ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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魔人筆頭の部屋(本人不在)

 

 

 ある日の魔王城。

 

「……暇だな」

 

 ランスは暇を持て余していた。

 

 

 ここ最近のランスはとかく暇である。その大きな理由としては彼が協力しているホーネット派、その今現在の動勢に関連している。

 今、ホーネット派は魔界都市ビューティーツリーを再度奪い返す為に、派閥の総力を挙げて攻勢を仕掛けている真っ最中であるが、その作戦にランスは不参加を決めた事にあった。

 

 話を聞いた当時、色々あって戦闘などする気分に無かったランスは参加を断り、結果魔王城の防衛役という名のお留守番係を引き受けたのだが、無為に日々を過ごすだけというのは思いの外退屈である。

 ホーネット派の面々が魔界都市侵攻に掛かりきりである為、閑散とした今の魔王城内の空気もその事に拍車を掛けていた。

 

 ランスの主な暇つぶし相手、兼、夜のお相手であるサテラ、シルキィ、ハウゼル達も勿論作戦に参加しており、彼女達ともセックス出来ない日々がすでに一週間以上経過して。

 ならばとつい先日はワーグの家に遊びに行ったり、ランスは今退屈を紛らわせる方法を見つけるのに少し難儀していた。

 

 

「シィルをいじめて遊ぶのも、かなみをからかって遊ぶのもさすがに飽きてきたしなぁ。ウルザちゃんは仕事があるからって構ってくんねーし」

 

 働き者と言うべきか、少々ワーカーホリック気味のウルザは、どこでも使用が出来るよう改造された遠距離用魔法電話を駆使して、魔王城内に居ながらにしてゼス王国の警察長官としての仕事を行なっているらしい。

 そんな多忙な彼女はランスのお誘いにも滅多に乗らない。滅多にという点が、二人の関係性を大まかに示していた。

 

「なにも魔物界に来てまでゼスでの仕事をせんでもいいだろうに。……はぁ、暇じゃ暇じゃ」

 

 面倒事を嫌い、忙しければ忙しいと文句を言う癖に、暇なら暇でも文句を言う。

 とても困った性格をしているランスは、この際何でもいいから暇を潰せる事はないかなぁと、普段よりも活気のない魔王城内を適当にぶらついていた。すると、

 

「……お」

 

 城の最上階、たまたま通り掛かったある部屋の前で足を止めた。

 

「ここって確か、ホーネットの部屋だったよな」

 

 その部屋は魔王城の実質的な主、今は戦いに赴いていて不在中である魔人ホーネットの私室。

 主に彼女を口説こうとした時などに、ランスも何度か立ち入った事のある部屋である。

 

「……ふーむ。よし、いっちょ入ってみるか」

 

 特に深い理由など無い。退屈でする事が無かったランスは暇つぶしにと、何となしにホーネットの部屋に入ってみる事にした。

 

 

 

 

 

 

 パチっと照明のスイッチが押され、真っ暗だった室内に明かりが灯る。

 

「……しっかしまぁ、前に来た時から思った事だが、味気ない部屋っつーか……」

 

 部屋主が不在の部屋に勝手に入り込んだランスは、その周囲をぐるっと見渡しながら率直な感想を口にする。

 

 大きな執務机に客用のソファとテーブル、そして沢山の本が並ぶ本棚と、目立ったものと言えばそれ位。私室というよりは執務室に近く、ランスはこの部屋でまったりリラックス出来る自信が無い。

 無駄なものを置かない、部屋主の性格が顕著に表れているこの部屋は、用途不明な細々しい雑貨で溢れる彼の部屋とはとても対照的であった。

 

「……けどまぁ、何かおもろいもんの一つぐらいはあるはずだ。あそーだ、エロ本とかねーのかな。魔人つったって性欲はあるはずだし」

 

 あの堅物のホーネットがエロ本など。そう思いもするが、しかし可能性は皆無とは言えない。もしそんな物を発見出来たら、それをダシにしてあの魔人筆頭を大いにからかってやろう。

 

 なんて事を考えながら、ランスは本棚に並ぶ本のタイトルに一通り目を通してみる。

 しかし、残念ながら目当てだった成人向け書物はそこに一つも見当たらず、その棚に並んでいた殆どは同じカテゴリのとある書物。

 

