ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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魔人筆頭の部屋(二度目)

「しかしあれだ。お前がやられたと聞いた時は、さすがびっくりしたぞ」

「………………」

「ただ普通の奴ならあそこで諦めるのだろうが、英雄たる俺様はものが違う。すぐにお前を救出する作戦を思い付き、ぱぱっと実行したという訳だ」

「………………」

「お前を救出する事が出来たのは、俺様が以前カミーラを退治してたからであり、それも俺様が英雄だから出来た事だ。うむうむ、やっぱ俺様って凄い……て、おい。聞いてんのか、ホーネット」

 

 

 魔王城の一室、ホーネットの部屋。

 ランスはホーネットを口説く為にと、彼女の部屋を訪れていた。

 

 魔人カミーラとの人質交換により、ホーネット派の主である魔人ホーネットは救出された。

 そして魔王城に帰ってきたその魔人は今、怪我の治療の為に静養中であった。

 

 ホーネットが救出されたという事は、派閥戦争の決着は持ち越されたと言う事であって、当然ながら戦争は今もまだ継続中。

 ホーネット派最強の戦力である魔人筆頭がそう休んでいられる情勢では無い上に、予てから最前線で戦い続けてきた彼女は、その性格的にも休むのがあまり得意ではない。

 

 だがカスケード・バウを越えた先に撤退していったケイブリス派は、また次攻めてくるにはまだ少し時間が掛かる。再度攻めてきた時万全の状態で戦えるよう、今は体調を整える事に専念した方が良い。

 サテラ達のそんな説得を受けて、最前線の魔界都市ビューティツリーの守備をガルティアに、周囲の警戒をメガラスに任せ、ホーネットは暫くの間その身を休める事に決めた。

 

 そしてそんな魔人筆頭の下に、この度ランスは早速とばかりに突撃を敢行した。

 今回こそはと意気込む彼は、前と同じように部屋で紅茶を嗜んでいたホーネットの対面に座り、先程から恩に着せる為自分の功績を自慢していた。

 

 

「……えぇ。聞いています」

 

 ふぅ、と静かに息を吐いたホーネットは、紅茶をテーブルに置いて視線を相手に合わせる。

 その金の瞳は特に睨んでいるという訳では無かったのだが、そこには相変わらず魔人筆頭としての得も言われぬプレッシャーがあった。

 その視線を受けながらランスは思う、この魔人との会話は中々自分の思い通りには進まない。その事はもう前回の時からずっとそうなのだが、しかし今回に限っては今までには無い勝算があった。

 

(なんせ俺様はまたしても大活躍をした。ホーネットの事をケイブリスの魔の手から救ってやったんだからな。当然、相応の褒美はある筈だ)

 

 心の中で、ランスはうんうんと頷く。間違い無く自分はホーネット派にとって、そしてホーネットにとっての救世主。この大手柄の前には、さすがにこの魔人も観念してその身を委ねるだろう。

 とそのように、ホーネットを救出した直後は考えていた。だがその後、魔王城に帰る為のうし車に乗っている間に頭が冷えたのか、色々と考えた所一つ気に掛かる事があった。

 

(……ただなぁ、前回救出してやった時は、まーるで相手にされなかったんだよな……)

 

 ランスの感覚の上では、ホーネットの事を救出するのは二度目である。その一度目、前回の第二次魔人戦争の最中にホーネットを救出した際には、彼女の視界にランスは全く入らなかった。

 さすがに初対面だったあの時と、派閥の協力者としてここに居る今とでは状況が違う為、あの時程に無碍には扱われないだろうとは思うのだが、果たしてベッドインまで持ち込めるかどうか、楽観視する事は出来なかった。

 

 

「なぁホーネット。俺はお前の命と派閥の危機を救った、いわば大恩人だよな? な!?」

「えぇ。そうですね」

「そう、その通り!! なら、何かあってもいいだろう。それともまたこれも当然の事だとか、褒美はサテラに貰えだとか言うつもりか?」

 

