ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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これは元々ボツにした話ですが、リクエストがあったので書く事にしました。
話数的には33~36話辺りに入る予定だったものです。


おまけ
おまけの食券 ウルザ


 

 

 

 それはLP7年、5月の初め頃に起きた出来事。

 

 死の大地を踏破するという荒業によってケイブリス派が捕縛した魔人、ホーネット。

 その対抗策としてランスが人質として利用する事を考えた魔人、カミーラ。

 

 両魔人の人質交換、カスケード・バウにて行われたその作戦を無事完遂して。

 そうして一行が魔王城へと戻ってきた、そんなある日の出来事。

 

 

 

「──という事で、先程ゼスの方にも無事作戦が成功したとの連絡を入れておきました」

 

 そこはランスの部屋。

 ソファに掛ける部屋主の前には、今回の作戦でも沢山役立ってくれた軍師の姿が。

 

「ガンジー王やマジック様も作戦の成功を喜んでくれていましたよ。また何かあれば協力は惜しまないと言っていました」

 

 ランスが考えた人質交換作戦、それには魔人カミーラの存在が不可欠。つまり魔人カミーラを捕縛し封印していたゼス国の協力が不可欠となる。

 今回快くその協力をしてくれた本国の方にも作戦の結末を伝えて、その事を一応ランスに報告しにきたウルザだったのだが。

 

 

「……おぉー、そうか」

 

 しかし返ってきたその声、ランスからの返事には力が無く。

 

「……ランスさん?」

「……んー」

「あの、聞いていましたか?」

「……あー」

 

 その口から聞こえてくるのは緊張感の無い間延びした声ばかり。

 ウルザがふと見てみればその表情は暗く、そしてその雰囲気までもが暗いように見える。

 

「……はぁ~~~」

 

 遂にはこれ見よがしに、大きな溜め息まで吐いてみせる始末で。

 ソファにぐてーっと身体を預けるその男、ランスはどうやら今元気が無い様子だった。

 

「どうしました? 体調が優れないのですか?」

「……あー、そういう訳じゃねーんだけど……」

「でしたら何か……今回の作戦で納得のいかない事でもありましたか?」

 

 今回ランスが考えた作戦、魔人カミーラとの人質交換によるホーネット救出作戦。

 それにより無事ホーネットを助け出す事に成功した今、ランスがこのように元気を無くしてしまう理由が分からない。そんな疑問にウルザが内心首を傾げていると、

 

「……んー、そういう訳でもねーんだけど……」

 

 ランスはぼそりと呟いて。

 そして遠くを眺めるような儚げな視線を明後日の方角へと向けて。

 

 

「……俺様ってさぁ。一体なんの為に生きてるんだろうなー、って思ってさぁ……」

 

 なにやら急におかしな事を言い出した。

 

 

「……本当にどうしたんですか? そんな、ランスさんらしくない事を……」

 

 自らの生きる理由に迷うなど、常に過剰な程の自信に溢れているこの男が悩む事とは思えない。

 そんな事など知るか下らん、と言わんばかりの傲岸不遜さで、これまで好き勝手に生きてきたのがランスという男ではないのか。

 ただの無気力では無い、その突然な変わり様にウルザは本気で心配になってきた。

 

「それにランスさんの生きる目的というのは、その……女性に関する事なのではないのですか?」

「……そーだな。確かにその通りだ」

 

 そこで大きく頷いてみせたランスは、ソファから立ち上がってウルザと目線を合わせる。

 

「俺様が生きる目的、そりゃ勿論セックスの為だ」

「……ですよね?」

「うむ。だからウルザちゃん、セックスをしよう」

「………………」

 

 それは本当に相変わらずな要求で。

 思わずウルザは額を下げて少し沈黙してしまう。

 

 普段と様子が違ったので何事かと思ったが、どうやら根っこは普段と変わっていなかった。

 その事に呆れもしたがほんの少しだけ安堵もした彼女は、そっと口を開いて、そして。

 

「……ランスさん、私は──」

「いや言わなくていいっ! 聞かんでも分かる! どーせ駄目だって言うんだろう!?」

 

 だがその返答を遮るようにして、ランスは両手をバッと前に突き出しながら叫ぶ。

 そして「……はぁ」と嘆息した後、力無くその肩を落とした。

 

