ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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バラオ山②

 バラオ山の空を、一人の天使が飛ぶ。

 

 太陽の強い日差しを背に受けながら、山脈の大空を飛行するのは魔人ハウゼル。

 青々とした緑の彩りに溢れる山の隅々までを、忙しなくその顔を左右に振って見回しながら、自然とその口から言葉が漏れる。

 

「……サイゼル」

 

 それはこの山脈地帯の何処かに居る筈の、こうして今上空から探し回っている相手の名前。

 彼女にとって、生まれた時から共にあった存在の名前。何よりも、誰よりも大切な最愛の姉。

 

 数年前から喧嘩中となる魔人姉妹であるが、優しい性格のハウゼルは姉と喧嘩したいなどと思った事は一度も無く、いつまでも仲良くありたいと常日頃から思っている。

 だがそんな思いとは裏腹に、彼女は姉と度々喧嘩をしてしまう。双子の姉妹故なのか、他人に対しては滅多に反抗する性格では無いのだが、何故か姉の言葉だけにはムキになって言い返してしまったり、それで口喧嘩が起こる事など何度もあった。

 

 姉妹仲はとても良い。しかしよく喧嘩をする。

 そんなハウゼルとサイゼルの二人は、ある時いつものように喧嘩をして、そしていつの間にか派閥を別にする事となった。

 おそらくは些細なすれ違いがあったのだろうが、もはやその時の喧嘩の理由など思い出せず。

 ともかくそうして姉妹が派閥によって分けられてから、すでに7年。いい加減に姉との関係を戻したいと、妹が思うのに十分な月日が経過していた。

 

 

(……サイゼルはすでに亡くなったって、そんな話を聞いた事もあったけど……)

 

 山林で隠れている所まで万遍なく目を届かせながら、頭に浮かぶのは数年前に聞いたある噂。

 事の詳細を知る訳では無いが、しかしサイゼルとて魔人の一人。簡単に倒される存在では無い為、あくまで単なる噂だろうと考えている。

 だが、全く気にならないかと言われてしまうとそうでも無く、そんな噂の流れ始めたLP4年頃から、ハウゼルは独自に姉の行方を探してきた。

 

(けれど私の力では……。本当に、ランスさんには感謝しないと……)

 

 しかし今も続く派閥戦争、その最中においてはハウゼルも多忙な身、派閥内での務めを全うしながら十分な捜索など出来る筈も無く。

 だからこそ今回、ランスがその人脈を使ってサイゼルの行方を探してくれた事に、彼女はいくら謝意を表しても足りない気分であった。

 

(……身勝手な行動だって事は分かっている。けれど、それでもここまで来たからには、なんとしても今回の旅でサイゼルを……)

 

 必ず見つけて、必ず関係を元通りにする。

 

 今魔物界を離れるという事は、ホーネット派としての任務を放り出すという事で、共に戦う仲間達に迷惑を掛ける事になる行為。

 その事は当然理解しつつも、それでも自分の感情を優先してこうして人間世界までやってきた以上、必ず今回の旅で姉との喧嘩を終わらせるのだと、ハウゼルは固く決意していた。

 

 

 そんな彼女の、長年の思いが報われたのか。

 

(……あれは)

 

 パラオ山の上空を飛び回っていたハウゼルは、その視線の先に、先程ランスから探すように指示されていた建物を発見する。

 山道からは大きく外れた地点に、年季の入った小さな山小屋がぽつんと建てられていた。

 

 これはもしかしたらと、そんな期待を抱いた丁度そのタイミングで、山小屋のドアが開かれる。

 小屋の中で生活をしているらしき人物がその姿を現し、降り注ぐ日光をその身に浴びると共にぐっと大きく伸びをする。

 

 数年振りとなるその姿に、

 

 

「……サイゼルっ!!!」

 

 感極まったハウゼルは、思わずその名を叫んだ。

 

 

「ん? ……て、え、嘘!? は、ハウゼル!?」

 

