この世界の空気が大嫌いだった。
この時代の匂いに、記憶の端にこびり付いているものには良い思い出が何もない。何もないのに。
そんな世界に舞い戻って来てしまった。超・挑戦モードだとか、なんともふざけた催しに不運にも巻き込まれてしまった。
いや不運などではない。わざわざこの時代における協力者に自分を選ぶのだから間違いなく意図しての行い、実に業腹である。忌々しい。
──などと、そんな益体もない思考に没頭していたのが間違いだった。
思い返せばこの時代、我が身が自由になった事など片時も無かったのだから。
この時代に戻るというのはつまりそういう事だったのに、それを失念していた。
だから当然のようにそれは来た。
遠方からブレス攻撃を放って、生じた混乱に乗じて上空から奇襲を仕掛けて一気に──
「………………」
そして今、カミーラはその手の中にいる。
まるでいつかの時の繰り返しのように、不自由なその身を奪い攫われてしまっていた。
「ゴアアァァァアアーーッッ!!」
その背に生えた歪な形状の翼で空を飛んで、今しがた奇襲を仕掛けた。
その手には鋭い鉤爪、片手に握るカミーラの柔肌に深く食い込んで離さない。
そしてその瞳は焼けるような赤色、歴代のそれと同じような血の色をしていて。
その姿は、漆黒の鱗に覆われた巨大な黒竜。
それがアベル。魔王アベル。
AV歴を支配する魔王、初代を殺して第二代となったドラゴンの魔王である。
「ゴガァァアーーーッッ!!」
「……アベル」
吠える。頭上で響くドラゴン特有の身を竦ませるような咆哮、数千年ぶりに聞いた忌まわしき声。
カミーラは元々ドラゴンである為その音に込められた意思を正確に読み取る事が出来る。今、魔王アベルの咆哮には激しい怒りが滲んでいた。
「ガアァァ!!!」
棲み処から出て何故こんなところにいた! カミーラ!! ──と、アベルが吠える。
案の定と言うか何と言うか、アベルはこの時代にいる当時の自分と勘違いしているようだ。
多少なりとも外見は違っているはずだが、ここにいるのがまさか未来から来た相手などとは普通思わないからそれも当然か。仮にそうと分かっていたとて結果は変わらないかもしれないが。
「(いつの間に逃げ出した! さては奴らと接触して助けを求めるのが狙いか──答えろ!!)」
「……っ」
魔王アベルの掌中に抑え込まれて、身動きの取れないカミーラは何一つ抵抗しない。
抵抗しても無駄だという事は理解している。カミーラに一切の抵抗をさせない為、アベルは攫ったカミーラに魔血魂を食わせて魔人とした。
相手を魔人にしてしまえば魔王は絶対命令権によって完全に支配出来る。例えば今も『答えろ!!』と吠えるそれには絶対命令権の力が乗っている為、カミーラには答えないという選択が出来ない。
「(答えろ!!)」
「別に……逃げるつもりなどないし、助けを求めるつもりもない」
だからこうして、話したくもない相手と会話をしなければならない。
こういう目に合うとつくづく思うが魔人たるこの身が忌々しい。そもそもが雌のプラチナドラゴンとして生まれたこの身が忌々しい。
「(逃げるつもりでないのならば、何故あのような場所にいた!)」
「知らぬ」
としか答えようがないのだが。
しかしこのアベルにわざわざ超・挑戦モードがどうとか説明する気にはならない。
さりとて絶対命令権で『隠さず本当の事を言え』などと命じられるのも煩わしいので、先んじて適当な理由をでっち上げる事にした。
「が……強いて言うなら、あの薄暗い巣穴が窮屈で退屈だっただけだ」
この時代、魔王アベルはその所在を一か所に留めず世界各地を転々としていた。
そうする事で敵対者を──アベルの言う「奴ら」、この時代のメインプレイヤーであるドラゴン達を攪乱して、その総力を挙げての一斉攻撃の機会を作らせまいとしていた。
