ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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モスの迷宮

 

「ワーグと戦うには、貴方はレベルが足りない」

 

 シルキィから遂に突き付けられてしまった、その衝撃の事実。

 

 その事に声も出ない程のショックを受けたランスだったが、しかし落ち込んでいる暇など無い。

 屈辱的なそんな言葉を言われっぱなしでいる訳にはいかないし、何より魔人ワーグを抱きたい。

 どうしても見知らぬその魔人とのセックスを諦め切れないランスは、ワーグと戦うに足りるまで、今すぐレベル上げを行う事を即断即決した。

 

 サイサイツリーでの夕食の団欒の中、逃げるように何処かへと走り去っていったランスはその後、シルキィが危惧したような敵派閥の拠点や危険な森に突っ込むような事態にはならず、幸運にも岩肌にぽっかりと口を開けた洞窟を発見した。

 

 モスの迷宮。その洞窟は、魔物界に棲む者達からはそう呼ばれている。

 

 迷宮内に足を踏み入れてシィルに魔法によって辺りを照らすと、狭かった入口とは対照的に迷宮と呼ばれるだけの事はあり、内部は入り組んでいて横幅も天井にも広がりがあった。

 そして、迷宮の奥からは獲物の気配が感じられた為、ランスはしばらくこの場所にてレベル上げを行う事に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 土と岩で固められた、自然をそのままくり抜いた様なモスの迷宮内を進むランス達は、曲がり角を曲がった所で三体の魔物と出くわした。

 その先頭、豚人間とでも呼ぶべき容姿のぶたばんばらが、先が鋭く尖った槍をその手に構えて、ランスに向かって遮二無二突進する。

 

「ランス、アターック!!」

 

 対峙するランスは初っ端から全力全開、すでに力を溜め終わっていた必殺技でもって迎え撃つ。

 振り下ろされた魔剣は迫り来る槍の穂先を粉砕し、数瞬遅れて発生した衝撃波によって体をずたずたに引き裂かれ、ぶたばんばらは絶命した。

 

 一体目の魔物を倒したランスだったが、その必殺技の撃ち終わりの隙を狙って、空中に浮かぶ手の生えた目玉、マグボールが襲い掛かる。

 その手に生えた鋭い爪で、地面に剣を叩きつけた格好のランスを引っ掻こうと勢い良く迫るが、

 

「炎の矢!」

 

 その動作よりも先にシィルの魔法が完成する。ランスの攻撃後の隙を的確にフォローする、合図せずとも通じる熟練の連携で放たれた炎の矢は、マグボールの巨大な目玉に突き刺さる。

 その熱とその痛みに狼狽えている間に、体勢を整えたランスによってマグボールは両断された。

 

 二体の魔物が倒され、そして最後に残った魔物。

 

「ていっ」

「あいやー」

 

 ランスはハニーフラッシュを放とうとするグリーンハニーに対し、げしーっとランスキックを一撃。憐れ瀬戸物は粉々になってしまった。

 

「ふぅ。こんな雑魚共、俺様の相手にならんわ」

 

 出現した魔物達を軽く倒したランスは、肩慣らしにもならないと言った様子で腕を回す。

 

 超一流の冒険者と言えるランス達にとって、この程度の相手は苦戦する様なものでは無い。シィルにヒーリングを命ずる必要も無い戦闘を終えたランスは、油断無い目付きで迷宮の奥を睨んだ。

 

「よしシィル、次だ次。次の魔物をしばくぞ」

「はい!」

 

 シィルは元気よく返事をする。次なる獲物を求め、ランス達は再び迷宮内を歩き出した。

 

 

 

 今のはレベル上げに勤しむランス達の一部始終。

 

 だが、そんな感じでランスが真面目にレベル上げを行っていたのは、洞窟に入ってからほんの一時の間、今より少し前までの話であった。

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

「あっ……」

 

