ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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難敵への挑戦

 

 

 ある日の魔王城。

 では無くて、城の近辺にある新築の小屋。

 

 ぴんぽーん、と軽快な音のチャイムが鳴らされ、来客に気付いたその魔人は玄関まで走る。

 

「よう、ワーグ」

「いらっしゃい、ランス」

 

 そこに居た訪問客の口の大きい顔を見て、その小屋の家主たるワーグの口元が微かに綻んだ。

 

 

 

 

 ここは魔王城郊外、城から一時間程の距離にある小規模な森の中。

 危険な魔界植物を伐採して切り開かれた場所に建てられたこの小屋は、魔人ワーグの新居である。

 

 ケイブリス派から離脱した事により、ワーグは住処を移す必要に迫られた。

 そんな彼女の為にと、ランスが自らの有する使徒の権力により号令を掛けて、城に居た力自慢の魔物兵達を不眠不休で働かせた結果、一週間も掛からずにその小屋は完成したのだった。

 

 

「何か飲む?」

「あぁ、何か冷えたヤツをくれ」

 

 ワーグは備え付けの魔法冷蔵庫から新鮮な牛乳のパックを取り出し、2つのコップに注ぐ。

 小屋の中の家具や備品、食料などの消耗品はウルザの手配によって人間世界から運ばれており、結果彼女は何不自由無くこの小屋内で暮らしていた。

 

「にしてもランス。あなた、最近本当に良くここに来るわね。もしかして暇なの?」

「ワーグよ、俺様はホーネット派の影番だぞ。影番ってのはいざとなったら大活躍するものの、そうでない時はゆったりまったりしているもんだ」

 

 せせこましく働くのは部下の仕事だからな、とそんな事を言ってがははと笑った後、ランスは牛乳をぐいっと飲み干す。

 初対面の日以降、ここ最近のランスはワーグの下に何度も足しげく通っていた。その理由は当然、未だに達成出来ていない当初の目的を完遂する為。

 

「……でな、ワーグよ」

「なに?」

 

 食卓の椅子に掛けるワーグ、そして彼女の身体に巻き付く夢イルカ。そんな二人の対面に座るランスは本題を切り出す事にした。

 

「最近の俺様はここに通い詰めだろう。だから、ワーグとは随分仲良くなった筈だ」

「うんっ! そう思うー!!」

「……さぁ、どうかしらね」

「イルカの言う事が正しい。もう俺達はとっても仲良しこよし、いや、大親友と言ってもいいな」

 

 うむうむ。と、そういう事にしたいランスは大袈裟な仕草で頷く。

 ワーグとはもう十分に仲良くなった。ならば次にするべき事と言えば。

 

 

「という事でワーグよ。俺様とセックスをしよう」

「………………」

 

 唐突なその言葉の意味が理解出来なかったのか、ワーグは2、3秒の間ぽかんとして。

 

 

「ごめん、もう一回言ってくれる?」

「だから、俺様とセックスをしようっての」

「………………」

 

 聞き間違いじゃない事を知ったワーグは、ランスの言う事の意味を正しく認識して。

 

 

「な、ななな……!!」

 

 その顔全体が、一瞬で綺麗な赤色に染まる。彼女は地肌が真っ白な為その変化がとても分かり易く、思わずランスも「おぉ」と呟いた。

 

「な、なんで、何で急にそんな話に……!?」

「だって、俺達はとても仲良くなった訳だし、なら次にする事と言えばセックスしかあるまいて」

「そ、そうとは限らないんじゃ……」

 

 ランスお得意の飛躍した発想に、とても付いていけないワーグは首を横に振るものの、しかし相手はまったく止まらない。

 

「いいや、そうと限る。俺とワーグがこれ以上仲良くなる為には、もうセックスしかないのだ」

「そ、そうなの!? ど、どうする、どうするワーグ!?」

「ら、ラッシー! 黙りなさい!! 別にどうもしないわ!!」

 

 うるさく騒ぎ立てる自分の心、それを代弁するペットを黙らせて、ワーグは一度大きく深呼吸。

 確かにランスの言う通り、最初は不安だったけどとても仲良くなれた、それはとても喜ばしい。そのように思う心は確かにあるが、しかし性行為をしたいと思った事は一度も無い。

