ある日の魔王城。
ランスは風呂場に来ていた。
魔王城には風呂場が存在する。ランス城にあったような天然の露天温泉という程の物ではないが、城内の魔物達が身だしなみを整えて、公衆衛生を維持出来るように、巨大な浴場が備え付けられていた。
そして風呂場があるならばと、予てよりランスはその女湯に突撃する事を企てていた。だがここは城主たる自分が好き勝手出来るランス城では無く、魔の総本山である魔王城。その女湯は、人間のランスが簡単に侵入出来るような場所では無かった。
風呂場の入口には侵入者を排除する為、神風やバルキリーなどの強力な女の子モンスターが常に警備をしていた。強行突破は難しく、自分はとても偉い使徒だ、このホーネット派の影の支配者だとどれだけ言い張っても、ここだけは通してくれなかったのである。
「……で、私を使ったという訳ね」
女湯の脱衣所。
服を脱ぎ終え裸になったランスの隣には、同じく裸のシルキィが居た。
「うむ、そういう事だ。さすがに魔人四天王の命令には逆らわなかったな、あの番人達」
使徒の権力では足りないと考えたランスは、今回ついに魔人四天王の権力を利用した。
例によって例の如く、シルキィの感謝の気持ちを利用して彼女を引っ張り出し、その権力に引き下がった番人達を尻目に、堂々とランスは女湯に侵入したのだった。
「城内の風紀を守るために、ホーネット様が直々にあの子達に命じているのに……。私にそれを破らせないでよ。貴方は男湯に入ればいいじゃないの」
「いーやーだ。大体、男の魔物が入ってくる風呂なんぞ、いつまでも利用出来るか!!」
溜息混じりのシルキィに対し、ランスは拳を握り大声で吠える。それは魔王城に来てからの、ランスにとっての結構なストレスの元となっていた。
城に備え付けの風呂は個人用では無く大衆浴場であり、当然ながら他の魔物も入ってくる。男の子モンスターが闊歩する男湯にシィルを連れて入る訳にもいかず、ランスは普段なら奴隷にさせるような洗髪なども、全て自分の手でしなければならない。
更にはハニーやイカマンなど、まだ可愛げのある魔物ならばともかくとして、運が悪い時は素っ裸のヤンキーやぶたバンバラなどと共に入らねばならない男湯は、とてもでは無いがランスが落ち着けるような場所では無かった。
「うひょー! 久しぶりの混浴、誰か可愛い子は居ないかなーっと!」
ランスはノリノリで浴場に駆けていく。
そんな相手から視線を外し、シルキィは後ろに振り向く。
「……サテラ、無理しないでいいのよ」
「無理なんてしてない!!」
そこにはタオルで一生懸命に裸体を隠す、真っ赤な顔のサテラが居た。
ランスは風呂に向かう際に、事はついでにとサテラにも声を掛けていた。誘われた時には当然断ろうとした彼女だったが、シルキィも一緒に風呂に入ると聞いた途端、思わず自分も一緒に入ると宣言してしまっていた。
「サテラ。思うんだけどね、私に対抗しようとするのは、あまり貴女の為にならない気がするのよ」
「う、うるさいっ! そんなんじゃないぞ! サテラも丁度、風呂に入りたい気分だったんだ!!」
「まったく、意地っ張りなんだから……」
やれやれといった様子で首を振り、シルキィはタオル片手に身を隠す事も無く浴場に向かう。
未だ決心が付かず、脱衣所に取り残されたサテラは閉められた引き戸を睨みつけた。
「……大体、どうしてシルキィは恥ずかしくないんだ……て、あぁ、そうか」
エロ魔人だからか。と、諦観するように目を閉ざすサテラはぽつりと漏らした。
◇ ◇ ◇
一面がタイル張りの魔王城の風呂場は、ランス城のそれと比べれば質素だがとにかく広い。城自体の大きさに加えて、人間と違って魔物は種族によって体格の差が大きく、デカントのような巨大な魔物でも利用出来るように、共用の風呂場となるとどうしても広めにする必要があった。
そんな広大な女湯を我が物顔で歩くランス。彼にとって女の子モンスター達の奇異や非難の視線、そして時折上がる悲鳴などもどこ吹く風。
さっと湯を浴びると熱々の湯船に浸かり、そしてぐっと身体を上に伸ばした。
