ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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戦い終わって

 

 サイサイツリーの西にある地点で勃発した此度の戦争は、ホーネット派の勝利で終わった。

 

 辺りでは喝采が聞こえる、生き残った魔物兵達は大声を上げて喜び合う。

 そんな周囲の歓喜の声を聞きながら、本陣に帰ってきたホーネット、シルキィ、ガルティアの三人の魔人は、指揮官用のテントの内部でそれぞれ難しい表情をしていた。

 

 先程偵察から帰還したメガラスより、新たな事実が判明したからだった。

 

 

 

 

 

「……まさか、ケイブリスがビューティツリーを放棄する決断をするとは……」

 

 不可解だという心情が混じる声色で呟きながら、ホーネットは側に居たシルキィの方を向く。するとその魔人四天王も、同じく理解不能だと言いたげな表情をしていた。

 

 敵の撤退を空から見届けていたメガラスによると、ケイブリス派の大軍はビューティツリーまで下がって守備を固めるのかと思いきや、そのまま拠点を放棄してさらに南の道を進んでいるとの事。

 ビューティツリーから南に続く道、そこを通って辿り着くのは敵の本拠地であるタンザモンザツリーであるので、どうやら相手は本拠地に戻るつもりらしい。

 

 しかし、そもそも攻め込んできた戦力の中に魔人が少なく、それでもって負けたら拠点を放棄して撤退するというのは、あまりに不自然だこの場の面々は皆一様に感じていた。

 

「わざわざビューティツリーを放棄する理由が見当たりません。ただの撤退では無く、なにか思惑があるのかも知れません」

「思惑ねぇ……。都市から撤退したように見せかけて、実はこっそりと誰か隠れてるとか?」

 

 戦い終わりの褒美とばかりに、香姫の団子をまぐまぐと食べていたガルティアが呟く。

 

「撤退は罠で、待ち伏せがあるって事? けれどもレイとバボラが退いていくのはメガラスが確認したって話だから、もし居るとしたら……」

「……パイアール、レッドアイ、それにケッセルリンク。といった所ですか」

 

 シルキィの言葉を継いで、ホーネットが思い付く3名の魔人の名を挙げる。

 残る敵の魔人の内、魔人メディウサはガルティアの言葉が正しければ現在離脱中。そしてあの派閥の主がこんな所に出てくるとは思えないので、そう考えると可能性として挙がるのはその3名となる。

 

「あの3人が共に行動するのは想像し辛いですけど、仮にそうだとしたら厄介ですね」

 シルキィの言葉通り、上記3名の魔人達が結託しているとなったら脅威は倍増する。このままビューティツリーを制圧しに向かったら、手痛い奇襲を受ける可能性がある。

 しかし一方で、ケイブリス派の大軍がすでにビューティーツリーを出発して、タンザモンザツリーに向けて移動をしている以上、今がその拠点を奪う絶好の機会であるのも事実だった。

 

 魔人筆頭と魔人四天王がしばらく額を寄せ合って悩んでいると、考え事があまり好きではないガルティアが結論を促そうと声を上げた。

 

「悩んだってしょうがないだろ、ホーネット。行くか行かないか、ぱっと決めちまえよ」

「……そうですね。考えて分かる事でもありませんし、私達はホーネット様の決断に従います」

 

 このままサイサイツリーにて待機するか、それともビューティツリーまで歩を進めるか。

 ホーネット派はホーネットを中心とする派閥。今までどんな時でも派閥の主たる彼女の判断が、その派閥の進む道を決めてきた。

 

 両魔人の視線を受けたホーネットは、少し思案げに下を向いていたが、すぐにその顔を上げた。

 

「ビューティツリーに向かいます。相手にどのような考えがあるにせよ、前に進まない限りは何も勝ち取る事は出来ません」

 

 ホーネットの決断に、その場に居た三人の魔人は強く頷いた。

 

「それにもし魔人が居たとしても、レッドアイなら私が必ず抑えます。そしてケッセルリンクであれば、向こうに昼頃に到着するよう調整すれば然程問題は無いでしょう」

「あぁ、確かに昼のあいつはあんま怖くねぇな。残るはパイアールだけど、あいつは俺たちならそこまで警戒する必要は無いしな」

 