 彼女は長きに渡る孤独故に性交の経験が無く、そういう事を意識する感覚が無かったという事もあるが、それ以前に大事な理由が一つ。

 

「……しないわよ、セックスなんて。私とランスはその、友達でしょう。なのにそんな……」

 

 自分とランスはあくまで友達、友人関係である。よって性行為をするような間柄では無い。

 当然のようにそう思うワーグに対し、しかし当然のようにそう思わないランスは「ちっちっち」と、前につき出した人差し指を左右に振った。

 

「ワーグよ、その認識は100年古いぞ。昨今のナウなCITYボーイやガール達にとって、友達だったらセックスの一回位は普通にするもんだ」

「……え」

「えぇー!? そ、そうなのー!? そんな事知らないよー!!」

「そうだとも。考えてもみろ、セックスとはお互いが気持ち良くなれる素晴らしい事だ。なら、友達同士でする事に何の問題がある?」

「け、けど……!」

 

 本来、性行為とは子を成す為に行う事であり、ならば友達同士で行うには色々問題があるのでは。

 ワーグは絶対にそうだと思うのだが、確かに自分が人間だったのはもう100年以上も前の話、以後は魔物の森の中でひっそり暮らしていた為、今の人間世界の常識には疎い所がある。

 

 友達同士でなんて有り得ない。そういう事はちゃんと恋人になって、何度かデートを挟んだ後で。そのように思う自分の感覚はもしやもう古いのだろうかと、内心で狼狽するワーグ。

 一方で先程適当に思い付いたデタラメをぶっこいたランス。彼にとって女性との関係とはどのようなものでも構わないのだが、とにかくセックスだけは欠かせない要素であった。

 

 

「なぁワーグ、ものは試しだ。とりあえず一度、俺とセックスをしてみようではないか」

 

 椅子から立ち上がったランスはワーグの隣まで歩いてくると、彼女の退路を断つかのように、その小さな両肩にぽんと手を置く。

 

「な? 良いだろ? な! な!!」

「……う、その……」

 

 ぐいぐいと顔を近づけてくるランスから、どうにか顔を背けるワーグの頭は一杯一杯。

 彼女にとっては突然に降って湧いた話であり、今日ここでいきなりランスと性行為に及ぶかどうか、悩んだ所で答えなど出そうも無かった。

 

 いきなり過ぎて覚悟が全く決まっていないので、受け入れる事はちょっと無理そう。

 しかし一方で明確に拒絶するとなると、それを相手がどう思うか、自分と距離を置いてしまわないかがどうしても怖い。

 なのでワーグはもっと根本的な話をして、ひとまず今日の所はご遠慮願う事にした。

 

 

「……けど、そもそも無理でしょう」

「無理だと?」

「ランス。あなたがこうして私の前で起きているのは凄い事だけど、もう限界のはず。……その、そういう事をしようと思ったら、今より更に近づく必要がある。その意味、分かるでしょ?」

「……むぐっ」

 

 思わず口篭るランスも内心では気付いていた事であり、かつ未だに解決策が見つかっていない事。

 

 ワーグの能力の元となる眠りのフェロモンは、彼女自身の身体から発せられる。性行為に及ぼうと思ったら今より身体を密着せねばならず、今より何倍もの眠気がランスを襲う。

 数日前に何度か試してみたものの、結局どうやってもランスは耐え切れずに眠ってしまい、その後どうにか出来ないかと色々考えてはみたが、まだ有効な方法を閃いてはいない。

 

 しかし、とはいえ諦める事も出来ないので。

 

 

「……よーし。なら、無理かどうか、もう一度試してみようじゃねーか。よっと」

「わっ」

「きゃあー、何するのー!?」

「こら、イルカは邪魔だ、離れてろって」

 

 ワーグの事を片腕でひょいっと抱え上げたランスは、しっしとペットを手で払い除け、そのまま彼女を部屋の隅にあるベッドの上まで運ぶ。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 これから何をされるかを考えたのか、真っ赤な顔になってしまったワーグの事を、背後から抱き締めるような格好でベッドに腰掛けたランスは、まずは彼女が首に巻くマフラーに手を伸ばす。