「ふいー……。はー、やっぱ女湯は良い。男を見ずに済むってのが良い。……けど、女の子モンスターって服着たまま風呂入るんだな。なんか、あんま女湯に入った気分にならんな」
女の子モンスターにとって衣服は体の一部であるらしく、服を着たままびしょびしょとなっている彼女達の姿が、目の保養になるかは微妙な所。
だがそれでも男湯よりはましだなと、縁に肘を掛けながらのんびりとリフレッシュしていたランスだったが、次第に周囲から人気が無くなっている事に気付いた。
「……なんか、女の子モンスター達が続々と風呂を出ていくな」
「……当たり前でしょう、それ」
「お」
ランスが声の方を向くと、そこに居たシルキィは一糸まとわぬ裸体を真っ向から晒している。
そんな堂々たる魔人四天王の背後には、縮こまるようにして身を隠すサテラも居た。
「女湯に不審者が入ってきたらね、普通の人は逃げるものなの。それは女の子モンスターでも一緒。ていうか、攻撃されたっておかしく無いのよ」
「ぬぅ……。ま、いいや。二人共こっちに来い」
すでに自分しか居なくなってしまった湯の中に、ランスは手招きして彼女達を招き入れる。
「よいしょ」
「………………」
「うむ」
シルキィは平然とした様子で、サテラは渋々ながらといった様子で、ちゃぽんと湯に入った両魔人の肩にランスは両腕を回した。
「いやぁ、極楽極楽! やっぱ、俺様が入る風呂というのはこうじゃないとな!! 何が楽しくて男の魔物と同じ湯に浸からにゃならんのじゃ」
今まで魔王城のお風呂問題に散々苦しめられてきたランスは、一転して極上の両手の花にご満悦。
そんな気分上々のランスの左腕の中、シルキィは同じく心地よさそうに湯船の中で身体を伸ばす。
一方、ランスの右腕の中に居るサテラは「使徒と混浴くらい普通の事、普通の事……!」と、ぶつぶつと自己暗示を繰り返していた。
そうして暫くの間、二人の肌を手触りを感じながら、時折鼻歌を歌ったりなどしてまったりと魔人との混浴を楽しんでいたランスだったが、その内にちらちらと風呂場の入り口に視線を送り始めた。
「どうしたの?」
「ん、いやな。ホーネットとか入ってこないかなーっと思ってな」
「……ホーネット様はここは利用しないぞ。あの方には個人用の風呂があるからな」
「なに?」
湯立つ顔を背けながらのサテラの言葉は、ランスには聞き捨てならなかった。
「個人用の風呂だと? んなもんがあったのか。なら、俺様も使いたいのだが」
「あれはホーネット様、というか魔王様専用のものだ。人間のランスが使ったら怒られるぞ」
「そうね。今は魔王様が城に居ないからって事で、特別にホーネット様が使ってるの。最初はホーネット様も、魔王様のものを使うのに抵抗があったみたいなんだけど、ホーネット様がここに来ちゃうと、他の女の子モンスター達が萎縮しちゃうから……」
「……ああ。それはなんか分かる」
ランスも身に覚えがあったのか、しみじみと頷いてシルキィの言葉を肯定する。
お風呂というのは身を癒す場所。それなのに魔人筆頭のあのプレッシャーを前にしてお湯に浸かっても、緊張して疲れがとれない。そんな悩みが女の子モンスター達から頻発した為、仕方無くホーネットは使用する風呂場を変えたという経緯があった。
「まぁ考えてみりゃ、ホーネットの裸は見ようと思えばいつでも見れるしな。そういや、ホーネットの怪我の状態はどうなんだ?」
「順調よ。もう殆ど怪我は治ってるみたい。けどね……」
順調と言う言葉とは裏腹に、シルキィは浮かない表情をしていた。
「なんか問題があったのか?」
「ううん。何も問題はないの。けど、ホーネット様が万全の状態に戻るって事は、また戦いの場に出るって事なのよ」
「あー、て事はそろそろ魔王城を離れるって事か。そりゃ確かにまずいな。口説くチャンスが無くなっちまう」
──それはどうでもいいんだけど。
そんな言葉が浮かんだが、藪を突く事もなかろうとシルキィは心に留め置く事にした。一方その懸念にはサテラにも思う所があったのか、どこか寂しそうに口を開く。
「ホーネット様は真面目なお方だからな。まだケイブリス派に動きは見られないから、暫く魔王城に居ればどうかって、サテラは言ってるんだけど……」
