ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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ペンゲラツリーでの激闘

 

 

 

 

 魔界都市ペンゲラツリーにて、魔人バボラとの激闘を終えたその翌日。

 ホーネット派の主たるその魔人は、昼過ぎにテントの中で目を覚ました。

 

 簡易な作りのベッドから身体を起こしてすぐに、今がすでに昼を越えている事に驚き、そしてまだ眠気が残っているという事にまた驚いた。

 彼女は規則正しい生活を心掛けている為、普段ならこのような時間に目が覚めるという事は無い。腕を伸ばして自分の身体の調子を確かめてみるが、あまり良好なものだとは言えなかった。

 

(どうやら、バボラとの戦闘の疲労が予想以上に残っているようですね。それに……)

 

 ホーネットは自分の右手の指先を見る。するとそこに僅かに痺れる感覚があった。そして喉にも刺すような痛みがあり、自然と咳が出た。

 これらは疲労からくるものでは無く、恐らく死の大地から運ばれてくる死の灰による効果。まだ影響は微々たるものだが、魔人の自分でこれなら魔物にとってここは良い環境では無く、ここに棲む魔物が存在しなくなったのも頷ける話。

 

 やはり、この都市の現状を自分は知っておく必要がある。そう決めたホーネットは、身支度を整えテントを出て、少し辺りを散策する事にした。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 枯れた都市ペンゲラツリー。その内部はとても寂しい景色が広がっていた。

 

 魔界都市とは魔物界における大拠点であり、数十万から多い所では百万以上の魔物が棲んでいる場所である。

 本来ならこの場所にも所狭しとテントが並び、様々な種族の魔物が生活を営んでいる筈なのだが、この都市ではそのような姿は見えず、テントの残骸がぼろ布のように転がっているだけだった。

 

 ふとホーネットは真上を見上げる。すると魔物界特有の暗く不気味な色の空が視界に映る。

 魔界都市は中心に生えた巨大な世界樹が空を覆うようにドーム状の枝葉を作り出すため、普通なら内部から空を見る事は出来ない。上を向くと空が目に入るこの光景も、枯れてしまったこの都市ならではのものだった。

 

(これが、私が作り出した景色なのですね)

 

 数年前にこの近くで起こった戦闘、かの魔人との数日掛かりとなった大激戦。

 その際に発生した死の大地、あれは両者の強大な魔力が衝突した結果だと言われているが、詳しい発生原因は解明されていない。

 あの戦いの影響で死の大地が出来てしまうなど当然予想はしておらず、その意味では不可抗力とも言えるのだが、それでもホーネットにとって自分が原因である事実は変わらなかった。

 

 今まで幾度も思い、そしてまだ完全には薄れない自責の念を胸に、ホーネットはそのまま都市の中を当てもなく進む。

 そうしてしばらく歩いていると、ふいに開けた場所が遠目に映り、そこではペンゲラツリーまで同行させてきた配下の魔物兵達の姿があった。

 彼等は強行軍の疲れが出たのか、皆一様に眠っている。その場に居るのは連れてきた兵の半数。残りの半数は昨日指示しておいた通り、交代で周囲の警戒をしているのだろう。

 

(……皆の疲労はかなりのようですね。今日にはここを立つ予定ですが……)

 

 灰の影響を考えるとあまり長居したい場所でも無いので、未だ寝入る彼等を起こして出発するべきかとも考えたが、結局声は掛けなかった。

 もう少し休ませるべきだろうと思ったし、なによりもまだこの都市を見て回りたい気分だった。

 

 魔界都市は数十万の魔物達が住処に出来る程に広大であり、とても一日で全域を回れるような場所では無い。しかしせめて枯れた世界樹だけでも目に焼き付けて帰ろうと、ホーネットはペンゲラツリーの中央に向けて歩き始めた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから数時間後。

 

 枯れた世界樹にその手で触れ、そして都市の中心部から帰ってきたホーネットは、そろそろ自派閥の拠点に帰還する事に決めた。

 そこで先程部下達が居た地点まで戻り、未だに眠っている彼等を起こそうと声を掛けた時、その異変に気付いた。

 

(眠っている……? 違う、これは……)

 