 

「さーてぇ、いっちまーい、にまーい、と!!」

 

 軽快な音頭を口ずさみながら、最初にマフラー、そして次はコートの上着と、ランスはぽいぽーいとワーグの事を次々に脱がしていく。

 

「ら、ランスっ! や、止め……!!」

「知らーん、聞こえーん!!」

 

 ワーグの文句や抵抗などなんのその。彼女が身に付けていた肌着も放り捨て、いよいよ柄付きの下着にランスの手が掛かった所で。

 

「……ぐ、ぬぉ……」

 

 彼女の露出した白い肌から放たれる、強烈な甘い匂いに脳を揺さぶられ、ランスの頭が糸を切ったように、がくっと落ちる。

 

「……ぐがー、ぐがー」

 

 そしてすぐにその口からいびきが聞こえてくる。今回も以前と同じく、ワーグとベッドインする前に眠りの誘惑に屈してしまった。

 

 

「……ほら見なさいな」

 

 自分の肩にずっしりとのし掛かる、ランスの頭の重みと穏やかな寝息を感じながら。

 

「……はぁ」

 

 未遂で済んで安心したのか、あるいはそれとも別の理由か、ワーグは大きく嘆息する。

 するとそんな彼女のそばに、先程除け者にされたラッシーがふよふよと近づいてきた。

 

「……ラッシー、どうしたの?」

 

 受動的、受け身体質のラッシーが、名前を呼んだ訳でも無いのにそばに寄ってくるのは珍しい。

 

 何事だろうかとワーグが疑問に思っていると、ラッシーは自らその綿菓子のような身体を飼い主の手に触れさせるように、近くまで寄ってきて。

 

「ケケケ、ワーグ、残念だったな!! ランスに嫌われた訳じゃないからあんま落ち込むなよー」

「ラッシー!! 私、そんな事思ってない!!」

 

 

 

 

 

 その日は結局、目的だったワーグとのセックスは出来ずにランスは退散する運びとなった。

 

 やはりワーグには手が出せない。彼女の内心の気持ちの部分、自分に対する好感度的には多分問題無いなと思うランスなのだが、しかし物理的に近づけないと言うのは如何ともし難い。

 

 だがそれでも先にも述べた通り、諦めるという選択肢はその男の中には無い。

 ランスは普段はあまり役に立たない、しかし土壇場では並外れた閃きをする事もある、自らの頭脳を捻りに捻って、幾つか作戦を絞り出し。

 

 

 

 

 

 そして、またある日。

 

 ぴんぽんぴんぽーん。と、軽快な音のチャイムが今日も鳴る。

 

「よう、ワーグ」

「いらっしゃい、ランス」

 

 玄関扉を開いたワーグの目に映ったのは、やはりランスの姿であった。

 

 

「何か飲む?」

「いや、今日はいい」

 

 小屋の中に入ったランスは、いつものように椅子に腰掛けて、いつものようにまったりとくつろぐ事はせずに、早速とばかりに要件を告げた。

 

「それよりワーグよ、セックスするぞ」

「………………」

「こ、こいつー! 会っていきなり言う事がそれかよー!!」

 

 思わず閉口してしまう自分に代わって、雄弁に語ってくれるふわふわのペットをぎゅっと抱き締めながら、頬を赤らめたワーグは小さな溜め息一つ。

 

「……だから、無理だって言っているでしょう。この前試してみたじゃないの」

 

 こうして会話が可能な程に、ランスはワーグのそばに近づく事が出来る。本来はそれすら普通の人間には出来ない凄い事ではある。

 だがそんなランスでも、彼女の肌に触れる程に距離を詰める事は出来ない。その事はすでに検証実験によって証明済み。

 

 よってランスとはあくまで友達。性交渉などは抜きにして、友達としてこれからも仲良くしたいと思うワーグの一方、それでは我慢出来ないランスはその顔に不敵な笑みを浮かべていた。

 

「いーや。ワーグよ、無理じゃないのだ。なんたって今日は秘密兵器を連れて来たからな」

「秘密兵器?」

「うむ」

 

 大仰に頷くランスの背後。そこに見覚えの無い、どこか不思議な雰囲気を持つ少女が居る事に、ワーグはようやく気付いた。

 