「この前みたいな事もあるし、出来ればホーネット様には前線に出ないで欲しいと思ってるんだけど、とはいえそう言ってられる情勢でも無いし……」
風呂場というのは愚痴や悩みが漏れやすい場所なのか、二人の魔人は揃って似たように「はぁ」と息を漏らした。
「まぁ、なんかあったらまた俺様が解決してやっから、んな悩むなって」
「……そう言ってくれると少し気が楽になったかも。この前ホーネット様がバボラを倒したんだけど、代わりにカミーラが戻ったから、戦力差が開いちゃったのよ。勿論、仕方無い事なんだけどね」
「ほぉ、あのデカブツは死んだのか。それはグッドだ。ありゃ強くはねーけど、めんどくさい奴だからな。……けど、カミーラ、カミーラなぁ……」
ランスは風呂場の天井を見上げ、ドラゴンの魔人四天王に思いを馳せる。
「確かに戦うとなると強敵だが、あいつやる気が全然無かったし、戦ったりはしないと思うけどな」
「サテラもそれは思った。前々からカミーラはそんな感じだったけど、より一層酷くなってたな」
サテラの言葉はあくまで印象であったが、ランスの言葉は実体験に基づくものである。
前回の最終決戦の折。カミーラと再会した時にランスは戦闘になるかと思ったのだが、彼女はケイブリスの居場所を教えると、そのまま自分達を見逃してくれた。そんな経験もあってか、ランスの脳裏に自分とカミーラが戦う図は浮かばなかった。
「……それなら良いんだけどね。けど、問題はまだあるの。まだ未確認ではあるんだけど、ホーネット様によると……」
その時、風呂場の入り口の引き戸が開かれる。
その音に言葉を途切れさせられたシルキィは振り向く。すると立ち上る湯気の奥にすらりと均整のとれた身体、背に羽を生やしたシルエットが見えた。
「あら、ハウゼルだわ」
風呂場に入ってきたのは、どうやら魔人ハウゼルのようである。
シルキィのその声に「何?」とランスも釣られて顔を向けた。
「おお、本当だ! そういやハウゼルが居たな。うむ、結構おっぱい大きいな。肌も白くてエロい。ぐふふふ……」
鼻の下を伸ばした締まりのない顔で、ランスはその魔人のしみ一つ無い裸体を無遠慮に視姦する。
そうとは知らないハウゼルは湯船に近づき、やがて湯の中に居る先客に気付いた。
「……あ、サテラ。それにシルキィ、も……」
その二人の間に、およそこの場に居てはいけない者が居るのを目にした途端、ハウゼルは息を呑む。そして、不安げに辺りを見渡した。
「え、ランス、さん? え、え? あれ? ここ、女湯……ですよ、ね?」
「そうだな。だが、俺様は男湯だとか女湯だとか、そんな細かい事は気にしない男なのだ」
「……はぁ、そうですか…………っ!!」
旧知の魔人二人がランスと一緒にお風呂に入っている光景を、何処か現実離れしたもののように見ていたハウゼルは、自分の裸体が男性の前に晒されている事実を遅ればせながら理解した。
「や、あっ……、だ、駄目……!」
すぐにぺたりとその場に尻餅をつき、ハウゼルは何とか身体を折りたたんで、ランスの視線から身を隠そうとする。
羞恥から徐々に肌が紅潮していく、そんな彼女の様子を気の毒に思ったのか、シルキィが助け舟を出した。
「湯船に浸かったら? その方が、ランスさんからは見えないと思うけど」
「湯船に、って、けど……!」
シルキィは善意で言ったつもりだったが、それは彼女にとって簡単な選択では無かった。男の人と一緒にお風呂に入るなど、碌に男に触れた事も無い彼女にとっては、全く未知の領域の話である。
というか、そんな提案がシルキィからされる事自体、にわかにハウゼルには信じられなかった。
「シルキィは、ランスさんと一緒にお風呂に入っても、その……平気なの?」
「……えっと、まぁその、うん」
若干きまりが悪そうに、シルキィは視線を外す。
本当なら平気ではいけないのだろうが、シルキィは自分の裸に関しては価値を見出だせない性格をしており、恥ずかしくないものは恥ずかしくないのだから、それはどうしようも無かった。
「……サテラも?」
「こ、こいつはサテラの使徒だからなっ! 使徒と風呂ぐらい、普通だ、普通!!」