 そばによって見てもまるで違和感は無く、眠る姿には何一つとしておかしな点は無し。

 しかし彼等には起きる気配が無い。どれだけ声を掛けても、どれだけその身体を揺すっても全く起きようとしないその様子に、ホーネットは部下の魔物兵達の身に起きている事態を把握した。

 

 恐らくこれは眠っているのでは無くて、何らかの原因によって眠らされている。

 

「……まさか」

 

 あの魔人がこの近くに居るのか。そんな考えがホーネットの脳裏を掠める。

 考えてみれば自身にも少し妙な眠気がある。連日続いた戦闘による疲労の影響だと思っていたが、あの魔人の能力の所為だというなら納得出来る。

 あの能力は受ける者の強さによって効果に違いがある為、自分のような魔人であればある程度抵抗出来るものの魔物兵にはどうしようも無い。一度眠らされてしまうと、彼女の意思によってしか目覚める事は出来なくなってしまう。

 

(しかし、彼女は確か……)

 

 この魔物兵達を眠らせたと思わしきあの魔人は、どちらの派閥にも属していない筈。そして周囲の者を眠らせてしまう彼女の体質は、彼女自身にも制御出来ない力だと聞いている。

 だからまだこの事が、あの魔人の意図したものなのかどうかは分からない。偶然にこの近辺に居て、偶然にその効果が発揮されてしまっただけだという可能性も大いに有り得る。

 

 しかしホーネットには何故か、これが自分達を害する目的であるという強い予感があった。

 

(……いずれにせよ、この都市の近くに居るのなら会う必要がありそうですね)

 

 敵であるのならば尚の事、そうで無くとも部下達に掛けられた永遠の眠りを起こしてもらう為、その魔人とは一度接触する必要がある。

 

 そう考えて、歩みだそうとしたその時。

 

 

「────ッ」

 

 突如途轍もない閃光。弾かれたように振り返ったホーネットの瞳に紅い光が映る。

 遠方より放たれたそれは都市の中心に生えた枯れ木に衝突し、ゴオン、と重い鐘を突いたような音を鳴らした。

 その光線、その魔法の熱量は凄まじく、枯れて尚巨木の様に聳える世界樹はあっという間に燃え広がり、松明のように辺りを照らし始める。

 

(今の光には……見覚えがある)

 

 その身を走る戦慄と共に、自然と拳を握る。彼女にとっては忘れる筈も無い、その記憶に深く刻まれた以前の激闘の記憶。

 先程の光の正体は死の大地を作り出す原因となったもう一体の魔人の必殺の魔法、ミラクルストレートフラッシュの輝きだった。

 

 この都市の近くにもう一体、部下を眠らせた魔人とは別の魔人が居る。その事実を冷静に認識しながらも、ホーネットにはある疑問が生じていた。

 

(一体何時からペンゲラツリーに? 昨日の時点で居たのなら私とバボラの戦闘に加わらないのは不自然ですし、それに先程光が放たれた方向は……)

 

 光の発射地点。つまりその魔人が居ると思わしき方角には件の場所がある。そこまで考えた時、ホーネットは一つの可能性に思い至った。

 

(まさかあの場所を、死の大地を越えてきた……? そんな事が……)

 

 可能なのか。そう思いもするが、しかし目この現状を説明するにはそれが一番妥当に思える。なにせあの魔人は普段から言動や思想が理解不能な相手、自殺行為とも思える無茶な事だってやりかねない。

 この都市繋がる道は南北にしかないし、仮に北の道であるビューティツリー方面から来たのなら、昨日同じ道を通った自分が近くに居たその相手に気付いていた筈。ホーネットには死の大地を踏破するという道以外に、この魔人がこの都市に来る方法が思い付かなかった。

 

(……しかし、それでも部下達には周囲の警戒を命じていた筈)

 

 万が一に備えて連れてきた魔物兵達に昨日、交代で見回りをするよう指示を出した。

 何故この距離まであの魔人が接近する事を許したのか。そう考えたホーネットだがその疑問にはすぐに答えが出た。都市内部で眠る魔物兵達と同じように、警戒任務を行っていた魔物兵達もすでに眠らされているのだろう。

 

(……恐らくはそちらが本命なのでしょう。だとしたら……)