 遠くから聞こえる懐かしき妹の大声。それに反応して、数年前からこのバラオ山に隠れ潜んでいたその魔人も、思わず空に顔を向ける。

 

 驚愕に目を見開いた、懐かしき姉の表情。それを万感の思いで眺めながら、ハウゼルはすぐに姉のそばへと降り立った。

 

「……姉さん、良かった……。生きてたのね」

 

 魔物界でのいつかの戦いを最後に目にしていなかった、しかしその時と何一つ変わらない姉の様子に、自然とその眦には涙が浮かぶ。

 

「え、あ……そ、そう、生きてたのよ」

 

 感動に打ち震える妹の一方、サイゼルはどこか呆けたまま言葉を返す。

 突然の再会に喜ぶよりも混乱しているというのもあるのだが、すでに時刻は昼過ぎにもかかわらず今さっき起床したばかりの彼女は、未だ脳の回転がこの展開に追いついていなかった。

 

「それにしても、本当に久しぶりね姉さん。元気そうで何よりだわ」

「う、うん。……あれ? けどハウゼル、どうしてこんな所に?」

 

 頭が働き出したサイゼルがすぐさま不思議に思ったのは、今自分の目の前に居る妹の存在。

 彼女達が居るこのパラオ山は、魔物界を遠く離れた人間世界にある名所。ホーネット派として真面目に戦っている妹が、おいそれとやって来れるような場所では無い筈である。

 

「……あ、まさか、ようやく戦争が終わったの?」

「ううん、まだ派閥戦争は終わっていない。今でも私達は戦っているわ」

「けど、ならどうしてあんたがここに……」

「それは……」

 

 サイゼルの当然とも言えるその疑問に、ハウゼルは一瞬返答に戸惑う。

 一応は喧嘩中の立場として、その答えを口にするのは彼女にも少し抵抗がある。

 しかし派閥の皆に迷惑を掛けて、ランスの協力を得てまでしてここに来た以上、もはや躊躇っている場合では無い。

 先程の固い決意を胸に、ハウゼルはこの7年間ずっと言えなかった思いを口にした。

 

 

「……それは、姉さんに会いに来たの。…………その、仲直りを、しようと思って」

 

 頬を赤く染めた、恥じらいの表情の妹が口にしたその言葉。

 それを聞いた姉は最初「え」と、口から短い一音だけを漏らして。

 

「……えぇ!!?」

 

 つい先程妹と再会した時を上回る衝撃に、サイゼルは数センチ地面から飛び上がった。

 

「え、え、う、うそ、嘘でしょ!?」

「……嘘じゃないわ、本当よ」

「本当? 本当にホント!? てかあんた本当にハウゼル? そっくりさんとかじゃなくて!?」

 

 先の言葉に余程びっくり仰天したのか、サイゼルは完全にパニック状態、目の前に居る妹の真偽すら疑ってしまう始末。

 

「そっくりさんって……姉さん、そんな訳無いでしょう」

「いやでもだって、こんな突然……な、ならハウゼル! もっかい、もっかい言ってみて!? あんたは私と、何がしたいって!?」

「……だから、姉さんと、仲直りを……」

 

 二度目となるその気恥ずかしさに口ごもり、遂にハウゼルは顔を真下に伏せてしまう。

 

「……へ、へぇ~。そーなんだー、ふ~~ん」

 

 一方のサイゼルはようやくそれが現実だと認識したのか、内心の歓喜が隠せていないにんまりとした表情で大袈裟に頷いた。

 

 姉妹同士、仲直りありたいと思う気持ちは姉にとっても同じ事。

 現在彼女は逃亡中の身の上である為、ハウゼルが居る魔物界に近づく事は出来なかったが、それでもいつかは最愛の妹との抉れた関係を修復したいと願っていた。

 

 そんな折に、まさか妹の方から自分の下を訪ねてきて、そして仲直りしたいと口にするとは。

 寝起きのサイゼルにとっては、まさしく夢の続きを見ているかのような出来事であった。

 

「そっかぁ~。そっかそっか~~。ハウゼルは私と仲直りしたいんだ~~」

 