「ランス、その子は?」

「そうだ、紹介してやろう、こいつは……」

「私はシャリエラ。ランスに仕える人形です。ぺこり」

 

 主たるランスの紹介してやろうという言葉をガン無視して、その少女シャリエラ・アリエスは、自己紹介と共に小さくお辞儀をする。

 

「あ、どうも」

 

 釣られるようにお辞儀を返すワーグだったが、その顔には先の言葉への疑問符が浮かんでいた。

 

「……それで、秘密兵器って? この子が一体どうかしたの?」

「どうかするのだ。こいつはな、ただの妙ちくりんなだけの踊り子では無いのだよ」

 

 くっくっく、と笑うランスの脳が弾き出した、ワーグを抱く為の作戦その1。

 シャリエラの秘める特殊な力を使って、ワーグの眠気に対抗しよう。というものである。

 

 ランスの言葉通り、シャングリラから連れ帰ってきたこのシャリエラは、単なる踊り子では無い。

 達人級ともなる踊りの才能を有しており、彼女の奇跡の踊りには対象を絶好調にする力がある。

 

 例えばそれを戦闘時に使用すれば、活力が湧きに湧いて必殺技を連発出来たりなど、その踊りの効果が凄まじい事をランスは前回の経験で学習済み。

 よってそのサポートを受けられれば、ワーグを抱く事もきっと可能だろう。そう考えたランスは、シャリエラの事を魔王城から連れて来たのである。

 

 だが。

 

 

「さぁシャリエラよ、お前の真の力を解き放つ時が来たぞ!!!」

「くぅ、すぴー」

「て、いきなり寝てんじゃねー!!」

 

 作戦その1は失敗に終わった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そして、またまたある日。

 

 ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん。と、軽快な音のチャイムが連打される。

 

「いらっしゃい、ランス」

「よう、ワーグ。セックスするぞ」

 

 ワーグの小屋を訪れたランスは、ついに開口一番そう告げた。

 

「うわぁ、しつこい! こいつ全然諦めてねぇ!」

「……本当に懲りないわね。と言うか、せめて家の中に入ってからにしなさいよ。まったく……」

 

 玄関で言う事では無いでしょう。と、溜息を押し殺したワーグは友達を家の中へと招き入れる。

 この展開にもそろそろ慣れたのか、今日のワーグはその顔にどこか強気な笑みを浮かべていた。

 

「それで、今度は何を考えてきたの? どうせ無駄だとは思うけど、聞くだけは聞いてあげる」

「いいや、ワーグよ。今日こそはお前を抱く。今回の作戦はとっても自信があるぞ」

「……へぇ」

 

 興味深そうに見つめるワーグを前にして、ランスはズボンのポケットに手を突っ込む。

 

「今日はお前とセックスする為の、秘策中の秘策を持ってきた。それがこいつだ!!」

 

 そこから取り出したのは、見た目は何の変哲もないただのお団子。

 だが微かに発せられるどす黒い邪気といい、不思議とそれは異様な存在感を放っており、思わず魔人たるワーグも一歩引いて身構えてしまった。

 

「……なにそれ?」

「くっくっく。こいつは香ちゃん特製団子だ。前にムシ野郎が言っていた事を思い出してな。こいつを食えば眠気などイチコロよ……!!」

 

 ぱくり、とランスはその団子を一口齧り。

 

「あんぎゃーーー!!」

 

 そして、泡を吹いて倒れた。

 

 

 ワーグを抱く為の作戦その2。香姫特製団子を食べてみるのはどうだろう。

 その奇抜過ぎるアイディアを実践してみた所、ただの服毒自殺と何も変わらないものだった。

 

「ちょ、ちょっとランス!? 大丈夫なの!?」

「あわわ、救急箱はどこどこー!?」

 

 白目を剥き出し、がくがくと全身が痙攣し始めるランスの様子に、パニックに陥るワーグ。

 

 その後、彼女の必死の介抱の甲斐あって、ランスは何とか一命を取り留めた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そしてまたある日。

 舞台はやはりワーグの家。

 

「……んっ、ぁ……」

 

 木造の小屋の中で、女性の呻き声が聞こえた。

 

