魔物界の中部、魔界都市サイサイツリーとビューティーツリーの両都市間にて勃発した、ホーネット派とケイブリス派の衝突に区切りが付いた頃。
所変わって魔物界北部にある魔王城では、ランスが相変わらずな日々を送っていた。
シルキィが前線に出撃した事により、日々のお相手の選択肢が減って少々ご機嫌斜めだったランスだったが、一転してここ最近は上機嫌だった。
その理由はつい先日、魔人サテラを上手く丸め込む事に成功したからである。という事で、ランスは今日もサテラで楽しむ事にした。
「うりゃーー!! サテラ、いるかーー!!」
「わぁ! なんだランス、いきなり大声で……って、わ、ちょ、何をっ!」
「決まってんだろ、セックスじゃーー!!
ばたんっとドアを蹴飛ばし、まるで暴徒のような勢いで部屋に乱入してきた男、ランス。
その魔人にとっての使徒であるその男は、そのままのノリで主の事を軽く抱え上げ、有無を言わせる事無くベッドの上に押し倒した。
「ら、ランスっ! ちょっと待て!! いきなりこんな……!!」
「おやぁ? サテラちゃん、君ってば約束を忘れたのかね? 俺様がシルキィちゃんにした事を全部していいって言ったよな?」
「ぐ、た、確かに言った……けどっ! 本当に、本当にこんなに何回もしたのか!?」
幾ら何でも多すぎやしないかと、突然の展開にドギマギしながらサテラが反論する。
先日彼女はランスの口車に乗せられ、シルキィにした事と同じ事を自分にして構わないと宣言してしまい、その結果ランスとの性交を受け入れざるを得なくなってしまった。
しかしその日からもう数日、両手の指では足りない程度に回数を重ねた。当初は一回二回で済むだろうと思っていた彼女にとって、こんなに繰り返し抱かれる事になるとは全く想定外だった。
「本当にシルキィとこんなに何度もしたのか? まさか嘘吐いてるんじゃないだろうなっ!」
「嘘など吐くか、本当にしたとも。シルキィはああ見えてエッチな子だからな。むしろ、あの子の方から何度も何度も俺様を誘ってきてだな……」
「……そ、そんな。シルキィがそんな……、信じられない……」
旧知の仲である魔人四天王、あの強くて真面目で優しい魔人の知りたくなかった裏の姿に、サテラは大いにショックを受ける。
とはいえ勿論シルキィがランスを自ら誘った事実は無く、完全に出鱈目な話であったが、しかし混乱するその魔人には判断が付かず。
ランスはシルキィとした事という建前で、一切していない事までサテラにさせていた。彼女はランスにさせられたあれやこれやを、シルキィが自分から求めたなんて想像したく無かった。
「そーだ、いっそ今日はサテラの方から誘ってもらおうかな。ほれサテラよ、ランス様とセックスがしたいですーって言ってみ」
「い、言えるか馬鹿!! そんな事っ!!」
「あん? なんだ言えないのか? シルキィちゃんなら言えるのになー。こうなるとやっぱりシルキィちゃんの使徒の方が……うむむむむ」
「く、く、くぅ~~~~!!」
相手の対抗心を巧みに揺さぶる、ランスお得意の実に卑怯な弁論術の前に、悔しげな表情で呻きを漏らすサテラ。
自ら男を求める言葉などとても恥ずかしくて口に出来ない。だが元々は自らが約束してしまった事で、口は災いの元であって覆水盆に返らず。
「………いい」
「あん? 何だって?」
「だから、その、……えっち、していい」
「……サテラ、お前それで男を誘ってるつもりか」
色気の無い片言のような誘い文句に、ランスはつい呆れてしまう。だが「これで限界だっ!!」と叫ぶサテラの恥じらい顔は中々に掻き立てられるものがあった為、及第点を付けてあげる事にした。
「ま、今後の成長に期待って事で。んじゃまぁサテラちゃんも乗り気なようだし、遠慮なくいっただっきまーすっと!!」
「う、うー……!」
獲物の同意を得たランスはきちんと一礼をした後、その服を脱がしに掛かる。涙目の魔人は唸るのが精一杯、抵抗など出来よう筈も無い。
そして上着が完全にはだけられ、いよいよその身体に手が掛かろうとしたその時、ふと何かの気配を感じ、サテラはちらりと入り口のドアの方を見る。するとそこに誰かが居た。
「ん? ……て、わーー!!」
「なんだ……ぐはッ!!」
