ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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人質交換

 

 

 

「……とりあえず、問題無く終わったか?」

「そうですね、今の内容なら大丈夫だと思います」

 

 ゼス王国首都の地下、永久地下牢の最奥部。

 通話が切れた遠距離用魔法電話の前に座るランスの言葉に、隣に居たウルザは満足気に頷いた。

 

 彼等が実行中となるホーネット救出作戦、その一番重要とも言える部分。つい先程電話越しに行われた、ケイブリス派との人質交換の交渉は概ねランス達の想定通りに進んだ。

 

 ウルザはこの交渉において「人間がホーネット派に協力しているという事を、絶対に相手に知られないよう注意してください」と、事前にランスにそんな注文を付けていた。

 仮にそれが知られてしまい、もし相手の目がホーネット派から人間世界の方に向いてしまったら、自分達がホーネット派に協力している意味が薄れてしまうし、その場合最初に標的となるのは位置関係から見てゼスしか無い。

 それを避ける為に付けた注文であり、ランスがわざわざカオスマスターという偽名を用いたのもその事が関係していた。

 

「人質交換は今から一週間後、魔物界中部にあるカスケード・バウと呼ばれる荒野で行われます。あまり悠長にはしてられませんね」

「よし、んじゃあとっとと魔物界に戻るか」

 

 ランスは一息に立ち上がる。すでにここでやるべき事は終えているので、この後はうし車に乗って魔物界に戻り、そしてカスケード・バウに一番近い魔界都市、ビューティツリーまで一直線に進むだけである。

 

「……しっかし、久々に聞いたが相変わらず耳障りな声だった」

 

 脳内に残るそれを消すかのように、ランスはとても嫌そうな表情で耳を掻く。

 彼が魔人ケイブリスと対峙したのは前回での最終決戦の時、その記憶の中ではすでに二ヶ月以上も前の出来事である。

 宿敵の声を耳にした影響からか、久々にランスがその時の事を思い返していると、ふとある事が気になった。

 

(そういやぁ、前回は確か……)

 

 ランスがちらっと横目で伺ったのは、その身を封印する結界ごと魔物界まで移送する為に、大きな台車に乗せられているカミーラの姿。

 

 前回の戦争の際、彼女は永久地下牢を強襲したケイブリスにより連れ去られた。ランスはその時の報告を聞き流していたので詳細は知らないが、その後20海里作戦により魔物界に乗り込み、ケイブリスとの最終決戦の際にカミーラとは再会した。

 最後に会った時、彼女は見るも無残な程に全身を痛めつけられており、更にその身体のあちこちに白濁した液体が掛かり、如何なる行為が行われたかを如実に物語っていた。そして魔人四天王のカミーラに対してそんな事が出来るのは、あの場であの魔人をおいて他には居る筈も無く。

 

「……ぬぅ」

 

 ランスは思わず腕を組んで唸る。前回と今は状況が違うのは承知だが、このままカミーラをケイブリス派に開放しても、彼女にとってはあまり良い展開にはならないような気がした。

 その魔人もいずれは自分のものにする女。酷い目に合うかもと分かっていて開放するのはさすがに目覚めが悪く、どうしたものかなと悩んでいた時、カミーラが自分を凝視するランスの視線に気付いた。

 

「……何だ、ランス」

「……カミーラ、お前ってケイブリスに狙われているんだろ? 俺様の言う事を何でも聞くってんなら、ホーネットを取り返した後、なんとかしてお前をホーネット派で匿ってやっても良いぞ。これがその最後のチャンスだ」

「必要無い。……ホーネットは好かぬ」

 

 ランスからの提案を受けても、カミーラは相変わらず無愛想な態度のまま。

 美しい男を使徒にして偏愛する一方で、美しい女性を敵視するドラゴンの魔人四天王は魔人筆頭を毛嫌いしており、いくらケイブリスから身を隠す為とは言え、ホーネット派の手を借りる事など耐え難い事であった。

 

「……あっそう。ならお前、ケイブリス派に開放されてもケイブリスには近づくなよ。あいつは危険だからな」

「言われずとも、あれに好き好んで近づこうなどと思う奴は居ない」

 

