テントの中は、さながら死屍累々であった。
普段ならきちんと整えられている筈の机や椅子など、邪魔なものは全て乱雑に薙ぎ倒されて、まるで暴風雨が去った後の如き荒れ模様。
その嵐に巻き込まれた不幸な者は、人間も魔人も皆等しく、事切れたように地に伏していた。
「…………くっ」
呻き声を発したのは、凄惨たるテント内で倒れている一人、魔人シルキィ。
まだどうにか意識を保てていた彼女は、ゆっくりと身体を起こしてテント内の状況を確認する。
巻き込まれてしまった二人の事が心配だ。特に自分やもう一人とは違って強靭な肉体を有しない、ただの人間である彼女の事が。
「……シィルさん、大丈夫? 生きてる?」
「……は、い」
シルキィのすぐ隣、横さまに倒れて無残な姿を晒していたシィルにも、まだ僅かに意識があった。
だが奴隷の少女は痛む身体を起こせないのか、首だけを動かして顔の向きを変える。
シィルの視線の先には、二人と同じく死んだように横たわる魔人ハウゼルの姿と。
そして。
「ほへー……。ほくほく……」
つやつや顔のランスが居た。
現在地はホーネット派の前線拠点、魔界都市サイサイツリー。
数日前、ここより南にある森の中にて、魔人ワーグとの戦いが繰り広げられた。
ワーグと対峙したランスとシルキィ。一方モスの迷宮に残されたシィルとハウゼル。
それぞれはそれぞれの歩みにてその後サイサイツリーへと戻って来たのだが、その中で唯一ランスだけは自らの足で歩けず、シルキィの肩に担がれたままの帰還となった。
ランスはワーグの能力により眠ってしまい、更にここ何日間も不眠不休で自分を限界まで追い込んだ事が影響して、その後4日間にも渡って眠り続ける事となり。
そして今朝、ようやくランスは目を覚まして。
そして。一週間以上にも及ぶ期間溜めに溜めたその性欲が、遂に大爆発を起こしたのだった。
最初の犠牲者となったのは、ランスの有する奴隷シィル・プラインであった。
何日もぐーすか寝たままの主人の事を心配して、「朝ですよ、起きないのですか、ランス様ー?」と、そんな言葉を耳元で掛けてしまった結果、それが事件の引き金となった。
ぱちりと開眼したランスは、おはようの挨拶もなく即座に襲い掛かる。いきなりの凶行に慌てふためく相手に抵抗などろくに許さず、性の衝動の赴くままにと彼女の事をめちゃくちゃにした。
だが溜めに溜め込んだその性欲は、とてもシィル一人で対処出来るような代物では無かった。
テント内から上がる、叫びにも似た嬌声。
それを聞き、何事かと駆けつけて来たシルキィ、ハウゼルの不運な魔人二人をも巻き込んでの、壮絶な4Pへと突入した。
ランスは我を忘れたように、3人の女性達を貪る事に只々没頭して。
そして数時間後、溜め込んだ性欲を全て発散し、つい先程ようやく小康状態となったのだった。
「はぅ、か、身体が痛いです……」
シィルは自身に対してヒーリングを使用し、ようやく動かせるようになったその身体を起こす。
打ち付けられた腰や変な体位に付き合わされた結果、身体中の節々がじんじんと熱を帯びていた。
「……私も。あぁもう、全身がべとべと……」
シィルの言葉に深く同意をしながら、シルキィはどんよりとした表情で俯く。
彼女の華奢な身体は形容するのが憚られる液体にてびちゃびちゃとなり、それは程度の差こそあれ他の二人も同じような有様だった。
「……よいしょ。ちょっと待っててねシィルさん、濡れタオルを持ってくるから」
「あ、シルキィさん、私が行きますから……」
「ううん、いいから貴女は休んでいて」
数日前、我慢が得意だと宣言したその魔人は、ここにきて流石に脅威のタフネスを見せる。
三人の中で、その耐久力が災いして最後までランスに付き合う事となったシルキィだったが、それでも一番に立ち上がると、痛む身体を引きずりながらテントの外へと出て行く。
「……ハウゼルさん、大丈夫ですか? ……どうやら、もうちょっと掛かりそうですね」
一方、同じ魔人であってもシルキィ程に体力が無く、なによりもまだ性行為に慣れていなかったハウゼルは、すっかり意識を飛ばしてしまっていた。