 ランスはホーネットを睨みながら、以前彼女が口にした言葉を繰り返す。当然ながら、今回はそんな言葉で引き下がるつもりは毛頭無かった。

 

「……いえ。今回の事については、貴方に感謝しています」

 

 ホーネットは掛けていたソファから立ち上がると、丁寧にもランスの隣まで歩いてくる。

 そして深く腰を折り、素直にその頭を下げた。

 

 

「有難うございます。貴方のお陰で、私はまだ戦う事が出来ます」

「お、おお……」

 

 その眼前に身体を屈めたホーネットの胸の谷間が迫ったが、ランスが動揺したのはその事では無く、その魔人の今の姿に対してである。

 魔王に命じられて謝罪を受けた事は以前にあったが、このように自分の意思で謝られるのは初めてである。ある時には自分の事をわんわんなどに例えたホーネットが、こんな低姿勢な態度を見せるとは想像していなかった。

 

(……まてよ。今ならいけるか!?)

 

 攻めるならここしか無い。そう脳裏にピンと来たランスは、立ち上がってホーネットと視線を合わせ、強い眼差しを向けながら要望を口にした。

 

「ホーネットよ、俺様に感謝しているというのはよく分かった。なら、頭など下げんでいいから一発抱かせろ。それだけで俺様はオールオーケーだ」

 

 その言葉に、ホーネットの眉が僅かに動く。

 

「………………」

 

 そして沈黙。自分を見つめたまま口を閉ざすホーネットが今何を考えているのか、ランスには想像が及ばない。

 そのまま時間が経過し、ランスがそろそろこの状態に苛立ちを感じ始めた頃、その魔人の視線がすっと真横に逸れた。

 

「……いえ。それとこれとは、話が別です」

「……ぬぅ」

 

 返答はいつも通りだった。

 

 

(……だが、ちょっとは悩んだよな? うむ、以前とは少し違う気がするぞ)

 

 見ればホーネットはその目を真っ直ぐに向けていない。彼女は普段真正面から物事を話す性格であり、このように相手から目線を背ける姿は珍しい。

 やはり自分に助けられた事を受けて、何かしらの心境の変化はあったのだろうと、半ば強引に決めつけたランスはもう少し攻めてみる事にした。

 

「俺はお前とセックスする為に助けたんだぞ。一回位いいじゃねーか、減るもんじゃないんだし」

「……そもそも、貴方は人間です。魔人と性的関係を結ぶなど……」

「あー、それか」

 

 前回の時も耳にした、とても面倒くさい話を聞いたランスは途端に不機嫌になる。

 自分が人間で、ホーネットが魔人である事は代えがたい事実なので、彼女にそこに拘泥されると話が進められなくなってしまう。

 

「それな、サテラもよくそれ言うが、人間だ魔人だとかはセックスするのになんも関係無いだろ。そんなに大事な事かそれ?」

 

 ランスという男は魔人はおろか、前魔王とさえ経験を持った男なので、相手の種族だとか立場だとかは一切気に掛けない。抱くに値する美女であれば誰でもノープロブレムな男である。

 しかしホーネットにとって、尊敬する父魔王ガイから受けた教育は何より大事で、彼女の中の絶対的な価値観となっている。魔人と人間は支配者と支配対象であり、性行為に及ぶ関係では無いという考えは簡単には変わらなかった。

 

「……つーかホーネット、あれだ。考えてみりゃ今俺様は使徒って事になってる訳で、人間ではない。つー事で問題無いだろ?」

「魔人と使徒には明確な上下関係があります。同格な筈がありません」

「……まぁ、そりゃそうだな。……なら、俺が魔人になったらどうだ!?」

 

 それは深く考えていない、完全に勢いだけの言葉であったが、耳にしたホーネットは一瞬思考が止まり、探るような視線となった。

 

「……貴方が、魔人に?」

「あぁそうだ。格がどーだこーだ言うなら、この俺が魔人になりさえすりゃあ、お前は俺とセックスするって事だな!?」

 

