ホーネット救出作戦
ホーネット派の主、魔人ホーネットは敗れた。
そして派閥の主を人質に取られた事で、残された者達にはもはや降伏するしか術が無かった。
しかしそんな状況に置かれてもランスは決して諦めず、どうにか出来ないかと考えに考え抜いた所、一つだけ思い付く事があった。
その一発逆転とも言える閃きに賭けて、ランス達はすぐに魔王城を出発した。
そして数日後、一行は人間世界にあるゼス王国、その首都であるラグナロックアークの王宮に到着していた。
ランスの着想を元にして完成した、魔人ホーネット救出作戦。
その内容を大まかに言ってしまえば、それはとても簡単な話。
敵に人質を取られて身動きとれないのなら、こっちも敵の人質を取ってしまえばいい。
そんな訳で、ランスがこのラグナロックアークにやって来た目的は一つ、ケイブリス派に対しての人質となり得るあの魔人、魔人四天王カミーラの開放が目的だった。
「あれがどれだけ危険な魔人か忘れたの!?」
眦を吊り上げながら怒鳴るのは、この国の王女であるマジック・ザ・ガンジー。
ゼス王宮にランスが訪ねてきたという知らせを受けて、すぐさま彼女はすっ飛んできた。
今回のランスの訪問目的、それはきっと自分やランス、ひいてはゼス王国の未来にも大きく関わる、あの件の事が理由なのだろう。
そう考えたマジックは内心に歓喜を秘めていたのだが、到着して早々にランスからその目的を聞いて以降、二人の間で激しい口論が起きていた。
ランスの目的は魔人カミーラの封印を解く事。数年前この国に甚大な被害を与え、国家の総戦力を動員してようやく退治する事に成功した。
そんな危険な存在を有ろう事か魔人を救出する為に開放するなど、マジックにとっては正気の沙汰とは思えなかった。
「別に、忘れちゃいない」
「だったら……!」
「けど、それでも必要な事だ。そもそもあいつを退治したのは俺様だ、ならそれを俺様がどうしようと勝手だろ。分かったらとっとと道案内をしろ」
ランスの声色は普段のそれより固く、その接し方も何処か淡白なもの。
敵から届いた書状には、とっとと降伏しないと人質の命は無いと書かれており、あとどれだけ時間的な猶予が有るか分からない。
その事への切迫感が影響していたのだが、そんなランスの態度が余計にマジックの気を尖らせ、二人の口論は平行線を辿っていた。
「大体、魔人を助ける為って何!? 何でそんな必要があるのよ!」
「だーから、それもさっき説明したろ。必要な事なんだよ」
何度も同じ事を言わせるなとばかりに、ランスは口をへの字に曲げる。
彼はちゃんと説明した気分でいたのだが、実際には「俺様の女の危機だから」としか伝えておらず、それで相手が納得する筈が無かった。
「ちょっと、親父もなんとか言ってよ!」
幾ら言っても聞かない相手に苛立ち、マジックは父親にもランスを説得するよう促す。
「……ふむ」
皆から少し離れた場所で事の成り行きを見守っていた巨漢、マジックの父親であり現在形式上のゼス国王、ラグナロックアーク・スーパー・ガンジー。
彼は普段のような友好的なものとは違う、国王としての厳格な眼差しをランスに向けたが、ランスはそんなガンジーを思いっきり睨み返した。
「おいガンジーよ、なんだその目は。ゼスは俺様に大きな借りがあるはずだろう。俺様の言う事が聞けないってのか」
「……ウルザよ、お前はどう思うのだ?」
ランスから視線を外したガンジーは、その背後に居たウルザに目を向ける。
話を振られた彼女は一度だけ瞼を瞑り、強く悩む素振りを一瞬だけ見せたが、ここに来るまでにすでに決意は済ませていた。
「……ランスさんの言う通りにすべきだと思います」
「ウルザ!?」
ランスの無茶な行動を止める所か、その味方をするウルザの姿にマジックが驚愕する。
