ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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TURN 5
オアシス都市シャングリラ


「暑っづぅ……。シィル、水だ。水を寄越せ」

「………………」

「……あー、そうだ。シィルは居ないんだった。……んじゃホーネット、水を寄越せ」

「私は、貴方の小間使いではありません」

 

 だらしなく舌を出して歩くランスに向け、ホーネットは素っ気なく言葉を返した。

 

 

 

 頭上を痛いほど照らす太陽、肌を焼く熱風に、辺り一面の砂。

 ここは大陸の中央、人間世界の3大国に囲まれた場所、キナニ砂漠である。

 

 先日ウルザから重要な報告を受けたランスは、その後すぐにうし車に乗って魔王城を出発した。

 そしてなげきの谷、番裏の砦、ヘルマンを通過してこのキナニ砂漠へ到着していた。

 さらには熱気押し寄せるこの砂漠を越えて、砂漠に隠されたオアシス都市シャングリラに向かう為、ランスは数時間前から暑さに耐えながらひたすらに歩いていた。

 

 ランスの前方には、ローブで全身を覆った格好の砂漠案内人の姿。これは現地で落ち合って道案内を受けるようにと、ウルザが手配したものである。

 そして隣にはホーネット派の主である魔人筆頭が居て、その他には誰も居ない。ランスはホーネットと二人だけでこの砂漠に来ていた。

 

『未だ魔物界では派閥戦争が継続中であり、そちらの戦力を低下させる訳にはいかない。だから連れて行くのはホーネット一人でいい』

 

 それが、出発前にウルザやシルキィに対して告げたランスの弁であったのだが、実の所、ランスがホーネットと二人だけでここに来たのには、もう一つ別の理由があった。

 

(くっくっく……。そろそろここらで、この俺様のちょーカッコいい所をずばーんと見せつけて、ホーネットのハートをぐっと掴まないとな!!)

 

 つまりはそのような理由、自分の活躍をこれでもかとアピールして、その魔人の気を惹く為。

 ホーネットの態度は確実に軟化している。このまま押し続ければ必ずものに出来ると確信を持つランスは、自分の活躍の場を奪う程の戦力は必要無いと考え、他の魔人達は連れて来なかった。

 

 けれどかなみやウルザ、そして普段雑用係として何処にでも連れ歩く、シィルまで連れて来なかった理由はそんな建前とは別。

 本音は単に、これから戦う魔人の所に彼女達を連れて行きたくないだけだった。

 

(カッコいい所を見せつける。うむ、そのつもりなのだ。……そのつもり、なの、だが……)

 

 そんな事を企むランスにとっての大きな想定外、いや想定してはいたつもりなのだが、それでもやっぱりキナニ砂漠は暑かった。

 

 燦々と降り注ぐ日差しはいっそ憎たらしい程に強く、地獄の釜のようなこの暑さに、頭は朦朧として視界はぐにゃりと歪む。

 とてもでは無いが、カッコいい姿を見せるなどと意気込んでいられる環境では無かった。

 

「……がー! もう無理だ! やってられるか!」

 

 先程の決意はどこへやら。すぐにランスに我慢の限界が来た様子で、どてーんと熱砂の上に大の字になり、とてもカッコ悪い姿を晒す。

 見かねて立ち止まったホーネットの、その瞳には若干白い色が含まれていたが、今のランスにそんな事を気にする余裕は無かった。

 

「あつい。あっつい。あーっづい!!」

「………………」

「……暑い。果てしなく暑いぞホーネット。なんでここはこんなに暑いんじゃ」

「砂漠ですからね。そのように寝転んでいる方が、むしろ暑いと思いますよ」

 

 魔人とはいえ同じように暑さを感じているはずなのだが、ホーネットは澄ました表情で口を開く。

 透けた服越しに覗けるその絹の様な肌には、汗の粒一つ流れていないようにランスには見えた。

 

「……お前、あんま暑くなさそうだな」

「いえ、暑いですよ」

「いーや、きっと暑くない。そうだと言え。んで、お前の分の水を寄越せ、ホーネット」

「自分の分があるでしょう。それを飲みなさい」

 

 ホーネットはランスの首元を指差す。その首には自分用の水筒が掛かっていたのだが、その中身はとっくに空になっていた。

 