配下の中で一番弱くて一番役に立たない魔人ケイブリスに隠れ家の建造を命じて、都度完成したその場所にカミーラを連れて身を隠していた。そんな日々をふと思い出した。
「あのような巣穴にどうして隠れる必要がある。お前は魔王だろう」
「(違う。隠れてなどいない。何故隠れる必要があるというのだ)」
「だからそう聞いている。そんなに奴らが恐ろしいのか、お前は……魔王だろうに」
「(違う! 奴らを恐れてなどいない!)」
食って掛かるかのように魔王アベルが激昂する。
その様は図星を突かれた証明であり、実のところアベル当人もそれは理解している。その事をカミーラも分かっているからこそあえて指摘した。
魔王アベルは恐れている。
魔王が何かを恐れるなどと、普通そんな事はないのだが、アベルについては少々事情が異なる。
要するにそれは元々の性根。元々の性根を魔王になった今でも引き継いでいるのである。
魔王アベル。アベルは元々弱いドラゴンだった。
ヒエラルキーの下層に位置する存在であり、だから臆病で狡猾な性格をしていた。
とはいえこの世界では弱かろうともドラゴンというだけで最強種の位置付け、生きていく事には何も困らない。更に言えばドラゴンとは知性が高く理性的な生き物である為、同族間で争ったりはしない。
それがドラゴンであって──最強種で知性が高く理性的な生き物であり、同族間で争ったりしないのであれば、たとえ弱かろうとも平然としていられるはずで、臆病で狡猾な性格になる必要はない。
つまりドラゴンの性質とはそれだけではなく例外があって、それがカミーラという存在。ドラゴンの生ける冠に手を伸ばしたいと思うのは全ての雄ドラゴン共通の思い、言わば生物にとって共通のサガ。
しかしアベルのような弱いドラゴンにはそれに手を伸ばす権利が無い。欲しいものと言ったらそれぐらいしか無いのに強くないとそれは手に入らない。そうした事から強者への憧れが次第に妬みのような鬱屈した感情に変わり、やがてアベルは卑屈な性格になって臆病で狡猾なドラゴンになっていった。
「(あのククルククルを殺したのだ。誰にも殺せなかったあのバケモノを。この手で!)」
「そうだな」
「(そうして最強になった。それなのに何を恐れる必要があるというのだ)」
「……そうだな」
そんな弱いアベルが、最強の魔王ククルククルを殺して第二代目の魔王となった。
最強を殺してその座を引き継いだのだから、当代の最強は言うまでも無く魔王アベルである。
故に一対一であればアベルが勝つ。たとえ相手が最強種のドラゴンであろうとも、それがたとえドラゴンの王マギーホアであろうとも同じ事。魔王というのはそういう存在であり、高々ドラゴン一匹が敵うような相手ではない。
この大陸を支配する者、それが魔王。この大陸上に魔王より強い生物はいない。
という枠組みによって設定された地位である以上、魔王アベルに恐れるものなど無い、あるはずがない……というのは表面上の話で、実情は異なる。
つまり魔王は死ぬ。最強でも死ぬ。でなければククルククルはまだここにいるはずなのだから。
「(これは狩りだ。恐れているのではなく、計画的に行動しているだけだ)」
「狩り、か……成る程、物は言いようだ」
「(奴らの強みは数が多くて群れている事、ただそれだけなのだからな)」
最強の魔王ククルククルであっても負けてしまう、アベルのような弱いドラゴンに殺されてしまう。
そんなアベルも自分一人の力で殺せたなどとは微塵も思っていない。言うまでも無くそれはドラゴン族の総力戦であり、この時代はそれ程にドラゴンが多く棲息している時代。
たとえ一つ一つは及ばずとも、それが何千何万という集合になれば最強を上回る。そうして2000年の後、遂に地に堕ちた最強の魔王ククルククルの血を継承して魔王になったアベルとしては、一個体ではなくドラゴン全体を相手にしたならばどう足掻いても勝てないという事を深く理解している。