 いっその事、目の前の堅物を抱く為、本当に魔血魂を食って魔人になってやろうか。

 ランスはそこまで考えたが、ホーネットは顎に手を当て少し考えた後、納得したように頷いた。

 

「……確かに、そう言われると関係無いのかもしれませんね。貴方が魔人になった所で、抱かれたいとは思えません」

「だろう!? ……いや、そうじゃなくてだな」

 

 ランスはげんなりとした顔になる。どうにもホーネットとは話が噛み合わなかった。

 

 

 そして気が抜けたランスはソファに座り直す。ホーネットも元の席に戻ったの見て、彼女の背後に居た使徒達に紅茶のおかわりを頼むと、再度魔人筆頭と顔を合わせた。

 

「……ただまぁ、それはその通りだホーネット。セックスするのに人間とか魔人はなんも関係無い。大体、俺様はすでに魔人のサテラやシルキィとも、何度もセックスしてる訳だしな」

 

 ──え?

 と、その一言がホーネットの口から自然に漏れた時、彼女は完全に素の表情をしていた。

 

「……それは、本当に?」

「うむ、あの二人の事は魔王城に来てから何度も抱いたな。もうやりまくりだ、やりまくり」

 

 やりまくり。ランスが口にしたその五文字が、ホーネットの脳内で何度も反芻される。

 彼女にとって、サテラやシルキィとは長くを共に過ごしたとても親しい間柄である。その二人がすでに目の前の人間と、何度も情交を重ねている。一切表情には出さないよう努めたが、その事実は結構な衝撃だった。

 

「……………」

「……なんだよホーネット、押し黙って。何か問題でもあったか?」

「……いえ。あの二人が誰と夜を共にしようと、それは彼女達の自由ですから……」

 

 小さく呟き、ホーネットは冷めかけの紅茶を一口含む。内心の動揺を表に出さないよう振る舞いながら、ふいに目の前に居る相手の事を見つめた。

 

「……それにしても、貴方はその事ばかりですね」

「その事って、セックスか?」

「えぇ」

 

 思えばこの男は、自分と顔を合わせる度にその事を口にしている。魔物界にも低俗で下品な魔物が多くいるが、ここまで極まった存在は中々見ないのではと、思わずホーネットも考えてしまう程だった。

 

「そりゃあ良い女と出会ったら、考える事なんてセックスしか無いだろう。俺様は俺様の思うままに行動してるだけじゃ」

「………………」

 

 一切の恥じらいなど無い、実に堂々とした顔でそんな事を口にするその男を見ていると、ホーネットにも少し思う所があった。

 ここまで自分の欲望の為だけに行動出来るのは、それはそれで凄い事なのかも知れない。少なくとも使命の為に生きる自分には、とても真似出来ない生き方だと感じた。

 

 

「貴方は……」

 

 そう問い掛けたホーネットの言葉を遮るように、部屋のドアがコンコンとノックされる。そして返事も待たぬまま、すぐにドアが開かれた。

 

「ホーネット様、これを……て、ランス。お前も来ていたのか」

 

 室内に入ってきたのはサテラだった。

 

「おぉ、サテラか。……ん? お前が手に持ってるそれ、世色癌か?」

 

 世色癌。ハピネス製薬特製の定番の体力回復薬。サテラはそれを幾つかその手に抱えていた。どうやらホーネットの見舞いがてら、派閥の主に一刻も早く体調を戻してもらう為、回復アイテムを届けに来たらしい。

 

「サテラは回復魔法とか使えないから、ホーネット様の為に出来るのはこれくらいしか無いからな」

「ふーん……つーかお前、魔人なのに世色癌なんかよく持ってたな」

「あぁ、さっきシィルから貰ったんだ」

「……て事は、俺様用のじゃねーか、それ」

 

 奴隷の持ち物は全て主人である自分の物。勝手に人の物を他人に譲る奴隷に、果たしてどのようななお仕置きが相応しいかと悩み始めたランスの事を、サテラがじーっと睨んでいた。

 

「……所で、ランスは何でホーネット様の部屋に居るんだ?」

「ホーネットの事を口説いてた」

 