「これって……詩集ってやつだよな」

 

 適当に手に取った本のページをパラパラと捲ってみると、そこに書かれているのはある程度短い文章で叙情を表現した詩の数々。

 中には年季が入った本もあるので、文化的あるいは文学的な価値はあるのかも知れないが、しかし読書と言えばエロ本か貝図鑑ぐらいしか読まないランスにとってはあまり興味の湧かない代物だった。

 

「ふむふむ……春はどんより、秋はげんなり、冬はげっそり、夏がいいのに夏は無し……駄目だ、さっぱり意味分からん。あいつ、こんなもん読んでおもろいのか?」

 

 残念ながら繊細な情感を楽しむ感性を持ち合わせてはいないのか、いまいちあの魔人筆頭の趣味嗜好が理解出来なかったランスは、首を傾げながら詩集を本棚に戻す。

 

「なら、こっちはどうかなっと……」

 

 本棚が駄目ならお次はと、ランスは執務机の引き出しの中を探ってみるが、そこにあったのは万年筆などのありふれた文具類。ならばと飾り棚の上を見てみるが、そこには室内装飾としてはありふれた花瓶などなど。

 見た通りというべきか、当たり前の場所に当たり前の物があるこの部屋内には、これと言ってランスの興味を強く惹くものは見当たらなかった。

 

「……無いな。どこにもおもろいもんが無い。……つー事で」

 

 ランスは廊下に続く出入り口とは別、部屋の中にあるもう一つのドアの方に顔を向ける。元々この部屋内にはあまり期待しておらず、彼の本命は最初からそちらにあった。

 

 

「よーし、次はあっちだな」

 

 魔王城に設置されている居住用の部屋は基本的な間取りが共通しており、だからこそランスもそこがどういう部屋なのかは知っていた。

 その部屋は、魔人ホーネットの寝室。彼女の部屋自体には何度か来た事があるランスも、寝室までは立ち入った経験が無かった。

 

「ぐふふふ、鍵も掛けんとは不用心な奴め。そんなだから俺様のような者の侵入を許すのだ。て事で遠慮無く、お邪魔しま~すっと」

 

 ここに居ない相手に届く事の無い挨拶をちゃんとしてから、寝室のドアをゆっくりと開く。

 あの魔人筆頭のよりプライベートなその部屋に、ワクワクしながら入室したランスだったが、

 

「……なんつーか、ただの寝室だな」

 

 自然と口から出た言葉通りの部屋の様子に、肩透かしを食らった気分で思わず頬を掻く。

 

 目を引いたのは天蓋付きの大きなベッド位で、他はクローゼットや姿見など、寝室にはありふれた調度品などが設置されている。

 魔物界の姫君という立場のホーネットだが、過度な装飾を好む性格では無いのか、特別変わったものは何も無い、至って普通の寝室だった。

 

 

「ふむ、どれどれ」

 

 とりあえずランスは近くにあったクローゼット、その一番大きな収納部分を開いてみる。

 

「うおっ」

 

 すると予想外のものを発見してしまったのか、ランスは一歩身体を引く。

 

 魔人ホーネットが使用していると思わしきクローゼット。その中には、

 

「お、同じ服がいっぱい……」

 

 彼女が普段その身に着ている、胸元の大きく開いた薄布のドレス。それの替えが大量にハンガーに掛かっていた。

 

「……いっつもあの格好だとは思ってたが、まさかこれしか持ってねぇのかあいつは」

 

 自分のイメージを合わせる為、ランスも同じデザインの服を幾つか揃えてはいるが、ここまで強い拘りを持ってはいない、

 大事な部分が透けて見える、この際どすぎるドレスにホーネットは余程の思い入れがあるのだろうか。そんな事を考えていたランスは、

 

「……ん? つーかちょっと待てよ、ごそごそっと……」

 

 ふいに、ある疑念を抱いた。そこでクローゼットにある全ての引き出しは勿論、ローチェストの中まで見落としが無いようにと、隅から隅までしっかり確認してみたのだが。

 

「……やっぱりだ。ブラもパンツも一枚も無い」

 