 それもそうだな、とランスが真面目に頷いていると、全ての準備を終えたシィル達が声を掛けた。ランスはすぐに出発するぞと返事をした後、もう一度カミーラに振り向いた。

 

「まぁあれだな。もしピンチになったら俺様に連絡しろ。そしたらばひゅーんと助けに行ってやろうじゃないか。勿論、その時はカミーラが俺様の女になる事が条件だがな!! がーはっはっは!!!」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 魔人ケイブリスの居城、その地下牢の一室。

 満足に光の差し込まない暗闇に包まれ、強力な封印により身動き一つ取れない魔人ホーネットは、後悔と失意の中に沈んでいた。

 

 戦いに敗れ、今こうして虜囚の身となっているのは全てが自分の責任、自分が決断を誤った為に自派閥は敗北してしまった。

 あの時、シルキィの忠告通りにペンゲラツリーに向かうのを止めるか、別の魔人達に向かわせるべきだった。あるいはバボラとの戦闘を終えた直後に帰還するべきだったのか。

 なにより四対一のあの状況をも乗り越えられる力が自分にあれば、この敗北は無かった。戦いで負傷した身体中は今も痛み、ずきずきと傷が疼く度に後悔の念が深くなる。

 

 残された派閥の皆や、ケイブリスにその身を狙われている魔王、来水美樹の事が気に掛かる。

 だが今の自分に出来る事は何も無い。魔人を拘束する為に作られたこの結界は、恐らく自分が万全の状態でも外す事は出来ないだろう。

 救いの手など望むべくもないこの状況、この闇の中で人質としての価値があるまでは封印され続け、そして役割を終えたら魔血魂に戻される。そんな見通ししかホーネットには立たなかった。

 

 

 

 それからどれだけ経っただろうか、ふいに暗い地下牢の扉が開かれ、内部に光が差し込む。

 また以前のようにケイブリスが自分を嘲笑しに来たのか、とっさにそう思ったのだが、牢屋内に入ってきたのは数体の魔物兵達だった。

 

 大事な人質を捕らえているこの地下牢には、派閥の主の許可の無い者は絶対に立ち入れないよう厳重に管理されている様子で、ケイブリス以外の者が入ってきたのはこれが初めてとなる。

 一体何事だろうかと魔物兵達の目的が気になったホーネットだが、彼女の視界が利いたのはそこまでで、突如目隠しを付けられた。

 

 完全に視界を闇に包まれたホーネットは、他の五感で周囲の様子を慎重に伺う。すると若干の振動と共に、結界ごと自分の身体が何かに乗せられ、そして動かされている事をすぐに把握した。

 

(……これは、私を何処かに運んでいるのですね)

 

 ホーネットはペンゲラツリーでの戦いによって意識を失い、目が覚めた時にはこの地下牢だったので、この場所が何処かは定かではない。

 素直に考えれば敵の本拠地であるタンザモンザツリーだが、ケイブリスが有している隠れ家の何処かかもしれない。恐らくこの目隠しは、情報漏洩対策の一種なのだろう。

 

 相変わらず慎重な性格だと思いながら、ホーネットはしばし闇の中で揺れる感覚に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして幾分か時間が経過した後、彼女に付けられていた目隠しが外された。

 

(この場所は……カスケード・バウ?)

 

 小さく揺れ動く感覚と共に、少し前から肌に風が触れる感覚が生じたので、ここが外だという事は認識していたが、目を開けたらすぐに分かった。

 水気の無い乾燥した大地、遠くまで見晴らしが良く、所々地面から巨大な角のようなものが隆起している、この場所は魔物界の中部に位置する大荒野、カスケード・バウに間違い無い。

 

 二つの魔界都市、ビューティツリーとタンザモンザツリーを結ぶ道の間に存在するこの荒原は、以前自派閥の者達を率いて敵本拠地への制圧へ挑んだ際に、何度も足を踏み入れた場所である。

 その時の記憶を思い返しながら荒野の景色を眺めていたホーネットだが、すぐに疑問が生じた。

 

(……私の事を何処かに移しているにしては、これは……)

 

