ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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サイサイツリー西の戦い②

 

 

 

 

 

 魔界都市サイサイツリーから西の地点にて。

 ホーネット派とケイブリス派、敵対する両派閥の戦いが勃発した。

 

 そして衝突から数時間が経過した今、両派閥の戦いは未だ継続中である。

 だがその戦場の一角にて、ある魔人同士の戦いに決着が付こうとしていた。

 

 

 

 

 

「ぐ、ぐ……」

 

 その唸り声すらも遠くに響く程に巨大、全魔人中最大の巨躯を持つ魔人バボラ。

 その眼前には知らぬ敵がいる。ならばその敵を倒そうと、毎度のようにその腕を振りかぶっては殴り掛かる。

 

 足元に生えた木々が吹き飛びそうな程の風圧を伴う、まともに当たったらどんなモノでも破壊しそうなその一撃。

 だがその魔人の敵対者、巨大な装甲を身に纏う魔人四天王シルキィは、少し身体を逸らすだけでその巨拳の一撃をひらりと回避する。

 

 殴り掛かった勢いを殺す事が出来ずに、バボラはそのまま地表に転倒する。

 その図体が大地に墜ち、振動と共に途轍も無い規模の地鳴りが響くが、その相手は一切気を取られる事も無く、槍の形状に変化させた魔法具でバボラの足を突き刺した。

 

 「あ、ぐぐ。い、いだい~……」

 

 鈍臭い悲鳴を上げるバボラだったが、それでも何とか立ち上がる。しかしそんな鬼の魔人の表情からは、すでに戦う意欲を消え去っていた。

 

 両者の戦いのあらましを示すように、バボラの巨体のあちこちからは大量の血が流れている。

 だが一方で対峙する魔人の装甲には大した変化は無い。精々、防御に使用した両腕の装甲が多少凹んだかといった程度である。

 

 魔人バボラの巨体、そして魔人シルキィが完全に展開した大装甲。その大きさは殆ど互角であったのだが、バボラとシルキィでは戦闘の才能に歴然とした差が存在している。

 ただ闇雲に殴り掛かるだけのバボラでは、剣や槍、斧の才能まで有する屈指の戦士であるシルキィには、どう足掻いてもまるで歯が立たなかった。

 

 バボラはシルキィの形状を変える魔法具により、時に斬られ、時に突かれ、時には装甲でそのまま殴られ蹴られと、散々な目にあっていた。

 そもそもその魔人は図体の割に然程強い魔人とは言えず、とても小柄ではあるが正真正銘魔人四天王である彼女に敵う理由が無かった。

 

「いだ……いだい……」

 

 苦痛に呻き、眉を落とした情けない表情で目の前の敵を睨む。

 この装甲で出来た得体の知れない相手に、自分はとても敵わない。その事をやっと理解出来たバボラの脳が、次に選ぶ選択肢は一つ。

 突然その巨体がぐるっと反転し、普段より機敏な動き、かつ大股でどんどんと来た道を戻っていく。

 

 つまり、魔人バボラは逃げ出した。

 

「ば、バボラ様ーー!?」

 

 驚愕の声を挙げたのは、バボラを主とするケイブリス派の魔物兵達。

 離れた場所からその戦いを見守っていた彼等は、逃亡する主の後を慌てて追い掛けていく。

 

 バボラは思考力がとても弱く、そして強い意思も持たない。なのでただ突っ込んで来ては痛くなったら逃げ出す。

 ホーネット派にとって、この魔人との戦闘は毎回こんな感じだった。

 

 

「……ふぅ。やっと退いたか」

 

 バボラの逃走を見届けたシルキィは、装甲内部で小さく息を吐き出す。そして指先で合図を出し、全身を覆っていた魔法具を解除する。

 

 このままバボラを追撃する事も考えたが、止めた。あの魔人は巨体ゆえ歩幅が広いので意外と逃げ足が速く、追うのにも結構手間が掛かる。

 それに何より、あまりバボラには構ってはいられない。すでに戦意を無くした魔人よりも、敵にはもっと危険な魔人が居るからである。

 