「……俺様だってもう分かっているのだ。ウルザちゃんはそう簡単にセックスさせてくれない。君は本当にガードが固いからな」

「……どうでしょう。普通、だと思いますけどね」

「いーや、君はまさに鉄壁、鉄の女だ」

「言い過ぎですよ、そんな……」

 

 自分は別にガードが固い訳では無く、あくまで普通の対応をしているだけのはず。

 それでもこれまで何度か身体を重ねている訳で、鉄壁という評価など全く当て嵌まらないはず……とそんな事を考えていたウルザをよそに。

 

「……しかしだな」

 

 ランスは横目にちらっと彼女の様子を伺って。

 そしてこの時の為に温めておいた、今この場でしか話せない重要な案件を語り始めた。

 

 

「ウルザちゃんよ、君は覚えとるか? この俺様のとっておきの秘密と言うべきものを」

「秘密?」

「そう、実は俺様は未来から過去に戻ってきた。これは本来なら秘密にしておく事なのだが、君にだけは話してやったよな?」

「あぁ、その話ですか。勿論覚えていますよ」

 

 それは確かにとっておきの秘密、忘れようが無い話だとウルザはすぐに首肯する。

 ここに居るランスは少し先の未来を知っている。今回実行したホーネット救出作戦が無事に成功したのだって、その頭の中に未来の知識があったからこそである。

 

「……でな、これはそんな俺様にとって前の世界、そこで実際にあった出来事なのだが……」

 

 そしてそのとっておきの秘密を知っている者、それはここに居るウルザただ一人だけ。

 それはつまり、ランスがこの秘密を武器とする事が出来るのもウルザだけという事になる。

 

「……ただなぁ、こんな話をしたところで多分君は信じてくれねーと思うけど。なんたって君にとっては知らん世界の話になる訳だしな」

「……知らない世界の話というのは確かにその通りですね。それを私が信じるかと言われると、それはもう内容によるとしか……」

「……そうか」

 

 内容次第では信じる事もある。

 その言質を取ったランスは一度おほんと咳払いをした後、急に真剣な顔付きになって。

 

 

「……実はなウルザちゃん。前の世界で君は俺様に対してメロメロになっていたのだよ」

 

 そんな与太話を口にした。

 

 

「………………」

 

 今しがた聞こえたとても興味深い話。

 ランスにとっての前の世界、そこで自分はランスの事を心の底から愛していたらしい。

 そんな情報を一先ず頭の中に入れたウルザは、その目を閉じて3秒程思考を巡らせた後。

 

「……ランスさん、その手には掛かりませんよ。どうせ作り話なのでしょう?」

「いーやホントだ! これはマジ!! 本当に本当の事なのだ!!」

 

 自分には知り得ぬ世界の事とはいえ、それは他でもない自分自身に関しての話。

 故に虚言だと切って捨てるウルザの一方、ランスは必死に言葉を重ねて食らいつく。

 

「確かに嘘っぽく聞こえるだろうがな、けど俺達は本当にラブラブだった!! もう毎晩のようにぬっぽりぐちゃぐちゃと、深く愛し合うような関係になっていたのだ!! マジで!!」

 

 その表情といいその声色といい、ランスの態度はとても虚実とは思えない真実味を帯びたもの。

 だったのだが、けれどもその話は嘘っぱち。前の世界で二人は何度か夜を共にした事はあれど、ラブラブと呼ぶような関係になった事実は無い。

 その程度の嘘ではこの軍師の優秀な頭脳には通じない模様で、すぐ見破られてしまったのだが。

 

「……いいか? 考えてもみろウルザちゃん」

「……何をですか?」

 

 しかしここまでは想定内。

 この軍師はそんな甘い相手じゃない、この程度の嘘をすんなり信じるような女性ではない。そんな事はランスの方も当然に理解していた。

 

「これも前にこっそり教えてやったと思うがな、本来なら今俺様達が協力しているこのホーネット派は負けてしまうのだ」

「……えぇ、そのようですね」

「んでホーネット派を下したケイブリスが人間世界に侵攻してくる訳だ。するとどーなる?」

「それは……魔物と人間の戦争になりますね。前にランスさんから聞いた話だと、キナニ砂漠からの奇襲を受けて人類は一気に劣勢に立たされたとか」

 