 仲直りの言葉を、妹の口から聞けた事が嬉しくて嬉しくて仕方が無い。

 しかしそれでも真っ直ぐに受け止めるのは照れくさいのか、サイゼルはとてもわざとらしい調子で振る舞う。

 

「なるほどねぇ~、へぇー」

「……な、何ですか?」

「ううんー、べっつにー? ただ、しばらく顔を合わせなかった内に、あんたってば随分と素直になったなーと思ってさー」

 

 こういう余計な台詞を口にしてしまうと、えてしてハウゼルの方も反発してしまいがちで、その結果折角の仲直りのチャンスを逃してしまう。

 千年以上の時を生きるこの魔人姉妹には、そんな事が過去にもう何回もあったのだが。

 

「……うん」

 

 しかし今回に限ってはハウゼルもあえて文句を付ける事も無く、サイゼルの言葉を小さく頷くだけで受け止める。

 それだけ彼女の決意、この旅でなんとしても姉と仲直りするという思いは固く、今この場においては自分の方がひたすら折れてでも、姉との関係が修復出来ればそれでいいだろうと考えていた。

 

 妹のそんな健気な思いは、幸いにして姉の心にも届いたらしく。

 

「……そっか。まぁハウゼルがそこまで言うんだったら、私だって……」

「姉さん……」

 

 サイゼルは少しぎこちない笑みを作り、その表情を見たハウゼルも穏やかに微笑む。

 

 妹の方から譲歩して歩み寄ったのが功を奏したのか、二人は特に喧嘩になる事も無く、数年間抉れっぱなしだった魔人姉妹の関係は、遂に修復されようとしていた。

 

 

 

 だが、まさにその時。

 

 

「着いたぜいぇーい! えー皆様右手に見えますのはーサイゼル様のアホ面でございますー」

「あ、見てください、ハウゼル様も居ますです」

「本当だ。どうやらハウゼルさん、私達より先にサイゼルさんを見つけていたみたいですね」

「なら、ユキの案内など必要無かったじゃねーか。全く、道中うるせーのなんのって……」

 

 山小屋の後方にあった山林地帯を抜けて、ランス達が二人の下へと合流を果たした。

 

「あぁ、皆も来たみたいですね」

「ひっ、あ、あの男はッ!?」

 

 笑顔のままの妹に対して、同じく笑顔だった姉はその表情をサッと凍てつかせる。

 

 その場にやって来た四人の内の一人、黒き魔剣を持った口の大きな男の姿に、魔人サイゼルはとても見覚えがあった。

 それは以前味わった羞恥と恐怖の体験、金輪際思い出したくもない、しかし決して忘れる事など出来ないあの忌まわしき記憶。

 

「ハウゼル様、良かったです。無事サイゼル様と会えたのですね」

「えぇ。火炎達がここに着くほんの少し前に」

「サイゼル様、ちーっす」

「ちーっすじゃない!! あんたね、なんて奴をここに連れてきてんのよ!!」

 

 再会の言葉を交わす火炎書士とハウゼルの一方、同じく再会の言葉を軽い口調で発したユキに、サイゼルは怒りを露わにする。

 自らの使徒が連れてきてしまったその人物は、彼女が人間世界でひっそりと暮らす羽目になった元々の原因でもあり、今後二度と会いたくないと心の底から思っていた相手だった。

 

 

「ようサイゼル、久しぶりだな。俺様の事を覚えてるか?」

「……忘れる訳無いでしょ、ランス!!」

 

 軽い調子で挨拶してくる恩敵の名を、噛み付くような勢いで叫んだサイゼルは、密かに背に生えた翼を立てる。

 いつ目の前のケダモノが襲い掛かってきてもいいようにと、空を飛んで逃げ出す準備までしていたのだが、しかしそんな彼女の耳に信じ難い言葉が飛び込んできた。

 