普通と言い張るサテラの真っ赤な顔が、羞恥からなのかそれとも湯にのぼせたのか、ハウゼルには判断する事が出来なかった。
外見上は平然を装うサテラ。そして内心としても動揺が見られないシルキィ。そんな二人を見ていると、女湯に男が居るという異常事態が、さほど問題の無い事かのようにハウゼルは錯覚してしまう。
「で、では……す、こしだけ……」
混乱した頭では正常な判断が出来ず、ハウゼルは湯に入る事を決めてしまった。
それでも一応、皆から大分距離を開けた位置に腰を下ろしたのだが、そんな形だけの抵抗は全く無意味であり、すぐにランスが近づいてきた。
「ハウゼルちゃん、久しぶりに会ったな。俺は前々から君と仲良くなりたかったのだ」
「そ、そう、ですね……。仲良くなるのは、大事な事……」
「そう、大事なのだ。つーか、君はいつ魔王城に戻ったんだ?」
「ええと、少し前に……。その、前線の拠点が変わった事で、キトゥイツリーで待機する意味が薄くなったので……」
ハウゼルはパンク寸前の頭を、ランスから背けたまま答える。
「城に戻っていたのなら、派閥の大恩人である俺様の下に、何故挨拶に来ないのだ? んん?」
「ご、ごめんなさい。その、気が付かなかったというか……」
「いーや、許さん。そういう奴はこうだ。うりゃ、うりゃ」
「あっ、駄目っ、駄目です、ランスさん……!」
ハウゼルの珠のような肌のあちこちを、ランスの人差し指が容赦なく突く。ハウゼルは悲鳴とも嬌声ともとれる声を上げたが、声を出す事しか抵抗はしなかった。
そんな姿を遠巻きに眺めていた二人の魔人、特にサテラにはそろそろ我慢の限界だった。
「お、おいランス! ……シルキィ、止めなくていいのか!?」
「……ねぇサテラ。気付かない?」
「ん? ……あ。これもしかして、ハウゼルが?」
「たぶん」
二人は湯船の中を見つめる。その湯の温度がなにやらおかしい事になっていた。見れば、いつの間にか立ち上る湯煙の量も物凄い事になっている。
ランスに散々いじられたハウゼルは炎を司る魔人としての力が暴走してしまい、その魔力が身体から漏れ出してしまっていた。
その結果。
「……ん? なんか、熱い? ……あんぎゃー!」
ランスはやけどをした。
「ぐ、ぐぐ……」
「いたいのいたいの、とんでけー」
その後自室に運び込まれたランスは、ベッドの上で苦しそうに呻いている。
そばではシィルが何度も回復魔法を唱えていた。
「自業自得よ、ランスさん。ハウゼルはお淑やかな子だけれど、仮にも魔人なんだから、あんまりからかっちゃ駄目」
「そうだぞランス、お前が悪い」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
風呂から上がってさっぱりした様子のシルキィとサテラを、ランスは恨みがましい目で睨む。
「……つーか、どうしてお前らはピンピンしてるんじゃ」
「サテラ達は魔人だからな。軟弱な人間とは違う」
「うん。熱かったけど、火傷する程ではないかな」
「ず、ずるい……」
◇ ◇ ◇
だが、ランスはそれ位で折れる男では無かった。
次の日。シィルの夜通しの献身的なヒーリングで回復したランスは、ハウゼルの部屋を訪れた。
「あ、その……昨日は、申し訳ありません!」
読書をしていたハウゼルは、ノックもせずに部屋に入ってきたランスの姿を確認すると同時に、勢いよく立ち上がって頭を下げる。
魔人としての力で人間を傷つけてしまった、昨夜の一件を深く反省していた。殆ど原因はランスにあるようなものなのだが、控え目で優しい性格の彼女はそのように考える事は出来ないのである。
「私、その、ああいう事に慣れてなくって。それで、少し力が抑えきれなくなってしまって……」
「そかそか。まぁ、済んだ事はいい。俺様はそんな小さい事を、ネチネチと責めるような男では無いからな」
「ランスさん……、ありがとうございます」
相手の予想外だった優しい対応に、心底ほっとした様子のハウゼル。
しかしそんな彼女を見つめるランスの目は、いやらしく光っていた。
「だが慣れてないってのはあまりよろしく無いな。今後またこういう事を起こさない為にも、慣れておいた方がいいと思うぞ」
