魔王城の一角、魔王専用の浴室にて。
魔人筆頭と人間の男の入浴タイムはまだまだ続いていた。
「……そんな事よりも、今日の貴方は意外と大人しいですね」
ホーネットが話を逸らそうとやや強引に振った話題を受けて、特段そんなつもりは無かったランスは首を傾げる。
「そうか?」
「えぇ、なにせこのような状況ですから……」
現在二人は混浴中。お風呂の中では当然裸で、今もランスの手はホーネットの肩に回され、ほんの少し手を伸ばせば何処にでも触る事が出来る距離。
好色なその男にとって、垂涎ものの状況である事は誰の目にも明らかである。
一瞬の隙を突かれて胸元に顔を埋めるのを許してしまった経験や、目を閉じていただけの自分を寝ているものだと勘違いして夜襲を仕掛けてきた経験などから鑑みて、今も少し気を抜けば即座に襲い掛かってくるのではないか。
そんな予測をしていたホーネットは、いつ襲ってきても対処出来るようにと内心大いに警戒していたのだが、しかしランスは未だそんな素振りなど見せず、少々肩透かしを食らったような気分だった。
「普段の貴方であれば、すぐにでも不埒な事を仕出かすと思ったのですが」
「おいホーネット。お前は俺の事を、盛りのついたわんわんか何かだと思ってんのかいな」
「……違うのですか?」
ホーネットの表情には疑念よりもむしろ驚きが表れており、今の台詞は心の底から純粋に思った事を聞いたような口ぶりだった。
「……あのな。この俺様が、年がら年中エロい事を考えていると思ったら大間違いだぞ。今日こうしてお前と一緒に風呂に入ったのだって、なにもお前を襲おうと思ったからでは無い」
「……では、何の為に?」
「おぉ、よくぞ聞いてくれた。今回の混浴の目的はな、お前と仲良くなる為なのだ」
わざわざ待ち伏せをしてまで、一緒にお風呂に入ろうとした目的。
それは間違いなくもっと直接的な事だと見越していたホーネットは、ランスの用意していたその建前に意表を突かれた様子で呟く。
「仲良く……」
「うむ。俺はなホーネット、君ともっと親睦を深めたいなぁと常々思っていたのだよ。うむうむ」
「……それで、このような事を? 親睦を深めると言うのなら、他にもやり方が……」
そういう事には、追うべき順序というものがあるのではないだろうか。
いきなり混浴というのは些か性急すぎて、段階を一つ二つ飛ばしてはいないかと思うホーネットの一方、そうは思わないのがランスだった。
「やり方なんざどーだっていいんだっつの。それとも何か? お前には俺様と仲良くなるつもりなどカケラも無いっつーのか?」
「そういう訳では……。親睦を深めるという事に関しては、私も吝かではありません」
襲うつもりなど無く、こうして一緒に風呂に入ったのは、あくまでより親しくなりたいが為。
その言葉を一応は信じたのか、ホーネットの警戒心が少し薄れる。彼女の肩を抱くランスには、その事が触れる肌から確かに伝わってきた。
裸の付き合いという言葉もあるように、混浴というのは相手との関係性を深めるのに一定の効果はあるかもしれない。
だが、とはいえそれはあくまで建前。名目上の理由であって、ランスの本当の目的では無い。
これでもう少し場を弁えてくれれば申し分ないのですが。と、火照り始めてきた頭でそんな事を思うホーネットの一方。
(……ぐぬぬ。小癪な事を言いやがって。つーか、襲えるもんならとっくに襲っとるっつーの)
その男は心中穏やかで無く、その内心では唇を噛みしめていた。
ランスの目的は、当然ながら魔人筆頭とセックスする事にある。
今も自分のすぐ隣にある、露わになった彼女の胸の膨らみに手を伸ばしたい気持ちで一杯だが、しかし行動には移さない。そんな露骨な方法では無駄だと分かりきっているからだ。
先程のホーネットの言葉。危害を加える事など出来る筈が無いという発言からして、どうやら羽目を外し過ぎても攻撃される事は無いらしい。
