聖女の子モンスターの一人、『時』を司るセラクロラス。
彼女の力により、どうやらランスは間違いなく過去に戻ってきたようだった。
今はLP7年の2月1日。シィルに現在の日付を聞くとそう答えた。
ランスは脳内の記憶を遡り、自らの感覚からすると一年以上も前の事をどうにか思い出す。
(ええっと確か~……LP7年の9月ぐらいに戦争が始まって……んで俺がそれを知ったのは巨大戦艦の中で5ヶ月近く過ごした後だから……今は巨大戦艦に向かった日の2ヶ月前くらいって所か)
LP7年2月。前年の年末頃が忙しかった反動か、ランスが時の流れを遡って戻ってきたこの時期は特に何をしていた訳でも無い、言うならば彼にとっての充電期間。
その前年の年末頃。LP6年9月頃からランスは知り合いであるパットン・ミスナルジに頼まれ、ヘルマン国へ赴き『無法者』と呼ばれる革命の徒を率いて革命活動を行っていた。
(ヘルマンの革命を3ヶ月近くでぱぱっと終わらせて……んでヘルマンから帰って来てすぐにシィルを氷から出して……そうだ、思い出してきたぞ)
一つ思い出すとその次に繋がり、次第にランスはこの時期あった出来事を思い出し始める。
(たしかヘルマンから帰って来てしばらくはぐーたらしていたはずだ。けどその内になんか暇になってきたから、シィルとかなみを連れて冒険に出掛けたんだったな)
実際の所、その冒険には荷物持ち兼ガードとしてロッキー・バンクも加わっていたのだが、その記憶はもはや忘却の彼方に飛んでいるらしい。
それはともかくとして、そうしてランスが冒険している途中、とある代物を発見した。
(んであれだ。『全魔物大百科 LP版』を見つけたのだ。でそれに書かれていた聖女の子モンスターの全員制覇を次の目標に決めた。したらその内にサテラやベゼルアイと出会って、んでセラクロラスが居るっつー巨大戦艦に向かう事になった訳だ)
ヘルマン国北部にある巨大戦艦。その内部を探索してセラクロラスを発見した。
その後、ランス達はちょっとした不注意によりコールドスリープ装置で眠ってしまい、目が覚めると5ヶ月という月日が経っていた。
そして巨大戦艦から外に出ると、すでに世界では第二次魔人戦争が始まっていたのだった。
「うむ。そんな感じだったはずだ。……よし、だいたい現状は把握出来たな」
「……どうしました、ランス様?」
思考を整理していたランスの独り言に、隣にいたシィルが訳も分からず言葉を返す。
今は過去に帰ってきたその日の夜。ランスは挨拶代わりのようにシィルと一戦交え、今はこうしてベッドの中で考え事をしている最中。
(……しかし、どうすっかな)
現状を把握した以上、次に考えるべき事。
それは今後自分がどのように動くべきか、という何よりも一番大事な事。
(過去に帰ってきただけで同じ結果になったら意味が無い。なんとかしねーと……)
今朝方、気が晴れるまでシィルをいじめ倒したランスはその後、自分が戻ってきたLP7年2月1日とはどのような空気だっただろうかと、1日を掛けてランス城の中を見て回った。
この城にはここを住処にする者や働く者、事情があって一時的に滞在をしている者など、理由は様々だが多くの人が生活している。ランスはその全員の顔を見るようにして城の端から端までを歩いた。
(戦争が始まる前はこんな平和だったかって程に、全員何事も無く普段通りだったな。だーれも数ヶ月後にあんな戦争が起こるとは思っていない違いないぞ。のんきな奴らだ全く)
そのように呆れ返るランス自身、当時は露程もそんな事になるとは思っていなかったのだから、他の皆の平穏とした様子も当然といえば当然の事。
だがこの先に起きる事を経験してきたランスだけにはそれが分かる。このまま同じように時を過ごせば、きっと同じように第二次魔人戦争が起こり、その勝利の宴でシィルは死んでしまう事になる。
(……けど、セラクロラスは過去に戻っても同じようになるとは限らんと言っていた。ならシィルが死んじまうのだって変えられるって事だ)
ランスは少しだけ横を向き、すぐ隣で眠りに就こうとしているシィルをちらっと眺める。
この奴隷がそこに居るのは彼にとって当たり前の事。居なくなってしまう事など到底認められる事では無かった。
(シィルが死ぬのは変えなきゃならん。大体こいつにはまだ奴隷としての仕事が山程あるんだ。死なれるとめんどくさいからな)
あくまでそれは面倒事を増やしたくないだけ。少なくとも自己認識上はそんな思考なのだが。
とにかくランスはあの祝勝会の時に起きた出来事を未然に防ぐべく、その為には今後自分がどう動けばいいかと考えていたのだが。
(……けどなぁ)