ウルザとてマジック同様、あの魔人を開放する事については強い抵抗感が有る。何も知らなかったら間違い無く反対していただろうが、しかし彼女はランスからこの先起こり得る未来の話を聞いている。
世界規模で起こる悲惨な戦争。それが今ならまだ瀬戸際で食い止める事が出来るかもしれない。それには非常に不本意ではあるものの、ランスの考えた手段しかないだろうと聡明な彼女は理解していた。
「……マジック様。詳しく事情を話すと長くなるのですが、私達が救出しようとしている魔人は……」
「いや、それは後でいい。今は急ぎなのだろう。誰か、ランス達を永久地下牢に案内しなさい」
「ガンジー王……宜しいのですか?」
「ああ。ウルザよ、私はお前にランスに協力するよう命じた。そのお前がそう判断したのなら構わん」
ガンジーは諸々の事情から、ランスが人類を救う英雄であると信じている。そしてなにより、ウルザがゼス国の益にならないような選択をする筈が無いと理解していた。
「ふん、最初からそーすりゃいいんだ。よし、とっとと行くぞお前ら」
ランスは魔王城から同行させた仲間達を連れ、永久地下牢へと向かった。
「……ていうかランス。せっかく来たなら、スシヌにも会っていってよね」
「スシヌ?」
誰だっけそれ? と馴染みの無いその名前に、ランスは顔に疑問符を浮かべる。
それはゼス王国にとってここ最近一番の慶事であり、ランスがゼスを訪れた目的だろうとマジックが勘違いしていた内容。
彼女は若干の照れを隠すように、そっぽを向きながら答えた。
「……私が産んだ、ランスの子供」
ぴきり、とランスの身体が硬直した。
マジックに子供が出来た事は前回の経験もあるので当然知ってはいたのだが、それでも色々な意味でランスは子供というキーワードに弱かった。
「そ、そうだな。……まぁ、あれだ。今は急いでるから、また今度な!」
「あ、ちょっと! ……もうっ!」
ランスは逃げ出した。
◇ ◇ ◇
首都ラグナロックアークの地下に作られた巨大な迷宮、永久地下牢。
この迷宮は魔法大国ゼスの叡智によって、建物全体が封印の役割を果たす様に設計されている。その力はとても強大であり、人間の身ではまるで歯が立たない魔人をも封じる事が可能となっていた。
「……まだ着かんのか。前々から思ってたがこの迷宮は長すぎるぞ」
「……あ、居ましたよ。ランス様」
長大な地下迷宮を抜けて辿り着いた最奥の間、そこにその魔人は封印されていた。
魔人四天王カミーラ。LP4年に発生した魔軍によるゼス王国侵攻。その際にランス一行に討伐されて以降、その魔人は永久地下牢に封印されていた。
元プラチナドラゴンの魔人であり、世にも稀な女性体のドラゴンという特殊性を有しているが、それよりも重要なのは敵派閥の主、魔人ケイブリスが彼女を恋い慕っているという点である。
前回の時にランスはサテラからそんな話を聞いており、その事を土壇場で思い出した。そしてこれから行うケイブリスとの交渉の重要なカードにする為、カミーラに会いに来たという訳だった。
「ようカミーラ。久しぶりに会いに来てやったぞ、元気にしていたか?」
「……ランス、誰かと思えばまた貴様か。……再び、私を辱めに来たのか?」
地下牢に張り巡らされた結界の力により、カミーラは満足に身体を起こす事も出来ないのか、床に寝そべったままの格好でランスの事を睨む。
「ふむ、そんなとこだな。一応言っておくぞカミーラちゃん、俺様の女になれ」
「……………」
彼女は何も答えず、唯一動かせるその首を背ける事で否定の意思を示す。
自分の手で退治した魔人カミーラとセックスする為、ランスはこの迷宮を何度か訪れている。そしてその度に自分の女になれと迫ってはいるのだが、しかし返答は決まって同じだった。
彼女にとってランスは自分を打ち破った相手であり、その後何度も屈辱的に性交渉を受けた相手である。そんな相手に靡く理由など無く、その事はランスもいい加減理解していた。