 

 ホーネットは一度その瞳を閉じ、小さく息を吐いて気を落ち着ける。

 二体の魔人の動きが連動している所から、これは偶然や気紛れは無く周到に準備された奇襲に違いない。という事は、あの魔人はケイブリス派に参加したのか。あるいはバボラがこの都市に来たのもこの事が関係しているのかも知れない。

 

(……いいでしょう。向かってくるというのなら、相手になります)

 

 策に嵌った実感はあれど、しかし魔人筆頭たる彼女に動揺は無い。

 片方の魔人は直接の戦闘力は持たない。そして片方の魔人とは今まで何度も引き分けている、ならば今回も同じように対処すればいい事である。。

 多少の疲労と魔力の減り具合、そして頭の中に若干の眠気はあれど、戦闘に支障など無い。

 

 ホーネットはしっかりと目を開き、剣を構えると共に魔法球を展開して臨戦態勢に入る。

 まだその視界に敵の姿は映らず、その耳には枯れ木がバチバチと燃え続ける音だけが響いていたが、それでも次第に微かな足音が聞こえてきた。

 その音は徐々に大きくなって彼女に敵の接近を知らせるが、近づくにつれ違和感を覚えた。

 

(足音が、多い……?)

 

 その音の量は明らかに一体のものでは無く、少なく見積もっても数十体分の音が混じっていた。

 向こうも魔物兵を連れて来たのかとも一瞬考えたが、しかし魔人の身ならまだともかく、魔物兵が死の大地を踏破する事が現実に可能なのだろうか。

 

 彼女が抱いたそんな疑問はすぐに解消した。近づいてきていたのは魔物兵ではなく、青い髪の女性の外見を持つ機械の一団であった。

 

(あれは確か……)

 

 あの魔人が作り出した機械の兵士達だと、ホーネットの思考が及ぶまでも無かった。

 何故ならその集団の中心に、その魔人は隠れる事なく姿を晒していた。

 

 

「やぁホーネット。久しぶり」

 

 白い髪で片目を隠し、背格好は人間の少年の様に見えるが、病的な印象を受けるその外見。

 

「……えぇ。久しぶりですね、パイアール」

 

 魔人パイアール。

 奇知の科学力を駆使する魔人が、自らが作り出したPシリーズと呼ばれる機械人形の集団と共に、ホーネットの眼前に現れた。

 

 

「パイアール。貴方は死の大地を越えてここまで来たのですか?」

 

 敵派閥の魔人を前にして、ホーネットはその事だけは尋ねずには居られなかった。

 この魔人は今まで戦争に積極的では無かった。死の大地を踏破するなどという無謀な真似をしてまで、自分の前に立ちはだかるとは想像が出来なかったのだ。

 そんな彼女の心情は、先程の問い掛けで相手にもしっかり伝わっていたらしく。

 

「……まぁ、ね」

 

 戦いなどよりも研究だけをしていたかった彼は、とても嫌そうな表情で呟く。

 

「だって、ケイブリスの奴が戦え戦えってうるさいんだもん。全く、この前衛星兵器を作ってやったっていうのにさ。……そうそう、急ぎで作ってみたけど、意外と役立ったのかな、これ」

 

 そう言ってパイアールは、その手に持っていたマスク状の物を放り捨てる。

 ホーネットにそれの詳しい仕組みは想像出来なかったが、恐らくそれの何かしらの効果によって、死の灰の影響を軽減したのだろうという事だけは理解出来た。

 

 その魔人の周囲には彼がある女性を模して作ったロボット、PG軍団がずらりと並んでいる。

 魔人パイアールは直接の戦闘能力を殆ど持たないが、代わりに機械や兵器を造り出す能力に長けている。しかし、そうした機械達に魔人の無敵結界を破る事は出来ない。

 にも拘らずその姿を晒している以上、必ず何か勝算がある筈。ホーネットはそう考え、その勝算の最たるものだろうかの魔人について尋ねた。

 

「パイアール。ここに来たのは貴方だけでは無い筈です」

「ああ、あいつの事? あいつなら……」

 

 パイアールは少し離れた場所を指差す。

 まさにそのタイミングで、焼け落ちていた巨木の枝の陰から巨大な機械が出現した。

 