 んぐ、っと、サテラの口から謎の呻き声がした。そして彼女はランスとホーネットの顔を何度か交互に見比べた後、一体この胸のもやもやは何なのだろうかと、なにやら難しい顔で悩み始める。

 

 その答えはすぐに分かった。何の事は無い、ランスがホーネットに対して失礼な事をしていないかが気に掛かったのだ。もしホーネットの機嫌を損ねるような事があれば、ランスの命などホーネットの指一つで消えてしまう。

 そんな事が無いようにと、しっかりと手綱を握るのは主である自分の役目。一つ咳払いをしたサテラは、真剣な表情で口を開いた。

 

「ランス。サテラはそんな事、許可した覚えは無いぞ」

「んあ? ホーネットを口説くのになんでサテラの許可が要るんじゃ」

「なんでって、ランスはサテラの使徒だろう!!」

 

 ああ、そんな設定だったなぁ。と、さも適当に頷くランスの姿は余計にサテラの感情を逆撫でし、ついに彼女は実力行使に出る事にした。

 

「とにかくっ! ホーネット様はまだ体調が優れないから、本日の面会は終了だ!!」

 

 サテラはランスの腕を掴むと強引にソファから立ち上がらせ、そして部屋の入口までずいずいと背中を押していく。

 

「ちょ、おいサテラ。俺様はホーネット派の救世主であってだな……!」

「分かった。それは今度聞くから」

 

 これが派閥の恩人に対する態度か、とそんな言葉を口にする間も無く、そのままランスはホーネットの部屋を追い出されてしまった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……サテラの奴、なんか過保護になってないか?」

 

 部屋の外の廊下、閉じられたドアを睨みながらランスが呟く。 

 どちらかというと、サテラは世話を焼かれる方のタイプである。やはりこの前のような事があると、心境や接し方も変わるのだろうか。

 ホーネットにも多少の変化が確かにあり、以前よりは好感触ではあったものの、それでも今回も魔人筆頭を抱くまでには至らなかった。

 

(……ただまぁ、あのまま押していてもちょっと厳しかったな。俺様の歴戦の勘がそう言っている。……正攻法じゃちょっと難しいか? いっそ襲っちまうってのも……けどなぁ、魔人筆頭なんだよなぁ、あいつは……)

 

 実に儘ならない、如何ともし難い現実を前にランスはがしがしと頭を掻く。今自分の女にしようと奮闘しているホーネットは魔人筆頭であり、寝込みを襲ったりなどの強引な手段が通じる相手では無い。

 

 そういえば、先日使用した魔人を拘束する結界、あれは使えるのではないだろうか。いやでもしかし、よしんばそれでセックス出来たとしても、終わった後がちょっと怖い。

 と、ランスはそんな事をあれこれ悩みながら廊下を進んでいると、角を曲がった所でかなみと鉢合わせた。

 

「あ、ランス」

「お、かなみだ。……うーむ」

 

 かなみを見つめたまま、ランスはなにやら難しそうに唸っている。

 

「……どしたの?」

 

 首を傾げた彼女の胸を、何の前触れもなくランスの手が鷲掴みにした。

 

「ちょ、ちょっとランスっ」

「ふむ。相変わらず、大きさは並だが悪くないおっぱいだ」

 

 そのまま彼女の胸をふにふにと揉みしだく。

 

「駄目だって、こんな場所じゃ……!」

 

 羞恥で頬が朱に染まり始めてきたかなみは、胸を自由にされたまま辺りをきょろきょろを見渡す。先程の言葉は、ここじゃ無ければ問題無いという意味の裏返しであった。

 

「んじゃあ、俺様の部屋に行くか?」

「……うん」

 

 小さく頷いたかなみの肩を抱き、ランスは自室に向かって歩いていく。

 だがその途中でぴたりと足が止まり、がっくりと項垂れた。

 

「……はぁ。これ位簡単にセックス出来ればなぁ」

「ちょっと、それどういう意味!?」

 

 

 

 

 

 


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