 モスの迷宮内。ごつごつした岩肌の壁に湿り気のある女性の声が反響する。

 

 自らの口から漏れてしまったその声に、その女性は恥じるように口元を押さえる。

 彼女のほっそりとした腰には、いやらしい笑みを浮かべた男の左手が抱え込む様に回されており、その撫でるような手付きが先の声の原因だった。

 

「あ、あ……、だめ、駄目です、ランスさん……」

「くっくっく……駄目か。ならば、もっとちゃんと抵抗しないとな。さもないと、また俺様の言いなりになってしまうぞ?」

 

 耳元で囁かれるその言葉に、反射的に肩を揺らしたその魔人は紅潮している頬を背ける。

 彼女の身体に背後から隙間無く密着しているランスは、その柔らかい身体の感触を味わいながら、自分の右手を彼女の右手の上に重ねた。

 

「……お願いです、もう、これ以上は……」

「まだまだ足りん。ハウゼルちゃん、君は何も考えず、全て俺様の言う通りにすればよいのだ」

 

 ランスに背後から抱きしめられ、体の自由を奪われているのは魔人ハウゼルであった。

 彼女は抵抗の意思を示すように首を小さく横に振るが、そのようなもの大した効果は無い。むしろその嫌がる姿はランスのサディズムを刺激したのか、にやりと口角を釣り上げる。

 

「さぁ、もう一回だ」

「……ランスさん、」

 

 ──ダメです、止めてください。

 その言葉がどうしても喉から出ないハウゼルは、辛そうに表情を歪める。

 しかしランスはそこにいる哀れな獲物に対して、一切の躊躇をしなかった。

 

 

「そーれポチっとな」

「あぁっ!」

 

 ハウゼルの手に重ねられたランスの手が、彼女の持つ巨銃『タワーオブファイアー』の引き金を彼女の指ごと押し込んだ。

 するとその銃口の先から、魔人としての力の顕現たる巨大な火柱が放射され、ランス達の眼前に並ぶ魔物の集団はあっという間に消し炭になった。

 

「おおー。さっすが魔人、こりゃやっぱ楽でいいな。……ちと熱いが」

 

 炎の残滓を払うように顔の前で手を振るランスだったが、その口からは何度目かになるその光景に対しての、素直な賞賛の言葉が出る。

 見れば彼のそばに居るシィルも、その炎の破壊力と迫力にぱちぱちと拍手をしていた。

 

 

 モスの迷宮内にて真面目にレベル上げをしていたランス達だったのだが、二人の事を探しに来たハウゼルと合流して以降、ランスは戦闘の全てを彼女に任せっぱにしていた。

 なにせハウゼルは魔人である。その手に持つ巨銃、タワーオブファイアーから放たれる力はそれはもう目を見張る威力があり、彼女が一度その引き金を引けば、わざわざ自分が剣を抜かなくてもあっという間に戦闘は終わる。

 

 加えて魔人である彼女には無敵結界があり、襲い掛かってくる魔物達の攻撃は一切通じない。

 少々可哀想だが盾にするにも持ってこいであり、そんな理由でハウゼルを先頭にしたランス達は迷宮内の魔物達を片っ端から蹴散らしていた。

 

「うぅ、このような事……。私は魔人なのに……」

 

 しかし無敵結界により守れるのは肉体だけであり、その心には傷を負う。モスの迷宮内に突如出現した殺戮者となったハウゼルは、沈痛そうな面持ちで頭を下げていた。

 

「別に魔人だからって、魔物を退治しちゃいけないなんて決まりは無いだろ。それにだ、そもそも何年も前から魔物同士で戦争してるんだろ?」

「それは確かにそうです。けれど、ここに居る魔物達は恐らくケイブリス派ではありませんし……」

 

 現在、派閥戦争真っ只中の魔物界であるが、魔物界に存在している全ての魔物がどちらかの派閥に属している訳では無く、無所属の魔物や戦いに興味の無い魔物もある程度存在している。

