ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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VS 魔人バボラ

 

 

 

 死の大地の影響で廃墟となった魔界都市、ペンゲラツリー。

 その都市へ逃走した魔人バボラを追って、ホーネットの主も程なくして到着した。

 

 彼女はまず手始めにと、周囲にいたバボラの隊の残存兵達を片付けた。敵もこの場所には先程到着したばかりであって、未だ警戒心に欠けていた。

 先手を打って放った白色破壊光線により、その隊を指揮する魔物将軍が一番に討たれた事で、他の魔物兵達は錯乱状態に陥り、一掃するのに然程の時間は要しなかった。

 

 

 汗粒一つ流す事無く敵を葬った魔人筆頭は、顔を上に向けて遙か頭上となる相手の様子を見極める。

 バボラは地面に腰を下ろして膝を抱えて、何をするでもなく中空を眺めてぼーっとしていた。相手はまだホーネットが襲来してきた事も、部下の魔物将軍達が消滅した事も気付いていなかった。

 

 ならばとバボラから視線を外して、ホーネットは周囲の様子を一望する。沢山のテントなどにより雑多ではあるが賑わっている印象を受ける他の魔界都市とは違い、ペンゲラツリーは乾燥した大地に荒廃した景色が広がっていた。

 そしてその中心には枯れた世界樹がある。自分が原因で枯らしてしまった世界樹を見た時、ホーネットの心に刺さるものがあったが、とはいえ今は感傷に浸っている場合では無い。

 

(やはり、他の魔人は居ないようですね)

 

 見晴らす限り、バボラの他に敵の姿は無い。この都市は食料が取れないので滞在するには不向きで、何よりここには死の灰が及ぶ。

 死の大地から多少は距離があるとは言え、灰の効果はそれでも世界樹を枯らしてしまう程で、どんな悪影響があるか分かったものではない。

 故にこの都市での待ち伏せは無いだろうと思って来たのだが、やはり想像通りであった。

 

(しかし、となるとバボラは何故この都市に来たのでしょうか)

 

 あるいは自分達を誘い出す為かとも思ったが、違うのならバボラは何故この場所に来たのか。

 やはりガルティアの言った通り、ただ道を間違えただけなのか。この魔人の事だと決してあり得ないとは言い切れない為、その点は判断出来なかった。

 

(……今はその事は置いておきましょう。……それよりも)

 

 魔人筆頭が見上げるは、地面に腰掛けるバボラの壁のように巨大な足。その右脛の部分には刺傷があり、足だけでは無くその身体のあちこちには、魔人シルキィとの戦闘で受けた深い傷が残っている。

 

 魔人バボラは決して強い魔人ではない、それは他の魔人達皆にとっても周知たる事実。

 そして思考能力が弱くどんな命令にも歯向かわない。その為使い勝手の良い駒として、派閥間の戦いにおいては何度も前線に出現していた。

 

 つまりホーネット派にとってバボラは、決して強くは無いのに何度も戦った相手となる

 にも拘らず今までその魔人を討伐出来ていなかったのは、その巨体ゆえの高い耐久力と、臆面もなく逃亡するその逃げ足の速さが理由だった。

 

 しかし現在、バボラはシルキィとの戦闘によって負傷している。加えてここは死の大地とビューティツリーに挟まれたペンゲラツリー。およそ逃げ場となる場所は無く、今がこの魔人を討伐する絶好の機会に違い無かった。

 

(……あるいはバボラの判断力なら、死の大地の方に向かって逃げてしまう事も考えられますが……ならば、そうなる前に決着を付けるまで)

 

 ホーネットは連れてきていた魔物兵達に指示を出し、自分の魔法の影響範囲から下がらせる。

 そして鞘から剣を抜き、発動した魔法の効果を増幅する効果を持つ6つの魔法球を展開し、戦う時の格好となった彼女は敵の姿を正視した。

 

 

「……バボラ」

 

 自然とその名を呼び、派閥の主である魔人筆頭は数年前の事を思い出す。

 

 魔人バボラは派閥戦争が始まった当初、ホーネット派に所属していた。派閥へ勧誘した際、二つ返事で頷いてくれたのがその魔人だった。

 しかしその後、バボラはいつの間にかケイブリス派に寝返っていた。こちらの派閥の付く事となった時もそうだったが、この魔人の事だから深い考えがある訳では無く、恐らく敵の裏工作を受けて騙されるか何かして寝返る事になったのだろうと、ホーネット達は予想していた。

 

 ホーネットにとってその魔人は、一度は同じ派閥に属していた、自分達に味方してくれた魔人。

 

(……けれども、父上の遺命を果たす。それが私の使命)

 

 魔人筆頭たる自らの役目を全うする為には、魔王ガイの遺志に背くケイブリス派に属する者達は、誰であろうと討ち果たす必要がある。

 ホーネットは僅かに逡巡したが、覚悟を決めた。

 

 

 

「行きます」

 

 相手の耳に届く事の無い、その小さな呟きが開戦の合図。

 その声と共に、ホーネットの周囲に浮かぶ6つの魔法球全てが眩く発光し始め、その白の魔法球から白色破壊光線が放たれる。

 