 大陸の中央にあるキナニ砂漠、そこから何十万もの魔物が出現し、それと時を同じくして魔物界の方からも大勢の魔軍の侵攻が開始。

 そうして勃発した第二次魔人戦争。ウルザにとっては想像を及ばせる事しか出来ない話だが、ランスは過去にそれを実際に体験してきた訳で、だからこそ語れる話というものがある。

 

「そう、魔軍の侵攻によって世界中はどこもかしこも大パニック、もうめちゃくちゃな事になってしまうのだ。分かるか?」

「えぇ、まぁ……。私の想像を越えるような状況にあったのだとは思います」

「んでそれは勿論君の愛するゼスだって同じだ。ゼスにも二体の魔人が侵攻してきてな、国中がもうしっちゃかめっちゃかにされてしまうのだ」

「………………」

「もしそうなったとしたらだ。そんな時に君が頼りにする相手と言ったら誰だ?」

「……もし、そうなったとしたら……」

 

 100万にも及ぶ魔軍の侵攻、それにより対魔軍用魔法要塞マジノラインも突破され、そしてゼス国の首都であるラグナロックアークも陥落した。

 そんな国家の危機に立たされた時、ゼス四天王の一人でもある彼女が頼る相手と言えば。

 

「ん? 誰に頼る? ん? 言ってみ?」

「……それは、ランスさんしか居ませんね」

 

 それは今目の前に居るこの男以外にあり得ない。

 何故なら相手は魔人。無敵結界と言う名の絶対防御手段を有する以上、それを打ち破れる魔剣を扱える唯一の人間、ランスの協力無くしては魔軍と戦う事など出来ないからだ。

 

「そうだ! この俺様しか居ない!! だから前回の時、君はこの俺様を頼ったのだ!! ……とまぁ、ここまでは納得出来るよな?」

「……はい。もし状況がそうなったとしたら、きっと私はそのように動くと思います」

 

 自らを客観視して同意する軍師の言葉に、ランスも「よろしい」と満足そうに頷く。

 実際にはウルザ本人から直接頼られたという訳でも無いのだが、ゼス国そのものから救援を受けたと考えれば似たような意味合いである。

 ともあれそうしてウルザから助けを求められ、ランスという男は動いた。

 

「んで俺様は頑張った。なんせウルザちゃんの頼みだからな、そりゃもうバリバリに戦い続けて遂には魔人共を見事ぶっ殺した。……分かるか? 俺様は君の為にゼスを救ったのだ」

「そんな、私の為だなんて……、それはいくら何でも大げさでは……」

「いーや大げさじゃない。だって俺様はゼスの奴らがどうなろうと知ったこっちゃねーからな。ゼス国民が何人死のうが俺様には関係無い、俺がそういうヤツだって事はウルザちゃんならとっくに理解しているだろ?」

「……それは」

 

 そこでウルザは言葉に窮したのか、二の句が告げずに口ごもる。

 ランスは英雄と呼ばれる類の人間ではあるが、しかし決して正義のヒーローなどでは無い。

 何の見返りも求めず無償の人助けをするような、そんな気高い精神性は持ち合わせていない。

 

「けどな、君の為だったら話は別だ」

 

 ただその一方で好みの女性の為ならばどんな敵とも戦える。それがランスという男でもあって。

 前回の第二次魔人戦争、その中でランスが人類の先頭に立って戦い抜いたのだって、言ってしまえばそれが理由のようなものである。

 

「ウルザちゃんの為だったら魔人退治なんぞお安い御用ってなもんだ。だからあの時の俺様は君の為に戦った、君の為にゼスを救ったのだ」

「……けど」

「その俺様の熱意が伝わったのだ! あん時の君はゼスを救ったこの俺様に惚れた!! 遂にメロメロになったのだ!! そっからはもう毎日のようにセックスする仲になったのだ!!」

 

 相手が知り得ぬ話なのを良い事に、ここぞとばかりに内容を盛りに盛りまくるランス。

 今の話の半分以上はデタラメであったのだが、しかしその中には多少の真実が確かに混ざっていたのが厄介だったらしく。

 

「………………」

 

 ウルザは沈黙のまま熟考する。

 先程ランスが話した内容、それにある程度の真実味があると感じてしまい、虚言だとバッサリ切って捨てる事が出来なくなってしまったのだ。

 

(……きっと全てが本当では無いのでしょう。特に私がランスさんに、というのは……)