 それは古き時に魔を討つ為に作り出された、魔人にも匹敵する強さを誇る闘神と呼ばれる兵器。

 その内の一体に寄生しているその魔人は、本体となる紅い目玉をぎょろぎょろと左右に動かし、そしてホーネットの姿を捉えた。

 

「……おォー、ホーネットぉー」

「……レッドアイ」

 

 寄生能力を持つ宝石の魔人、レッドアイ。

 魔人筆頭にとって因縁深いその魔人は、探していた獲物を発見した歓喜を示すように、その名の通りの赤い瞳を歪に歪ませた。

 

「けけ、けけけケケケ!!! ついにユーの最後ね!! ダイ・オア・ダーイッ!!」

「………………」

 

 レッドアイの特徴的な口調には、溢れんばかりの喜悦が混じっていた。ホーネットはそれに沈黙で答えながら、頭の中では現状を冷静に判断していた。

 

 今、ペンゲラツリー内には恐らく三体の魔人が存在し、自分の事をとり囲んでいる。

 一体の魔人が魔物兵達の警戒網を無力化し、その間に別の二体が死の大地を踏破する荒業を駆使して奇襲を仕掛ける。非常に強引な手であり、配下の身を案じないケイブリスらしい手だとホーネットは思った。

 

 しかし闘神に寄生してその力を自在に操れる上に、自身も強大な魔法力を持つレッドアイはともかくとして、残りの二人は戦闘には向かない魔人。三対一だからと言って、必ずしも敗北すると決まった訳では無い。

 

 

(けれど、これはもしかしたら……)

 

 まだ戦える。

 そう思う気持ちがある一方で、ホーネットの脳裏にある嫌な予感があるのも確かだった。

 

 元よりこの都市に来る前、配下たる魔人四天王に危機が迫ったら撤退する事を約束した。派閥の主たる自分が敗北したらこの戦争は終わってしまうし、ひいては父の命令を果たす事は出来なくなる。

 勝算は無い訳では無く、戦ってみなければとも思いはしたが、しかしここは意地を通す場面では無いとすぐに判断した。

 

(兵達を置いて行くのは、気が引けますが……)

 

 未だ目覚めていない魔物兵達、彼らはこのままなら間違いなく殺される事になるだろう。

 しかしあれは通常の睡眠ではない。敵意を持ったあの魔人に眠らされたのなら二度と目覚める事は無く、それはすでに死んでいるのと半ば同じ事。

 ホーネットは感傷を振り切って、派閥の主としてこの場から撤退する事を決断した。

 

 そうと決めた魔人筆頭の動きは迅速で、即座にパイアールとレッドアイに背を向けて駆け出す。

 だがそうして少し進んだ所で、彼女その違和感に気付いた。

 

 目の前には何も無い。松明のように燃える枯れ木に照らされる。ペンゲラツリー内の景色だけが広がっている。

 だが何故か息を飲み込む事すら難しいような、途方も無い圧迫感がある。

 彼女はこの感覚に覚えがあった。

 

(あぁ、これは……)

 

 逃げようとしていたその足が止まる。

 そして先程の予感通りに、この現状が絶望的だという事を理解した。

 

 時刻はすでに夜。元から暗い魔物界の空は完全なる暗黒となり、辺りは深い闇に包まれている。

 そしてその闇こそ何よりの強敵だった。

 

 ホーネットは深い息を吐き出すと共に、撤退するという考えを頭から捨てた。この時間帯にこの魔人から逃げ切る事はおよそ不可能に近いからだ。

 

 そして目の前の暗闇に対して、その名を呼んだ。

 

 

「……居るのですね、ケッセルリンク」

「気付いたかね」

 

 何処からか声が聞こえ、魔人筆頭の眼前に周囲の闇が集まり徐々に輪郭を作っていく。

 紳士然とした態度に、額にはカラーと呼ばれる種族である事を示す宝石。

 魔人四天王、ケッセルリンクがそこにいた。

 

 派閥内のNO,2である魔人四天王。彼を含む四体の魔人による死の大地を踏破してのペンゲラツリーへの強襲作戦。

 それが魔人筆頭であるホーネットの事を確実に打ち取る為に、ストロガノフとケイブリスが考えた作戦だった。

 