 ここに居るのはそんな魔物達、あるいは戦争から逃げて隠れている臆病な魔物達かもしれない。

 

 そのように考えてしまうと、戦争と無関係の魔物達を魔人の自分が退治している現状に、優しい性格のハウゼルは胸を痛めてしまうのだが、当たり前だがランスは何も気にしていなかった。

 

「なーに、安心しろハウゼル。ここの奴らは今日この時、俺様の経験値になる運命だったのだ。奴らの死因は寿命であって、君が殺した訳じゃない」

「ランス様、さすがにそれはちょっと無理があるような……」

 

 シィルの真っ当なツッコミを一切無視して、ランスはハウゼルに近づくとその体を抱き寄せる。

 辛そうな彼女を慰めるように帽子の上から頭を優しく撫でると、ハウゼルの瞳が僅かに潤んだ。

 

「ランスさん……それともう一つ思ったのですが、こうして私の力だけで魔物を倒す事が、ランスさんの成長に繋がるのでしょうか?」

「あぁ、それは大丈夫。俺達はパーティだからな、君が戦えば俺にもちゃんと経験値が入るから」

「そうなのですか?」

「そう。そういうものなのだ」

 

 ランスにも詳しい仕組みはさっぱり謎だが、とりあえずそういう事になっているので、そういうものなのだとしか言い様が無かった。

 

「つー事で。よーしハウゼルちゃん、次行くぞー」

「え、まだ戦うのですか……?」

「とーぜん。俺の事を役立たずの無能扱いするシルキィちゃんを見返す為には、こんなもんじゃまだまだ全然足りんからな」

「ランスさん、シルキィはそういうつもりで言った訳じゃ……」

 

 ハウゼルがここにいるのは、元はと言えばシルキィがランス達の身を案じたからである。

 そんな優しいシルキィの為にもランスの思い違いを訂正しておきたいハウゼルだったが、聞く耳を持たないランスは迷宮の先へと進んでいく。

 

 諦念するように一度瞼を伏せたハウゼルは、シィルと共にランスの背中を追う事にした。

 

 

 

 

 その日、ランス一行は一日中モスの迷宮内を探索した。

 

 時折出現する魔物にはハウゼルのタワーオブファイアーの銃口が無慈悲に向けられ、放たれる豪炎によってその身を無残に散らしていく。

 

 ダンジョンのお約束、幾つか発見した宝箱からはろくな物が出なかったが、それでもランス達はモスの迷宮をどんどんと下り、地下5階に下る道を発見した所で本日の冒険は終了。

 

 そろそろ腹が減ってきたので、ランス達は安全そうな場所でキャンプをする事にした。

 

 

 

 

 

 

 そして食後。

 

「いやー。にしても今日は良く戦ったぜ」

 

 シィルが作った簡単な夕食で腹を満たしたランスは、体をぐぐっと上に伸ばす。

 その顔には久々に身体を動かした事の少しの疲労と、本日の結果に対する充実感が見て取れた。

 

「ですね、ランス様。……ハウゼルさんも、今日は本当にお疲れ様でした。どうぞ」

「有難うございます、シィルさん」

 

 冒険中のキャンプというこの状況下においても、丁寧に食後のお茶を淹れたシィルが、それをランスと本当の功労者であるハウゼルへと手渡す。

 ハウゼルは小さく頭でお辞儀をして受け取り、熱々のお茶で喉を潤した。

 

「ふぅ……」

「ハウゼル、今日の君はとても良く頑張った、偉いぞ。おかげで経験値はがっぽがぽだ」

「……お役に立てたのなら良かったです。レベルは上がりましたか?」

「おう、さっき飯食う前にウィリスを呼んだが、結構レベルが上がった。思えばあいつを呼ぶのも久しぶりだったから、大分経験値が溜まっていたみたいだな」

 