 

 生まれ育ったゼスという国を救ってくれた事がきっかけで、自分がランスに対して愛情を抱く。

 それは大いに怪しいなとウルザは思う。何故ならランスがゼスを救うのは初めてでは無い。それが理由で自分の心が大きく動くのならば一度目の時にそうなっているような気がする。

 

(……けれどもランスさんの事です。この人が言いそうな事、しそうな事と考えると……)

 

 先程ランスは自分の為にゼスを救ったと豪語していたが、実際の所はどうなのだろうか。

 確かにランスはゼス国民を救う目的で戦ってくれたりはしないだろう。動くとしたら女性の為であって、その目的が自分だという可能性はあり得る。

 しかし女性の為とはいえ自発的に動いてくれるというよりもむしろ、何かしらの条件を付けてくる方がランスらしいと言えるのではないだろうか。

 

 例えば『ゼスの魔人は退治してやる。だから退治した暁には俺様の女になってくれ』とか。

 あるいは『俺様の女になると約束するのなら、ゼスの魔人は退治してやろう』とか。

 

(……何と言うか、どちらもランスさんが言いそうなセリフではありますね)

 

 そんな事を言ってくるランスの表情、その声色までもが鮮明に頭に浮かんできて。

 

(……もしそうだったとしたら、私は……)

 

 仮にランスにそんな要求をされたとしたら、その時の自分は如何なる選択をしただろうか。

 そんな事をふと考えてみたウルザは、やがてその口から小さく吐息を吐き出して、

 

(……もし、もしそうなったとしたら、その時は受け入れてしまうかもしれませんね)

 

 率直にそう思ってしまった。

 なにせ事が国家の非常事態、抜き差しならない絶体絶命の状況まで追い込まれての事である。

 全国民の命が掛かっている状況下において、何を優先すべきかの判断を誤りはしない。というよりも判断を誤るような自分では無いと思いたい。

 別に初めて抱かれるという訳でも無し、心に思う別の相手が居る訳でも無し。それこそ出会った頃は無条件に身体を重ねていたような関係なのだし、その程度の事と言えばその程度の事である。

 

 

「……毎日のように愛し合う仲。ですか」

「そうだウルザちゃん。前回の君がこの俺様にメロメロだったって事、納得出来たか?」

「……正直な所、今のランスさんの話を額面通りに受け取る事は出来ませんが……」

 

 恐らく全てが彼の言う通りでは無いだろう。

 特に自分の心境がどうだったか、彼の言う通りの想いがあったのかはかなり疑わしい。

 

「……ただ、事の成り行きによっては、そういう関係になる事もあるのかな、とは思いました」

 

 だがあくまで客観的に見た時、ラブラブのように見えていた可能性はあり得るかもしれない。

 人類の生存権を賭けた戦争という極限状態の中、何らかの要求を飲んだかあるいは行きがかり上と呼ぶべきものなのか、とにかく彼が言う通り毎日愛し合うような関係にあった可能性は否定出来ない。それはウルザも認めざるを得なかった。

 

「おぉそうか! 納得してくれたか!!」

「……えぇ、まぁ」

「そーかそーか、分かってくれたならいいのだ。そう、あの時は本当に俺様達ラブラブでな、何度もベッドの上で作戦会議をしたものだ、うむうむ」

 

 在りし日を懐かしむように呟くランス。

 ただそれはあくまで虚偽の記憶。更に言ってしまうと、それはあくまで前回の時の話であって。

 

「……ですがランスさん、それは今ここに居るこの私とは関係が無い話です」

「……む」

「先程も言いましたが、それは私の知らない世界の話ですからね。自分の事ですからその時の私の気持ちを想像する事なら出来ますが、今の私がその時と同じ気持ちになる事は出来ません」

 

 ランスが一度体験してきたらしき出来事、前回の世界での前回の自分との深い関係性。

 それは今の自分とは何ら関係の無い事だと、ウルザははっきりとそう告げた。

 

 先程からランスが前回の世界の話をする理由、自分と愛情深い仲だった事を強調してくる理由。

 それは前回の関係性を口実にして性交を要求したいのだろうと、そう考えていたウルザは今の言葉でもってそれを断ったつもりだったのだが。

 