◇ ◇ ◇
「き、禁欲!?」
「そ、禁欲」
シルキィが持ってきた濡れタオルと水を汲んだバケツにて、身体をきちんと清潔にして身なりを整えた彼女達は、心地良い陶酔感の中で二度寝をかましていたランスの事を叩き起こした。
そしてシルキィはこの悲惨な事件の原因を聞いてみた所、ランスの口から先の返答があった。
眠気に対抗する良い方法はないかと考え、そして禁欲を思い付いて実行した事で、今まで我慢していた性欲が一気に弾け飛んだ結果がこれである。
「……そう。それでこんな事に……けど、眠らない為に禁欲をするって……あまり言いたくないけどランスさん、貴方って馬鹿なの?」
呆れ顔のシルキィに溜息と共に暴言を吐かれたランスであったが、彼は怒る所か口を大きく開けて大笑いしながら、奴隷の顔を指差した。
「がははは!! やーいやーいシィール、言われてやーんのー!!」
「え。じゃあもしかして、シィルさんが……?」
「うぅ、すみません……。馬鹿な私にはそんな事しか思い付かなくて……」
如何にもランスの考えそうな事であったが、それはあくまでランスの奴隷が考えた事である。
くすん、と眉尾を下げるシィルの様子に、失言に気付いたシルキィは慌ててフォローの言葉を探す。
「あ、でもその、効果はあったのだから良いアイディアなのかもね、うん。結果としてはそのお陰で、ランスさんはワーグに会う事が出来た訳だし?」
「……んあ? ちょっと待てシルキィ。俺様、いつワーグちゃんに会ったのだ?」
「……え?」
「ん?」
あれだけ散々場を荒らした張本人のその言葉に、一体貴方は何を言っているの? と、シルキィは疑惑の視線を向ける。
だがランスの顔はぽかんとしており、どうも嘘を吐いているつもりではなさそうだった。
「……ちょっと待ってランスさん。貴方まさか、この前自分がした事を覚えてないの?」
「この前と言うのがいつを指すのか知らんが、少なくともワーグちゃんに会った覚えは無いな」
「えぇー……」
「ランス様、まさか禁欲が辛すぎて記憶が……」
シィルの言葉はどうやら当たっていたようで、ひたすら耐え忍んだ禁欲の日々が脳に強い負荷を掛けた結果、ランスはここ数日の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
詳しく聞いてみると、禁欲を始めて4日を越えた辺りから、何も覚えていないとの事らしい。
「4日目と言うと……ランス様が人間ではなくなってしまった頃からですね」
「おい、シィルよ。人間じゃなくなったって、んな大袈裟な……」
「ううん、ランスさん、あの時の貴方は本当に酷い状態だった。あの姿は人間じゃないと言われても、私は納得する事が出来るわ」
「ぬ。……俺様、そんな事になってたのか?」
何も言わずにこくりと頷く、二人の表情には強い実感が籠もっている。それを目の当たりにしたランスは思わずぽりぽりと頬を掻いた。
「……うーむ。前に聞いた通り、一週間以上我慢してのセックスは最高に気持ちよかった。けど、デメリットがキツすぎるなこれは……て、そーだシルキィ、結局ワーグちゃんはどうなったのだ?」
「……あんなに大暴れしたのに、何も覚えていないだなんて。はぁ……」
小さな溜息一つ、シルキィは記憶障害に陥ったランスとその場に居なかったシィルの為にもと、ワーグに関しての大体のあらましを説明する事にした。
ランス達がレベル上げにとサイサイツリーを去った後、シルキィは火炎書士の手を借りて作戦を立てた。そしてその作戦通りに事を運び、魔人ワーグと森の中で対峙した。
見せかけの強襲によりワーグの退路を確保して、その後シルキィが誠心誠意相手を説得した結果、その想いが伝わりワーグは派閥戦争から離脱する運びとなった。
以上が数日前に起きたシルキィとワーグの対決、その簡単な経緯となる。
「……ほうほう、なるほど。つまり、ワーグちゃんは味方になったと言う事か?」
「味方っていうか……とりあえずは、ホーネット派に敵対するのを止めてくれたって感じかしら」