サテラは大慌てて自分の上に乗っかっていたランスの顎をぶん殴り、その図体を蹴飛ばして横に退けると、すぐさま起き上がって衣服の乱れを直した。
「………………」
「はぁ……、はぁ……。ど、どうした、何かあったのか……メガラス」
そこにはちゃんとノックをして、しかし返答が無かったので仕方無くドアを開いた、魔人メガラスが立っていた。
突然サテラの部屋にやってきたその魔人の用事。
それは前線で起きたケイブリス派との戦いについて、その経過を報告しに来たとの事だった。
シルキィに頼まれて、占領下に置いたビューティーツリーから飛んできたメガラスは、戦いは終始ホーネット派が優勢に事を進め、ケイブリス派に拠点を放棄させて本拠地まで撤退させた事を告げた。
「ほー、やるじゃないか。あいつら」
「だから言っただろう。ランスの協力が無くってもサテラ達は勝てるって」
寝室のベッドの上から、居間にあるソファの上に場所を移した二人。
先程殴られた顎を擦りながら呟くランスの一方、味方の奮戦にふふん、と自慢げなサテラ。
「サテラ達はとっても強いんだ。ケイブリス派なんかに負けるもんか」
「つってもサテラよ、お前は戦ってないだろ。俺様とセックスしていただけじゃないか」
「う、うるさいぞランス! サテラは魔王城を守ってたの!!」
サテラは声を荒げて言い返す。派閥の仲間達が必死に戦っている間、自分はただランスと性交を重ねていただけとはちょっと考えたくなかった。
「そうだ、戦いが終わったって事はシルキィが戻ってくるって事か。今度は3Pってのもありだな、なぁサテラよ」
「そ、それはしないぞ!! そこまでするとは約束してないからな!!」
「何だとぅ?」
ここまで来てまだ往生際の悪いサテラを、さて何と言い包めて3Pに持ち込むか。
そんな事を考え始めたランスだったが、しかし続くメガラスの報告によると、それにはもう少し時間が掛かりそうだった。
「……つまり、シルキィちゃんは奪った拠点の防衛をするから、まだ帰ってはこないって事か。ぬぅ、つまらん」
「シルキィはホーネット派にとっての防御の要だからな。守備を固めたシルキィは凄いんだぞ」
「あぁ、確かにそれは凄そうだな」
能力的にも性格的にも、あの魔人四天王には守る事が似合っている。それはランスも同意する所であったのだが、それで魔界都市の防衛任務に就かれるのは少し困りものである。
「しかし、さすがにそろそろ魔王城に居るのも暇になってきたな。いっそハウゼルちゃんにでも会いに行くってのもありだな。何だっけ、キ、キト……」
「……キトゥイツリーだ。言っておくけど、ハウゼルだって暇じゃ無いんだからな」
サテラはじぃ、とランスを睨む。このまま抱かれ続けるのも困るが、別の魔人に興味を向けられるのもそれはそれで複雑な心境だった。
「けどなぁ……そうだ、ならホーネットはいつ帰ってくるんだ? あいつも何とかせんと……」
「そう言えばそうだな。メガラス、ホーネット様はいつお帰りになるんだ?」
「………………」
二人から派閥の主に関してを質問されたメガラスは、ホーネットは魔人バボラを追撃する為、ペンゲラツリーに向かった事を告げた。
「ペンゲラツリー? ……それって確か、魔王城のすぐ隣にある魔界都市じゃなかったか?」
「ランス、それはブルトンツリーだ」
「あれ? んじゃあホーネット派が今回奪った都市が……」
「それはビューティツリー」
「……ぬぅ」
サテラに度々訂正され、思わずランスはぽりぽりと頭を掻く。自分にとってどうでもいい事を記憶するのがとても苦手なその男は、魔物界の地理が中々把握出来なかった。
「なんか魔物界って似たような地名ばっかで、俺様よく分からん」
「ランス、お前……はぁ、全くしょうがない奴だ」
その記憶力の弱さ加減に呆れ、溜息を吐いたサテラがソファから立ち上がる。
そして収納棚に置いてあった魔物界の地図を取ってくると、それをテーブルの上に広げた。
「いいかランス、まずここ。魔物界の一番北にある魔界都市、それがアワッサツリー」
サテラはその指で、地図の一番上方にある拠点を指差す。
「この都市は一応魔王城から道が通っているけど、間にある光原を通る必要があるから行く事は滅多に無い。まぁここは覚える必要は無い」
「光原って雷が降っているあそこか。確かにあそこは通りたくねぇな」
