ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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VS 魔王ククルククル④

 

 

 

 

 

 一方──その頃。

 

 

「………………」

 

 ふわふわと大空を漂う、巨影。

 

「………………」

 

 Kuku年1050年。

 その時代の名を冠する存在──それが魔王。

 

「………………」

 

 そして、それがこのククルククル。

『丸いもの』という一世代前のメインプレイヤーから誕生した最強の魔王。

 

「………………」

 

 そんなククルククルだが、今日も今日とて自由気ままに生きている。

 この時代で空を見上げれば大抵どこでも、ふわふわぷかぷかゆったりと漂う姿を見つける事が出来る。

 

「………………」

 

 魔王ククルククルは最強の存在なのでそりゃもう強い。途轍もなく強い。

 その強さ、その存在感は絶対的。ただ一人で頂点に君臨し、この時代におけるメインプレイヤーであるドラゴン達からは天敵と目されている。

 なのでドラゴン達と戦うのは日常茶飯事。その戦いの歴史はもう1000年を超えている程で、こうしている間にもいつ襲撃を受けたっておかしくはないのが常である。

 

「………………」

 

 そのように不俱戴天と呼べる関係性なのだが、一方で当人にそのつもりは無い。

 別にククルククルはドラゴン達を敵視していない。ただ面倒な存在だと感じているだけ。

 それが理由にククルククルの方からは攻撃した事が無い。あくまで受けるだけ。これまで戦いの中で数多のドラゴン達を握り潰してきたが、それでもククルククルの方からドラゴン達を狩りに行くような事はない。

 当人の感覚としては降りかかる火の粉を払っているだけで、こちらの邪魔をしないならわざわざ殺そうとも思わない。攻撃する必要性も感じない、言わばその程度でしかない存在。ククルククルにとってドラゴンというのは興味を惹かれない存在なのである。

 

「………………」

 

 一体何故ククルククルはこれだけ長い因縁のあるドラゴン達に興味を示さないのか。

 その答えはとっても簡単で、ククルククルはドラゴンを食べないから。

 まぁ食べられない事は無いのだが、ドラゴンは食べてもあんまり美味しくないのである。

 

「………………」

 

 つまり。専ら魔王ククルククルにとってその興味を刺激されるのは食、食べ物なのである。

 特に挙げるのならば貝、貝が好き。この時代には沢山いる貝こそがククルククルの好物。ドラゴン肉のような大雑把な味付けではなく、たっぷりと身の詰まった貝の繊細な味こそがククルククルのお気に入り。

 

「………………」

 

 なのでドラゴンはわりとどうでもいいククルククルでも貝には容赦しない。

 貝は見付け次第襲う。触手でガッといってパクリと食らうのである。

 

「………………」

 

 美味しいものを沢山食べる。それが日々を満足に過ごす秘訣である。

 毎日毎日、美味しい貝をパクパク沢山食べてきたから自分はこんなにも大きくなったのだ、とククルククル本人はそう思っている。

 という事で、日々を自由気ままに生きているように見られるククルククルなのだが、それでもちゃんと行動指針というものが存在している。

 

「………………」

 

 食。食を求めて今日のククルククルは気ままに北の方へゆったりと移動していた。

 そちらには他の地域よりも気温が低い寒冷地帯がある。後の時代にはヘルマンと呼ばれるその一帯は年中雪の降り積もる寒冷地であるが故、そこに棲息している貝達もまた他の地域とは一味違う粒ぞろいなのである。

 

「………………」

 

 今日は冷やした貝を食べたい気分のククルククル。

 それ故北へ北へ、巨大な身体をふわふわと浮かせて空を遊弋していく。

 

「………………」

 

 そんなククルククルだが、気ままな性格なので気ままにつまみ食いをしたりもする。

 冷やした貝は好きだが、それ以外の貝だって好き。美味しい貝が大好きなククルククル。

 

「………………」

 

 移動途中、地表にあった山間部の谷間にて貝達の巣である貝塚を目ざとく発見。

 するとククルククルはうにょーん、と触手を伸ばして。

 