「んな事分かっているとも!!」

「……そ、そうですか?」

「あぁそうだとも!! 前回の話はあくまで前回の話、そんなんは今ここに居るウルザちゃんにとってはなんも関係が無い! そんな事は俺様だって分かっているとも!!」

 

 急にランスは声を張り上げ、芝居がかったような大げさな態度で訴える。

 実はここまではまだ想定内。このガードの固い軍師がこの程度の攻撃でコロッといくような相手では無い事は重々承知しており、この男にとっての真の目論見はここからにあった。

 

「……けどなウルザちゃん。考えてもみろ。前回の俺様は君の為に戦って、んでその結果ゼスは救われたと言ったろ?」

「えぇ、そう言っていましたね」

「ただな、それでもさすがに全くの被害無しとはいかなかった。俺様は他の国の手助けもせにゃならんかったし、そもそも俺様が気付いた時には戦争は始まっていて、かなりヤバい所まできていたからな」

「……それはそうでしょうね。事は魔軍と人類の全面戦争ですから」

 

 前回のゼスにも死者は大勢居た。それは言われるまでも無くウルザも理解している話。

 前回の第二次魔人戦争でランス率いる魔人討伐隊は果敢に戦い、そして人類は勝利を掴んだ。とはいえそれは無傷の勝利という訳では無く、最終的には人類全体の30%以上が死滅する事となった。

 世界規模の戦争が起きた以上、どう頑張っても一定の被害が生じるのは仕方の無い事。そもそも相手は数でも個の力でも人類を上回る魔軍、それに勝利しただけでも御の字というものである。

 

「……確か戦争の中ではガンジー王も亡くなられたのですよね?」

「うむ、そうだな。……んじゃそれを踏まえて聞くがな、今はどうだ?」

「……どう、とは?」

「だからガンジーの事だ。ヤツは今死んどるか?」

「……いえ、そんな事はありませんが」

「そーだな、ヤツは残念ながらまだ生きとる。んじゃそれは誰のおかげだ?」

「それは……」

 

 何となくランスの言わんとする事が読めてきたのか、ウルザは答え辛そうに眉根を寄せる。

 ランスが一度体験してきた前回、その中では魔人メディウサに殺される事となったゼス国王。彼が今も健在でいる理由と言えば。

 

「……それはランスさんのおかげ。……と、言えるのかもしれませんね」

 

 それはランスが過去に戻ってきたから。過去に戻ってきたランスのおかげで、ホーネット派は派閥の主の捕縛という絶体絶命の危機を脱した。

 それがなければ全ては同じように進み、やがて魔人ケイブリスは人間世界に侵攻を行い、その戦火の中でガンジー王は命を落とす事となっていたはずなのだから。

 

「……ただその件に関しては、このまま戦争が起きなければという話にはなりますが」

「そーだな。このまま俺様がホーネット派を勝利に導けば戦争など起こらんな。となりゃ前回の時には山程死んだ人間も死ななくて済むって事だ」

「……そうなりますね」

「という事はだ。前回の俺様よりも今回の俺様の方がスゴい事をしてるって言えるよな?」

「……はい。そう思います」

 

 これはランスの意図する展開に乗ってしまう。

 そうだと分かりつつも、しかしウルザはしっかりと頷いて同意してみせる。

 

 人類の平和を守る上で大事な事。それは争いが起きた時に対処する力もそうだが、それよりも重要なのは争いを未然に防ぐ事。

 治安維持においてまず考えるべきは事件の抑止。それはゼス国の警察長官の立場にあるウルザも同意する所であるし、だからこそランスの要請に応えてこのホーネット派に協力しているのである。

 

「そう! そうなのだ! 分かってくれるかウルザちゃん!!」

「……えぇ、分かりますよ。今ランスさんがしている事は人類の平和にとって重要な事です」

「その通りだ!! だから今の俺様は前回よりスゴい事を、偉大な事をしているはずなのだ!!」

 

 再び声を大きく張り上げて、自分の行いの素晴らしさを高らかに主張するランス。

 だがそうしていたかと思えば、

 

「……なのにだ」

 

 すぐに元気を無くして、しゅんと肩を落とす。

 

「……それなのに、それなのにここに居るウルザちゃんはそっけない」

「……ランスさん、それは……」

「今の俺様は前回の時以上にゼス国民を救っているはずなのに。それなのにあの時のメロメロだったウルザちゃんはもうどこにも居ない」

「………………」

「……俺様は今回の方が頑張ってるのに。それなのにウルザちゃんとは前みたいにラブラブセックスが出来ないだなんて……つらい、つらすぎる」

 