 人間はレベル屋かレベル神を利用しない限りレベルは上がらない。前回最後に呼んだ時から蓄積されていた分の経験値、特に魔人であるメディウサを討伐した分を含めて相当な量があったのか、元々40あったランスのレベルはすでに4つ程上昇していた。

 

「これで昨日までの俺様とは違うぞ。このままレベルをもっと上げ続ければ、今度はきっとワーグちゃんに近づけるはずだ。ワーグちゃんは魔人の中では最弱って話だから、近づく事さえ出来ればこっちのもんだな。がーっはっはっは!!」

 

 いよいよお仕置きセックスの時間が近いぜ。と、満足そうに高笑いをするランスの一方で、ハウゼルはどこか晴れない表情していた。

 

「……けれどもランスさん、本当にこれでワーグに近づけるのでしょうか?」

「近づける。……それとも何か、君もシルキィちゃんと同じで、クソ雑魚の俺にはいくらレベルを上げた所でワーグに近づくのは無理だと言いたいのか」

「そ、そんな事を言うつもりはありません! ……ですが、ワーグの能力は本当に強力なものです」

 

 ランスにぎろっと睨まれ、慌てて首を横に振るハウゼルであったが、彼女がそのように思い悩む理由は、この場にいる誰よりもワーグの能力について詳しいからである。

 

 ワーグは今でこそ魔物界の森の奥深くで暮らしているが、最初からそうだった訳では無い。魔王ガイの手によって魔人となったばかりの頃、一時期は魔王城で生活をしていた。

 ワーグよりも先に魔人となっているハウゼルはその時に何度も接触をしており、その能力の凶悪さをその身で以て体験していたのである。

 

「ワーグの能力は、気を付けていないと魔人の私でも眠ってしまう程のものです。ランスさんの強さを否定する気は無いのですが、少し強くなったからといってあれを完全に防げるかというと……」

「……ぬぅ。まぁ確かに、あの眠気は結構……、いや、かなり強烈だったからな……」

 

 ハウゼルの言葉を受けて、ランスは昨日襲われたワーグの眠気の恐ろしさを思い出す。

 100近いレベルを有する魔人でも恐れるようなワーグの能力に対して、人間のランスが多少レベルを上げただけでそれに耐えられるのかと言われてしまうと、確かに大いに疑問符が付く話ではある。

 ならばもっと別の手段は無いかと、腕を組んだランスは少し考えを巡らせてみる事にした。

 

「……眠気かー。なんか良い方法は無いもんかな。シィル、お前の魔法でどうにか出来ないか?」

「……眠らせる魔法なら聞いた事がありますけど、眠らない魔法となると……。あ、そうだランス様。私、洗濯バサミを持っているので、これでほっぺたをこう……あいた!」

「それのどこが魔法じゃ、アホ」

 

 ぽこり、とランスの握り拳が残念な事を言うシィルのもこもこを襲う。

 ちょっとした痛みを与える程度の簡単な方法では、ワーグの眠気の前には些細な効果しか無い事は昨日の時点で実証済みである。

 

 涙目で頭を押さえるシィルを無視して、気を取り直したランスは魔法が駄目ならばと考えてみる。

 

「なら、アイテムはどうだ。なぁハウゼルちゃん、この前カミーラの結界に使ったあれみたいに、何かお役立ちアイテムとか魔王城に無いのか?」

「……私には覚えがありませんし、もしもワーグの能力に効く何かが魔王城にあったとしたら、ホーネット様やシルキィが思い付いていると思います」

「……それもそうだな」

 

 ううむ、と腕を組んだランスは眉を顰める。

 眠気に耐える、と言う非常にピンポイントな状況に効く魔法やアイテムは、少なくともランス達にはその存在に覚えが無い。

 すると残る選択肢と言えば、本日ランス達が行った様に、ワーグの能力に抗える位まで自分を徹底的に鍛え上げるか、それかもう一つ。

 