ワーグは今の所ケイブリス派を離脱しただけで、ホーネット派に加わってくれた訳では無い。
今後の成り行き次第では協力してくれる可能性も無いとは言えないが、戦争を離れる事となった経緯を考えると、殊更に目立つような真似はしないだろうとシルキィは思っていた。
「そもそもあの子は争い事が嫌いだしね。戦いには巻き込まないでそっとしてあげた方が良いと思う」
「……あの眠りの能力はめちゃくちゃ強烈だから、戦いに使えりゃ便利なんだかな……。……だがまぁ今はそんな事どーでもいいや。で、肝心のワーグちゃんは何処だ、ここに居るのか?」
「ううん、あの子は直接魔王城へと向かったわ。魔界都市に入ると色々問題が起きちゃうからね」
ワーグと森で別れてからすでに4日近く経過しているので、そろそろ城に到着した頃だろうか。
そんな事を考えたシルキィは、最後にワーグに頼まれた事を思い出し「あ、そうそうランスさん」と、ぱちんと両手を合わせた。
「そういえば、ワーグから貴方への伝言があるの。魔王城の外れに居るから会いに来て、だって」
「……ほう?」
するとランスは一瞬固まったように瞠目した後、満更でもない様子で顎の下を撫でる。
「……ほほーう。会いに来てとは。中々積極的な子ではないか、ワーグちゃんは」
「あれ、確かにこう言うとそうなっちゃうわね。けど、積極的だったのは貴方の方だからね?」
「ふ、どっちからでも良いわ。とにかく、そうまで言われては会いに行くしかないな」
どの道サイサイツリーにもう用事は無いので、これ以上ここに留まっていても意味は無い。
ランスは太腿をぱんと叩いて立ち上がった。
「よっしゃ、じゃあすぐに魔王城に戻るぞ。……おーい、ハウゼルちゃーん、そろそろ起きろーい」
あられもない姿にて未だ気絶中のハウゼルに近づくと、ランスは彼女のぽっぺをぷにぷにと突く。
するとその喉の奥から「んっ……」と小さな呟きが漏れ、ハウゼルの瞼がようやく動いた。
「お、起きた」
「……あ、ランスさん…………あっ! も、もう無理、もう無理です!!」
「大丈夫よハウゼル、安心して。惨劇はついさっき終わったから」
今朝の出来事は貞淑な彼女にとって、相当な刺激があったらしい。
目覚めて早々真っ赤な顔で首を振るハウゼルは、仲間の言葉にほっと胸を撫で下ろした。
◇ ◇ ◇
その後、ランス達は殆ど昼飯の時間となってしまった遅めの朝食をとり、帰り支度を整える。
そして帰路にて使用するうし車の前まで来た時、シルキィが思い出したように顔を上げた。
「あ、いけない。そう言えばホーネット様と話をしてこないと。ちょっとここで待ってて」
ランスが目覚めた事も報告せねばならないし、派閥の主に何も伝えずにこの都市から移動してしまうと、何か問題が起こり得ないとも限らない。
シルキィは一旦その場を離れて、奥に見える一番豪華な指揮官用のテントの方へと歩いていく。
「ホーネットの奴、ここに戻って来てたのか」
「はい。昨日の事です」
遠ざかる背中を眺めながらのランスの呟きに、普段通りの様子に戻ったハウゼルが答えを返す。
先日、大量の魔物の流入によって混乱の生じたキトゥイツリーへ向かったホーネットは、つい昨日このサイサイツリーへと戻って来た。
ハウゼルは昨日ホーネットと直に会い、ワーグに関して知る限りの首尾を報告している。
だからその事は間違いないはずなのだが、しかし数分後に彼等の下に戻って来たシルキィは、その顔に困惑の色を浮かべていた。話を聞いてみると、ホーネットとは会う事が出来なかったらしい。
「どうやらホーネット様、すでに魔王城に帰っちゃったみたいなの。今朝早くに出発したんだって」
「あれま。つーか、忙しい奴だなぁあいつは」
「うん。まぁさすがにホーネット様も、ワーグの事は気になるのでしょうね」
現在ワーグはアワッサツリーへと向かう為に、魔王城近辺へと移動をしている。それはつまり、派閥の本拠地たる魔王城に、あのワーグが接近する事を意味している。