「暑い……、水……」

 

 常ならばそばに居る奴隷から、あるいはそこらに居る誰からでも水を奪って喉を潤したであろうが、ホーネットと二人きりだと我儘が通用しない。

 そんな事もあってか、暑さにやられたランスの目は次第に虚ろになっていった。

 

「……もう駄目だ。水が無いと死ぬ。あぁ、俺様はこんな所で死ぬのか。俺様が死んだら、世界中の女達が嘆き悲しむだろうなぁ」

「………………」

「俺様はホーネットの事を助けてやったのに。ホーネットはそんな俺様の事を見捨てるってのか。信じられん、なんて薄情な奴……」

 

 ちらりとその魔人の方を横目に見ながら、ランスはとてもわざとらしく絶望した表情を作る。

 ホーネットは眉間に微かな皺を寄せながらも、寝転ぶランスの首から水筒を取る。そして高い魔法の才を駆使して、その中に冷えた水を作り出した。

 

「どうぞ」

「おお、サンキュー! つーか、んな事出来んなら最初からそうしろっての」

 

 ランスはがばっと起き上がり、ホーネットの手から水筒を受け取ってごくごくと飲み下す。砂地にあぐらを掻く男の身体に奪われた水分が戻っていき、そしてあっという間に水筒は空になった。

 

「ふぅ、生き返る……。ホーネット、もう一杯」

「……全く、貴方には忍耐が足りません」

 

 はぁ、と嘆息しながら再び水筒の中に水を作り出す。それを受け取り、またすぐに飲み干してしまいそうな勢いのランスを眺めながら、ホーネットが口を開く。

 

「それに、緊張感も欠けています。貴方は、この旅の目的を理解しているのですか?」

「んなの分かっとるわ。蛇女をぶっ殺しに来たんだっての」

 

 ランスのその声色には、先程までには無かった鋭さがある。

 『蛇女』彼がそう呼ぶあだ名は、ケイブリス派のある魔人の事を指していた。

 

 

 魔人メディウサ。それが、今シャングリラの地に居る魔人である。

 へびさん、という種族の女の子モンスターが魔人になった存在であり、その性格は残忍の一言。女性を虐めるのが大の趣味で、相手が死ぬまで徹底的に陵辱を繰り返す、極め付きのサディスト。

 

 前回の第二次魔人戦争、メディウサはゼスの侵攻の中で何人もの女性を弄び、犠牲者の中にはランスが自分の女と呼ぶような相手も含まれていた。

 彼にとって、それは今思い出しても腸が煮えくり返るような痛恨事。だからこそ今回は是が非でもそんな展開を防ぐ為、ランスは手早くメディウサを討伐するつもりでいた。

 

 

「……それにしても、少し意外でした」

「何がじゃ」

「貴方は女性に目が無い様子ですから、メディウサにも興味を示すのかと。知らないのかもしれませんが、あれは相当な美女ですよ」

 

 少なくとも外見だけを見て判断するのなら、この男の好みに合致するのでは無いか。

 そう思って口にしたホーネットの言葉に、ランスはむっと不満げな表情になった。

 

「……あのな、俺様だって相手は選ぶ。あれは駄目だ。確かに美女だが他の美女を殺しやがるからな。この世の美女は全て俺様のものだ。俺様のものに手を出すあいつは生かしておけん」

 

 実の所彼女の言葉はその通りで、ランスも最初はメディウサの外見に大いに興味を惹かれた。

 メディウサの性格を知ってからも、彼女を自分の女にしようとした時期もあった。女を虐める女というのは、ランスにとっては別に初めての事では無かったからである。

 

 どんな敵であっても、それが美女ならば退治した後お仕置きセックス。今まではそうだったのだが、しかしメディウサとは結局そうはならなかった。

 その残忍な性格の度合いがランスの許容を超えていたのか、それとも身近な女に手を出したからなのか。いずれにせよ、彼はもうメディウサに容赦をする気は無かった。

 

「……あれの性格の事まで知っているのですね。ならば、自分の大事なものの為というなら尚の事、もう少し緊張感を持ちなさい。ほら、行きますよ」

「おい、待てっての」

 

 ホーネットが先を歩き始めたのを見て、ランスは慌てて立ち上がり後を追った。

 

 

 

 

 

 