「慣れる、ですか? けれど、男の人とお風呂に入るのを慣れるというのは……」
「風呂っつーか、要はセックスだな」
「せっ……!!」
その言葉を口にすることすら恥ずかしいのか、頬を染めたハウゼルは視線を伏せる。
「うむ、セックスだ。ハウゼルちゃん、俺様とセックスをしようじゃないか」
ランスがハウゼルの部屋に来た理由は、当然ながら彼女を抱く為であった。
この魔人に関しては初対面の時から、何となくいけるのではという予感があったのだが、その時は色々あってベッドインする事は出来なかった。
なので今度こそはと意気込むランス。当初は風呂の一件をひたすら責めて、それにより目的を達成しようと思って来たのだが、ハウゼルを落とす事が出来るならこの際理由など何でも構わなかった。
「け、けれどランスさん。その、そういう事は愛し合う夫婦がする事です。ですので……」
「俺様は君の事を愛している。何も問題は無い」
「えぇ!?」
吹けば飛びそうな程に軽い、ランスの愛の言葉。だがそんなものでもその魔人には効果があったのか、落ち着かない様子で視線を左右に振る。
目に見えて狼狽えるハウゼルは、恋愛感情はともかく性行為に関しては密かに興味を持っていたのだが、同時にそれを求める事への罪悪感と恐怖も持ち合わせていた。
「……でも、駄目ですランスさん。そんなはしたない事、私……」
「はしたなくなど無い。セックスなど、人間でもそこらの魔物でも誰でもする事だろ」
「……それはそうですが、私は魔人ですし……」
魔人とは魔王に使役される忠実なる配下。子を成す為の存在では無く、であるならば性的快楽を求める為だけの性行為など、とてもはしたなくてふしだらな事である。
ハウゼルのそんな考えは、続くランスの言葉にて砕かれた。
「魔人だって、みーんなセックスしとるぞ」
「……え?」
「サテラだって、シルキィだって皆してる。してない奴など、むしろ君ぐらいだと思うぞ」
うんうんと、したり顔で頷くランスの姿を、ハウゼルは呆然とした表情で見つめる。
「……そんな、本当ですか?」
「ほんとほんと。なんたって二人の処女を頂いたのは俺様だからな。サテラはな、ほんのちょっと触っただけであへあへ言っちゃうような奴なんだ。知ってたか?」
当然ながら、そんな事は知る筈が無い。驚きの余りに、つい大きく開いてしまった口元を手を覆いながら、ハウゼルは首を横に振る。
彼女にとって、サテラは素直な所もあるが、基本的にはプライドの高い魔人。ランスの言うあへあへになった姿などまるで想像が付かなかった。
「シルキィもだ。あの子、普段は真面目な顔してるだろ?」
「え、ええ。そうです。シルキィはいつも真面目で冷静な魔人で……」
「だが、ベッドの上では違う。一皮めくると、それはもうウットリとした顔で俺様に体を合わせてくる、そんなエッチな魔人なのだ。どーだ驚いたか」
目を見開くハウゼルは、驚きを越して信じられないと言わんばかりの顔。
二人の痴態を開けっぴろげにするランスは、つい先日似たような話をホーネットにした事で一悶着あったばかりなのに、まるで懲りてはいなかった。
「そういや俺様はカミーラともしたな。んで、今度ホーネットともする予定だ。……な? 魔人だって皆、セックスしてるだろ? だから、君も俺様とするべきだ、さぁ!」
「カミーラ……、ホーネット様……。そんな、けど、でも……」
唯でさえ性的な事柄に耐性が無いにも関わらず、畳み掛けるように飛んでくる衝撃的な話の数々。
彼女の健全な頭では受け止めきれず、平衡感覚を無くしたようにふらふらと揺れていたハウゼルだったが、やがてハッとしたように顔を上げた。
「それじゃ、もしかして姉さんも……?」
「姉さん……って、君の姉さんか?」
「はい。私には、サイゼルっていう魔人の姉がいて……」
魔人の姉、サイゼル。
そのキーワードで、ようやくランスは以前から感じていた、ハウゼルの姿を目にした時に受ける違和感の正体に気付いた。
「あー! サイゼル、サイゼルちゃんな! 居たなぁそんなの。確かに、よく見ると君はサイゼルにそっくりだ」
ぽんと手を打ったランスは、謎が解けてすっきりした顔で満足気に頷く。