「じゃあもう、気合で頑張るしかないな」

「き、気合ですか、ランス様……」

 

 ランスの口から出たとてもシンプルな手段に、シィルは若干顔を引き攣らせる。

 そんな奴隷の生意気な表情を目にしたランスは、すぐにその眉間に青筋を立てた。

 

「何だシィル、その顔は。俺様のグレートな作戦に何か文句あんのか。それとも他に手があるっつーのか、ああん?」

「い、いいえ!! そうですよね、気合を入れていればきっと、起きていられますよね!!」

「そう、その通り!! 大体、どんだけ強かろうが所詮は眠気だぞ。問答無用で強制的に眠らせる訳じゃ無いんだし、絶対に起きてられんなんて事は無いはずだ。……たぶん」

 

 ランスの言葉の裏には、そうあって欲しいなぁと言う期待が目一杯に込められていたが、その言葉に心当たりがあったのか、ハウゼルが再度遠い昔の事を思い出す。

 

「……そうですね。私は以前何度もワーグの能力を受けましたが、油断していると本当にすぐ眠ってしまうものの、意識を集中していれば多少は違った覚えがあります」

 

 気合を入れる事や、あるいは集中する事など、それらは結局の所は精神論であったが、戦っているものが脳に影響を及ぼす眠気である以上、最終的には自己の意志力がモノを言うのも真理ではあった。

 

「集中ねぇ。……俺様が一番集中する時と言えば、これからセックスする女の前だろうな。……つーかあれなんだよなぁ、ワーグちゃんの姿が見える所まで近づけないってのがなぁ……」

 

 苛立たしげにランスは頭を掻く。今回、ランスにとって一番の厄介な点はそこにあった。

 落ちたら死にそうな断崖絶壁にぶら下がっている時でも女を抱く事を優先する程に、ランスのセックスに対する集中と言うか、その執念には凄まじいものがある。

 

 今回お仕置きセックスの対象である、魔人ワーグの姿さえその目に見る事が出来れば、一気にテンションが高まってあの眠気にも耐えられる自信がランスにはある。

 しかし昨日の段階では、ワーグの能力を受けた時にランスの視界に映るのは代わり映えのない魔物界の空と木々の景色であり、そんなものでは到底ランスは興奮出来ず、起きていろと言うのも難しい話であった。

 

「……なら、裸のシィルでも立たせておくか」

「え」

「いやまてよ。いっその事セックスしたままってのはどうだ。うし車の荷台の上でセックスしてりゃ、眠気なぞ気にならん筈だ。なぁシィルよ」

「……あ、いえ。でもですね、ランス様」

 

 この話の流れに乗っかってしまうと、なんだか嫌な予感がしたシィルは慌てて否定の材料を探す。

 確かにランスにとっては、セックスしている最中で眠る事などそう無いのかもしれない。そう考えれば一つの手段とは言えるものの、やはり現実的では無いと彼女には思えた。

 

「うし車で近づける距離には限界がありますよ。それに魔人ワーグと戦う時にはどうするのですか? いくらなんでも、さすがに戦っている時までしたままというのは……」

「ぬ……。いやでも分からんぞ。確かに難しいかもしれんが、やってみれば意外と出来るかも」

「……ええと」

 

 このままでは、ランスと繋がったまま魔人ワーグと戦う羽目になってしまう。どう考えても無謀な挑戦であるが、ランスならばやりかねない。

 そう思ったシィルはどうにか必死に頭を回転させた結果、とあるアイディアが浮かんだ。

 

「……あ! ランス様、一つ良さそうな方法を思い付いたのですが」

「ほう。言ってみなさいシィル君」

 

 隣に座るランスの視線を受けて、シィルは一度こほんと咳払いをする。

 ワーグの眠気に対抗する為にセックスしたままでいる。そんなランスの考えの逆転の発想とも言うべき閃きをした彼女は、至極真面目な表情で人差し指をピンと立てた。

 

