ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

20 / 197
TURN 3
ホーネット派の魔人達


 ある日の魔王城。

 

 

 その日、ランスが気ままに廊下をぶらついていると、今まで目にした事の無い、とても見目麗しい女の子モンスターを発見した。

 

(うお、なんだあの子、すっごい可愛いぞ)

 

 思わず立ち止まってその子を観察する。清楚そうな外見とは裏腹に、上着の裾の切れ目から脚部の際どいレオタード姿が僅かに見え、アンバランスな色気を出している。実にグッドだとランスは思った。

 

 可愛い女の子であれば、モンスターであれ基本的には忘れないランスの脳内に彼女の姿は無かった。似たような姿の女の子を見たことあるような、そんな小さな違和感は覚えたが些末な事だった。

 

(こんな可愛い女の子モンスターが城に居たとは。シィルの奴、ちゃんと調査出来てないじゃねーか、あいつは後でお仕置きだな)

 

 奴隷へのお仕置きはともかくとして、ランスは早速その子を口説く事にした。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、そこの君」

 

 背後から静かに近づいて、そしてランスは普段の三割増しで格好付けて挨拶をした。

 

「……私ですか?」

「あぁ、君だ。これから時間はあるか、俺様といい事をしないか?」

 

 振り返ったその相手に近づき、馴れ馴れしくも早速肩を抱く。相手は多少反応したものの、振りほどくような事は無かった。

 

「あの、私これからちょっと、行く所がありまして……」

「そんなのは後で大丈夫だ。さぁ、俺様の部屋に行こう」

「ええと、その……」

 

 相手は非常に困った様子を見せるが、あくまで様子を見せるだけで何故か抵抗したりはしない。

 ランスの手が肩に掛かる彼女の髪を撫でるが、僅かに頬を逸らすだけだった。

 

(この子……さては押しに弱いと見た。これはいけそうだな)

 

「すみません。私、本当に急ぎの用事が……」

「まぁまぁ良いではないか。それに君も女の子モンスターだったら、あまり俺様に逆らわないほうが良いぞ。なんせ、俺様は魔人の使徒だからな」

「……え、貴方は使徒なのですか?」

「ああそうだ。俺様の機嫌を損ねるとサテラが怖いぞー、がはははは!!」

 

 これは城内の女の子モンスターを口説く際の、ランスのお決まりの文句。

 魔物にとって魔人や使徒は上位の存在。使徒に逆らおうとする魔物など城内には滅多におらず、自分が使徒だと知らせれせしまえばナンパの成功率が非常に高まるのだ。

 

「では、貴方がホーネット様の仰っていた……」

「む、俺様を知っているのか」

「はい。一度貴方に挨拶しておこうと思っていたんです。……初めまして、私は魔人ハウゼルです」

 

 その女性はぺこりと小さくお辞儀をする。

 彼女は女の子モンスターでは無く、ホーネット派に所属する魔人ラ・ハウゼルだった。

 

「魔人ハウゼル? ……て、君がハウゼル!?」

「はい」

 

 その事実を知った時、ランスは言葉を失う程の衝撃を受けて瞠目した。

 

(俺様とした事が、今まですっかりハウゼルの事を忘れていた!!)

 

 前回会えなかった魔人ハウゼルを抱く事、それはランスが魔王城に来た目的の一つ。

 だがホーネットを口説く方法を考えたり、シルキィを抱く為魔人を倒す方法を考えたりと、色々忙しくしている間にランスの頭からハウゼルの事が抜けてしまっていた。

 前回彼女には会えず、その容姿を見る事が出来なかったのが原因かもしれないが、いずれにせよこんな大事な事を忘れていたなどランスにとっては痛恨の極みだった。

 

 自分の失態に気付き、呆然自失となっているランスの様子に、不審な思いを受けたハウゼルはそっと声を掛けた。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

「はっ! ……うむ、大丈夫だ。そうか、君がハウゼルか……。しかし、君は今まで魔王城の何処に居た? 見掛けた事が無い気がするのだが……」

「そうですね。私は魔王城じゃなくて、キトゥイツリーに居る事が多いんです」

「キトゥイツリー?」

 

 キトゥイツリー。それはホーネット派の本拠地たる魔王城と、前線の拠点サイサイツリー、その中間にある魔界都市の名である。

 