 その声のトーンはどんどん下がっていき、それと共にその男もどんどん萎れていき、やがてすとんとしゃがみ込んで両手で膝を抱える。

 

「……そんな事を考えてたらな。俺様って一体なんの為に過去に戻ったんだろう、一体何の為に生きてるんだろう、って思えてきてしまってな……」

 

 ここでようやく冒頭の話に繋がる。

 つまりランスは前回の時と今を比較した結果、今自分がしている事の報われなさを痛感して虚無感に襲われてしまったらしい。

 

「……はぁ。俺様のお陰で平和な世界があるのに、んな事だーっれも知りもしない。こんなスゴい事してるんだから少しぐらい見返りがあったって良いはずなのに、なーんも無い。俺様の頑張りなんざだーれも見てないんだろうなぁ、はぁぁ~……」

 

 大きな大きな溜め息を吐き出して、あからさまにいじけて見せるランス。

 それは勿論打算込みの演技でもあるのだが、ただ半分ぐらいは本音混じりでもある。

 

 何故なら前回の第二次魔人戦争。ランスは人類の先頭に立って過酷な戦いに身を投じた。

 ただその見返りとしてその活躍に相応しい立場、世界総統という地位を得ている。つまり前回の時、ランスは世界一の権力者と呼べる存在だった。

 だが仮に今回このままホーネット派が勝利し、第二次魔人戦争が起こらなかったとしたら、その時ランスを総統と呼ぶ者は何処にもいない。

 今この世界において、ランスが世界一の権力者になった事実など何処にも存在しないのである。

 

 今回の方が人類の平和に貢献している。にもかかわらず今回の方が得られる利得が少ない。

 であれば確かに報われない。何かと現金なランスのやる気も失せてしまうというもので。

 

「……ランスさん……」

 

 そんな思いを汲み取ってあげられる存在がいるとしたら、それは現状この世界で唯一人だけ。

 ランスが過去に一度人類を救い、そして今もまた別の方法により救おうとしている、その双方の事実を知っている彼女ただ一人だけとなる。

 

「……はぁ。虚しい、虚しすぎる。もう駄目だ、もう俺様何をする気にもならん」

「………………」

「……なんかもう色々どうでもよくなってきたな。もうランス城に帰ろっかなぁ……」

「………………」

「……せめてウルザちゃんには分かって欲しかったのになぁ。ウルザちゃんならきっと理解してくれると思ったのになぁ……はぁぁぁ~……」

 

 三角座りで丸まったまま、ランスはその指先でいじいじと床に文字をかき始める。

 その小さくなった背中を、寂しげなその背中を眺めていたウルザは、

 

「………………」

 

 口元に手を当てたまま数秒悩んで。

 

「………………」

 

 額を痛そうに押さえながら数秒悩んで。

 

「………………」

 

 遂には瞼をぎゅっと閉じたまま数秒悩んで。

 

 

「……はぁ」

 

 と諦めたように嘆息して。

 そしてそのいじけた背中へと近づいていくと、

 

「……分かりました。分かりましたよ、もう……」

「……お」

 

 その背中を後ろから優しく抱き寄せた。

 

「……分かった?」

「……えぇ、分かりました」

 

 渋々ながらといった感じの声、それはランスの耳元すぐ近くで聞こえる。

 

「分かったって? 分かったって何が?」

「ですから……ランスさんは今自分がしている事への見返りの少なさに不満なのですよね? ……それと、前回と今とで違いすぎる私の態度にも」

「そうそう、そうなのだ」

「だから……その……」

 

 少しだけ言いよどんだ後、その頬をうっすらと赤く染めた表情で口にする。

 

「……それが見返りになるのでしたら……時々で良ければ、その……ランスさんのしたい事に……付き合ってあげます」

 

 こうして遂にウルザは折れた。

 ランスがこの時の為に温めておいた秘策、やさぐれ作戦が見事にハマった瞬間であった。

 

「いやったー!! ウルザちゃんからOKが出たぞーー!!!!」

 

 常にガードの固い軍師、ウルザ・プラナアイスからの了承の言葉をようやく勝ち取った。

 その事にランスは急激にテンションが復活、嬉しさのあまりぴょーんと跳ね起きる。

 