「ランスさん、ランスさんのおかげでこうして姉さんと再会する事が出来ました。本当に何とお礼を言ったらいいか……」

「おう、そーかそーか。けどまぁ礼などいらん、俺様とハウゼルちゃんの仲だからな」

「……ッ!?」

 

 とても気さくな、実に気安いハウゼルとランスの態度に、サイゼルは喉から言葉が出ない。

 自分にとっての最愛の存在である妹と、恐怖の存在であるその男が和気藹々としている様子に、姉は自らの目で見たものを疑いたい気分だった。

 

「あ、あんた達……まさか知り合いなの!?」

「知り合いというか、ランスさんは私の大事な仲間です。今回、姉さんの居場所を探すのにも沢山協力して貰ったんですよ」

「大事な仲間ってあんたねぇ、そいつがどういう奴だか知って、…………はッ!?」

「……姉さん?」

 

 言葉の途中で、サイゼルは稲妻に身を打たれたかのように瞠目する。到底信じたくない嫌な予感が、唐突に彼女の脳裏を掠めた。

 

 心優しき妹ハウゼル。

 ランスという男の本性。

 そして先程の親しい関係性。

 

 それらの要素を加味して色々考えると、その疑惑は当然のように浮かび上がる。

 出来る事なら目を逸らしたいのだが、しかし彼女は肉親として、妹に掛かる疑惑と向き合わない訳にもいかなかった。

 

「ね、ねぇハウゼル。あんたさ、その男とその、どういう関係な訳?」

「どういう……? 先程も言いましたが、私達は同じ派閥で戦う仲間で……」

「そうじゃなくって!! なんて言うかその、もっとこう、深い意味でというか……」

 

 サイゼルはあれこれ身体を動かし、奇妙なジェスチャーを用いて伝えようとするものの、

 

「……深い意味、ですか?」

 

 しかし、そういった事に関しては鈍ちんのハウゼルは首を傾げるのみ。けれどもその一方で、

 

「……ほほう?」

 

 そんな姉妹の様子を眺めていたランスは、すぐにサイゼルの意図する事に気付く。そして何を思ったのか、口の端をにやりと釣り上げて笑った。

 

「俺様とハウゼルちゃんの関係だと? サイゼルよ、そんなのはもちろん……」

 

 勿体付けるようにして言葉を区切り、そしてハウゼルの隣に立ったランスは、彼女の肩にぐるっとその腕を回す。そして。

 

「こーいう関係に決まってんだろうが。がーっはっはっはっは!!」

 

 高笑いと共にそのまま手を下に伸ばし、その大きな胸の膨らみをがしっと鷲掴みにした。

 

「なぁハウゼルちゃん? ほーれほれ」

「あっ、ん、そこは……!」

 

 まるでサイゼルに見せつけるかのように、ランスはハウゼルの胸を揉みしだく。

 単なる仲間などでは無く、男と女の深い関係性を如実に表わすその光景を前に「……がっ」と、声にならない叫びだけを残して姉は硬直し、一方の妹と言えば、

 

「だ、駄目です、姉さんの前では……!」

 

 掻き回すように胸を捏ねくるその手を押さえて、彼女的にはとても頑張って抗議の言葉を口にした。

 しかし妙に色っぽい雰囲気といい、その台詞は裏返すと姉の前で無ければという話にもなったりと、サイゼルが感じた疑惑をむしろ後押しする要素にしかなっていなかった。

 

「俺様とハウゼルちゃんはあれだ、ホクロの位置まで知る関係ってヤツだな。けどサイゼルよ、決して寂しがる必要は無いぞ。お前ともすぐにそんな関係になってやるからよ」

 

 やはり姉妹は仲良く平等じゃないとな。と、そんな台詞を付け加えてランスは再び大笑い。

 

「………………」

 

 だがそのような舐め切った言葉を吐かれても、サイゼルは未だぴくりとも動かなかった。

 

「これアカンくね? どーよ火炎ちゃん」

「確かに、雲行きが良くないような……」

「ら、ランス様。相手は魔人さんですし、あんまり変に挑発しない方が……」

 