うん、と頷いて、そのままサテラの指が少しだけ下方に下がる。
「で、ここが魔王城。その隣にある都市がブルトンツリー」
「ほぉ。こうやって見ると、魔王城って魔物界の中心じゃなくて大分北寄りにあるんだな」
再度頷き、そしてさらにサテラの指が地図の半分辺りまで下りてくる。
「ここがキトゥイツリー。ハウゼルがよく居る場所。で、その下がサイサイツリー、その隣がビューティツリーだ」
「確か、サイサイツリーとビューティツリーで対立してたんだっけか?」
「今まではな。今回サテラ達がビューティツリーを奪った訳だ。それで……」
サテラの指がそのまま地図を一気に下り、魔物界の南の端ぎりぎりにある拠点を指差す。
「ここがケイブリス派の本拠地、タンザモンザツリーだ」
「……なんか、ビューティツリーから結構な距離があるな」
「あぁ。だから、ケイブリス派は攻めて来るのに時間が掛かるが、こっちからタンザモンザツリーに攻めるのも難しい」
困った話だ、とサテラは息を吐いた。
「……ほーん。で、ホーネットが向かったペンゲラツリーってのは?」
「ペンゲラツリーはここだ」
中部にあるビューティツリー、そこから南西に伸びる道を通った先にある拠点をサテラが指差す。
「なるほど、ここか。……うん?」
「どうした?」
「……ぬぅ? う~~む……」
魔界都市ペンゲラツリーを地図上で発見したランスは、突然腕を組んで唸り始める。妙な違和感が彼の脳裏を掠めていた。
その男は普段の言動からするととてもそうは見えないが、以前JAPANで天下統一をした際には軍を率いた経験もあったりと、軍略について全くの素人では無い。そして何より、ランスには妙な所での勘の冴えがあった。
魔物界南西部にあるペンゲラツリー、その都市からは南北にそれぞれ二つ道が開いている。
北の道はビューティーツリーへと続いており、そして反対方向となる南の道が続くその場所。
「ここって、敵の本拠地のタンザモンザツリーから一本道で行けるじゃねーか。ホーネット一人が向かうのはちょっと危険じゃないか? 俺様なら……」
こういう所まで敵を誘い込んで、そして大勢で囲んでぼっこぼこにする。
そんな作戦を思い付いたランスだったが、すぐにサテラは首を横に振った。
「あぁ、それなら大丈夫。タンザモンザツリーからペンゲラツリーへの道は繋がってないからな」
「繋がってない?」
「うん。地図には書いて無いけど、ここ」
サテラの指が、両都市間の道の途中を指差す。
「ここに『死の大地』と呼ばれる場所がある。そこはあらゆる生物が死んでしまう場所で、その所為でこの道は誰も通れないんだ」
「怖っ。何だそりゃ」
「魔人でも身体を蝕まれる場所だ。それこそ人間のランスなんて多分あっという間に死ぬ。絶対に近づいちゃ駄目だからな」
興味本位で死の大地に行かれたら本当に危険な為、サテラは強めに釘を刺した。
「死の大地から風に乗って流れる死の灰の影響で、ペンゲラツリーの世界樹は枯れてしまったから、あそこはもう都市として機能してない。棲んでいる魔物も居ない筈だし、ホーネット様お一人で向かっても問題は無いだろう。なにより、ホーネット様は最強の魔人だからな」
「ほーん、なるほどなぁ……」
ランスはふむふむと頷き、サテラが説明したペンゲラツリーの詳細を吟味する。
そして。
「そか。なら問題ねーな」
ランスはきっぱりそう結論付ける。
そして久々に頭を働かせて疲れたのか、ぐぐっと腕を天井に伸ばした。
「しっかしあれだな。そうなるとシルキィもホーネットも戻ってくるのはまだまだ先って事か。……となると」
「……な、何だランス……まさか」
くるっと自分の方を向いたその男の目に、とても嫌な予感がしたサテラは距離を取ろうとする。
しかし、ランスの方が一歩早かった。
「サテラよ! お前にはまだまだ、俺様の相手をしてもらう必要があるみたいだなぁ!!」
「わぁ! ちょ、ちょっと!!」
元々今日はサテラを抱く予定。その事を思い出したランスは、獲物にがばっと飛び付いてそのまま高く抱え上げる。
そして先程のようにベッドに向かおうとすると、腕の中のサテラは真っ赤な顔でどたばたと暴れた。
「ランス!! メガラスが、メガラスが見てるからっ!!」
「……そういやお前、居たのか。もう帰っていいぞ」
