ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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サイサイツリー西の戦い

 

 

 高さは数百メートル、幅は数千メートルに及ぶ、世界樹と呼ばれる樹が魔物界に存在する。

 大地を貫く壁の如きその大樹の周囲からは、不思議と食料や資源が豊富に取れる。その為古い時代から魔物達は自然とそこに集落を作り、やがてそれが魔界都市と呼ばれるようになった。

 

 その魔界都市の一つ、サイサイツリー。

 ホーネット派の最前線の拠点となるその都市に向かって、ケイブリス派の大軍が近づいていた。

 

 ケイブリス派がホーネット派の本拠地である魔王城に辿り着く為には、サイサイツリーを落とすか、迂回する道を通ってキトゥイツリーを落とす必要がある。

 キトゥイツリーには魔人ハウゼルを中心とした飛行部隊が警戒態勢にある為、ホーネット派は目下敵の軍が迫るサイサイツリーに戦力を集め、現在そこでは出撃の準備が行われていた。

 

 魔界都市は都市と名は付くものの人間世界にあるようなそれとは違い、一本の巨大な世界樹の周りに沢山の住居用のテントが張ってあるような場所。あまり引き籠もって守るのには適さない上、食料の供給源となるこの場所を荒らされる訳にはいかない。

 その為ホーネット派は敵を拠点まで近づけさせないよう、サイサイツリーへの道の途中でケイブリス派を迎え撃つ予定でいた。

 

 

 

 そのサイサイツリーの一角、骨組みに屋根を張っただけの簡易なテントの中に、魔人ホーネット、魔人シルキィ、魔人ガルティアが揃っていた。

 もう間近に迫る戦いへの談義をする為、三人の魔人はこの場に集まっていたのだが、今はもう一人の魔人の帰還を皆で待っている状態だった。

 

「メガラスも、そろそろ戻るとは思うんだけど」

 

 テントの端から見える魔物界の空を見上げて、シルキィが独りごちる。

 魔人メガラスは一人拠点を離れて、進軍中のケイブリス派の偵察を行っている。作戦会議を行うのはその魔人が情報を持ち帰ってきてからである。

 

「あいつって、こういう時便利だよなぁ」

「えぇ。メガラスやハウゼルの存在は、こっちが向こうに勝っている少ない点だもの」

 

 しみじみと呟くガルティアの言葉に、シルキィも頷きながら同意する。

 

 メガラスやハウゼルは飛行能力を有する魔人である。空を飛べる魔人は少なく、以前はケイブリス派にハウゼルの姉である魔人サイゼルが属していたが、現在彼女は派閥を離脱している為、ケイブリス派には空を飛ぶ魔人に対する有効な手段が少ない。

 飛行魔物兵の攻撃は無敵結界に阻まれる為、地上にいる魔人の魔法攻撃などしか効果が無い。あまり確実性の高い対処法とは言えず、おかげで両魔人は悠々と移動や偵察が可能だった。

 

 

 

 その後、メガラスは偵察から帰還した。

 

「おかえりメガラス。それで、誰がいた?」

「………………」

 

 敵軍の中にどの魔人がどれだけいるか。それがこの場に居る魔人達が番知りたい情報。

 

 勿論戦いに動員した魔物兵の数はケイブリス派の方が多いのだが、やはり重要となるのは魔物兵の存在より魔人の存在である。

 敵にどの魔人がいるかは戦いの方針を決める上で重要な情報で、あまりにその数が多い場合はハウゼルやサテラに救援を要請する必要も生じる。

 その為メガラスは可能な限りまで飛行して、迫り来る敵軍の中から魔人の存在を探っていた。

 

 そしてその魔人は表情を変えぬまま、一体の魔人の名を告げた。

 

「あぁ、そりゃまぁあいつはいるよな。というか、ここからでも一目瞭然だし」

 

 ガルティアの言葉は他2名も頷く所で、皆は少し前からそれが見え隠れしている西の空の方を向く。

 メガラスの報告を待つまでも無く、それが来ている事は三人の魔人にも分かっていた。まだケイブリス派の軍団は遠くにあって、それでも良く見えるあの巨大な姿。

 

「分かりやすい奴だよなぁ、バボラは」

 

 魔人バボラ。あらゆる生物の中でも随一の巨体を持つ鬼の魔人が、一歩一歩と地響きを立てながらサイサイツリーに接近していた。

 

「本当に、分かりやすくて助かるわ。……ホーネット様、あれの対処は私が」

「えぇ、お願いします。シルキィ」

 