 他の棚に入っていたのは、彼女が普段着用している黄金色の髪留めや腕飾りなどで、誰しもが当たり前に使用している肌着や下着類といったものは一枚も存在しておらず。

 確かにあのホーネットがそれらの物を身に着けている所は見た記憶が無いが、しかし所持すらしていないとはランスも予想外だった。

 

 平時は当然、下着を必要としないこれを一枚着るだけ。そして戦いの時にはこの上から巨大な肩当ての付いた鎧を着込む。だからこの普段着のドレスさえあれば全て事足りる。

 さもそう言わんばかりの強気な姿勢が、そのクローゼットからはひしひしと伝わってきた。

 

「……うーむ、恐ろしい。ホーネットの奴、これで自分がまともだと思ってる所が恐ろしい」

 

 誉れ高き魔人筆頭、その底知れなさを垣間見たランスは、これ以上その闇を覗くのが怖くなったのか、クローゼットの引き出しをそっと閉じる。

 

 

「よっこいせっと」

 

 ホーネットの私服チェックを終えたので、次は天蓋付きのベッドの上に座ってみる。

 するとゆったりと身体が沈み込むその感覚に、ランスはある事に気付いた。

 

「あん? なんだかこのベッド、俺様の部屋のベッドよりも質が良くないか?」

 

 何度か腰を落として跳ねてみると、確かにスプリングの効き具合が一味違う。

 一応こういう所は城内でも飛び抜けて偉い立場故なのか、ホーネットが普段使いしているそのベッドは、ランスが案内された客室のベッドよりも高品質な代物のようだ。

 

「ぬぅ、魔人筆頭だからってか? 何かホーネットだけズルいぞ」

 

 他人が自分よりも良い物を使用しているのが見過ごせないのか、ズルいズルいと呟くランスはベッドの上に横になって、何となく魔人筆頭愛用の枕に頭を乗せてみる。

 すると普段自分が使っているものより何やら良い匂いがしたので、ついでに魔人筆頭愛用のブランケットにも包まってみる。

 

「ふむ。やっぱこのベッドの方が寝心地が良いな。……いっその事、交換して貰うか?」

 

 などと考えながら、ふかふかな肌触りの羽毛のブランケットの温もりに包まれていると、次第にその瞼がゆっくりと落ちてきて。

 

「……ふぁー、ねむ……」

 

 そして、ランスは寝た。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ぐがー、ぐがー」

「………………」

 

 いびきをかく男の横に、佇む影が一つ。

 

 その人物は無言で目を瞑っている。一見するとなんて事の無い沈黙の表情であるがその実、真相は頭痛を堪えている表情であった。

 

「ぐがー、ぐがー」

「…………はぁ」

 

 彼女の口から溜息にも似た吐息が漏れるが、よく聞くとそれは普段の呼吸よりも荒く。

 その人物は今少し息を切らしており、微かに肩も上下していた。

 

 彼女は一週間以上前から城を離れていたのだが、とある事情あって急ぎ遠征先から帰還する必要に迫られ、息が上がる程の速度で城へと戻り、そして自分の部屋に入ってすぐに妙な違和感を受けた。

 本棚の並びから、何者かが自分の不在中に忍び込んだ痕跡を発見し、どうにも嫌な予感がしたので寝室を確認するべくドアを開き。

 

 そして、あろう事か自分のベッドを勝手に使用している不届き者を発見したのだった。

 

「ぐがー、ぐがー」

「………………」

 

 立ち尽くす彼女の心中などお構いなしに、とても心地良さそうに眠り続けるその男とは、つい先日ちょっとした一悶着があったばかり。

 そんな理由あって少々顔を合わせづらく、声を掛けて起こすのを躊躇っていたのだが、しかし何時までもこうしていても仕方が無い。

 

 半ば無意識の内に自らの指で自らの唇に触りながら、緩みきった男の寝顔をしばらく眺めていた彼女は、やがて、ふぅ、と大きく深呼吸をした後。

 

 

「ぐがー、ぐがー」

「……ランス」

「ぐがー、ぐがー」

「……ランス。起きなさい」

 

 静かにその名を呼びながら、魔人ホーネットはランスの肩をそっと揺らす。

 

「……ん、んあ……?」

 