 魔人パイアールはこの世界の基準とはかけ離れたような頭脳を持ち、衛星兵器や赤外線センサーなど、ホーネット達にはまるで理解出来ない機械を作り出す事が出来るのだが、それらでは魔人の無敵結界を突破する事は出来ない。

 そしてパイアール自身は大した強さを持たない為、魔物兵にとっては非常に脅威だが、魔人達にとってはそれほど怖れられていなかった。

 

「今、ケイコが軍の再編をしています。傷の深い兵はサイサイツリーで休ませて、まだ動ける者は共に連れて行きます。終わり次第すぐに出るので、三人とも用意をしておいて下さい」

 

 

 そして準備を終えたホーネット達は、敵の拠点ビューティツリーに向けて出発した。

 しかし魔人達の先の予想に反して、到着したビューティツリーには魔人はおろか、魔物兵の姿すら何一つ見当たらなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 魔物界の中部にある魔界都市ビューティツリー。

 

 ホーネット派の者達にとって、この都市に足を踏み入れるのは随分振りであった。

 今より大分前にこの都市を自派閥の拠点としていた時期もあったのだが、その後の戦争でケイブリス派に奪われて以来となる。

 

 ホーネット達にとっては久しぶりに辿り着いたビューティツリー、その都市の全域を隈なく捜索するよう魔物兵達に指示を出した。

 都市内には片付けていかなかったテントや焚き火の跡など、ここで大勢の魔物兵達が生活していたと分かる痕跡があちらこちらに残ってはいたが、言い換えると痕跡だけしか残ってはいなかった。

 

 

 

 

 ビューティツリー内に急遽作らせた、指揮官用のテント内にて。

 部下の魔物兵の口から、都市内の全捜索を終了したとの報告を受けた魔人四天王は、思案げに眉根を寄せた。

 

「ホーネット様。どうやら本当にケイブリス派はこの都市を放棄したようです」

「そのようですね。シルキィ、貴女はこれにどのような意図があると思いますか?」

「……そうですね。ビューティツリーは向こうからすると守り辛い拠点ですから、あるいはそれで、という事も無くは無いとは思いますが……」

 

 向こうからすると守り辛い拠点。シルキィがそう評したのは、その距離が理由となる。

 ケイブリス派の本拠地タンザモンザツリー、その都市からビューティツリーまでは相当な距離が開いている為、移動に大変な手間が掛かってしまう。

 

「逆に言うと、こちらからもタンザモンザツリーへは遠くて攻め込みにくい。前にこの都市を拠点としていた時も、結局タンザモンザツリーまでは攻め込む事が出来ませんでしたからね」

 

 その言葉でシルキィは数年前を思い出したのか、僅かに苦い表情となる。

 距離の問題に加え、ビューティツリーからタンザモンザツリーへの道の途中の近くには、魔人四天王ケッセルリンクの城が存在している。

 派閥の主に次いで戦場に出てくる事の少ないその魔人も、こちらが本拠地に攻め入ろうすると反撃はするらしく、夜毎に起こる奇襲のせいで、以前のホーネット派は敵の本拠地に進む事が出来なかった。

 

「……そうですね。そう考えると、守備だけを考えるならここを捨てるのは選択肢の一つです。ですが……」

 

 しかしその理由でこの拠点を放棄するのは、少々弱気すぎではないのか。そもそもそれだと、またいずれはこの拠点を取り返さなくてはならず、それにかなりの労力が必要となる。

 

 どうにもケイブリス派の意図が読めず、ホーネット達が考え込んでいると、再び偵察から帰ってきたメガラスが、さらに不可解な情報を持ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「バボラがペンゲラツリーの方に向かってる?」

 

 シルキィの疑問と驚きを含む声色に、メガラスは無言で頷き首肯する。

 彼は再度の偵察中、南に進んで行くケイブリス派の大軍とは別に、バボラの隊だけ全く別方向に進んでいく様子を捉えていた。

 メガラスがバボラの巨体を見つけたのは南では無く南西の方角であり、ビューティツリーから南西にあるのは一つである。

 

 それがペンゲラツリー。以前は魔界都市であり、今は廃墟となった都市の名だった。

 