「…………(パクっ)」

 

 一帯を丸ごと掬い上げて、パクリ。

 こうして貝達は魔王ククルククルにあっさりと食べられていく。

 

「……………(もぐもぐ)」

 

 果たしてこの貝は何貝だろうか。

 などという疑問を持つ事も無く、ただ美味しいものを美味しく食べる。それがククルククル。

 

「……………♪」

 

『貝』というのは『丸いもの』の敵役として生み出された第一世代モンスターに当たる。

 モンスターとしては大した特徴も無い彼等だが、その死骸が年月を経て化石化すると貝殻になったりする。けどこうしてククルククルに食べられると死骸が残らないので貝殻は生まれない。

 後の時代にはいるかもしれない貝殻コレクターなんかがこの光景を見たら卒倒するやもしれないが、この時代にそんなものはいないので細かいことは気にせずパクパク食べていく。

 

「………………」

 

 こうして。

 ここら一帯の貝塚を粗方食べ尽くして。

 

「………………」

 

 さてそろそろ当初の目的通り、冷やした貝を食べに向かおうか。

 そう考えてふわふわゆったりと移動を再開した、その時──

 

 

「おんなーーー!」

「………………?」

 

 なにかが聞こえた。

 

「おーーーんなーーーー!!!」

「………………」

 

 おんな、という音が聞こえる。

 ドラゴンの声とは異なるであろう音が、大声で何かを叫んでいる音が聞こえる。

 しかしその音が表す言語を知らないククルククルにはその音の意味が分からない。

 

「おおおおおんんんなぁぁぁああああ!!!」

「………………」

 

 意味は分からない……のだが。 

 しかし、その音からはどうしてか不穏な印象を受ける。良からぬ響きに感じるのは何故か。

 自然と警戒心が働いたククルククルはセンサー用の触手を動かした。すると──

 

「うががががががーーーー!!」

「………………」

 

 いた。

 なにかがいた。

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃーーー!!」

「………………」

 

 遠い、遠い彼方の地表付近からこちらに爆走してくる影がある。

 ドラゴンではない何かが、こちらに向かって物凄いスピードで走ってきている。

 

「あばばばばばばばばーーー!!」

「………………」

 

 貝とも丸いものとも違う二足歩行で走る生き物、ククルククルには見覚えが無い。 

 そういえば少し前にもこんな生き物に出会っていたような、気がするようなしないような。

 この知的生命体は──何者?

 

「うきゃっきゃきゃきゃきゃーーー! セックスさせろーーー!!」

「………………」

 

 一部訂正。どうも知的な一面はあまり感じられなかった。

 とにかくこの生命体は一体何者なのか。

 

「セックス!! セーーックス!!!」

 

 セックスとは。一体なんなのか。

 ククルククルがそんな事を考えている間にも、その男は猛スピードで距離を縮めてきて。

 

「おんなーーーーッッ!!!」

 

 即座に交戦開始。瞬時に腰から剣を引き抜いて一閃。

 滾る性欲と必殺の勢いを乗せた対空魔王アタックが空に浮かぶ巨影を切り裂いた。

 

「………………」

 

 攻撃を受けた。体表面に生じた一筋の裂傷、決して浅いものではない。

 相手は攻撃しようとしている、とククルククルが認識した瞬間にはもうそれを食らっていた。

 触手を盾にして防ぐ隙も無かった。いっそ見事な程の速さと思い切り。

 

「………………」

 

 その相手が何者なのかも、目的がなんなのかも分からない──が。

 この相手はこちらに対して敵対行動を取ってきている、それは理解した。

 

「………………」

 

 だったら蹴散らす。降り掛かる火の粉は払う。

 扱いはドラゴン達と変わらない、ククルククルの中で行動原理が決定した。

 

「おんなーー!! おんなはどこじゃーーー!!!」

「………………」

 

 迎撃開始。動きを止めたその巨体から無数の触手が生え出していく。

 ククルククルにある無数の触手は各種センサーだけでなく攻撃にも使用される。元々は単なる『丸いもの』でしかなかったのだが、魔王化に伴い使用可能となったこの触手を用いる事で多様な攻撃が可能になる。