 付近には大量の魔物兵達が揃っている、それは見るまでも無く伝わってくる気配で掴んでいた。

 しかしその大軍はホーネットの身柄の移送とは直接には関係が無いのか、彼女は魔物兵の大軍の下から徐々に離れていく。

 すでに周囲に残るのは自分を乗せた台車を押す数体の魔物兵と、空に数体の飛行魔物兵のみ。自分を何処かに移送するケイブリスの命令にしては、少し警戒が足りないような気がした。

 

 

 

 そしてそのままホーネットは魔物兵達に運ばれて、カスケード・バウの大地を進んでいく。

 進行方向は方角的に考えてビューティツリーの方向、先日の戦いによってホーネット派が奪い拠点とした魔界都市の方向である。

 

(……ですがこの状況ですし、恐らくは……)

 

 これがケイブリスの命令で行われている以上、わざわざ自分の事をホーネット派の拠点に移送する意味は無い。なのでビューティツリーは再度、ケイブリス派が奪い返したのだろうか。

 ホーネットはそんな事を考えながら、カスケード・バウの代わり映えのしない景色をただ眺めていたが、それから一時間程が経過した時、ふいにそれが目に入ってきた。

 

(……あれは)

 

 プラチナのような銀白色の長髪、同性から見ても目を引くような美貌、その背には黒い翼が生え、何よりも伝わってくる威圧感は遠目でも見間違えようが無く、それが誰なのかはすぐに判別が付いた。

 

 

「……カミーラ」

 

 内心の驚きを漏らすかのように、自然とホーネットはその名を呼ぶ。

 そこに居たのは魔人カミーラ。見れば彼女は自分と同様の封印を施されており、自分と同じように数体の魔物兵によってその身柄を運ばれている。

 

 数年前に行方不明となったこの魔人四天王が、何故今この場で自分と全く同じ境遇にあるのか。

 ホーネットには訳も分からぬまま、次第に両者の距離は近づき、そして互いの視線が交錯した。

 

「……ホーネット、無様な姿だな」

 

 相手の姿を一瞥したカミーラは、それだけを口にしてすぐに視線を外した。

 だがその言葉尻に「互いに」と声なき声で付け加えた事を、ホーネットは相手の表情から察知した。

 

 気位が高いこの魔人は、今の姿を自分に見られた事に忸怩たる思いがあるのだろう。

 ホーネットはそんな事を思い、そしてカミーラが会話を拒むようにその顔を背けていた事もあって、久し振りに顔を合わせたその魔人に語り掛ける言葉が出なかった。

 

 二人の魔人が無言を貫く居心地の悪い空気の中、両者をここまで運んできた魔物兵達は何かを話し、手に持っていた槍でホーネットとカミーラ双方に何度か攻撃を仕掛ける。

 その攻撃に反応する無敵結界の有無から本人確認を済ませると、魔物兵達は移送する魔人を交換して、それきりホーネットとカミーラの距離は遠ざかっていく。

 

 カミーラは魔界都市タンザモンザツリーがある方向へ。そしてホーネットは魔界都市ビューティツリーへの方向に向かって動き出す。

 

 

 この時からホーネットの脳裏にはある予感、もしかしたらという思いがあった。

 ただそれはあまりに自分に都合が良すぎると思い、考えないように努めていた。

 

 だがその後更に荒野の道を進むと、先程とは異なる魔物兵達の大軍が見え始める。

 その中に見慣れた相手の姿を発見した時、その予感が紛れもない事実なのだと理解した。

 

 

「ホーネット様っ!!」

 

 親友と呼べる相手の姿を視界に捉えた瞬間、サテラはついに我慢出来なくなって走り出す。

 その手に握っていた鞭を振るい、ホーネットの身を縛っていた結界の一部を器用に破壊すると、そのまま脇目も振らず相手の胸元に飛び込んだ。

 

「ホーネット様、良かった……。本当に良かった……」

「……サテラ」

 

 サテラの眦にはすでに大粒の涙が溢れている。それを目にすると、このような振る舞いはあまり相応しく無いので控えるようにと、普段なら言っていたであろうその言葉を言う気分にはならなかった。

 ふと近くを見れば、そこに居たシルキィやハウゼルも似た表情。封印が解かれて自由になった右手でサテラの真っ赤な髪を撫でていたホーネットだったが、頭の中ではまだ分からない事があった。