(他の魔人の事も気になるし、一旦戻るかな)

 

 シルキィは逃げる敵の掃討を部下に任せて、自分は本陣に戻る事に決めた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 戦いは終始ホーネット派の優勢だった。

 

 魔物兵の数は多かったケイブリス派だが、しかし参戦した魔人の数が少なかった。レイとガルティアは互角の戦いを繰り広げ、バボラはシルキィによって撤退させられた。

 

 そして魔人ホーネット。ただ一人相手をする魔人の居なかった彼女を止める術を、ケイブリス派は持ち合わせていなかった。

 戦場で最も強者たる魔人筆頭の手により、多数の魔物隊長や魔物将軍が討ち取られてしまった為、魔物兵達の意思を統率出来なくなってしまった。

 

 やがて勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場の一角で稲妻が光っていた。

 

「オラァ!」

 

 掛け声と共に、魔人レイが電撃を纏った右拳を繰り出す。狙いは勿論ムシ使いの魔人の左頬。

 

「ふっ!」

 

 対峙するガルティアもさすがの反応、即座に身体を捻って拳を躱すものの、しかし迸る電撃までは躱せない。身体を灼かれて全身に痺れが走るが、それはどうにか我慢して、突き出された右腕を切り落とそうと蛮刀を振るう。

 

 だが僅かにその腕を切り裂いたものの、完全に切り落とすまでには至らず、傷一つ負った魔人レイはすでに距離を取っていた。

 怒髪天を衝く、とでも言うかのようにその魔人の前髪は逆立ち、それにより顕になった鋭い眼光で眼前の敵を睨んだ。

 

「……強ぇな、ガルティア。戦いに来て正解だった」

 

 普段のやる気の無い姿から一転、戦いに高揚するその魔人は牙を立てるように笑う。

 レイは今しがた斬られた右腕の他に、体中に敵の蛮刀による切り傷があった。しかしそれらは致命傷にはなりえず、むしろその痛みは戦意の炎に焼べる薪となっていた。

 

「お前もな。やっぱ雷は怖いね、サメザンが逃げちゃったよ」

 

 こちらはあくまで普段通り、緊張感無く構えるガルティアもゆったりと笑う。

 敵の電撃より彼も体の様々な箇所を焼け焦がしていたが、それよりも困った事があると言うように、右手の奥の方に見える木の上に目線を送った。

 

 先程彼が口にしたサメザンとは、ガルティアが有する使徒の内の一人である。

 鳥のような外見を持ち、主人を掴んで短時間なら飛行可能な為、ガルティアはサメザンを戦闘中の短距離移動、あるいは緊急脱出等に用いている。

 だがバチバチと鳴り響く魔人の雷を怖がり、その使徒は先程飛んで行ってしまった。多分あの辺の木の上に居るとガルティアは睨んでいた。

 

「ケッ。使徒なんて使おうとする方が悪ぃんだよ。男なら一対一だ。使徒なんざ必要ねぇ」

「つっても、こいつらとは俺が魔人になる前からの付き合いだしなぁ」

 

 使徒を持たない一匹狼の魔人の言葉に相槌を打ちながら、ガルティアはその魔人の体中から生じる電撃を眺めて、思わず頭を掻いた。

 

(うーん、やっぱあれが厄介だよなぁ)

 

 魔人レイは素手での戦闘を好む。その戦い方は乱暴の一言で、まるで喧嘩の延長線上にあるようなものだが、ただ闇雲に暴れるだけでは無く、その強さには喧嘩の才能による確かな裏付けがある。

 

 しかし一方で魔人ガルティアも、剣を扱う事の高い才能を有している。加えて使徒三体に、体内に宿る多数のムシを扱う事も可能としている。

 そう考えるとガルティアの方が優位にあるように見えるが、しかし魔人レイの特徴とも言える雷撃への対応に彼は手を焼いていた。

 攻撃するだけで我が身を襲う電撃の存在に、ガルティアは中々深くまで踏み込む事が出来なかった。

 