 脳が優しく揺れ動く感覚に、昼寝をしていた彼の意識が徐々に覚醒していく。

 大あくびと共に瞼がゆっくりと持ち上がり、寝惚け眼がその魔人の姿を捉えた。

 

「……お? ……おぉ、ホーネットじゃねぇか。……あれ、お前なんでここに?」

「……それは、私が言うべき言葉です。一体何故、貴方が私の部屋で寝ているのですか」

 

 眉根を寄せたホーネットの言葉に「ありゃ?」と首を傾げたランスは、身体を起こしながら周囲を見渡す。

 そしてここが自分の部屋では無く、他人の部屋だった事をようやく思い出したのか、納得したようにぽんと手を打った。

 

「あそっか。ここはホーネットの部屋だったな」

「……えぇ、そうです。それで、貴方は私が居ない間に、私の部屋で何をしていたのですか?」

「いやそれがな。俺様、城で留守番するのに飽きてきてしまってな。んで暇だったからお前の部屋を物色する事にして、そしたら寝心地が良さそうなベッドがあったから眠ってみたという訳だ」

「………………」

 

 無断で部屋に入り、勝手に室内をあれこれ弄っておいて、しかしランスは謝るどころか本人を前にしても全く悪びれる気配など無く。挙句の果てには、

 

「なぁホーネット。さっきクローゼットの中を見たのだが、お前もっと別の服とか下着を買った方が良いと思うぞ。買う金がねーなら俺様が貸してやろうか?」

「………………」

 

 事もなげな顔であれこれ失礼な事を言うランスの姿に、ホーネットもはや叱る気も失せてしまったのか、難しい顔をしたまま黙り込む。

 

「まぁお前は確かにナイスバディーだし、エロい服を着て見せたいって気持ちも理解出来んでも無いが……て、あれ?」

 

 相手の無反応も気にせず、べらべらと話していたランスはふと、この魔人が今この部屋に居る事について再度新たな疑問が浮かんだ。

 

「やっぱりお前はなんでここに居るんだ? 確か、何たらツリーを奪い返す為に戦うって話だったが、そっちはもう終わったのか?」

「……えぇ、戦いは終わりました。ですから私は城に戻ってきたのです」

「んで、結果は?」

「勿論、私達の勝利です」

「ほー」

 

 彼女は結果を誇るような振る舞いをせず、あくまで当然の事のように口にする。

 今回、ホーネット派がその総力を挙げて挑んだ、魔界都市ビューティーツリーの再奪還作戦。その戦局はつい昨日決着が付き、ホーネット派の勝利で作戦を終えたらしい。

 

 自分の参加しなかったその戦いに関して、城でお留守番していたランスは然程気になっていた訳では無いのだが、それでもその戦勝報告を受けて、素直に称賛の言葉を掛けてあげる事にした。

 

「ホーネットよ。このランス様という超最強戦力抜きで勝つとは、お前にしては頑張ったじゃないか。影の支配者たる俺様が褒めてやろう。あそーだ、頭撫でてやろうか?」

「……いえ、必要ありません」

「んな照れんなって。ほれ、よーしよーし」

「………………」

 

 相手の遠慮の言葉など意に介さず、ベッドの上に膝立ちになったランスは彼女の頭に手を伸ばし、緑の髪をわしゃわしゃと撫で回す。

 

 滅多に表情を変えないその魔人にしては珍しく、とても嫌そうな顔でじっとしていたホーネットは、やがて「……はぁ」と、多様な想いの詰まった吐息を吐き出した。

 

「……貴方は、本当にいつも通りですね」

「うむ? まぁ、そりゃあな」

 

 問い掛けの意図がよく分からず、漠然とした言葉で返事をするランスの一方。

 

「……そうですか」

 

 先日の混浴の一件が未だ尾を引き、再び顔を合わせた時にどうなるものかと内心身構えていたホーネットは、いつも通りのランスの様子に何とも表現し難い複雑な心境だった。

 

 実の所、先日の一件が尾を引いていたのはランスも同様で、何事も切り替えの早い彼にしては珍しく、混浴の日からしばらくはその後悔をしっかり引き摺っていた。

 しかし、その後ランスはワーグの能力によりハーレムの夢を見せて貰い、夢の中とはいえ初めてホーネットの事をその腕に抱き、思う存分楽しんでとてもスッキリした事があってか、今ではもうケロリとしていた。