 

 何が起きたかはもう理解している。先程のカミーラの存在はケイブリスの唯一とも言える泣き所で、それと引き換えになら、何らかの要求を通す事は可能かもしれない。

 だが、何故そんな事が出来たのかが分からない。行方不明であったカミーラの所在を誰が知っていたのか。どのようにしてあの魔人四天王を捕らえて、人質としてその身柄を利用したのか。

 

 そんな疑問をホーネットは誰かに尋ねようとした。けれどその時、以前にシルキィが魔王城に連れて来た、人間の男の姿が目に入った。

 その男の、それは勝ち誇ったようなその顔を目にした途端、ホーネットは事の顛末を大体把握した。恐らくこの男の手により自分は救い出されたのだろう。男の表情がホーネットにそう告げていた。

 

 さすがに何か言うべきかと思い、口を開こうとした彼女に先んじて、その男が口を開いた。

 

「ホーネット!! お前を助けてやったのは誰だか教えてやろう!! それは」

「あーーー!!!」

 

 その声を、ホーネットの胸元から顔を上げたサテラの大声がかき消した。

 

「ホーネット様、酷い怪我……!!」

 

 一目散に相手に飛びついたサテラは、ホーネットが負傷している事に今更気付いたらしい。彼女はすぐに一歩離れると、近くに居たメガラスの方に勢いよく振り向いた。

 

「メガラス!! ホーネット様の事をすぐに魔王城にお送りするんだ!!」

「あ、おいちょっとっ」

 

 話がまだ終わっていないぞ、と手を伸ばしたその男を無視してメガラスは頷き、派閥の主を丁寧に抱えると空に飛び立った。

 

 こんなにも速く飛ぶ事が出来るのかと、ホーネットがメガラスの全力を体験したのはほんの一時の間で、すぐに魔王城にある自分の部屋のバルコニーに辿り着き、そこから室内に足を踏み入れる。

 出発した時と何も変わらない、自分の部屋に帰ってこれたのだと分かった時、ようやく彼女は助け出された事への実感が湧いてきた。

 まだ自分は使命の為に、派閥の皆と共に戦う事が出来る。そんな想いがその胸を満たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カスケード・バウの北側、メガラスが飛び立ったホーネット派の陣内では、ようやく再会を果たしたホーネットに逃げられたランスが、空を見上げて手を上げたまま姿で固まっていた。

 

「……行っちゃいましたね、ランス様」

「……サテラー!!」

 

 シィルの声で我に返ると、湧き上がる怒りの矛先をその魔人の柔らかそうな頬に向けた。

 

「んわぁっ! だ、だってしょうが無いだろう! ホーネット様、怪我してたんだもん!!」

 

 ランスの指に両頬を摘み上げられたサテラが、じたばたともがいて抗議する。彼女としても別にランスの事を遮る意図は無く、本当はもっと仲間達と再会を喜び合いたかったのだが、ホーネットの身の安全には換えられなかった。

 

「……ちっ」

 

 先程目にしたホーネットの怪我の様子は確かに痛々しく、サテラの気持ちも多少理解出来たランスは、仕方無く頬を摘む手を下ろした。

 

「まぁいい、急がなくても魔王城に戻れば時間はたーっぷりとあるからな。これ以上ここに居ても仕方無いし、俺達も魔王城に戻るぞ」

「ランス様、けれどウルザさんがまだ……あ、来ましたね」

 

 少し前からランス達の下を離れて、周囲の魔物兵から情報を集めていたウルザが戻ってきた。

 彼女はランスと目が合うと小さく頷く。その表情には、全てが当初の予定通り進んだ事への安堵が浮かべていた。

 

「ランスさん。偵察を行っていた飛行魔物兵によると、魔人カミーラも向こうの陣に到着したそうです。無事、何事も無く作戦を終えられましたね」

 

 人質交換の詳細についてはウルザが敵の大元帥と交渉を行い、見晴らしの良い開けた荒野であるカスケード・バウを取引の場所に指定したり、移送役には最低限の魔物兵だけを指定したりと、平穏に交換が行われるよう幾つか手を打っていた。