 

「………………」

 

 その内の一つを、地表に向けてぐにょーんと伸ばして。

 途中で一旦持ち上げて、勢いを付けて遠心力を乗せて、振り払う。

 

「うががーーー!!!」

 

 その先手を取るように、男は先程繰り出した対空斬撃を再度一閃。直撃。

 弧を描くような軌道で地表に迫った触手はその途中で真っ二つに切断された。

 

「………………」

 

 威力もさることながら、一つ一つの攻撃速度が速い。

 相手はこちらの挙動を見てから動いて尚先手を取ってくる程に速い。これでは触手一本足らずでは振るう速度が到底敵わず追い付けない。

 

「………………」

 

 だったら数を増やせばいい。

 一本で足りないなら二本、それ以上いくらでも。ククルククルの触手は切り落とされても時間が経てばまた勝手に生えてくるものなので、出し惜しみをする必要は無い。

 

「………………」

 

 地表に向けて計六本、普通の標的一体を片付けるのには過剰な程の威力が襲い掛かる。

 その内の四本、目標を前後左右から同時に囲うようにして間髪入れずの連続攻撃。

 

「キョエエエエエーーーー!!」

 

 しかし男は右に左と躱す、躱す。

 

「ホキャーキャキャキャーー!!」

「………………」

 

 計四本で仕掛けた四連続攻撃は全て回避された。

 攻撃速度以上にその動作は機敏、まるでサルみたいな身のこなし。という表現はサルを見た事が無いククルククルには思い付かず、ドラゴンとは比べ物にならない程の敏捷性は初めて目にする代物。

 それにしてもよく叫ぶ生き物である。これも知っていればサルみたいなと例えたかもしれない。

 

「………………」

 

 正直言って、こういう機敏な相手はあんまり得意ではない。

 というか、生まれてこの方貝とドラゴンの大群としか戦った経験が無かったので、こういう機敏な相手があんまり得意ではないのだと今知った。

 ククルククル自身はその巨体もあって機敏な動きが苦手、かつこれだけ小さい的だと猶更。

 

「………………」

 

 とはいえそれでもやってやれない事は無い。というか、やる。

 先程仕掛けて見事に回避された四本の触手をそのまま往復させて、再度の攻撃。

 

「うきょきょきょーーー!!」

「………………」

 

 案の定、先程と同じようにサルのような身のこなしで難なく躱された。

 それは仕掛ける前から分かっていたので、間髪入れずに追加攻撃。地表付近からは見えないであろう空高くに持ち上げていた五本目の触手を振り下ろす。

 今度は遠心力だけではなくククルククル自身の力も乗せた叩き付け。先端部分のスピードは先程までの単純な振り子攻撃の比ではない。

 

「ピャーーーー!!!」

 

 触手を打ち付けた瞬間、爆発が起きたかのように地面が爆ぜて一帯が捲れ上がった。

 

「ピャピャピャーー!!」

 

 しかし──どうやら見切られたらしい。相変わらず叫び声が聞こえるし、大地を砕いただけで手応えが無い。

 この一撃を躱せるドラゴンはまずいない。初見の攻撃に対する対応力も反応速度も見事。

 

「………………」

 

 その上で、更にもう一撃なら。

 ククルククルは五本目と同じように振り上げていた六本目の触手を叩き付けた。

 相変わらず的は小さいが、そのちょこまかとした動きにも多少は慣れてきたし、今度は計五本の触手のセンサーを活用して先程までよりもしっかりと狙いを定めた。

 

「────ぐっ」

 

 だから、当たった。

 ようやくちゃんと攻撃が当たった。それで小さな身体をすり潰した。

 

「ぐ、っがーーー!!!」

 

 ──という手応えだったが、予想に反して相手は原型を留めていた。

 というか元気だった。ちょっと信じられないぐらいの驚くべき耐久力である。

 身体の大きさなど自分はおろかそこらのドラゴン達よりも遥かに小さいのに。どうやら身体の大きさとその強靭さは必ずしも比例するわけではないらしい。

 