 誰よりも信を置く魔人四天王の言葉に、派閥の主は二つ返事で首肯する。

 魔人バボラが厄介と言えるのはその巨体だけであり、それ以外は特筆すべき点の無い魔人。そしてその巨体もシルキィの手に掛かれば大した問題では無く、彼女にとっては相性の良い相手と言えた。

 

「………………」

 

 メガラスは偵察中に発見していたもう一人の魔人、電撃を操る魔人の名を告げた。

 

「レイか。んじゃあ俺はそっちをやろうかな」

「ガルティア……」

「信用しろって、ホーネット。しっかり相手するさ。それに、もう前払いで沢山貰ってるからな」

 

 魔人レイと対峙する事を名乗り出たガルティアは、先程も食べたあの団子の味を思い出すように腹の縁を撫でる。

 

 ランスはあの後、香姫から何度か届いた団子をすぐさまガルティアの下に送っていた。特にまだ彼が働いたという訳では無かったのだが、あの団子は不気味な存在感を放つので、大量の団子を城内に保管しておくのが怖くなったのである。

 

「……分かりました、貴方に任せましょう。それよりメガラス、他に確認出来た魔人は?」

 

 ホーネットの問い掛けに、メガラスは否定の意思を示す様にその首を横に振る。

 彼が偵察中に確認出来たのはその2体の魔人だけだったのだが、その話にシルキィが首を傾げた。

 

「……うーん。バボラとレイだけってのは、ちょっと考えにくいような……」

「確かに。少なくともホーネットが出てくる事は、向こうも分かってるだろうからなぁ」

 

 派閥の主として先頭で戦う事を自らの義務としているホーネットは、開戦当時から前線で戦い続けている。

 勢力的に劣るホーネット派がここまで均衡を保つ事が出来たのも、派閥最強の戦力である彼女が出し惜しみ無く力を振るい続けてきたからである。

 その為ケイブリス派が進軍する際には、まずホーネットの対処を考えなければならない筈だった。

 

「バボラとレイだけで私を抑えられるとは思っていない筈。他にも潜んでいるかもしれません」

「ですね。さすがのメガラスも、何十万っていう魔物兵の中から魔人一体を見つけるのは大変ですし」

「そうだな。メガラスが見落としたって可能性は十分ありえるな」

 

 現段階の情報を整理して、ホーネット達は敵が何処かに伏せている他の魔人の存在を疑った。

 話を聞いていたメガラスは、自分はそんな杜撰な仕事はしないと言いたげに少し首を引いたが、魔物界は森に囲まれている場所も多く、空からでは完全に見張る事が出来ないのも事実ではあった。

 

「まぁ、何処に誰が潜んでいようと問題はありません。隠れているなら誘き出すまでです」

「誘き出すって、どーやって?」

「簡単です。私が戦えばいいだけの事」

 

 ホーネットのとてもシンプルだが有効な作戦に、ガルティアは納得したように手を打った。

 

「なるほど。俺がレイの相手をして、シルキィがバボラの相手をする以上、余ったホーネットが大暴れすりゃあ隠れてる訳にはいかなくなるか」

「そういう事ね。相手は誰かがホーネット様を止めなきゃ、あっという間に戦いに決着が付くわ」

 

 無敵結果を有する魔人を魔物兵だけで抑える事は非常に困難となり、だからこそ魔人の相手は魔人がするのが通例となる。

 何十万という魔物兵と対峙しても、単騎で戦局を動かす事が出来る。それが魔人、その中でも魔人筆頭と言われるホーネットの実力だった。

 

「私は一番前に出るので、シルキィとガルティアはそれぞれの魔人の対処を頼みます。メガラスは偵察を続けて他の魔人を発見したらすぐに知らせてください。本陣はケイコに任せます、いいですね?」

 

 その場に居た魔人達と、ホーネットの後ろに控えていた彼女の筆頭使徒、ケイコが頷く。

 

 程なくして、両派閥の何度目とも分からない戦いが始まった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 戦場になったのはサイサイツリーから西の地点、ビューティーツリーへと繋がる道の中間辺り、見晴らしの良い荒野のような場所だった。

 

 魔物将軍、あるいは魔物隊長による号令の下、ケイブリス派の魔物兵とホーネット派の魔物兵が衝突する。大軍が大地を踏み付ける止む事の無い地響きと共に、辺り一帯で怒声と悲鳴が上がり始める。

 