 ハウゼルの話によると、キトゥイツリーは拠点の間にあるとはいえ、敵の前線拠点ビューティツリーから大きく迂回する道を通る事で、最前線サイサイツリーを通らずともたどり着く事が出来るらしい。

 そんな理由である程度の防衛戦力を置く必要がある為、メガラスと同じ様に飛行能力を持ち、機動性に優れた自分は拠点間にあるキトゥイツリーの指揮を任されているとの事だった。

 

「……なるほど、だから城の中で見た事が無かったのか」

「はい。キトゥイツリーでも、サテラやシルキィが使徒を増やしたという話は話題になっていて、一度会ってみたかったんです」

「そうか、俺も君に逢いたかったぞ。俺様はランス様だ。ぜひ仲良くしようじゃないか」

「ええ、そうですね。同じ派閥に属する味方同士、仲良くしましょうね」

 

 ハウゼルは屈託の無い様子でにこりと笑う。それはランス好みの可憐な笑顔だった。

 

「おお、可愛い。君はとても可愛いぞ。それに、魔人とは思えん位とても良い子だな」

「え、ええと、そうでしょうか……」

 

 その褒め言葉にハウゼルは頬を染め、恥ずかしそうに目を伏せる。

 

(……この子、こんなに可愛いのに男慣れしてないな。さっきの感じだと、押しに弱そうだし……なんか、魔人だけどこのままいける気がするぞ)

 

 ハウゼルは今まで長く生きてきた中で男性というものを意識したことが無い。ランスの読みは当たっていた。

 

「ハウゼルちゃん、君の言う通り、味方同士は仲良くしないとな。という事で、俺様の部屋でもっと親睦を深めようじゃないか」

 

 ランスはそのまま彼女の手を引き、自室に連れ込もうとぐいぐい進んでいく。

 ハウゼルは手を引かれるまま、されるがままだったが、彼女には大事な用事があり、ランスに付き合っている場合では無かった。

 

「あ、あの! ランスさん、私、サテラやシルキィに伝えなきゃいけない事が……!」

「なーに、そんなの俺様といい事した後だ、後」

「本当に、大事な事で……! そろそろ、ケイブリス派が仕掛けてくるんです!」

「……なんだと?」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 その後あまりにハウゼルが必死だったので、仕方無くランスは相手の用事を先に済ませる事にした。

 まずはサテラの部屋に寄り、そこでサテラを拾ってからシルキィの部屋へと向かう。四人はそれぞれソファに座り、そこでハウゼルから一通りの報告を受けた。

 

 

 

「……そう、ケイブリス派が……」

「えぇ、どうやらそろそろ動きがあるみたい。それでシルキィにも前線に来るようにって、ホーネット様からの指示があったわ」

 

 ガルティアが離脱して以降静かにしていたケイブリス派だったが、元々開戦の機運が高まっていた事もあり、この度メガラスの偵察によると仕掛けてくる予兆があった。

 その為ホーネットは重要な戦力である魔人四天王に出撃するよう、ハウゼルに伝言を頼んでいた。

 

「私はまたキトゥイツリーに戻るよう言われているから、シルキィはホーネット様を助けてあげて」

「分かった。すぐに向かうわ」

 

 力強く返事をするシルキィの表情は、すでに気合の入った戦士の顔付きになっている。

 一方でそんな様子を眺めていたランスは、つまらなそうな表情で口を開いた。

 

「シルキィ、戦いに行くのか」

「えぇ。これはホーネット様直々の命令だし、今度は止めても駄目だからね」

「ぬぅ、どうしても駄目か」

「さすがに駄目。今前線にある戦力だけでは足りないってホーネット様が判断したからこそ、こうして直々の命令が来た訳だし。ここで私が戦わないで、ホーネット様の身に何かあったら大変だもの」

 

 シルキィの至極真っ当な正論に押され、ランスはぐぬぬ、と眉を寄せる。

 件の約束により自分のものにしたシルキィをもっと味わいたい、その思いは依然として強かったのだが、同じく自分の女にする予定のホーネットが危険だからと言われると、さすがに我儘を通せなくなってしまった。

 