「あのですね、今からランス様が禁欲をするというのはどうでしょうか」

 

 すると瞬時にランスの左手が伸び、シィルの頬をぐりりっと摘み上げた。

 

「俺様に禁欲しろだと? おいシィル、お前は俺に死ねと言いたいのか。奴隷の分際でいい度胸してるじゃねーかよ」

「いひゃ、いひゃい……、そんなつもりじゃ無いれす……」

 

 ランスに頬を抓られながら、シィルはふるふると首を横に振る。

 禁欲。つまりセックスを我慢する事とは、性欲に衝き動かされて日々を生きるランスにとっては死にも等しい所業であるが、そんな提案をしたのには彼女なりの理由があった。

 

「さっきも言っていた通り、ランス様が一番集中するのは女性の前だと思うんですよ」

「………………」

「だからですね。そんなランス様が禁欲をして更に我慢すれば、更に集中力が増すんじゃないかと思って……」

「……ふむ」

 

 付き合いの長いシィルはさすがにランスの生態をよく理解しており、一考の価値はあると判断したランスは彼女の頬を摘んでいた左手を下ろす。

 

 昨日うし車に乗ってワーグに会いに行こうとした時、途中で途轍も無い眠気に襲われた。

 あれは確かに簡単には耐えられない。もしかしたらレベルを上げたとしてもそう大差無いかも知れないが、仮にあの時、自分が何日もセックスを我慢している状態だったとしたらどうだろう。

 

 そして、その眠気を耐えた先には極上の美女が待っているとしたらどうだろう。何日間も溜め込んだ性欲が爆発しそうな状態にある自分の脳が、セックスするよりも眠る事を優先するなどあり得ないのでは無いだろうか。

 

「……禁欲か。何ふざけた事言ってんだと思ったが、考えてみるとありっちゃありかもな」

「はい。以前にランス様が思い付きで禁欲をした事があったじゃないですか。あの時のランス様、それはもうずっと興奮していて、眠り薬が無いと夜も越せなさそうな状態になっていたので、もしかしたらと思って……」

「あぁ、あったなぁそんな事」

 

 ランスが懐かしむように思い出したのは、数年前ランスがJAPANに居た頃の話。

 一週間我慢した後のセックスの快楽はもの凄い。そんな話を耳にしたランスが興味本位で禁欲に挑戦した時の事である。

 

「……だが禁欲、禁欲はなぁ……」

 

 ランスはとても嫌そうにその顔を顰める。基本的に我慢弱い人間である上に、その性欲は常人の何倍もあるランスにとって、禁欲すると言うのは先の言葉通りに生死に関わる話である。

 

 以前、とある呪いによって強制的に不能にされた時などを除けば、基本的にランスは一日だって我慢したりはしない。

 JAPANに居た頃に禁欲に挑戦した時は4日が限界であり、その時はパンツが擦れただけで射精してしまいそうになる有様であった。

 

 当然、ランスは今晩もシィルかハウゼルで楽しむ予定で、それを我慢するというのはとても辛い。

 だが何か手を打たない限り、このままでは一生ワーグに近づく事は出来ないかもしれない。

 

「……ハウゼルちゃん。ワーグちゃんってのは美人なんだろうな。これでもしも目も当てられないようなドブスとかだったら承知しねーぞ」

「そ、そうですね……。可愛らしい子だとは思いますよ?」

「そうか、可愛い系か。……ワーグちゃん、抱きたい、抱きたいぞ……」

 

 恐らく、気が狂いそうになるほどしんどい日々になる。以前の経験からしてそれは確信が持てる。

 だが、全てはあの強烈な眠気によって近づく事が出来ない、魔人ワーグとセックスする為。

 

「……よし」

 

 ランスは覚悟を決めた。

 

「禁欲ね。いいだろう、やったろーじゃねーか」

 

 

 

 

 


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