 魔物界には多種多様の魔物が数多存在している。そしてその魔物が魔物兵スーツを着る事によって、両派閥が戦力とする魔物兵となる。

 魔物は種族により攻撃方法や活動時間などそれぞれだが、魔物兵スーツによって統一される事によって指揮官が統率可能な兵隊になる。

 魔物兵スーツを着た魔物は、能力が統一される代わりに個性を失う。敵も味方も完全に同一の規格となるので、魔物兵同士が戦えば基本的には数の多い方が勝利する事になる。

 

 そこで重要となるのが魔人の活躍だった。

 

 

 

 

 

 戦場の北。常の変わらず泰然とした表情のまま、しかし機敏な動きでもって、波のように連なる魔物兵の陣中を魔人ガルティアが駆け抜けていた。

 

 その行く手を遮ろうとする勇敢な魔物兵は、しかしその魔人が手に持つ愛用の蛮刀によって裂かれ、あっという間に命を失う。

 この戦いの前に愛しの団子を沢山平らげ、とても気合が滾っていたガルティアは、対峙する魔人の下へと一直線に進んでいた。

 かの魔人がその力を奮っていると思わしき場所からは、時折辺りを激しく照らす稲妻が生じる為、遠目からでもすぐに分かった。

 

 やがてガルティアは目的の魔人を発見した。

 強烈な電撃に貫かれたと思わしき、大勢の魔物兵の亡骸の中心にその魔人は立っていた。

 口にタハコを咥えたその姿は、一見すると人間の不良のような外見だが、その身体の周囲で時折起こる放電が、人間を超えた存在であると雄弁に主張していた。

 

「お、いたいたっと。……よう、レイ」

 

 魔人レイ。電撃を操る元人間の魔人である。

 ガルティアはレイに対し、戦場にあっても緊張感を感じさせない普段通りの様子で挨拶をした。

 そんな元同派閥の同僚の気安い態度に、レイは髪の下に隠れている鋭い目付きで睨んだ。

 

「ガルティア……。てめぇ、そっちに付いたってのは本当だったのかよ」

「ああ、まぁ色々あってさ。けれど、お前はそんな事気にするような奴じゃないだろ?」

「まーな。ただよ……」

 

 レイは他人と距離を置き、派閥内の魔人等とは関わりを持たない孤高の魔人。

 そんな彼にとって、ガルティアがケイブリス派を抜けた事はどうでもよかったが、ホーネット派に所属したという事が少し癇に障っていた。

 

「ホーネット派の仲良しごっこに、てめぇが興味あったとはな」

「はは、仲良しごっこか。けど、悪いもんでもないぜ。お前も来たらどうだ?」

「ふざけんな。あの女のくだらねェ考えに付き合ってられるか」

 

 魔人レイ。その魔人は人間だった頃より力を持て余し、ずっと退屈な日々を嫌っていた。

 その心の乾きを潤す為には、戦う事しか無いとレイは考えている。その為魔人が魔人らしく生きられなかった魔王ガイの治世の時は、長きに渡り鬱屈とした日々を過ごしてきた。

 当然、そんな父親の意思を受け継ぐホーネットに従う事など、彼には死んでも御免だった。

 

「まぁ、んな事はどうだっていい。てめぇならちったぁ楽しめそうだ」

「それもそうだな。んじゃやるか」

 

 さすがにガルティアも、この相手がそんな話に乗るとは思っていなかった。

 特に気を落とした風も無く、ゆったりとした動きで蛮刀を構えると共に、いざという時いつでも外に出て自分を援護出来るよう、腹の内に隠している使徒達にそっと合図を送る。

 

 対するレイがタハコを口から捨てると、バックルの中から櫛を抜く。

 そして前髪を逆立てると同時に、その体中から激しい雷が迸った。

 

「叩き潰す!」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「あー……つぶ、す。つぶす……」

 

 戦場の南。遠くにあってもひと目で分かる、近くにあっては空を覆う程の、超巨体の魔人がホーネット派の拠点に向けて前進していた。

 

 魔人バボラ。全長50mを超す図体を有する鬼の魔人である。

 バボラはただ歩いているだけだが、その巨体を止める術など持たない足元の魔物兵達は逃げ惑うばかり。仮に味方が居てもお構いなしだった。

 

 このままバボラが前進し続ければ、貴重な食料源となるサイサイツリーに辿りつき、その価値が理解出来ないバボラにめちゃくちゃにされてしまう。

 魔人と対峙した時、魔物兵に唯一出来るのが時間稼ぎである。無敵結界に阻まれて攻撃は効かないものの、物量で押し込めば暫くその場に抑えつける事ぐらいは出来るのだが、しかしバボラ相手では少しの足止めをする事も出来ない。