「(その群れすらもう数を増やす事は出来ない、やがて滅びゆく哀れな同族共だ。だから今は急がずとも、少しずつその力を削いでいけばいい)」
「……そうかもな」
「(あぁそうだ。あえて危険を冒さずとも少しずつ狩っていけば、いずれ……)」
勝つ。アベルが勝つ。一対一でなら魔王が他の生物に負けるわけがないのだから。
故に勝機が見えない全ドラゴン族との正面戦争だけは避ける為に身を潜めて、その群れから逸れた個体を狩る。という作業に没頭している。
そして最終的には勝つ、という計画。それが失敗に終わる事が分かっているカミーラとしては何を言う気にもならないのだが、少なくともアベルはそこに希望を見出している。
「……それしか術が無い、とも言えるが」
「(違う、これが最も効率的だからだ。あのような卑怯者共を恐れる理由など何一つありはしない)」
「卑怯者……か」
──卑怯者。
魔王アベルはドラゴン種を指してそう評価する。
「思い返せば、何かにつけてそればっかり言っていたな、お前は」
「(事実だからだ。あのような卑怯者共を……彼奴らと同族というだけで虫唾が走る)」
「……そうか」
その点にはカミーラも同意する所なのだが、その意味合いは二人にとって異なる。
大昔のカミーラにとってそれは生まれ持った立場に付いて回る逃れようのない諦観と失望だったか、アベルにとってそれは立場を変えた事で生じた苛立ちと怒りだった。
「(最強になったというのに……あのような、なんら強くもないただの卑怯者共が……!)」
「………………」
アベルは苛立っていた。
最強になっても変わらない臆病さ故に、その最強を誇れない不条理に。
今現在ドラゴン族と対立中の魔王アベルだが、しかし当初はそのつもりなど無かった。
たまたまククルククルを殺して魔王になってしまったアベルだったが、当初は魔王になったからとて何かをする気は無かったのである。
何故ならドラゴンとは知能が高く理性的な生き物であり、それはアベルにも当てはまる。魔王になったからとてドラゴンの自分が同族たるドラゴン達と争う必要性などありはしないし、丸いものや貝などはそもそも眼中に無い。
だから争う必要など無かったのだが、しかし──その唯一の例外、カミーラだけは。
アベルに限らず、理性的なドラゴン種であってもカミーラだけは奪い合う。ドラゴンにおける雌個体というのはそれぐらい希少な存在であり、その価値はあらゆるドラゴンにとっての栄冠だった。
それでも元々の弱いアベルだったら、カミーラが手に入るはずもなかった。
自分より強いドラゴンは沢山いる。その中の誰かがカミーラを手に入れるはずだった。
しかし──魔王になったのならば。この世界で最強の生物になったのであれば。
「(この手に掴んだ! そして今もここにある! それが何よりの証明のはず!)」
「………………」
「(浅ましく卑しいあの同族共は全てが敗北者だ。カミーラ、お前は……この魔王アベルのものだ!)」
「……今は、そうだな」
そして今、アベルはカミーラを手に入れて。
およそ十年程前からこうした日々を、ドラゴン達と対立する日々を送っている。
その理由は当然今もこの手に握る存在、カミーラを奪い取った事が契機となっている──が。
しかし、その実態は大きく異なる。
別にアベルはカミーラを奪い取った訳ではない。
自分はこのプラチナドラゴンの正当なる所有者である──と、アベルはそう思っている。
故にこの戦いは、つまるところドラゴン達の勝手な逆恨みなのである。
ドラゴンとは実に傲慢な敗北者であり、卑劣で卑怯な奴らだ! ──と、アベルはそう思っている。
その理由としては一つ、そもそもカミーラの正当なる所有者とは誰なのか。
それは最強のドラゴンである。最強のドラゴンに与えられる栄冠がカミーラであり、それを得る為にドラゴン族は争い合い、やがて決闘という形で勝者を決める事になった。