それを知れたのは進歩ではあるが、だからといってセックスが出来る訳では無い。
依然としてランスとホーネットの間には人間と魔人という種族の壁、超える事の出来ない性能差があり、反撃されないからといっても力づくで押し倒す事は難しい。
それではノースの町の宿での一件のように、簡単に逃げられてしまうのがオチである。
強大な力を持つ魔人筆頭を抱く為には、サテラやシルキィなど他の魔人達と同様、あくまで彼女自身にそれを受け入れさせなければならない。
その事はランスも理解していたので、絶世の美女たる魔人筆頭が自分のすぐそばで裸体を晒しているこの状況下においても、襲い掛かりたい気持ちをどうにか自制していた。
(ぶっちゃけ、手が無い訳でも無いのだが……)
先に述べた通り、実はランスの頭の中にはホーネットを抱く為の必殺の一撃が存在する。
この作戦に頼れば、労せずして彼女とセックスする事が出来る。おそらくは高い確率でそうなるだろうと思ってはいるのだが。
(ただなぁ、ちょーっとこの方法はなぁ……。出来れば使いたくないっつーかなんつーか……)
この作戦には使用を躊躇ってしまう理由が幾つか見当たる為、ランスはホーネットと共に湯に浸かって色々と話をしていた当初から、頭の中では使うか否かについてずっと悩んでいた。
そして結局。
(……とりあえず、もうちょっと様子を見るか)
先程から相手の警戒心は徐々に薄れてきている。
これは悪くない傾向だと思ったランスは、もう少し機を伺ってみる事にした。
その後二人は、魔王専用の湯の心地を身体で染み入るように堪能しながら、
「……でな。そんな訳で、いつの間にかワーグとの戦いは終わっていたのだ。何がどうなってああなったのか、正直なところ俺様もよく分からん」
「どうやらそのようですね。私が報告を聞いた限りでは、貴方も十分に役立っていたそうですが」
先日のワーグの一件について話をしたり、
「あ、そうだそうだ。なぁホーネット、ワーグとセックスする良いアイディアを知らんか? ワーグはお前と同じ位に強敵でな、今苦戦中なのだ」
「……あぁ、あれはそういう事ですか。シルキィは少し、貴方に優しすぎるような気がしますね」
ワーグを抱く為の作戦について聞いてみたり、
「そういやシルキィと言えば、あの3人の中で一番エロいのはやっぱシルキィだと思うのだが、ホーネットよ、お前はどう思う?」
「…………さぁ、どうでしょうか」
「ってお前、全く考えてないだろ」
そんなどうでもいい事なども話してみたり、
「俺様思うのだが、やっぱりお前の私服はおかしいと思うぞ。あれ、一枚着るのを忘れている訳じゃねーんだよな?」
「………………」
「おい、聞いてんのかよ。……ん?」
そうこうしている内に、ランスはその変化にやっと気付いた。
「なぁ、ホーネット」
ランスは少し体勢を動かして、隣に居る魔人の顔を真正面からじーっと見つめる。
「……何ですか?」
「お前、顔真っ赤」
「………………」
ランスの目に映る今のホーネット、予想外の指摘をされて黙り込んでしまった彼女の顔は、額から頬まで綺麗な朱色に染まっていた。
比喩表現としてもそうなのだが、物理的にも滅多に顔色を変えない魔人筆頭のその有様に、ランスはとても珍しいものを見た気分である。
「……そうですか」
彼女はその事を自覚してはいなかったが、しかし自身の体調の変化、滅多に流す事の無い汗が肌から落ちる感覚や、頭には普段以上の熱が籠もっている実感があった。
「……どうやら少し、湯に当たったのかもしれません。……では、私はそろそろ上がります」
まじまじと自分の顔を覗き込んでくる、相手の視線を嫌がったホーネットはすぐに立ち上がろうとしたが、その途中で、
「待てっつーの」
「あっ」
ランスに軽く手を捕まれて、それだけでぐらっと体勢を崩し、湯の中に逆戻りして座り込む。
どうやら体中に力が入っていないのか、普段の彼女からしたら考えられない有様であった。