 

「……つーかホーネット。お前、戦いに勝ったわりにはあんまし嬉しそうじゃねぇな」

 

 未だ相手の頭の上に手を置くランスは、彼女のどうにも不機嫌そうな雰囲気をそのように解釈したらしく、そしてそれは全くの的外れでも無かった。

 その言葉に思う所があったホーネットは思考を切り替え、どこか神妙な顔付きで口を開く。

 

「……えぇ。実はその事に関しても、少し気になる点があるのです」

「気になる点?」

 

 彼女が憂慮していたのは先日の混浴、ひいてはランスと自身に関しての様々な事もそうなのだが、決してそれだけでは無く、つい昨日勝利で終えたばかりの戦に関しても、未だ腑に落ちない事が胸の内に燻っていた。

 

「……そうですね。ビューティーツリーでの戦いについて、貴方にも話しておいた方が良いのかもしれません。聞いておきますか?」

「うむ、そうだな。お前が話したいというのなら聞いてやってもいいぞ」

「………………」

 

 現魔王城に君臨する最強の存在、魔人筆頭を前にして、どこまでも偉そうなランスの態度。

 しかしその程度はもう許容範囲内、一々目くじらを立てるような事でも無いのか、ホーネットはその事に関しては特に指摘したりはしなかった。

 

「……では、話しますから聞いてください。……ですがその前に。ランス、そろそろ髪に触れるのを止めて貰ってもいいですか? ……それと、いい加減に私のベッドの上から下りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、すぐに寝室から居室に場所を移して、ランスはそこにあったソファに腰掛けていた。

 

「どうぞ」

 

 部屋の外にある給湯室から戻って来たホーネットが、紅茶を注いたカップとソーサーを二人分、ソファの前にあるテーブルに並べる。

 

「うむ、ご苦労」

 

 これまた偉そうに労いの言葉を掛けたランスは、すぐに紅茶を手に取りぐいっと一口。

 二人がこの部屋で会話をする際に、それはおなじみとなった光景の一つなのだが、その時ランスは今までとのちょっとした違いに気付いた。

 

「そういやホーネット、前は下っ端みたいなのが何人か居たけど、あいつらはどうしたんだ?」

 

 ランスの言う下っ端みたいなのとは、実際には魔人ホーネットの使徒の事。彼女は使徒を複数人有しており、身の回りの世話や雑用など、その使徒達は戦力以外にも側仕えのような働きも兼ねる。

 以前この部屋で会話をした時などは、主の背後に無言で控えていたその使徒達だが、しかし今は誰一人としてその姿が見当たらない。

 

 先程、魔人筆頭御自らの手により紅茶を差し出されたのは、ランスにとっては初めての経験。本来なら使徒達がすべき事であり、当然ながら城内で一番偉い立場の魔人筆頭がするような事では無い。

 当の本人たるホーネットには、自らがお茶汲みをした事に然程気にした様子は無いが、もしサテラなどが見ていたら卒倒しそうな光景であった。

 

「私の使徒達は全員、まだ前線に残っています。シルキィ達と協力して、サイサイツリーの維持とビューティーツリーの支配に努めている筈です」

「ふーん。じゃあ、シルキィちゃん達もまだ帰ってきてはいないって事か」

「そうですね。サテラやハウゼル、ガルティアやメガラス達もまだ戻ってはいないでしょう」

「……ん? て事はもしかして、帰ってきたのはお前だけって事か?」

 

 ランスの疑問に、正面に座るホーネットは「えぇ」と頷き肯定する。

 聞けば彼女は、ビューティーツリーで起きた戦闘の終局的な趨勢、自派閥の勝利を確信してすぐ、シルキィ達にその場を任せて急ぎ魔王城へと戻ってきたらしい。

 

「私が先程言った気になる点というのは、その事にも関連しているのですが……」

 

 彼女が急遽魔王城に帰還する事になった理由。

 それは、此度の戦いでホーネット派の魔人達全員が不審に感じた、ケイブリス派の妙な動き。

 

「実は、今回の戦いでは、ケイブリス派の魔人達が一人も現れなかったのです」

 

 

 

 

 


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