であれば自分である。魔王アベルは最強のドラゴン、言うまでもない事である。ドラゴンの王マギーホアは確かに強大だが、それでも魔王に及ぶ存在ではない。あのククルククルを殺す為にマギーホアを含めて何万というドラゴンがその上で2000年を掛ける必要があったように、この世界において魔王の力というのは他の生物達とは厳然たる差があるのである。
雌のプラチナドラゴンは最強のドラゴンが所有する。そういうルールだった。
それならばカミーラは、最強である魔王アベルの所有物となる。それが道理である。
だから奪った。ルールに基づいて奪い取ったのだから非難を受ける筋合いなどなく、それで全面戦争が勃発するなどまさしく逆恨み、宝を奪われた哀れなドラゴン達の惨めったらしい蛮行としか言いようがない。
……というアベルの道理は、結果としてドラゴン達には通じなかった。
「……それで奴らが納得するとでも思っていたのか、お前は」
「(……あの時まで、同族共を見誤っていた……としか言いようがない。ドラゴンとはもっと誇り高い種族だと思っていたのだが……)」
「アベルよ、そうではない」
「(所詮は……所詮はドラゴン、束になって数の力を誇る事しか能が無い卑怯者共だったのだ。たとえ誰が勝って勝利の栄冠を掴んでいたとしても、敗れたそれ以外の全員が納得せずに争いが起きていたというだけの事だ)」
「違う、そうではない。アベル、お前は……そんな事も分からないのか」
その道理が一蹴された理由がカミーラには分かる。
特に彼女は魔人なので顕著に理解出来る。その事がそのまま答えのようなもので。
つまり、アベルは最強のドラゴンではない。
何故ならば、アベルはすでに魔王であり、とっくにドラゴンではなくなっているから。
カミーラとはドラゴン達が奪い合うドラゴンの宝であって、決して魔王のものではない。ここにいるアベルは最強のドラゴンではなく、ククルククルの血を継いだ二代目魔王なのである。
選ばれし最強のドラゴンが手にするドラゴンの王冠を魔王が奪い取った。それはドラゴン族への敵対に他ならず、故にこの争いが始まった。カミーラからしてみれば当然の帰結と言うものである。
「いっそ誠心誠意謝ってみたらどうだ。幼稚な言い訳よりそっちの方が効くかもしれんぞ」
「(あり得ぬ話だ。どうせ奴らは滅びる運命にある、このまま狩りを続けて戦力を削いでいけばいい)」
「それでいつかは勝てる……か。馬鹿げた話だ、付き合わされるこっちの身にもなれ」
「(それこそ馬鹿げた話というもの。カミーラ、お前は魔王アベルの所有物なのだ、所有物は所有者の意のままに従うのが当然だろう)」
「……ふっ」
その時、カミーラはつい鼻で笑ってしまった。
「(何がおかしい。己の立場を理解していないとは言わせんぞ)」
「いや……随分と魔王らしい事を言うではないか」
「(当然だ。魔王なのだから)」
「当然……か」
カミーラはアベルのこういう姿をよく見てきた。
自分を頂点に置いた上から目線の傲慢な物言いで、相手の意思など無視して屈服させる。それはアベルに限らず魔王とはそういうもので、それこそ魔人であるカミーラにだって少なからずその気はある。
故にアベルのそうした態度についてカミーラが殊更に反発する事は無かった。相手は魔王であるのだから当然の事なのだが──
「……なら、引き続きその狩りとやらに励めばいい」
「(無論だ。こちらの居場所さえ気取られなければ問題は無い、焦っているのは奴らの方だ)」
「そういえば隠れ家を用意する事に関しては得意だったな、お前は」
「(それはケイブリスがだ。まるで役に立たぬ羽虫と思っていたがそれでも使い道はあった。この前魔人にしてやったホルスとか言う生物にしてもそうだ)」
「ホルス? ……あぁ、そういえばメガラスはこの頃だったか」
「(あの速さは敵を探るのに使える。あれのおかげで群れから逸れて孤立しているドラゴンを襲いやすくなったからな)」