「おおおおんんなああああーーー!!!」

 

 まるでダメージなど受けていないかのように、男は元気に叫びながら剣を振り被る。

 そして出鱈目な動きで斬撃を連発。その都度刃のような衝撃波が打ち出されて、次々に触手が切り落とされていく。

 

「うきゃきゃきゃきゃきゃーー!! おんなおんなおんな!! おんなをだせーーー!!」

「………………」

 

 一撃で触手を破壊してくるこの攻撃力も。

 その素早さや敏捷性も。対応力や反応速度も。耐久力も。

 

「………………」

 

 ククルククルは理解した。

 この生命体の正体は依然として謎だが、その強さはドラゴン達よりも間違いなく上。

 単体で比べるならば比較にならない程、一個体の強さとしては飛び抜けている。

 

「………………」

 

 ──そして、同時に理解した。

 それでも自分の方が、強い。

 

「あびゃびゃびゃーー!! おおおおおんなはどこじゃあああーーー!!!」

「………………」

 

 男が放った対空斬撃がまた一つ、空を切り裂きククルククルの巨体に傷を付けた。

 しかし──なんの支障も無い。この耐久力一つとってもそう、確かにこの生命体の耐久力は驚嘆すべきものだが、それで言ったら自分の方がそうだと思う。

 今の一撃だって決して弱いわけではない。むしろその破壊力は生半可なドラゴン達の牙や鉤爪の比ではない。しかしそれでも4,7kmの巨体からすれば引っ搔き傷が付いたようなもの。

 

「おんな! おんな! おんな!!!」

「………………」

 

 総合的に考えて、どう考えても自分の方が強い。

 だからこの戦いは自分が勝つ。負ける事はまずあり得ない。

 そこまでを客観的かつ冷静に判断して、それでもククルククルには困った事が一つ。

 

「………………」

 

 それは──ちょっと、面倒だな、と。単純に戦うのが面倒臭そうなのである。

 先程までの戦闘を振り返れば明らかなのだが、的が小さくてちょこまかと動くので一つ攻撃を当てるのがとても難しい相手。かつ、一つ攻撃を当ててもピンピンしている程に耐久力の高い相手、となれば。

 勝てるには勝てるけど、どう考えても長引きそうで面倒な戦いになりそう。触手を適当に振り回していればその内に片が付くドラゴンの大群と戦う時よりも圧倒的に面倒臭そうなのである。

 

「………………」

 

 そもそもの話、別にククルククルはこの謎の生命体に勝ちたいとか思っている訳ではない。

 向こうから攻撃を仕掛けてきたので迎撃こそしたものの、そうでなければわざわざ戦う事も無かった。

 ククルククルの興味は専ら美味しい貝にしか向いていないし、何よりこの相手。

 

「うきょきょーー!!ウキャキャキャッキャキャキャーーー!!」

「………………」

 

 謎の奇声で狂ったように叫ぶ生き物、率直に言って不気味である。

 こんな生き物がこの世界にいたとは知らなかったが、知らないなら知らないままで良かった。

 ハッキリ言って関わり合いになりたくない。地上と空で住む世界も違うのだからわざわざ突っ掛かってこないで欲しい、自分のことは放っておいて欲しいと思う程である。

 

「………………」

 

 そういえば、結局のところこの生命体の目的はなんなのだろうか。

 こちらを攻撃してきた意図は。自分を倒して何が得られるというのだろうか。

 ククルククルがそんな事を考えた、その時──

 

「──ッッ、いたーーーー!!」

 

 という、絶叫が聞こえた。

 

「見つけたーー!! 見つけたぞーー!!」

「………………?」

 

 歓喜に湧き叫ぶ男、彼は探し求めていたものを発見したのだ。

 それは唯一一本だけ生えている他とは違う形をしている触手、後の世に生まれる人間という生物の女性体のような形に酷似している触手が。

 それ見つける為に男は先程から攻撃を仕掛けていたのだと、そんな真相にククルククルが気付けるはずも無く。

 