「……何ですか?」
その言葉は先程よりも刺々しく、ホーネットが苛立っているのはランスもすぐに分かったが、しかしそんな事は全く気にせず、再びその顔を眺めながら単刀直入に気になった点を聞いた。
「なぁホーネット。お前さ、もしかしてこの状況に照れているんじゃねーのか?」
「……そんな事はありません。湯に当たっただけだと言ったはずです」
「けどお前、これと同じくらい暑かったキナニ砂漠ではぴんぴんしてたじゃねーか。大体、人間の俺様がまだ全然平気なのに、先に魔人筆頭が湯にのぼせるって事はねぇだろう」
ホーネットの紅潮した顔は湯当たりした結果と言われればそう見えるが、一方で照れている表情だと見る事も出来る。そして、ランスの指摘は概ね真っ当に聞こえた。
基本的に感情を見せない魔人ホーネット。
その恥じらう姿など、ランスは勿論、彼女に親しい者達でも目にする機会があったかどうか。
なにせ普段着があれである。彼女の私服は露出度が極めて高く、それ自体はランスも気に入っているのだが、あの服は周囲を同格と見ていないが故の格好であり、それを着て自分の前で平気な顔をされると、男として見られていないような気がしてランスはどうにも面白くない。
そしてそれは、こうして共に湯に浸かっている時でも同じ事。裸で密着しているにも関わらず、一向にホーネットは平然としたままで、それがランスには少々気に食わなかった。
だが今の彼女の顔色を見ると、先程までの澄ました表情はもしや痩せ我慢だったのか。
いや、そうに違いないと、ランスはそう決め付ける事にした。
「何だかんだ言ってぇ、俺との混浴に照れていたんだろ? なぁ、どうなんだホーネットちゃんよ」
羞恥心を抱いていた事を本人に認めさせるのが楽しいのか、あるいは単に劣勢の魔人筆頭を追い詰めるのが楽しいのか。
ランスは口角を上げたニヤニヤ笑いを隠そうともせず、その表情がまた癇に障るのか、ホーネットは不快げに眉を顰めて、そして。
「ですから、そんな事は……」
無い。
そう言うべきだと頭の大部分では思っており、おそらく普段の彼女であればそう断言していた筈。
だが今のホーネットはどこか様子が違っており、暫し悩むように目線を横に背けた後。
「……いえ。あるいは、そうかもしれませんね」
ゆっくりと瞼を伏せ、熱を帯びた吐息を漏らすと共に、シャングリラの時にも、ノースの町の宿での時にも上手く隠し通した事実を告白した。
「え、そうなの?」
「……えぇ」
「……マジか。認めやがったよこいつ」
先程までからかい気分だったランスがつい呆気に取られてしまう程に、今の彼女は実にあっさりと心の内を語る。
如何なる心境の変化なのかは不明だが、ともあれホーネットもようやく少しは自分を意識するようになったのか。ここまで長かったなぁとしみじみ思うランスの一方。
「それにしても、貴方は……」
「何だよ」
「……いえ。そうですね、貴方は普通にしているだけ……。ですから、これは全て私の問題……」
「うん?」
首を傾げるランスを無視して、その魔人は力の籠もらないような眼で宙を見つめたまま、相手に話しているのか、それとも自分に言い聞かせているのか定かでない、囁くような独り言を続ける。
「おいホーネット、お前なんか……」
「私が、これでは…………」
「……ん~?」
(何だかホーネットのやつ、ぼーっとしてるっつーか、しゃきっとしてないっつーか……)
ランスはようやく気付く。どうにもホーネットの様子がおかしい。
普段彼女がその身に纏っている厳かな雰囲気、言葉にするならば緊張感や警戒心と言ったものを全く感じないし、頭も平常に回っていないのか、話す言葉も何やら要領を得ない。
「おーい。ホーネットちゃんやーい」
「………………」
「むぅ、反応が薄い。……そら、ぷにぷにーっと」
「………………」