 白い閃光は正面に聳えるその足を鋭く抉ったが、バボラはそれでも反応を見せない。その魔人はそれ程に鈍重であって、生じた痛みが極小の脳に届くのにも時間を要するのだ。

 結局バボラが異常事態に気付いたのは、その後放たれた赤色と青色の破壊光線によって、再度その足を貫かれてからようやくだった。

 

「ぐ、い、いでー……」

 

 地鳴りのように響く悲鳴を上げ、急激に痛み出した右足を両手で押さえたバボラは、一体何事かとその顔を足元に向ける。

 

 するとそこには、彼にとっては豆粒のように小さな何かが見えた。

 最初は何をしているんだろうと気になった。そうしてじっと見ていると、その小さな生物は溢れんばかりの輝きと共に魔法を放ち、自分の足を攻撃している事に気付いた。

 

「……あ、敵……だ」

 

 その豆粒は敵、右足に生じる激痛の原因。

 その事を理解したバボラは、建造物のように巨大なその腕を高く振り上げ、そして拳を握る。

 

「ん、……ぬぉ」

 

 そうして振り下ろされた拳骨は、まさに大地を打ち付ける巨大な金槌。都市全域に響こうかという轟音と共に、その勢いにより突風が吹き荒ぶ。

 そうして舞い上がった土煙が晴れた頃には、大地には大きな窪みが出来ていた。だが、

 

「……あたら、ない……」

 

 その超一撃は残念ながら目標を逸れていたのか、敵は変わらない姿でそこに居た。そして変わらず呪文を唱え、バボラの身体を的確に射抜いていく。

 

「ぐ、ぬ……ぬ」

 

 一度で駄目ならもう一度と、バボラは右の拳を固く握り締め、再度地面に叩き付ける。

 そして二撃三撃と、繰り返される度に大地は大きく揺れて、その都度小型のクレーターが出来上がるが、しかしホーネットには当たらない。

 さらにその魔人は回避するだけでは無く、振り下ろされる度にその巨拳を剣で斬り付け、バボラのからすると浅目ではあるが確かな傷が増えていく。

 

「ぬ、ぐぐ……、あたらない……」

 

 苛立ちと困惑が混ざったような呻きを漏らし、ならばと今度は両手を駆使して何とか小さな人影を潰そうと躍起になるが、それでも当たらない。

 

 ホーネットは魔法での戦いを主とするが、達人並の剣の技量を有する剣士でもある。身体能力も高く動作も俊敏、バボラの緩慢な動きから振り下ろされる、破壊力だけの拳など彼女にとって避けるのは容易であった。

 そして魔法の才をまるで持たないバボラは、魔法への耐性も弱い。地表にいる豆粒のようなそれを潰そうと悪戦苦闘する間も、ホーネットの強大な魔力によってその身体は削られていく。

 

「ぐ、ぬぅ~……」

 

 あまりに攻撃が当たらないので、困り果てたバボラはどうにか一撃当てようと考えたらしい。

 目標に対して今より正確な狙いを付けようと、その顔をぐっと地表に近づけて、そして目にした。

 

 

「……あ」

 

 ここでバボラはようやく、今自分が戦っている相手を正しく認識した。

 緑の長い髪、周囲の魔法球から強大な魔法を繰り出す魔人。そんな相手はこの魔物界に唯一人。

 

「ぐが……ほ、ホーネット……」

 

 その豆粒は敵派閥の主、魔人筆頭のホーネット。

 その事を理解したバボラは、考え事の苦手なその脳からすると奇跡的な速さである事に思い至った。

 

 これは勝てない。これは自分が到底敵うような相手では無い。決して戦っていい相手では無い。

 

「う、うぎ……に、にげ……」

 

 とても勝機など無いと悟ったバボラは、この都市で待機するという部下の魔物将軍の命令も忘れ、とにかくこの場から離れようと立ち上がる。

 

「やはり逃げますか」

 

 その足元、今まで口を開く事無く戦っていたホーネットがふと呟く。

 立ち上がる動作から敵の逃亡の気配を察知した彼女は、その足に狙いを集中して色とりどりの破壊光線を連発した。

 

「う、うぐ……」

 

 何条もの強烈な光に貫かれながらも、バボラはもう相手への対処をするのは完全に諦め、いつものように大股で逃げ始める。

 

 

 しかし一歩二歩と進んだ所で、

 

「ぐ、……がぁ……」

 

 遂にバボラの巨大な膝が折れる。逃げ足を止める為の魔人筆頭の集中攻撃が功を奏した形だ。

 シルキィとの戦闘の傷も癒えないまま、幾度もホーネットの魔法に穿たれたその右足には、もう力が入らなくなってしまっていた。

 

 それでも何とか逃げようと、痛む足に力を込めてどうにか立ち上がろうとした。しかし途中で力が抜けてしまい、バランスを崩したバボラはそのまま後ろに倒れ、それはもう豪快な尻もちを付いた。

 その衝撃により途轍もない地響きが起こるが、ホーネットは気にする様子も無く、地面に倒れたその魔人に魔法を放ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。

 