「うおぉぉぉおおお!!!! おおおおおおっぱい揉ませろーーー!!!」

 

 理由は不明なのだが謎の生物は俄然元気になったようだ。

 そしてまた攻撃してきた。次々と放たれる斬撃の刃がククルククルの巨体を刻む。

 

「………………」

 

 対して痛くはないけれど、それでも放っておくのは鬱陶しい。

 仕方無くククルククルもまた無数の触手を地上に伸ばして応戦をする事にした。

 けどなんか嫌な予感がするなぁと内心思いながらも触手を振り被って、いざ攻撃を──

 

「ウキャキャキャキャーー!! おんなおんなおんなーーー!!!」

「………………!」

 

 攻撃を、した。しかし男は避けようともせずに。

 むしろそれを待っていたかのように、迫り来る巨大な触手にガバっと飛び付いた。

 

「………………!!」

「キャーキャキャキャ!! セックスセックスセックスーーー!!」

 

 そして這い上ってくる。飛び付いた触手を伝って男はガザゴソと這い上ってくる。

 その動きはまるでゴキブリのよう、という表現はゴキブリを見た事が無いククルククルには思い付かなかったが、それと同じ類であろう不快感と気色悪さは十分に感じられた。

 

「ままままんこまんこまんこーー!!」

「………………」

 

 空を飛べる生物ならいざ知らず、空を飛べない地上の生物がこんな方法でこちらに近付いてくるなんて予想だにしていなかったククルククル。

 ドラゴンのように飛べない生物では戦うといっても限度があるだろうと踏んでいたのだが、こうやってこちらの本体に近付く方法があるとなると話は変わってくる。

 現に男は触手を這い上ってどんどん迫ってきている。先程までのようにエネルギー波を飛ばした間接的ダメージではなく、あの攻撃力で以て直接攻撃された場合、圧倒的耐久力を誇る自分の身体でもどうなるかはちょっと見当が付かない。

 

「うぉおおおお!! カワイ子ちゃん!! セーーックス!!!」

「………………」

 

 これ以上この生物をこちらに近付けさせるべきではない。

 そう判断したククルククルは数本の触手を伸ばした。身体に引っ付いた虫を払うが如く、男が這い上る触手を別の触手で叩く。繰り返し叩く、攻撃する。

 

「うひゃっひゃひゃひゃーー!! むむむむだむだむだむだーーー!!!

「………………」

 

 しかし男は落ちない。抜群の運動能力でククルククルの攻撃に対処する。

 迫る触手を時には躱して、また時には別の触手に乗り移りながら着実に這い上っていく。

 

「………………」

 

 触手上とはいえ、自分の身体の上をガサゴソ這い上がってくる不快感といったら。

 これを見るとドラゴンというのはまだ可愛げがある敵だったんだなぁと思わずにはいられない。

 

「あひゃひゃひゃひゃー!! 逃がさんぞーー!! おんなーーー!!!

「………………」

 

 不気味で不快。この謎の生物は、よくない。

 ちゃんと真面目に対処した方がいい。ククルククルはそう感じた。

 

「………………」

「お?」

 

 すると──先程までとは規模が違う、数十本の触手が一気に出現。

 視界一杯の空を覆い尽くす勢いでその身を伸ばして、触手にへばり付いていた謎の生物を──

 

「ぐ、ぐぬ……ッ!」

 

 捕まえた。ようやく捕まえた。

 四方八方逃げる隙間を与えないぐらい大量の触手で周囲を囲んだ甲斐があった。

 逃げ場を失い対処が遅れた男の身体を一本の触手が巻き付くように捕らえた瞬間、すぐさまその上から別の触手が幾重にも巻き付き重なっていく。

 

「ぐにに、ぐぬぬぬぬぬ……!」

 

 男はあっと言う間に全身を触手で拘束されて身動きが取れなくなった。

 いやそれは拘束などと生温いものではない。いまや無数の触手は男の全身を何重にも覆って完全に包囲している。外の空気に触れる隙間などもなく、全身を隈なく圧迫するそれが──

 