「……しょうがない。しばらくシルキィを抱くのはお預けか」

「……あまり人前でそう言う事言わないで。でも、まぁそう言う事ね。……そうだ、なんなら貴方も一緒に行く?」

「一緒にって……デートのお誘いとかじゃないよな。俺様にも戦えって事か?」

「うん、そういう事」

 

 そんなに自分の身体を惜しむなら、共に来ればいいのではとシルキィはランスを誘ってみた。

 ついでに彼女は優れた戦士だというその男の実力を見せて貰いたかったのだが、一方で誘われたランスは腕を組んで少し考えていたものの、その表情はとても乗り気とは言えないものだった。

 

「……うーむ。世界最強の英雄である俺様の力を借りたいという、君の気持ちは分からんでも無いが……めんどいからパス」

「めんどいって貴方ね、そもそもその為に私達に協力したんじゃなかったの?」

「そのつもりではあったのだがな。けど魔物界に来てみて気付いたのだが、この戦いって味方も魔物、敵も魔物になる訳だろ? 魔物同士が戦っていたら、どっちを斬ったらいいのか俺様にはよく分からんのだ」

「……あー」

 

 ランスの人間ならではの視点に、魔人であるシルキィの目から鱗が落ちる。

 しかし隣に座るサテラはあまりピンとこなかったようで、不思議そうにランスに視線を向けた。

 

「ランス。お前、魔物の区別が付かないのか?」

「あぁ。城内に居る女の子モンスターを全員制覇しようと思ったのだが、同じ種族の子は見分けが付かんから諦めた。俺様に言わせりゃ、似たような魔物共をお前達がどう見分けてるのか不思議でならん」

「そう言われると難しいですね。感覚的に分かる、としか言いようが……」

「うん。そんな感じね。けど確かに、私も人間だった頃は魔物の区別なんて付かなかったから、ランスさんの言う事は分かる」

 

 ハウゼルの言葉にシルキィは同意を重ねる。現在侵攻してきているケイブリス派の軍勢は数十万に及び、こちらも数十万の魔物兵達で迎え撃つ予定である。そんな戦場に敵味方の区別が付かないランスを連れて行っても、十分に力を振るえないだろうと彼女は思った。

 

「まぁさすがに魔人の見分けは簡単に付くから、魔人をぶっ殺せる良いチャンスがあったらその時はちゃんと戦ってやる」

「確かに、貴方は魔人との戦いに集中した方がよさそうね。……けど、分かっているとは思うけど、魔物兵より魔人の方が何十倍も厄介なんだからね」

 

 魔物との戦いは面倒くさがる一方、魔人となら戦ってやると気楽に言うその様子は、シルキィの目に奇妙に写った。だがランスはもうすでに十体以上の魔人を倒した経験があるので、あまり魔人を驚異には感じていなかった。

 

「それじゃ、ランスさんはしばらくゆっくりしてて。私が貴方の分も戦ってくるから」

「うむ。しっかり戦ってこい。それと、君はもう俺様の女だからな。勝手に死んだりするなよ」

「……そうね。ありがと」

 

 自分を心配しているその言葉に、シルキィは少しくすぐったそうに笑う。

 ただランスからすると決して軽口では無く、前回シルキィは突然に勇者の手に掛かり殺されてしまったので、その言葉は割と本気で言っていた。

 

「つーか、戦いが終わったら即帰ってこいよ。寄り道禁止っ!!」

「それは……ちょっと約束出来ないわ。けど、何かあったらメガラスにお願いして連絡は入れるから」

 

 戦いが終わったとしても、場合によってはそのまま拠点の防衛に付かなければならない。

 自分の役割としてそれをする事が今まで多かったので、シルキィは内心結構な期間魔王城には帰れないだろうと思っていたのだが、それを言ったらランスがうるさそうなので黙っている事にした。

 

 

 

「……で、シルキィちゃんは戦いに行って、ハウゼルちゃんは元居た場所に帰っちゃうのか」

「はい。キトゥイツリーも警戒が必要ですし、あそこは前線に近いので、空を飛べる私なら緊急の際に急行する事も出来ますから」

「ぬぅ……ハウゼル、ここに来たばっかで疲れてるだろ。もう少し魔王城に留まってだな、俺様とゆっくりしっぽりせんか?」

「ランスさん。変な事考えないの」

 