ランスはその頬を遠慮無く突いたり、つねったり引っ張ったりして遊んでみるが、しかし彼女からの制止の言葉は無く。
止めなさいと言うかのように、常の怜悧さが抜け落ちた気怠げな目を向けるが、ただそれだけ。
「……うーむ」
(……どーやらこの様子だと、ホーネットのやつ、マジでのぼせちまったっぽいな)
二人が熱い湯に浸かってから、そろそろ20分から30分が経ったが、湯当たりする程の時間が経過したと言えるかは微妙な所。
それが証拠にランスは依然として問題なく、せいぜい額から汗が流れ落ちるのを感じたり、僅かに喉の渇きを覚える程度。
しかしホーネットは今日、滅多に明かさない心情を特に明かしたくない相手に色々と吐露した事や、肩を抱くその手の感触など慣れない状況にずっと耐えてきた事が影響したのか、どうやら先程の言葉通り本当に湯当たりしていたらしい。
(つーか、こいつ……)
ランスが普段目にする魔人ホーネット。その冷然とした表情は今はものの見事に崩れており、改めて彼女の顔を眺めたランスは思わず息を呑む。
時に身震いさせられる程に鋭い眼光を放つ金の瞳は、今はとろんとしていて。
聡明さと凛々しさを併せ持つその顔は、今はしっかりと赤みがさして熟れたように柔らかくなり。
自然の小さく開いた口からは、熱にうなされるように荒い呼吸を繰り返す。
そして放心したように自分を見つめる、その魔人の湯当たりした表情を目にしたランスは、
(色気があるっつーか、なんつーか……今のこいつ、むちゃくちゃエロいぞ。ヤバい、襲いたい)
普段の威厳ある様子とのギャップにやられ、股間のハイパー兵器は一気に臨戦態勢。
今すぐにでもホーネットを抱きたくなったランスは、様子見はもういいだろうと、当初から頭に浮かんでいた例の作戦を使用してみる事にした。
「なぁ、ホーネット」
「………………」
「おい、聞けっての」
「……何ですか?」
「さっきの事だがな、俺様は美樹ちゃんの手紙を持っていただろう?」
口を開くのも億劫なのか、小さく頷く事で返事を返した彼女に対して。
ランスは用意していた必殺の一撃、ホーネットという女性の一番の弱点、魔人筆頭であるが故の急所に深く刺さる指摘を真っ向から突き付けた。
「あの手紙にだな。仮に『ランスさん、ホーネットとセックスしていいよ』って書いてあったら、お前はどうするつもりなんだ?」
「……そ、れは」
ホーネットの口からは次なる言葉が出ず、しばしその場を静寂が支配する。
魔王に従順な魔人筆頭なら、魔王が性交の許可を出してしまえば、ホーネットは言われるがままに自分に抱かれるのではないか。それが、ランスの考えていたとっておきの作戦。
ランスが今日、ホーネットとの混浴に挑んだのは襲う為でも仲良くなる為でも無い。
その本当の理由は、捏造した美樹の手紙に効き目があるかどうかを確かめる為であり、その意味ではすでに目的は達成されている。
適当にでっち上げただけの手紙でも、その真偽を確認する術の無いホーネットは従わざるを得ないと分かった以上、手紙の文面を少し弄るだけで彼女を抱けるという事になる。
ただ先程の会話で、彼女にとって魔王という存在は軽々に扱っていいものでは無いと分かった為、そこが少し怖い点ではあったものの、今の色香に溢れるホーネットを前にしてしまったら、ランスのそんな躊躇いは彼方に飛んでいった。
「なぁ、どーなんだホーネット。答えろよ」
「………………」
今すぐにそんな内容の魔王の手紙を用意すれば、お前は俺に抱かれるのか。
その問いへの返答を迫られたホーネットは、本人には全くそのつもりは無いのだが、しかし情欲を掻き立てるような悩ましげな表情で、そのまましばらく沈黙していた後。
「……さぁ。答えが欲しいのなら私に尋ねず、試してみればいかがですか?」
そんな言葉で、直接の解答を避ける。
ただそれは、魔王の存在を利用する事を暗に認めるかの如き言葉で、普段の彼女であれば間違いなく言わない筈の、湯熱の影響で思考がおかしくなっている事が良く分かる台詞だった。