 一行は、キナニ砂漠を進んでいく。

 

 前回はシャングリラが魔軍に占領された影響で、キナニ砂漠にも多くの魔物兵が居た。

 だが現在は魔人メディウサが居るとはいえ、大量の魔物兵が占拠する状態にはなっていない。その事が影響しているのか、キナニ砂漠を進む一行の前には原生の魔物が僅かに出現する程度。

 

 ランスが魔剣カオスを手に取るまでもなく、出てきたそばからホーネットの高出力の魔法によりそれらは容赦無く瞬殺され、その意味では前回よりも遥かに楽な道のりだった。

 

 だが、前回同様の暑さだけはどうにもならない。体中から汗が流れ、ベタつく服の不快感に耐えながら砂漠を歩いていると、やがてランスの視界にその光景が映った。

 

「……あ。なぁおい、ホーネット」

 

 何かに気付いたランスの手が、隣を歩くホーネットの身に着けた巨大な肩当てを叩く。

 

「どうしました?」

「あれをみろ、あそこにオアシスがあるぞ。暑いしちょっと水浴びしていこう。俺様がお前の身体を流してやろうじゃないか」

 

 下心満載のそんな言葉を口にしながら、ランスが差した指の先には、ただ砂漠だけがあった。

 

「そのようなものはありません。蜃気楼でしょう」

「蜃気楼、だと? いや、確かにあるような……」

 

 ランスはじっと目を凝らす。その瞳には、確かにはっきりと幻のオアシスが映っていた。

 明後日の方向を睨みつけたまま立ち尽くす男を無視して、ホーネットはすたすた進んでいく。

 

「おいホーネット、あそこをちゃんと見ろ。あれは確かに……て、ありゃ?」

 

 ふと気づくと砂漠に取り残されていたランスは、再度慌てて彼女の後を追った。

 

 

 

 

 

 一行は、さらにキナニ砂漠を進んでいく。

 

 収まる気配の無い暑さに加えて、どれだけ歩いてもまるで代わり映えの無い、地平線の先まで砂ばかりの景色では気分も滅入る。

 しんどいだとか、帰りたいだとか、そんな愚痴を漏らしながら歩く事またしばらくして、ランスがびくっと大袈裟な程に反応した。

 

「お、おお!? おい、ホーネット!!」

 

 ランスの手が隣りを歩くホーネットの肩当てを掴み、乱暴にがしがしと揺らす。

 

「……どうしました?」

「あれを見ろあれを! 裸の女が居るぞ!! しかもすげー美人!!!」

 

 ランスが慌てて指差したその先には、やっぱりただの砂漠だけだった。

 

「……裸の女?」

 

 内心の呆れを外に出さないよう繕いながら、ホーネットは至って普通の声で口を開く。

 

「そのようなものが居るはずが無いでしょう、暑さで頭をやられてしまったのですね。後で回復してあげますから、今は進みます」

「いや、居るっ! 間違いなくあそこに居る!!」

 

 幻覚をみるランスが、突如出現した裸の美女の下にぴゃぴゃーっと走り出そうとしたその時、ホーネットの手がランスの腕をしっかりと掴んだ。

 

 そのまま彼女に引きずられるようにして、ランスはキナニ砂漠を進んで行った。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 そしてその後、なんとかランスは砂漠に隠された都市、シャングリラに辿り着いた。

 

 魔物がうろつくシャングリラ内に入る事を拒んだ砂漠案内人とは、到着直前ですでに別れており、ランスはホーネットと二人きり。

 宮殿への正門前で昼寝をしていた、見張り役と思われる魔物兵をぱぱっとやっつけて砂中に埋めると、宮殿の内部に足を踏み入れる。

 

 前回のシャングリラは人間界へ侵攻する為の魔軍の中継基地となっており、その内部には大量の魔物兵が存在していた。

 しかし今はその魔人が人間界への行楽の旅に同行させた、ほんの少数の魔物兵しか存在しておらず、風の音しか聞こえない位に都市内は静かであった。

 

 

「……外から見た時も思いましたが、このような砂漠にあるとは思えない位、整った場所ですね」

 

 周囲を見渡しながら、ホーネットは感心して目を見張る。彼女からするとあまり馴染みの無い建築様式だったが、美しい都市だという印象を受けた。

 