 ランスがハウゼルにした提案は、下心を見抜いたシルキィに釘を刺されてしまう。

 そもそもハウゼルにもホーネットの命令が下っており、それを無視することなど彼女には到底出来なかった。

 

「……ん、つかちょっと待て。確かホーネットとムシ野郎が今前線に出てて、これからそこにシルキィが向かうと。あのメガラスとか言う魔人は…」

「メガラスは基本的に敵の偵察をしてるわ。高速で空を飛べる彼に最適なのよ」

「……ほーん、ならまぁいいや。んで、ハウゼルは前線近くの拠点で待機する訳だよな。んじゃあ、サテラは一体何をするんだ?」

 

 ランスはここまで話の話題に上がらない魔人の顔を覗き込む。話を振られたサテラはきょとんとした顔をしていた。

 

「サテラよ、お前はシルキィと一緒に戦いに行ったりしないのか?」

 

 サテラまで戦いに行くというのなら、魔王城には知り合いが殆ど居なくなる。なのでいっそシィル達を連れて近くまで同行するかとも考えたランスだったのだが、

 

「勿論、サテラは行かないぞ。サテラには魔王城を守るという重要な役目があるからな!」

 

 そう宣言して、その魔人はえっへんと胸を張る。

 しかし彼女のその役目があまり重要だとは思えなかったランスは、思わず首を傾げた。

 

「……魔王城を守るったって、こんな所にそうそう敵なんてこないだろ。本当は戦力に数えられて無いだけじゃ無いだろうな」

「な、なっ! そんな事は無い! サテラは魔人だ、大事な戦力だぞ!!」

「本当かー? なーんか怪しいな」

 

 魔王城は前線からはかなり離れている。大事な戦力というなら、ハウゼルのようにもっと戦場に近い場所にいた方がいいのでは。

 そんな考えのランスに懐疑的な眼差しを向けられたサテラは、あたふたと動転して、思わず隣にいたシルキィの手を取った。

 

「シルキィ! サテラは大事な戦力だよな!?」

「ええ、勿論。それにランスさん、魔王城を守る必要があるというのは本当。確かにここに敵が来る事はそう無いけど、魔物兵達はどうしても魔人が居ないと纏まらないものだから、なるべく誰か一人は魔人が居た方がいいのよ」

「あぁなるほどな。それで、派閥の中で一番どうでもいいサテラをここに残しとくと言う事か。サテラの役割は留守番係だな」

 

 自らの使徒たるランスの度重なる失礼な言葉を耳にしたサテラは、怒りの許容量を超えた。

 

「ランスーー!!」

「あんぎゃーー!!」

 

 ソファから立ち上がったサテラは、憤りをたっぷりと込めた飛び蹴りを放った。

 それをまともに食らったランスは壁まで吹っ飛び気絶した。

 

 ぐったりするランスの様子に、心配そうにおろおろするハウゼル。

 一方やりきった様子のサテラに、呆れ顔を見せるシルキィ。

 

「やり過ぎよ、サテラ。ランスさんは人間なんだから……」

「いいんだシルキィ! こいつは主に対しての忠誠が足りなすぎるから、躾にはこれくらい必要だ!」

 

 サテラのランスへの好意を何となく理解しているシルキィは、これはある種の照れ隠しなのかどうか、実に判断に迷って思わず溜息を零した。

 

「……私とハウゼルはこれからしばらく魔王城を離れるんだから、ランスさんとは仲良くしてよ。喧嘩は良くないわ」

「む……わ、分かってる。それよりシルキィ。シルキィの事だから大丈夫だとは思うけど、その……」

 

 サテラはシルキィからそっと目をそらし、その先を言葉が口から出ずにもごもごしている。

 シルキィには勿論その様子が何を意味するかすぐに分かった。自分を心配してくれているが、照れ屋なサテラにはそれを口に出来ないのだ。

 思わずくすりと笑った魔人四天王は、信頼する仲間を見つめた。

 

「大丈夫よサテラ、心配しないで。何かあったら連絡するから、準備だけはしておいて」

 

 

 

 そしてその後、ランスがシルキィの部屋の壁際で気絶している間に、魔人ハウゼルはキトゥイツリーに向け出発し、魔人シルキィは前線拠点サイサイツリーに向け出発した。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。