「っ、くぅ……ん、」

 

 色気を感じさせる、熱の籠もった声を喉の奥から漏らすのは、少女にしか見えない小柄な魔人。

 肉を抉じ開けながら、異物が中へと割り込んで来る圧力と感触に、彼女は苦悶の表情になる。

 

「ぬぐっ、キツい、な……」

 

 その魔人の背中から覆い被さるような体勢になっているランスは、狭く閉じられた内部へと、自らを強引に押し込んでいく。

 

「ぐ、ぬぬぬ……!」

「うぅ……んっ」

 

 中はじんわりと熱を帯びており、それでいて身動きが出来なくなりそうな程に締め付けが強い。

 それでもランスが力任せに突っ込んだ結果、互いの距離が触れそうな程に近づき、興奮するランスの荒い息が彼女の首筋に掛かる。

 

「もう無理、入らない……」

 

 苦悶の表情は変わらず、その魔人は小さな子供のように何度も首を横に振る。

 彼女は先程から、これ以上は入らない、もう限界だと何度も訴えているのだが、

 

「まだだ。もうちょっと我慢しろ」

 

 しかしランスはそんな要求など聞き入れてはくれず、それどころか更に力を強めて中へとねじ込む。

 

「……もうだめ」

 

 とても強引で、乱暴なランスの行為に対し、遂に彼女は悲鳴を上げた。

 

 

 

「ランスさん、もう無理だってば!! これ以上は入らないから!!」

「シルキィ、もうちょっとだ!! もうちょっとで全部入る!!」

「ちょっとって、さっきからずっとじゃない!!」

「本当にもうちょっと、後は片足だけだから!!」

 

 ごちゃごちゃと言い争うランスとシルキィ。

 そんな二人を、家主は白けた目で見つめていた。

 

「……一体何やっているの、あなたたちは」

「うわーん!! 人の家でイチャつくなよー!!」

「べ、別にイチャついてる訳じゃ……!」

 

 ラッシーの声、と言う名のワーグの心の悲鳴に対して、シルキィは大いに反論したい気分である。

 これは決してイチャついている訳では無く、ランスが自分勝手な事をしているだけだと、彼女は声を大にして言いたかった。

 

「ぐ、ぐぐぐ、ぬぬぬぬ……!」

 

 そうしている間にも、ランスはこれでもかと言うほどに力を込めて、唯一外に残っていた左足も無理やり突っ込み、遂に全てが装甲の中に収まった。

 

「よっしゃ、全部入ったぞ!! シルキィ、すぐに装甲を閉めろ!!」

「……んっ」

 

 装甲の内部にて、外殻と侵入者に挟まれて潰れかけているシルキィは、指を動かして魔法具を操作する合図を出し、ランスの侵入経路として開いていた背中部分の装甲を塞ぐ。

 その結果、装甲内は外部と遮断され、リトルの中にはランスとシルキィの二人が収納された。

 

「ほーれ見ろシルキィ、やってみれば意外と出来るもんではないか。……まぁ、かなりキツい、が」

「……そうね、出来たわね。この中に二人で入れるとは、私も今日初めて知ったわ。……その、もの凄くキツい、けど」

 

 製作者たるシルキィはこの装甲を一人用のものとしてデザインしており、そんな装甲の中に力ずくで二人が入った結果、内部はろくに身動きが取れない程に狭苦しく、かつ息苦しくて暑苦しい。

 これではとても戦闘などは出来そうも無いが、だがそれでもやってやれない事はないのねと、妙な感心をさせられてしまったシルキィの一方。

 

「……お?」

 

 閉じられた装甲内で、ランスはすぐにその変化に気付いた。

 

「おぉ、眠くない!! 確かに眠くないぞ!! さっきより全然違う!!」

 

 完全にと言う訳では無いのだが、それでも隙間無く閉められた装甲によって外気が遮断された為、先程小屋内に漂っていた甘い匂いを、ランスは今殆ど感じなかった。

 

 この効果を見越して、今回ランスは割と多忙な魔人四天王を無理言って連れてきた。

 つまりワーグ抱く為の作戦その3。魔人シルキィの装甲を利用してみよう。という事である。

 

 だが。

 