 

 その点においては厄介な魔人で、バボラの歩みを止めるのは同じ魔人にしか出来ない事だった。

 

 

「シルキィ様、お願いします!」

「ああ、分かっている。兵達を一旦下がらせろ」

 

 バボラの前までたどり着いた魔人シルキィが、戦場において意図的に変えている固い口調で、その場を指揮していた魔物隊長にそう告げる。

 

 バボラは自分の足元付近にいる、とても小さなシルキィの存在には全く気付いていない。

 魔人となった影響で徐々に身体が巨大化するようになった際、脳が比例して大きくならなかったその魔人は、今では図体の割に極小の脳しか持たない。

 殆どまともな思考は出来ず、敵を認識する事も無くただただ前に進むだけだった。

 

 一歩、また一歩と踏み出して、その度に大地が揺れる。壁と見紛うようなバボラの巨大な足が、次第にその魔人の眼前に迫る。

 

「……全部使うのは、久しぶりか」

 

 小さな呟きと共にシルキィは目を閉じて、その精神を静かに集中させる。

 

 その魔人は人間だった頃から優秀な戦士だった。ただ戦士としての才能以上に、鉱物に魔法による処理を施して魔法具とする、付与の力に優れていた。

 付与の力により作られた攻防一体の鎧、リトルと呼ばれる魔法具を普段装着しているシルキィだが、その装甲はあくまで一部分であって、彼女が有する魔法具の全てはそれだけには留まらない。

 

 目を開けると共に、シルキィは自分が操れる全ての魔法具を展開する。

 するとその場所には、総重量20トンを超える、まるで巨人と見紛うような装甲が聳え立った。

 

「お、お……?」

 

 さすがに鈍重なバボラでも、眼前に突然現れた自身と比肩する大きさの存在には気づいた。

 それが何なのかは理解出来なかったが、自分の前にあるのは全部敵だと部下から聞いていたその魔人は、ならばこれも敵だと考え、ゆっくりとその右腕を振りかぶる。

 

「バボラ、行くぞ」

 

 緩慢な敵の動きなど待つ事はせず、シルキィは装甲で出来た巨大な腕を振り下ろした。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ぎゃあー!! に、逃げろー!!」

 

 戦場の中央。弾けるような魔法の奔流が度々発生し、その度にケイブリス派の魔物兵達は泡を食って逃げ出していく。

 その魔法を操るのは、魔物兵の彼らには絶対に勝てない存在、どうあがいても敵う筈の無い絶対的な存在がそこに居た。

 

 魔人筆頭、派閥の主である魔人ホーネット。

 

 その魔人の周囲には燃え盛る炎に焼かれ、あるいは凍てつく氷に呑まれたりと、あらゆる属性を駆使する彼女の魔法によって撃たれ、すでに事切れた魔物兵達の山が出来上がっている。

 

 魔物兵が魔人に勝てる道理は無い。ホーネットは戦場において、勝ち目の無い弱者に対して殊更に力を振るうのは好む所では無かったが、自分の相手をするべき敵の魔人がまだ現れていない。

 その為自身の存在を誇示するべく、強大な魔法でもって魔物兵達を蹴散らしていた。

 

(……今回、わざわざビューティツリーから出撃してきた以上、これだけとは考えにくい。必ず何処かに別の魔人が潜んでいる筈。問題は、それが誰かという事ですが……)

 

 逃げ惑う魔物兵に向けて白色破壊光線を放ちながら、ふとホーネットは思案する。自分は一体誰と対峙する事になるだろうか。

 

 これまでに何度も引き分けた、因縁深いあの宝石の魔人か。 

 それとも滅多に戦場に出ては来ないが、魔人四天王最強と言えるあの魔人か。

 あるいは派閥の主であるあの魔人か。と考えた所で、それは無いかと彼女は考え直した。

 

(……さすがにケイブリスが出てくるとは思えませんが、まぁ、誰が来ようと同じ事)

 

 誰が相手だろうと自分は必ず勝たなければならない。魔王ガイの遺言を忠実に守るのが、彼女が自らに課した使命だからである。

 ホーネットは剣を握る力を強め、新たな魔法を行使する為呪文を紡ぐ。

 

 その後も魔人筆頭たるその魔人の魔法は、止むこと無く魔物兵達に降りそそぐ。

 ホーネットを止める者は、未だ現れなかった。

 

 

 

 

 

 


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