(俺はともかく、俺の中のムシ達が痺れんのを嫌がってるんだよなぁ。さーて、どうすっかな)

 

 このまま闇雲に戦い続けてみるか。それともいっその事、あまり気は進まないが腹部にある秘策を使ってみるか。魔人にこれを試した事は未だ無いが、果たしてこの腹の中に入るのだろうか。

 

 そんな事を考えていたガルティアは、鋭く踏み込んでくるレイへの対処に一瞬遅れた。

 

「おっとッ!」

 

 踏み込みと同時に突き出してくる相手の拳に対し、とっさに蛮刀を合わせて振るう。

 

「余所見すんな!」

 

 溢れ出す戦意をそのまま映したような、猛々しい雷を纏いながら殴り掛かる。その口調とは裏腹に、彼はとても楽しそうな表情をしていた。

 

 ガルティアとの戦闘は、レイにとっての久々に心躍るものだった。

 人間だったレイが生まれた頃、戦いがもっと身近にあった魔王ジルの時代。彼は久々にその頃に戻ったような気がしていた。

 

 しかし、その気持ちは途端に終りを迎えた。

 

 

 

 

「伝令-! 伝令です、レイ様!!」

 

 横槍を入れた声の主は、伝令役となる魔物兵の一人。本部からの指示を持ってきた彼は、大声でレイに対して呼び掛ける。

 

「うるせェ! 今いいとこなんだ、邪魔すんな!」

 

 ガルティアとの打ち合いを止めぬまま、レイは怒声でもって応答する。

 部下の言葉になど全く耳を貸さない所か、その身体から溢れる電撃の量が増す。近づいたら殺すと言外に示しているようだった。

 しかしその魔物兵も大事な役目を受けており、魔人達の戦闘をただ眺めてる訳にはいかなかった。

 

「レイ様、大元帥からの命令で、撤退するようにと!!」

「撤退だ!?」

「そうです!! 本陣もかなりの被害を受け、もう魔物兵達は逃げ出しているそうです!!」

 

 こんな楽しい戦いを中断して、尻尾を巻いて逃げろというのか。

 ふざけんなと思ったレイだが、しかし同時にこの戦いに熱中していた余りに、そういえば自分は味方の魔物兵達の事など全く気にしていなかった事を思い出した。

 それに加えてもう一体居た魔人はバボラ、自分以上にそんな事を考えている筈が無い。

 

 どうやら自軍は相当な被害を受けたらしい。勿論そんなどうでもいい事など全て無視して、このまま戦い続けても構わない。

 しかし戦いが終わろうとしているなら、その内に他のホーネット派魔人もここにやって来る。すると一対一では無くなってしまう。

 楽しい戦いは一対一に限る。しかしその楽しみには終わりが来たのだと、レイはしぶしぶながら理解した。

 

 

「……つまらねェ」

 

 興が冷めてしまったレイの戦意が萎み、同時に周囲の雷が静まる。

 そして、それと同時に前髪の逆立ちも収まった。

 

「……帰る。じゃーな、ガルティア」

 

 それだけ言って踵を返し、レイは退いていった。

 

「おう、またな。……ふい~、腹減った。俺も帰るかな。……おーい、サメザーン、帰るよー」

 

 ガルティアも戦意の失せた相手とは戦う気にはならなかったのか、雷に怯えた使徒を回収して、さっさと本陣に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 帰り道の途中、魔人レイは部下の魔物兵が持ってきた、大元帥からの指令書に目を通していた。

 

「ん? ……おいおい、ビューティツリーに戻るんじゃねェのかよ」

「え? 違うのですか、レイ様」

 

 魔人が口にした疑問に、隣を歩く伝令役の魔物兵が思わず聞き返す。

 大元帥からの指示を運んだその魔物も撤退だと言う事は聞いていたので、自分達の拠点であるビューティツリーに戻るのだと当然に思っていたのだが、しかし指示書を読んだレイによると違うらしい。

 

「ビューティツリーは捨てて、更に撤退しろって書いてある」

「……しかしレイ様。それだとみすみす拠点をホーネット派に明け渡すようなものです。一体何故そのような……」

「俺が知るか。何か考えがあんだろ」

 