 

「……そう、それは良かったわね。……ところでランスさん」

「あん?」

「その、ワーグとエッチな事をするのが、ランスさんの目的なのよね?」

「うむ」

「なら、ランスさんはこの中に居る状態で、どうやってワーグとエッチな事をするつもりなの?」

「……あ」

 

 眠気に耐える事が目的では無く、眠気に耐えたままセックスする必要がある。

 その根本的な問題を、いつの間にかランスは履き違えてしまっていた。

 

「………………」

 

 ランスは窮屈な装甲内でどうにか左手を動かし、何となくシルキィの胸をもみもみ。

 

「て、ちょっと」

「シルキィちゃん」

「なに?」

「……帰るか」

 

 ランスは魔王城に帰る事にした。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「がーーー!!! 一体どうやったらワーグとセックス出来るんじゃーーー!!!!」

 

 魔王城への帰り道。

 ランスの魂の叫びは、紫紺色に染まった魔物界の空へと消えていく。

 

「シルキィ、ワーグを抱く方法を教えろ」

「無茶言わないでよ……。あの子を抱くなんて、あの子を倒すよりも難しい事じゃないの」

 

 隣を歩く魔人四天王、自前の装甲と持ち前の根性によりワーグの眠気を克服しているシルキィにも、それに関しての良いアイディアは浮かばない。

 いやシルキィはおろか、恐らくは派閥の主に聞いた所で有効な解決策は無い。そう思える位に、魔人ワーグとセックスするというのは難題であった。

 

「だがシルキィよ。これでは俺様が何のためにレベルを上げたのか、何の為に禁欲なんぞをしたのか、さっぱり分からんではないか」

「私に言われてもねぇ。あの子と仲良くなる事は出来たんだから、意味はあったと思うけれど」

「確かに仲良くなるのは良い事だ。可愛い女の子と仲良くなるのは俺だって大歓迎だとも。けどな、それだけで俺様が満足出来るような奴では無いと、シルキィちゃんなら分かっているだろう」

「……まぁね」

 

 シルキィは実の所、ランスがお仕置きセックスするぞと息巻いていた頃から、こんな事になるのでは無いかと半ば予想していた。

 だがそれを伝えた所で諦める筈が無いし、色々と規格外なランスであれば一縷の可能性が無いとも言えないので、あえて口にはしなかったのだが。

 

「……ぐぬぬ。これでは、俺様がセックス出来ない女が増えてしまったではないか。ただでさえ、まだセックスが出来ないホーネットっつー女が居るってのに」

 

 ホーネット派の主、魔人ホーネットを落とす術も未だ見つかっていないというのに、ここに来てランスの前に、ワーグという名の難敵がもう一人。

 

「……はぁ。レベル上げに禁欲と、色々頑張ったのにセックスが出来ないとは。……俺様がっくし」

 

 今回ランスはシルキィと共にワーグと対峙し、結果ワーグを敵派閥から離脱させる成果を上げた。

 役に立ったかどうかは記憶が無いのでなんとも言えないのだが、それでも自分は働いた訳で、ならば次に待つのはご褒美タイムの筈。

 

 にもかかわらず、ワーグとはセックス出来ない。

 そのショッキングな事実に、肩を落としてずーんと暗く落ち込むランス。

 

「その、なんて言うか……元気だして、ね?」

 

 そんな姿を憐れに思い、せめて慰めてはあげようと思ったのか、シルキィが優しく声を掛けた。

 

 

「ランスさん、頑張って。……その、あんまりこういう事を言うのはどうかと思うけども、諦めなければきっとチャンスがあると思うわ。ワーグもそうだし、ホーネット様とも仲良くなれたじゃないの」

「仲良くなるだけじゃ意味無い……。それにホーネットか、ホーネットもなぁ……」

 

 ひとまずワーグの事は置くとして、果たして自分はシルキィが言うように、あのホーネットと仲良くなったのだろうかと、ランスは気力の足りない表情で考える。

 

 おっぱいにタッチ出来る程に距離が近づいた、きっと後もうひと押しだぜぐふふのふ。

 と、シャングリラへの旅から帰ってきた直後などはそう思っていたのだが、しかし性交が出来ないという現実に打ちのめされた今のランスの思考は、どこまでも後ろ向きになっていた。