「そうだな。相変わらず、俺様の城より豪華な所がムカつく。……てかあれだな、かなみ位連れて来るべきだったかもな。こう広いと蛇女を探すのが面倒だ。……あ、そうだ」

 

 特殊な力によって生み出されたオアシス都市シャングリラは、贅沢を極めたと言っても差し支えない程豪華な有様であり、かつ、都市と呼ばれる程には広い。前回の時には、何万体もの魔物兵が寝床にしていた位である。

 この広大な都市の中から、魔人メディウサを探すのは骨が折れそうだなと、思わず顔を顰めたランスはすぐに魔人捜索の裏技を思い出した。

 

「おいカオスよ、蛇女の居場所はどっちだ」

「……んーと、確かに一体魔人がおるね。……あっちじゃな」

 

 魔剣としての特性で魔人の居場所を感じ取ったカオスが、その目の向きでランスに指示をする。しかしカオスの視線の先には、それはもう沢山の建物があった。

 

「あっちじゃ広すぎる。もっと細かく教えろ」

「……あっち」

「……分からんなら分からんと言え。クソ役立たずめ」

 

 酷な言葉にしょぼくれるカオスを無視して、ランスはカオスが指示した方向を見やる。

 とても面倒ではあるが、とは言え他に方法も思い付かない。仕方無く目に付く建物を片っ端から探索していこうと、無造作に歩き始めたランスをホーネットの手が止めた。

 

「待ちなさい。そのように警戒もせずに進むのは危険です」

「警戒って言っても、魔物兵なんざ殆ど居ねーじゃねーか」

 

 ランスが周囲を見渡す限り、魔物兵は居ない。そもそもの数が少ない上に、まだ人間世界に侵攻していない現状、ここに人間が乗り込んで来るとは考えておらず、相手は何も用心していないのだろう。先程の見張りの魔物兵が昼寝をしていた事からも、それは見て取れた。

 

「確かに魔物兵は問題無いでしょう。しかし、メディウサに遭遇したらどうするのです」

「どうって、その為に来たんじゃねーか、サクっと退治してくれるわ。がーはっはっはっは!」

 

 軽くけちょんけちょんにしてやるぜと、そんな気分で高笑いをするランス。その姿を、

 

「………………」

 

 じっと見つめていたホーネットは、出発の時からずっと気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「……やはり、貴方は戦うのですか? こう言っては何ですが、貴方より私の方が遥かに強いのですから、戦う事は私に任せて、貴方は隠れていても構いませんよ」

「んなカッコ悪い事が出来るか! ……まぁ確かに、さすがの俺様も魔人が相手となると、ちょっと、ほんのちょーっとだけキツいかもしれんが」

 

 あくまでちょっとだけな。と、ランスはしつこい位に念押しするのを忘れなかった。

 

「けどまぁ、蛇女と戦うのは初めてじゃねーし、なんとかなんだろ。それに加えてお前が居りゃ、楽勝だ楽勝」

 

 メディウサの残忍な性質はともかく、その強さに関してはランスは然程脅威に感じていなかった。そもそもここにホーネットしか連れてこなかったのは、それで十分だと確信があったからでもある。

 

 メディウサとホーネットの強さを比較すると、ホーネットに分がある。それも少しでは無くかなりの差があると、ランスは歴戦の戦士としての感覚で感じ取っていた。そして事前の調査により、シャングリラに魔人はメディウサ一人しか居ないと判明している。

 その為、さすがに自分がメディウサと一対一で戦うのは荷が重いが、そこにメディウサより強いホーネットを加えた二対一なら、間違い無く勝てるとランスは想定していたのである。

 

「そうですね。貴方の言葉は間違っては無いと思います。……しかし、一つ懸念があります」

「懸念だと? まさかお前、蛇女には勝てないとか言うつもりか?」

「いえ、そんな事は。メディウサよりも私の方が確実に強い。……ただ、問題は彼女の使徒です」

「使徒?」

 

 蛇女の使徒って何だっけ? と、もはや薄れつつある記憶を探るべく首を傾げるランスに対して、ホーネットは至って真剣な表情だった。

 

「メディウサの使徒、アレフガルド。あれは、事によってはメディウサよりも厄介な存在です」

 

 

 

 

 

 


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