「……それは結構な事だな。しかし──」
──にしても、とカミーラは思う。
「(なんだ?)」
「……いや」
それにしても──コイツは魔王らしくないな、とカミーラは思う。
配下に作らせた隠れ家に身を隠したり、敵の戦力を削ぐ為に狩りをしたり……云々。
あれこれ策を講じるのは結構な事だが、しかしそれは最強と豪語する者が取る選択ではない。
「お前のそれは……そう、まるで魔軍に戦いを挑む人間共のようだ」
「(人間?)」
「いいや、人間の方がまだマシか。お前の敵対者には無敵結界など無いのだから」
これで人間の英雄であればまだ恰好は付くものだが、しかしアベルは魔王である。
魔王がどうしてこう弱者の思考をするのか。その身には最強の力を宿しているのに。
「無敵結界があれば違ったのか? あれの有る無しがそんなに影響するのか?」
「(なんだ、なんの事を言っている?)」
ククルククルが死ぬ所を見たからか。最強もいつかは死ぬというのは真理だろう。
だがククルククルより自分の方が強いとは思えないのか。強者ならばそういう思考をするはずだ。
大体ドラゴン族と正面から戦っては勝てない、というその発想がもう魔王らしくない。
魔王というのは、もっと──
「……傲慢に魔王らしく振舞えるのは、魔血魂によって屈服させた私の前だけなのか」
「(一体どうしたと言うのだ。何を──)」
カミーラが知る、魔王というのは。
「──ガッッ!!!」
その時、声が放たれた。
時代の名を冠する魔王の口から、叫び声が。
「ガァァアアアア──!!!」
「アベル?」
突然の衝撃と激痛。
動転して態勢を崩したアベルは飛行中だった空から落下していく。
「……あれは」
一気に高度を下げていく中、異変を探ろうとしてカミーラは見つけた。
先程まで彼女を片手に掴んで満足気に飛行していたアベル、その胴体と尻尾の境目辺りに一振りの剣が深々と突き刺さっていた。
「まさか……」
この時代、剣のような武器を扱う生物はまだ存在していない。
剣は人間の武器、となればこれはこの時代にいないはずの人間が攻撃した証となる。
「ランス、か……?」
となればそういう事になる。
もしや見失った訳ではなくて追い掛けてきていたという事か。
確かに魔王の身体能力があればそれも不可能ではないだろうが──
「(グッ……敵か!!)」
何者かから攻撃を受けた事を理解して、アベルも敵襲を察したようだ。
態勢を整え地表に降り立って、構える。その片手にカミーラを握ったまま。
「──────」
そして、その姿が現れる。
「(……なんだ!?)」
直後アベルは訝しげに瞳を細めた。
見知ったドラゴンの姿ではない、初めて目にする相手だったから。
「……な」
そしてカミーラも。彼女は驚愕に目を見張った。
そこにあったのがランスの姿ではなかったから。
それはランスではなく──
「──────」
その全身は、漆黒に染まった甲冑で覆われていた。
全身鎧を着込み、兜で顔まで完全に覆っている為その表情を読み取る事は出来ない。
しかしその身体からは血の色をした禍々しいオーラが大量に溢れ出す。それはまるで───
「──ら」
それ以上、喉が動かなかった。
ランス、と呼ぶ事が出来なかった。
「……魔、王様」
そう呼ぶ他にない。
カミーラをして魔王様と呼ばずにはいられない、本能的にそう思わせる存在。
そこにいたのは──真に魔王の姿、第八代目魔王ランス。
「(何者だ、貴様は!!)」
「──────」
その男にはドラゴンの言葉など聞こえないし、聞く余地も無い。
剣も持たず素手のまま、漆黒の全身鎧が動き出す。
「──死ね」
アベルは知らなかった。知る由も無かった。
その男の手の中から、女を奪うというのがどういう意味を持つ行いになるのかを。
「死ね!!」
それはドラゴンの巣から王冠を奪う事。それを遥かに超えて恐ろしい事なのだと。