 そんな主達のやり取りを端から見ていた、それぞれの従者はその場の不穏な空気を感じ取るものの、しかし時すでに遅し。

 

 

「…………見損なったわ」

 

 今まで死んだように固まっていたその魔人が遂に動き出し、その口から地の底から聞こえるような暗い呟きが漏れる。

 そしてキッと妹を睨むその片目には、凛然とした青い炎が宿っていた。

 

「……見損なったわよ、ハウゼル!!!」

 

 サイゼルは喉が枯れんばかりの勢いで叫ぶ。

 その事実を知った姉の怒りの矛先は、どうやらランスでは無く妹の方へと向いたらしい。

 

「ハウゼル!! あんたがそんな、そんな卑猥な事をする妹だとは思わなかったわ!!」

「ち、違うんです姉さんっ、私は、」

「何が違うってのよ!! あんたってば、普段から真面目振ったフリしてる癖に……!!!」

 

 昔から何かと優秀な妹と比較されて、低い評価で見られる事が多かった姉のサイゼル。

 そんな扱いにむかっ腹を立てる事など何度もあったが、しかしそれでも真面目で優秀な妹の事は、姉としては密かに自慢の存在であった。

 

 しかしそんな真面目で優秀な自慢の妹は、事もあろうにあの人間の男と、自分の知らぬ間に男女の関係となっていて。

 自分ですら未だ経験が無いのに、優等生な筈のハウゼルはとっくに汚れていた。サイゼルとしてはそれはもう、心底裏切られたような気分だった。

 

「ハウゼルがそんなふしだらな魔人だとは知らなかったわ!! このエロ!! エロ魔人!!」

「……く、うぅ……、わ、私は……」

 

 姉からのとても低レベルな悪口に、しかし妹は大ダメージを受けた様子でよろめき、思わずその豊かな胸元を抑える。

 

 自分はふしだらな魔人。その事はハウゼルにとって、覆しようがない厳然たる事実。

 性交とは夫婦が行う愛情表現であり、そうでは無い自分とランスが性行為をするのは、とてもみだらでいけない事である。だがそうとは知りつつも、すでにランスには何度も身を委ねてしまっている。

 その上心理的な面はともかくとして、肉体的な面では性交の快楽をとっくに受け入れてしまっている事を、さすがのハウゼルも理解していた。

 

 故に、自分がふしだらでエロい魔人と言う事に、一切の反論の余地は無い。

 しかしそんな妹にも、姉に対して言ってやりたい事ならあった。

 

「け、けど……けどっ、それを言うならサイゼルだって、私よりも先にランスさんとそういう関係になった筈です!!」

「なっ、何言ってるのよ!! 私はあんた達みたいな関係になった事なんて無いっての!!」

「嘘です!! 姉さんとも経験した事があると、私は以前にランスさんから聞きました。そうですよね、ランスさん!?」

 

 姉の感情の昂ぶりに釣られたのか、こちらも気勢が上がり始めてきたハウゼル。

 そんな彼女から話を振られたランスは、そういやそんな事ハウゼルちゃんに話したっけなぁと、さも他人事のように考えながら。

 

「うむ、そうそう。ほらサイゼル、前にゼスの地下水路で会った時、やる事やったではないか」

「な……、た、確かにしたけど、けどあれは、あれは私の意思じゃないでしょ!?」

 

 ランスの指摘に、思い当たる節のあったサイゼルは一瞬たじろぐ。確かに彼女には、ランスと互いの性器を舐め合った経験がある。

 しかしあれは脅迫された故の痴態であって、決して同意あっての事では無いと、サイゼルは真っ赤な顔で反論した。

 

「私は無理やりされただけ!! 今のハウゼルのように受け入れてた訳じゃない!!」

「んなの、受け入れよーがなんだろうが、同じようなもんだろうに。なぁハウゼルちゃん」

「全然違う!! ていうかランス、あんたは黙ってなさい!! 私はねぇハウゼル、あんたが隠れてエロい事をしていたのもそうだけど、よりにもよってその最低なエロ男とっていうのが──」