 

「……今思うと、あいつの態度もあんま変わってない気がする。ホーネットの奴、俺様がちょっと夜這いを仕掛けただけですぐ怒るし、すぐ睨むし」

「それは貴方の問題だと思うけど……、ホーネット様は理由も無く怒ったりはしないわ。あの方は立場もあってとても厳格な性格に見えるけど、本当は優しい人なんだから」

「そーかぁ?」

 

 ランスはあのホーネットに対して、怖い印象ならあれど優しい印象など全く持ち合わせていない。だがシルキィに言われて少し考えてみると、思い当たる節が無い訳でも無かった。

 

「……まぁ確かに、あいつのドスの利いた目で睨まれた事は何度もあるけど、直接攻撃された事は無いかもしれん。そう考えるとまぁ優しい、のかも? いや、けどなぁ……」

「優しいの。それに、ホーネット様だって結構変わったのよ。ほら、前に私が、一緒にホーネット様に叱られて欲しいなって言ったのを覚えてる?」

「んー?」

 

 一緒にホーネット様に叱られて欲しい、以前シルキィは確かにそんな事を言っていた。

 あれはワーグを探す為にうし車を走らせていたの事で、その言葉の意図がよく分からなかったランスは率直に嫌だと返答した。

 

「あぁ、そういやぁ……。つーかあれ、結局どういう意味だったのだ?」

「あれはワーグの事よ。ホーネット様には内緒で事を進めていたからね。全部任せるとは言ってくれたものの、私は勝手にワーグを倒さない事を決めた訳で、さすがにこれは叱られるかなと思ったのよ」

「なるへそ、そういう事か。んで、一人で叱られるのは怖いから俺様を巻き込もうと」

「……怖い訳じゃないんだけど、ちょっと緊張しちゃうじゃない? ……けどまぁ、結果的にはそれも必要無かったんだけどね」

 

 シルキィはくすりと笑って、その時の派閥の主とのやり取りを脳裏に思い出す。

 

 ワーグとは戦わずに、火炎書士の考えた作戦により派閥戦争から離脱させた。その事に関してはホーネットがサイサイツリーに戻ってきてすぐに、シルキィは全てを詳細に報告した。

 そしてお叱りの言葉を覚悟したが、話を聞き終えたホーネットは「そうですか」と呟き、微かな微笑と共に労いの言葉をかけてくれた。

 

 

「ホーネット様、最初から分かっていたんだって。貴方が私に同行する事になったと知った時から、ワーグを倒す事にはならないだろうって予想していたみたい」

 

 その魔人を倒したらランスがどのように思うか。シルキィが悩んで戦う選択肢が取れなかった一番の理由であるその事を、どうやらホーネットも同じように考えていた。

 それ位にはホーネットもランスの事を理解していたという事であり、派閥に大きな被害を与えたワーグを許す程の理由になったという事でもある。

 

「それに、ワーグがあそこに住む事にも関しても、ホーネットなら思うところがある筈なのに」

 

 今、元ケイブリス派のワーグは魔王城近辺に滞在しており、ワーグがホーネット派に加わった訳で無い現状、危険なのではという見方も出来る。

 倒してしまった方が後腐れ無いのは事実であり、それでもホーネットがその手段を取らないのは、きっとランスの事が気になるのだろう。と、そうシルキィは考えていた。

 

「ホーネット様がそんなに貴方の事を気に掛けるなんて、私とっても驚いたんだから」

「……ほーん、そんなもんかねぇ。じゃあシルキィよ、そんなホーネットを抱く方法を教えろ」

「だからそれはもう、貴方の頑張り次第だって」

「なら、ワーグを抱く方法を教えろ」

「それは……その」

 

 気落ちしてしまった今のランスには、シルキィの慰めの言葉もあまり効果が無かったらしい。堂々巡りにて話が最初の地点へと戻ってきてしまった。

 

「大体ホーネットはともかく、ワーグは頑張ればどうにかなるようなものじゃ無い気がするぞ」

 