「ぐ、ぐぐ、ぐ……!」

「………………」

 

 力を増す。内側に捕らえたそれを粉砕せんと前後左右360度あらゆる方向から。

 ようやく捕らえた事だしこのまま絞め殺してしまおう。ククルククルはそう決めたらしい。

 内側で巻き付く自らの触手が潰れてしまうのも気にせず、外側からどんどん圧を加えていく。

 

「ぐげ、げげげ、ぎ……」

 

 男は全身を締め付けられて身動きが取れない。首と同時に口元も圧迫されて呼吸が出来ない。

 最強最古と呼ばれる魔王の万力の如き拘束。大半の生物であればとっくに息絶えているであろう状況でまだ耐えているだけでも大した耐久力と言えるが、それもいつまで続くのか。

 

「ぐ、ぐ、ぐぐ、ぎぎぎ……!」

「………………」

 

 ククルククルは戦闘終了を確信した。

 相手の力量を加味して尚さすがにここまですれば打開策は無いだろう。恐らくドラゴンの王であろうともこの状況になったら逃げる術は無い。

 

「ぐ、う……お、お……!」

 

 しかし男は。

 魔王の力を以てしても身動きがとれない拘束の中、そこから逃れる術など考えようとはせずに。

 

「ぐ、お、おん、な……!」

 

 この期に及んでも尚、その頭の中には女を犯したいという欲求しか無かった。

 窮地における生存本能などではない、それよりも性欲への衝動の方が遥かに強いのがこの男。

 

「ぐ、が、が、が、が……!!」

 

 生き延びる為──ではなく、女を抱いて気持ちよくなる為。

 そんな生き様の下、男は時として不可能を可能にしてきたのである。

 

「ぐ、ぐぬ、ぬぬぬぬぬ……!」

 

 すると、男の拳に。

 握りしめた左手に──血のように赤いオーラが集約していく。

 

「──ッ、うがーーーーー!!!!」

 

 そして、渾身の力を振り絞ってその左手を振り切った。

 その瞬間──

 

 ──ドーーンッッ!! と。

 閃光と共に大爆発が。

 

「………………!!」

 

 突然発生した強烈な熱と爆風。

 それによって、男を拘束していた触手の悉くが焼き払われた。

 

「………………」

 

 これにはククルククルもビックリ。

 この時代では魔法の研究がされていないのでこういった魔術的な作用による攻撃方法を目にする事が無く、類するものと言えばドラゴンが吐き出すブレスが一般的。

 故に口元は警戒して封じていたのだが、そんなククルククルの理解を大きく超える力──一帯を吹き飛ばして焼き尽くす大爆発。

 

 それは魔王に与えられる特殊能力の一つである『エクスプロージョン』という力。

 第七代魔王リトルプリンセスが得意とする能力であり、魔王LVによって習得が可能となる。

 なので魔王LVを持つククルククルも使おうと思えば使える技ではあるのだが、こういった特殊能力は習得しない限り使えるようにはならない。

 よってそれを習得していない、というかそれが必要な状況に陥った事すら無いククルククルにはエクスプロージョンを使う事が出来ない。

 

「うががががががーーーー!!」

 

 一方でその男も別に習得してはいなかったのだが、それが魔王LV2の才能のなせる力か、それとも性への衝動が齎した奇跡なのか。この土壇場で発現に成功してみせたようだ。

 大爆発によって自らを拘束する触手を焼き払った男は爆風の勢いに乗って上昇、目ざとくもまだ千切れていない触手の上に着地した。

 

「フー! フヒー……!!」

 

 男は止まらない。

 たとえ血の衝動は抑える事が出来ても、性欲の衝動を抑える事は出来ない。

 

「………………」

 

 過去最強の攻撃力と耐久力と敏捷性を誇り、どこまでも食らい付いてくる謎の生物。

 最強の魔王ククルククルも、いよいよその相手を明確な敵と認識していた。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃──

 

「ひー、ひー……まだあんな遠くに……くそっ!」

 

 小さなリスは、それでも懸命に走って追い掛けてきていた。

 

 

 

 

 

 

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