 

「……ケッセルリンク。貴方がこのような手段に出るとは、率直に言って驚きました」

「ああ。この作戦で戦いが決着するからと、大元帥から直々に懇願されてね。仕方無く付き合う事にしたよ。このような不毛な身内争い、長く続けるべきでは無いからね」

 

 戦場にあっても優雅な所作で、ケッセルリンクは一歩一歩近づいてくる。

 そしてその真紅の瞳を向けて、彼がここに来た本当の理由となるその言葉を発した。

 

「以前にも言ったが改めて言おう。……降伏したまえ、ホーネット。その方が貴女の為だ」

「ケッセルリンク。以前に言った通り、それは出来ません。ガイ様の遺言を守る事。それが私の全てですから」

 

 ホーネットは魔法球を輝かせ、剣の切っ先を相手に向ける。

 その姿に、ケッセルリンクは僅かに目を伏せた。

 

「まぁ、そう言うとは思っていたよ。……では、少し手荒になる。覚悟はいいかね」

 

 ケッセルリンクがゆっくりと手刀を構える。

 ホーネットの背後に、パイアールとレッドアイが迫る。

 

 戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「研究の邪魔だしさ、さっさとやられてよ。ホーネット」

 

 パイアールの合図により、彼の作り出したPG軍団の左肩が銃器の形に変形し、一斉に射撃攻撃を開始する。

 その弾丸は無敵結界に阻まれホーネットには効かないものの、彼女の周囲に浮かぶ6つの魔法球が貫かれる。魔法増幅器の約割を持つ魔法球を失い、その身に纏う魔法力が低下する。

 

「け! け! け! メイクドラーマー!!!」

 

 大袈裟な掛け声と共に放たれたのは黒き閃光。

 レッドアイがその身に秘める凶悪な魔力を練り上げ、闘神の指先から黒色破壊光線を発射する。

 

「ッ……!」

 

 合わせるように放たれたのは白き閃光。

 ホーネットも負けじと白色破壊光線を放ったが、その白い光は黒い光に飲み込まれていく。

 

 以前まで互角に打ち合えていた相手。しかし魔法球を欠いた上に昨日の戦闘の影響が尾を引き、魔人筆頭は万全とは言い難い状態であった。

 ホーネットの放つ魔法は普段よりも頼りなく、徐々にレッドアイの強大な魔法に押されていく。

 

 そしてレッドアイの魔力が一気に収縮した次の瞬間、その魔人の必殺の魔法ミラクルストレートフラッシュが放たれる。

 この魔法にはホーネットも自身の必殺の魔法で応じなければならないが、魔法球が無いと六色破壊光線を撃つ事は出来ない。

 

「く、うぅ……ッ!」

 

 それでも瞬間的に魔法バリアを張り、驚異的な反射で身を躱したが、至近距離で放たれた光を完全に避ける事は叶わず、魔法バリアを貫いた赤い閃光がその身を焼く。

 

「もう諦めなさい。敵わない相手であると、貴女なら理解出来るだろう」

 

 畳み掛けるようにケッセルリンクが迫る。

 周囲の闇と同化し、何時何処から現れるかも読めない、魔人四天王の爪による目にも留まらぬ斬撃が、その躰を幾度と無く切り裂く。

 

(負けられない……!)

 

 敵の魔人四天王に言われるまでも無く、頭の冷静な部分で勝ち目は薄いと理解はしていた。しかしホーネットはそれでも抵抗を止めなかった。

 ケッセルリンクの攻撃を必死に躱し、パイアールに向けてどうにか魔法を放ち、レッドアイの本体に一か八か斬り掛かる。

 

(わたしは、負けられない……! 父上……!)

 

 彼女は派閥の主として、一人の魔人として、限界まで魔力を振り絞り、最後まで剣を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてペンゲラツリーでの戦いは終わり、一人の魔人が地に伏していた。

 すでにその意識は無く、その身体のあらゆる箇所には酷い火傷の後や深い切り傷など見え、その美しい様相は見るも無残なものとなっていた。

 

 

 魔人ホーネットは敗北した。

 

 

 

 

 


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