 

 その瞬間、ハウゼルはハッと目を見開いた。

 

 するとその片目には、番の魔人とは対照的な赤い炎が煌々と宿っていて。

 その表情も、先程のように言い訳を繰り返していた弱腰なものでは無く、真剣味を帯びた真顔に怒りの色が混じっており。

 

 そして、姉の言葉を遮る勢いで食って掛かった。

 

 

「サイゼルッ! 今のは聞き捨てなりません!! ランスさんはそんな人ではありません!!」

 

 その逆鱗に触れたのは、姉が勢い余って口にしたランスへの暴言。

 ホーネット派の一員としても個人としても、ランスに対しては沢山の恩がある。自分の事を言われる分には構わなかったが、しかし心優しきハウゼルは他人への悪口を見過ごす事は出来なかった。

 

「サイゼル、先程のランスさんへの言葉はすぐに訂正してください」

「な……何よハウゼル、何を訂正しろっての!? 最低のエロ男で合ってるでしょう!!」

「違いますっ!! 全く違います!!」

「合ってるわよ!! 絶対合ってる!!」

 

 妹の迫力に思わず一歩下がったサイゼルも、しかし負けじと声を大にして言い返し、姉妹の口喧嘩は止まる事なくヒートアップしていく。

 

 その口論をそばで聞いていた者達などは、

 

「てかサイゼル様の言ってる事間違ってなくね? そこんとこどうなのさ、もこもこちゃん」

「え、私ですか!? えぇーと、間違ってないよーな、けどちょっと違うよーな……」

「ううーん、微妙な所ですね。エロ男の部分はともかく、最低の部分は一考の余地ありというか、少なくともハウゼル様にとっては違うというか……」

 

 そのように冷静なコメントをするが、その言葉ももはや魔人姉妹の耳に届く事は無く。

 

 そして。

 

 

「……あーもう!! あったまきた!!」

 

 一向にランスの事を庇い続ける妹の姿に、いよいよ姉の忍耐には限界が訪れた。

 

「ハウゼル、昔から何度も思ったけど、あんたってほんっとーに分からず屋だわ!! その馬鹿頭、私が引っ叩いて直してあげる!!」

 

 頭に血が上りっぱなしの姉は、もはや口論では収まりが付かないと感じたのか、遂に魔人としての力の行使を宣言する。

 

「なっ、分からず屋はサイゼルの方でしょう!? いいでしょう、そういう事なら相手になります!! 言っておきますが手加減しませんよ!!」

 

 そして、やはり姉妹だからなのか、その思いは妹の方も同感であった。

 

「……おや?」

 

 何か危険な展開になってないか? 

 などとランスが悠長に考えた時には、もはや両魔人の頂点に達したボルテージを抑える術など無く。

 

「ユキ!!」

「あいあいさー、へいパース」

 

 サイゼルは高らかに使徒の名を呼ぶ。

 するとそれだけで言いたい事は伝わるのか、いつの間にか山小屋の中に移動していたユキが、小屋内に残してあった主の武器を投げて渡す。

 

 魔人サイゼル愛用の魔銃、全てを凍らせる氷の女神、クールゴーデス。

 片手にその銃を装着したサイゼルは、人間に誘惑されてしまった愚かな妹の頭を冷ましてやろうと、その鋭い銃口の先を向ける。

 

「あわわわ、ハウゼル様、姉妹喧嘩なら空でやってください!! 二人の喧嘩に巻き込まれたら、火炎達が死んじゃいます!!」

「分かっています、火炎、貴女達は下がっていてください!!」

 

 使徒の言葉に頷く魔人ハウゼル。その片手には愛用の巨銃、全てを燃やし尽くす炎の塔、タワーオブファイヤーの姿。

 言っても聞かない困った姉に対して、その銃口の先を牽制するかのように向けながら、ハウゼルはすぐさま空高くへと飛翔していく。

 

 そして結局、姉妹喧嘩は勃発してしまった。

 

 

 

 

 

 


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