途端に口を大きく開き、くあーっと大欠伸。
そろそろ1日も終わる頃合い、ランスの脳内にはまったりとした眠気が訪れていた。
(そもそもあの戦争が終わったのって来年の4月とかだよな。今からだとまだ1年以上も先の話じゃねーか。さすがに長い、長過ぎるぞ)
それは絶対にどうにかしなければならない問題。なのだが1年以上も猶予がある話で。
ならば具体的な対処法や行動を考えるのはまだ先でも問題は無いだろう。だからとりあえず今日はもう眠いので眠ろう。
そう決めたランスは毛布を掛け直そうと軽く持ち上げる。
「……あ」
とその時、すでに目を閉じて眠っていたシィルの白いお腹が目に入った。
「………………」
すると眼前にあの光景が。
この腹部が白い閃光によって貫かれた、あの忌まわしき光景が鮮明に蘇る。
「……ぐぬぬぬ」
思わず唸りを上げるランス。その脳裏からはすぐさま眠気が吹っ飛んで。
そして胸の内に湧き上がってきた怒りと共に、彼は時間を弁えずに大音量で吠えた。
「……シィーール!!! 何をのんきに寝てんじゃーー!!!」
「ひゃあっ! ……え、でももう夜ですし、眠る時間ですよね?」
「黙れ! 奴隷のくせに余計な口答えするな!!」
ランスはがばっと毛布を剥ぎ取り、右手でシィルのお腹をぐわっと鷲掴みにする。
「シィル!! お前は今日から24時間、ここに電話帳を仕込んで生活しろ、いいな!!」
「え、えぇー! そんな、電話帳なんて絶対に邪魔になっちゃいますよ!?」
「やかましい!! 全てお前がへぼへぼでよわよわなのが悪いんじゃー!!」
「うぅ……ひんひん……」
シィルからしたら突然ランスが意味不明な事を言い出した訳だが、しかし彼女にとって主人の理不尽に振り回されるのはいつもの事。
しょんぼりとした顔のまま身体を起こし、主人の言付け通りに電話帳を探し始める。
(……ふむ、これでいつバードの襲撃があっても大丈夫……か?)
果たしてこの程度の対処法で大丈夫なのか。
それは甚だ不明であるが、けれどもとりあえずの対処をした気分になれた。故にランスは今度こそ眠ろうと思い、再度毛布を掛け直す。
(……ん? まてよ)
だが眠りに落ちる直前、ふとある事を思った。
(別に一年以上も待つ必要は無いか? その前にあいつを殺しちまえばいい話じゃねーのか?)
いずれ襲撃があると分かっているのなら、その前に襲撃者を殺してしまえばいい。
そうすれば襲撃は絶対に起こらない。とてもシンプルな話である。
(そうだな、なにもあいつが襲ってくるのを待っている理由など無い。よし、バードを殺そう。あんな奴生かしておく必要は無いしな)
次の日。思い立ったランスの行動は迅速だった。
自身が持つ絶大なコネを使用して、主要各国の首脳部に対してバード・リスフィの捜索を要求。
そして数日後、コパ帝国の総帥から自由都市のとある町にその人物が居る事が知らされた。
ランスはすぐさま城を出発、一人うし車に乗ってその町へと急行した。
「お、いたいた」
そこは小さな町だったので、少し探すだけで目的の人物はすぐに見つかった。
「よう」
「あれ、ランスさ……ぎゃー!」
ランスは出会い頭に一閃。バードは斬り殺された。
「きゃー! 人殺しよー!」
その凶行に彼の周囲で悲鳴が上がる。
まだ日も落ちきっていない町中、辺りには住民も多数居たのだが、ランスはそんな事も気にせず地面に倒れた死体を冷めた目で見下ろす。
「これでよし。……いや待てよ、一応もう少し斬っとくか?」
心臓を一突き、顔を一突き、特に左腕に装着されている謎の装置は何度も斬り刻み、バラバラにする程の念の入れ具合で。
ちなみに魔剣カオスを持ってくるととやかく言われそうだったので、今彼が手にしているのは城にあった適当な剣。とにかくその剣を好き勝手振るい、大事な奴隷を一度殺された恨みを晴らすと、
「ふぅ、こんなもんか。……つかれた、帰ろ」
さしたる感慨もなく、ランスは何事も無かったかの様に城に帰宅した
その後。この一件は目撃者が居た事もあり、数日後にはその町や近隣の町一帯でランスは人相書きと共に指名手配を受ける事となる。
しかしランスが指名手配を受けている事をリーザス王国リア王女が知ると、「愛するダーリンが指名手配だなんて何かの間違いだわ」と、手配書の取り下げるようその町に対して圧力を掛けた。
大国リーザスの圧力は強大であり、その町にとっても殺害されたバードは住民という訳では無く、流れの冒険者であったという事もあり、すぐに圧力に屈したその町は割とあっさり指名手配を解いた。
そして数月後にはそんな事件が起きた事も忘れられた。その程度の出来事だった。