 苛立たしげにレイはタハコを吐き捨てる。久々に楽しかった戦闘を中断させられた彼は、もはや派閥の戦いも大元帥の思惑もどうでもよかった。

 ひと目で不機嫌だと分かるその魔人に、あまり話し掛けたくなかった魔物兵だっただ、それでも聞かなくてはならない事が一つあった。

 

「ではレイ様。ビューティツリーに戻らないのだとすると、我々は何処に向かうのですか?」

「ビューティツリーのひとつ先だ。カスケード・バウを通って、本拠地のタンザモンザツリーまで下がれ、だとよ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 魔人レイが撤退し始めた一方。

 撤退の号令の前にすでに逃げ出していた、魔人バボラはと言うと。

 

 先程戦場で魔人四天王に叩きのめされたその魔人は、すでにケイブリス派の拠点であるビューティツリーに戻って休んでいた。

 体中を襲う痛みに呻いていると、バボラの世話係であり、部隊の指揮など出来ない主の代わりに、実質的な指揮を取っている魔物将軍が走ってきた。

 

「バボラ様ー! 撤退、撤退でーす!!」

 

 信を置く魔物将軍の大声に、バボラが反応して顔を上げる。

 

「……て、たい?」

「そうです!! バボラ様―、おうちに帰りますよーー!!」

「お、……かえ、る」

 

 どうやら戦闘は終わったらしい。それだけ理解したバボラはゆっくりと立ち上がって、帰路に就く為の大きな一歩を踏み出す。

 すると即座に、魔物将軍が慌てた声を出した。

 

「バボラ様ー! そっちじゃないですーー!! こっち、こっちでーすっ!!!」

「……ん」

 

 バボラが足元を見ると、魔物兵数十体が大きな矢印の形に整列し、進行方向を示していた。

 

「……そっ、ちか」

 

 そして、魔人バボラはビューティツリーから退いていった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 戦場の中心。

 そこには魔人ホーネットが、戦いが始まった頃とまるで変わらない姿で立っていた。

 

(兵達が退いていく……。どうやら、相手は撤退を決めたようですね)

 

 ホーネットは強大な魔法力でもって、敵陣を一人で真一文字に裂く獅子奮迅の働きをした。

 あらゆる属性の魔法を存分に振るう魔人筆頭を前にして、魔物兵達は近づく事も出来ずにただただ逃げ惑うだけだった。そして撤退の号令を受けると、我先にとばかりにすごい勢いで逃げ出していった。

 

 今も背中を向けて走っていく魔物兵達を眺めながら、ホーネットはふと考える。

 

(……結局、どの魔人も出てはこなかった。ですが、やはり気になります)

 

 魔人レイと魔人バボラだけで攻め落とせると考えていたのか。あるいは元々は他にも魔人が居たが、何かの理由で途中離脱したのか。

 そこら辺の事情は分からないが、久々に攻めてきたにしては手応えが無いと感じていた

 

(……ともあれ、ケイブリス派はビューティツリーに退いた。今後私達は、どう動くべきか)

 

 敵を押し返した以上、これで一旦は勝利である。

 けれどもまだ自軍、特に魔人と戦う事の無かった自分にはかなりの余力が残っている。このまま相手の拠点であるビューティツリーまで、相手を追撃するのも一つの手だと彼女は思った。

 

(……いずれにせよ、シルキィ達と相談する必要がありそうですね。一旦、本陣に戻りましょう)

 

 このままサイサイツリーに帰還するか。

 それともビューティツリーまで進み、さらに戦闘を継続するか。

 

 進むにも戻るにも、味方の状態なども確認しないと判断出来ないと考えた派閥の主は、結局一度も使う事の無かった剣を鞘に収め、本陣に戻った。

 

 

 しかし、ホーネットが自軍の本陣に到着する頃には、ケイブリス派の大軍はビューティツリーを放棄して、本拠地であるタンザモンザツリーに向け移動を始めていた。

 

 

 

 

 

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