「ちっ。まぁ予想はしてたけどな。……んじゃあ遠慮無く、びりびりーっと!」
ランスは当初の計画通り、手に持っていたハサミでカミーラの衣服を容赦なく切り刻む。
胸や太腿などその魔人の白い素肌が晒され、しかし大事な部分はぎりぎりで見えない、なんとも絶妙な裂き方であった。
「うむ、エロいな。これでよしっと。んで次は……」
そして魔剣カオスを腰から引き抜くと、その剣先をカミーラの喉に突き付ける。
その身に纏う無敵結界が切り裂かれ、魔剣の刃が微かに肌に触れて薄く血が流れた。
「う、うぐぐ、刺したい刺したい。心の友よ、もうちょっと腕を前に……!」
「貴様……私を殺すつもりか」
「俺様は可愛い子は殺さんっての。……よしおーけーだ。かなみ、撮れ」
「う、うん」
二人のそんな光景を、傍に居たかなみがその手に持っていたカメラで撮影した。事前の打ち合わせ通りランスの姿は映らないよう慎重に。そのカメラはインスタントなのかすぐに写真が完成した。
そこに写るのはぼろぼろの姿で横たわり、喉元に魔剣カオスを突き付けられた魔人カミーラ。現像された写真を見たランスは、これを敵に送り付ければさぞ愉快な事になるだろうと満足気に頷いた。
「ほうほう、良く撮れてるな。んじゃウルザちゃん、後は頼む」
「えぇ、こちらの準備はすでに出来ています。メガラスさんに渡して来ますね」
写真をランスから受け取ると、ウルザは足早に永久地下牢から出て行く。
彼女が挙げたその名前、魔人メガラスは外見上の問題から人混みの多い首都に入らず、ラグナロックアークの外れで待機をしている。
ランスの閃きにウルザ達が概要を肉付けしたこの作戦では、ある機械と共に今撮られた写真を、敵の本拠地タンザモンザツリーまでメガラスに運んで貰う計画になっていた。
「さて、それじゃあこっちも準備しないと。やるぞシーザー、手伝え」
「ハイ、サテラサマ」
永久地下牢の奥まで同行していた唯一の魔人、サテラがカミーラの前に立つ。
そしてシーザーがその手に抱えていた荷物を下ろし、二人である準備をし始める。
「……サテラ? 何故お前がここに……」
「ふん。うるさいぞカミーラ、黙ってろ。……えーと、これをこうして、こっちは……」
カミーラの言葉を無視して、サテラはいそいそと作業を続ける。彼女の手によりカミーラの身体中には、生物の触手のような気色の悪いケーブルがあちらこちらに繋がれていく。
サテラがカミーラに対して施しているもの。それは、魔人を拘束する為の特殊な結界。永久地下牢と同程度の封印の効力があり、かつ拘束したまま対象を動かす事が出来る程にコンパクトな物である。
カミーラを開放する為にはこの地下牢の外に出す必要があるのだが、そうすると当然彼女の拘束も解けてしまう為、人質として利用する事が出来なくなってしまう。
魔王城にてホーネット救出作戦を早急に計画していた際、この問題をどうしようかとランス達が悩んでいた所、ならば宝物庫にあるあれを使えばどうかとシルキィが提案したもので、現在ホーネットを拘束しているものと同じ代物であった。
「……うん、こんなものかな。出来たぞランス」
「おう、ご苦労。なぁサテラ、一応聞くけどこれって気合で外せたりとかしないよな?」
「……ランス。これはホーネット様でさえ拘束するものだぞ。気合でどうにか出来るなら、とっくにホーネット様は逃げ出している筈だ」
これは魔人筆頭でさえ拘束する魔物界屈指の封印アイテムであり、魔人四天王に対抗出来るようなものではない。
サテラのそんな言葉にそれもそうかと頷くランスだったが、その話を聞いていたカミーラは事の経緯を察した。
「そうか、ホーネットはケイブリスに捕まったのか」
「……ああ。だからカミーラ、ホーネット様を取り戻す為に、お前にはケイブリスに対しての人質になって貰う」
