「……お、おんなぁ」

 

 ここまでずっと我慢しっぱなしの魔王ランスは憔悴しきっていた。

 すでにその顔に生気はなく、その瞳にも光は無い。

 

「おんな……おんながいない……おんな……おんな……」

 

 セックスがしたい。女体を味わいたい。性欲を発散したい。

 そんな欲望が無限に湧き上がって、ランスの脳内を埋め尽くす。

 

「くそぉ……なんでここにはおんながいないんじゃ……ありえん……」

「仕方がねーだろ、ここは人間が生まれる前の世界なんだから……」

 

 それでもここは女性がいない世界。

 その欲望が満たされる事はない。ランスという男にとってはあまりにもキツい世界。

 

「ぐ……ぐっ」

「ん?」

「ぐ、ぐが、ぐががが……!」

「お、おいおい、ランス、お前……!」

 

 すると性欲の衝動に苦しむランスの身体からは、赤い粒子が怒りのように湧き上がってきて。

 

「ぐががが、お、おんな、おんな……!」

 

 その姿は魔王化の前兆に酷似していた。

 ランスは精神性こそ人間のままではあるが、すでにその身体は人間のものではない。よって全てが人間の時と同じようにはいかない事がある。

 最強の存在である魔王はその欲望を発散させてこそ、決して我慢などしてはいけない。無理に自らの意思を抑制してしまっては、もう一つの意思である血の衝動が抑えられなくなってしまう。

 

「……ま、マズい。このままじゃ、マジでヤバいぞ……!」

 

 このままじゃマズい。ランスも過去の経験から理解していた。

 このまま女を抱かないでいるのもマズいし、湧き上がってくるもう一つの衝動に身を任せてしまうのもマズい。

 ククルククル討伐などはもう二の次、まずはこの窮地を脱しなければならない。

 

「が、ががが……お、おんな……おんなだ、おんなを抱くしかねぇ……」

「んな事言ったってなぁ、この時代じゃどうしようも……」

 

 とはいえ唸ろうとも、藻掻こうとも、なにをしようとも。

 どうしようもなく女がいない。存在しないものはどうしようもない。

 存在しないならば──

 

「こ、こうなったら……!!」

 

 そして、ランスは決心した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「…………ガァ」

 

 と唸って、ドスドスと足音を立てて大地を歩く。

 そこにいたのは、一頭のドラゴン。

 

「……グルル」

 

 彼は翼を持たないドラゴンの為、一族の敵であるククルククル討伐に参加する権利を持たない。

 よって種族内での地位は低く、この時代を象徴する上空での大戦とは無関係に、それでもククルククル以外には外敵のいない最強種として日々を安穏と過ごしていた。

 

 すると──

 

「あ、いた! いたぞランス!」

 

 という声が、聞こえた。

 見ればそちらにいたのは一匹の小さなリス。白い体毛に覆われた美味しそうなリス。

 

「グァア」

 

 ドラゴンの食性は種族によって様々、そして彼は肉食なのでリスの肉は好物である。

 彼にとってそれは餌であり、それを食べるのは自然の摂理というもの。ぺろりと美味しく平らげようと彼は足を一歩前に踏み出した。

 

「……ガァウ?」

 

 しかし……その一歩だけで足が止まった。

 恰好の獲物を前にしてそれ以上先に進めない。最強種のドラゴンである彼が。

 それは野生の勘というものか、その奥に潜んでいる何よりも凶悪な気配に気付いたのだ。

 

「……グルル」

 

 反射的に威嚇をする。

 その圧は、それは上空を支配する最強の敵と対峙した経験の無い彼には到底理解出来ないもの。

 どこまでも暗くて重い、これまで一度も感じた事が無い凶悪のオーラ。これは──

 

「見つけたー!!」

「ッッ……!!」

 

 瞬間、謎の生物が小道の影から飛び出して襲い掛かっていた。

 丸いものにも貝にもドラゴンにも似ていない二足歩行の生物。遭遇したことのない未知の敵。

 

「くたばれー!!」

「グガァァウ!!」

 

 彼は瞬時に応戦した。

 だが……鉤爪の一撃──効かない。

 吐き出す炎──効かない。渾身の体当たり──ビクともしない。

 

「次こそ当たりだ、当たりになれー!!」

 

 見知らぬ言語を使うその相手は強かった。あまりに強すぎた。

 最強種のドラゴンであっても手も足も出せない程に強大であった。

 

「ゴガァァァ!!」

「雑魚が無駄な抵抗してんじゃねー!!」

「ひ、ひぃぃぃ……!」

 

 傍観者となった小さなリスが足元でぷるぷる怯える中。

 その相手は、劣勢ながらも抵抗するドラゴンの首元を片手で強引に押さえつけて。

 

「おらァァァ!!」

 