 その都市の名をメガラスが口にした時、派閥の主たるその魔人の表情が僅かに曇った。

 ガルティアは気付かなかったが、旧知の仲である魔人四天王はその変化に気付いた。

 

「……ホーネット様」

「シルキィ、大丈夫です。……ガルティア、ペンゲラツリーには何かあるのですか?」

 

 ペンゲラツリーはもう随分の間、ケイブリス派の影響圏内に存在している都市となる。

 以前所属していた者の方が詳しいと考え、ホーネットは元ケイブリス派のガルティアに聞いてみたが、しかし彼は首を傾げただけだった。

 

「さぁ、知らねぇな。というか、あそこって随分前から廃墟だろ? もう食いもんがなんも取れないから、誰も居なくなったって聞くけど」

「では何故そのような場所に、バボラは向かっているのでしょう」

 

 魔人バボラはその巨体故に、ガルティアと並んで相当な大飯食らいである。食料が何一つ取れない、荒廃した都市に向かう理由に見当が付かなかった。

 

「んー、道を間違えたんじゃねぇか? あいつってほら、頭がちょっとあれだしさ」

「……分からなくも無いけど、バボラだけならともかく、他の魔物兵達が気付かないかしら、それ」

 

 もはや何度目か、相手の不可解な行動の数々に、魔人達はそれぞれ更に思案に暮れる。

 ガルティアが言った事もあり得るとは感じたが、一方でシルキィの疑問もその通りだと感じたホーネットは、バボラの行動の理由を考えるのは止め、先程と同様に敵の罠の可能性を考慮してみた。

 

「……あるいはペンゲラツリーに、他の魔人が待ち構えているのでしょうか」

「……無い、とは言えません。けれど、ホーネット様……」

 

 その可能性は少ないのではないか。と、ホーネットの事をまるで気遣う様に見つめている、シルキィの表情が告げていた。 

 彼女自身も内心では、あの荒廃した都市で敵が待ち構えているとはあまり想像出来なかった。

 

「でもよ、これってチャンスじゃないか? あそこって行き止まりみたいなもんだろ?」

「バボラを倒すチャンスって事? まぁ、確かに逃げ場は無いけど……でも……」

 

 ガルティアは名案が浮かんだかのような表情だったが、対比するようにシルキィは内心の懊悩が見て取れるような顔つきだった。

 

「………………」

 

 ふいにホーネットの視界が、ずっと無言で話の成り行きを見守っていたメガラスの姿を捉える。その魔人は相変わらず無表情だったが、自分の決断を待っている表情だと読み取れた。

 そしてメガラスから視線を外し、残りの二人の方を向く。ガルティアの目はペンゲラツリーまで行く価値があると主張し、シルキィの目はある事情から、止めた方がいいのではないかと主張していた。

 

 当然、決断を下すのは派閥の主たるホーネットである。彼女はすでに決心していた。

 

「ペンゲラツリーまで追撃します。ガルティアの言う通りこれは好機、上手くいけばバボラを落とせるかもしれません」

「……分かりました、ホーネット様。では、私とガルティアで向かいます」

「いえ。シルキィ、私一人で構いません」

「ホーネット様、それは」

 

 ──危険では。

 そう告げようとしたシルキィを、ホーネットは右の掌をすっと前に出して抑えた。

 

「撤退して行った敵軍が引き返してくる可能性も十分有ります。貴女はガルティアと共にビューティツリーの守りを固めて下さい」

「けれど」

「それに、ペンゲラツリーまでは大した距離ではありません。いざとなったらすぐに退くので、問題はありません」

「ホーネット様っ!」

 

 派閥の主の頑なな様子に、シルキィは思わず声を荒げる。彼女がこのように派閥の主に対して食い下がるのは、とても珍しい事である。

 主に忠実な魔人四天王はその命令が聞けないのでは無く、主の事を心配している。その身を案じるというのもそうだが、それ以上にその心情を憂慮していた。

 

「……シルキィ」

 

 その事を理解していたホーネットは、このような場所では滅多にする事の無い、親しい者達だけにしか見せない柔らかな微笑を向けた。

 

「貴女の心配は分かっています。けれど、やはりあの場所とは私が向き合いたいのです。あまり多くを巻き込みたくありません」

「……ホーネット様」

 