ここに第三者が居たのを忘れていたランスは、虫を払うかのようなジェスチャーを見せる。
「………………」
相変わらずその魔人は無表情だったが、シルキィなどが見たら呆れた様子を察知したかも知れない。
ここまで散々魔物界を飛び回っていたメガラスは、自分もそろそろ休もうと、サテラの部屋を退出して自室に戻っていった。
◇ ◇ ◇
一方で、先程ランス達の話題となった、魔界都市ペンゲラツリー。
一歩一歩と大地を揺らし、地響きを鳴らしながらその都市への道を進んでいた魔人バボラ。
部下の魔物兵達の先導の下、その魔人はやっとペンゲラツリーへ到着した。
「バボラ様ー! ここが目的地です! ここで待機ですーー!!」
「お……」
足元から聞こえる部下の魔物将軍の大声。ようやく落ち着いて休める場所に着いたのだと知り、巨大な腰を大地に下ろす。
その巨体には裂傷や打撲痕の数々、魔人シルキィとの戦闘で負傷した全身はじんじんと痛みを訴えていたし、なによりバボラはここまで休み無しで歩いてきた為、そろそろ空腹が限界だった。
「まも、しょ……ご、はん……」
「食事ですねー! ちょっと待っててくださいーー!!」
世話役の魔物将軍が再度大声を上げる。主の要望に答える為、部下に食事の準備をさせようと思った所でふと気づいた。
魔界都市は常なら食料が豊富に溢れる場所ではあるのだが、ペンゲラツリーは木が枯れてしまっている為、この都市では食料を得る事が出来ない。
「……おい。ビューティツリーから食料は運んできたか」
「いえ、急いでいましたから……」
近くに居た魔物兵に尋ねてはみたが、半ば答えは予想していた。隊の実質的な指揮をとる自分がそのような指示を出すのを忘れていたのだ、魔物兵達が自発的にそんな気を利かせるとは思えない。
主の食事をどうしようかと悩んでいた時、一体の魔物兵が声を掛けてきた。
「……将軍。ずっと気になっていたのですが、何故我々はペンゲラツリーに来たのですか?」
「そんな事、ここが安全な場所だからに決まっているだろう」
「安全……? いえ、しかし……」
指揮官の言葉に耳を疑った魔物兵は、思わず都市の中心に生えている枯れ木に視線を向ける。
本来なら食料が豊富に取れるこの世界樹を枯死させたのは、ペンゲラツリーの南に発生した死の大地が原因。そしてその影響は、何もこの大樹だけに及ぶものでは無い。
「死の大地の灰はこの都市にも流れて来ます。ここに長く居ると、我々の身体にも障ると思うのですが……」
不安そうな声の魔物兵の心配は当然の事、魔人の身体にすら悪影響を与えるという死の灰を、魔物が長く浴びたらどうなるかは想像に難くない。
このペンゲラツリーに棲む魔物が居なくなったのは、食料が取れない以上にそれが理由だった。
「将軍、なるべく早めにここから移動した方が良いと思うのですが……」
「それは出来ん、我々はここで待機だ。大体移動と言ってもここから進めるのはビューティツリーに繋がる道だけだ。貴様は先程居た場所に戻る気か」
ペンゲラツリーから南北に伸びる道。それはすでにホーネット派の占領下にあるだろうビューティーツリーへの道と、もう一つは本拠地たるタンザモンザツリーへ繋がる道だが、その途中に件の死の大地が存在する。
あそこを直接通るなど、魔人ならまだともかくとして魔物の身では絶対に不可能。
そう考えて部下の言葉を撥ね付けた魔物将軍だったが、考えてみると自分でも疑問が浮かんだ。
何故自分達はペンゲラツリーにやって来たのか。他の隊と一緒にカスケード・バウに向かって、本拠地に戻るべきでは無かったのか。
(……だが、ここは絶対に安全の筈だし、ここで待機するのが我々への命令だ。……ん? そういえば、この命令は……)
いつ、誰に下された命令だったか。それがどうしても思い出せない。
そもそも部下の言う通り、死の灰が降りとても安全とは言い難いこの場所を、何故自分は絶対に安全だと確信を持つのか。
その辺りの事を悩むと、途端に頭の中に霞が掛かり、まるで頭が働かなくなってしまう。
これはまさか、すでに自分に死の灰の影響が出ているのだろうか。
そんな事を考えたその時、彼方より放たれた白色破壊光線によって、その魔物将軍は周囲の部下もろとも消滅した。
その魔法が放たれた地点には、魔人ホーネットが立っていた。