 バボラはろくな抵抗も出来ないまま、魔人筆頭の苛烈な攻撃に晒され瀕死となっていた。

 

 一見すると巨人と小人の戦い。その結果は火を見るよりも明らかでありそうだが、しかしその体躯の差を容易に覆すのがレベルと才能の差。

 バボラの身体は斬り刻まれていたり、炭化していたりや凍てついていたりと、ホーネットの突出した剣と魔法の才能を端的に表現していた。

 

「……い、だい……」

 

 その巨体を支えてきた両足は力なく伸ばされ、今なんとか動かせるのは両腕だけ。

 体中を襲う痛みで頭は朦朧とし、いつも以上に考える事が出来ない。困った時に自分に進む道を教えてくれる魔物将軍も、何処かに行ってしまったらしくその大声は聞こえてこない。

 

「ぐ、ぐ……」

 

 バボラの霞む両目に、絶対の上位者である魔人筆頭が徐々に近づいてくる様子と、その周囲の魔法球が光を放出し始める様子が映る。

 

 何とかこの場から逃げようと、魔人バボラは両腕を使って必死に這いずり、のそのそと動き出す。

 だがホーネットが意を決して放った必殺の魔法、六色破壊光線の光から逃れる事は出来なかった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ペンゲラツリーでの戦いは終わった。

 

 魔人ホーネットにより魔人バボラは討伐された。つい先程までこの場において途方もない存在感を放っていた、その魔人の巨体はもう煙のように消えて無くなっていた。

 そしてその代わりに、彼女の足元には小さい赤い珠、魔人の核となる魔血魂が転がっていた。

 

「………………」

 

 無言でそれを拾い上げたホーネットは、その金の瞳でじっと見つめる。

 

 リトルプリンセスが魔王への就任を拒んで始まった派閥戦争。その戦局の中では初となる快挙、遂に敵の魔人を討伐する事に成功した。派閥の率いてきた彼女の胸中に、少なくは無い感慨が溢れた。

 

 

「やりましたね、ホーネット様!」

 

 興奮した様子で近づいて来たのは、ベンゲラツリーまで連れてきていた配下の魔物隊長の一人。

 敵派閥の魔人を倒す事は、まだお互いの派閥で一度も成した事が無い。それを敵に先んじて達成したのだ、先の戦いでの勝利や、魔人ガルティアの恭順に加えて、これでさらに自派閥の勢いが増すだろう事は彼にも簡単に想像が付いた。

 

「えぇ、そうですね。これで……。しかし、まだ戦いが終わった訳ではありません」

 

 ホーネットは小さく息をついて内心の感情を静める。頭を切り替えて今後の行動を思案した。

 すでに時刻は夕暮れ。先の戦いが終わった後ビューティツリーに移動して、その後バボラを追撃する為急ぎベンゲラツリーまで移動した。そしてその後休み無く戦闘を行った為、自分は元より部下の魔物兵達の疲労の色も濃い。

 

(……この都市であまり長居はしたくありませんが、一泊位なら影響は少ないでしょうか)

 

 ペンゲラツリーには死の灰が流れてくるので、本音を言えば留まりたくは無い。

 しかし部下にここまで強行軍を付き合わせた以上、すぐに帰還するとはさすがに言えなかったホーネットは、今日だけここで休む事に決めた。

 

「明日にはここを出発するので、貴方達は身体を休めてください。私は……」

 

 辺りの偵察と何よりも自戒を込めて、自分の手により枯らしてしまった魔界都市、その内部を見て回ろうかと思ったホーネットだったが、

 

「いえ、ホーネット様もお疲れでしょう。周囲の警戒は我々に任せて貴女は休んで下さい」

 

 部下の魔物隊長にそう言われた。確かに自分の身体にも疲労が残っているし、それにバボラとの戦闘では結構な量の魔力を消費した。

 次の戦いがいつ訪れるかは分からない。その時存分に戦う為にも、彼女は部下の心遣いを受ける事にした。

 

「……そうですね。分かりました、私は休ませて貰います。貴方達も隊を分け、偵察と休憩を交代で行って下さい。いいですね」

 

 命令を受けた魔物隊長は、笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後ホーネットは、部下が用意したテントの中に入った。

 

 設置されていた簡易机の上に、普段戦闘の時には欠かさず装備している巨大な肩当てと剣を置く。そしてその傍に遂に勝ち取った一つの成果、バボラの魔血魂を並べた。

 装備を外すと気が抜けたのか、一段と疲労感が押し寄せてきた。仮の寝床は急拵えで、魔王城の自室のベッドとはその質も段違いであったが、横になるとすぐに眠気が訪れた。

 

 眠りに落ちるその最中。ホーネットは一度目を開き、そばにあった魔血魂、その赤い輝きを眺める。

 

(……これで一つ、前に進めました。必ず、使命を果たしてみせます。父上……)

 

 ホーネットの脳裏に敬愛する父の姿が浮かぶ。

 久々に思い出したその姿を僅かの間懐かしむと、そのまま目を閉じて彼女は眠りに付いた。

 

 

 

 ペンゲラツリーでの異変は、その時すでに始まっていた。

 

 

 

 

 

 


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