ハウゼルと瓜二つの外見を持つ彼女の姉、魔人ラ・サイゼルとは、ランスは以前にゼスの地下迷宮で遭遇していた。
局部を失いかけたりなどした、地下迷宮での出来事を懐かしむようにランスが思い出していると、ふいに「あ」と、間の抜けた声を出した。
(そういや、サイゼルとは未遂だった気がする)
ランスはサイゼルとは互いの性器を舐め合った事まではあるのだが、その時にしていたある勝負に負けた事で、本番まで行き着く事は出来なかった。
(どうせなら魔物界に来たついでに味わっとくか。……あれ? カミーラと一緒にゼスに攻めてきたって事は、あいつはケイブリス派だよな。でも、そういや前回は見なかったような……)
「なぁハウゼル。サイゼルって今どこに居るんだ? 俺様、あいつに用事があったのを忘れていた」
「それが、以前はケイブリス派に居たのですが、今は行方が掴めなくて……」
「あれま。行方不明か、そりゃ困ったな……」
ランスはぽりぽりと頭を掻く。魔人サイゼルは、ゼスでの一件がきっかけでその後雲隠れをしている。専ら派閥の主ケイブリスの怒りから逃れる為であり、現状その行方は誰にも知られていなかった。
「それよりも、姉さんの事を知っているって事は、ランスさんはその、姉さんとも、そういう事を?」
「おう、勿論抱いた。サイゼルの事は隅から隅まで味わい尽くしたな」
いっそ清々しいほどに、堂々とランスは嘘を付いた。
「……そんな……。サイゼルが、そんなふしだらな事……」
「こらこら、自分の姉さんをそう悪く言うもんじゃない。つかサイゼルは何も間違っちゃないぞ。ハウゼル、魔人というのは俺様に抱かれる運命にあるのだ。まだ抱かれてない君の方が間違っている」
この世の終わりを見たような表情のハウゼル。そんな彼女を慰めるように、ランスはその肩をぽんぽんと叩く。
淑女然とした普段の佇まいはホーネットと似ているが、常に動じない派閥の主とは違って、官能的な話に弱いハウゼルは見事に平静さを失っている。
彼女のその有様をランスは面白く感じて、その後も何事も経験しとくべきだとか、自分はホーネット派の影の支配者だから従った方がいいだとか、あれこれハウゼルの耳元で囁き、その度ハウゼルは目を白黒させる。
そして口説き文句を重ねる事数分、いつの間にか二人はベッドの前に居た。
「さぁ、ハウゼルちゃん。俺様と一緒にめくるめく大人の世界へゴーだ。いいな?」
「……はい」
すでに憔悴しきっているハウゼルは、震える声で呟き、そして静かに頷いた。
「おお……、いけた」
「え?」
「あ、いや。何でもない」
ランスが彼女の部屋のドアを叩いてから、ここまでほんの十分程。
そんな短時間で目的が達成出来てしまったランスは、その事を喜ぶのと同時にふと考えてしまった。
(……なんかこの子、本当に押しに弱いな。俺様が言うのも何だが、ちょっと心配になってきたぞ)
仮にハウゼルが単なる人間の美女だったとしたら、そこらの男に酷い目に合わされているのではないだろうか。ランスがそんな考えをしてしまうのも仕方無い位に、ハウゼルは押しに弱かった。
幸い彼女は生まれた時から魔人であったので、その立場もあって手を出す男など居なかったのだが、その結果、ハウゼルは男に対する免疫というものを、全く持ち合わせない魔人になってしまった。
実の所、身近な魔人達や姉がランスに抱かれていたという話は単なる要素でしか無くて、ハウゼルがランスに身を委ねる事を決めた大きな理由は、単に彼女が押しに弱いからというだけであった。
(こういう子は、間違い無く男に騙されるタイプだ。そうならないように、俺様が丁重に保護してやらんとな、うむうむ)
我が身を振り返る事など無いランスは、ハウゼルの身体をそっとベッドに横たえ馬乗りになる。
「がはは! たーっぷり、優しくしてやるぞー!」
「……は、い」
ランスの熱烈な視線を受けたハウゼルは、熱い吐息をごくりと飲み込む。
その様は、ランスの言葉に押されて仕方無くではあるけれど、心の何処かには期待があった事を端的に示していた。
そうしてその夜、沢山気持ち良くされてしまったハウゼルは、サイゼルより何歩か先に進んだ。