色々ワーグと言葉を交わした自分はもう問題無いと思うのだが、やはり派閥の主たるホーネットはどうしても警戒してしまうのだろう。
シルキィはそう考え、だからホーネットが居なかった事については疑問を持たなかったのだが、それとは別に一つ不思議に思う事があった。
「……けど珍しいな。ホーネット様が私達に何も言わずに戻るなんて」
戦争の中にあっては何かと連絡は必要になるし、それ以前にホーネットは几帳面な性格であるので、出立する前に一言ぐらいは声を掛ける。少なくとも今まではそうだった。
「ホーネット様、そんなに急いでいたのかしら」
「ま、そういう事もあるんじゃねーの?」
「……そうかな。まぁ、そうかもね」
今回に限って何の連絡が無かった事が少々腑に落ちないものの、ランスの言う通りそういう事もあるのかなと、やや強引に納得する事にしたシルキィ。そんな彼女は今朝自分達の身に何が起き、一言声を掛けられるような状態では無かった事を、この時すっかり失念していた。
「さて、じゃあシルキィよ、帰りは安全運転で頼むな。この前みたいな荒い運転は止めろよ?」
「ううん、私はここに残るから。悪いけど誰か代わりに運転をお願い」
「あれ? シルキィさんは私達と一緒に帰らないのですか?」
「うん。私にはここでやる事があるからね」
連絡、あるいは命令が無くともその意図を察して動く事は出来る。シルキィはそれ位には頭が回るし、それ位にはホーネットと長い付き合いである。
今現在最前線となるこのサイサイツリーを誰かが防衛せねばならず、ホーネットが魔王城に移動したと言う事は、それは彼女の役割という事だった。
「ここは今、ただでさえ魔物兵の数が少ないから。魔人の私が残ってしっかり守らないとね」
「ほう、なるほどなるほど」
「うん、だから……て、わ、ちょっと何?」
なるほどなるほど、と呟きながら、ランスは小柄なシルキィをひょいと持ち上げて小脇に抱える。
そのコミカルな姿は、どこからどう見ても彼女をお持ち帰りするポーズだった。
「ランスさん、下ろしてってば」
「駄目。一緒に魔王城に帰るぞ」
「だからね、私にはここでやる事があるんだって」
「違う、違うぞシルキィ。君のやるべき事はこんな所で油を売る事では無く、城に帰って俺様の相手をする事だ。そういう約束だったろう」
身体を揺すって抗議するシルキィだが、しかしランスはまったく取り合わない。
彼にとってシルキィはすでにものにした自分の女の一人。魔王城はランス城と比べると女性が少なく、日々のお相手の選択肢に乏しい現状、ここで彼女を失う事は避けたかった。
「大体、その為にムシ野郎を引っこ抜いたようなものなのだから、面倒事は全部あいつにやらしとけ。あいつは別に城に居る必要は無いからな」
「あ、あのねぇ。……それに、さっきあんなに何度も……。いい加減に少しは飽きないの?」
自分の正常な感覚に言わせると、先程少なく見積もっても一週間分は味わったような気がする。あんなに発散してからまだ二時間も経っていないのに、よくもまぁそういう話が出来るものだ。
シルキィはそんな思いから、半ば答えは分かりつつも飽きないのかと聞いたのだが、対するランスの返答は彼女の意図とは少し異なるものだった。
「飽きない。君は俺の性欲に付き合えるだけの体力があるし、なによりセックスの途中からとても情熱的になってくる所がグッドだ」
「……いや、あのね、そうじゃなくて……」
「うむ。エロエロなシルキィちゃんの事を、俺様が飽きる筈など無いだろう。君はもっと自分に自信を持ちたまえ」
「……う」
「まぁ確かに、君はちっこいから少々サイズが合わないってのはあるが、俺はそんな事は全く気にしないし、無理やり突っ込むってのもそれはそれで中々……て、どした?」
ふとランスが見てみると、シルキィは顔を俯けたまま「うー……」と、彼女の口からはあまり聞き覚えのない声で唸っていた。
シルキィは性行為に対してという意味で問い、しかしランスは彼女自身に対してという意味で受け取った結果、返ってきた言葉がどうやら色々予想外に刺さったようである。