そして、必殺の一撃をホーネットに躱されたランスはと言うと。
「……む。まぁ、それもありっちゃありだな。確かにお前の言う通り、試してみりゃあ済む話だ」
口ではそう言うが、しかしその心中ではまだこの作戦を実行する気分にはなっていなかった。
それは何故かと言うと、この作戦にはもう一つの問題点、ホーネットに対して魔王の存在を利用する事への恐怖とは別の、使用を躊躇わせる他の理由があったからである。
「……しかしだな」
ランスは肩に回していた手を動かし、力が抜けたようにその腕に寄り掛かっていた彼女の体勢を整えた後、その顔を真っ向から凝視する。
「俺様、んな事を試す必要があんのかなーとも思うのだ。なぁホーネット、お前もそう思わんか?」
「……なにがですか?」
「いやな、もーちょっとだと思うんだよなぁ。もうちょっとで、何も美樹ちゃんの手紙になどわざわざ頼らんでも、お前とセックス出来るような気がしてならんのだ」
この作戦の使用を躊躇わせる、もう一つの理由。
それは、魔人筆頭という世界で一、ニを争う程の高い頂きに、他人の力を借りずに自力のみで到達したいと思う、ランスという男の性。
魔王城にやって来てから、そろそろ4ヶ月程。
今のランスの頭には、これだけ時間が掛かったからとっとと抱きたいという思いと、これだけ時間が掛かった以上は自分の手で落としたいという思いが、困った事に相反して両方存在していた。
今すぐホーネットを抱きたい。その思いはランスの中に強くあり、それはすぐにでも可能な事。
先の問い掛けには頷かなかったが、しかし真っ向から否定しなかった以上、今からほんの数分で美樹の手紙を用意してくれば、おそらく彼女は観念してその身を委ねる筈。
しかし魔王の権力を笠に着た狡っ辛い手段では無く、魔人筆頭を自力で抱く。今まで数多くの女性をものにしてきたランスには、そんな偉業に挑みたいという思いも確かにあり。
そしてそれは何も非現実的な話では無くて、あと一歩か二歩で達成出来る事なのではないかと、ついさっきからランスはそう感じていた。
普段の真面目で厳格な魔人筆頭なら不可能だろうが、そのような存在はすでにここには居ない。
今この場に居る魔人ホーネット。熱に苛み、脱力して微睡むかのように身体を預けてくる彼女は、何の力も無いただの美しい女性のようにしかランスの眼には映らない。
先の話から、ホーネットは以前よりも遥かに自分の事を意識している様子だし、今ならこのまま流れで押し倒す事も可能なのではないか。
それこそ例えば、今ここで自分が少し顔を動かして口付けをしたとしても、今の状態のホーネットならばきっと抵抗しない。
ランスがこれまで歩んできた激動の人生、その日々で培った歴戦の女性遍歴がそう告げていた。
「今ならお前とセックス出来るような気がする。なぁホーネット、そう思わんか?」
あえてランスは相手に問い掛けてみる。
彼女が否定しなかったり、曖昧に言葉を濁したりしたら、その時はもう手を出そうと決めていた。
「………………」
自分の返答次第では、その男は躊躇無く仕掛けてくる。
思考が明晰でない今のホーネットにも、その事は何とか理解する事が出来た。
熱にやられて朦朧とする頭で魔人筆頭は思う。
何と言って断るべきか。いや、そもそも断りたいと心の底から本気で思っているのかどうか。
ここ最近、特に二人での旅をした後頃から、何故だかあまり顔を合わせたくないと感じたり。
一方で居心地の悪さを感じていたにも関わらず、のぼせるまでにこうして隣に座っていたり。
世話役の異性に対しては何も問題無いのに、何故か肌を見せる事に僅かな羞恥を感じたり。
我が事ながら自分の不審点は幾つも挙がり、いい加減このままにしておくのは色々と良くない。
ぼやけた視界に映る、目の前の男と自分はどうなりたいと思っているのか。