 そして、その口の中に魔血魂を突っ込んだ。

 

「……グ、グ……!?」

「どうだ!?」

 

 すると、ドラゴンの動きが止まった。

 そして湧き出してきた血液のように赤い粒子に包まれて、その姿が見えなくなっていく。

 

「グ、ガァ、ガァアア……!」

 

 魔血魂に凝縮された魔王の血が、その全身へ流れていく。

 元々の姿がより上位のものへと、より強靭なものへと変貌していく。

 

 ──魔人化が、始まる。

 

「こい! 当たりこい! SRカモン! SSRカモーン!!」

 

 こうして。

 そこにいたドラゴンはドラゴンではなくなって。

 

「……ゴ、ゴアァ」

 

 今ここに。

 名もなき魔人が一頭、誕生し──

 

「死ねー!!」

「ギュイーーー!」

 

 そして、即座に魔王ランスに叩っ斬られた。

 

「くそぉ、また失敗だ……!!」

「あぁ、やっぱ駄目か……まぁそりゃあなぁ……」

 

 自ら生み出した魔人を早々に処分しておいて、魔王ランスの表情は暗い。

 傍らで成り行きを見守っていたケイブリスもやれやれといったところである。

 

「なぁ、ランス……もうやめようぜ。こんな方法じゃあ無理だって……」

「うるせぇ!! いいからお前はとっとと次のドラゴンを探してこい!!」

「けどよぉ……なんか俺もうドラゴン達が可哀想になってきちまったよ……」

 

 偶然出会った魔王に無理やり魔人にされて、それも束の間訳も分からずに殺される。

 まさに魔王の名に相応しいような残虐非道な行い。小さなリスが圧倒的恐怖の存在であったドラゴン達に憐憫を抱く程である。

 とはいえ無論、ランスが意味も無く理由も無くこのような事をしているはずはなくて。

 

「仕方ねーだろ!! ここで女を抱くにはこれしか方法がねぇんだ!!!」

 

 ランスは考えた──人間の女が存在していない世界で、それでもどうにかして女を抱く方法。

 前提1として、プラチナドラゴンだったカミーラは魔人化によって人間体となった。

 前提2として、女だったケッセルリンクは魔人化によって男となった。

 

 となれば。この二つの要素が同時に作用したなら。

 男のドラゴンが魔人化した際、人間体になって、かつ女になる事だってあり得るのではないか。

 

「いやぁ……さすがにそりゃあ無理だって……」

「無理じゃない! 可能性はあるはずだ!!」

 

 ランスのそんな思い付きによって、ドラゴンを元にした無銘の魔人達が量産されていた。

 

「カミーラっつー実例があるんだ、ここのドラゴン共があれぐれー美人になる可能性もあるだろ!!」

「でもカミーラさんはメスじゃん……ここのドラゴン共はオスじゃん……」

「それもケッセルリンクっつー実例があるんだ! 性別ぐらい気合で変えられる!!」

「つってもなぁ……ドラゴン共がそれを望んでいるとは思えねーし……」

 

 ケイブリスが言うように、魔人化によってその性質が変貌するのは当人の意思によるところが大きい。

 例えばカミーラはドラゴンでありたくないと願った為、そしてケッセルリンクは魔王スラルを守る騎士でありたいと願った為にその容姿性別が変貌した。

 しかし一方でここにいるドラゴン達は、当然ながらそんな事を願ってはいない訳で。

 

「無理だって。無理無理」

 

 となれば必然魔人化しても出来上がるのは男性体のドラゴンの魔人ばかり。

 しかしそんなものは必要無いのですぐに魔王の手によって処分される。残虐非道な魔王によって実に惨たらしい処刑場が出来上がっていた。

 

「とにかく次、次だ……!」

「まだやんのかよ……」

「あったりめーだ! 次だ、次のドラゴンこそ当たりを……!」

 

 しかし今のランスには。この方法しか縋る道はない。

 

「ドラゴン見つけたー!! 魔人になれーっ!」

「ゴガァァァ!!」

 

 その後もドラゴンを見つけては。軽く捻っては魔血魂を食わせ続けて。

 

「ハズレじゃねーかボケがー! くたばれー!!」

「ギュイーーー!」

「あぁ……当たりが出ない……SRが、SSRが出ない……」

 

 何度も何度も魔人化ガチャをガチャガチャと繰り返して。

 しかし当たりは引けない。確率表記の無いガチャの闇はどこまでも深いのである。

 

「ぐ、ぐぐぐぐ……!!」

 

 そうこうしている内にも、時間だけは確実に過ぎていって。

 捌け口の無い鬱憤と性欲が溜まっていく。そして──

 

 

 

 

「……おんな」

 

 そこから更に数日後。

 

「……お、おんな」

 

 女を求め続けた哀れな男は、この非情な世界から拒絶され続けた。

 