シルキィは自身を戦士だと思っている。なので戦いで活躍する自信はあるものの、そういった面においての自信は全く持ち合わせていない。
起伏の乏しい自分の身体に惹かれる者など居ない筈で、それが証拠に約1000年近くもの長い年月に渡って未経験を貫いた。その結果彼女は羞恥心すら薄れてしまった始末である。
そんな女性的な魅力が皆無な自分の事を、飽きもせずに熱烈に求めるランスの言葉に、不覚にも心を揺らしてしまったシルキィは、色付く頬を背けながら小さく呟いた。
「……ガルティアが来たら交代で戻るから、それまでは我慢して」
◇ ◇ ◇
そして適当な魔物兵に運転させたうし車は、その後すぐにサイサイツリーを出発して、途中でキトゥイツリーを経由し、およそ一日近くを掛けて魔王城へと辿り着いた。
車を下りて、城門を越え、城の入り口をくぐって城内へ足を踏み入れる。
早速ワーグに会いに行こうと思ったランスは、そこらに居た適当な女の子モンスターにワーグについて聞いてみた。しかし誰一人として知る者はおらず、皆その質問には首を傾げる。
どうやらその魔人についての詳しい話は、魔物達には伏せられているらしい。
その事に気付いたランスは、先に城に戻ったホーネットならば知るだろうと思い、最上階にある彼女の部屋に向かう途中で、真っ赤なポニーテールを揺らす魔人と出くわした。
「おぉ、サテラ」
「む、ランスじゃないか。帰ってきたのか」
魔王城にてお留守番をしていた魔人サテラ。
久しぶりに会った彼女との再会の挨拶もそこそこに、ランスはワーグの事について尋ねてみる。
「……あぁ、ホーネット様から聞いたぞ。ワーグの事を倒さなかったんだって?」
「みたいだな。俺様知らんけど」
「知らん? 知らんって、ランスが戦ったんじゃないのか? なら、お前は何をしてきたんだ」
「……ぬ?」
果たして今回、自分は何をしたのだろう。
ランスは首を傾げて考えてみたものの、重要な部分には記憶に霞がかかって思い出せず、今回自分が活躍した一番の事柄を挙げるとするならば。
「何をしてきたと言われると……セックス?」
「……いつも通りか」
今朝の出来事しか印象に残らず、どうにも歯切れの悪いランスの言葉に対して、サテラの呆れ顔もいつも通りだった。
「どうやらその様子だと、案の定お前はシルキィに沢山面倒を掛けたみたいだな」
「それは俺様が悪いのではない、面倒見の良いあの子が悪いのだ。……で、サテラよ。お前はワーグちゃんには会ったのか?」
「ううん、サテラは会ってない。ホーネット様は会いに行ったみたいだけどな」
派閥の主たるホーネットは、昨日魔王城に帰還したそのままの足でワーグに会いに行った。
サテラが聞いた話では、専らその姿を一目確認するのが目的であって、少し会話をしただけですぐにその場を後にしたらしい。
「そういえばホーネット様が言ってたけど、ワーグの奴、なんでもアワッサツリーに行く予定だとか」
「……何ツリーだって?」
「アワッサツリーだ。ランス、前にサテラが説明してやっただろう。もしや覚えてないのか?」
「おう、覚えとらん」
どうでもいい事はぽんぽんと頭から忘却していく、そんなランスの堂々とした言葉に「全く……」と、再びの呆れ顔で呟きながら、サテラは魔物界の最北にある魔界都市についての説明をする。
その都市は城から距離があるという地理的な問題もあるが、間に挟む光原を越えるのが困難を要し、簡単に行き来が出来るような場所では無い。
そんなアワッサツリーに関しての説明を受けたランスは、納得のいかない様子で眉を顰めた。
「んあ? それでは会えなくなってしまうではないか。何故そんな場所に行くつもりなんじゃ」
「さぁ? そこまではサテラは知らない。本人に直接聞いてみたらどうだ」
「……それもそうだな。で、肝心のワーグちゃんの居場所は何処だ」
「あぁ、それなら……」
その事も派閥の主から聞いていたのか、サテラは近くにあった窓を開けて北の方角を指差す。
「あの辺にあるテントの中に居るって」
「よし」
ランスはワーグの下へと向かう事にした。