それらを色々と考えたが故になのか、あるいは色々考えるのが面倒になったが故になのか。
とにかくホーネットはそっと口を開くと、
「……ですから、試してみればいかがですか」
先程と同じように直接の答えは避けたが、聞きようによっては決定的とも取れる言葉を発した。
「……言ったな。ホーネット、後悔すんなよ」
ここまで挑発的な言葉を女性から言われて、このまま何もしないのでは男が廃る。
意を決したランスは左手で彼女の顎を持ち上げ、焦らすかのようにゆっくりと顔を近づけて。
そして、ホーネットと唇を重ねた。
「ん……」
生まれて初めての接触。その感触に微かに喉を鳴らしたホーネットは、自然と瞼を閉じる。
その様子からは、もはや抗う意思など何一つ見当たらない。自分との行為を受け入れた姿だとランスが思ったのも無理はなく。
(……なら、こっちはどうだ)
それならばと、ランスは口付けしたままホーネットの顎を支える左手を離し、次は水面に見え隠れする胸の膨らみに手を伸ばす。
「──ん、」
ホーネットは小さく喉を鳴らしたが、しかしそれだけ。
ランスは何度もその柔らかな形を変えてみるものの、やっぱり彼女は抵抗を見せない。
(あれ? もしかしてこれ、本当にいける!?)
全て自分の思うがまま、されるがままのホーネットの姿に確かな手応えを掴む。
そして一段と湧き上がる興奮そのままに、ランスはその胸の先端を軽く引っ掻く。
「あっ、……」
聞こえたのはホーネットの嬌声。ランスが初めて耳にした、魔人筆頭の甘く響く声色。
これまで沢山の女性を抱いたランスといえども、その艶めく声に性的興奮はピークに達して、ドクンと心臓が高鳴った。
一方、自分の口から出た初めて耳にする声を、どこか他人事のように聞いていたホーネット。
ランスの指使いにより胸の先から何度も生じる、感じた事の無かった痺れが切っ掛けとなり、一瞬意識がクリアになった彼女は大きく目を見開く。
その瞳の色は、潤んだように揺らいでいた先程までとは異なっており、今自分がとても致命的な事をしていると遅れに遅れて認識した結果。
「おわっ!」
急に立ち上がった事に驚く相手を無視して、
「………………」
未だ熱い感触の残る唇を右手で押さえると、
「……もう出ます」
指の隙間から、肩を大きく上下させた荒い息遣いを幾度と無く漏らしながら、そのまま逃げるように風呂場から出ていった。
「………………」
そして湯船に取り残された男は、突然の出来事を前に彫像のように固まってしまったのだが、
「……し」
やがて今の状況を嫌でも認識した結果、脱衣所はおろかその先の廊下まで響く程の絶叫を上げた。
「しまったぁーー!! 俺様とした事が、百戦錬磨のランス様とした事がァァーーー!!!!」
あともう一歩だった。間違い無くほんの紙一重の所まで迫ったのにも関わらず、結局今回もホーネットを抱く事は出来なかった。
まるで釣り竿を引き上げて、獲物が水面に姿を見せた寸前で逃げられてしまったような、千載一遇の好機を逸したランスは頭を抱えてうずくまる。
率直に言って興奮していた。それは認めざるを得ないが、この自分が女性を前にして興奮のあまりに攻め手を焦ってしまうとは。
ホーネットはおそらく初めてなのだから、もっとじっくりと攻めるべきだったのに。そうしていればきっと今頃すでに……。
などと、そんな思いがぐーるぐーると頭の中で渦を巻き、あーしておけばこーしておけばと、およそ30分にも渡ってランスの反省と後悔の時間は続き。
その後、ようやく気を取り直したランスは風呂から上がり、いざ再戦とばかりにホーネットの部屋を訪れたのだが、そこはすでにもぬけの殻。
彼女は宣言通り、風呂を出た後すぐに魔王城を出発して、サイサイツリーへと向かったらしい。
その事を知ったランスはさらに後悔を深め、がっくりと肩を落としたまま自分の部屋に戻ると、ベッドで団子のように丸まってその日を終えた。