 シルキィは返事に窮して俯く。命令されるならともかく、そう柔らかい口調で言われると何も言えなくなってしまう。そしてそれ以上に彼女は、相手のその気持ちが理解出来てしまった。

 

 そんな二人の様子を見ていたガルティアは、ようやくある事実を思い出してぽんと手を打った。

 

「あー、そっかそっか。あそこがああなったのってホーネットの……あ、いや、何でもねぇ」

 

 発言の途中で、隣にいた魔人四天王からもの凄い目付きで睨まれたガルティアは、慌てて口を閉ざした。

 

 魔界都市ペンゲラツリーが廃墟になってしまった原因、それはホーネットに理由があった。

 ホーネットがその事で密かに気に病んでいたのを知っていたシルキィは、彼女をその都市に向かわせたく無かったのである。

 しかしその魔人筆頭は自分が原因だからこそ、自分一人で向かう事を決断した。

 

「ホーネット様が行く必要はありません。私が行きます……と言いたい所ですが、聞き入れてくれそうには無いですね」

 

 ホーネットは無言で頷く。その顔から決意は固い事を察知したシルキィは、小さく溜息をついて派閥の主たる魔人を見上げた。

 

「分かりましたホーネット様。私達はここで守備を固めます。……ただ、それでも最低限の魔物兵は連れて行って下さい。それと、万が一ペンゲラツリーにバボラ以外の魔人がいた場合は、必ず退いてください。いいですね?」

「えぇ、分かっています。私は派閥の主として、決して敗れる訳にはいきません。何かあったら撤退するので心配しないで下さい」

 

 そしてその後、ホーネットは数百人の僅かな魔物兵達を連れ、ペンゲラツリーに向け出発した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「行っちゃった。……やっぱり、私が代わりに行った方が良かったような……」

 

 魔人ホーネットが発った後のビューティツリーのテント内。

 未だにシルキィは悩み、憂わしげな表情でいた。そんな様子を見たガルティアは思わず口を開く。

 

「……なんかさ、シルキィ。お前ってホーネットの部下っていうより……」

 

 先程の二人の問答とその様子。

 あれは忠実な配下というより、まるで保護者かなにかのような。ガルティアの表情はそう言外に告げていた。

 

「……そう見えた?」

「ああ」

 

 はぁ、とシルキィは大きく息を吐き出して、自らの失態を隠すかのように両手で顔を覆った。

 

「……性分なのよ、これ」

 

 深く俯いてしまったその魔人の面倒見の良さ。それは彼女自らが言うように生来の気質で、特にホーネットの事は生まれた時から知っているという事もあり、シルキィにとってその魔人は単なる派閥の主というだけの間柄では無い。

 

 ホーネットは普段の振る舞いから堅物な魔人だと思われがちだが、親しい身内だけには穏やかで優しい本当の姿を見せてくれる。

 そんな時、シルキィはつい主従関係を忘れてしまいがちになるのだが、魔王城に居る時ならともかく、こんな場所でするべき態度では無い。

 そう心の中で反省した魔人四天王は、頭を振って感情を切り替えた。

 

「……さて、私達はホーネット様に言われた事をしないと。ここの防御を固めましょうか」

「はいよ。……こうなるとしばらく魔王城には帰れないなぁ。団子がそろそろ無くなりそうだし、ランスの奴、もっと送ってくれねぇかなぁ」

「貴方って本当にあの団子が好きね。……メガラス、貴方はいつも通り……」

 

 ──偵察をお願い。

 と口にしようとした時、シルキィはふとある事を思い出した。

 

(そう言えば、ランスさんに戦いが終わったら連絡するって約束してたっけ……)

 

 出発前、戦闘が終わったらすぐに帰れと言うランスに、シルキィはそのように約束していた。

 あの時に思った通り、やはり暫くの間魔王城には戻れそうにない。連絡位はしておいた方がいいと思った彼女は、メガラスに頼む事にした。

 

「メガラス。お願いがあるんだけど、一度魔王城に戻ってサテラやランスさんに戦いの顛末を伝えてきてほしいの。頼んでいいかしら?」

「………………」

 

 その魔人は事も無げに頷き、空に飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 


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