 ただそれでも敵が何か仕掛けてくる事は考えられたので、メガラスを筆頭に警戒を万全にして臨んでいたのだが、幸いにも彼達が活躍するような事態にはならず、何一つとして問題は起こらなかった。

 

「そーだな。つーか正直なところ、拍子抜けするほどあっさり終わった」

「そうですね、向こうも人質の救出を最優先にしたのかも知れません」

 

 ウルザの言葉は正にその通りで、大元帥は人質交換の際にそのまま全軍で攻撃を仕掛けたり、あるいはホーネットの身代わりを使う事などを提案してみたが、カミーラを救出する事だけを重視したケイブリスに全て却下されていた。

 

 ちなみに彼女が向こうもと言ったのは、ホーネット派内でも似たような展開があった。ランスは馬鹿正直に人質交換などせず、メガラスを使ってホーネットだけとっとと回収してくる事や、自身が魔物兵スーツを着込んで人質交換の移送役をやると言い出したりしたのだが、サテラやシルキィの猛反対を受けて諦めた、という経緯があった。

 

 結果両者の思惑が一致し、カスケード・バウでの人質交換は平和的に終了した。

 

 

「うーむ……」

 

 ランスは荒野の遥か遠く、カミーラを取り返して撤退していくケイブリス派の大軍を眺める。

 そこにいるだろうカミーラの行く末が少しだけ気にはなったが。

 

「ランス様、どうかしましたか?」

「……なんでもない。まぁなんとかなんだろ。それより今はホーネットだな。早く城に帰って今回の俺様の功績をあいつに突き付けてやる。それで、今度こそセックスっ!!」

 

 頭を切り替えたランスの目が野望に燃える。

 敵の魔人一体をどうこうなんて話ではない、派閥の絶体絶命の危機を救ったからには、必ずや相応の褒美がある筈。ついに前回逃したホーネットを味わう時が来たのである。

 

 ランスは意気揚々と、魔王城へ向かううし車の荷台に乗り込んだ。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「カミーラ様! 無事の御帰還、何よりです!」

 

 カスケード・バウの南側。

 ケイブリス派の陣に辿り着いた魔人カミーラも、すぐに魔物兵達によってその封印を解かれた。

 

 長い期間に渡って拘束され、数年ぶりに身体が自由に動かせるようになったカミーラは、その開放感に思わず大きく息を吸う。

 そして今一番会いたくない存在を探すように、そこにいた魔物兵の大軍の中を見渡していると、そばに控えていた魔物将軍が声を掛けてきた。

 

「カミーラ様。戻られて早々にはなりますが、ケイブリス様がお待ちしております」

「……あれは、ここに来ているのか?」

「あ、いえ。カミーラ様がお戻り次第、城の方にお連れするようにと命じられています」

 

 極度に慎重な性格であるその魔人は、愛しきカミーラをようやく取り戻す事が出来る場となったカスケード・バウにも、その姿を見せることはなかった。

 

 人質交換に最中において、相手が何かしてくるのではと考えたのはランス達だけでは無い。

 それ自体が自分を誘き出す為の罠であるかもと考えたケイブリスは、至極当然のように「俺様は行かないから戻って来たカミーラさんを連れてこい」とそのように配下に命じていた。

 先程の魔物将軍の言葉にはそんな経緯があるのだが、それを聞いた途端にカミーラの緊張が解けたのか、彼女はすっと肩を下ろした。

 

「……そうだな。では私は城に、ミダラナツリーに戻る」

「カミーラ様、それは……」

 

 その意味を理解した魔物将軍は困惑の表情を浮かべる。カミーラはケイブリスの城では無く、タンザモンザツリーから少し離れた場所にある拠点、魔界都市ミダラナツリーに存在する自分の居城に戻ると言っているのだ。

 

「しかしカミーラ様、ケイブリス様がすぐに自分の所に……と」

 

 魔物将軍はそこまでしか声を発せなかった。その魔人四天王の冷徹な眼差しに一睨みされ、それだけで彼は身体が氷の様に固まってしまった。

 

 そして周囲の魔物兵達の動揺など一切気にも掛けず、この場にケイブリスが来なかった事をいい事に、カミーラは悠々と自分の城に帰っていった。

 

 

 

 

 


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