「成程……。それで、これか」
封印の為に自分の身体に繋がれたケーブルに、カミーラはちらりと目線を向ける。
「それはさすがのお前にもどうにも出来ないだろう。抵抗しても無駄だ」
「……抵抗などしない。好きにしろ」
「……カミーラ、何かお前……」
サテラは思わず首を傾げる、どうにもカミーラに覇気が無い。この魔人はもっと尊大でプライドが高い印象を持っていたサテラは、今の変わり様に引っ掛かりを感じていた。
その一方でランスは全く別の事を考えていた。
(うーむ。やっぱこいつ美人だな。それに今の格好はとてもエロい)
地面に横たわったまま、先程の写真撮影により衣服が切り刻まれ、身体のあちこちに封印の為の触手のようなものが繋がれている今のカミーラの姿は、非常に扇情的でランスの興奮を誘うものだった。
今実行しているホーネット救出作戦の内容は人質交換である為、全てが予定通りに話が進めばカミーラはケイブリス派に開放される事になっている。
しかしその魔人をじっくりと眺めていたランスの脳裏に、じわじわと葛藤が生じてきた。
(……ホーネットを救出する為とはいえ、ちょっと勿体無いような……)
魔人カミーラは現状自分の女になる気配など欠片も見えないが、それでもランスに諦めるつもりは無い。いずれは自分のものにする予定であって、彼女に対して何も執着が無い訳では無かった。
(だがなぁ、こいつ俺様の言う事聞きやしねーしな……)
ランスはしかめっ面を作り、どうしたもんかと腕を組む。
以前よりその姿に覇気は無くなったものの、魔人四天王としての力は健在であり、さすがのランスも封印が無い状態ではカミーラにちょっかいを出す気にはならない。
この魔人が危険な魔人だという事は、マジックに言われるまでもなくランスも当然理解しており、自分の女に出来ない現状どうにも扱いに困る相手であった。
「なぁカミーラ。お前、いっそ俺様に協力するつもりはないか? そうすりゃもっと楽に話が進むのだが……」
「………………」
「……駄目だこりゃ」
カミーラは一言も発しない。それどころか、ランスと目を合わそうともしなかった。
(……まぁいい。後でケイブリス派をぶっ潰した時に、またゲットすりゃいいだけの話だしな)
この魔人もいずれは必ず自分のものにする。
だが今はそれよりも、火急の危機が迫るホーネットの救出を優先する事にした。
「なぁシィル。この後ってしばらく待機だよな?」
「はい、そうです。メガラスさんがあれを敵の所に届けるまで、私達に出来る事はありませんからね」
奴隷の言葉にふむ、と頷いて、ランスはカミーラに視線を送る。
(……そうだな。次いつ出来るか分からんしな)
この地下牢を出たら、今後しばらくカミーラとはセックス出来なくなってしまう。
先程からその姿を眺めてむらむらしていたランスは、しばしの別れの挨拶代わりにと、ここで一発スッキリしておく事にした。
こんな時にそんな事をしている場合かっ! とがなり立てるサテラを無視して、ランスは未だ床に横たわるカミーラに襲い掛かった。
もはや抵抗は無駄だと悟りきっているのか、ランスが身体に触れてきても彼女は気怠げな態度を変えず、されるがままであった。
次の機会が何時になるか分からないので、折角だから心行くまで存分に楽しんでおこう。
ランスはそんな事を思ったのか、彼女の身体に吸い付く触手のケーブルを引っ張ってみたり、かなみが持っていたカメラで色々撮影したりと、あれこれ遊んでいる内にウルザが戻ってきた。
その場の様子を見た彼女は呆れたように額を押さえながらも、メガラスが無事任務を済ませて帰還した事を報告した。
「お、そっちは終わったか。て事は……」
「ええ、いよいよ敵派閥の主、ケイブリスとの交渉を行います」
ウルザは緊張を含んだ声で告げた。