「……おんな、おんな、おんなおんなおんなおんな……」

 

 今やこれしか喋れない。脳みそがまともに動いていない。

 そして不規則にカタカタと震える。まるで何かの発作か禁断症状のようで。

 真っ赤に血走った目は虚空を見つめたまま微動だにせず、その形相は狂人のそれである。

 

「おんなおんなおんなおんなおんなおんなおんな……」

「……(ぶるぶるっ)」

 

 そんな男の視界に入らぬよう、隅っこで小さく丸まっているリスの姿も。

 この頃にはもうケイブリスはランスに近付くのすら怖くなっていた。

 

「おんなおんなおんなおんなおんなおんなおんな……」

 

 そして──

 ついに、限界がきた。

 

 

「────おんな?」

 

 

 その時。

 突如としてランスの目がクワッ! と見開かれた。

 

「おんな……? お、おお、おんな! おんなだ!!」

「え?」

「おんなおんな! おんな、おんながいる!! おんながいるぞーー!!」

 

 そして狂ったように喚き始める。

 空の一点を指差して。歓喜に湧いた表情で「おんなおんな!」と叫び回る魔王。

 

「おい、ランス……」

「おんなーー!! おんなおんなおんなおんなおんなーーー!!!」

「お、おい、落ち着けって。この時代に女なんているはすが──」

 

 この時代に存在しているのは生物上の雌のみ。人間の女なんて存在するはずがない。

 これはついに幻覚を見始めたかと、先行きに戦々恐々とするケイブリスだったが──

 

「って、え?」

「おんなーーー!!!」

「まさか、あれ……く、ククルククル!?」

 

 ランスが指差す空の先、よく見るとそこには謎の巨大飛行物体があるではないか。

 それは最強の魔王ククルククル。今やそれどころでは無かったので放念していたが、一応は討伐目標であるそれがこのタイミングで急接近してきていたようだ。

 

「おんなだーー!!」

 

 そして。相変わらず声が割れんばかりに叫ぶランス、その目線の先には。

 その魔王ククルククルの超巨大な身体から。無数に伸び出ている触手があって。

 

「って、おい、まさか──」

 

 ケイブリスは気付いた。

 ククルククルの触手、その内の一本には──

 

「お、おいおいおい!」

 

 その内の一本には、まるで女性のようにも見えるシルエットがあるではないか。

 

「おんなーー! おんなだーー!!」

「ちょ!! ちょっと待てよランス!! ククルククルのあれは女じゃねぇよ!!!」

 

 それは確かに、見ようによっては人間の女性のようにも見える。

 目と鼻と口を備えた人間のような顔があって、人間のような髪も生えていて。

 更には女性らしい胸部まで備えている。となれば見た目で女性だと勘違いするのも無理はない。

 

「おんなー!!」

「あれはただの触手だ!! 落ち着けって!!」

 

 無理はないが──しかしそれは女性ではない。

 ケイブリスは知っている、触手はあくまで触手、それ以上でもそれ以下でもない。

 そもそもククルククルは『丸いもの』であり、この時代にはまだ人間が存在していない以上それは人間を模したものでもなく、本当にたまたまそういう形状をしているだけの触手なのである。

 

「おんなーー!! おんながいたーー!!」

 

 しかし、性欲を貯め込み過ぎて正気を失ったランスにはもう女としか認識出来ない。

 ちょっとでも女性っぽい顔と身体さえあればもうそれは女、その正体がなんであっても女なのである。

 

「おんな! せっくす!! せっっくすーーーー!!!」

「お、おいおい! セックスって、冗談だろ!? ククルククルの触手を襲うつもりか!?」

 

 ケイブリスは驚愕に身震いした。

 だってそれは6000年前から憧れ続けた存在、この時代を象徴する最強の魔王ククルククルを。

 それを──倒す。どころか、セックスする為に、襲う。

 

「そんな、そんな馬鹿な真似を──!!」

 

 その触手の一本が。女のように見えるからというあまりにもバカげた理由で。

 そんな真似をしようものなら、その果てに待ち受けるのは当然身の破滅以外にはない。

 

「ランス!! 待て!! 正気に戻れ!! お前はそんな死に方でいいのか!?」

 

 ケイブリスには信じられなかった。

 ククルククルの触手を女と勘違いして襲った、それが死因だなんてさすがに酷すぎる。

 こんなんでも一応は魔王なのに。あの時最強の魔人にまで上り詰めた自分を倒して、自分の代わりに魔王になった男なのに──

 

「冷静になれ!! ランス!!」

 

 そんなケイブリスの想いも虚しく。

 ランスの目に映るのは女のみ。女を目指して彼方に駆け出した。

 

「おんなーーーーーーーー!!!」

「ランスーーーーーーーッ!!」

 

 小さなリスの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 


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