 まだ身体を許す程に靡かないホーネットの一方、物理的に接触する事が出来ないワーグに対して、これ以上自分が何を頑張れば良いのか。

 ランスは少々八つ当たり気味に魔人四天王を睨み、そのじとっとした視線を受けたシルキィは顔を明後日の方向に逃した。

 

「そ、そうかな? ……そうかもね」

「だろう? ……はぁ、何か方法はねーかなぁ。シルキィ、ほんのちょっびっとでも可能性があればいいから、何か思い付く手はないか」

「……うーん」

 

 ランスがワーグを抱く為の方法、そんな事をこの自分が考えるというのは正直どうなのか。

 そう思わないでも無いシルキィだったが、ランスの悲痛な訴えを受けて仕方無く頭を悩ませる。

 

 魔人をも眠らせてしまう程のワーグの事を、人間であるランスがどうのこうのする。

 それはもう小手先の策や精神力などで解決出来る問題では無く、もっと根本的に、ワーグの能力が一切通用しないような存在になるしかないのでは。

 そんな考えに至ったシルキィには、そのような存在について一つだけ心当たりがあった。

 

 

「あの子を抱くなんて、それこそ魔王様とかじゃないと……」

「魔王つーと、美樹ちゃんか」

「うん。私が覚えている限りだけど、流石に魔王様にはワーグの能力も効果が無かったはず」

 

 彼女の脳裏にある魔王の姿は、ランスが口にしたリトルプリンセスでは無く前魔王ガイの姿。

 ガイはワーグの事を魔人にした張本人であり、ワーグが人間だった頃、及び魔人となってからも何度も接触している。

 だがその時に眠りの能力の影響を受けた様子は無い。少なくともシルキィの目にはそう映った。

 

「……んじゃあ、俺様が美樹ちゃんに代わって魔王になれば、ワーグとセックス出来るって事か?」

「……かもしれないけど。でも、私が言っといて何だけど、滅多な事を言うもんじゃないわ。一応ホーネット派の魔人なのよ、私」

 

 ホーネット派とは、魔王として覚醒した来栖美樹に、世界を治めて貰う事を目的としている。

 その自分の隣で言うべき事では無いと、シルキィは軽く咎めるような視線を向けようとした時。

 

 

「……って、あれ」

 

 ふと気付くと、彼女の数歩分程の後方で、ランスはいつの間にか立ち止まっていた。

 

「ランスさん、どうしたの?」

 

 振り返ったシルキィの事など目に入らないのか、我を忘れた様子でしばし呆然としていたランスは。

 

 

「……魔王か。ありだな、それ」

 

 

 そう、ぽつりと呟いた。

 

 

「……え?」

「うむ、ありだ。どう考えてもありだ。つか、なんでもっと早くそれに気付かなかったのだ俺様は」

 

 天啓を授かってしまったランスは、そのアイディアの素晴らしさを噛みしめるように何度も頷く。

 

「ちょ、ちょっと待ってランスさん。貴方まさか、本気で魔王になるなんて言うつもりじゃ……」

 

 そんな事は有り得ない。とは言い切れないのがランスの恐ろしい所で、もしかしたら自分はとんでもない失言をしてしまったのでは無いだろうか。

 と、背筋に嫌な寒気を覚えるシルキィだったが、彼女の心配は幸いにも杞憂だったのか、すぐにランスは首を横に振った。

 

「うんにゃ、そうじゃない。そうじゃないが、魔王を利用するってのはありだなと思ってな」

「……魔王を利用する? て、それもちょっとどうかと思うけど……」

 

 世界の支配者たる魔王に対して、利用という言葉を使うのはいかがなものか。

 魔人としての一般的な感覚でそう思うシルキィには、その事以上に気になった事が。

 

「美樹様を利用してワーグの事を抱くって、一体ランスさんは何をするつもりなの?」

 

 魔王になる訳では無いのなら、如何なる方法で魔王を利用すると言うのか。まさか眠りそうになったら、魔王に叩き起こしてもらうつもりなのか。

 

 シルキィにはいまいち真意が読めなかったが、ランスは再度大きな仕草で首を横に振り。

 

「いーや、そっちじゃない」

 

 そして、にやりと笑った。

 

「そっちじゃなくて、別の抱けない魔人の話だ」

 

 

 

 

 

 


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