「ならばしよう! すぐしよう!! さぁウルザちゃん、いざベッドへレッツらゴー!!」

「ちょ、ちょっとランスさん……!」

 

 そしてその気持ちが変わらぬ内にと、即座にランスはウルザをひょいと肩に抱えて走り出す。

 居室から寝室までという短い移動の間に、自分の衣服はおろか相手の衣服までも全て剥ぎ取る神業を披露してみせると、そのままベッドへとダイブ。

 

「ぐふふふ……! さぁーてウルザちゃん、お楽しみの時間だぞぉ~……!」

「っ、……えぇ」

 

 全裸となったランスはにぃと笑って、その華奢な身体に上から覆い被さる。

 まだ昼過ぎという時間の中、服を脱がされ組み敷かれたウルザは羞恥のせいか、その首の向きを限界まで真横に逸らす。

 

「ではいっただっきまーすっとっ!!」

 

 そして早々とその右手が伸びて、彼女の露わになった双丘に触れる、その直前。

 

 

「あそうだ、どうせなら前回の時みたいにするか」

 

 突然ランスはそんな事を言い出した。

 

 

「え、それってまさか……」

「うむ。せっかくウルザちゃんから許可が出た事だしな。前回の時みたいに恋人同士のラブラブセックスといこうではないか」

「……いえ、それは──」

「おっと、拒否はいかんぞ。俺様のしたい事に付き合ってくれるって言ってたもんな?」

「……確かにそう言いましたが……」

 

 口車に乗せられている自覚はあった。ただランスが先程言っていた内容、貢献のわりに見返りが少ないのは事実だとも思ってしまった。

 それでやる気を削がれるだけならまだしも、途中で投げ出されては困りものである。そこでせめてもの慰みになればとあんな言葉を口にしてしまった訳だが、ウルザはさっそくその判断を後悔したい気分になってきた。

 

「……けれど先程も言いましたが、私はその時の事を知りませんから……」

「でも自分の事だから想像する事なら出来るって、そうも言ってたよな?」

「……そうですね、そう言ってしまいましたね」

「だよな? さぁ想像してみるのだウルザちゃん。あの時俺様にメロメロだった自分の気持ちを。何度も何度も愛し合っていたあの時の気持ちを」

「………………」

 

 何もこんな時にそんな事を、と文句を付けたい気持ちはあれど、自ら口にした以上は仕方無い。

 赤く染まった恥じらいの表情のまま、ウルザはその時の自分の気持ちを想像してみる。

 

(私の、気持ち……)

 

 ランスが言う前回の世界、そこで自分はランスの事を深く愛していたらしい。

 正直とても嘘っぽい話ではあるが、仮にそれが事実だったとして、その時の自分はどのような心境で、どのような気持ちでいたのだろうか。

 

(……もしも、もしも本当に、私がランスさんを愛していたのだとしたら……)

 

 例えばこうしてランスと身体を重ねる度、これまでとは違う喜びを感じていたのだろうか。

 例えばランスが他の誰かと夜を共にする度、これまでとは違う寂しさを感じていたのだろうか。

 そんな事を思う自分が、そんな感情を抱く自分が何処かの世界には居たのだろうか。

 

(……けれど)

 

 だが仮にそんな自分が何処かに居たとしても。

 先程ランスに告げた通り、それは自分には知り得ぬ世界での話であって。

 これまた先程ランスに告げた通りだが、今ここに居る自分がその時の自分と同じような気持ちになる事は出来ない、出来ないのだ。

 

 ──けれど。

 

 

「………………」

「……どうだウルザちゃん、俺様を愛していた自分の気持ちを想像してみたか?」

「……えぇ、少しだけ」

 

 そう答えた彼女の瞳。その目に映るは相変わらずの楽しそうで嬉しそうな顔。

 いつもいつもズルい事ばっかり言って、性懲りも無く自分の事を求めてくる困った人。

 その顔を眺めながら、ウルザは苦笑するかのように小さく笑うと、

 

(……どうでしょう、意外と今と似たようなものなのではとも思いますけれどね)

 

 なんて事を考えて。

 そしてその首の後ろに両手を回すと、その口元に自分のそれをそっと重ねた。

 

 

 

 

 


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